笹谷峠
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笹谷峠(ささやとうげ)は宮城県と山形県とを結ぶ最古の峠である。標高906m。
現在は舗装国道286号線が通っており、自動二輪車はいうまでもなく、四輪自動車での通行も可能である(ただし、2005年9月17日現在、車重と車長の制限がある)。国道は冬期閉鎖される。自動車用代替路として、峠の下を貫通する山形自動車道の笹谷トンネルがある。また、国道286号線を縫う形でかつての旧道が残っており、こちらは遊歩道として整備されている。
1994年に宮城県側の区間で起こった災害のため、2002年に復旧工事が終了するまでの8年間もの長期間、通行止めであった。
笹谷峠は、延喜式において、多賀城から秋田城へと向かう道として開削されたと言われており、山形側の最上郷(現山形市域)に「最上駅」が置かれたとされているが、最上駅の場所について諸説あり、遺構も見つかっていないことから、史実として確定していない。明らかな史実としては、平安時代まで遡ることができる。周囲には鬼の伝説で知られる有耶無耶関跡、悲恋の伝説を秘める阿古耶の松などの史跡が現在まで伝えられている。(笹谷峠は、阿古耶姫の悲恋伝説にまつわる「ささやき峠」が語源であると言われる。)幕藩時代は、仙台と山形を結ぶ最も主要なルートであり、「笹谷街道」と呼ばれ、参勤交代にも使われた。山形藩領では、関沢(別名関根とも)に番所が置かれ、仙台藩領では、川崎(現川崎町川崎)で2つに分岐し、秋保、長町を経由して仙台城下にいたるルートと、宮(現蔵王町宮)で陸羽街道にいたるルートがあった。
はるか時代を下ると、明治、大正、昭和を生きた歌人斎藤茂吉の歌碑もある。峠から登山道を南に少し入った場所には、山形県立山形工業高等学校山岳部が管理する山小屋(通称「山工小屋」)があり、蔵王連峰縦走ルートにとって重要なポイントである。
[編集] 関連作品
- 源俊頼「すぐせやな 名ぞいなむやの関をしも へだてて人に ねをなすからん」(散木奇歌集)
- 斎藤茂吉「ふた國の 生きのたづきの あひかよふ この峠路を 愛しむわれは」
- 西島三重子『笹谷峠』(歌謡曲。詞:佐藤順英、曲:西島三重子)

