近鉄名古屋線

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近畿日本鉄道 名古屋線
海蔵川を渡る名阪特急アーバンライナーnext
海蔵川を渡る名阪特急アーバンライナーnext
路線総延長 78.8 km
軌間 1435 mm
電圧 1500 V(直流
最高速度 120 km/h

名古屋線(なごやせん)は、三重県松阪市伊勢中川駅から愛知県名古屋市中村区近鉄名古屋駅までを結ぶ近畿日本鉄道(近鉄)の鉄道路線である。

概要[編集]

名古屋と大阪伊勢を結ぶ特急列車が当線を通り、大阪線山田線に直通している。また、名古屋近郊の通勤通学路線でもあるほか、沿線には桑名四日市鈴鹿などといった中小の商工業都市が連続しているので、それらの都市を中心とした地域輸送も担っている。なお、正式な起点は伊勢中川駅だが、列車運行上は近鉄名古屋駅から伊勢中川駅へ向かう列車が下り、逆方向が上りである。

宇陀山地布引山地を越えて紀伊半島を横断する大阪線とは違い、伊勢湾寄りを走行する名古屋線は平坦な区間が多い。内陸部を走行する津新町駅 - 伊勢中川駅間では、大阪線ほどの長距離連続勾配ではないものの22.7 - 33.3‰の勾配区間が数か所存在し、桃園駅 - 伊勢中川駅間には最も急な33.5‰の勾配がある。また、近鉄名古屋駅 - 米野駅間も地下から地上へと上るために短距離ではあるが25.0‰の勾配が存在し、高架化工事を施工中の近鉄八田駅 - 伏屋駅間にも33.0‰の下り勾配が存在する。JR関西本線と立体交差する箇所の多い近鉄長島駅 - 海山道駅間でもやや急な勾配区間が連続しており、急な箇所では川越富洲原駅 - 近鉄富田駅間のJR関西本線との立体交差地点に存在する22.7‰や近鉄長島駅 - 桑名駅付近の25‰ - 33‰等がある。特に近鉄富田駅付近や桑名駅付近、津駅付近のJR線との立体交差地点では同時にやや急なカーブも伴っている。JR関西本線とは立体交差しないものの、霞ヶ浦駅 - 近鉄四日市駅間では海蔵川や三滝川といったやや規模の大きい河川を連続でオーバークロスする関係で20‰ - 35‰の勾配が続き、急カーブも連続している。一方で名古屋線は海抜ゼロメートル地帯を走行する路線でもあり、主な海抜ゼロメートル地帯である戸田駅 - 近鉄弥富駅間では河川付近をオーバークロスする箇所に4.0‰ - 10.8‰、ゼロメートル地帯ではないが海抜の低い楠駅 - 白塚駅間でも同様の箇所に3.0‰ - 15‰と緩やかな勾配がある程度だが、戸田駅 - 近鉄弥富駅の区間では近鉄蟹江駅 - 富吉駅間の25.0‰が最も急である。

名古屋線は路線距離の長い本線ながらも平野部であることから、トンネルがほとんど無いことも特徴である。例外として、近鉄名古屋駅 - 米野駅間に地下線トンネルが、霞ヶ浦駅 - 阿倉川駅間の旧羽津駅跡にある二箇所のコンクリートトンネルが存在するのみである。

戸田駅 - 近鉄四日市駅間は国道1号とほぼ並走している。

全線でPiTaPaICOCAのほか、TOICAmanacaなどこれらと相互利用可能なICカードが利用できる。スルッとKANSAIカードは利用できない。

2007年4月1日のPiTaPa導入に伴い、近鉄名古屋駅 - 塩浜駅間の全駅に自動改札機が設置された。また、塩浜駅 - 伊勢中川駅間では、長太ノ浦駅 - 千里駅・高田本山駅 - 津新町駅・久居駅・伊勢中川駅に自動改札機が設置されているが、それ以外の駅は簡易改札機が設置されている。

2009年3月20日阪神なんば線が開通したことにより、近鉄名古屋駅から名古屋線・大阪線・難波線・阪神なんば線・本線神戸高速線山陽電気鉄道本線によって山陽姫路駅まで、また山陽電気鉄道本線から分岐して、網干線によって山陽網干駅までがそれぞれ結ばれた。ただし線路は結ばれたが、近鉄大阪・名古屋線方面から阪神線へ乗り入れる列車はない。その上、名古屋線(含む鈴鹿・湯の山・内部・八王子・山田・鳥羽・志摩各線と大阪線大和朝倉駅以東)各駅から阪神線内の乗車券は購入できず、車内での乗り越し精算もできない。利用には阪神線内の駅の精算機で大阪難波駅からの運賃を支払うことになる。

