彦根市

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
ひこねし
彦根市
Hikone castle5537.JPG
Flag of Hikone, Shiga.svg
彦根市旗
Hikone shiga chapter.JPG
彦根市章
彦根市の中心にある金亀山(彦根山)の亀甲をかたどり、外枠右側に「ヒ」、左側に「コ」、中心に「ネ」を配して図案化したもの[1]
1938年(昭和13年)4月11日制定[1]
日本の旗 日本
地方 近畿地方
都道府県 滋賀県
団体コード 25202-6
面積 196.84km²
総人口 113,065
推計人口、2014年7月1日)
人口密度 574人/km²
隣接自治体 米原市東近江市
犬上郡多賀町甲良町豊郷町
愛知郡愛荘町
市の木 たちばな
市の花 はなしょうぶ
彦根市役所
所在地 522-8501
滋賀県彦根市元町4番2号
北緯35度16分27.7秒東経136度15分35秒
彦根市役所
外部リンク 彦根市(公式ウェブサイト)

彦根市位置図

― 市 / ― 町

 表示ノート編集履歴 ウィキプロジェクト

彦根市(ひこねし)は、滋賀県の北東部に所在するである。 滋賀県北部、東部の中心となる都市である。

鳥居本町(元・坂田郡鳥居本町。cf. 鳥居本宿鳥居本駅)と稲枝町(元・愛知郡稲枝町。cf. 稲枝駅)を除き、かつては犬上郡に属していた。

目次

概要[編集]

彦根城から望む鈴鹿山脈と彦根市中心部
彦根城から望む琵琶湖畔と彦根港

彦根市域を含む旧・犬上郡は古より近江国交通の結節点であった。中世から近世にかけては、全国に信者を持つ多賀大社(在・犬上郡多賀町多賀)の参詣道(高宮村も経由)が隆盛し、江戸時代初期に整備された中山道宿場町としては彦根市域では鳥居本宿(元・坂田郡内、現・彦根市鳥居本町)と高宮宿(元・犬上郡内、現・彦根市高宮町)が置かれ、なかでも鳥居本宿は中仙道中近江国内で随一の賑わいを見せた。

現在の市街地の近郊に佐和山城を築城した豊臣秀吉の重臣石田三成関ヶ原の戦いで敗れたのち、江戸時代には、徳川家譜代の大名である井伊家知行するところとなり、琵琶湖に面した山に築城された彦根城を中核として佐和山藩改め彦根藩が置かれた。この彦根藩および彦根城は、西日本外様大名に睨みを利かせる幕藩体制上きわめて重要な役割を、さらなる前線に位置する播磨国姫路藩および姫路城と共に担ったが、両藩と2つの城は想定し得る外様大名による謀反が起こらなかった(あるいは、抑え込まれた)ために攻められること無く、太平の世に存在し続けた。そのような彦根藩のお膝元にあって、大藩がひしめく京都周辺でも有数の城下町として彦根は発達を見せた。

近現代では、市制施行以来数十年間は大津市に次ぐ県下第二の都市であったが、平成の大合併後の人口では、大津市・草津市長浜市東近江市に次いで県下第5位となった(2010年4月時点)[注 1][2]。しかし、地方気象台彦根地方気象台)、国立大学滋賀大学)、裁判所支部などといった各種機関が現在も市内に集中し、滋賀県東部における商工業の中心地である。

大規模な都市空襲を受けなかったことから近世以来の城下町宿場町の町並みが比較的保存されており、2009年平成21年)1月19日には亀山市金沢市高山市萩市と共に第1回歴史まちづくり法国土交通省)に認定されている。

現代では、ほぼ日本国内に限ってであるが、毎年7月に松原水泳場で開催される「鳥人間コンテスト選手権大会」や、マスコットひこにゃん」を通じても、広く知られている。

地理[編集]

彦根市中心部周辺の空中写真。1982年撮影の8枚を合成作成。国土交通省 国土画像情報(カラー空中写真)を基に作成。

面積196.84km²(琵琶湖における市町境界の確定に伴い、2007年10月1日から)[1]

琵琶湖に面するが、内陸部に位置しており、伊吹山地が近接しているため、気候は内陸性気候である。気象庁の区分では滋賀県北部に分類されているが、彦根市は中部と言うべき位置にあり、積雪は他の県北部の市町村に比べて少ない。

位置[編集]

  • 東端 :北緯35度16分26.8秒 東経136度21分5.3秒(武奈町)。
cf. 国土地理院の地図閲覧サービスによる、この位置へのリンク(以下同様)[3]
  • 北端 :北緯35度18分7.1秒 東経136度18分3.7秒(摺針峠に近い名神高速道路のトンネル付近)。[4]
    • 水域北端 :北緯35度21分21.4秒 東経136度8分54.8秒(多景島沖)。[5]
  • 西端 :北緯35度13分1.7秒 東経136度6分45.9秒(愛知川河口北岸)。[6]
    • 水域西端 :北緯35度15分31.6秒 東経136度5分1.7秒(愛知川河口沖)。[7]
  • 南端 :北緯35度11分24.6秒 東経136度11分30秒(服部町)。[8]

主要な地形[編集]

山地
彦根山(彦根城)より佐和山を望む。
  • 向山(芹川北)(むかいやま。別名:武奈山[ぶなさん]。標高659.8m
  • 男鬼山(おおりやま。標高683m[彦根市最高峰])、イワス山(イワスやま、別名:原石山。標高640m)、比婆之山(ひばのやま。標高670m)
  • 物生山(むしやま。標高190m)、弁天山(標高196m)、大洞山(おおぼらやま。標高211m)、佐和山(標高232.5m。cf. 佐和山城
  • 彦根山(ひこねやま、別名:金亀山[こんきやま]。標高163m。cf. 彦根城
  • 住友大阪セメント多賀鉱山跡(別名:原石山)
  • 野田山(標高364m)
  • 大堀山(おおぼりやま、別名:鞍掛山。標高150m)、亀甲山(きっこうやま。標高120m)
  • 雨壺山(あまつぼやま。標高136.94m)
  • 荒神山(標高284m)
河川系
沿岸地形

気候[編集]


