亀山市

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亀山市
かめやまし
日章旗 日本
地方 近畿地方東海地方
都道府県 三重県
団体コード 24210-1
面積 190.91km²
総人口 50,721
推計人口、2009年5月1日)
人口密度 266人/km²
隣接自治体 三重県:津市鈴鹿市伊賀市
滋賀県甲賀市
市の木 スギ
市の花 ハナショウブ
亀山市役所
市長 桜井義之
所在地 〒519-0195 三重県
亀山市本丸町577番地
電話番号 0595-82-1111
外部リンク 亀山市役所

亀山市位置図(三重県)

:市 / :町
特記事項:
地震保険料等地区分:4等地
(地震・津波リスク最悪地域)
テンプレート(ノート・解説・ウィキプロジェクト)

亀山市(かめやまし)は、三重県北部に位置する

目次

[編集] 概要

江戸時代には伊勢亀山藩城下町として、東海道鈴鹿峠越えを控えた亀山宿宿場町として栄えた。

明治以降は、関西鉄道(かんせいてつどう)の開通や、旧国鉄の参宮線への分岐点として、機関区も置かれた鉄道の街としても栄えたが、伊勢方面への優等列車は伊勢鉄道(旧国鉄伊勢線)経由の短絡ルートを用いるようになったために、かつての隆盛は無い。

地場産業として、蝋燭の生産が大きなシェアを持ち、カメヤマローソク(本社は大阪市に移転した)が存在する。

三重県のハイテク企業誘致策により建設されたシャープ亀山工場では、世界初の液晶パネルからテレビまでの一貫生産が行われ、大手家電量販店などでは「AQUOS世界の亀山モデル」というキャッチコピーで売り出され人気を博している。

[編集] 地理

三重県の北中部に位置し、東は鈴鹿市、西は伊賀市、南は津市、北は滋賀県甲賀市とそれぞれ接している。市内の北西部には鈴鹿山脈が、南西部には布引山地が連なる。市の面積の半分以上は山林であるが、産業別就業人口では、第一次産業よりも第二次産業就業者の割合が多い(約10倍)。

[編集] 歴史

  • 1954年10月1日 鈴鹿郡亀山町、昼生村、井田川村、川崎村及び野登村の合併により、亀山市が誕生。
  • 1954年12月1日 境界変更により旧井田川村東部が鈴鹿市に編入。
  • 1955年2月1日 旧白川村及び旧神辺村の大部分を編入。
  • 1957年4月1日 鈴峰村大字原字能褒野の区域を編入。
  • 1958年4月1日 旧明村の一部(安芸郡芸濃町楠平尾の大部分)を編入。
  • 2002年2月14日 シャープが亀山市への進出を発表。
  • 2004年1月8日 シャープ亀山工場が稼動開始。主に薄型テレビAQUOS」を生産。
  • 2005年1月11日 旧亀山市と関町との新設合併により、現在の新制亀山市が発足。
  • 2005年3月29日 新市章決定。
  • 2006年2月1日 市の花・市の木をそれぞれ「花しょうぶ」と「杉」に決定。
  • 2006年10月10日 亀山市と鈴鹿市内での新規・変更自動車登録するナンバーが「三重」から「鈴鹿」へと移行する。
  • 2007年4月15日 三重県中部地震発生。 亀山市西丸町で震度5強を観測。
  • 2008年2月21日 市の人口(住民登録者数)が5万人を突破。

[編集] 人口

亀山市と全国の年齢別人口分布図(比較) 亀山市の年齢・男女別人口分布図
紫色は亀山市
緑色は日本全国
青色は男性
赤色は女性
1980年 40,578人
1985年 42,810人
1990年 45,045人
1995年 46,128人
2000年 46,606人
2005年 49,253人
総務省統計局 / 国勢調査2005年

[編集] 行政

[編集] 市の行政機関

  • 市長:櫻井義之
旧・亀山市歴代市長
  • 服部平義(初代、1954年11月16日~1958年11月12日)
  • 服部一雄(2代、1958年11月13日~1962年5月6日)
  • 服部平義(3代、1962年6月15日~1970年6月14日)
  • 今井正郎(4代、1970年6月15日~1994年1月13日)
  • 田中亮太(5代、1994年2月13日~2005年1月10日)
現・亀山市歴代市長
  • 田中亮太(初代、2005年2月6日~2009年2月5日)
  • 櫻井義之(2代、2009年2月6日~)