2010年4月1日には、近鉄名古屋駅 - 伊勢中川駅間の全線で名古屋列車運行管理システム「KRONOS」(クロノス)が導入された[1]

他事業者との競合[編集]

津新町駅 - 伊勢中川駅間をのぞくほぼ全区間が東海旅客鉄道(JR東海)関西本線紀勢本線および第三セクター伊勢鉄道線と並行している。津駅 - 山田線松阪駅間は、久居駅や伊勢中川駅へ迂回し、並行はしていないものの、紀勢本線と競合している。関西本線や紀勢本線は単線が多く、輸送力が近鉄より小さいため、路線全体として、名鉄名古屋本線東海道本線のような競争はない。

JR東海が特定運賃を採用している名古屋駅 - 四日市駅間では近鉄の方が運賃が高い。以前から近鉄も近鉄名古屋駅 - 桑名駅間の往復割引切符を発売しているが、それでもJRの往復運賃より高い。運転本数については、JRが2009年3月14日改正で日中の亀山駅発着列車を快速に格上げし[2]、名古屋駅 - 四日市駅間における快速の本数が倍増しているが、近鉄の方が本数や編成数は多い。

津駅 - 松阪駅間では、JRは一般の幹線運賃を採用しているが、それでも近鉄の運賃が高い。ただし、列車本数は近鉄名古屋 - 近鉄四日市間と同様に近鉄が多く、編成数も長い(急行は6両ないし4両のため)ため、輸送人員も近鉄のほうが多い。

並行するJR線と伊勢鉄道線は、一部複線区間があるもののほとんどが単線で、国鉄時代は列車本数も少なかったが、民営化以降は快速「みえ」の運行、名古屋駅 - 桑名駅間と津駅 - 松阪駅間で特急「南紀」の自由席特急料金の値下げなどでサービスの向上が図られた。これに対し、近鉄では3扉転換クロスシート車の5200系L/Cカーが導入され、急行を中心に運用されるようになった。

なお、桑名市四日市市の大規模団地から、名古屋駅やまで直通する三重交通(近鉄グループ)運行の高速バスとも競合している。

歴史[編集]

近鉄名古屋線は、複数の会社が建設した路線をつなぎ合わせる形で成立した。

桑名駅 - 江戸橋駅間[編集]

桑名駅 - 江戸橋駅間は、伊勢鉄道(後の伊勢電気鉄道、伊勢電。現在の第三セクター鉄道伊勢鉄道とは無関係)によって建設された。

元々、同地域には国鉄関西本線参宮線(現在紀勢本線亀山駅 - 多気駅間を含む)が、明治期に私設鉄道関西鉄道参宮鉄道によってそれぞれ敷設されていたが、両線は大阪方面からの輸送を主眼に置いた線形となっており、愛知県三重県北部から三重県中南部に向かうには、亀山駅でスイッチバックを必要とした。

伊勢鉄道(初代)はそれを短絡する目的から設立され、三重県の二大都市である四日市を結ぶ路線を1915年 - 1924年に順次開業させた(桑名駅 - 江戸橋駅 - 津駅(部田駅)間。なお両都市間には戦後、同じ理由で国鉄→伊勢鉄道(2代目、前述)伊勢線1973年に開業した)。軌間は国鉄との貨車直通を考慮し、1067mmの狭軌とした。また、軽便鉄道であり路線規格は低く、沿線諸集落を縫うために、曲線を多用した線形が採用された。

この段階では一地方のローカル私鉄であったが、1926年に社名を伊勢電気鉄道に改め、同年中に直流電化を完成させた頃から、「東海の飛将軍」と呼ばれた有力実業家の熊沢一衛が社長に就任したこともあって拡大策をとるようになり、北は名古屋への進出、南は伊勢神宮がある宇治山田への進出を目論むようになった。

