近江弁

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近江弁(おうみべん)は、滋賀県(旧近江国)で話される日本語の方言である。近畿方言の一種。古くは江州弁(ごうしゅうべん)、現在は滋賀弁(しがべん)とも呼ばれる。

目次

[編集] 概要

滋賀県は京都大阪と近く、文化的・人的交流が古くから盛んである。近世から戦前にかけては、多くの県内出身者が京阪で商業活動を行い(近江商人)、また高島郡などでは女性は花嫁修業として京都へ女中奉公、男性(次男坊以下)は京阪へ丁稚奉公に出す風習があった。そうした背景から、近江弁は京阪方言と多くの点で共通することとなった。とりわけ京言葉は上品な都の言葉として県下一円で広く取り入れられた。一方で、滋賀県は畿内と東国・北国を結ぶ交通の要衝地であるため、街道の沿線を中心に京阪以外の周辺地域の方言と共通する点もある。

現在は共通語化に加え、交通機関の発達による京阪への通勤通学者の増加や京阪のベッドタウン化、在阪メディアの影響などから、京阪方言化(関西共通語化)の傾向が都市部を中心に進んでいる。そのため、以下で記述する近江弁の音声・語法も衰退しているものが少なくない。

[編集] 方言区画

滋賀県方言区画概略図

滋賀県内は一般的に琵琶湖を挟んで湖東地方湖西地方湖南地方湖北地方の4地方に区分される(湖南からさらに甲賀地方を分けることも多い)。方言においては、京都に隣接する湖南は必然的に京都方言色が濃く、湖西・湖東を北上するにつれてそれが薄れ、京都から最も離れた湖北は音声・語法ともに独自色の強い方言圏を形成している。甲賀(とりわけ旧甲南町甲賀町)では伊賀弁、湖東と湖北では美濃弁、湖西では若狭弁との共通点が見られる。滋賀県内の各地方の方言は相互に影響を及ぼし合っていることが多い。例えば湖北から湖東にかけて特殊な助詞「なーし」「ほん」「とさいが」が共通して見られる[1]など。

交通事情が悪かった孤立集落では古語が多く残り、その例としては米原市甲津原、梓河内、彦根市武奈町(廃村)、男鬼町(廃村)、多賀町大君ヶ畑、保月、東近江市君ヶ畑町、甲津畑町、大津市葛川地区、高島市朽木雲洞谷、針畑地区、近江八幡市沖島などがある。

滋賀県方言の区画(筧大城が1982年に示した区分を参考とした[2]
方言区画 自治体(2009年現在) 地方区分 県庁による地域区分[3]
湖北方言 伊香方言 伊香郡 湖北地方 湖北地域
長浜浅井方言 長浜市東浅井郡・米原市東草野[4]
坂田方言 米原市[5]
京都的 湖東方言 彦根・犬上方言 彦根市犬上郡 湖東地方 湖東地域
八日市方言 愛知郡・彦根市稲枝[6]
東近江市近江八幡市蒲生郡[7] 東近江地域
湖南方言 甲賀方言 甲賀市北部・湖南市 湖南地方 甲賀地域
甲南方言 甲賀市南部(甲南町甲賀町
大津方言 野洲市[8]守山市栗東市草津市 南部地域
大津市南部 大津地域
湖西方言 南高島方言 大津市北部[9] 湖西地方
高島市南部 高島地域
北高島方言 高島市北部(マキノ町今津町

[編集] 音韻

大まかには他の近畿方言と変わらず、「蚊ぁ」「目ぇ」のような短音節の長音化、「早う→はよ」「行こうか→いこか」「学校→がっこ」のような長音節の短音化、「寒い→さぶい」「冷たい→つべたい・ちべたい・ちびたい」のようなマ行音とバ行音の交替、「すみません→すんまへん」「それなら→ほんなら・ほな」のようなサ行音とハ行音の交替、「あかんぜ→あかんで」「ええぞ→ええど」のようなダ行音とザ行音の交替(一部地域では「身体」→「かだら」のようなラ行音も)、「ゴボウ→ごんぼ」「鳶→とんび」「昨日→きんのう・きんにょ」のような濁音・鼻音前での撥音の添加、「手伝う→てったう」「鍛冶屋→かっじゃ」「有るぞ→あっど」のような濁音前での促音の添加、が近江弁でも起こる。サ行音とハ行音の交替は指示語「そ」で顕著で、「ほうけ(そうか)」「ほやほや(そうだそうだ)」「ほれ(それ)」「ほこ(そこ)」「ほの(その)」「ほと(そうすると)」のように盛んに転訛する(特に湖東から湖南)。

