名張市

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名張市
なばりし
日章旗 日本
地方 近畿地方東海地方
都道府県 三重県 
団体コード 24208-0
面積 129.76km²
総人口 80,885
推計人口、2008年7月1日)
人口密度 623人/km²
隣接自治体
伊賀市(東も含む)
奈良県山辺郡山添村

西
奈良県宇陀市


津市
奈良県宇陀郡曽爾村

市の木 モミジ
市の花 キキョウ
市の鳥 ウグイス
名張市役所
所在地 〒518-0492 三重県
名張市鴻之台一番町1番地
電話番号 0595-63-7402
外部リンク 名張市

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特記事項:
海抜:225.93m

地震保険料等地区分:4等地
(地震・津波リスク最悪地域)

テンプレート (ノート 解説) 日本の市町村PJ

名張市(なばりし)は三重県西部、伊賀地方に位置するである。

近鉄大阪線の沿線で、大阪都市圏へ約60分の位置にある名張市は大阪府奈良県のベッドタウンと化している。1980年代前半から桔梗が丘団地を始め、多くの大規模住宅地が造成され人口が急増したが、より利便性の高い奈良県香芝市等に土地需要を奪われ、現在は世帯・人口ともに微減傾向。

また、市内には「桔梗が丘」「つつじが丘」をはじめ、花の名を冠する地名が目立つことが特徴である。 伊賀盆地南部に位置し、周囲を山野と渓谷などの美しい自然に囲まれ、四季折々の鳥の鳴き声を聞きながら暮らすことが出来、観光都市と生活都市の両面を併せ持つ。

目次

地理

河川

ダム

歴史

万葉の昔から宿駅として開け、壬申の乱に際して大海人皇子が東国へ逃れる際にも当地を経由した。

墾田永年私財法の施行以降、東大寺荘園として人口の増加が始まり集落として発達しはじめた。その後自治勢力が武装し「黒田の悪党」と呼ばれ荘園支配から逃れようと地主に対抗したことで中世日本史に名を残す地域である。荘園支配に抵抗してはいたが、実際に東大寺との関係は深く、年中行事であるお水取りでは当地で伐採された木材が使用されるなど名残を残す。しかし、宗教文化が実際にこの地に花開いているわけではなく、華々しく飾られた今風の宗教施設のほかは山村地域に枯れた風景を彩る山寺が散見されるのみとなっている。

悪党は独特の戦闘知識や薬学体系を背景に、後に忍者と呼ばれる存在となる。その中でも伊賀忍者の名前はあまりにも有名であるがゆえに、発祥の地は北に隣接する伊賀市であると誤解を受けているが、実際は伊賀地域に広く忍者の生活・活動した跡が見られ、その中でも支配的地位にあった上級の忍者(上忍三家)は名張に拠点を置いていた。(伊賀忍者の技・術・道具などの展示は赤目四十八滝入り口付近にある展示施設にて行われている。)

1579年から1581年にかけ、忍者による陰謀が発端となり織田信長親子による伊賀忍者殲滅作戦、天正伊賀の乱が二度にわたって展開され、名張の地は事実上焦土と化した。現在は「天正乱れ太鼓」などの伝承により当時の様子が物語られている。

現在の街は、伊勢参り宿場町が原型。明治以降も小規模な地方鉄道が出来ただけで、交通の便に恵まれなかったが、1930年に参宮急行電鉄(現在の近鉄大阪線)が開通し、発展の礎となる。1954年3月に市制施行。

その後、大阪方面への通勤者のために大規模な団地が形成され、それに呼応するように郊外型の大型商業施設も相次いで開店した。このため、伊賀市(旧上野市)と共に、伊賀地方の商業の中心として発展を続けている。

市の歴史

  • 昭和29年(1954年)3月:市制施行
  • 昭和39年(1964年):高北新治郎が名誉市民となる。
  • 昭和40年(1965年):桔梗が丘団地の入居開始。
  • 昭和48年(1973年)7月:国道165号線開通
  • 昭和53年(1978年)10月:美旗古墳群が国史跡に指定
  • 平成2年(1990年)9月:人口7万人突破
  • 平成4年(1992年)10月:名張藤堂邸が一般公開
  • 平成6年(1994年)10月:人口8万人突破
  • 平成15年(2003年)2月:伊賀6市町村との合併可否を問う住民投票を実施。結果は反対多数で協議会から脱退。
  • 平成16年(2004年)3月:市制50周年記念