当時、関西系の企業である大阪電気軌道(大軌、現在の近畿日本鉄道の直系母体)とその子会社の参宮急行電鉄(参急)が大阪から伊勢への進出を目論んでいた。伊勢電は北への路線は1929年桑名駅までを開通させ、養老電気鉄道(現在の養老鉄道養老線)を買収した時点でそこから先の延伸を後回しとし、地元企業としての対抗心から参急が建設中の路線と並行する伊勢への路線を優先して建設した。参急線の全通5日後には部田駅 - 津新地駅 - 新松阪駅 - 大神宮前駅豊受大神宮、外宮前)間の路線を全通させ、桑名駅 - 大神宮前駅間に新製車のモハニ231形を用いた急行電車を走らせた。

なお、新規開業区間の多くが複線電化の高規格路線であったが、前述したように元々四日市駅 - 津駅間は低規格の路線であったため、四日市と津の両市内では市街地をクランク状に縫う形で線路を敷かざるを得ず、急カーブ区間が生じた。特に四日市駅のすぐ北は、三重鉄道四日市鉄道から譲り受けた路盤を用いて線路を敷いたことから、半径100mで南方向から西方向へほぼ直角に曲がる通称「善光寺カーブ」ができ、後々までスピードアップや車両大型化の障害となった。

江戸橋駅 - 伊勢中川駅間[編集]

江戸橋駅以南は、参宮急行電鉄(参急)が建設した。同社は現在の近鉄大阪線桜井駅以東と山田線を建設し、親会社である大阪電気軌道(大軌)の路線と接続して、大阪から片道2時間余りで行ける伊勢神宮への参拝ルートを作り上げていたが、それが実現する前に既に名古屋方面への進出を計画し、桑名までの免許を取得した。

この免許収得に関しては、岩田橋駅 - 伊勢川口駅間で営業を行っていた軽便鉄道会社の中勢鉄道(1942年全廃)を傘下におき、同社の支線として中川 - 久居間の免許を申請し、その後免許を参急に譲渡させ、譲り受けた参急が区間延長申請するという方法がとられた。だが、国鉄の運営と私鉄の監督を当時行っていた鉄道省では、このまま行けば伊勢電線・国鉄線と合わせて三つ巴の競争になり、共倒れになることを危惧していた。そのため当初参急が申請した免許は名古屋までであったが、政策上桑名までとして交付された。

参急は伊勢進出後しばらく世界恐慌の影響もあって赤字に苦しんでいた。とりあえず国鉄線や伊勢電線と連絡して、桑名・四日市から大阪方面へ向かう客を運ぶことで増収につなげようとした。1930年 - 1932年に免許線の工事を行い、そして中川駅から国鉄津駅までを津(支)線として開業させ、津駅から徒歩5分程度の伊勢電津駅(部田駅を改称したもので、参急買収後再び部田駅に戻る)との連絡も図られた。

これにより津 - 伊勢間で参急と伊勢電の路線が競合することとなったが、まもなく伊勢電は伊勢進出に多額な資金を使ったことや、名古屋進出が達成できずに乗客が伸びなかったこと、熊沢が頭取を兼任していた融資元の四日市銀行(現在の三重銀行)が取付騒ぎにあって休業したため資金繰りが悪化したことなどから、経営に行き詰まり銀行管理会社になった。そのため参急が伊勢電を1936年に吸収合併し、旧伊勢電本線を参急伊勢線とした。

その上で、合併直前に両社の共同出資で設立されていた関西急行電鉄(関急電)によって、伊勢電・参急いずれにとっても悲願であった名古屋進出に取り掛かることとなった。

近鉄名古屋駅 - 桑名駅間[編集]

この区間は、前述した関西急行電鉄(関急電)によって建設されることになった。

同区間は、木曽三川と総称される揖斐川長良川木曽川を越える必要があり、その橋脚建設の資金が必要であった。伊勢電の計画では、並行する関西本線の橋脚が架け替えられたため、不要となる旧橋脚を購入して敷設することにしていた(詳しくは「関西急行電鉄」を参照)。関急電もさほど資金的な余裕がなかったため、伊勢電の計画をそのまま引き継いだ(なおこの橋脚に関しては、戦後新たに架け替えられている)。

なお、建設は日中戦争さなかに行われたため、軍事上必要なの調達は難航したという。

また、名古屋のターミナル駅(関急名古屋駅→近鉄名古屋駅)は、伊勢電は方向転換不要なようにループ状にする計画であったが、関急電は一般的な3面3線の頭端式ホームにした。