その他の音韻の特筆事項を以下に列挙する。

  • 湖東から湖北にかけて格助詞「を」とウ・イに続く「お」を「ヲ」で発音することがある。「塩→ʃiwo」「縫おう→nuwo:」など。
  • 湖西と甲賀ではガ行鼻濁音(ŋ)を用いない傾向がある。他の地方でもはっきりとは発音されず、全県的に衰退しつつある。
  • 明治時代の『音韻調査報告書』では湖西に合拗音クヮ(kwa)が確認されているが、昭和には既に廃滅したものと思われる。
  • 湖南や湖西を中心にセ・ゼの古い音であるシェ(ʃe)・ジェ(je)が一部の表現に残る。
  • 草津市常盤でティ(ti)・トゥ(tu)・ディ(di)・ドゥ(du)が確認されている。
  • 湖北を中心とする県北部で連母音アイ・オイのイが奥寄りのエ(é)に転ずることがある。「赤い→akaé」「白い→ʃiroé」「来い→ko:é」など。
    • 北部以外でも、「さかい・はかい→さけ・はけ[10]」「痒い→かいい」「教える→おせる」など特定の語彙で連母音変化が起こることがある。
  • 東日本ほどではないが、湖東から湖北にかけて無声子音に続くウが無声化する傾向がある。
  • ワ行音に続く語頭のイがユ(ju)となることがある。「イワシ→juwaʃi」「言わん→juwan」「岩→juwa」など。
  • ウに続くエがウェ(we)となることがある。「杖→tsuwe」「田植え→tauwe」「食え→kuwe」など。
  • 湖東から湖北にかけてツァ(tsa)・ツォ(tso)が促音とともに現れることがある。「御馳走→gottso」「お父さん→otottsan」「鰹→kattso」など。
  • 「ぬくとい←→のくとい」「少ない←→すけない」「みみず←→めめず」など母音交替の起こる語彙がある。

[編集] アクセント

ほとんどの地域では京都と同じあるいは類似した京阪式アクセントを用いるが、湖北では垂井式アクセントなど様々な京阪式の変種アクセントが混在する。以下はその例として、滋賀県内での2拍名詞のアクセント差を示した表である(アクセントの高い部分をH、低い部分をLで表す)。

2拍名詞のアクセント 第1類
飴が 牛が
第2類
石が 音が
第4類
海が 何が
第5類
雨が 影が
京都・滋賀県内大半[11] HHH HLL LLH[12] LHL
米原市梓河内[13] HHH HLL HHL
米原市大半 HHH HLL、HHH、LHLの間で不安定
長浜市 HHH HLL HHH HLL
虎姫町 HHH HLL
伊香郡 HHH HLL HHH HHL
(東京) LHH LHL HLL

[編集] 地名

地元と共通語とでアクセントが異なるものがある。

滋賀 琵琶湖 湖東 湖西 守山 安土 稲枝 高宮 彦根 長浜
地元 LH HLL LHL LHL HLLL HHH HLL HLLL LHL HLLL
共通語 HL LHH LHH LHH LHLL HLL LHH LHLL LHH LHHH

以上のほか、「湖南」「野洲」「日野」「栗東」「信楽」など共通語で平板型とされる地名の多くが地元では高起型[14]となるが、「能登川」など低起型[15]のものもある。また頭高型[16]の地名は複合語になると「近江HLL→近江弁HHHHH」「大津HLL→大津市HHHL」のように高起型に変化する。

[編集] 表現

多くは近世から近代にかけての京都方言の表現を基盤とする。

[編集] 動詞

特殊活用は「おます」「おす」「わす」の3語(「待遇」節参照)だが、いずれも衰退しつつあり、特に「わす」は高齢層でもほとんど聞かれない。

「借る」「足る」「染む」などの五段活用を比較的保っている。また「蹴ます」「蹴合う」など限られた用法で「蹴る」の下一段活用の名残があり、かつては朽木など一部地域の高齢層で「死ぬる」のようなナ変活用も残っていた。

