阿蘇山

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阿蘇山

20140516阿蘇山広域.jpg
阿蘇山空撮(2014年5月)

外輪山の大観峰から見たカルデラと阿蘇五岳
外輪山の大観峰から見たカルデラと阿蘇五岳
所在地 日本の旗 日本 熊本県
位置 北緯32度53分03秒
東経131度06分14秒
座標: 北緯32度53分03秒 東経131度06分14秒
最高峰 高岳 (1,592m)
種類 成層火山 活火山ランクA
阿蘇山の位置
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阿蘇カルデラおよび阿蘇火山

阿蘇山(あそさん)は、熊本県阿蘇地方に位置する活火山で、広大なカルデラ地形(鍋型)・外輪山を含めた全域を指す。2007年日本の地質百選に「阿蘇」として選定された。2009年(平成21年)10月には、カルデラ内外の地域が巨大噴火の歴史と生きた火口を体感できる「阿蘇ジオパーク」として日本ジオパークに認定された。

概要[編集]

阿蘇山は、世界でも有数の大型カルデラと雄大な外輪山を持ち、「火の国」熊本県のシンボル的な存在として親しまれている。火山活動が平穏な時期には火口に近づいて見学できるが、活動が活発化したり、有毒ガスが発生した場合は火口付近の立入りが規制される。

「阿蘇山」は通称・総称であるが、カルデラ内部に出来た中央の高い山々は中央火口丘群で、これを阿蘇五岳(あそごがく)とよんでいる。北側の阿蘇谷方面から阿蘇五岳を見た姿は、釈迦が寝ている姿=涅槃像に似ていると言われており、名物の雲海で五岳が雲間から浮かんでいる姿は特に好まれている。阿蘇を撮影した写真は、撮影しやすい阿蘇谷から見たものが多いが、朝日の場合、逆光となるので、南郷谷から撮影する方が、白トビが無く絵は綺麗である。 中央部に位置する噴火口のある山は「中岳」と呼び、一番高い山は高岳、ギザギザの山は根子岳という。各山の山頂付近は、九重連山雲仙と並ぶミヤマキリシマの一大群生地となっており、最盛期には南郷谷から烏帽子岳の斜面がピンクに染まる山肌を見ることが出来る。 根子岳は地層調査によって他の山より古くからある山であることが分かり、カルデラ形成前からあったものであると推測されている。

外輪山の内側を中心として阿蘇くじゅう国立公園に指定されている。温泉や観光・レジャースポットが点在する有数の観光エリア。夏になると多くのライダーがツーリングで訪れる場所である。

噴火時の災害対策として、中岳火口周辺には退避壕が9つ建てられている。退避壕は鉄筋コンクリートで頑丈に出来ており、1つにつき30人収容可能である。退避壕の耐久性は、1989年10月に起きた噴火で多数の噴石が降り注いだが、壊れていないほど丈夫な事が明かされている[1]

自然[編集]

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最高峰の高岳(1,592.3m)を始めとする中岳(1,506m)、根子岳(1,408m)、烏帽子岳(1,337m)、杵島岳(1,270m)の阿蘇五岳の他、往生岳(1,235m)などを含む1,000m級の山が連なる。烏帽子岳山頂には一等三角点「西烏帽子岳」、高岳山頂には三等三角点「高岳」、根子岳山頂東側の尾根には二等三角点「根子岳」が設置されている[2]

気候[編集]

