伊勢中川駅

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伊勢中川駅*
西口
西口
いせ なかがわ - ISE-NAKAGAWA
所在地 三重県松阪市嬉野中川新町一丁目93
所属事業者 近畿日本鉄道(近鉄)
電報略号 ナカ
駅構造 地上駅
ホーム 5面6線
乗車人員
-統計年度-
3,708人/日(降車客含まず)
-2012年-
開業年月日 1930年昭和5年)5月18日
乗入路線 3 路線
所属路線 大阪線
キロ程 108.9km(大阪上本町起点)
川合高岡 (4.5km)
所属路線 名古屋線
キロ程 78.8km(**近鉄名古屋起点)
桃園 (3.3km)
所属路線 山田線
キロ程 0.0km(伊勢中川起点)
(3.0km) 伊勢中原
備考 各線直通運転実施
* 1941年に参急中川駅から改称。
** 正式な起点は当駅。
4・5番線ホーム南端からみた構内
(右端が1番線)
大阪、名古屋方面の構内配線
(右が名古屋線)
その奥に中川短絡線がある。
賢島方面の構内配線
ホームの移動は階段のほか、車内を通って移動することも可能

伊勢中川駅(いせなかがわえき)は、三重県松阪市嬉野中川新町一丁目にある近畿日本鉄道(近鉄)のである。旧国名の冠を外して中川駅とも言う。

概要[編集]

当駅は、大阪名古屋志摩方面の接続点であり、大阪線名古屋線山田線の3線が交差する近鉄の重要な輸送上の要所となっている。大阪線は当駅が終点、名古屋線・山田線は当駅が起点である。ただし名古屋線については列車運行上は近鉄名古屋駅を起点としている。

駅長が置かれ、大阪線の東青山駅から当駅間と、山田線の当駅から東松阪駅間を管理している[1]

駅構造[編集]

5面6線のホームを持つ地上駅改札口・コンコースは地下に、ホームは地上にある。改札口は1ヶ所のみ。駅の下を東西に走る地下道があり(歩行者通行専用)、そこに改札口が設けられる。東西両口から地下道へ降りる際には、エスカレーターエレベーターとスロープも設置されており、地下改札内と各ホームの間には階段とエレベーターがある。

のりば[編集]

東側から以下のようにホームが並んでいる。線路は1番線から6番線まである。

  • 1・2番線ホーム(島式、2番線は普通列車の降車限定)
  • 2・3番線ホーム(島式)
  • 3・4番線ホーム(島式)
  • 4・5番線ホーム(島式)
  • 6番線ホーム(単式)

以上のように、1 - 5番線間には全てホームがあり、2 - 4番線は両側をホームで挟まれる構造になっている。これは、かつて名古屋線が狭軌であった当時に名古屋線・大阪線間の乗り継ぎをスムーズにするための所産であるが、現在も両側の扉を開いて複数の乗り換えに対応させたり、停車中の列車を通り抜けてホーム間を平面移動できる。これについて鉄道評論家の川島令三は、「理想的な乗換駅の構内形態」であると評価している[2]

3・4番線の列車は両扉扱いを実施。名古屋線・大阪線間の特急・急行での乗り継ぎはほとんど同一ホーム上で可能である。2番線については普通列車発着時のみ1番線側から降車できる。なお、唯一単式ホームとなっている6番線は早朝・深夜帯を除く大阪線の普通列車が主として発着する。

実用上は下表のように使われているが、実際の旅客案内では下記のような明確な案内は敢えて行っておらず、その都度構内の液晶モニターで確認させ、それと並行して係員が列車毎に細かく案内する形を取っている。そのような事情もあり、自動放送は導入されていなかったが、2010年2月16日に、自動放送の運用が開始された。

1 山田線 宇治山田鳥羽賢島方面 (普通のみ)
名古屋線 四日市名古屋方面 (始発の普通のみ)
2・3 山田線 宇治山田・鳥羽・賢島方面
名古屋線 津・四日市・名古屋方面 (始発のみ)
大阪線 大阪神戸奈良京都方面 (始発の急行・一部の普通)
4・5 名古屋線 津・四日市・名古屋方面
大阪線 大阪・神戸・奈良・京都方面
6 大阪線 東青山名張方面 (普通のみ)

