大津駅

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大津駅
北口(事実上の正門)
北口(事実上の正門)
おおつ - Ōtsu
膳所 (1.7km)
(4.5km) 山科
所在地 滋賀県大津市春日町1-3
所属事業者 JR logo (west).svg西日本旅客鉄道(JR西日本)
所属路線 東海道本線琵琶湖線
キロ程 503.6km(東京起点)
米原から57.7km
電報略号 オツ
駅構造 地上駅
ホーム 2面4線
乗車人員
-統計年度-
17,429人/日(降車客含まず)
-2012年-
開業年月日 1921年大正10年)8月1日*
備考 直営駅管理駅
みどりの窓口
* 過去にも「大津駅」を名乗った駅あり(歴史参照)。
ホーム
大津駅に停車中の新快速米原

大津駅(おおつえき)は、滋賀県大津市春日町にある、西日本旅客鉄道(JR西日本)東海道本線である。「琵琶湖線」の愛称区間に含まれている。

駅構造[編集]

島式ホーム2面4線を有する地上駅になっている。駅の北側に北口改札(びわ湖口)、南側に南口改札がある。地下道から各ホームへ、階段が2本、ホームエレベーターが1本ずつ通じている。北口の駅業務は直営であり、駅舎は2階建ての駅ビルになっているが、南口はジェイアール西日本総合ビルサービスに委託されている。駅長が配置されており、管理駅として瀬田駅石山駅膳所駅の3駅を管轄している。バリアフリートイレが設置されている。

当駅の京都方面寄り(当駅と新逢坂山トンネルの間)にはカーブがあり(最急は下り外側線で半径500m)、下り線は95km/h、上り線は105km/hの制限を受ける。

開業時から2面4線であったが、複々線化の際に停留所となった。ICOCA利用可能駅(相互利用可能ICカードはICOCAの項を参照)。

のりば[編集]

大津駅プラットホーム
ホーム 路線 方向(線路) 行先 備考
1 琵琶湖線 上り(外側線) 草津米原方面 全ての特急と一部列車
2 琵琶湖線 上り(内側線) 草津・米原方面
3 琵琶湖線 下り(内側線) 京都大阪神戸方面
4 琵琶湖線 下り(外側線) 京都・大阪・神戸方面 全ての特急と一部列車
  • 上表の路線名は旅客案内上の名称(愛称)で記載している。
  • すべての特急のほか、草津線直通列車(下りは一部を除く)と一部の新快速が外側線(1・4番のりば)を使用し、その他の列車は内側線(2・3番のりば)を使用している。

ダイヤ[編集]

日中時間帯は1時間あたり7本が停車する。朝晩は本数が多くなる。

駅構内[編集]

北緯35度線モニュメント
  • 1・2番線ホーム(京都方)に、北緯35度線モニュメントがある。これは琵琶湖線開業100周年を記念してJR西日本が1989年7月に設置したものである。

利用状況[編集]

滋賀県統計書によると、一日平均の乗車人員は以下の通りである。

年度 一日平均
乗車人員
1992年 18,720[1]
1993年 18,786[2]
1994年 18,786[3]
1995年 19,022[4]
1996年 19,176[5]
1997年 19,009[6]
1998年 18,914[7]
1999年 18,502[8]
2000年 18,488[9]
2001年 18,476[10]
2002年 18,252[11]
2003年 18,032[12]
2004年 17,757[13]
2005年 17,555[14]
2006年 17,858[15]
2007年 17,769[16]
2008年 17,729[17]
2009年 17,367[18]
2010年 17,269[19]
2011年 17,303[20]
2012年 17,429[21]

駅周辺[編集]

駅周辺は官公庁が多い。また近年は飲食店・雑貨屋・美容院が増加している。このほか、琵琶湖を望めるホテルが多数ある。

バス路線[編集]

大津市の中心部である浜大津やその先の雄琴温泉街・堅田駅、あるいは湖岸経由での石山駅方面や草津駅への路線バス便がある。立命館大学への路線バスは名神高速経由である。

浜大津を起点とする横浜経由大宮行き夜行高速バス、京都駅を起点とする千葉中央行夜行高速バスも大津駅で客扱いを行う。一時期関西空港や伊丹空港へのバス便も開設されたが、今はない。

