蔵王連峰

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蔵王連峰
蔵王連峰.jpg
宮城県側より見る蔵王連峰 (2009年1月撮影)
所在地 宮城県山形県
位置 北緯38度08分37秒
東経140度26分22秒
座標: 北緯38度08分37秒 東経140度26分22秒(熊野岳)
上位山系 奥羽山脈
最高峰 熊野岳 (1,841m)
蔵王連峰の位置
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1976年度(昭和51年度)撮影の国土交通省 国土画像情報(カラー空中写真)を基に作成
写真中央に御釜(五色沼)があり、その東側に五色岳がある。これらを東側が開いたC形の外輪山が囲む。南側の外輪山の刈田岳頂上には「蔵王」の名称の由来となった刈田嶺神社(奥宮)、および、蔵王レストハウスなどがある。
御釜(南部から)
御釜(北部から)

蔵王連峰(ざおうれんぽう)は、奥羽山脈の一部を構成する連峰である。古くからの名は刈田嶺(かったみね、かったね、かりだのみね)、不忘山(わすれずのやま)という。宮城県山形県の両県南部の県境に位置し、主峰は山形県側に位置する熊野岳(1,841m)である。玄武岩、安山岩の成層火山群の活火山であり、常時観測対象の47火山[1]に含まれる。噴気口や火口湖御釜が見られ(いずれも宮城県側)、火山の恩恵である温泉が両県の裾野に数多く存在し、スキー場も多く設置されている。両県における主要観光地の1つ。ここでは蔵王連峰、蔵王連峰に中央分水界を含めた蔵王、及びその周辺について記述する。

噴火活動史[編集]

約100万年から70万年前には海底火山であったと考えられ、玄武岩質マグマの活動が水中で起こった。30万年間ほどの休止期を挟んだ後の約40万年から10万年前には安山岩質の溶岩流を伴う活動に変化し、現在の山容の骨格となる山体の上部を成す熊野岳、刈田岳などを形成した。約7万年前には3億m3の大規模な山体崩壊を起こし酢川泥流を生じた[2][3]。その後約3万年前に山頂部に直径2km程度のカルデラを形成し、同時に爆発的な活動を伴った様式に変わり現在まで続いている。

五色岳は約3万年前以降の活動で生じたカルデラの中に生じた後カルデラ火砕丘で火口湖御釜は約2000年前から活動を続けている。被害を伴う噴火は御釜の内外で発生し火山泥流を発生することが多い。

過去1万年間の活動[編集]

約3万年前に始まり現在まで継続する活動期は、約2万年前まで、約8000年から3000年前、約2000年前以降に3分される。約8000年から3000年前には休止期を挟みながら107mm3程度の噴出量のマグマ噴火が断続した。約2000年前以降の噴火は、規模は106~107 mm3程度と以前の活動期よりも規模がやや小さいが、頻度は以前より多い。

有史以降の活動[編集]

当該火山の歴史文献に残る最も古い噴火記録は、1230年吾妻鑑に記されている。14世紀から17世の記録は無いが活動が全くなかったとは考えにくいとする研究者もいる[4]

主な活動[5]

