鷲羽岳

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鷲羽岳
三俣蓮華岳から望む鷲羽岳
三俣蓮華岳から望む鷲羽岳
標高 2,924.19[1] m
所在地 日本の旗 日本 長野県大町市富山県富山市
位置 北緯36度24分11秒
東経137度36分19秒
座標: 北緯36度24分11秒 東経137度36分19秒[1]
山系 飛騨山脈
初登頂 志村烏嶺1907年[2]
鷲羽岳の位置
Project.svg プロジェクト 山
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鷲羽岳(わしばだけ)は飛騨山脈(北アルプス)の大町市富山市にまたがる標高2,924 mである。1934年(昭和9年)12月4日に中部山岳国立公園に指定され、山域はその特別保護地区になっている[3]。また日本百名山にも選定されている[4]

概要[編集]

北アルプスのほぼ中央部、黒部川の源流に位置する。「裏銀座」と呼ばれる飛騨山脈主稜線の縦走路上にあり、山の奥深い位置にあるため、登山道を利用して複数日かけて登頂されることが多い。山頂は森林限界ハイマツ帯で見晴らしが良く、飛騨山脈の大部分の山々を見渡すことができる。山の北側はデイサイト、南側は花崗閃緑岩から成る[5]

山名の歴史[編集]

現在の鷲羽岳は明治の登山黎明期までは東鷲羽岳あるいは龍池ヶ岳と呼ばれていて、現在の三俣蓮華岳 (2,841 m) が鷲羽岳であった[4]

戦国時代末期以後の加賀藩政時代より、北アルプスの大半は加賀藩の奥山廻りによって調査され、1697年元禄10年)に「鷲ノ羽岳」の山名や地形が絵図にされていた[4][6]。 特にこの現在の三俣蓮華岳付近は、加賀藩政時代は三国境としての重要さから詳細に調査されていた。

鷲羽池について、1810年文化7年)の山廻り日記『文化七年 上奥山御境目廻リ 桐沢半六』には、「八月二日晴天(中略)鷲羽嶽江登、鷲ノ羽嶽頭ニ而方角(中略)鷲羽嶽ノ[7]ノ方池有ル 此ノ池甚タ減水ニ而、水三分程有ル」と記されている[8]

1910年(明治43年)、日本山岳会小島烏水と高頭仁兵衛が、上高地上條嘉門次を案内人として信州方面から登山したとき、彼らにとってはこの山域は処女地であった。このとき三俣蓮華岳について越中側での呼び名を知らなかった案内人の嘉門次に、「飛騨猟師が、この山で熊を射止めた。そうして熊の膽(キモ)のつもりで俗称蓮華膽(肝臓)を腹から引き出して喰ったので信州の猟師達が嘲笑って蓮華喰みの岳と言ったのを略して蓮華と呼んでいる」と説明されたのである。

当時の参謀本部陸地測量部の5万分の1地形図では、従来の越中側の山名を踏襲して現在の三俣蓮華岳が鷲羽岳と記されていた。そこで日本山岳会の面々は、、陸地測量部に調査不十分であると地図の訂正を強く求めた。その結果、1930年昭和5年)の修正版で改訂されて現在に至っている。

山名の由来は、三俣蓮華岳から眺めたが羽ばたいている山容からきているとされている[2][9]

登山[編集]

1907年(明治40年)夏、志村烏嶺は北アルプスの最奥地、黒部川源流域の人跡未踏の深山を求め、高瀬渓谷から烏帽子岳に登り、現在のいわゆる裏銀座コースを縦走して鷲羽岳に初登頂を行った。その時の紀行文「日本アルプス縦走記」が当時の山岳雑誌『山岳』の巻頭を飾った。その中で志村は「これは破天荒の壮挙、未曾有の壮挙、誰かその一部たりとも、日本アルプスの峻嶺を、その山稜に沿ふて、縦走せしものありや」と自慢し、「久恋の鷲羽岳」に到達したくだりでは「未だかつて、採集家等の、一度も足跡を印せし事なし」として「鷲羽の絶頂より、南方眼下に、又、一湖水を発見す、こは全く一噴火口なり、恐らく何人の耳にも新しき事実なるべし」と書いた[4]。この他にも、明治後半頃の『山岳』に載せられた紀行文には、随所に人跡未踏の山の初登頂や初縦走の話題で盛り上がっていた。

登山ルート[編集]

烏帽子岳から槍ヶ岳への裏銀座のルート上にあり、多数のルートがある。以下がその一例である[10][11]

1956年9月に開設された湯俣温泉から三俣山荘までの伊藤新道は荒廃して通行困難となっている[2]。最寄りの山小屋は三俣山荘で、ハイマツ帯を抜けた後に砂礫地の急坂が山頂まで続く。