「言うた」「買うて」のようなア・ワ行ウ音便のほか、中世・近世に盛んだった「落といた」「貸いてくれ」のようなサ行イ音便を現在も用いる。サ行イ音便に関しては「落といた」「貸いせくれ」と特殊な音変化を起こすことがあり、特に湖東から湖南にかけて多い。全国的にも珍しい音変化で、滋賀県以外では京都市北区中川、奈良県天川村洞川、和歌山県那智勝浦町色川などに限られる。なお暴露ウイルスによる個人情報漏洩を表すインターネットスラング「つこうた」は、近江弁の「使うた」に由来する[17]

[編集] 形容詞

特殊活用は「無い」「良い」「憂い」の3語。京都と同様、連用形で「良う」「赤う」のようなウ音便があり、詠嘆には「あぁ怖ぁ」「暑(あっつ)ぅ!」のような語幹用法と「さっむい寒い」「さっむ寒い」のような畳語を多用する。よく注目されるものに「さびしない・さぶしない(淋しい)」「いとしげない(愛おしい)[18]」のような一見否定形に思える形容詞があるが、これは「せわしない」などに類するものである。

[編集] 形容動詞

終止形の「だ」が「や・じゃ」に換わるほか、「いつも達者な(いつも達者だなぁ)」のような軽い詠嘆を表す連体終止法がある。

[編集] 断定

「や」を用いる。かつては「じゃ」やその変形「ざ」の使用も一部であったが、現在は粗野な物言いや「そのー、なんじゃー」のような会話のつなぎなど、限られた場面でしか用いない。丁寧な断定には「どす」を用いるが、共通語「です」に押されている。

[編集] 使役

五段活用形の「す」「さす」を用いる。カ変「こさす」を「きさす」とすることがある。

[編集] 受身・可能

「れる」「られる」を用いるが、可能表現は可能動詞や「できる・でける」、「よう読む[19]」のような表現で代用することが多い。

[編集] 命令

京都と同様、「せよ・せい」「読め」のような命令形とともに、「しい(な・や)」「読みい(な・や)」のような「連用形+長音」[20]の柔らかな命令表現を多用する。「見い」「起きい」など命令形と連用命令が同形になることがあるが、アクセントによって区別し、「見」「き」を高く発音した場合は命令形、「い」を高く発音した場合は連用命令となる。なお「読み(な・や)」「起き(な・や)」のような短音形も用いる。

柔らかな命令表現には「しやい(ね)」「読まい(ね)」のような「未然形+やい・い」もあり、こちらは中年以下ではほとんど用いない。「やっとかい」「せんとかい」のように「とかい」では「しておきなさい」を表す。

[編集] 禁止

サ変に古形「すな」が残るほか、五段以外では「見な(いや)」「寝な(いや)」「こな(いや)」「せな(いや)」のような「未然形+な」とすることがある。また京都と同様、「しない(な)」「読みない(な)」「しゃべってな」のような柔らかな「連用形+ない・な」「て+ない・な」[21]もある。

[編集] 仮定

京都と同様、「読んだら」のような「連用形+たら」で代用することが多く、本来の仮定表現「読めば・読みゃあ」は限られた場面でしか用いない。

[編集] 待遇

近江弁の大きな特色に待遇表現が挙げられる。近江弁には尊敬・丁寧から軽蔑まで共通語には的確な訳語がない数多くの待遇表現が存在し、性別・年齢を問わず、特に話中人物に対して日常的に多用する。近江弁では話中人物に対する待遇表現が聞き手への待遇表現を兼ねることがある。極端な例としては「(子供の学校の先生に対して)うちの子が学校で悪いことをしられましてすみまへん」のような身内に対する尊敬語の使用が挙げられ、これは話中人物(ここでは自分の子供)への敬意というよりも、文中に尊敬語を交えることで聞き手(ここでは学校の先生)への敬意または距離感も込められているのである。なお近江弁における待遇表現については宮治弘明の研究が詳しい。