なお、大阪方面からは1・2・3・6番線(本線扱いは3番線)、名古屋方面からは1・2・3番線(本線扱いは2番線)、賢島方面からは4・5・6番線(本線扱いは5番線)へ入線可能。大阪・名古屋方面へは1 - 6番線全てから、賢島方面へは1 - 3番線から発車可能。ただし、急行以上の種別は当駅始発でない限り、下りは3番線、上りは4番線に入ることが多い(両扉扱いが可能なため)。

ダイヤによっては、名古屋発中川止まりの急行を2番線、大阪上本町行き急行を4番線に入れることがある。この場合、3番線に普通を停車させ両側の扉を開けており、乗客はその車内を通り抜けて乗り換えることができる。当駅を通過する列車(阪伊甲特急名伊甲特急など)もあるが、分岐器による速度制限を受けるため、低速で通過する。

配線図[編集]

近畿日本鉄道 伊勢中川駅 構内配線略図
名古屋線
四日市名古屋方面
近畿日本鉄道 伊勢中川駅 構内配線略図
山田線
宇治山田鳥羽
賢島方面
大阪線
上本町難波京都方面
凡例
出典:[3]、および、[4]
1・2番ホームの2番のりば(白線クロスハッチ部分)は普通列車の降車専用



中川短絡線[編集]

宮古分岐と中川短絡線(大阪側より)

駅構内に、名古屋線・大阪線間を短絡する中川短絡線がある。この短絡線は伊勢中川駅の一部であって、信号場ではない。ただし、大阪線側の分岐点は宮古分岐、名古屋線側の分岐点は黒田分岐の名称がある。

短絡線を経由する列車はプラットホームを通らないが、伊勢中川駅構内を通過しているので、運賃・料金は単純に伊勢中川駅で折り返したとみなして計算する。

設置の経緯[編集]

この短絡線は、名阪特急の伊勢中川駅でのスイッチバックのための運転停車の不便を避け、途中無停車での名阪特急の運転を可能とするために敷設された。初期の計画の中には久居駅付近から川合高岡駅付近を短絡する案も存在したが、用地買収の困難さや雲出川架橋などの出費を考慮して、伊勢中川駅付近の最短距離を結ぶことに決定した。

1961年3月29日に使用を開始。当初は名阪甲特急(いわゆるノンストップ特急)のみが短絡線を利用し、名阪乙特急(沿線主要駅停車の特急)は従来どおり伊勢中川駅でスイッチバックを行っていたが、1963年9月21日から乙特急も短絡線を使用するようになった。[5]

急カーブを徐行するため短絡効果はあまり高くないが、乗客が伊勢中川駅で方向転換をするため、座席の向きを反転させる手間を要していたのを解消するという、サービス面での効果が得られた。

1961年に完成した短絡線には、雲出川の支流である中村川を跨ぐコンクリート橋梁の部分があるが、この構造は中村川の治水に不十分であった。そのため国土交通省の補助を受けて橋梁の架け替え工事を2002年から行い、2012年1月21日に完成して供用を開始した。これにより橋梁部分の改良のみならず、短絡線の曲線半径がR=160mからR=200mへと大きくなった[6]。制限速度も架け替え前の35km/hから50km/hに向上したが、これに伴うスピードアップは行なわれていない。

運用形態[編集]

近鉄名古屋駅や難波線の各駅が地下駅となっている関係上、難波線内と名古屋線内における編成の向きを統一する必要があるため、近鉄の特急車の「向き」は、中川短絡線を通る名阪特急を基準にしている。そのため、大阪線と名古屋線を直通する特急車は必ず中川短絡線を経由し、伊勢中川駅ではスイッチバックしない。この関係上、伊勢中川-賢島間では大阪線系統と名古屋線系統の特急は編成の向きが異なり[7] 、原則として名伊特急が折り返し阪伊・京伊特急になる、あるいは阪伊・京伊特急が折り返し名伊特急になる運用はない。

