伊賀上野駅

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伊賀上野駅*
駅舎
駅舎
いがうえの - Iga-Ueno
所在地 三重県伊賀市三田
所属事業者 JR西日本旅客鉄道(JR西日本)
伊賀鉄道
電報略号 ヘノ
駅構造 地上駅
ホーム 2面4線
乗車人員
-統計年度-
(JR西日本)716人/日
(伊賀)388人/日(降車客含まず)
-2012年-
開業年月日 1897年明治30年)1月15日(JR)
1916年大正5年)8月8日(伊賀)
乗入路線 2 路線
所属路線   V   関西本線(JR西日本)
キロ程 94.5km(名古屋起点)
亀山から34.6km
佐那具 (4.0km)
(7.3km) 島ケ原
所属路線 伊賀線**
キロ程 0.0km(伊賀上野起点)
(0.8km) 新居
備考 共同使用駅(JR西日本の管轄駅)
直営駅
みどりの窓口
* 関西本線の駅は1916年まで上野駅。伊賀線の駅は1920年に共同使用駅へ移行するまでは上野駅連絡所。
** 2007年近鉄より運営移管。

伊賀上野駅(いがうえのえき)は、三重県伊賀市三田にある、西日本旅客鉄道(JR西日本)・伊賀鉄道である。

概要[編集]

JR西日本の関西本線と、当駅を起点とする伊賀鉄道伊賀線の接続駅となっている。JR西日本および伊賀鉄道の共同使用駅で、JR西日本が管理している。駅業務はJR西日本が担当し、関西本線非電化区間(亀山駅 - 加茂駅間)の途中駅としては、亀山鉄道部が管理している唯一の直営駅である[1]

駅構造[編集]

地上駅であり、切欠ホームの1番のりばがある単式ホームの2番のりばと、島式ホームの3・4番のりばの複合型2面4線のホームを持つ。伊賀鉄道が1番のりば、JRが2・3・4番のりばを使用している。駅舎は2番ホーム側にあり、島式ホームへは跨線橋で結ばれている。2・3番のりばは場内信号機・出発信号機が一方向のみの設置であり、逆線入線ができないが、4番のりばのみ双方向に設けられている。そのため、当駅折り返しの加茂方面行きは4番のりばを使っている(線路保守目的を兼ねた亀山方面行き列車の停車も少ないながらある)。

自動券売機があり、JRの券売機で伊賀鉄道の乗車券も発売(近鉄時代と同様)、伊賀鉄道唯一の磁気券となる。ホーム上には伊賀鉄道からJRに乗り換える利用客向けの券売機が設置されており、JRの乗車券が販売されている。 便所は2番ホーム上亀山寄りにあり、バリアフリー対応・男女別の水洗式2007年に改築されるまでは男女共用の汲取式であった。改札外の公衆便所も同じ建物にある(改札内側とは壁で仕切られている)。

伊賀鉄道ホームの駅名標はJR仕様のものが使われていて、吉野口駅近鉄吉野線ホームとは異なり、JRロゴも入っている。

ホーム 路線 方向 行先 備考
1 伊賀線 下り 上野市伊賀神戸方面
2   V   関西本線 下り 加茂奈良方面  
3   V   関西本線 上り 柘植亀山方面  
4   V   関西本線 下り 加茂・奈良方面 当駅始発のみ
上り 柘植・亀山方面 一部列車のみ

名古屋と大阪の中間駅[編集]

表形式の近距離きっぷ運賃表があり、かつ、名古屋駅金山駅大阪環状線の全駅が100km以内となる駅は全国で当駅だけである。なお、伊賀市の中心駅は当駅ではなく上野市駅である。

利用状況[編集]

2012年度の1日平均の乗車人員はJR西日本が約716人、伊賀鉄道が388人(JRからの乗り継ぎ人員を含む)である[2]

伊賀鉄道は2005年11月8日の調査結果によると、1日の利用客は986人。この数字は伊賀線の駅(14駅、伊賀神戸駅含む)の中では、4位。伊賀鉄道発足後初となる2008年11月14日の調査結果によると、1日の利用客は763人。この数字は伊賀線の駅(14駅、伊賀神戸駅含む)の中では、4位。