人口

名張市と全国の年齢別人口分布図(比較) 名張市の年齢・男女別人口分布図
紫色は名張市
緑色は日本全国
青色は男性
赤色は女性
総務省統計局 / 国勢調査2005年

名張市政

ロゴ・マスコット類

1999年の市制執行45周年記念に制定された。一覧

  • マスコットキャラクター「なばりのナッキー」(市の花であるキキョウをモチーフにデザイン)
  • 漢字・ひらがな・カタカナ・ローマ字のロゴマークを多数設定。

市長

  • 亀井利克(かめい としかつ)
    • 在任期間:2006年4月~2010年4月
    • 任期数:2

歴代市長

初代・2代市長は名誉市民となった。

  • 初代 北田藤太郎:1954年4月~1974年4月(1976年1月に名誉市民認定)
  • 2代 永岡茂之:1974年4月~1990年4月(1992年10月に名誉市民認定)
  • 3代 富永英輔:1990年4月~2002年4月
  • 4代 亀井利克:2002年4月~現在

過去の問題

3代目市長は在職時に濫用した市の食料費の返還命令を受けたほか、斎場の建設計画にからんだ住民からの訴訟などで2億7,400万円の返還命令を受けている。2007年5月30日の名古屋高裁のでの二審判決では1,998万円に減額されたが原告側の勝訴となった(これを不服として富永元市長は2007年6月11日、最高裁上告)。また、同市長にはリコールを求める署名活動があったが、実際にその署名を集計した梶田市議が「報復を避けるため」と称し独自の判断で署名そのものがなかったことにするなど、この時代の市制には大きな影が落ちている。富永元市長は落選後、自らが誘致した皇學館大學で教職を一時担うなど住民が疑問と感じる行動が未だに多い。

上記斎場移転に関して、斎場の移転先にあった牧場の移転先を富永市長が先行取得し、それを高額で市に売却するなどの問題があった。またこの牧場の移転先は保護林であり、オオタカの営巣地であったため多くの自然保護関係者が綿密な調査を求め保護を要請したが、直後と言っても良いタイミングでこの営巣木が伐採される事件があった。

市制の状況

3代目市長富永英輔の金銭問題の反省を受けて、以降の市制は情報の開示を積極的に行っている。

市役所が旧市街地から現在の鴻之台に移転し、それに伴い主要な役所も相次いで旧市街から移転したため、それまで経済の中心地だった旧市街地域は古いたたずまいを残すも経済の中心地たる地位を維持できず、商業地域の中心は国道165号線沿線地域および大規模造成地である桔梗が丘へと移り変わって行った。現在、市はこの旧市街区の経済活性化を目標に、文化・観光資源としての利用を検討している。

伊賀市エリアとの合併否決により、今後の安定した市制施行のための財源を確保するためあらゆる支出の見直しを市当局は行っているが、過剰な支出削減が引き起こす行政サービスの低下に危惧する声も少なくはない。

経済

産業

農業

稲作・ぶどう・いちごなど。ぶどう・いちごは、観光農園として青連寺湖周辺で行われている。京阪神・名古屋方面からの集客もあり。また、水が綺麗で日本酒づくりも行われている。酒蔵複数あり。

工業

市内に工業団地が複数造成され(八幡工業団地、蔵持工業団地など)、コクヨ、藤森工業、ノーベル製菓、ニッタ、フジシール、トステムなどが工場を建設、稼動。

商業

宿場町であったことと、数ある観光資源、自然が残っていることを生かした観光関連業。関西と東海の中間点であることから、関西系(オークワ・万代・ジャスコ)、東海系(マックスバリュ中部、ユニー【アピタ】、ビバホーム)がそれぞれ出店。日清食品のきつねどん兵衛の東日本仕様と西日本仕様が同じ市内で買える。同様に、関西限定品と東海限定品が同時に購入可能なことも多い。

人口急増が十年以上続いたため、成長市場として国道165号線沿線に大店舗の出店を計画する企業があとを絶たない状況が続いているが、人口、および商圏の拡大が昨今伸び止まりの傾向が見られたことや大店舗同士の競争の激化などで人知れず閉店している店舗も数多い。

金融機関

姉妹都市・提携都市

国内

  • なし

海外

  • なし

教育

大学・短期大学

高等学校

地理的に、ごく一部の国公立大学を除けば通学範囲にあると言い難い。そのため、地元に優秀な難関大学の大学生が居住することがなく、教育への意識は都市部からの移住者以外は低いものになっている。隣接する奈良県の県立高校へは原則進学できない。 名張高校、名張桔梗丘高校はどちらも学力向上フロンティア事業の参加校となっている。

