江戸橋駅

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江戸橋駅
駅舎
駅舎
えどばし - EDOBASHI
(三重大学前)
高田本山 (1.2km)
(1.2km)
所在地 三重県津市上浜町三丁目137-1
所属事業者 近畿日本鉄道(近鉄)
所属路線 名古屋線*
キロ程 65.3km(**近鉄名古屋起点)
電報略号 エト
駅構造 地上駅
ホーム 2面4線
乗車人員
-統計年度-
4,730人/日(降車客含まず)
-2012年-
開業年月日 1917年大正6年)1月1日
備考 * この他伊勢線1961年廃止)
** 正式な起点は伊勢中川駅
プラットホーム

江戸橋駅(えどばしえき)は、三重県津市上浜町三丁目にある、近畿日本鉄道(近鉄)名古屋線である。「三重大学前」の副名称がある。

駅構造[編集]

島式ホーム2面4線を持つ待避可能な地上駅。東側南端に駅舎があり、各ホームとは構内踏切で連絡している。踏切による構内移動でかつ踏切からホームへはスロープになっているため車椅子での移動が容易である。ただし名古屋方面行きの待避線以外は全て踏切にかかっている。

のりば[編集]

1・2 名古屋線(下り) 大阪神戸鳥羽賢島方面
3・4 名古屋線(上り) 四日市桑名名古屋方面

内側2線(2番線と3番線)が主本線、外側2線(1番線と4番線)が待避線である。

大阪・神戸方面へは直通列車がないため伊勢中川駅で乗り継ぎとなる。

備考[編集]

  • 名古屋方面は伊勢中川駅 - 塩浜駅間で当駅以外での待避が難しいため、急行は特急通過待ちのための停車時間が長い[1]。特急の連続通過のため5分以上停車することもある。隣の津駅がしまかぜを除いた全特急列車の停車駅であるため、当駅で特急を待避した場合は、信号待ちの徐行運転が頻発するか、特急の通過後しばらく発車しないことがある。
  • 津方面への急行と普通(いずれも山田線直通列車)が当駅での緩急接続なしで普通が伊勢中川駅まで先行することがあるが、その場合急行の遅延を誘発することになる。

利用状況[編集]

「三重県統計書」によると、1日の平均乗車人員は以下の通りである。

年度 一日平均
乗車人員
1997年 3,653
1998年 3,814
1999年 3,915
2000年 3,892
2001年 3,959
2002年 3,859
2003年 3,947
2004年 4,064
2005年 4,227
2006年 4,379
2007年 4,505
2008年 4,546
2009年 4,554
2010年 4,608
2011年 4,654
2012年 4,730

江戸橋駅の利用状況の変遷を下表に示す。

  • 輸送実績(乗車人員)の単位は人であり、年度での総計値を示す。年度間の比較に適したデータである。
  • 乗降人員調査結果は任意の1日における値(単位:人)である。調査日の天候・行事等の要因によって変動が大きいので年度間の比較には注意を要する。
    • 2008年11月18日の調査結果によると、1日の利用客は7,850人(前回2005年11月8日の調査では7,399人)。
      • 近鉄の全調査対象駅(287駅)中、91位。
      • 名古屋線の駅(44駅、他線接続駅含む)の中では、11位。
      • 三重県内の近鉄の駅(116駅、但し調査当時の数)の中では、12位。
  • 表中、最高値を赤色で、最高値を記録した年度以降の最低値を青色で、最高値を記録した年度以前の最低値を緑色で表記している。
年度別利用状況(江戸橋駅)
年 度 当駅分輸送実績(乗車人員):人/年度 乗降人員調査結果
人/日
特 記 事 項
通勤定期 通学定期 定期外 合 計 調査日 調査結果
1950年(昭和25年) 935,490 ←←←← 368,226 1,303,716      
1951年(昭和26年) 920,940 ←←←← 350,708 1,271,648      
1952年(昭和27年) 732,210 ←←←← 322,097 1,054,307      
1953年(昭和28年) 616,620 ←←←← 314,237 930,857      
1954年(昭和29年) 596,130 ←←←← 308,115 904,245      
1955年(昭和30年) 541,530 ←←←← 274,935 816,465      
1956年(昭和31年) 385,170 ←←←← 246,911 632,081      
1957年(昭和32年) 516,660 ←←←← 197,121 713,781      
1958年(昭和33年) 525,390 ←←←← 275,720 801,110      
1959年(昭和34年) 510,780 ←←←← 251,115 761,895      
1960年(昭和35年) 530,430 ←←←← 191,336 721,766      
1961年(昭和36年) 511,680 ←←←← 164,145 675,825      
1962年(昭和37年) 537,290 ←←←← 186,246 723,536      
1963年(昭和38年) 610,050 ←←←← 196,053 806,103      
1964年(昭和39年) 628,530 ←←←← 200,608 829,138      
1965年(昭和40年) 615,660 ←←←← 216,177 831,837      
1966年(昭和41年) 467,190 ←←←← 161,587 628,777      
1967年(昭和42年) 461,850 ←←←← 155,041 616,891      
1968年(昭和43年) 561,240 ←←←← 176,212 737,452      
1969年(昭和44年) 804,060 ←←←← 210,497 1,014,557      
1970年(昭和45年) 869,130 ←←←← 233,338 1,102,468      
1971年(昭和46年) 880,470 ←←←← 255,505 1,135,975      
1972年(昭和47年) 927,330 ←←←← 278,487 1,205,817      
1973年(昭和48年) 999,900 ←←←← 349,758 1,349,658      
1974年(昭和49年) 1,001,400 ←←←← 350,625 1,352,025      
1975年(昭和50年) 993,060 ←←←← 344,831 1,337,891      
1976年(昭和51年) 933,480 ←←←← 298,440 1,231,920      
1977年(昭和52年) 860,070 ←←←← 301,001 1,161,071      
1978年(昭和53年) 819,300 ←←←← 301,094 1,120,394      
1979年(昭和54年) 822,870 ←←←← 293,755 1,116,625      
1980年(昭和55年) 828,900 ←←←← 300,432 1,129,332      
1981年(昭和56年) 835,560 ←←←← 291,065 1,126,625      
1982年(昭和57年) 858,330 ←←←← 298,078 1,156,408 11月16日 7,500  
1983年(昭和58年) 852,900 ←←←← 291,508 1,144,408 11月8日 7,547  
1984年(昭和59年) 881,640 ←←←← 281,601 1,163,241 11月6日 7,923  
1985年(昭和60年) 880,230 ←←←← 289,814 1,170,044 11月12日 7,724  
1986年(昭和61年) 868,560 ←←←← 302,184 1,170,744 11月11日 7,967  
1987年(昭和62年) 907,350 ←←←← 294,155 1,201,505 11月10日 8,222  
1988年(昭和63年) 889,500 ←←←← 305,050 1,194,550 11月8日 7,953  
1989年(平成元年) 871,140 ←←←← 307,745 1,178,885 11月14日 8,018  
1990年(平成2年) 839,640 ←←←← 309,425 1,149,065 11月6日 7,960  
1991年(平成3年) 856,680 ←←←← 327,287 1,183,967      
1992年(平成4年) 839,130 ←←←← 340,489 1,179,619 11月10日 7,941  
1993年(平成5年) 829,350 ←←←← 346,636 1,175,986      
1994年(平成6年) 844,530 ←←←← 336,442 1,180,972      
1995年(平成7年) 912,900 ←←←← 332,334 1,245,234 12月5日 7,748  
1996年(平成8年) 959,310 ←←←← 339,965 1,299,275      
1997年(平成9年) 1,011,210 ←←←← 321,983 1,333,193      
1998年(平成10年) 1,074,030 ←←←← 318,156 1,392,186      
1999年(平成11年) 1,110,960 ←←←← 322,061 1,433,021      
2000年(平成12年) 1,106,130 ←←←← 314,514 1,420,644      
2001年(平成13年) 1,131,720 ←←←← 313,214 1,444,934      
2002年(平成14年) 1,105,560 ←←←← 303,084 1,408,644      
2003年(平成15年) 1,139,010 ←←←← 305,704 1,444,714      
2004年(平成16年) 1,176,570 ←←←← 306,726 1,483,296      
2005年(平成17年) 1,226,400 ←←←← 316,726 1,542,747 11月8日 7,399  
2006年(平成18年) 1,270,440 ←←←← 327,914 1,598,354      
2007年(平成19年) 1,324,650 ←←←← 324,317 1,648,967      
2008年(平成20年)   ←←←←     11月18日 7,850  
2009年(平成21年) 1,351,050 ←←←← 311,080 1,662,130      