平均気温 最高気温 最低気温 平均湿度 平均風速 降水量 降雪 最深積雪
1894年明治27年) 14.4 78% 1235.6mm
1900年(明治33年) 13.6℃ 78% 1582.9mm
1905年(明治38年) 13.6℃ 81% 1805.7mm
1910年(明治43年) 13.2℃ 79% 1640.1mm
1915年大正4年) 14.2℃ 79% 1771.2mm
1920年(大正9年) 14.0℃ 79% 1449.2mm
1925年(大正14年) 13.5℃ 79% 1821.2mm
1930年昭和5年) 14.2℃ 79% 1465.4mm
1935年(昭和10年) 13.8℃ 34.2℃ -6.7℃ 80% 1719.6mm
1940年(昭和15年) 13.7℃ 35.1℃ -6.9℃ 79% 1417.7mm
1945年(昭和20年) 12.9℃ 34.7℃ -7.0℃ 79% 1959.8mm
1950年(昭和25年) 14.1℃ 34.5℃ -3.4℃ 79% 1874.9mm
1955年(昭和30年) 14.6℃ 35.2℃ -5.0℃ 79% 3.3m/s 1637.1mm 108cm
1960年(昭和35年) 14.4℃ 35.6℃ -6.2℃ 77% 3.3m/s 1579.7mm 127cm
1965年(昭和40年) 13.3℃ 34.6℃ -6.1℃ 77% 3.1m/s 2146.9mm 100cm 35cm
1970年(昭和45年) 13.5℃ 35.0℃ -5.8℃ 77% 2.7m/s 1746.0mm 238cm 57cm
1975年(昭和50年) 14.3℃ 35.4℃ -4.0℃ 76% 2.4m/s 1713.5mm 176cm 30cm
1980年(昭和55年) 13.7℃ 33.2℃ -3.4℃ 74% 2.5m/s 2130.0mm 145cm 40cm
1985年(昭和60年) 14.4℃ 34.6℃ -4.4℃ 76% 2.5m/s 1713.5mm 133cm 39cm
1990年平成2年) 15.4℃ 35.2℃ -4.1℃ 74% 2.7m/s 1707.5mm 18cm 8cm
1995年(平成7年) 14.1℃ 36.8℃ -4.5℃ 74% 2.7m/s 1681.5mm 150cm 46cm
2000年(平成12年) 15.1℃ 37.0℃ -2.5℃ 72% 2.8m/s 1474.5mm 177cm 43cm
2005年(平成17年) 14.8℃ 34.8℃ -4.0℃ 74% 2.9m/s 1423.5mm 92cm 24cm
2010年(平成22年) 15.3℃ 35.9℃ -2.0℃ 74% 2.7m/s 1858.0mm 40cm 22cm
日平均気温
日最高気温
日最低気温
平均湿度
平均風速
年降水量
年降雪量
最深積雪
cf. 彦根市 毎年の気候数値:≪外部リンク≫ 彦根 毎年の値”. (公式ウェブサイト). 気象庁. 2011年10月8日閲覧。
彦根史上の気象に関する最高記録・最低記録
2011年時点。データが不足している年の記録は除外している。
彦根市の気象データ(位置:彦根市城町二丁目5番25号、北緯35度16.5分 東経136度14.6分、標高87.3m、観測時期:1981- 2010年、観測者:彦根地方気象台[3]、出典:[4]
1月 2月 3月 4月 5月 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月 年間
平均気温( 3.7 3.9 6.9 12.3 17.2 21.4 25.6 27.1 23.2 17.1 11.4 6.3 14.7
平均総雨量(mm 106.9 102.2 120.1 114.4 150.2 190.5 217.7 109.0 168.8 115.5 84.5 91.1 1570.9


彦根地方気象台(1981-2010)の気候
1月 2月 3月 4月 5月 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月
平均最高気温 °C (°F) 6.8
(44.2)
7.3
(45.1)
11.0
(51.8)
17.3
(63.1)
22.1
(71.8)
25.7
(78.3)
29.7
(85.5)
31.6
(88.9)
27.3
(81.1)
21.3
(70.3)
15.3
(59.5)
9.8
(49.6)
18.8
(65.8)
平均最低気温 °C (°F) 0.7
(33.3)
0.8
(33.4)
3.3
(37.9)
8.0
(46.4)
13.1
(55.6)
18.0
(64.4)
22.4
(72.3)
23.6
(74.5)
19.9
(67.8)
13.4
(56.1)
7.6
(45.7)
2.9
(37.2)
11.1
(52)
降水量 mm (inch) 106.9
(4.209)
102.2
(4.024)
120.1
(4.728)
114.1
(4.492)
150.2
(5.913)
190.5
(7.5)
217.7
(8.571)
109.0
(4.291)
168.8
(6.646)
115.5
(4.547)
84.5
(3.327)
91.1
(3.587)
1,570.9
(61.846)
降雪量 cm (inch) 44
(17.3)
40
(15.7)
6
(2.4)
0
(0)
14
(5.5)
104
(40.9)
平均降水日数 (≥ 1.0 mm) 14.1 12.3 12.4 10.3 10.4 11.8 12.3 7.5 10.4 8.9 8.9 12.1 131.4
平均月間日照時間 98.5 110.9 153.3 182.1 191.6 153.7 167.6 209.1 156.5 163.3 130.1 109.3 1,825.8
出典: 気象庁[5]


広域地域区分[編集]

  • 近畿地方の北東部に位置し、古くは近江国の北東部地方を指して言う「北近江」に属した。ただし、狭義の「北近江」および「江北」は、当時の彦根市相当地域よりさらに北に位置する3郡(伊香郡浅井郡坂田郡)を指す呼称であり、もともと坂田郡に属していた鳥居本地区以外これには含まれず、それに代わる固有の呼称は見られない。
  • 滋賀県内の地方区分琵琶湖との位置関係で名をなしており、湖北湖東湖南湖西に大別されるが、そのうち、彦根地方は湖東地方に属する。
cf. 近畿地方および滋賀県の地方区分図(参考):≪外部リンク≫ 近畿地方”. 気象予報区区分表(ウェブサイト). 個人. 2011年10月8日閲覧。:近畿地方における彦根市の位置、滋賀県北部における彦根市の位置、湖東に属する彦根市、などが参照要素。
  • また、滋賀県を南北2地域に分ける概念においては、南部の中心都市が大津市又は草津市であるのに対して、北部の中心都市は彦根市と見なされてきた(上記の参考外部リンクでも確認可能)。

隣接する自治体[編集]

北部から西部にかけては琵琶湖に開けており、湖上の多景島も市域に含まれる。湖の対岸は、北に長浜市、北西に高島市、西に大津市が位置している。

彦根市内の地域[編集]

  • 行政上の中心地 :元町(旧・彦根町中心地。現・彦根市役所所在地)。※テンプレート最下段の地図情報も参照のこと。
  • 経済的中心地 (繁華街の変遷)
時期 町名 商圏名
明治・大正・昭和20年代 土橋町(現・銀座町) マルビシ百貨店を中心とした土橋商店街
昭和30年~40年代 銀座町本町 銀座商店街彦根市場商店街
昭和50年~60年代 大東町 アルプラザ彦根店
平成以降 竹ヶ鼻町本町 ビバシティ彦根夢京橋キャッスルロード四番町スクエア
  • 彦根市の地区(小学校の学区に準拠)

旭森地区・稲枝地区・亀山地区・河瀬地区・城西地区・城東地区・城南地区・城北地区・城陽地区・高宮地区・鳥居本地区

cf. ≪外部リンク≫ 彦根市(滋賀県)の住所・地名の読み仮名”. 市町村.com. 2011年10月8日閲覧。
cf. ≪外部リンク≫ 彦根市”. (公式ウェブサイト). 日本郵便. 2011年10月8日閲覧。