阿蘇山
雨温図説明
1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12
 
 
93
 
2
-5
 
 
130
 
4
-4
 
 
224
 
8
-0
 
 
238
 
13
5
 
 
294
 
17
10
 
 
635
 
20
14
 
 
670
 
23
18
 
 
319
 
24
18
 
 
288
 
21
15
 
 
131
 
16
9
 
 
111
 
10
4
 
 
74
 
5
-2
気温(°C
総降水量(mm)
出典:気象庁

平野部と同じく太平洋側気候だが、西岸海洋性気候(Cfb)に属し(阿蘇市街地などの大部分は温暖湿潤気候)、概ね北海道道南から東北地方北部にかけての太平洋沿岸の気候に似ており、夏季冷涼・冬季厳寒である。中岳西側の阿蘇山上(露場の標高1142.3m、北緯32°52.8′、東経131°04.4′)では1931年11月から地上気象観測が行われてきた。1939年11月には阿蘇山測候所となり、2009年10月に測候所は廃止され、阿蘇山特別地域気象観測所として自動観測が行われている。

年間平均気温は9.9℃で、九州の他地域と比べると大幅に低く、東北地方の大半の都市と比較しても低い値となっている。降水量は年間降水量で3206.2mmと大変多く、特に6月から7月にかけての梅雨の時期は土砂降りの大雨が続き、その豊富な雨水は大地を潤し、県の地下水資源ともなっている。

冬の訪れは、九州としてはかなり早く9月末から10月にかけて初氷初霜が観測され[要出典]、11月初頭から中旬頃にかけて初雪を観測し、12月以降は本格的な冬となる。真冬になると気温は-10℃未満の日も珍しくなく、寒波に覆われたり、強い冬型の気圧配置になった場合は、山頂は-20℃程度の危険な寒さにまで下がることがある[要出典]。最高気温0℃以下の真冬日が30日前後と多い。ただし、中国地方以東の山とは異なり根雪とはならず、近年では積雪は多くても100cmを超えることは無く、豪雪地帯には指定されていない。の訪れも九州としては遅く、4月に入っても降雪積雪を観測することがある。 夏は標高が1,000メートル以上と高いため、これまで真夏日猛暑日を観測したことは観測史上一度も無い。(最高気温の記録は1956年8月4日に観測された29.7℃[3]。)また、避暑地としても利用できる。朝は最低気温が盛夏でも20℃未満となる日が多いが、15℃未満となる日は少ない。

阿蘇山特別地域気象観測所(標高1142.3m)の気候
1月 2月 3月 4月 5月 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月
最高気温記録 °C (°F) 16.0
(60.8)
16.6
(61.9)
19.3
(66.7)
23.8
(74.8)
26.0
(78.8)
27.2
(81)
29.6
(85.3)
29.7
(85.5)
28.0
(82.4)
25.1
(77.2)
20.7
(69.3)
15.8
(60.4)
29.7
(85.5)
平均最高気温 °C (°F) 1.7
(35.1)
3.5
(38.3)
7.6
(45.7)
13.1
(55.6)
17.3
(63.1)
19.9
(67.8)
23.0
(73.4)
23.9
(75)
21.0
(69.8)
16.0
(60.8)
10.4
(50.7)
4.5
(40.1)
13.49
(56.28)
平均最低気温 °C (°F) −4.6
(23.7)
−3.6
(25.5)
−0.4
(31.3)
4.9
(40.8)
9.6
(49.3)
13.9
(57)
17.7
(63.9)
18.0
(64.4)
14.8
(58.6)
8.8
(47.8)
3.5
(38.3)
−2.0
(28.4)
6.72
(44.08)
最低気温記録 °C (°F) −15.4
(4.3)
−15.9
(3.4)
−13.1
(8.4)
−7.6
(18.3)
−1.0
(30.2)
5.5
(41.9)
9.8
(49.6)
10.5
(50.9)
4.5
(40.1)
−4.0
(24.8)
−7.7
(18.1)
−13.0
(8.6)
−15.9
(3.4)
降水量 mm (inch) 93.2
(3.669)
130.0
(5.118)
224.4
(8.835)
237.7
(9.358)
294.4
(11.591)
634.6
(24.984)
669.7
(26.366)
318.9
(12.555)
287.6
(11.323)
131.3
(5.169)
111.1
(4.374)
74.3
(2.925)
3,206.2
(126.228)
降雪量 cm (inch) 47
(18.5)
37
(14.6)
17
(6.7)
2
(0.8)
2
(0.8)
22
(8.7)
128
(50.4)
 % 湿度 83 80 78 73 76 84 90 87 85 79 79 81 81
平均月間日照時間 95.3 111.9 132.9 160.6 161.9 114.3 116.8 141.3 126.0 152.6 123.8 113.5 1,550.9
出典: 気象庁