  • 773年(宝亀4年) 噴火 噴火場所は刈田岳?
  • 8~13世紀のいずれか 中規模:水蒸気噴火?→マグマ噴火 火砕物降下。噴火場所は五色岳。複数回噴火。
  • 1183年(寿永2年) 噴火 噴火場所は五色岳(御釜)。
  • 1227年(安貞元年) 噴火 火砕物降下。
  • 1230年(寛喜2年) 噴火 火砕物降下。噴石により人畜に被害多数。
  • 1331-1333年(元弘元-元弘3年) 噴煙? 詳細不明。
  • 1350年頃(観応年間) 噴煙? 詳細不明。
  • 1620年(元和6年)、1622年(元和8年)、1623-24年(元和9年~寛永元年) 噴火、火砕物降下。鳴動、噴石、降灰。
  • 1630年(寛永7年)、1641年(寛永18年)、1668年(寛文8年)、1669年(寛文9年)、1670年(寛文10年)に噴火。
  • 1694年(元禄7年) 5月29日 中規模:水蒸気噴火?噴火場所は五色岳(御釜)?神社焼失。8月30日地震、河川毒水化、川魚死ぬ。火山泥流。1625-1694年の活動で御釜が形成された。
  • 1794年(寛政6年) 水蒸気噴火。火砕物降下。噴火場所は五色岳(御釜南東に9つの火口生成)。
  • 1796年(寛政8年)、1804年(文化元年)、1806年(文化3年)、1809年(文化6年)、1821年(文政3年)、1822年(文政4年)、1830年(天保元年)、1831年(天保2年)、1833年(天保4年)に噴火。1809,1831-1833 は火山泥流を生じた。
  • 1867年(慶応3年) 水蒸気噴火?。噴火場所は五色岳(御釜)?鳴動、御釜沸騰、硫黄混じりの泥水が増水し、洪水を起こし死者3名。
  • 1873年(明治6年) 1894年(明治27年)に噴火。
  • 1894年-1895年(明治28年) 小規模:水蒸気噴火。火山泥流、火砕物降下 噴火場所は五色岳(御釜)。2月15日に爆発し、鳴動、白煙。御釜沸騰し、川魚被害。2月19日、3月22日、8月22日、9月27~28日にも噴火。
  • 1896年(明治29年) 3月8日、噴煙。8月、御釜にて水蒸気上昇。9月1日、御釜の水氾濫。
  • 1897年(明治30年) 1月14日 噴煙、鳴動。
  • 1918年(大正7年) 御釜沸騰。
  • 1940年(昭和15年) 4月16日 小規模:水蒸気噴火。火砕物降下。噴火場所は御釜北東鳥地獄。新噴気孔生成。

以降は、顕著な火砕物降下を伴う活動はなくなり噴気、鳴動群発地震、火山性微動、低周波地震、[6]が断続的に続いている。

名称[編集]

蔵王の名称は、白鳳8年(679年[7])、大和国吉野山から役小角蔵王権現を現在の不忘山(宮城県側)に奉還し、周辺の奥羽山脈を修験道修行の場としての「蔵王山」と称したことに由来する[8]刈田嶺神社(奥宮)および刈田嶺神社(里宮)参照)。

当地では、北西から南東に連なる峰々(以下、これを「蔵王連峰」とする)と、北東から南西に連なり、山形・宮城両県の県境となっている「中央分水界」(分水嶺)の峰々が「X」字状に交差している。両者は熊野岳(蔵王連峰の主峰)と刈田岳の間の馬の瀬の稜線付近で交差している。なお、両者をまとめて蔵王連峰と呼ぶ場合も多々あるので注意されたい。

このように蔵王連峰は、中央分水界(県境)をまたいで山形・宮城両県に張り出した形になっているため、各々の県内部分を「山形蔵王」「宮城蔵王」と呼ぶことがある。また、「山形蔵王」では、山形市内の蔵王北西麓を「西蔵王」と称する慣例があり[9]、「宮城蔵王」では蔵王町を境に、その北に接する川崎町内の蔵王北東麓を「北蔵王」[10][11]、その南に接する白石市内の蔵王南東麓から七ヶ宿町内の蔵王南麓にかけての地域を「南蔵王」と称する慣例がある[11][12][13]

単に蔵王と称される場合、蔵王連峰を指すほか、中央分水界の峰々と蔵王連峰の総称、あるいは、北を山形自動車道、東を東北自動車道、南を国道113号、西を国道13号で囲まれた地域にある峰々や高原などの総称としても用いられる。以下、蔵王連峰と中央分水界の峰々の総称を「蔵王」とする

人が関わる歴史[編集]

蔵王連峰の名前は、蔵王権現を祀ったことに由来する。

太平洋戦争中、不忘山にアメリカ軍のB29が3機墜落し(搭乗員は全て死亡)、現在、追悼碑が建っている。

戦後、宮城県側の蔵王高原には、引揚者が入植し、山を切り開いて酪農地帯に変えた。近年は牛乳の消費量低下と価格の底割れで一次産品中心の経営が不安定化しているため、蔵王ブランド乳製品や肉製品などの二次産品開発が進められている。さらに、それらの二次産品を用いたレストランも増えている。また、牧場を観光牧場化して野外コンサートを誘致したり、キャンプサイト化したりもしている。その他、公衆温泉の改築、蕎麦の特産化など、日帰り客向けの観光開発が進められている。また、2007年(平成19年)には、「蔵王火山」として日本の地質百選に選定された。