彦根城城下町名の変遷[編集]

cf. 彦根城の城下町、町名の変遷:≪外部リンク≫ 彦根市教育委員会 文化財課: “彦根城の城下町〜町名の変遷”. (公式ウェブサイト). 彦根市教育委員会. 2011年10月8日閲覧。

歴史[編集]

新暦導入以前(1872年以前)の日付和暦による旧暦を主とし、丸括弧内に西暦1581年以前はユリウス暦1582年以降はグレゴリオ暦)を添える。「同年4月(4月)」は「旧暦4月(新暦4月)」の意、「同年4月(4月か5月)」とあれば「旧暦4月(新暦では5月の可能性もあり)」の意。

地名の由来[編集]

「彦根」という地名は天照大神の御子であるアマツヒコネ(天津彦根命;アマツヒコネノミコト)とイクツヒコネ(活津彦根命;イクツヒコネのミコト)2柱のうちの後者が活津彦根明神として彦根山(彦根城が築かれた、琵琶湖岸の山)に祀られたことに由来するとされる[1]cf. 彦根神社創建年(1734年)

湖東焼[編集]

文政12年(1829年)、彦根城下呉服商・古着商を営んでいた絹屋半兵衛が、伊万里焼の職人を招き、彦根油屋町の古着商・島屋平助と彦根藩御蔵手代・西村宇兵衛を誘って共同で彦根城南(芹川沿い)の晒山(晒屋地区)に「絹屋」を開き、湖東焼の創始者となった。ただし、晒山には何らかの問題があったらしく、場所を佐和山山麓の餅木谷に移して築いた窯で成功させたのが始まりとされている。

窯はその後、経営難に陥って半兵衛一人で営まれることとなるが、研鑽を重ねて品質を高め、第14代藩主・井伊直亮治世下の天保13年(1842年)、藩直営となった。

湖東焼は直亮と次の第15代藩主・直弼の治世下で最盛期を迎えるが、幕府大老を兼任していた直弼が江戸城桜田門外で暗殺された後は彦根藩内の空気も一変し、政情不安の煽りで職人のほとんどが離散してしまう。残った地元生まれの4名だけでは存続も叶わず、藩窯は2年後に閉鎖を余儀なくされた。それ以降は民窯として複数の窯が存続していたものの、それらも1895年(明治28年)までに全てが閉鎖され、湖東焼は途絶した。

湖東焼の復興を願う機運が高まりを見せたのは昭和末期のこと。これを図る人たちは滋賀県と彦根市の賛同を得て「湖東焼復興推進協議会」を発足させ、1986年(昭和61年)に窯を築いて試作を始めた。さらに2005年(平成17年)7月27日には、同協議会は滋賀県の認証を得、新たにNPO法人「湖東焼を育てる会」として発足した。  [6]

年表[編集]

有史以前[編集]

近世以前[編集]

古代[編集]
中世[編集]
鎌倉時代[編集]

中世歴代の為政者(家紋)

室町時代[編集]
  • 室町時代中期:犬上郡(現在の彦根地方を含む)の多賀神社(現・多賀大社)を本拠とする多賀氏坂田郡を本拠とする多賀氏が同族間で争う。
  • 戦国時代前期:近江国守護・佐々木氏嫡流湖南を統べる六角氏が、湖東(犬上郡を含む)および湖北の一角をも勢力下に置く。
  • 時期不明ながら、荒神山に六角氏の重臣・日夏安芸守が荒神山城(日夏氏[六角氏の庶流]居城)を築く。
  • 応仁2年(1468年):応仁の乱の局地戦において、東軍の京極持清重臣・多賀高忠らが、六角高頼ら西軍を破り、湖北・湖東から六角勢を排除する。
  • 文明元年(1469年):六角氏に替わって京極氏(京極持清)が近江国守護を任じられる。
  • 文明4年9月(1472年9月か10月):京極方の実権者・多賀高忠が、京極方の政敵と六角高頼ら西軍方の連合軍を破り、湖北・湖東を掌握するも、同月末に巻き返され、結果、六角氏が再び勢力を伸ばす。
  • 文明7年(1475年):多賀高忠が再起し、六角高頼に勝利するも、西軍方の援軍に敗退。
  • 明応3年(1494年):神仏習合によって多賀大社(在・犬上郡多賀町多賀)に神宮寺として不動院(天台宗)が建立されると、これ以降、同社は「お伊勢参らばお多賀へ参れ」と俗謡に歌われる全国的聖地となってゆき、同社とその参詣道周辺[注 2]では伊勢熊野と相比される隆盛が近世末まで続く。
  • 永禄3年(1560年):野良田の戦い浅井氏が六角氏に大勝し、これ以降、湖北・湖東における六角氏勢力を一掃する(湖北・湖東の名目上の支配者であった京極氏の時代もここで完全に終わる)。これにより、当時の犬上郡も浅井氏勢力下に入る。
近世[編集]
安土桃山時代[編集]
石田三成
石田家佐和山藩藩主。豊臣政権五奉行の一人。
井伊直政
井伊家第24代当主、井伊掃部頭家初代当主、井伊家佐和山藩彦根藩)初代藩主。
江戸時代[編集]
  • 慶長8年(1603年
    • 淡海(おうみ、琵琶湖[注 3])に浮かぶ彦根山(金亀山)にて、尾張藩越前藩等7国12大名(15大名とも)が助力する天下普請手伝普請)による彦根城築城が始まる。他の候補地として、磯山(当時は磯山城所在地。在・米原市磯)と荒神山(当時は荒神山城址所在地。在・彦根市中南部)があった。
    • 初代藩主・井伊直政の死を受けて、曹洞宗の祥寿山清凉寺が、直政の墓所として創建され(ただし、開山は第2代藩主・井伊直孝のとき、高僧・愚明正察[ぐみょうしょうさつ]による)、以後、同寺は歴代藩主の墓所となる[12]
    • 佐和山藩主・井伊直勝(直継)が、彦根山周辺に城塞・城下町建設用地と有効な軍事防衛線を創出するべく大規模な地割を実施。尾末山(現・尾末町域)を全山切り崩し、善利川(芹川)の流路を約2kmにわたって南に付け替えて、その跡地に三重のを造成する[13]。善利川(芹川)は霊仙山を源流として西進し、城塞・城下町建設用地を貫流して松原内湖に注いでいたが、建設用地の南を直線的に流れるように変えられ、近江国を北進してくる敵に対する第一次防御線となった[13]
    • 中山道の整備にあたって、江戸幕府は前年の決定の撤回し、小野村(東山道・小野宿)にて代々本陣を務めてきた寺村家に北隣の鳥居本村への移転を命じ、これをもって中山道・鳥居本宿が成立する[11]
元和8年(1622年)、彦根城が完成
槻御殿(現・楽々園)内の御書院
槻御殿内の大名庭園(現・玄宮園
歌川広重筆 『木曽海道六拾九次之内 鳥居本』 cf.
番場宿-鳥居本宿間にある磨針峠(すりはりとうげ、摺針峠)に設けられた立場茶屋望湖堂(ぼうこどう)」(彦根藩の公式接待所)から見下ろす、19世紀前期当時の琵琶湖と(干拓されて現存しない)内湖の眺望[15]。当地は中山道中随一の名勝と謳われ、望湖堂は大いに繁栄した (cf. 1795)。なお、望湖堂は1991年に焼失している[15](cf.)。
歌川広重筆 『木曽海道六拾九次之内 高宮』 cf.
近郊を流れる犬上川から高宮宿を望む。
井伊直弼肖像画
井伊家第34代当主、井伊掃部頭家第15代当主、彦根藩第15代藩主。江戸幕府大老