範囲[編集]

中央火口丘群[編集]

南阿蘇村から見た中央火口丘群
中央火口丘拡大空撮

一般に「阿蘇山」と呼ぶ場合、中央火口丘群の根子岳、高岳、中岳、烏帽子岳、杵島岳の5つの山の総称を指す。最高地点は高岳の1,592メートルで、「ひごくに(肥後国)」の語呂合わせで覚えられる。中岳の火口は現在も噴煙を上げ続け時々噴火する活火山で、火口西側まで道路(阿蘇山公園道路)が通じている。

カルデラ火山としての阿蘇[編集]

カルデラ壁

更に大きい範囲では30万年前-9万年前に発生した4回の巨大カルデラ噴火により形成された阿蘇カルデラがある。その大きさは日本で2番目で、1位は北海道屈斜路カルデラ、2位が阿蘇カルデラ。また3位は鹿児島県桜島の北にある姶良カルデラである。ちなみに世界一はインドネシアトバカルデラ(長軸約100km×短軸約30kmの楕円形)であり、またタウポ湖(46x33km, ニュージーランド)も巨大である。
多くのカルデラにおいては、カルデラ内に大きな火口湖ができていたり、外輪山の一部が吹き飛んで(あるいは侵食され)海となったりしていて、一見カルデラに見えない地形が多いが、ここ阿蘇山は火口湖も海もなく、カルデラの中に立って周囲の外輪山を見渡すことができる。カルデラを取り囲む外輪山も阿蘇火山に含まれ、東西約18キロメートル・南北約25キロメートルに及ぶ。カルデラを見下ろす大観峰などは、カルデラ噴火前の火山活動による溶岩とカルデラ噴火による火砕流堆積物溶結凝灰岩)でできた山である。

カルデラ盆地は中央火口丘によって南北に二分され、北を阿蘇谷、南を南郷谷という。阿蘇谷は阿蘇市に、南郷谷は阿蘇郡高森町および南阿蘇村に属する。阿蘇谷には、熊本と大分を結ぶJR豊肥本線が通り、その立野駅から分岐する第三セクター・南阿蘇鉄道が南郷谷を走っている。

火砕流台地の範囲[編集]

9万年前の巨大カルデラ噴火による噴出物は600km³(ほぼ富士山の山体全部の大きさ)以上に達し、火砕流は九州の半分を覆ったと推定されている。特に厚く堆積した地域では火砕流台地となって残っている。この台地は九州中央部に広く分布し、緩やかに波打つ平原を形作っている。周辺自治体の熊本県高森町東南部、熊本県山都町北部一帯のほか、隣県の宮崎県五ヶ瀬町北部や、同県西臼杵郡高千穂町大分県竹田市などもその中に入る。

近年の噴火活動と火口の状況[編集]

中岳の第一火口

福岡管区気象台は2007年12月より噴火警戒レベルを導入(1・平常、2・火口周辺規制、3・入山規制、4・避難準備、5・避難)。中岳の第一火口は常時TVモニターで監視されている。また近年二酸化硫黄濃度もリアルタイムで測定され、危険濃度になった場合、観光目的での火口周囲への立ち入りが制限される。制限区画は細かく分けられ、二酸化硫黄濃度によって毎日変更される。

中岳の噴火活動は、非常にパターン化されており、以下のサイクルを繰り返している。

噴火→噴火の沈静化→カルデラ湖形成→カルデラ湖の消失→噴火孔の形成→噴火孔の赤熱現象→噴火

これにより噴火の予測が非常に容易であり、そのことより火口間際までの大量の観光客の誘導が可能になった。

歴史[編集]