主な山[編集]

中央分水界[編集]

中央分水界上で「蔵王」の一部とされる場合があるのは、北の笹谷峠から南の二井宿峠(または金山峠)までの峰々。北東から記載。馬の背★は「蔵王連峰」と交差する稜線。

蔵王連峰[編集]

左奥から右へ、瀧山、地蔵山、熊野岳、刈田岳、杉ヶ峰、屏風岳、不忘山
吾妻山から

蔵王連峰上の峰々を北西から記載。「中央分水界」と交差する稜線である馬の背★より北西側が「山形蔵王」、南東側が「宮城蔵王」と呼ばれる。

  • 西端:国道13号
    • 瀧山(1,362m)
    • 鳥兜山
    • 横倉山
    • 三宝荒神山(1,703m)
    • 地蔵山(1,736m)
    • 熊野岳(1,841m)
    • 馬の背★
    • 五色岳(1,672m)
    • 刈田岳(1,758m)
    • 杉ヶ峰(1,745m)
    • 屏風岳(1,825m) - 宮城県最高峰
    • 不忘山(1,705m)
    • 大梁川山(720m)
    • 花房山(819m)
    • 青麻山(779m)
  • 東端:東北自動車道

観光[編集]

樹氷

南東北仙台経済圏)の山岳観光地としては、近接する福島県裏磐梯と観光コンテンツがやや似通っており、場合によっては競合関係にある。裏磐梯が東京資本などの域外からの投資が多いため、首都圏からの集客にも力を入れているのに対し、蔵王は地元資本が中心であるため、首都圏での営業力がやや弱い。

南東北主要都市圏の内、仙台都市圏は夏季にあまり暑くならないため避暑の需要は少ないが、他の山形都市圏福島都市圏郡山都市圏などはフェーン現象で高温となるため、避暑需要がある。避暑地としては、バブル景気期に高級化したホテルペンションまたは別荘地が多く、また、や温泉がある裏磐梯の人気が強く、宿泊もする者も多いため客単価が高い。一方、蔵王は仙台から近いため、日帰り客を中心としており、夏季の客単価増が課題となっている。

秋季は、蔵王温泉蔵王エコーライン沿い、三階の滝長老湖などで紅葉が楽しめる。しかし、紅葉ポイントが分散し公共交通アクセスに難があるうえ、宮城県側では鳴子峡が最も有名な紅葉スポットであるため、蔵王では、新蕎麦などの秋の味覚との組合せで集客を図っている。

冬季は、巨大なスキー場群と温泉がセットになっている山形蔵王が人気であるが、仙台との交通の便が良くなったため、宿泊客より日帰り客の比重が高くなり、客単価が下がっている。日帰りでは仙台からは宮城蔵王の方が近いため、ナイタースキーでは宮城蔵王の方が競争力がある。また、宮城県側では、山形に比べて1つ1つのスキー場が小さいため、スノーボードに特化した経営やファミリー層向けのそり用ゲレンデを設定するなど焦点を絞った小回りの利く経営がなされている一方、山形蔵王はその巨大さがかえって焦点を絞りにくくし、商品力の弱さを露呈する形になっている。しかし標高が高く約800m~1400mにゲレンデがあるため、暖冬の年でもすべてのゲレンデが滑走不可になることはまずない。2006-2007シーズンにおいても全国的な暖冬で新潟、長野周辺のスキー場が苦戦する中、蔵王は豊富な積雪に恵まれたためにツアー客が流れ、バブル経済崩壊以降減り続けていたスキーシーズンの入り込み数が久々に前年を上回った。「樹氷原コース」や「横倉の壁」を初めとした多様なコースと温泉・郷土料理などは、海外、特にスキー熱が高まりつつある韓国では受け入れられ、毎年韓国人スキーヤーが増加している。そのため、ソウル仁川国際空港便が毎日往復している仙台空港と山形蔵王との間に直行スキーバスを運行し、韓国での営業に力を入れている。今後は、従来からの地元・仙台・首都圏に加え、仙台空港の定期路線がある韓国および台湾、そして、北海道で集客が見られるオーストラリアタイ王国もターゲットに入れた営業が進められる。