大阪線から名古屋線に直通する料金不要列車として1本のみ存在する名張発名古屋行の急行は、直通に際してこの短絡線を使用せず[8]、当駅に停車してスイッチバックを行ったのち、名古屋線に入線する。

過去に名阪甲特急の乗務員は富吉列車区(名古屋線運転士)と高安列車区(大阪線運転士)から1名ずつ計2名乗務し、短絡線上を徐行で通過する間に引き継ぎ交代を行っていた(交代中はカーテンがひかれ、乗客には見えないようにしていることが多かった)。それぞれ担当区間の運転を行い、区間外では車掌業務を行っていたが、2012年3月20日のダイヤ変更で甲特急を含む全列車が名古屋線の津駅に停車するようになってからは同駅で乗務員の交代が行われるようになったため、このような短絡線通過中の交代は見られなくなった。

特徴[編集]

  • 名阪特急(短絡線経由のため)としまかぜと阪伊・名伊甲特急(いずれも本数少)以外の列車が停車する。
  • 自動改札機は3台全てが日本信号製の赤い自動改札機(GX7)である(出場時2枚一括処理・PiTaPaICOCA対応)。
  • 自動精算機はタッチパネル式高額紙幣・ICカードチャージ対応機。
  • スルッとKANSAI対応カード及びJスルーカードは本来対応エリア外のため使用できないが、乗車券用自動券売機にこれらのプリペイドカードを挿入することにより切符を購入することができる(このことは公式にはアナウンスされていない)
  • 特急券及び定期券の購入が可能。(窓口及び自動券売機)
  • 駅所在地が嬉野町だった頃に当時の住民から「嬉野駅」へ駅名変更の要望があったが立ち消えになった。
  • 大阪上本町行き、大阪難波行きの列車は「大阪(方面)行き」とアナウンスされることがある。
  • 当駅止まりの設定列車がこの駅に到着後、行き先を変更して引き続き延長運転される列車設定が存在する。
  • 2004年に完成した駅改良工事前は6番線ホームの大阪・名古屋寄りに駅舎があった。また6番線ホームは以前は宇治山田寄りに伸びていたが、駅改良工事と同時に短縮された。
  • 京都行しまかぜが運行される日は、当駅で鳥羽駅を先に発車した特急が当駅停車中にしまかぜに追い抜きされ、特急が特急に追い抜きされるという私鉄の定期列車においても近鉄しかない同格待避を見ることが出来る。

利用状況[編集]