表中、最高値を赤色で、最高値を記録した年度以降の最低値を青色で、最高値を記録した年度以前の最低値を緑色で表記している。

年度別利用状況(伊賀上野駅)
年 度 伊賀鉄道 西日本旅客鉄道 特記事項
当駅分輸送実績(乗車人員):人/年度 乗降人員調査結果
人/日
一日平均
乗車人員
通勤定期 通学定期 定期外 合 計 調査日 調査結果
1950年(昭和25年) 506,760 ←←←← 247,795 754,555        
1951年(昭和26年) 551,610 ←←←← 287,435 839,045        
1952年(昭和27年) 500,730 ←←←← 220,392 721,122        
1953年(昭和28年) 463,950 ←←←← 178,360 642,310        
1954年(昭和29年) 399,600 ←←←← 207,025 606,625        
1955年(昭和30年) 384,930 ←←←← 236,760 621,690        
1956年(昭和31年) 366,480 ←←←← 189,191 555,671        
1957年(昭和32年) 305,070 ←←←← 162,210 467,280        
1958年(昭和33年) 288,540 ←←←← 151,677 440,217        
1959年(昭和34年) 229,620 ←←←← 136,597 366,217        
1960年(昭和35年) 248,910 ←←←← 123,848 372,758        
1961年(昭和36年) 228,930 ←←←← 102,146 331,076        
1962年(昭和37年) 262,620 ←←←← 179,996 442,616        
1963年(昭和38年) 313,950 ←←←← 121,902 435,852        
1964年(昭和39年) 345,210 ←←←← 127,996 473,206        
1965年(昭和40年) 353,700 ←←←← 138,590 492,290        
1966年(昭和41年) 402,240 ←←←← 122,499 524,739        
1967年(昭和42年) 389,130 ←←←← 120,275 509,405        
1968年(昭和43年) 357,930 ←←←← 143,753 501,683        
1969年(昭和44年) 477,510 ←←←← 182,054 659,564        
1970年(昭和45年) 378,900 ←←←← 192,100 571,000        
1971年(昭和46年) 433,650 ←←←← 157,815 591,465        
1972年(昭和47年) 428,190 ←←←← 127,610 555,800        
1973年(昭和48年) 463,890 ←←←← 141,672 605,562        
1974年(昭和49年) 436,530 ←←←← 165,965 602,495        
1975年(昭和50年) 388,770 ←←←← 116,147 504,917        
1976年(昭和51年) 381,870 ←←←← 125,112 506,982        
1977年(昭和52年) 376,860 ←←←← 134,114 510,974        
1978年(昭和53年) 368,220 ←←←← 129,553 497,773        
1979年(昭和54年) 366,090 ←←←← 133,886 499,976        
1980年(昭和55年) 344,040 ←←←← 124,307 468,347        
1981年(昭和56年) 301,830 ←←←← 108,009 409,839        
1982年(昭和57年) 271,320 ←←←← 108,632 379,952 11月16日 1,618    
1983年(昭和58年) 250,920 ←←←← 102,077 352,997 11月8日 1,458    
1984年(昭和59年) 254,400 ←←←← 110,282 364,682 11月6日 1,417    
1985年(昭和60年) 240,750 ←←←← 101,912 342,662 11月12日 1,298    
1986年(昭和61年) 224,790 ←←←← 90,203 314,993 11月11日 1,331    
1987年(昭和62年) 223,950 ←←←← 84,175 308,125 11月10日 1,321    
1988年(昭和63年) 221,560 ←←←← 84,221 295,781 11月8日 1,284    
1989年(平成元年) 249,900 ←←←← 85,591 335,491 11月14日 1,387    
1990年(平成2年) 264,000 ←←←← 86,116 350,116 11月6日 1,417    
1991年(平成3年) 272,730 ←←←← 86,739 359,469        
1992年(平成4年) 259,740 ←←←← 86,047 345,787 11月10日 1,413    
1993年(平成5年) 228,330 ←←←← 86,932 315,262        
1994年(平成6年) 219,060 ←←←← 85,469 304,529        
1995年(平成7年) 225,750 ←←←← 84,136 309,886 12月5日 1,160    
1996年(平成8年) 236,400 ←←←← 80,589 316,989        
1997年(平成9年) 237,510 ←←←← 79,958 317,468     1,192  
1998年(平成10年) 225,690 ←←←← 71,639 297,329     1,188  
1999年(平成11年) 237,090 ←←←← 59,692 296,782     1,146  
2000年(平成12年) 236,280 ←←←← 50,717 286,997     1,098  
2001年(平成13年) 205,830 ←←←← 46,561 252,391     998  
2002年(平成14年) 201,930 ←←←← 44,960 246,890     974  
2003年(平成15年) 183,780 ←←←← 41,282 225,062     989  
2004年(平成16年) 172,530 ←←←← 39,000 211,530     929  
2005年(平成17年) 168,690 ←←←← 39,021 207,711 11月8日 986 918  
2006年(平成18年) 155,100 ←←←← 36,982 192,082     860  
2007年(平成19年) 173,790 ←←←← 37,617 211,407     857  
2008年(平成20年) 136,530 ←←←← 59,382 195,912 11月14日 763 791  
2009年(平成21年) 116,400 ←←←← 49,622 166,022     752  
2010年(平成22年) 106,650 ←←←← 47,564 154,214 11月9日 691 731  
2011年(平成23年) 100,260 ←←←← 46,014 146,274 726  
2012年(平成24年) 97,440 ←←←← 44,089 141,529 716  