これによって、1938年6月26日に現在の名古屋線となる区間が完成した(それに先立つ6月20日に津線と伊勢線の接続を図るため津線の江戸橋 - 津間が延伸されている)。

軌間統一への流れ[編集]

前述のような建設経緯から、名古屋駅 - 江戸橋駅間は狭軌(1067mm)、江戸橋駅 - 参急中川駅(現在の伊勢中川駅)間の津線は標準軌(1435mm)となり、名古屋 - 大阪間直通の利用客は参急中川駅でのスイッチバック(上本町駅 - 江戸橋駅間の直通列車は2往復のみで、多くの場合は乗り換え)と江戸橋駅での乗り換えを強いられた。そのため、名古屋延伸の半年後に江戸橋駅 - 参急中川駅間を狭軌化し、名阪間の移動に際しては参急中川(伊勢中川)駅での乗り換えとした。

なお、それまで参急自設の路線は津線、旧伊勢電が建設した区間は伊勢線とされてきたが、この改軌に伴って桑名駅 - 参急中川駅間が名古屋線と呼ばれるようになり、伊勢線は江戸橋駅 - 大神宮前駅間となって支線的な扱いになった。

1940年に関急電は参急に合併されて名古屋駅 - 桑名駅間が名古屋線に編入、さらに1941年には参急と大軌が合併して、現在の近鉄の原型となる関西急行鉄道(関急)が発足した。

山田線と重複するため、1942年に伊勢線の新松阪駅 - 大神宮前駅間を廃止した後(残存区間である江戸橋駅 - 新松阪駅間も単線化し、資材は名古屋線単線区間の主に伊勢鉄道時代に敷設された区間の複線化などに充当)は、名古屋 - 伊勢間直通の利用客も伊勢中川駅で乗り換えが必要になった。伊勢中川駅での乗り換えは最短時間となるよう配慮され、時刻表でも名古屋駅時点で「大阪行」「宇治山田行」と案内された。

悲願であった名古屋線の標準軌への改軌は1960年春の実施に向けて1957年頃から準備工事が行われた。この一環として並行する関西本線の橋梁架け替えの際に不要となった橋脚を譲り受けたため、単線となり輸送力増強の障害となっていた揖斐・長良川橋梁木曽川橋梁についても、改軌に対応できる複線のトラス橋に架け替えることとなった。後に名古屋線は1959年9月の伊勢湾台風によって特に愛知県内において線路水没・流失などの被害を受けるが、揖斐・長良川橋梁は台風襲来の7日前、木曽川橋梁については台風襲来の当日に完成したため、幸いにも深刻な被害を受けることは無かった。

これら不幸中の幸いも手伝って、改軌工事は当時の社長であった佐伯勇の判断により、台風による水害からの復旧を機に同年11月に前倒しして実施された。工事は名古屋線全線と神戸線を全体で9区画に分け、1日につき1区画ずつ(日によって2区画)昼間の6時間をバス代行し、千数百人に及ぶ作業員らによって午前からレールの移設を始め昼過ぎには完了、夕方には改軌の済んだ線路上で定期列車の運行が行われた。同年11月27日にはすべての区間での工事が完了し、その後線路の道床改良を経て、同年12月12日より名古屋駅 - 上本町駅間と名古屋駅 - 宇治山田駅間の直通運転が開始された。また、前述のような事情で随所に存在した急カーブも改軌に先駆ける形で複線化を兼ねた線形改良がなされ、多くが解消されている。

なお、伊勢線は狭軌のまま水害から復旧し、伊勢湾台風襲来から1年4か月後の1961年1月に全線廃止されている。

年表[編集]

近畿日本鉄道発足まで[編集]