「三重県統計書」によると、1日の平均乗車人員は以下の通りである。この数字には各線の乗り換え客は含まれていない。

年度 一日平均
乗車人員
1997年 3,420
1998年 3,292
1999年 3,274
2000年 3,298
2001年 3,291
2002年 3,307
2003年 3,293
2004年 3,370
2005年 3,529
2006年 3,660
2007年 3,784
2008年 3,803
2009年 3,715
2010年 3,696
2011年 3,695
2012年 3,708
  • 伊勢中川駅の利用状況の変遷を下表に示す。
    • 輸送実績(乗車人員)の単位は人であり、年度での総計値を示す。年度間の比較に適したデータである。
    • 乗降人員調査結果は任意の1日における値(単位:人)である。調査日の天候・行事等の要因によって変動が大きいので年度間の比較には注意を要する。
      • 2008年11月18日の調査結果によると、1日の利用客は7,323人(前回2005年11月8日の調査では6,843人)。
        • 近鉄の全調査対象駅(287駅)中、94位。
        • 大阪線の駅(48駅、他線接続駅含む)の中では、18位。
        • 名古屋線の駅(44駅、他線接続駅含む)の中では、12位。
        • 山田線・鳥羽線・志摩線の駅(33駅、他線接続駅含む)の中では、3位。
        • 三重県内の近鉄の駅(116駅、但し調査当時の数)の中では、13位。
    • 表中、最高値を赤色で、最高値を記録した年度以降の最低値を青色で、最高値を記録した年度以前の最低値を緑色で表記している。
年度別利用状況(伊勢中川駅)
年 度 当駅分輸送実績(乗車人員):人/年度 乗降人員調査結果
人/日
特 記 事 項
通勤定期 通学定期 定期外 合 計 調査日 調査結果
1950年(昭和25年) 241,170 ←←←← 222,164 463,334      
1951年(昭和26年) 275,520 ←←←← 238,551 514,071      
1952年(昭和27年) 306,000 ←←←← 236,579 542,579      
1953年(昭和28年) 275,010 ←←←← 263,190 538,200      
1954年(昭和29年) 298,680 ←←←← 282,628 581,308      
1955年(昭和30年) 300,300 ←←←← 280,926 581,226      
1956年(昭和31年) 317,940 ←←←← 294,056 611,996      
1957年(昭和32年) 351,180 ←←←← 263,657 614,837      
1958年(昭和33年) 352,560 ←←←← 314,402 666,962      
1959年(昭和34年) 381,660 ←←←← 310,240 691,900      
1960年(昭和35年) 439,650 ←←←← 299,657 739,307      
1961年(昭和36年) 518,580 ←←←← 295,622 814,202      
1962年(昭和37年) 582,030 ←←←← 306,001 888,031      
1963年(昭和38年) 620,280 ←←←← 298,585 918,865      
1964年(昭和39年) 702,510 ←←←← 302,213 1,004,723      
1965年(昭和40年) 733,290 ←←←← 306,760 1,040,050      
1966年(昭和41年) 706,050 ←←←← 283,360 989,410      
1967年(昭和42年) 747,430 ←←←← 284,300 1,031,730      
1968年(昭和43年) 762,570 ←←←← 323,071 1,085,641      
1969年(昭和44年) 771,420 ←←←← 339,410 1,110,830      
1970年(昭和45年) 855,060 ←←←← 373,796 1,228,856      
1971年(昭和46年) 857,460 ←←←← 406,205 1,263,665      
1972年(昭和47年) 876,600 ←←←← 436,289 1,312,889      
1973年(昭和48年) 896,640 ←←←← 476,071 1,372,711      
1974年(昭和49年) 918,120 ←←←← 504,371 1,422,491      
1975年(昭和50年) 928,100 ←←←← 486,165 1,409,265      
1976年(昭和51年) 887,280 ←←←← 461,872 1,349,152      
1977年(昭和52年) 871,740 ←←←← 474,073 1,345,813      
1978年(昭和53年) 847,260 ←←←← 487,509 1,334,769      
1979年(昭和54年) 881,070 ←←←← 481,391 1,362,461      
1980年(昭和55年) 922,740 ←←←← 490,975 1,413,715      
1981年(昭和56年) 937,500 ←←←← 478,316 1,415,816      
1982年(昭和57年) 917,940 ←←←← 480,663 1,398,603 11月16日 6,634  
1983年(昭和58年) 927,510 ←←←← 479,889 1,407,399 11月8日 6,759  
1984年(昭和59年) 901,950 ←←←← 463,835 1,365,785 11月6日 6,523  
1985年(昭和60年) 906,090 ←←←← 463,314 1,369,404 11月12日 6,558  
1986年(昭和61年) 912,120 ←←←← 463,196 1,375,316 11月11日 6,956  
1987年(昭和62年) 933,990 ←←←← 448,776 1,382,766 11月10日 6,681  
1988年(昭和63年) 931,470 ←←←← 460,052 1,391,522 11月8日 6,790  
1989年(平成元年) 908,610 ←←←← 471,572 1,380,182 11月14日 6,640  
1990年(平成2年) 927,450 ←←←← 482,609 1,410,059 11月6日 6,939  
1991年(平成3年) 929,880 ←←←← 485,009 1,414,889      
1992年(平成4年) 930,810 ←←←← 491,598 1,422,408 11月10日 6,937  
1993年(平成5年) 921,030 ←←←← 496,003 1,417,063      
1994年(平成6年) 1,009,590 ←←←← 490,737 1,500,327      
1995年(平成7年) 903,090 ←←←← 455,875 1,358,965 12月5日 6,392  
1996年(平成8年) 876,030 ←←←← 454,502 1,330,532      
1997年(平成9年) 814,830 ←←←← 433,289 1,248,119      
1998年(平成10年) 783,900 ←←←← 417,709 1,201,609      
1999年(平成11年) 770,070 ←←←← 428,245 1,198,315      
2000年(平成12年) 769,890 ←←←← 434,026 1,203,916      
2001年(平成13年) 774,240 ←←←← 427,137 1,201,377      
2002年(平成14年) 778,470 ←←←← 428,559 1,207,029      
2003年(平成15年) 780,240 ←←←← 425,170 1,205,410      
2004年(平成16年) 780,060 ←←←← 449,872 1,229,932      
2005年(平成17年) 813,390 ←←←← 474,851 1,288,241 11月8日 6,843  
2006年(平成18年) 856,140 ←←←← 479,676 1,335,816      
2007年(平成19年) 884,130 ←←←← 500,947 1,385,077      
2008年(平成20年) 891,030 ←←←← 496,905 1,387,935 11月18日 7,323  
2009年(平成21年) 879,960 ←←←← 476,064 1,356,024      
2010年(平成22年) 868,590 ←←←← 480,359 1,348,949 11月9日 7,058  
2011年(平成23年) 868,980 ←←←← 483,516 1,352,496      
2012年(平成24年) 857,250 ←←←← 496,019 1,353,269 11月13日 6,876  