駅周辺[編集]

歴史[編集]

元々当駅は、四日市 - 間の諸集落を結ぶために設立された伊勢鉄道(現在の同名会社とは異なる)が高田本山 - 津間を開業させた際、その一中間駅として設置されたものであった。この時は現在地より100m南方に設けられ、単式ホーム1本を有するだけの小駅であった。

その後、伊勢鉄道改め伊勢電気鉄道(伊勢電)は、大神宮前駅までの路線の建設による疲弊と昭和恐慌による乗客低迷で苦境に陥り、1936年(昭和11年)に現在の近鉄の直系母体である参宮急行電鉄(参急)に合併される。これに伴い伊勢電気鉄道の路線は同社の伊勢線となったが、この段階では接続駅はまだ設けられず、参急津線の津駅と参急伊勢線の部田駅(元は伊勢電津駅)の間を徒歩連絡としていた。

だが参急が伊勢電の保有していた免許・路盤を活用し、関西急行電鉄(関急)を設立して1938年(昭和13年)に桑名 - 名古屋間の路線を完成させると、津線と伊勢線間で乗り換えの需要が高まるため、津線を江戸橋駅まで乗り入れさせる事にした。これに伴い江戸橋駅は両線の接続駅としての使命を帯びるようになり、関急名古屋 - 大神宮前間の列車と上本町(現・大阪上本町) - 津間の特急電車が日2往復接続を行って、名阪間の新ルートを形成した。

ただし、津線は1435mm、伊勢線は1067mmと軌間が異なっており、直通運転は不可能であった。そのため参急では、接続駅を本線から津線が分岐する参急中川駅に改める事にし、同年末に津 - 中川間を1067mmに改軌した。これに伴い名古屋 - 中川間が本線の名古屋線となり、伊勢線として残った江戸橋 - 大神宮前間は支線として扱われるようになった。盲腸線と化した伊勢線は衰退の一途をたどり、戦後の1961年(昭和36年)には全線が廃線、江戸橋駅の乗換駅としての機能は失われた。

年表[編集]

隣の駅[編集]

近畿日本鉄道
名古屋線
急行
白子駅 - 江戸橋駅 - 津駅
普通
高田本山駅 - 江戸橋駅 - 津駅

かつて存在した路線[編集]

近畿日本鉄道
伊勢線
江戸橋駅 - 部田駅

脚注[編集]

  1. ^ 実際は白子駅・伊勢若松駅でも急行の待避は可能だが、白子駅は主に普通電車が待避に使用し緩急接続を行う。伊勢若松駅は鈴鹿線との兼ね合いでともに難しい。また、近鉄名古屋駅まで含めても、近鉄四日市駅と近鉄蟹江駅は普通列車が急行・特急の待避に使用しているために、近鉄弥富駅桑名駅、塩浜駅まで特急の待避が難しくなっている。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]