近代以降[編集]

明治時代[編集]
明治改元後[編集]
  • 1872年(明治5年)
    • 新暦3月24日(旧暦2月16日):県庁が坂田郡長浜に移転。
    • 新暦4月4日(旧暦2月27日):県庁の犬上郡彦根への移転を予定して、長浜県が犬上県に改称。
    • 新暦6月(旧暦5月):県庁が犬上郡彦根に移転。
    • 新暦9月28日(旧暦8月26日):滋賀県犬上県を編入合併する。なお、この際、彦根はその強い保守的風土ゆえに県庁所在地になることを嫌い、よって、滋賀県県庁所在地は県域のほぼ中央部にある彦根ではなく、西端部に位置する大津になったという経緯がある。
滋賀縣護國神社
日清戦争後[編集]
日露戦争後[編集]
  • 1908年(明治41年)3月23日:犬上郡彦根町外番場にて、訓盲院(滋賀県立盲学校の前身)の開設。開校・創立は同年5月4日、私立彦根訓盲院への改称と同時。
  • 1910年(明治43年):尾末公園の井伊直弼大老銅像(現存する「金亀児童公園の井伊直弼大老銅像」の前身)、建立(没後50年を記念し、大老・井伊直弼の銅像が、滋賀縣護國神社近くにあった尾末公園に建立された)[34]。この像は第二次世界大戦中の金属類回収令に準じて供出され、取り壊されたが、1949年(昭和24年)、護国神社境内に再建され、1958年(昭和33年)には金亀児童公園に移された[34]
    • なお、1909年(明治42年)には、開港50周年を迎えた横浜市が、開港の生みの親でもある井伊直弼を顕彰し、直弼の官位・掃部頭(かもんのかみ。掃部寮長官)にちなんで名付けられた掃部山に銅像を建立している[34]
大正時代[編集]
第一次世界大戦後[編集]
滋賀大学経済学部講堂(かつての彦根高等商業学校講堂)と彦根城中濠/2008年12月撮影。
昭和時代[編集]
創設当時から変わらない鳥居本駅の建物
太平洋戦争前[編集]
太平洋戦争中[編集]
太平洋戦争後[編集]
花の生涯記念碑
(彦根城金亀児童公園)
井伊直政騎馬像(JR彦根駅前)
平成時代[編集]
四番町スクエア(2010年撮影)

行政区域の変遷[編集]

方言[編集]

現在の彦根市では全域で近畿方言(関西弁)の一種である近江弁が話され、そのなかでも湖東方言に分類される。湖東方言は京都色が強い湖南方言と特殊な湖北方言の中間的な方言であり、湖北方言圏と隣接する彦根市・犬上郡は湖東地方南部と比べて湖北方言との共通面が多い(近江弁#方言区画参照)。また市山間部で交通の便が悪かった武奈町男鬼町の方言は平野部と異なる特徴を持ち、多くの古語が残されていた[48]

彦根周辺の方言の特徴としては、間投助詞「なあし」(「なあ」の上品な表現。主に高齢女性が使用)や終助詞「ほん」(柔らかな強調や念押しを表す)などが挙げられ、彦根を中心に湖北から湖東にかけて広く使われてきた[49]。また旧城下町では「おみ(=お前)」や「たのみましょう(=ごめんください)」など、武家言葉に由来する独特の表現があった[50]

ちなみに「彦根」のアクセントは共通語と地元の方言で違いがあり、全国共通語のアクセントでは平板型で発音するのに対し、地元では「こ」のみが高い中高型で発音する。地元を走る近江鉄道本線の自動車内放送でも中高型で放送されている。

人口[編集]

平成22年国勢調査より前回調査からの人口増減を見ると、1.95%増の111,915人であり、増減率は県下19市町村中7位。京都大阪の住民が滋賀県ベッドタウンとする現象が進捗する現在、彦根市の人口も増加傾向にあるが、その増加率は県南部の都市と比べるとゆるやかである。

Demography25202.svg
彦根市と全国の年齢別人口分布(2005年) 彦根市の年齢・男女別人口分布(2005年)
紫色 ― 彦根市
緑色 ― 日本全国
青色 ― 男性
赤色 ― 女性
彦根市(に該当する地域)の人口の推移
1970年 78,753人
1975年 85,066人
1980年 89,701人
1985年 94,204人
1990年 99,519人
1995年 103,508人
2000年 107,860人
2005年 109,779人
2010年 111,915人
総務省統計局 国勢調査より

行政[編集]

歴代市長[編集]

  • 1947年(昭和22年)4月5日に行われた第1回統一地方選挙以降。それ以前の市長は官選
  • 特筆しない限り、公選である。当選日について、就任と同じ年であれば年の表記は省略する。当選日に添える丸括弧の中の数字は、有権者数、選挙投票率(※当人の得票率ではない)、当選者の年齢。
  • 党籍や、政党の推薦状況については、変化が無い限り、第2期以降は表記を省く。
代数 氏名 就任年月日 退任年月日 備考
1
安居喜八 1947年昭和22年)4月 1947年(昭和22年) 1期。4月5日当選(24,423人、72.38%)。
2
小林郁 1947年(昭和22年)8月 1951年(昭和26年) 1期。8月14日当選(23,863人、29.75%)。
3
1951年(昭和26年) 1953年(昭和28年)5月 2期。4月23日当選(27,087人、88.68%)。
4
井伊直愛 1953年(昭和28年)5月 1957年(昭和32年) 1期。5月10日当選(29,514人、68.94%。42歳)。無所属
5
1957年(昭和32年) 1961年(昭和36年) 2期。4月26日当選(37,725人、57.24%。46歳)。
6
1961年(昭和36年) 1965年(昭和40年) 3期。4月23日当選(38,222人、75.96%。50歳)。
7
1965年(昭和40年) 1969年(昭和44年)4月 4期。4月25日当選(40,083人、55.16%。54歳)。
8
1969年(昭和44年)4月 1973年(昭和48年)4月 5期。4月13日当選(49,649人、53.48%。58歳)。
9
1973年(昭和48年)4月 1977年(昭和52年)4月 6期。4月15日当選(54,683人、69.74%。62歳)。
10
1977年(昭和52年)4月 1981年(昭和56年)4月 7期。4月10日当選(58,334人、55.84%。66歳)。
11
1981年(昭和56年)4月 1985年(昭和60年)4月 8期。4月12日当選(60,888人、59.57%。70歳)。
12
1985年(昭和60年)4月 1989年平成元年)4月 9期。4月14日当選(64,125人、56.07%。74歳)。
13
獅山向洋 1989年(平成元年)4月 1993年(平成5年) 1期。4月16日当選(67,925人、62.83%。48歳)。無所属。
14
中島一 1993年(平成5年) 1997年(平成9年) 1期。4月25日当選(72,781人、57.91%。67歳)。無所属。
15
1997年(平成9年) 2001年(平成13年) 2期。4月20日当選(77,223人、53.04%。71歳)。
16
2001年(平成13年) 2005年(平成17年) 3期。4月22日当選(80,880人、47.16%。75歳)。
17
獅山向洋 2005年(平成17年) 2009年(平成21年)5月9日 通算2期。4月24日当選(82,943人、47.19%。64歳)。
18
2009年(平成21年)5月10日 2013年(平成25年)5月9日 通算3期。4月26日当選(85,321人、44.89%。68歳)。
19
大久保貴 2013年(平成25年)5月10日
現職
1期。4月21日当選(86,819人、41.82%。49歳)。
  • 出典: 彦根市”. ザ・選挙(ウェブサイト). ボイスジャパン[9]. 2011年10月8日閲覧。:全国の政治家・選挙結果データベース。