中学校

小学校

  • 赤目小学校
  • 梅が丘小学校
  • 桔梗が丘小学校
  • 桔梗が丘東小学校
  • 桔梗が丘南小学校
  • 国津小学校 市内のどこからでも通える小規模特認校
  • 蔵持小学校
  • 薦原小学校
  • すずらん台小学校
  • 滝之原小学校
  • つつじが丘小学校
  • 長瀬小学校
  • 名張小学校
  • 錦生小学校
  • 比奈知小学校
  • 箕曲小学校
  • 美旗小学校
  • 百合が丘小学校

養護学校

  • 伊賀つばさ学園

専門学校

  • 名張市立看護専門学校

教育に関する過去の問題

過去、名張高校が地元の優秀な高校であったことを懐かしみ、名張高校の復権を願った現・梶田市議を発起人としたOB達が市政に関与。名張市内の中学に通う生徒を伊賀地区から出さないような進路指導を行うよう、市の方針として市立中学に要請したことがある(1984年から突如開始)。これらは明らかに人権侵害に類するものであるため、中学校によっては非常に緩やかに施行されたが、市教委の影響の強い名張中学校などでは県外および津市内の県立高校への進学を希望する生徒に対し、「非常に厳しい進路指導」を行った。この施策のターゲットは、第二学校群と当時言われた津高校津西高への進学希望者であった。

結果として、優秀な中学生は比較的楽に地元高校への進学ができる形となったが、その後当地域では国公立大学や難関私立大学への進学実績において目立った向上がなかった。中には逆に進学成績を落とし、そのまま現在に至るまで回復出来なくなっている高校も存在する。

公共施設

警察

消防

図書館

交通

鉄道

  • 近畿日本鉄道
    近鉄大阪線では名阪ノンストップ特急を除けばすべての列車が名張駅に停車する。また時間帯によるが桔梗が丘駅にも特急が停車する。特急を利用しての大阪市内(上本町駅)への到達時間は50分強、特急料金の要らない快速急行・区間快速による大阪市内への到達時間は最短で1時間10分程度である。このため、名張市内から、大阪市内・堺市八尾市東大阪市などへの通勤・通学者が多い。
    津・名古屋方面は直通の特急を利用すれば津まで30分、名古屋まで1時間20分で到着するが、多くは途中の伊勢中川駅で乗り継ぎをしなければならない。しかし、スムーズな乗り継ぎとなるよう、ダイヤが組まれており所要時間に大きな差はない。特急料金の要らない急行(近鉄山田線・名古屋線には快速急行の設定がないため、名張以東では快速急行の名称は用いられない)での津への到達時間は50分強、名古屋までには2時間以上を要する。
    西名張駅は当初、名張駅を名乗っていた。参宮急行電鉄建設の際、当初はこの初代名張駅を経由する計画であったが、この時に駅周辺で利権屋による土地の買占めなどが起こったため、参宮急行電鉄ではこの駅の南側である市街地外れに路線を設置、こちらに現在の名張駅を置いて、初代の名張駅を西名張駅に改めた。

高速バス

一般路線バス

道路

メディア等

  • 在阪広域民放テレビ局4局の電波も直接受信可能な地域が多く、受信可能なチャンネルの多さは日本有数の地域である。兵庫県独立U局サンテレビも含めてケーブルテレビ配信も行われている。昨今ではケーブルテレビが発達し、OTAでのチャンネル数についての利便性は昨今言及されることは少なくなっている。大阪・奈良方面との繋がりが深い事もあって、本来の放送エリアである在名広域民放テレビ局ではなく、そちらを選択して視聴している世帯も少なくない。
  • 地上波デジタル放送は、総務省の指導で在阪局の伊賀方面の出力が抑えられたことから、在名・県域テレビの名張中継局によるサービスが主となる。これに対しては、主に大阪・奈良方面へ通勤・通学している視聴者から『繋がりの深い地域の情報が得られなくなる』との批判の声もある。
  • 電話は0595(上野MA)区域である。
  • 2006年春にFMなばり(83.5MHz)が開局し、伊賀地区初のコミュニティFMが誕生。

名所・旧跡・観光スポット・祭事・催事

名所・旧跡

レジャー

観光

祭り

  • 蛭子まつり:2月8日(蛭子神社)
  • 愛宕の火祭り:7月下旬

出身有名人

ゆかりの人物

  • 観阿弥 - 能楽者。伊賀国小波多(現・名張市小波田)にて創座。

その他

ウィキメディア・コモンズ