菰野町

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こものちょう
菰野町
Gozaisho Ropeway and Komono Mie.jpg
Komono Mie chapter.JPG
菰野町章
Flag of komono Mie.JPG
菰野町旗
日本の旗 日本
地方 近畿地方東海地方
都道府県 三重県
三重郡
団体コード 24341-8
面積 106.89 km²
(境界未定部分あり)
総人口 40,289
推計人口、2012年11月1日)
人口密度 377人/km²
隣接自治体 三重県:四日市市いなべ市
滋賀県:東近江市甲賀市
町の木 ケヤキ
町の花 コモノギク
他のシンボル 町の鳥 : ウグイス
町の昆虫 : キリシマミドリシジミ
町の獣 : ニホンカモシカ
菰野町役場
町長 石原正敬
所在地 510-1292
三重県三重郡菰野町大字潤田1250番地
Komono Town Office.jpg
外部リンク 菰野町の公式サイト

菰野町位置図(三重県)

― 市 / ― 町
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中道登山道から望む御在所岳
湯の山温泉の大石公園

菰野町(こものちょう)は、三重県の北西部、鈴鹿山脈の東山麓に位置するであり、人口は町としては県内一である。町内西部にある湯の山温泉御在所岳には毎年多くの観光客登山客が訪れる。北部にある田光のシデコブシ及び湿地植物群落は2005年(平成17年)3月2日に国の天然記念物に指定された。

目次

地理 [編集]

自然 [編集]

隣接している自治体 [編集]

歴史 [編集]

  • 807年大同2年)-最澄(伝教大師)により国見岳 (三重県・滋賀県)天台宗の大寺院三岳寺が建立。
  • 南北朝時代千種忠顕南朝方として活躍し、三重郡二十四郷を与えられ禅林寺城を居城とする。忠顕の子千種顕経の時に千種城を築いて拠点を移したと伝えられる。
  • 室町時代頃より桑名から京都・近江へ向かう際に横断する鈴鹿山脈の峠は、主なものとして、北から鞍掛峠・治田峠・石榑峠八風峠・根ノ平峠・安楽峠などがある。中でも菰野町千種から根ノ平峠を越えて、現在の滋賀県東近江市永源寺町甲津畑まで至る「千種越え」と菰野町田光から八風峠を越えて、永源寺町杠葉尾までの八風街道「八風越え」とが多く利用された。「八風越え」は桑名と近江の八日市近江八幡を結ぶ重要な通商路であったが、近江の保内商人(近江蒲生郡得珍保内の今堀・蛇溝・中野・今在家などの諸郷の商人で、鈴鹿山脈を越える山越商人)が商業を独占していた。永禄2・3年(1559・1560年)の「保内商人申状案」によると、保内商人が八風・千種越えで、千種氏から両峠の流通独占権を認められ、その見返りとして役銭を支払っていた記録がある。保内商人は桑名で東海地方の産物(主に麻の苧・紙・木綿・土の物・塩・曲物・油草・若布・鳥類・海苔類・荒布・魚類・伊勢布など)を仕入れ近江や京都で販売した。また近江からは、京都で生産された物資の他、木地師(きじし)の盆、椀、曲(まげ)物、木炭、麻などの山のものが桑名へ運ばれて、尾張以東の諸国へ送られて販売された
  • 1555年弘治元年)-近江国から佐々木六角氏が侵攻。千種氏は後藤但馬守賢豊の弟を養子に迎え和睦して千種三郎左衛門と称した。以後千種城は六角氏の北伊勢侵攻の拠点となった。
  • 1568年永禄11年)織田信長の命により、尾張から滝川一益の軍勢が押し寄せ、三岳寺の他、引接寺(天台宗)、慈眼寺(天台宗)、正眼寺(天台宗)、清安寺などが同時に焼き討ちされて消滅し多くの貴重な文化財が失われた。禅林寺 (菰野町)(臨済宗妙心寺派)も焼き討ちされたものの復興し現在に至っている。
  • 1600年慶長5年) - 土方雄氏菰野城に入り菰野藩(1万2千石)を創設し、城下町として発展した。
  • 1871年明治4年) - 廃藩置県により菰野藩が廃藩となり、翌年三重県に編入された。
  • 1928年昭和3年) - 菰野村が町に移行(旧菰野町)する。
  • 1956年(昭和31年) - 菰野町・鵜川原村・竹永村が合併する。
  • 1957年(昭和32年) - 朝明村(前年に千種村と朝上村が合併して誕生した村)と合併し現在の菰野町が誕生する。 初代町長に鵜崎永蔵(2期目に死去)が就任する。
  • 1959年(昭和34年) - 御在所ロープウェイが開通する。
  • 1960年(昭和35年)- 日本カモシカセンターが開園する。2006年(平成18年)11月30日に閉園する。
  • 1963年(昭和38年)- 2代目町長に藤川四郎(4期満了後引退。4期連続無投票当選。名誉町民)が就任する。
  • 1979年(昭和54年)- 3代目町長に鵜崎博(2期)が就任する。
  • 1980年(昭和55年) - 第31回全国育樹祭が開催される。
  • 1987年(昭和62年) - 4代目町長に服部忠行(5期満了後引退)が就任する。
  • 1989年平成元年) - 町営の斎場が完成する。
  • 1992年(平成4年)- 四日市西警察署が完成する。
  • 1993年(平成5年) - 道の駅菰野がオープンする。第17回全国育樹祭が開催される。
  • 1999年(平成11年) - 保健福祉センターけやきが完成する。福祉バス(現コミュニティバス)運行が開始される
  • 2000年(平成12年) - 葬祭会館が開館する。公共下水道の供用が開始する。
  • 2002年(平成14年) - 新庁舎が完成する。
  • 2003年(平成15年) - パラミタミュージアムがオープンする。
  • 2004年(平成16年) - コミュニティバスの運行が開始される。
  • 2005年(平成17年) - 田光のシデコブシ及び湿地植物群落が国の天然記念物に指定される。
  • 2006年(平成18年) - 第1回かもしかハーフマラソンが開催される。
  • 2007年(平成19年) - 5代目町長に石原正敬が就任する。
  • 2008年(平成20年) - 図書館が完成する。

