岩木山

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岩木山(いわきさん)

岩木山(いわきやま)

  • 力士の四股名
  1. 出羽湊秀一が幕下時代に1場所だけ名乗った四股名。
  2. 岩木山竜太 - 最高位小結。2010年9月場所限りで現役引退。

岩木山
Iwakisan 01.jpg
岩木山(弘前市松木平付近から望む)
標高 1,624.66[1] m
所在地 日本の旗 日本
青森県弘前市西津軽郡鯵ヶ沢町
位置 北緯40度39分21秒
東経140度18分11秒
座標: 北緯40度39分21秒 東経140度18分11秒[2]
山系 独立峰
種類 成層火山
岩木山の位置
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岩木山(いわきさん)は青森県弘前市および西津軽郡鰺ヶ沢町に位置する標高1,625 m安山岩(SiO2 56~64%)からなる成層火山(コニーデ型)。円錐形の山容から津軽富士、また、しばしば「お」をつけて「お岩木(山)」とも呼ばれる。津軽平野のどこからでも見ることができる独立峰青森県の最高峰。山頂部は、岩木山・鳥海山・厳鬼山(岩鬼山)の3つの峰で形成されている。日本百名山[3]及び新日本百名山[4]に選定されている。

概要[編集]

比較的新しい火山のため、高山帯と広葉樹林帯の間に針葉樹林帯が見られず、ダケカンバがそのまま矮小化していく特異な光景が見られる。特産種であるミチノクコザクラハクサンコザクラに近縁種で花がより大型である)と、本州では数少ないエゾノツガザクラなどの高山植物が自生している。

山岳信仰の山であり、山頂には岩木山神社奥宮がある。岩木山神社で毎年旧暦8月1日に行なわれる例大祭「お山参詣」(国の重要無形民俗文化財に指定)は津軽地方最大の農作祈願祭で、多くの人々が深夜に山頂登拝し御来光を拝む。参詣時に唱える言葉は、修験系のものであるが、出羽三山早池峰山などのように修験者が前面に出ることはなく、岩木山の頂上が見られる地域の住民の多くが参加していたお山参詣の習俗は特異的といえよう。なお、山頂の岩木山神社奥宮では夏季になると職員が常駐し、お守りや登頂記念の手拭いを購入することが出来る。

岩木山から遠かった五所川原市市浦地区には、関東で見られる富士講の様に岩木山に見立てた近隣の三角錐型の小さな山(靄山 標高152m)に参詣する習俗があった。市浦地区の靄山には岩木山神社があり、別名脇本岩木山と呼ばれている。

噴火[編集]

有史上、17世紀から19世紀にかけて数度の噴火を見せた。一番規模の大きかった1783天明3)年3月12日の噴火では新火口を形成したほか、周囲に火山灰を降らせ天明の大飢饉の一因となった。1978年5月には赤倉沢で活発な噴気活動を観測している[5]

登山[編集]

独立峰である山頂からは、360度の展望が得られる。山頂には、一等三角点が設置されている[1]

登山コース[編集]

登山道で見られるミチノクコザクラ

南東斜面には1965年に津軽岩木スカイラインが完成し、バス[6]やマイカーなどで8合目まで行くことができる。更に鳥海山(9合目)までリフトが運行されている。また、途中にはブナの森の遊歩道「巨木の森」や、冷たい水が湧き出る「ぶなの泉」などがある。なお、8合目からのリフトは点検整備のため紅葉のころには運行を終了する。

徒歩での登山は、鰺ヶ沢、赤倉、百沢、嶽などの登山道があり[7]、どの登山道も古くからお山参詣に使用された。百沢コースは岩木山神社を経るため、お山参詣では一番多く利用されている。登山道にはウコンウツギハイマツミヤマキンバイ、岩木山の固有種(秋田県の田代岳にも自生)であるサクラソウ属のミチノクコザクラ(陸奥小桜)などの高山植物が自生している[8]。鳳鳴避難小屋から百沢コースに少し下ると種蒔苗代と呼ばれる小さな池があり、湖畔にはミチノクコザクラが多い。

1964年昭和39年)1月に、秋田県大館鳳鳴高校の山岳部員5人が遭難し、4人が死亡する遭難事故が発生した[9]。高校生だった根深誠が、この捜索活動に参加していた。