市役所・支所・出張所・市民会館等[編集]

市役所[編集]

支所・出張所[編集]

  • 稲枝支所 :彦根市田原町13-1。
  • 鳥居本出張所 :彦根市鳥居本町1491-6。
  • 河瀬出張所 :彦根市森堂町131。
  • 亀山出張所 :彦根市賀田山町278-2。
  • 高宮出張所 :彦根市高宮町2311。

税務[編集]

  • 彦根税務署 :彦根市、犬上郡愛知郡を管轄。彦根市立花町5-20に所在。

市民サービス施設[編集]

  • 彦根市民会館 :彦根市尾末町1-38。[51]
    • 彦根市地区公民館 :稲枝地区、西地区、東地区、旭森地区、河瀬地区、中地区、鳥居本地区、および、南地区にあり。
  • 彦根市福祉保健センター :彦根市平田町670。
  • 彦根市民体育センター :彦根市松原町3751-7。
  • ひこね市文化プラザ :彦根市野瀬町187-4。
  • みずほ文化センター :彦根市田原町11。
  • 彦根市高宮地域文化センター :彦根市高宮町2311。
  • 彦根市少年センター :彦根市尾末町1-38。

警察[編集]

消防・防災・救急救命[編集]

  • 彦根市消防本部 :彦根市と犬上郡を管轄。彦根市西今町415に所在。[52]
    • 彦根市消防署 :上に同じ。
    • 彦根市消防署北分署 :彦根市古沢町503-1。
    • 彦根市消防署南分署 :彦根市稲里町320。
    • 彦根市消防署犬上分署 :犬上郡甲良町横関字山王689-1。
  • 彦根市消防団 :全15分団。

水道事業[編集]

  • 上水道 :
  • 下水道 :

清掃事業[編集]

清掃
  • 彦根市清掃センター
    • ごみ処理施設 :彦根市野瀬町279-1。
    • 衛生処理施設 :彦根市開出今町1330。
最終処分
  • 彦根愛知犬上広域行政組合 中山投棄場 :1998年に供用開始。埋立期間は17年間。彦根市中山町381-1。[46]

姉妹都市・親善都市[編集]

日本国内[編集]

彦根藩第13代藩主・井伊直弼の二女・弥千代姫高松藩主・松平頼聡に輿入れした縁から、1966年(昭和41年)8月15日、彦根城高松城が全国初の姉妹城縁組を行い、両市は「姉妹城都市」盟約を締結する[1]
幕末における天狗党の乱を巡る縁で水戸市と敦賀市が姉妹都市になり、その後、桜田門外の変を巡って因縁(仇同士の関係[注 5])深い水戸市と彦根市が、1968年(昭和43年)10月29日、敦賀市の仲介によって親善都市となった[1]。さらには、彦根市の仲介により、水戸市と高松市が親善都市になっている[注 6]
佐野市域は江戸時代、彦根藩の飛地で藩領となっていたため、この縁によって1969年(昭和44年)8月7日、親善都市盟約を締結[1]

日本国外[編集]

1969年(昭和44年)、姉妹都市盟約を締結。
1991年(平成3年)11月1日、友好都市盟約を締結。

立法[編集]

市議会[編集]

  • 議長 :
  • 会派(議席) :
  • 議員定数 :

選挙区[編集]

司法[編集]

裁判所[編集]

検察庁[編集]

医療[編集]

郵便事業[編集]

  • 彦根郵便局 :彦根市中央町3-5に所在。[53]
  • 彦根駅前郵便局 :彦根市佐和町11-24。
  • 彦根松原郵便局 :彦根市松原町1849-6。
  • 彦根本町郵便局 :彦根市本町1-3-36。
  • 彦根河原郵便局 :彦根市河原2-4-2。
  • 彦根城町郵便局 :彦根市城町1-1-26。
  • 彦根馬場郵便局 :彦根市馬場1-4-23。
  • 彦根大藪郵便局 :彦根市大藪町2035-22。
  • 彦根鳥居本郵便局 :彦根市鳥居本町1802。

経済[編集]

琵琶湖に面した彦根地方は、古来、[54]に代表される琵琶湖産淡水魚と、鮒寿司[54]に代表されるその水産加工品を特産としてきた。また、紅かぶら[54]、彦根[54]彦根りんごでも知られる。中世から近世にかけての代表的特産には、彦根の仏壇彦根仏壇[54]陶磁器湖東焼)、鳥居本宿赤玉神教丸など)や道中合羽鳥居本合羽)などがあったが、このうち、彦根仏壇と赤玉神教丸は現代にまで受け継がれている。

彦根市は工業都市でもあり、工業生産額は滋賀県でも上位である。この分野では、バルブ(彦根バルブ)、ファンデーション(彦根ファンデーション)が地場産業として挙げられる[54][55]

市中心部には銀座商店街市場商店街など複数の商店街が形成されており、第二次世界大戦前や戦後の高度経済成長期には市内や周辺農村部からの集客で賑わった。現在そうした既存商店街はロードサイド・郊外型商業施設の発達などで活気を失っているが、活性化に向けた様々な方策が模索されている。

産業[編集]

水産業
  • 宇曽川漁港
  • 柳川漁港
工芸品
工業製品

立地企業[編集]

彦根市内に重要施設を置く、主な企業。

彦根市内に創業地がある企業[編集]

特筆性のある企業のうち、創業地が現在の彦根市内にあるものを、創業時期の古いものから順に挙げる。

その他の企業[編集]

企業名を五十音順で記載し、立地施設名などを添える。[55]

教育機関[編集]

大学[編集]

高等学校[編集]