[編集] 県の行政機関

[編集] 国の行政機関

[編集] 立法

[編集] 市政

市議会
  • 議長 大井捷夫
  • 副議長 池田依子

亀山市市議会の議席定数は、22議席である。

[編集] 県政

亀山市から選出される三重県議会議員の定数は1議席である。現在は、長田 隆尚が務める。

[編集] 国政

亀山市は、鈴鹿市と四日市市の一部で構成される三重2区が選挙区となる。現在は、中川正春が務める。

[編集] 司法

[編集] 経済

[編集] 農業

この地方は気候や土質が茶の栽培に適していたことから古くから茶の生産が盛んである。また市内には大規模農園の実験を目的として1983年に造成された88.8haの中の山パイロット茶園もあり、市内の茶の生産量は三重県下3位である。

明治の中頃からは養蚕も盛んであり、地場産業の生糸の生産などとも結びついていたが、昭和30年代(1955年~1964年)以降合成繊維に押されて絹の需要が激減したことを受けて飼養農家も激減し、現在では市内に散在する桑園の総面積は2ha程度である。

[編集] 工業

亀山市の誕生当初は生糸ローソクに代表される地場産業があったにすぎなかった。しかし1963年に低開発地域工業開発促進法の地域指定を受けて以降、高速道路の開通などの好条件にも恵まれ、三重県下有数の内陸工業都市となった。1975年以降長らく、隣接する鈴鹿市本田技研工業の鈴鹿工場があるために自動車関連産業が、また、古河電気工業の銅線工場に代表される非鉄金属産業が市内の製造品出荷額のそれぞれ4分の1以上を占めてきた。2002年にシャープの液晶工場(シャープ亀山工場)が立地して以降は、液晶関連産業の集積も進んでいる。

工業団地
能褒野工業団地
名阪亀山関工業団地
亀山関テクノヒルズ

[編集] 商業

東海道沿いに商店街(東町商店街)が形成されている。また、隣接してショッピングセンター(亀山エコー)が立地している。しかし大規模な郊外型のショッピングセンターは存在せず、隣接する鈴鹿市等への客の流出が目立っている。

瑞宝軒の銘菓 伊勢国「亀乃尾」、また「亀山茶」や亀山地ビールとして「乾杯のうた」がある。

[編集] 交通

新名神高速道路2008年2月23日に開通した。これらの交通の便を活かし、工業団地の開発などを積極的に行っている。

[編集] 鉄道

1890年の関西鉄道開通以来、名阪間の関西本線や紀伊半島に至る紀勢本線などの幹線が次々と開業・延伸し、現在に至っている。しかし、東海道本線の代替路線の役割を担った関西本線東海道新幹線の開業に伴い、また、紀伊半島東岸への玄関口の役割を担った紀勢本線亀山~津間は国鉄伊勢線の開通に伴いローカル輸送中心にシフトしたため、かつてのような隆盛は無い。2006年3月のダイヤ改正で急行「かすが」が廃止されて以降は、市内の路線を通る優等列車は無くなり、全て普通列車か快速列車となった。

東海旅客鉄道(JR東海)
西日本旅客鉄道(JR西日本)

[編集] 路線バス

[編集] 高速バス

[編集] 一般路線バス

三重交通バス及び亀山市によるコミュニティバスが運行している。最も運行本数の多い路線でも、1時間あたり1本程度の運行である。 かつては西日本ジェイアールバス亀山駅から滋賀県水口町(現在の甲賀市)まで、三重交通が亀山駅から四日市市まで運行するなど、近隣市町と結ぶ比較的長距離の路線も多かったが、現在では、市内の路線のほか、隣接する鈴鹿市津市などとの間に近距離の路線が残るのみである。

[編集] 道路

1952年の国道1号指定以来、1965年の名阪国道全通、1970年の東名阪自動車道部分開通、1975年の伊勢自動車道部分開通など、主要な幹線道路が徐々に整備されてきた。また1988年には名阪国道が西名阪自動車道近畿自動車道を介して名神高速道路と、1993年には東名阪自動車道が名古屋インターチェンジにて東名高速道路とそれぞれ接続され、亀山市は大都市間を結ぶ大動脈の中に位置づけられた。さらに2008年2月23日には新名神高速道路も開通し、東名阪自動車道亀山JCT名神高速道路草津JCTとが直結した。これにより本市と滋賀県および京都府を結ぶ高速道路のルートもできた。

新名神高速道路(池田高架橋付近より名古屋方面を望む)

[編集] 姉妹都市・提携都市

夢育むまちづくりのための都市間市民交流

日本武尊白鳥伝説ゆかりの三市による交流事業。

[編集] 地域

[編集] 学校

高等学校
亀山高校
徳風高校
中学校
亀山中学校
中部中学校
関中学校
小学校
井田川小学校
亀山西小学校
亀山東小学校
亀山南小学校
川崎小学校
神辺小学校
白川小学校
野登小学校
昼生小学校
加太小学校
関小学校
専修学校
三重高等商業専修学校

[編集] 病院

[編集] 観光

[編集] 史跡

[編集] 景勝地

[編集] その他

[編集] 出身有名人

[編集] 外部リンク

ウィキメディア・コモンズ