最も上品で敬意の高い尊敬語・丁寧語。「ごめんやす」「おしまいやす」「おきばりやす」「おいでやす」のように挨拶語で多用する。本来は「お読みやした」のように語頭に「お」を伴うが、湖北や湖東では省略してしまうことがある。湖西の一部に「読みやすか→読めすけ」のような変形がある。「読んでやしたら」のように補助動詞としても用いる(「居やす」の略)。
  • ござる
「ある・いる」「来る」の尊敬語。現在用いるのは高齢層が主で、それ以下では用いたとしても皮肉が込められる。「読んでござる」のように補助動詞としても用いる。
  • わす、おます、おす
「わす」は「おわす」の転で、「来る」の尊敬語。「おます」と「おす」は「ある・いる」の丁寧語で、共通語「ございます」と同様、「よろしゅうおます・おす」のように形容詞を丁寧に言ったり、「ここでおます・おす」のように丁寧な断定を表したりする。
  • (連用+)なはる
「なさる」の転。命令形には「なはれ」「なはい」「ない」の3種類があり、うち「ない」は柔らかで打ち解けたニュアンスがある。「読んでなはる」のように補助動詞としても用いる(「居なはる」の略)。
  • (五段未然[22]+)はる・(その他連用+)やはる
「なはる」の転。近江弁での尊敬語として最も一般的なもので、全地方の全世代で多用する。現在は五段以外も「はる」とすることが多く、また湖南の都市部などでは五段を連用形に接続させることがある。「読んではる」のように補助動詞としても用いる(「居やはる」の略)。
  • (五段未然+)ある・(その他連用+)やある
「はる」「やはる」のくだけたもの。湖北から甲賀にかけて用いる。湖東では「る・やる」とも。「しやある」を「しゃある」、「来やある」を「きゃある」、「居やある」を「やある」とすることがある。「読んでやある」のように補助動詞としても用いる(「居やある」の略)。
  • (五段未然+)る・(その他連用+)らる
全県で農村部を中心に聞かれるが、特に湖南や湖西で用いる尊敬語。古語「る・らる」が五段活用化したものとされる。湖北には「読まれる」「読んでられる」のような下一段形もある。「読んでらる」のように補助動詞としても用いる(「居らる」の略)。
  • (五段未然+)っさる・(その他連用+)さっさる、(五段未然+)っしゃる・(その他未然+)さっしゃる
全県に点在するが、特に伊賀に隣接する甲賀(とりわけ旧甲南町、甲賀町)で用いる尊敬語。近世上方語の名残で、共通語「おっしゃる」「いらっしゃる」の「っしゃる」と同源である。
  • (五段未然+)んす・(その他連用+)やんす
全県に点在するが、特に湖北と湖西北部で用いる親愛語。「しやんす」を「しゃんす」、「来やんす」を「きゃんす」、「居やんす」を「やんす」とすることがあるほか、カ変には古風な「ごんす」「こんす」、サ変には古風な「さんす」がある。もとは尊敬語で、世代が下るほど「んす・やんす」に込める敬意は薄れている(高齢層や中年層では軽い尊敬語として用いることがあるが、若年層では親しい友人や身内に対してのみ用いる)。「読んでやんす」のように補助動詞としても用い、湖西の一部では「読んだんす」とすることがある(「居やんす」の略)。湖北方言の代表的な表現として知られ、公共物の名称などにもよく利用される(長浜市の広報誌名米原市山東地区の公園名など)。なお時代劇などで耳にする「あっしは○○でやんす」のような使い方はしない。
  • (連用+)やる
湖東や甲賀で用いる親愛語。「ある」の転。「読みやる→読みゃる」と拗音化することがある。「見やる」など「やある」の転「やる」と同形になることがあるが、アクセントによって区別し、「見」を高く発音した場合は親愛語「やる」、全て高く発音した場合は尊敬語「やる」となる。「読んでやる」のように補助動詞としても用いる(「居やる」の略)。
  • (連用+)よる
軽蔑語。「おる」の転。軽蔑の意は比較的軽く、特に男性の間では打ち解けた語として用いることがある。五段に接続する場合、「書きよる→書っきょる」「飛びよる→飛っびょる・飛んびょる」などと変形することがあり、湖北ではさらに「書っこる」「飛っぼる・飛んぼる」となる。「読んでよる」のように補助動詞としても用いる(「居よる」の略)。
  • (連用+)くさる・(連用+)さらす
軽蔑語。「読んでくさる」「読んでさらす」のように補助動詞としても用いるほか、「さらす」は「さらしてくさる」「さらしてけつかる」のように用いることができる。
  • けつかる
「居る」の軽蔑語。軽蔑の意が極めて強く、日常で用いることは少ない。「読んでけつかる」のように補助動詞として用いる。湖東では「けっこなる」とも言う。
  • (連用+)ます
丁寧語。推量形は「ましょう」ではなく「ますやろ・まっしゃろ」とし、意志形「ましょう」は「まひょう」となることがある。