  • 裏銀座(北方から):高瀬ダム - (ブナ立尾根) - 烏帽子岳 - 野口五郎岳 - 水晶小屋 - ワリモ岳 - 鷲羽岳
  • 読売新道黒部ダム - 平ノ渡場 - (読売新道) - 赤牛岳 - 水晶岳 - 水晶小屋 - ワリモ岳 - 鷲羽岳
  • 折立より:折立 - 太郎平小屋 - 北ノ俣岳 - 黒部五郎小舎 - 黒部五郎岳 - 三俣蓮華岳 - 三俣山荘 - 鷲羽岳(三俣蓮華岳の北側山腹を巻くルートもある。太郎平小屋から薬師沢小屋と雲ノ平を経由するルートもある)
  • 新穂高岳温泉より新穂高温泉 - (笠新道) - 双六小屋 - 双六岳 - 三俣蓮華岳 - 三俣山荘 - 鷲羽岳(笠新道の代わりに小池新道のルートもある。双六岳の東側山腹を巻くルートもある)
  • 裏銀座(南方から):槍ヶ岳 - (西鎌尾根) - 樅沢岳 - 双六小屋 - 双六岳 - 三俣蓮華岳 - 三俣山荘 - 鷲羽岳(槍ヶ岳へは、中房温泉からの表銀座上高地や新穂高温泉などからの入山経路がある)

周辺の山小屋[編集]

鷲羽岳と三俣山荘

周辺の登山道上には、登山者用の山小屋キャンプ指定地がある[11]

名称 所在地 鷲羽岳からの方角と
距離 (km)
標高
(m)
収容
人数
キャンプ
指定地
三俣山荘 鷲羽岳と三俣蓮華岳との鞍部 南西 1.2 2,550 70人 70張
水晶小屋 裏銀座縦走路の水晶岳への分岐 北 1.9 2,900 30人 なし
雲ノ平山荘 雲ノ平・ギリシャ庭園 北西 3.2 2,500 70人 50張

地理[編集]

鷲羽池火山[編集]

山頂から望む鷲羽池火口と鷲羽池

山頂から南東450 m程の位置に鷲羽池がある。鷲羽岳南東斜面に形成された火山で、鷲羽池火口は鮮明な火口地形が残る[9]。12万年前以降に活動し、安山岩デイサイト溶岩流を東南に流出している。火口地形が鮮明なため過去1万年内に噴火した可能性があるという説もあるが、気象庁の指定する活火山には指定されていない。鷲羽池火口東南にある硫黄沢では1990年代中頃まで活発な噴気活動が認められている。

周辺の山[編集]

黒部川源流部と鷲羽岳(中央下)
槍ヶ岳から望む鷲羽岳周辺の山
山容 名称 標高
(m)
三角点
等級
鷲羽岳との
距離 (km)
備考
Kurobe River and Mount Suisho from Mount Mitsumatarenge 2004-08-13.jpg 水晶岳 2,986 (三等)
2977.70
2.7 別名は黒岳
日本百名山
Jiidake from kurodake 1999 8 9.jpg 祖父岳 2,825 1.6 雲ノ平
Mount Washiba from Mount Tsubakuro 1999-05-09.jpg ワリモ岳 2,888 0.6
Hut Sugoroku and Washibadake 2004-8-12.jpg 鷲羽岳 2,924.19 三等[1] 0 鷲羽池
日本百名山
Mount Mitsumatarenge from Mount Washiba 1999-08-09.jpg 三俣蓮華岳 2,841.23 三等 2.1 三県境(富山・岐阜・長野)
日本三百名山
Sugorokudake from yumioridake 2004-8-12.jpg 双六岳 2,860.29 二等  3.8
Kurobegoroudake from suisyoudake 1994-8-13.jpg 黒部五郎岳 2,839.58 三等 6.0 別名は中ノ俣岳
日本百名山
05 Yarigatake from Higashikamaone 2000-8-16.jpg 槍ヶ岳 3,180 7.8 日本百名山

源流の河川[編集]

以下の源流となる河川日本海へ流れる[11]。鷲羽岳と三俣蓮華岳との鞍部が黒部川高瀬川との分水嶺となっている。

  • 黒部川の源流部
  • 湯俣川とワリモ沢(高瀬川の支流

山容と風景[編集]

水晶小屋方面から望む鷲羽岳 
祖父岳から望むワリモ岳と鷲羽岳 
燕山荘横より望む鷲羽岳 
大天井岳から望む鷲羽岳と夕景 
双六小屋より望む鷲羽岳 

脚注[編集]

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  1. ^ a b c 基準点成果等閲覧サービス・三俣蓮華岳(高山) 国土地理院、2011年1月5日閲覧。山頂には二等三角点が設定されている。点名は「中俣」。所在地は、富山県富山市大字有峰字黒部谷割1。
  2. ^ a b c 『新日本山岳誌』日本山岳会(編)、ナカニシヤ出版、2005年、ISBN 4-779-50000-1, pp. 899-900, 925
  3. ^ 中部山岳国立公園区域の概要 環境省、2011年1月5日閲覧。
  4. ^ a b c d 『日本百名山』深田久弥(著)、朝日新聞社、1982年、ISBN 4-02-260871-4, pp. 202-205
  5. ^ 『日本三百名山』毎日新聞社、1997年、ISBN 4-620-60524-7, p. 179
  6. ^ 『日本の山1000』山と渓谷社、1992年、ISBN 4-635-09025-6, p. 407
  7. ^ 南東微南の方角
  8. ^ 『奥山巡見-奥山廻りのダイナミズム』富山県[立山博物館]、2007年、p. 55
  9. ^ a b 『コンサイス日本山名辞典』三省堂、1992年、ISBN 4-385-15403-1, p. 556
  10. ^ 『上高地・槍・穂高(ヤマケイアルペンガイド)』山と渓谷社、2000年、ISBN 4-635-01319-7
  11. ^ a b c 『剱・立山(山と高原地図 36)』昭文社、2010年、ISBN 978-4-398-75716-6

参考文献[編集]

関連項目[編集]