中学校[編集]


cf. 彦根市立中学校・小学校・幼稚園の一覧表あり:≪外部リンク≫ 彦根市教育委員会 学校教育課: “彦根市立小学校・中学校・幼稚園一覧”. (公式ウェブサイト). 彦根市教育委員会 (2011年5月1日). 2011年10月8日閲覧。

小学校[編集]

  • 彦根市立城陽小学校
  • 彦根市立金城小学校
  • 彦根市立鳥居本小学校
  • 彦根市立河瀬小学校
  • 彦根市立亀山小学校
  • 彦根市立高宮小学校
  • 彦根市立平田小学校
  • 彦根市立稲枝北小学校
  • 彦根市立稲枝東小学校
  • 彦根市立稲枝西小学校
  • 彦根市立若葉小学校


特別支援学校[編集]

幼稚園[編集]

  • 彦根幼稚園
  • 彦根幼稚園池州分園
  • 高宮幼稚園
  • 平田幼稚園
  • 稲枝東幼稚園
  • 旭森幼稚園
  • 城北幼稚園
  • 金城幼稚園
  • 佐和山幼稚園
  • 城陽幼稚園


cf. 彦根市立幼稚園の一覧表あり:≪外部リンク≫ 彦根市教育委員会 学校教育課: “市立幼稚園紹介一覧表”. (公式ウェブサイト). 彦根市教育委員会. 2011年10月8日閲覧。

保育所[編集]

cf. 保育所の一覧表あり:≪外部リンク≫ 彦根市保育所案内”. (公式ウェブサイト). 彦根市. 2011年10月8日閲覧。

金融機関[編集]

銀行[編集]

政策金融機関[編集]

協同組織金融機関[編集]

日本郵政[編集]

農協・生協[編集]

マスメディア[編集]

地域新聞[編集]

頒布地域に彦根市を含む地域新聞を、おおよそ対象地域の狭いものから順に挙げる。なお、『京都新聞』は広域新聞であり、これを含まない。

  • 近江同盟新聞社 :『近江同盟新聞』を発行。頒布地域は彦根市近郊。本社所在地は彦根市立花町2-63。
  • 滋賀彦根新聞社 :『彦根新聞』を発行。頒布地域は彦根市と犬上郡。1986年、設立。彦根市中央町7-41。
  • 滋賀報知新聞社 :『滋賀報知新聞』および『報知写真新聞』を発行。頒布地域は滋賀県。本社所在地は滋賀県大津市梅林1丁目3-25。

全国紙・ブロック紙[編集]

出版・印刷[編集]

放送局[編集]

テレビ局
  • なし
ラジオ局

交通[編集]

空港[編集]

滋賀県に空港は無く、彦根市に最寄りの空港は、名神高速道路彦根ICより約1時間40分の距離にある大阪国際空港兵庫県伊丹市)又は約2時間の距離にある中部国際空港愛知県常滑市)である。[55]

鉄道路線[編集]

※その他、東海道新幹線JR東海)が米原駅 - 京都駅間で当市を通過している。

道路[編集]

現代の主要道路[編集]

高速自動車国道[編集]
一般国道[編集]
県道[編集]

一般県道は数が多いため、主要地方道のみ掲載。

近世以前の主要街道[編集]

道の駅[編集]

オーミマリン

乗合自動車[編集]

バス[編集]

タクシー[編集]

港湾[編集]

名所・旧跡・観光地・行楽地・娯楽施設・祭事、ほか[編集]

名所・旧跡・観光地[編集]

自然物、自然物主体の名所
彦根市松原水泳場より遠望した多景島
神社仏閣
滋賀縣護國神社
  • 千代神社 :本殿は国の重要文化財に指定。
  • 比婆神社 :比婆之山山腹、男鬼護持ヶ谷494-5に所在。
  • 滋賀縣護國神社cf. 1876.
  • 長寿院(大洞弁財天) :弁才天堂は国の重要文化財に指定。古沢町に所在。cf. 1695.
  • 龍潭寺(弘徳山 龍潭寺) :古沢町に所在。
  • 宗安寺(別名:赤門寺) :朝鮮通信使の宿泊所になった寺で、戦国武将(豊臣方)木村重成首塚がある。本町2丁目に所在。
  • 観道寺 :木造日光菩薩・月光菩薩立像は国の重要文化財に指定。本庄町に所在。
  • 来迎寺 :木造阿弥陀如来坐像は国の重要文化財に指定。本町1丁目に所在。
  • 少林寺 :木造観世音菩薩立像は国の重要文化財に指定。笹尾町に所在。
  • 高宮寺 :木造伝・切阿坐像は国の重要文化財に指定。高宮町に所在。
  • 祥寿山 清凉寺 :彦根藩主井伊家墓所(国の史跡)がある。古沢町に所在。cf. 1603.
  • 荒神山神社 :明治初期の神仏分離廃仏毀釈廃寺となった奥山寺が前身。石寺町に所在。
旧跡、旧跡再現施設
国宝・彦根城天守
時代劇のロケ地としても馴染み深い、玄宮園の1ショット
表御殿の復元庭園
琵琶湖国定公園第1種特別地域の一つ (cf. 2950)。「琵琶湖八景」選定地の一つ (cf. 1950)。「日本100名城」選定地の一つ (cf. 2006)。「彦根城の時報鐘と虫の音」の名で環境評価「日本の音風景100選」にも選定されている (cf. 1996)。cf. 1603, 1606, 1616, 1622, 1873, 1878, 1944.
  • 天守・附櫓及び多聞櫓(以上2棟) :国宝 (''cf. 1952)。
  • 太鼓門及び続櫓、天秤櫓、西の丸三重櫓及び続櫓、二の丸佐和口多聞櫓、馬屋(以上5棟) :国の重要文化財 (cf. 1951)。
  • 楽々園 :1677年、彦根城下屋敷「槻御殿(黒門外御屋敷)」として造営される (cf. 1677)。1951年、玄宮園と共に「玄宮楽々園」の名で国の名勝に指定される (cf. 1951)。
  • 玄宮園 :1678年、彦根城下屋敷「槻御殿」の庭園が大池泉回遊式の大名庭園として再整備されたのが起源 (cf. 1678) であるが、1813年、現在の形に再整備された (cf. 1813)。1951年、楽々園と共に「玄宮楽々園」の名で国の名勝に指定される。彦根城と同じく、時代劇(テレビドラマや映画[注 7])のロケ地としての利用も多い。
  • 埋木舎 :映画『武士の一分』などのロケ地でもある。
  • 彦根城博物館
  • 旧彦根藩松原下屋敷庭園 :彦根藩松原下屋敷(通称:お浜御殿。1810年創建)の庭園で、2002年に国の名勝に指定される (cf. 2002)。
  • 佐和山城址
  • 中山道中磨針峠望湖堂跡 :下矢倉町の磨針峠(摺針峠)に所在。望湖堂の建物は1991年に焼失し、今は近くに「舊中仙道 磨針峠 望湖堂 明治天皇御聖蹟 弘法太子縁の地 是より東へ山道800m(意訳:旧中山道 磨針峠 望湖堂。明治天皇ゆかりの地[行幸時の小休所]。空海ゆかりの地。ここから東へ山道800m)」と記された石碑が残る。cf. 歌川広重が描いた望湖堂1795
その他の施設