[編集] 打消

全県で「ん」「へん・やへん」を用いる。伝統的には「へん」は五段、「やへん」はその他の動詞に接続し、「読まへん」「起きやへん」「出やへん」「しやへん」「きやへん」のように用いるが、現在では「やへん」が衰退し、「起きひん」「出えへん」「せえへん・しいひん」「こおへん・きいひん」のような用法が一般的となりつつある。また地域・世代・個人によって「へん・やへん」の古形「せん・やせん」、変形の「しん・やしん」や「ひん・やひん」を併用する。

「ん」の過去形は「なんだ」、「へん・ひん」の過去形は「へなんだ・へんだ・ひんた」とするが、現在は新方言の「んかった」「へんかった・ひんかった」が勢力を伸ばしている。丁寧形には「まへん」と「しまへん・やしまへん」がある。

[編集] 推量・打消推量

「なかろう」「行ったろう」のような推量形はほとんど用いず、通常は「やろ」とする。打ち消し推量に関しても「んやろ」「へんやろ」の形が多いが、「行こまい」「見よまい」のように「まい・よまい」を用いることもある。共通語と違って未然形に接続することに注意が必要である[23]。また「行こまい(か)」のように「まい」を勧誘に用いることがある。

[編集] 継続・存在

非生物には「ある」、生物には「いる」「おる」を併用する。「おる」にはやや粗野でくだけた印象があり女性はあまり用いないが、「おります」の形で謙譲語に用いたり、また共通語として「おられる」(いらっしゃる)を多用したりもする。西日本にあって「いる」を常用するのは福井県・京都府・大阪府とともに珍しい例である。補助動詞として用いる場合は「たある・たる」「てる」「とおる・とる」とする。「たる」は「てやる」の縮約形と同形だが、アクセントによる区別があり、例えば「食べたる」で「る」を高く発音した場合「食べてやる」、「た」を高く発音する場合「食べてある」を表す。「知らんてる・とる」のように打消につけて用いることがある。

[編集] 授受

自分から相手へは「やる」「あげる」を用い、「たる」「たげる」と縮める。相手から自分へは「もらう」「くれる・おくれる」「くださる・くだはる」を用い、うち「くだはる」の命令形は「くだはい」「くだい・くらい」とする。命令形のみであるが、「下しおかれよ」の転「くだしかれ」や「賜われ」の転「たもれ・たも」が各地の高齢層で聞かれる。また湖北から湖南にかけて「(一緒に)行ってかして」「(一緒に)来てかし」のような「かして・かし」を、湖東で「貸してたい」「たばこ1本たい」のような「賜べ」の転「たい」がある。

[編集] 助詞

  • 格助詞
京阪と同様、「が」「と」「へ」「を」などは省略することが多い。また多賀町保月では「あが家」のように所有格「が・がの」を用いる。
  • 接続助詞
原因・理由には「さかい・さかいに」を多用し、京阪神では死語となりつつある現在も、滋賀県では比較的勢力を保っている。「さけ・さけに」「はかい・はかいに」「はけ・はけに」などとも。加えて湖北から甲賀では「ので」の古形「で」を併用する。現代では中部地方に多い表現で、滋賀県は三重県とともに「で」勢力圏の東限となっている。大阪などの「よって・よってに」、京都の「し」を用いることもあり、「し」は湖南などで若い女性が終助詞的に多用する。
逆接には「かて」と「けど・けんど」がある。「かて」は共通語「ても」に当たる表現で、「でさえ」「でも」の意で副助詞としても用いる。
特殊な接続助詞に「とさいが」がある。「とさぇが」「とさぇご」「とさぇにゃ」などとも言い、つなぎの言葉として「そうするとさいが」「こう暑いとさいが、やる気が出ん」のように「とすると」「とするとだな」といった意を表す。
  • 副助詞
全県的なものに「どこぞ」「誰ぞ」のような疑問詞を強める「ぞ」、「するくらい」「あるくらいなら大変や」のように共通語「とも」「とする(なら)」に当たる「くらい」があり、「くらい」は特に湖北から甲賀に多い。また湖東には原因・理由を問う疑問詞「どうで」、甲賀には「親ならこされ(親ならばこそ)」「それこされ(それだよそれ)」のような係り結び「こそあれ」の名残がある。
  • 終助詞
京阪と同様「ぜ・で」「ぞ・ど」「がな」「わ」「わい・わいな・わいや」「ねや・ねん」「やんか・やんけ・やん」を多用するが、近江八幡市などで「ぞ」が「じょ」となることがあり、「ねや」は「にゃ」と発音されやすい。湖北・湖西北部から湖東には念押しの「ほん」があり、「ええほん」「明日は晴れるほん」「行ってこほん」のように用いる。湖南や湖東などには疑問・連用命令・助詞などを強める「いさ」があり、主に女性が「何いさぁ」「はよしいさぁ」「ええやんかいさ」のように用いる。甲賀には「行こにぃ」「どうしょうにぃ」のような同意を求める「にぃ」があり、伊賀と共通する。大津市や草津市などには「しとぉ」のように連用形につけて依頼を表す「とぉ・とん」があり、京都と共通する。また京都の「え」を滋賀県でも女性が多用し、一部では「うぇ」となる。 
疑問の終助詞には「か」「け」がある。「け」は男性的なくだけた表現で、朽木などでは「こ」とも。反語的な「かい・かいな・かいや」は終止形に接続するほか、「あろかい(あるだろうか、いやないだろう)」「あこかい(あくだろうか、いやアカンだろう)」のように未然形にも接続する。
  • 間投助詞
京阪と同様「なぁ」「のぅ」を多用するほか、湖北から湖東の彦根藩武家言葉「な申し」の転「なあし・なし」、湖東から甲賀の「かい」、湖南の「なあへ・なへ」「なんた」「にょぉ」、甲賀の「なあよ」「ねえな」、湖北の「なあえ・なえ」「んな・んなぇ・んね」などがある。また湖東から湖南にかけての農村部では「ほやでよ」「あのよぉ」「行くしよ」のように「よ」を多用する。