先阿蘇火山群[編集]

先阿蘇火山の溶岩崖を流れる古閑の滝

30万年以上前に現在の外輪山などを形成している火山群の活動があった。

巨大カルデラ噴火[編集]

約30万年前から9万年前までに大規模な噴火が4回 (Aso1-4) あった。地下から大量の火砕流や火山灰を放出したため、巨大な窪地(カルデラ)が形成された。その中でも4回目の噴火 (Aso4) が最も大きく約600立方kmあり、火砕流は九州中央部を覆い一部は海を越え山口県[4]にまで達し、火山灰は北海道に至る日本全土の他朝鮮半島でも確認されている。Aso4の火山灰でできた地層を見つければ、9万年前の地層であることがはっきり分かるため、植物学、考古学など様々な研究で時代を示す指標として使われている。

中央火口丘群[編集]

高岳、中岳、烏帽子岳、杵島岳は、上記4回目の巨大カルデラ噴火後に活動した火山。中岳は現在でも活火山として活動中。根子岳は4回目の巨大カルデラ噴火よりも古いと推定されている。

有史以後[編集]

カルデラ内は湧き水が豊富で平坦な地形が続いているため、農業生産に適していた。古くから人が住み、集落を形成していた。7世紀の中国の歴史書『隋書』にも「阿蘇山」の名が見え、火を噴き上げる山として知られていた。

阿蘇市一の宮町にある阿蘇神社は肥後国一宮としての格式を持ち、その宮司の阿蘇氏は古代の国造の子孫で現在まで世襲されている。

修験道の山としても栄え、火口から1キロメートル離れた古坊中を中心に「三十六坊五十二庵」を云われる坊舎が立ち並び、これを基として西巌殿寺が成立した。

昭和時代には、不適切な時期の観光中に、噴火による火山弾が観光客に命中し、死者が出ている。

  • 1958年6月24日突然の噴火により休憩所や土木事務所が倒壊し死者12人
  • 1979年9月6日阿蘇第一火口が爆発。死者3人・負傷者11人
  • 2011年6月9日、小噴火
  • 2013年12月27日、レベル2に引き上げ、2014年1月13日阿蘇山中岳第1火口で小噴火。

観光[編集]

最近ではアジア方面の国からの観光客が増えている。以前は火口まで自家用車で乗り入れることは出来なかったが、最近駐車場が整備され火口まで徒歩1分というところまで自家用車で行くことが出来る。またロープウエイも整備されている。山麓には複数のキャンプ場もあり、草千里では乗馬も行われている。特に草千里(草千里ヶ浜)は風致景観が良く近代詩にも詠われており、国の名勝及び天然記念物に指定されている。

温泉[編集]

阿蘇山は巨大な火山ゆえに、その周辺はたくさんの温泉に恵まれている。阿蘇くじゅう国立公園に属し、カルデラ内には阿蘇内牧温泉阿蘇赤水温泉の温泉街があり、烏帽子岳周辺には垂玉温泉地獄温泉などの一軒宿がある。外輪山北の南小国町には、黒川温泉などのたくさんの温泉が湧出しており、国民保養温泉地にも指定されている。

伝説[編集]

根子岳のギザギザ頭[編集]

高岳、中岳、烏帽子岳、杵島岳そして末っ子の根子岳は誰が一番早く高くなれるか競っていた。結果、根子岳が長男の高岳さえも追い抜いて一番高くなった。しかし、それは鬼たちに阿蘇の国で自由に暴れさせる代わりに、竹田から土を運んで自分の頭に積ませたからだった。これを知った阿蘇大明神は激怒し、根子岳の頭をピシャリピシャリと何度も叩いた。そのおかげで根子岳の頭はギザキザになってしまった。

肥後国の猫[編集]

