英彦山

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英彦山
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標高 1,199.6m
位置 北緯33度28分34秒
東経130度55分34秒
所在地 福岡県田川郡添田町大分県中津市
山系 筑紫山地
  

英彦山(ひこさん)は、福岡県田川郡添田町大分県中津市山国町にまたがる標高1,200mの耶馬日田英彦山国定公園の一部をなす。日本百景日本二百名山の一つ。また、弥彦山新潟県)・雪彦山兵庫県)とともに日本三彦山に数えられる。

目次

[編集] 概要

もとは「彦山」との表記であったが、院宣により「英」の字をつけたという。

福岡県内では、大分県日田市との境にある釈迦岳(1,231m)に次いで2番目に標高が高い。山域は福岡県と大分県の県境未確定地域となっている。

山の中腹500m近辺に英彦山神宮奉幣殿があり、多くの参拝客が訪れる。山頂には上宮がある。2005年平成17年)10月には、英彦山神宮へ続く参道沿いに、参道起点の銅の鳥居横から英彦山花公園を経由して参道終点の英彦山神宮奉幣殿へ至る全長849mのスロープカーが完成し、英彦山神宮奉幣殿まで約15分で行けるようになった。

石段と鎖付き岩壁で辿り着く「望雲台」と呼ばれる切り立った足場30cmの岩壁は、下界に広がる森林から突き出た鷹ノ巣山が望めるなど眺望が素晴らしく、自己責任で登るロッククライミングの名所となっている。「望雲台」は本来山伏の修行場であった[1]

麓にある深倉峡紅葉の名所である。深倉峡の奥の深倉園地にある奇岩「男魂岩(おとこいわ)」と、谷を隔てて対峙する「女岩」とは巨大なしめ縄で結ばれており、毎年11月に「男魂祭」が催される。

[編集] 歴史

英彦山は羽黒山山形県)・熊野大峰山奈良県)とともに「日本三大修験山」に数えられ、山伏の坊舎跡など往時をしのぶ史跡が残る。山伏の修験道場として古くから武芸の鍛錬に力を入れ、最盛期には数千名の僧兵を擁し、大名に匹敵する兵力を保持していたという。

この山を根拠とする豊前佐々木氏が領主であり、一族からは英彦山幸有僧という役職も出していたとの記録がある。英彦山はその後、秋月種実と軍事同盟を結んだため、天正9年(1581年10月、敵対する大友義統の軍勢に攻め込まれ、1ヶ月あまり続いた戦闘によって多くの坊舎が焼け落ち、多数の死者を出して大きく勢力を失った。大友氏の衰退後は、新領主として豊前に入った細川忠興が強力な領国経営を推し進めたため、佐々木氏とともにさらにその勢力は衰退したという。

[編集] 脚注

  1. ^ 2009年4月15日放送テレビ朝日ナニコレ珍百景より

[編集] 外部リンク


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