[編集] 語彙など

あおぢ
【名】あおたん。内出血。
あんない
【形】「味がない」の転訛で、「美味しくない」という意味。
いかい
【形】大きい。大変な。大層。古語の「いかし」に由来。 (例)しばらく見ん間(ま)にいこうなってぇ(しばらく見ないうちに大きくなって)
いぬ
【動】帰る。古語由来で、漢字では「去ぬ」「往ぬ」と表記する。かつては全県で用いたが、共通語の「帰る」に押されつつある。
うい
【形】「憂鬱だ」という意味で、古語の「憂し」が由来。アクセントは「低高」。「(相手に対して)申し訳ない」というような意味でも用いることがある。 (例)あー、憂いなぁ(あー、憂鬱だなぁ) ほんなことしてもろて憂いこっちゃ(そんなことをしてもらって悪いことだ)
うたて
【形】鬱陶しい。古語「うたてし」の転訛。
うみ
【名】「海」という意味のほかに、「琵琶湖」という意味でも使われることがある。
えらい
【形】「偉い」のほかに、「とても」「しんどい」「とんでもない」という意味で多用する。 (例)えらい仕事させられたさかいえらかったわ(とんでもない仕事をさせられたから疲れたよ)
おおさらしい
【形】大袈裟だ。仰々しい。
おが
【名】カメムシ
おがまなとうさん、おがまのとうさん、おがみのとうさん、おがみとうろ
【名】カマキリ。前肢が拝む姿に見えることから、「拝まな通さん」→「拝みの父さん」「拝みの蟷螂」と変化。
おっさん
【名】お坊さん。「お」にアクセント。全て高く発音すると、共通語の「おっさん」と同じ意味になる。
おまはん
【代】「おまえさん」の転訛である「おまえはん」が縮まったもので、さらに縮めて「おまん」とも。「あんた」や「おまえ」よりは丁寧な印象を与える。
かす
【動】(米を)研ぐ。 (例)米かしといてや(米を研いでおいてね)
かなん
「かなわぬ」の転訛で、「嫌だ」「やりきれない」の意。京阪でも通じる。
かばた
【名】水路に設けられた作業場のことで、漢字では「川端」。「川端」は湖西地方の呼び方で、湖東では「かわと」(川戸)と呼ぶ。2004年にNHKのドキュメンタリー番組で高島市新旭町針江区の川端が紹介され、注目を集めた。
カバタ
参考リンク:針江地区ホームページ内「川端のご案内」
きずつない
【形】古語「ずちなし」(=どうしようもない。困り果てたことだ)に「気」を合わせたもので、「気おくれする」の意味。 (例)人前でヘマをしてもて、気ずつなかったわ(人前でヘマをしてしまって、どうしようもなく恥ずかしかったよ)
げべっちゃ
【名】最後。びり。
ごうがわく、ごうのわく
腹が立つ。腹の立つ。「業が沸く」の意。(例)あいつはごうのわくやっちゃ(あいつは腹の立つ奴だ)
ごえんさん
【名】ご住職さん。「御院様」の転。
こぼつ
【動】壊す。古語由来で、漢字では「毀つ」。
ごもく
【名】ゴミ。
(お)こんめ
【名】お手玉。「おじゃみ」とも。
さいぜん
【名】先程
じしん
【名】地震。「じ」にアクセントがくる。
…したらわ?
「…したらどう?」という意味の女性語
…しとみない、しとむない
「…するのは気が引ける」「…するのはなんとなく嫌だ」という意味。 (例)行きとみないなあ(なんとなく行くの嫌だなあ)
すいばり
【名】ヤスリのかかっていない材木の角などにある木のトゲ。
せんどする
「くたびれる」の意で、「えらい」「しんどい」よりも強いニュアンス。「まるで仕事を千度する程に感じるほど疲れる」ということから。湖北などで使われる派生語に「おせんどさん」(=お疲れさん)がある。 (例)あー、せんどした(あー、くたびれた)