町名の由来 [編集]

この一帯が開拓前、マコモ(真菰・真薦、イネ科の大形多年草)などが生い茂る原野であったことから、「こもの」と命名された。他に薦野、古茂野の表記がある。

人口 [編集]

Demography24341.svg
菰野町と全国の年齢別人口分布(2005年) 菰野町の年齢・男女別人口分布(2005年)
紫色 ― 菰野町
緑色 ― 日本全国
青色 ― 男性
赤色 ― 女性
菰野町(に該当する地域)の人口の推移
1970年 24,187人
1975年 27,546人
1980年 29,373人
1985年 30,775人
1990年 32,263人
1995年 35,117人
2000年 37,972人
2005年 38,986人
2010年 39,973人
総務省統計局 / 国勢調査

行政 [編集]

行政の課題 [編集]

湯の山温泉や御在所岳、自然に囲まれたキャンプ場など観光資源に恵まれた菰野町ではあるが、湯の山温泉の復興は服部町長時代からの長年の課題であり、この問題は容易く解決できることではない。石原町長が就任して以降、菰野町の魅力を伝えるために、自らテレビに出演するなどしている。湯の山温泉に関しては由布院や箱根温泉などの温泉街ではなく、自然に取り囲まれた温泉郷と位置づけた方が無難である。また合併ではなく菰野町単独のままで市制への移行を目指す姿勢に変わりはないが、市制へ移行するための人口の条件などの課題も多い。今後更なる市町村合併や道州制の議論が巻き起こった際にどう対処するのかも検討課題である。

議会 [編集]

  • 菰野町議会(定数18)

※なお、衆議院議員選挙の選挙区は「三重県第3区[1]、三重県議会議員選挙の選挙区は「三重郡選挙区」(定数:2)[2]、となっている。

交通 [編集]

鉄道 [編集]

バス [編集]

高速バス [編集]

一般路線バス [編集]

コミュニティバス・かもしか号

索道 [編集]

道路 [編集]

地域 [編集]

