刈田郡

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刈田郡(かったぐん)は、磐城国(旧陸奥国南東部)北部、宮城県南部の人口14,689人、面積415.85km²、人口密度35.3人/km²。(2009年6月1日、推計人口

以下の2町を含む。

当初の郡域には上記に加え白石市も含み、そこが郡の中心であった。

刈田郡県内位置図
1.蔵王町 2.七ヶ宿町

[編集] 歴史

721年(養老5年)10月に、柴田郡の南部を苅田郡として分けて設けられた。平安時代に篤借郷、苅田郷、坂田郷、三田郷があったことが和名類聚抄によって知られる。

南北朝時代に白石氏伊達氏に従ったことで、伊達氏の勢力圏に入った。戦国時代末には白石宗実伊達政宗の武将として活躍した。1590年豊臣秀吉が行なった奥羽仕置でも伊達政宗のものとして認められた。しかし、葛西大崎一揆を扇動した疑惑で1591年には政宗から取り上げられ、蒲生氏郷に与えられた。1598年には上杉景勝の領地となった。1600年には関ヶ原の戦いの一環として、伊達軍が刈田郡に攻め込んで白石城を落とした。戦後、刈田郡はそのまま伊達氏に与えられた。政宗は白石に重臣の片倉景綱を置き、その子孫が代々の白石城主となった。江戸時代を通じて郡の大部分は片倉氏の知行地であった。1869年以降は磐城国に属した。

[編集] 町村制施行以後の沿革

  • 1889年(明治22年)4月1日 - 町村制施行(1町10村)
  • 1954年(昭和29年)4月1日 - 白石町、越河村、斎川村、大平村、大鷹沢村、白川村、福岡村が合併して白石市となった。(4村)
  • 1955年(昭和30年)4月1日 - 宮村と円田村が合併して蔵王町となった。(1町2村)
  • 1957年(昭和32年)
    • 3月31日 - 小原村が白石市に編入された。(1町1村)
    • 4月1日 - 七ヶ宿村が町制施行して七ヶ宿町となった。(2町)


明治22年以前 明治22年4月1日 明治22年 - 大正15年 昭和1年 - 昭和29年 昭和30年 - 昭和64年 平成1年 - 現在 現在
白石町 大正15年3月29日
白川村の小下倉を白石町へ
昭和29年4月1日
白石市
白石市 白石市 白石市

白川村

白川村
越河村 越河村
斎川村 斎川村
大鷹沢村 大鷹沢村
福岡村 福岡村
大平村 大平村
小原村 小原村 小原村 昭和32年3月31日
白石市に編入
宮村 宮村 宮村 昭和30年4月1日
蔵王町
蔵王町 蔵王町
円田村 円田村 円田村
七ヶ宿村 七ヶ宿村 七ヶ宿村 昭和32年4月1日
町制
七ヶ宿町 七ヶ宿町
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