周辺の山小屋[編集]

鳳鳴ヒュッテと岩場の登山道

山頂及び周辺の登山道には3つの避難小屋がある[10]。遭難事故の翌年の1965年(昭和40年)に、鳳鳴ヒュッテが建てられた。

名称 所在地 標高
(m)
岩木山からの
方角と距離 (km)
収容
人数
備考
岩木山頂避難小屋 山頂 1,625 16 cardinal points O.png  0 10 1987年設置
鳳鳴ヒュッテ 岩木山頂西側の御倉石下部 1,490 16 cardinal points SW.png南西 0.3 4 1965年設置
焼止りヒュッテ 百沢コースの大沢出合手前 1,060 16 cardinal points SSE.png南南東 1.1 10 1977年設置

岩木山の神と丹後国の人[編集]

岩木山の神は丹後国の人を忌み嫌うという言い伝えがあった。岩城正氏の子である安寿と厨子王丸の安寿が岩木山に祀られ、また岩城氏は郎党大江時廉の陰謀によって滅ぼされ、大江はもと丹後国の人であったからであるという。丹後国の人が当地に入ると悪天候となり、風雨がうち続き、船の出入りができないとして、厳しい吟味が行なわれ、入り込んだ丹後国の人は送り出された。安政5年5月24日の布令には、「頃日天気不正に付、御領分へ丹後者入込候哉も難計に付右体之者見当候者、早速送返候様、尚亦諸勧進等も吟味仕候様被仰付候間、御家中竝在町寺社共不洩候様、此段被申触候以上。御目付」という。

地理[編集]

山域は1975年(昭和50年3月31日)に、津軽国定公園に指定された[11]。岩木山の南麓に広がる2,587 haの高原が、青森県の岩木高原県立自然公園に指定されている[12]富士山に似た山容であることから、津軽富士とも呼ばれている郷土富士である。太宰治はその山容を「十二単を拡げたようで、透き通るくらいに嬋娟たる美女」と例えている[13]

周辺の山[編集]

源流の河川[編集]

以下の源流となる河川日本海へ流れる。

周辺の温泉[編集]

周辺のスキー場[編集]

山腹には3つのスキー場がある。

岩木山の風景[編集]

テレビ番組[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ a b 基準点成果等閲覧サービス”. 国土地理院. 2011年6月23日閲覧。
  2. ^ 日本の主な山岳標高(青森県の山)”. 国土地理院. 2011年6月23日閲覧。
  3. ^ 深田久弥 『日本百名山』 朝日新聞社、1982年7月、pp.47-50。ISBN 4-02-260871-4
  4. ^ 岩崎元郎 『決定版 岩崎元郎の新日本百名山登山ガイド〈上〉―礼文岳、秋田駒、天上山など東日本エリア50山』 山と溪谷社、2006年3月、pp.38-40。ISBN 4635530469
  5. ^ 岩木山 有史以来の火山活動”. 気象庁. 2014年3月18日閲覧。
  6. ^ 岩木山のバス”. 株式会社岩木スカイライン. 2011年6月23日閲覧。
  7. ^ 岩木山登山マップ”. 弘前市. 2011年6月23日閲覧。
  8. ^ 『花の百名山地図帳』 山と溪谷社、2007年5月、pp.33-34。ISBN 9784635922463
  9. ^ 田沢拓也 『空と山のあいだ―岩木山遭難・大館鳳鳴高生の五日間』 角川文庫、2003年1月。ISBN 4043689012
  10. ^ 岩木山の避難小屋”. 弘前市. 2011年6月23日閲覧。
  11. ^ 津軽国定公園”. 青森県 (2010年1月5日). 2011年6月23日閲覧。
  12. ^ 岩木高原県立自然公園”. 青森県 (2010年1月8日). 2011年6月23日閲覧。
  13. ^ 太宰治 『津軽』 新潮社、2004年6月。ISBN 4101006040
  14. ^ NHKアーカイブス保存番組詳細(1994年12月14日)”. NHK. 2011年6月23日閲覧。
  15. ^ NHKアーカイブス保存番組詳細(1998年11月30日)”. NHK. 2011年6月23日閲覧。
  16. ^ おすすめの山(岩木山)”. NHK日本の名峰. 2011年6月23日閲覧。

参考文献[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]