  • 夏季はトレッキングが盛んで、山頂の火口湖である御釜(五色沼)や地蔵岳を巡るコースや、ドッコ沼、いろは沼などを巡る、高山植物を見る事ができる散策コースなど、散策路が充実している。冬期には、世界的にも珍しい樹氷ができ、ライトアップされた樹氷を見る事ができる。これらの様々な火山地形、植生は、蔵王国定公園に指定され、保護されている。
  • スキーゲレンデが密集する巨大なスノーリゾートとなっており、一般的にスキーや樹氷見物で有名な「蔵王」とは山形側の蔵王温泉スキー場のことである。国際的なスキー(ジャンプ)大会が開かれる。蔵王樹氷祭りなど、スキーゲレンデを利用したイベントが行われる。
  • 冬季、みやぎ蔵王側においては、雪上車による観光ツアーを行っており、こちらでも樹氷見物が一般客でも見学できる。
  • 温泉地としての側面もあり、古くは高湯と呼ばれた山形の蔵王温泉は、強酸性の泉質が特徴である。伝説によると、東征した日本武尊に従った吉備多賀由によって発見され、多賀由温泉から転じて高湯と呼ばれるようになった。
  • 宮城県側には、峩々温泉青根温泉遠刈田温泉等がある。

防災対策[編集]

24時間常時観測対象火山[1]であるため、気象庁により坊平に地震計、空震計、傾斜計、GNSS観測機器を上山金谷と遠刈田温泉に望遠カメラが設置されている[15]。また、宮城県と山形県により、噴火と御釜からの火山泥流、降灰後の土石流などの発生を想定し防災ハザードマップが作成されている。

交通[編集]

蔵王地蔵山頂駅

ロープウェイは、蔵王の山麓から、山頂までを結ぶものである。蔵王温泉までの交通は、バス、自動車などを利用することになる。この他に、スキーゲレンデには多数のリフトが設置されている。

山形県側[編集]

  • バス
    • 蔵王温泉バスターミナル
      山形市内中心部を結ぶ路線バスが発着するほか、夏季は刈田岳山頂を結ぶ路線バスが、冬季は仙台駅を結ぶ臨時高速バスが発着する。

宮城県側[編集]

  • 索道
    • えぼし高原ゴンドラリフト
      • 山麓駅、山頂駅

関連市町村[編集]

参考画像[編集]

関連項目[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ a b 火山監視・情報センターにおいて火山活動を24時間体制で監視している火山(常時観測火山) 気象庁
  2. ^ 吉田英嗣:土砂供給源としてみた日本の第四紀火山における巨大山体崩壊地学雑誌 Vol.119 (2010) No.3 P.568-578
  3. ^ 蔵王火山および白鷹火山の巨大山体崩壊発生時期 第四紀研究 Vol.44 (2005) No.4 P263-272
  4. ^ 及川輝樹、伴雅雄 日本地質学会 第120年学術大会(2013仙台) セッションID: R3-O-4
  5. ^ 蔵王山 有史以降の火山活動 気象庁
  6. ^ 平成26年 No.32 週間火山概況 (平成26年8月1日~8月7日) 気象庁
  7. ^ 白鳳西暦との対応は1対1ではない。宮城県神社庁の記述では、白鳳8年を天武天皇在位期間中であるとしているため、672年を白鳳元年とする方が採用されている。
  8. ^ 刈田嶺神社(宮城県神社庁
  9. ^ 西蔵王有料道路山形県道167号妙見寺西蔵王公園線西蔵王テレビ・FM放送所などのほか、民間施設でも使用例が見られる。
  10. ^ 川崎町主催「北蔵王夏山開き」ほか。
  11. ^ a b 山開き情報(宮城県観光連盟)
  12. ^ 宮城県道51号南蔵王七ヶ宿線宮城県道254号南蔵王白石線、南蔵王青少年旅行村などの公的施設のほか、民間施設でも使用例がある。
  13. ^ 川崎町内に「東蔵王ゴルフ倶楽部」があるが、そのほかに「東蔵王」という称の使用例はあまりない。
  14. ^ 国土地理院の地図が「蔵王山」との名称を採用した件に関して、蔵王町在住の立身尚一の国土地理院に対する問い合わせと調査(外部リンク「蔵王山」参照)がある。要約すれば、国土地理院側の測量調査時の所見によるということと、再調査の可能性もあるということである。
  15. ^ 蔵王山 気象庁観測点一覧表 気象庁

外部リンク[編集]