  • 菰野地区 - 町の南部に位置し湯の山街道や近鉄湯の山線が通っていることもあり、菰野町の中心部として発展した。湯の山温泉や御在所岳などの自然もありながら、山を下ると湯の山街道沿いを中心に街が発展し、商業施設などが多数立ち並ぶ。人口が菰野町で一番多い地区である。新庁舎になるまで役場は菰野地区にあった。
  • 千種地区 - 菰野地区と朝上地区の間に位置する。県民の森や朝明キャンプ場などがあり自然豊かな田園地帯だったが、新庁舎の移転により、地区内の潤田地区は市街地に指定され整備途中である。地区の真ん中を南北に国道306号が通る。
  • 朝上地区 - 千種地区の北に位置し、いなべ市と隣接する。八風キャンプ場などがあり自然豊かな田園地帯である。国道306号とミルクロードが通る。
  • 鵜川原地区 - 菰野地区と千種地区の東に位置し、四日市市と隣接する。地区の真中を南北にミルクロードが通る。田園地帯であるが工業団地もある。
  • 竹永地区 - 鵜川原地区の北、朝上地区の東に位置する。ミルクロードが完成して以降、商業施設が数多く建設されている。

新興住宅街 [編集]

  • 竹永地区 - 近年新興住宅街も整備されたので、人口の流入が多い。
  • 朝上地区 - 自然豊かな田園地帯だが、新興住宅も数多く建設され、人口の伸びが大きい。

学校 [編集]

高等学校 [編集]

中学校 [編集]

(いずれも町立)

小学校 [編集]

(いずれも町立)

  • 菰野小学校
  • 千種小学校
  • 鵜川原小学校
  • 朝上小学校
  • 竹永小学校

日本郵政グループ [編集]

(2012年12月現在)

  • 菰野郵便局(菰野)
  • 湯ノ山郵便局(菰野)
  • 千種(ちくさ)郵便局(千種)
  • 朝明(あさけ)郵便局(田光=たびか)
  • 竹永郵便局(永井)
  • 鵜川原(うがはら)郵便局(下村)
  • 菰野大羽根園簡易郵便局(大羽根園柴垣町)
  • 名古屋支店 イオンタウン菰野内出張所(宿野)(ATMのみ/ホリデーサービス実施)
その他簡易郵便局を除く各郵便局にATMが設置されており、菰野郵便局ではホリデーサービスも実施。

※菰野町内の郵便番号は「510-12xx」「510-13xx」で、集配業務はいずれも四日市西郵便局四日市市智積町)が担当している。

名所・旧跡・観光スポット・祭事・催事 [編集]

名所・旧跡 [編集]

観光スポット [編集]

  • 湯の山温泉 - 歴史のある温泉街。映画『男はつらいよ』シリーズ第3作「男はつらいよ フーテンの寅」のロケ地になった。大石内蔵助が討ち入りのため江戸へ行くときに休んだ湯治場[要出典]。蕎麦による町おこしとして、手打ちそば道場をおこなっており、自分で打った蕎麦を食べることができる。
    • 大石公園 - 温泉街にある大きな石の周りに整備された公園。
  • 蒼滝 - 美しい滝。夏には涼を求める人々が訪れる。
  • 御在所岳 - 年間20 - 30万人が訪れる山。鈴鹿山脈一の良峰。紅葉の名所。
  • 御在所ロープウェイ - 御在所岳にかかるロープウェイ。春や夏には鮮やかな緑。秋には美しい紅葉、そして冬には白銀の世界。と、四季折々の美しい景観を見せる。
  • 御在所スキー場 - 県内唯一のスキー場で、地元の小学生達は毎年シーズンになるとスキー教室に訪れる。
  • 朝明渓谷 - 自然の織り成す美しい渓谷美。
  • 尾高高原
  • パラミタミュージアム - 2003年3月に開館した美術館。
  • 熊牧場
  • 三重県民の森

祭事・催事 [編集]

  • 僧兵祭り - 10月上旬。町内最大級の祭り。炎が舞う姿は圧巻。
  • 地蔵盆 - 毎年8月24日(例年8月最終週の土曜日に開催)に東町通りを中心として催され、夜店が数多く立ち並ぶ。

菰野町を舞台とした作品 [編集]

出身有名人 [編集]

ゆるキャラ [編集]

町が特産化を目指す植物「マコモ」のPR役として2月に完成。「マコモはかせ」という愛称だったが、ゲーム「ポケットモンスターブラック・ホワイト」に登場するキャラクターと同じ呼称だったため、制作した菰野町商工会は愛称の使用を取りやめた。学生帽姿が「マコモはかせ」で、野球帽姿は「マコモン」、コック帽姿は「マコック」である。

脚注 [編集]

  1. ^ 衆議院小選挙区図 (PDF) 三重県選挙管理委員会
  2. ^ 県議会議員の選挙区と定数 三重県選挙管理委員会

外部リンク [編集]