高月駅にて。「ようこそ (長旅)お疲れさん」の意
たいや
【名】法要の事。頭に「お」をつけて「おたいや」と使う場合もある。
だしかいな
挨拶言葉。まだまだ良いじゃないの。湖北。
だんない
【形】差し支えない。大丈夫だ。「大事無い」の転。同義語に「どうもない」や「構いはせぬ」の変形「かまへん」がある。
ちゅんちゅん
お湯などが沸いている様子を表す擬態語。
ちょかちょか
あちこちをせわしなくうろちょろしている様子。ちょこまか。「する」をつけると「ちょこまかと落ち着きがない」「ちょこまかとあちこちでいたずらをする」という意味になる。名詞形は「(ちょか」。「ちょかる」(調子に乗る)や、その名詞形「ちょかり」(調子乗り)もある。 (例)おちょかせんとき!(うろちょろしないの! いたずらしないの!) ちょかってんなや!(調子乗ってるなよ!)
つうりんぼ
【名】干し柿。
どぼどぼ
【形動】ずぶ濡れの様子。「どぼぬれ」とも。
どんつき
【名】突き当たり。
なまずけない
【形】怠けている。不精だ。だらしがない。 (例)部屋ちっとも片付けんと!なまずけないやっちゃなあ!(部屋をちっとも片付けないで!だらしないやつだなあ!)
…ね
…んち。「のいえ」の縮約形。類義語で「とこ」とも。 (例)うちね遊びに来ぃな(私んちに遊びに来なよ) うち(ん)とこは(私の家では)
はい
「早」の転。「もうはい」「はいから」の形で用いる。 (例)もうはい夜か(もう夜か) もうはい帰るんかいな(もう帰るのかよ)
はしかい
【形】古語「はしかし」の転で、(細かいトゲなどが当たって)ちくちくと痛いという意味。派生して、風邪などで喉の奥がひりひりするという意味もある。
びちがく
【動】指先でつねる。
ぶげんじゃ
【名】金持ち。「分限者」の転。
ふてる
【動】「捨てる」の転。「ほかす」「ほる」とともに併用する。
ぶんど
【名】エンドウなどの豆。湖北。
…べら
【名】…側。「あっちべら」「こっちべら」「向こうべら」など。
ほっこりする
【動】疲れる。手を焼く。あるいは、疲れがとれてほっとする。地域によって正反対の意味になる。湖北などでは「おせんどさん」と合わせて「ほっこりおせんどさん」(=おつかれさん)とすることもある。
ほっこりせん
ぱっとしない。具合がよくない。湖北から湖東。
ほっこりや
うんざりだ。湖北。
むっかい
【形】ムズい。「むつかしい」のくだけた形。
めいぼ
【名】目のイボ、つまり「麦粒腫」のこと。
めめんかす
【形】ほんの少しである様子。
ももける
【形】セーター等に毛玉が出来たことを表す。
もりこす
【動】湯水などが容器の容量を超えて溢れて出ること。「漏る」または「盛る」と「超す」が合わさったものか。 (例)うわ、お風呂のお湯もりこしたーるで!(うわ、お風呂のお湯が溢れ出してるよ!)
もんる
【動】帰る。寄る。「戻る」の転。「もんてくるもんでくる」(「もんる」+「来る」)の形でよく用いる。彦根市のおいでやす商店街には「もんてくる」をモチーフにした「モンテ」という名の施設がある。
ようあんたさん、ようおまえさん
「どういたしまして」に近いニュアンスの表現。主に「おおきに」「おきばりやす」と声をかけられた時の返し言葉として使われる。
よぞくろしい、よぞい
【形】嫌だ。不快だ。湖北で用いる。「おぞ」ましく「狂おしい」か。
よばれる
【動】「食う」の丁寧語。「御馳走に呼ばれる」の用法が拡大したもの。 (例)こんなんしかあらへんけど、なんなっとよばれて(こんなのしかないけど、なんなりと食べて)

