鹿島槍ヶ岳
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
| 鹿島槍ヶ岳 | |
|---|---|
大観峰より鹿島槍ヶ岳を望む
|
|
| 標高 | 2,889.08 m |
| 所在地 | 富山県黒部市・立山町 長野県大町市 |
| 位置 | 北緯36度37分28秒 東経137度44分49秒 |
| 山系 | 飛騨山脈(後立山連峰) |
|
|
鹿島槍ヶ岳(かしまやりがたけ)は、中部山岳国立公園の北アルプス後立山連峰にある山。後立山連峰の盟主とされる。
目次 |
[編集] 概要
山頂は南峰(標高2,889 m)と北峰(標高2,842 m)からなる双耳峰である。上部は、森林限界のハイマツ帯で、ハクサンフウロ、ミヤマトリカブトやトウヤクリンドウなどの多くの高山植物が自生し、ライチョウやホシガラスなどが生息している。周辺は豪雪地帯であり、東側にはいくつかのスキー場がある。
古い異名では、越中の奥山廻り御用がこの山を後立山(ごりゅうざん)と呼んでいたのがあり、江戸時代後期の国境見回りの記録絵図には祖母谷を経由する登路を記している。
[編集] 歴史
- 1919年(大正8年) - 柏原長寿が2間9尺の石室小屋であった種池山荘の管理人となる。
- 1926年(大正15年) - 田辺和雄、塩川三千勝、石原巌によって積雪期初登攀がなされた。
- 1929年(昭和4年) - 冷池山荘が開業。
- 1931年(昭和6年) - 加藤文太郎が厳冬期に登頂。
- 1934年(昭和9年)夏 - 深田久弥が友人と二人で登頂。
- 1940年(昭和15年)8月12日 - 久邇宮家彦王殿下一行が、白馬岳から蓮華岳縦走した際に登頂。種池山荘に宿泊。
- 1967年(昭和42年) - 数年に渡り、柏原正泰らにより柏原新道の開拓作業が行われた。
[編集] 登山
[編集] 登山ルート
- 主要ルート
- 後立連峰の主稜線縦走路: 白馬岳 - 唐松岳 - 五竜岳 - 鹿島槍ヶ岳 - 爺ヶ岳 - 針ノ木岳
- 柏原新道: 扇沢 - (柏原新道) - 種池山荘 - 爺ヶ岳 - 鹿島槍ヶ岳
- 赤岩尾根: 大谷原 - (赤岩尾根) - 鹿島槍ヶ岳
- 遠見尾根: 白馬五竜スキー場 - 大遠見山 - 五竜山荘 - 八峰キレット - 五竜岳 - 鹿島槍ヶ岳
*八峰キレットは鎖や梯子のかけられている岩場であり、通過には十分注意が必要である。
- バリエーションルート
- 天狗尾根
- 東尾根
- 鎌尾根
- 北俣本谷
- 黒部川 ・下ノ廊下 - 牛首尾根
- 岩壁登攀ルート
- 北壁 (主稜、正面ルンゼ、正面尾根、中央ルンゼ、直接尾根、蝶型岩壁)
- 荒沢奥壁 (南俣尾根、荒沢尾根、南稜、北稜)
[編集] 百名山
[編集] 周辺の山小屋
| 名称 | 所在地 | 収容人数 | キャンプ指定地 |
|---|---|---|---|
| 五竜山荘 | 白岳の南側の主稜線鞍部 | 300人 | テント30張 |
| キレット小屋 | 八峰キレットの北側の主稜線 | 100人 | |
| 冷池(つべたいけ)山荘 | 鹿島槍ヶ岳と爺ヶ岳との鞍部 | 250人 | テント30張 |
| 種池山荘 | 主稜線と柏原新道の合流点 | 200人 | テント20張 |
[編集] 周辺の山
[編集] 関連画像
[編集] 参考文献
- 『山と高原地図 鹿島槍・五竜岳2010』昭文社、ISBN 978-4-398-75715-9
- 『日本百名山』深田久弥(著)、朝日新聞社、ISBN 4-02-260871-4
- 『花の百名山』田中澄江(著)、文春文庫、ISBN 4-16-352790-7
- 『新・花の百名山』田中澄江(著)、文春文庫、ISBN 4-16-731304-9
- 『北アルプス山小屋物語』東京新聞出版局、ISBN 4-8083-0374-4
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
|
|||||||||||||||||||||||||||||||