乗り場 系統 主要経由地 行先 運行会社 備考
大津駅 1 びわこドリーム号 横浜(YCAT)池袋駅東口大宮駅西口 大宮営業所 西日本JRバス
西武観光バス
夜行
高速 京成上野駅西船橋駅東京ディズニーリゾート海浜幕張駅千葉駅 鎌取駅 千葉中央バス 夜行
大津立命線   立命館大学 近江鉄道 平日運転
16,国道線 大津市民病院・国道膳所・滋賀病院前 石山駅 京阪バス 国道経由
花屋敷鶴の里線 大津市民病院・山の手団地 花屋敷池の里南 近江鉄道 午前運転
大津市民病院・山の手団地・鶴の里団地 花屋敷池の里南 午後運転
2 25,湖岸線 大津署前・木の下町・膳所公園 石山駅 京阪バス
近江鉄道
湖岸経由
近江大橋線 大津署前・木の下町・イオンモール草津近江大橋 草津駅西口 近江鉄道
大津署前・木の下町・近江大橋口 草津駅西口 平日朝1本
なぎさ公園線 浜大津アーカスびわ湖ホール 大津プリンスホテル 京阪バス
近江鉄道
102   県庁前 江若交通 平日朝運転
3 102,103 浜大津競艇場前雄琴温泉 堅田駅 江若交通
16,25 浜大津・市役所前 大津京駅 京阪バス
25,湖岸線 他   浜大津 京阪バス
近江鉄道
国道線 大津赤十字病院 浜大津 近江鉄道
西大津日赤線 大津赤十字病院・競艇場前 大津京駅 近江鉄道 平日運転

歴史[編集]

現在の大津駅は1921年に開通した膳所駅 - 京都駅間の新線上に新線開通と同時に開業したものである。

大津駅の変遷と大津線[編集]

大津駅は当初、大阪方面から路線延伸により現在の京阪京津線浜大津駅に設置された。

新政府の財政難により東京と京都・大阪を鉄道で結ぶ鉄道建設の中で、当面は滋賀県に線路を敷設せず琵琶湖の水上輸送を鉄道輸送の代行手段にしたことにより乗客は大津駅 - 長浜駅を鉄道連絡船太湖汽船で移動した(当時の長浜駅舎が現在の駅舎と直角に位置しているのは港を向いているからである)。日本初の鉄道連絡船である大津駅 - 長浜駅間航路は日に3便、所要時間はおよそ3時間であったが、強風等で運休となることも度々あるなど、必ずしも安定した輸送手段ではなかった。

列車は馬場駅(現:膳所駅)でスイッチバックを行って大津駅に入っていた。逢坂山を越えてきた線路は湖岸から高い位置にあり、逢坂山トンネル出口から直接大津駅に向かうことはできず、一旦馬場駅でスイッチバックを取る形となった。

その後、琵琶湖東岸での鉄道建設が進み、1889年(明治22年)に湖東線の膳所駅 - 米原駅 - 関ヶ原駅が開業。東海道本線が全通したことにより琵琶湖航路は廃止、馬場駅 - 大津駅の旅客営業も廃止となり東海道線の貨物支線となった。大津駅は支線の貨物駅となった。

1898年(明治31年)に請願により旅客営業が再開された。この時に新設された紺屋関駅と石場駅の間はわずか0.3哩(≒500m)で、当時の官鉄の最短駅間区間であった。

1909年(明治42年)には線名制定により大津線と命名される。

1913年(大正2年)3月、京阪石山坂本線の前身となる大津電車軌道が旅客営業を開始すると、大津線の旅客営業は廃止、再び東海道本線の貨物支線となる。同6月に馬場駅を2代目の大津駅に、初代の大津駅を浜大津駅に改称した。

その後、2代目の大津駅 - 京都駅新逢坂山トンネルの開通で短絡することに伴い、新線上に3代目の大津駅をそれまでの駅より西側に設置し、2代目の大津駅は馬場駅に再び改称され貨物駅となった。1934年(昭和9年)に再び旅客駅となり膳所駅に改称された。

貨物支線は、1913年(大正2年)から京阪石山坂本線と共用していたが、軌間が異なるため三線軌条となっていた。1947年(昭和22年)に近江今津から江若鉄道が直通運転したが、江若鉄道の廃止に伴い1969年(昭和44年)に廃止された。

国鉄時代は京都駅と同一の業者による駅弁も販売されていた。

年表[編集]

  • 1880年明治13年)7月15日 - 官設鉄道大谷 - 馬場 - 大津間延伸により、大津駅(初代・後の浜大津駅)開業。
  • 1913年(大正2年)6月1日 - 馬場駅を大津駅(2代目)に、大津駅(初代)を浜大津駅に改称。
  • 1921年(大正10年)8月1日 - 大津駅(2代目)を馬場駅に改称。同時に東海道本線の馬場駅 - 京都駅間のルート変更により、新線上に大津駅(3代目)開業。
  • 1975年(昭和50年)4月1日 - 大津駅(4代目)開業(業務は1月26日から)
  • 1987年(昭和62年)4月1日 - 国鉄分割民営化により、西日本旅客鉄道の駅となる。
  • 2000年(平成12年) - 大津駅南口再開発事業により南口を新設。
  • 2003年(平成15年)11月1日 - ICカードICOCA供用開始。

隣の駅[編集]

西日本旅客鉄道
琵琶湖線(東海道本線)
新快速
石山駅 - 大津駅 - 山科駅
普通(京都駅または高槻駅以西は快速となる列車を含む)
膳所駅 - 大津駅 - 山科駅

脚注[編集]

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関連項目[編集]

外部リンク[編集]