[編集] 脚注

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  1. ^ これらの助詞の使用地域は旧彦根藩領とほぼ一致する。
  2. ^ 飯豊毅一・日野資純・佐藤亮一 [編] 『講座方言学 7 ―近畿地方の方言―』(国書刊行会)
  3. ^ 滋賀県庁ホームページ
  4. ^ 1956年以前は東浅井郡だった地区。
  5. ^米原町の一部を湖東方言に含むことがある。
  6. ^ 1968年以前は愛知郡だった地区。
  7. ^ 蒲生郡日野町の一部を甲賀方言に含むことがある。
  8. ^中主町の一部を湖東方言に含むことがある。
  9. ^ 大津市のどこで湖南・湖西の境界とするかは不定。
  10. ^ 「さけ」が「さかい」に転じたとする説もある。
  11. ^ 湖東・湖西・湖南のほとんどと、木之本町、長浜市田根地区、米原市米原など。
  12. ^ 現在は第5類に統合されつつある。
  13. ^ 第2〜5類は場合によっては区別を失う。
  14. ^ 1拍目と2拍目をどちらも高く発音するアクセント。例えば「湖南」はLHHではなくHHH、「野洲」はLHではなくHHと発音される。
  15. ^ 高起型とは逆に、1拍目と2拍目をどちらも低く発音するアクセント。例えば「能登川」はLHHHではなくLLLH(後ろに助詞などがつく場合はLLLL)と発音される。
  16. ^ 1拍目を高く発音するアクセント。
  17. ^ YOMIURI ONLINE モニ太のデジタル辞典 2008年1月17日日刊サイゾー 2009年3月12日
  18. ^ 「いとしげ無い」ということで「憎らしい」などの意で用いる地域も少なくない。
  19. ^ ここでの「よう」は「良う」ではなく「能う」。
  20. ^ 「連用形+なさい」の転
  21. ^ 「連用形+なさるな」の転
  22. ^ 読みなはる→読みゃはる→読まはる
  23. ^ 「行こう」「見よう」と「行くまい」「見まい」が混合したもの。

[編集] 参考文献

  • 増井金典 [編] (2000) 『滋賀県方言語彙・用例辞典』(サンライズ出版
  • 楳垣実 [編] (1962) 『近畿方言の総合的研究』(三省堂
    • 筧大城「滋賀県方言」
  • 飯豊毅一・日野資純・佐藤亮一 [編] (1982) 『講座方言学 7 ―近畿地方の方言―』(国書刊行会
    • 筧大城「滋賀県の方言」
  • 井上史雄・篠崎晃一・小林隆・大西拓一郎 [編] (1996) 『日本列島方言叢書15 近畿方言考3 滋賀県・京都府』(ゆまに書房
    • 井之口有一・福山隆士 (1952) 「滋賀県方言の調査(一)」(『滋賀県立短大雑誌B』1巻2号)
    • 村木新次郎 (1984)「『滋賀県湖東方言の動詞の形態論』素描」(『国文学解釈と鑑賞』49巻1号、至文堂
    • 平沢洋一 (1986) 「滋賀県湖北方言の文法」(『城西大学女子短期大学部紀要』3巻1号)
    • 佐藤虎男 (1978) 「琵琶湖湖畔方言事象分布」(『大阪教育大学紀要26巻 第Ⅰ部門 人文』3号)
    • 宮治弘明 (1985) 「滋賀県甲賀郡水口町八田方言における待遇表現の実態―動作の主体に対する表現をめぐって―」(『大阪大学語文』46号)

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[編集] 関連項目