行楽地・娯楽施設[編集]

祭事・恒例イベント[編集]

2006年(平成18年)に行われた、第30回鳥人間コンテスト選手権大会の様子

指定文化財[編集]

彦根城天守 附櫓及び多聞櫓」と「紙本金地著色風俗図(彦根屏風)」(cf. 1624, 1955) は国宝である。建造物、彫刻、工芸品、古文書など、国の重要文化財も多く、また、彦根城跡(埋木舎を含む)は特別史跡である。玄宮園楽々園は合わせて名勝に指定されている。

cf. 彦根市内にある指定文化財の一覧表と案内地図 :≪外部リンク≫ 彦根市の指定文化財一覧表”. 彦根市文化財マップ(公式ウェブサイト). 彦根市教育委員会 文化財課. 2011年10月8日閲覧。</ref>。

交通アクセス[編集]

鉄道路線
自動車道

ゆかりのある著名人[編集]

名誉市民[編集]

出身著名人[編集]

安土桃山時代の生まれ
江戸時代の生まれ
明治生まれ
大正生まれ
昭和生まれ
平成生まれ
生年不詳

その他のゆかりある著名人[編集]

近世以前の生まれ
近代以降の生まれ


人間以外[編集]

マスコット[編集]

彦根と関連する創作作品[編集]

彦根を舞台とした作品[編集]

小説
  • 花の生涯』 :NHK大河ドラマの第1作などでも知られる。cf. 1952.
  • 『絹と明察』 :1964年に刊行された三島由紀夫の小説。近江絹糸争議を題材としている。
  • 『藍色のベンチャー』 :2003年に刊行された幸田真音の小説。湖東焼を題材としている。文庫版では『あきんど 絹屋半兵衛』。
  • 偉大なる、しゅららぼん』 :2011年に刊行された万城目学の小説。舞台の石走は湖東と湖北の境目にある架空の町だが、駅前に藩主の銅像がある、平山城である石走城を中心とした古い城下町、城の堀沿いに難関高校がある、カロムが流行っているなど町の設定に彦根の要素を多々取り入れている。石走城の近くに「馬場町」というバス停があるが、彦根城と琵琶湖に挟まれた地区の町名は馬場である。しかしあくまで架空の町であり、彦根が東海道線沿線なのに対し石走は北陸本線沿線、彦根城には現存天守閣があるのに対し石走城は落雷で天守閣が焼失しているなど違う部分もある。2014年3月公開の映画では彦根城が石走城のロケ地になっている。
その他

その他の関連事項[編集]

彦根のちゃんぽん
食文化
娯楽
  • カロム :かつては日本全土に普及していた近代由来の室内遊戯。現在では彦根地方に限って一般的に知られ、保存されている。当地では日本選手権大会も開催される。
  • ひこね第九オーケストラ :毎年冬に第九を演奏。オーケストラも合唱団もアマチュアで構成されている。
学習

脚注[編集]

[ヘルプ]

注釈[編集]

  1. ^ ただし当市と草津市は合併を伴わず。
  2. ^ 鳥居本」や「高宮」は多賀社の参詣道上にあることに由来する地名と考えられている。
  3. ^ 「琵琶湖」と呼ばれるのは、測量技術が発達して湖の形が琵琶に似ていることが分かった江戸時代中期以降のこと。
  4. ^ もっとも、開国の年は1853年で、100周年は1953年に迎えている。
  5. ^ 幕府大老であった彦根藩主・井伊直弼を、薩摩藩浪士らと共に立った水戸藩浪士が暗殺した。
  6. ^ 江戸時代に高松藩を治めた高松松平氏水戸徳川家連枝(分家)である。
  7. ^ テレビドラマシリーズ『暴れん坊将軍』、映画『大奥』など。
  8. ^ 彦根かるた”. ひこねっと(公式ウェブサイト). 彦根市教育委員会事務局生涯学習課. 2011年10月8日閲覧。

出典[編集]