駅周辺[編集]

駅としての知名度や拠点性の高さの割に閑静な駅周辺だったが、21世紀になってから駅周辺の再開発が進んでいる。駅の西側は民営の駐車場駐輪場、住宅などがあったが、駅前広場や銀行マンションが建設されている。東側は水田地帯であったが、バス発着場やマンションもでき、急速に市街化が進行している。主な施設は次のとおり。

駅の南側にある伊勢中川2号踏切は、時間帯によって40分以上開かない開かずの踏切である。[9]

バス路線[編集]

松阪市コミュニティバス 三雲地域 たけちゃんハートバス

  • 小舟江・三雲地域振興局・五主 方面 (1日5往復・平日のみ運行)

松阪市嬉野おおきんバス

  • 上小川 行(3往復。曜日により下記2ルートを運行)
    • Aルート(月・水・金運行):嬉野地域振興局・嬉野中学校経由、当駅前止
    • Bルート(火・木・土運行):薬王堂病院経由、当駅を通り嬉野地域振興局が起終点

2011年8月29日にそれまでの三重交通の一般路線(72系統嬉野線)をコミュニティバスに転換した。

歴史[編集]

  • 1930年昭和5年)
    • 5月18日 - 参宮急行電鉄の参急中川 - 松阪間、参急中川 - 久居間(津線)開通時に参急中川駅として開業。
    • 11月19日 - 参宮急行電鉄の佐田(現・榊原温泉口) - 参急中川間開通。
  • 1938年(昭和13年)12月6日 - 津線を1067mm軌間に改軌。津線が名古屋線に改称。
  • 1941年(昭和16年)3月15日 - 大阪電気軌道が参宮急行電鉄を合併、関西急行鉄道に改称時に駅名も伊勢中川駅に改称。同時に旧・参急線の線路名称が制定され、当駅を境に名張方面は大阪線、宇治山田方面は山田線となる。
  • 1944年(昭和19年)6月1日 - 関西急行鉄道が南海鉄道(現在の南海電気鉄道の前身)と合併、近畿日本鉄道の駅となる。
  • 1959年(昭和34年)11月19日 - 名古屋線を標準軌に改軌。
  • 1961年(昭和36年)3月29日 - 中川短絡線が開通。名阪間に伊勢中川駅通過の特急運転開始。
  • 1972年(昭和47年)9月18日 - 構内地下道・乗降場増設工事竣工。
  • 2001年平成13年)2月1日 - SF(ストアードフェア)システムの導入および大阪地区における「スルッとKANSAI」対応カードの取り扱い開始に伴い、当駅における「途中下車指定駅」の制度が廃止される。
  • 2004年(平成16年)1月10日 - 地下駅舎化・自動改札機設置。
  • 2007年(平成19年)4月1日 - PiTaPa使用開始。
  • 2008年(平成20年)
    • 3月4日 - ホームに特急券自動券売機設置。窓口に特急券・定期券自動券売機設置。
    • 3月5日 - ホーム特急券窓口閉鎖。
    • 3月8日 - 6番線ホームのエレベーター供用開始。
    • 4月23日 - 自動精算機をタッチパネル式高額紙幣・ICカードチャージ対応機に更新。
    • 12月24日 - 1・2番線ホーム、3・4番線ホームのエレベーター供用開始。
  • 2009年(平成21年)
    • 2月15日 - 2・3番線ホーム、4・5番線ホームのエレベーター供用開始。
    • 12月2日 - 自動券売機1台をタッチパネル式に更新。
  • 2010年(平成22年)2月16日 - 構内アナウンス自動放送の運用開始。
  • 2012年(平成24年)1月21日 - 新中川短絡線の供用開始。