肥後国の猫は7歳になると根子岳へ修行に来るという。そして人に化けて迷った旅人をおびき寄せ、散々振る舞った後、寝ている隙に食べるとされている。アニメ「まんが日本昔ばなし」で紹介された時は、温泉のお湯で旅人を猫に変えてしまうとなっている。

火口瀬[編集]

大昔の阿蘇は外輪山に切れ目が無く、その中には水がたまって広大なカルデラ湖になっていた。健磐龍命(タケイワタツノミコト、阿蘇大明神)はこの水を無くして田畑を造ろうと考えた。そこで、外輪山の一部を蹴破ることにした。一度目に挑戦した場所はなかなか蹴破れない。というのもその場所は山が二重になっているからで、以後「二重(ふたえ)ノ峠」と呼ばれるようになった。別の場所で再挑戦すると今度は見事に蹴破ることができた。しかし、そのはずみで健磐龍は尻餅をついてしまって「立てぬ!」と叫んだ。以後その場所は「立野(たての)」と呼ばれるようになった。

蹴破った場所からは大量の水が流れ出しとなり、数匹の鹿も流されたことから、以後「数鹿流(すがる)が滝」と呼ばれるようになった。湖水が引いてくると底から巨大なナマズが現れた。ナマズが湖水をせき止めていたため、健磐龍は太刀でナマズを切り、ようやく湖水は流れ去ったという。また、カルデラ湖にいた鯰が流れ着いた場所が現在の嘉島町の鯰という地名になっているともいわれている。

米塚[編集]

草千里下にある約100メートルほどの均整のとれた小山。火砕丘である。伝説では健磐龍命が収穫した米を積み上げて作ったとされ、貧しい人達に米を分け与えたことで頂上にくぼみができたとされている。国の名勝及び天然記念物に指定されている。

的石伝説[編集]

阿蘇市的石の地名の語源でもある“的石”は北外輪山のふもとにある石で、その昔阿蘇神社の祭神である健磐龍命(阿蘇大明神)が阿蘇五岳の外れにある往生岳(往生岳は五岳に含まれない)から弓の稽古をする時に的にしたという伝説からこの名がつけられている。ちなみに往生岳山頂から的石までは約7kmほどの距離となっている。

また、往生岳から的石まで射られた矢は、健磐龍命の従者で鬼八という足の速い男が往生岳から的石まで走って取りにいき健磐龍命に渡していた。99回目までは鬼八も的石と往生岳を往復して矢を運んでいたが、100回目に疲れて的石から往生岳めがけ矢を投げ返した。その矢がたまたま健磐龍命の腿に当たり、それに腹を立てた健磐龍命は鬼八を成敗しようとして追った。鬼八は阿蘇中を逃げ回り、更に阿蘇の外まで逃げ、そこで一息ついて8回屁をひったといわれその場所の地名である矢部の語源になったと言われる。

その後も鬼八は健磐龍命に追われ、ついには捕らえられ首をはねられたが、不思議なことに首をはねてもはねてもすぐに首は元通りにくっつく。腕や足をはねてみたがやはりすぐに元通りとなる。そこで健磐龍命は鬼八の体をばらばらに切り、それぞれを離れた場所に埋めた。そうするともう鬼八はよみがえることがなくなったという。

しかしその後、鬼八の怨念は阿蘇の地に早霜を降らせるようになり稲に大きな被害が出るようになった。そこで健磐龍命は役犬原という場所に霜の宮と名づけた社を建て鬼八の怨霊を鎮めたという。現在でも霜宮神社では幼い女子が59日間火を絶やさずお籠りをするという神事が残っている。

また、高千穂にも“鬼八伝説”が残っている。阿蘇の鬼八と共通した特徴もあり関連性があるのではないかと思われる[誰によって?]

阿蘇山が登場する作品[編集]

文学[編集]

映画、漫画、アニメ、特撮など[編集]

ギャラリー[編集]

脚注[編集]

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参考文献[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]