  1. ^ a b c d e f g h i j k l 彦根市について”. (公式ウェブサイト). 彦根市. 2011年10月8日閲覧。
  2. ^ 滋賀県の市町村 市町村別人口・世帯 ”. 地球&我ら地球人 (2010年4月1日). 2011年10月8日閲覧。
  3. ^ お問い合わせについて”. (公式ウェブサイト). 彦根地方気象台. 2011年10月8日閲覧。
  4. ^ 彦根 平年値(年・月ごとの値)”. (公式ウェブサイト). 気象庁 (2010年). 2011年10月8日閲覧。
  5. ^ 彦根 1981-2010年”. 気象庁. 2013年4月27日閲覧。
  6. ^ 当節の出典は当該記事のそれに準じ、ここでは省略する。
  7. ^ a b c 彦根市教育委員会 文化財課. “彦根市埋蔵文化財一覧”. (公式ウェブサイト). 彦根市教育委員会. 2011年10月8日閲覧。
  8. ^ a b c 荒神山古墳”. 彦根市文化財マップ(公式ウェブサイト). 彦根市教育委員会 文化財課. 2011年10月8日閲覧。
  9. ^ 和田豊治(彦根市立教育研究所所長) (1995年). “(3)彦根城〈金亀城〉のいわれ(彦根城物語) - 1. 城東小れきしマップ”. ひこね-まち・わたしのふるさと(ウェブサイト). 彦根市立教育研究所[1]. 2011年10月8日閲覧。
  10. ^ 龍潭寺”. 滋賀県観光情報(ウェブサイト). 社団法人びわこビジターズビューロー. 2011年10月8日閲覧。
  11. ^ a b 小野から旧鳥へ宿場の変更”. サンライズ出版. 2011年10月8日閲覧。
  12. ^ 彦根藩主井伊家墓所”. 彦根市文化財マップ(公式ウェブサイト). 彦根市教育委員会 文化財課. 2011年10月8日閲覧。
  13. ^ a b c 彦根市教育委員会 文化財課: “特別史跡 彦根城跡”. (公式ウェブサイト). 彦根市教育委員会. 2011年10月8日閲覧。
  14. ^ a b c 母利美和 (1999年5月1日). “彦根三湊と大津百艘”. 彦根城博物館だより(公式ウェブサイト). 彦根城博物館. 2011年10月8日閲覧。
  15. ^ a b 中山道宿場町”. (公式ウェブサイト). 彦根市. 2011年10月8日閲覧。
  16. ^ a b 彦根城天守 附櫓及び多聞櫓”. 彦根市文化財マップ(公式ウェブサイト). 彦根市教育委員会 文化財課. 2011年10月8日閲覧。
  17. ^ a b 紙本金地著色風俗図(彦根屏風)”. 彦根市文化財マップ(公式ウェブサイト). 彦根市教育委員会 文化財課. 2011年10月8日閲覧。
  18. ^ a b 風俗図(彦根屏風)- 館蔵の名品”. (公式ウェブサイト). 彦根城博物館. 2011年9月20日閲覧。
  19. ^ a b 髙木文恵(彦根城博物館学芸員). “国宝・彦根屏風の魅力”. 近江歴史回廊倶楽部 (公式ブログ). 近江歴史回廊倶楽部. 2011年10月8日閲覧。
  20. ^ 会社案内”. (公式ウェブサイト). 有川製薬. 2011年10月8日閲覧。
  21. ^ a b 和田豊治 (1995年). “(5)赤玉神教丸 - 4. 鳥居本小れきしマップ”. ひこね-まち・わたしのふるさと(公式ウェブサイト). 彦根市立教育研究所. 2011年10月8日閲覧。
  22. ^ a b 赤玉神教丸”. サンライズ出版. 2011年10月8日閲覧。
  23. ^ a b 十王村の水”. (公式ウェブサイト). 環境省. 2011年10月8日閲覧。
  24. ^ a b c d e f (10)松原の干拓 - 5. 城北小れきしマップ”. ひこね-まち・わたしのふるさと(ウェブサイト). 彦根市立教育研究所[2] (1995年). 2011年10月8日閲覧。
  25. ^ a b c d 鳥居本合羽”. サンライズ出版. 2011年10月8日閲覧。
  26. ^ a b 和田豊治 (1995年). “(6)彦根神社(後三条今昔ものがたり) - 1. 城東小れきしマップ”. ひこね-まち・わたしのふるさと(公式ウェブサイト). 彦根市立教育研究所. 2011年10月8日閲覧。
  27. ^ a b c 沿革”. (公式ウェブサイト). 滋賀県立彦根東高等学校. 2011年10月8日閲覧。
  28. ^ いと重について”. (公式ウェブサイト). いと重菓舗. 2011年10月8日閲覧。
  29. ^ 天秤櫓の説明板より。
  30. ^ a b 彦根城の歴史”. (公式ウェブサイト). 彦根観光協会. 2011年10月8日閲覧。
  31. ^ 和田豊治 (1995年). “(3)松原の回転橋 (4)旧彦根港湾〈船着場〉 - 5. 城北小れきしマップ”. ひこね-まち・わたしのふるさと(ウェブサイト). 彦根市立教育研究所. 2011年10月8日閲覧。
  32. ^ a b c 病院沿革”. (公式ウェブサイト). 彦根市 (2008年). 2011年10月8日閲覧。
  33. ^ 彦根地方気象台の歴史”. (公式ウェブサイト). 彦根地方気象台. 2011年10月8日閲覧。
  34. ^ a b c 第九景 井伊大老銅像”. 井伊直弼と開国150周年祭(公式ウェブサイト). 井伊直弼と開国150年祭実行委員会(彦根市). 2011年10月8日閲覧。
  35. ^ a b c d e f g h i j k l m 彦根市のあゆみ
  36. ^ 琵琶湖国定公園 公園計画書(公園計画の一部変更) (PDF)”. (公式ウェブサイト). 環境省. 2011年10月8日閲覧。
  37. ^ a b 彦根市の指定文化財一覧表”. 彦根市文化財マップ(公式ウェブサイト). 彦根市教育委員会 文化財課. 2011年10月8日閲覧。
  38. ^ 水道事業の概要・歴史”. (公式ウェブサイト). 彦根市 (2008年). 2011年10月8日閲覧。
  39. ^ (9)千々の松原 - 5. 城北小れきしマップ”. ひこね-まち・わたしのふるさと(ウェブサイト). 彦根市立教育研究所 (1995年). 2011年10月8日閲覧。
  40. ^ 彦根青年会議所理事長 (2011年3月6日). “彦根かるた”. 2011年度 彦根JC理事長ブログ. 個人. 2011年10月8日閲覧。
  41. ^ 活動実績”. (公式ウェブサイト). 彦根商工会議所青年部. 2011年10月8日閲覧。
  42. ^ ミシガン州立大学連合日本センター”. (公式ウェブサイト). ミシガン州立大学連合日本センター. 2011年10月8日閲覧。
  43. ^ 世界遺産と無形文化遺産”. 文化遺産オンライン(公式ウェブサイト). 文化庁. 2011年10月8日閲覧。
  44. ^ 彦根鳶保存会の活動”. (公式ウェブサイト). 彦根市消防本部 (2009年). 2011年10月8日閲覧。
  45. ^ 彦根城の時報鐘と虫の音”. (公式ウェブサイト). 環境省大気保全局大気生活環境室. 2011年10月8日閲覧。
  46. ^ a b 中山投棄場の施設概要”. (公式ウェブサイト). 彦根愛知犬上広域行政組合. 2011年10月8日閲覧。
  47. ^ 「日本100名城」を選定”. (公式ウェブサイト). 日本城郭協会 (2011年). 2011年10月8日閲覧。
  48. ^ 筧大城「滋賀県方言」、楳垣実編『近畿方言の総合的研究』三省堂、1962年、187-191頁。
  49. ^ 井之口有一・福山隆士「滋賀県方言の調査(一)」、『滋賀県立短大雑誌B』1巻2号、1952年、10-11頁および21-22頁。
  50. ^ 増井金典編『滋賀県方言語彙・用例辞典』サンライズ出版、2000年、12頁。
  51. ^ 彦根市教育委員会”. (公式ウェブサイト). 彦根市教育委員会 (2011年). 2011年10月8日閲覧。
  52. ^ 彦根市消防本部”. (公式ウェブサイト). 彦根市. 2011年10月8日閲覧。
  53. ^ 滋賀県彦根市元町 付近 - 郵便局・ATMをさがす”. (公式ウェブサイト). 日本郵政. 2011年10月8日閲覧。
  54. ^ a b c d e f g h 彦根市について”. (公式ウェブサイト). 彦根市 (2004年). 2011年10月8日閲覧。
  55. ^ a b c d 企業立地に係る彦根市の概要”. (公式ウェブサイト). 彦根市 (2009年). 2011年10月8日閲覧。
  56. ^ 保健体育課”. (公式ウェブサイト). 彦根市教育委員会 保健体育課 (2011年). 2011年10月8日閲覧。
  57. ^ 神戸大学附属図書館: “大阪毎日新聞 1940.12.13-1940.12.14(昭和15) - 新聞記事文庫 都市(13-084)”. 神戸大学電子 図書館システム(公式ウェブサイト). 神戸大学 (2005年6月). 2011年10月8日閲覧。
  58. ^ 湖東焼の開祖 絹屋半兵衛 - 彦根のむかしばなし”. こどもひこねっと(公式ウェブサイト). 彦根市教育委員会事務局生涯学習課. 2011年10月8日閲覧。
  59. ^ 日本最初の盲導犬 チャンピイ彦根を歩く、彦根商店街連盟、2002年11月10日執筆、2011年10月16日閲覧。

外部リンク[編集]

行政
  • 彦根市”. (公式ウェブサイト). 彦根市. 2011年10月8日閲覧。
学問・観光
観光
その他