隣の駅[編集]

近畿日本鉄道
大阪線
快速急行・急行(いずれも山田線直通)
榊原温泉口駅 - 伊勢中川駅 - 松阪駅(山田線)
急行(上り1本のみ、名古屋線へ直通)
榊原温泉口駅 → 伊勢中川駅久居駅(名古屋線)
普通
川合高岡駅 - 伊勢中川駅
普通(下り1本のみ、山田線から直通)
川合高岡駅 ← 伊勢中川駅伊勢中原駅(山田線)
名古屋線
急行(山田線直通)
久居駅 - 伊勢中川駅 - 松阪駅(山田線)
急行(上り1本のみ、大阪線から直通)
久居駅 ← 伊勢中川駅 ← 榊原温泉口駅(大阪線)
普通
桃園駅 - 伊勢中川駅 - 伊勢中原駅(山田線)
山田線
快速急行・急行(いずれも山田線直通)
榊原温泉口駅(大阪線) - 伊勢中川駅 - 松阪駅
急行(名古屋線直通)
久居駅(名古屋線) - 伊勢中川駅 - 松阪駅
普通(名古屋線直通)
桃園駅(名古屋線) - 伊勢中川駅 - 伊勢中原駅
普通(下り1本のみ、大阪線へ直通)
川合高岡駅(大阪線) ← 伊勢中川駅 ← 伊勢中原駅

脚注[編集]

  1. ^ 『HAND BOOK 2010』、近畿日本鉄道総合企画部編、2010年9月
  2. ^ 川島令三全国鉄道事情大研究:名古屋都心部・三重篇』草思社、1996年、178頁
  3. ^ 川島令三、『全国鉄道事情大研究 - 名古屋都心部・三重篇』、ISBN 978-4-7942-0700-5、172p、草思社、1996
  4. ^ 川島令三、『全国鉄道事情大研究 - 大阪都心部・奈良篇』、ISBN 978-4-7942-0498-1、134p、草思社、1993年
  5. ^ 奈良線系統用の通勤形車両を大阪線や名古屋線に配置転換する際にパンタグラフの向きの関係で方向転換する際に短絡線のデルタ線を利用している事がある。
  6. ^ 特定構造物改築事業 近畿日本鉄道中村川橋梁改築 (PDF)”. 国土交通省中部地方整備局三重河川国道事務所 (2008年7月1日). 2011年1月9日閲覧。
  7. ^ ただし、両端の先頭車にパンタグラフや電気連結器がなく、名阪直通運用も設定されていない23000系「伊勢志摩ライナー」50000系「しまかぜ」に限り、「向き」は伊勢中川-賢島間が基準となるため、大阪発着と名古屋発着とで編成の向きは同一となる。
  8. ^ 通勤形車両の向きは全て伊勢中川-賢島間を基準としているため。
  9. ^ 中日新聞トピックス

関連項目[編集]

外部リンク[編集]