駅周辺[編集]

  • リクシル上野工場(旧INAXのタイル製造工場)
  • 伊賀上野駅前郵便局
  • 伊賀市立三田小学校
  • 柘植川

バス路線[編集]

三重交通(伊賀上野駅前)

歴史[編集]

JR西日本[編集]

伊賀鉄道[編集]

  • 1916年(大正5年)8月8日 - 伊賀軌道(のちの伊賀鉄道[3]→伊賀電気鉄道)の上野駅連絡所として開業。
  • 1920年(大正9年)3月 - 上野駅連絡所廃止、国有鉄道伊賀上野駅に統合し業務委託。
  • 1929年(昭和4年)3月31日 - 伊賀電気鉄道が大阪電気軌道に合併し、同社の駅となる。
  • 1931年(昭和6年)9月26日 - 伊賀線が参宮電気鉄道に譲渡され、同社の駅となる。
  • 1941年(昭和16年)3月15日 - 参宮急行電鉄が大阪電気軌道と合併、新発足した関西急行鉄道の駅となる。
  • 1944年(昭和19年)6月1日 - 戦時統合により関西急行鉄道が近畿日本鉄道に改組され、同社の駅となる。
  • 2007年平成19年)10月1日 - 伊賀線が近鉄より経営分離され、伊賀鉄道[3]の駅になる。

その他[編集]

  • 忍者ハットリくんの映画「ニンニンふるさと大作戦の巻」にて、この駅から三重交通バスに乗車する描写がある。
    •  ただし、原作版では当駅からさらに近鉄伊賀線(当時)に乗り換えて上野市駅まで向かう描写となっている。
  • かつては、急行かすが号特急あすか号の停車駅でもあった。

隣の駅[編集]

西日本旅客鉄道
  V   関西本線
佐那具駅 - 伊賀上野駅 - 島ケ原駅
伊賀鉄道
伊賀線
伊賀上野駅 - 新居駅

脚注[編集]

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  1. ^ 当駅以外は簡易委託駅または無人駅
  2. ^ 三重の統計 みえDataBox/統計書 10運輸・通信 - 三重県
  3. ^ a b 1917年12月20日に伊賀軌道から社名を変更した「伊賀鉄道」と、2007年3月26日に設立された「伊賀鉄道」とは関係ない

関連項目[編集]

外部リンク[編集]