  • 1915年(大正4年)9月10日:伊勢鉄道が白子駅 - 一身田町駅(現在の高田本山駅)間を狭軌で開業。
  • 1916年(大正5年)1月9日:伊勢鉄道 千代崎駅 - 白子駅間が開業。
  • 1917年(大正6年)
    • 1月1日:伊勢鉄道 一身田町駅 - 江戸橋駅 - 津市駅(後の部田駅)間が開業。玉垣口駅・千里駅開業。
    • 12月22日:伊勢鉄道 楠駅 - 千代崎駅間が開業。
  • 1918年(大正7年)11月1日:伊勢鉄道 一身田町駅を高田本山駅に改称。
  • 1919年(大正8年)10月25日:伊勢鉄道 海山道駅 - 楠駅間が開業。
  • 1920年(大正9年)4月1日:伊勢鉄道 北楠駅開業。
  • 1921年(大正10年)
    • 10月:伊勢鉄道 千里駅廃止。
    • 11月8日:高田本山駅 - 江戸橋駅間の三軒家駅廃止認可。
  • 1922年(大正11年)
    • 3月1日:伊勢鉄道 新四日市駅 - 海山道駅間が開業。
    • 10月1日:伊勢鉄道 新四日市駅を四日市駅に、子安観音駅を鼓ヶ浦駅に改称。
  • 1924年(大正13年)4月3日:伊勢鉄道 (旧)津市駅を部田駅に改称。部田駅 - 津市駅(後の津新地駅)間が開業。
  • 1925年(大正14年)12月16日:伊勢鉄道 津市駅を津新地駅に改称。
  • 1926年(大正15年)
    • 9月12日:伊勢鉄道が伊勢電気鉄道に社名変更。
    • 12月16日:伊勢電気鉄道 千代崎駅 - 白子駅間の玉垣口駅、塩浜駅 - 楠駅間の北楠駅廃止認可。
  • 1926年(昭和元年)12月26日:伊勢電気鉄道 四日市駅 - 津新地駅間が電化、電車運転開始。以後の開業区間は開業当初から電化路線。
  • 1928年(昭和3年)10月21日:伊勢電気鉄道 楠駅 - 箕田駅間の長太駅廃止認可。
  • 1929年(昭和4年)
    • 1月30日:伊勢電気鉄道 桑名駅 - 四日市駅間が開業(諏訪駅 - 四日市駅間を除き複線)。
    • 7月5日:伊勢電気鉄道 (臨)霞ヶ浦駅開業。
    • 10月28日:伊勢電気鉄道 羽津駅開業。
  • 1930年(昭和5年)
    • 月日不明:伊勢電気鉄道 西桑名駅を益生駅に改称。
    • 5月18日:参宮急行電鉄津線 参急中川駅(現在の伊勢中川駅) - 久居駅間が開業。
    • 12月25日:伊勢電気鉄道 桑名駅 - 江戸橋駅 - 大神宮前駅間が全通。
  • 1931年(昭和6年)
    • 月日不明:伊勢電気鉄道 霞ヶ浦駅が常設駅となる。
    • 7月4日:参宮急行電鉄津線 久居駅 - 津新町駅間が開業。
    • 8月19日:伊勢電気鉄道 塩浜駅 - 楠駅間複線化[3]
  • 1932年(昭和7年)4月3日:参宮急行電鉄津線 津新町駅 - 津駅間が開業。
  • 1934年(昭和9年)6月30日:北楠駅再開業。
  • 1936年(昭和11年)9月15日:参宮急行電鉄が伊勢電気鉄道を合併。桑名駅 - 江戸橋駅 - 大神宮前駅間が伊勢線となる。
  • 1937年(昭和12年)12月20日:白崎分岐(信号場、新設) - 白子駅 - 鼓ヶ浦駅間、上磯分岐(信号場、新設) - 伊勢上野駅間、豊津浦駅 - 逆川分岐(信号場、新設)間を複線化[3]
  • 1938年(昭和13年)
    • 4月13日:諏訪駅 - 四日市駅間および楠駅 - 楠箕分岐(信号場、新設)間複線化[3]
    • 6月20日:参宮急行電鉄津線 津駅 - 江戸橋駅間が開業。伊勢線に江戸橋駅で接続。
    • 6月26日:関西急行電鉄が関急名古屋駅(現在の近鉄名古屋駅) - 桑名駅間を開業。関西本線の旧橋梁を流用したことから、木曽川分岐(信号場)間 - 桑名駅間は単線、他は複線となる。
    • 12月7日:参宮急行電鉄 江戸橋駅 - 参急中川駅間を標準軌から狭軌に改軌。
  • 1940年(昭和15年)1月1日:参宮急行電鉄が関西急行電鉄を合併。関急名古屋駅を参急名古屋駅に、関急八田駅を参急八田駅に、関急蟹江駅を参急蟹江駅に、関急弥富駅を参急弥富駅に、関急長島駅を参急長島駅に改称。
  • 1941年(昭和16年)
    • 3月15日:大阪電気軌道が参宮急行電鉄を合併、関西急行鉄道に改称。
      • 関急名古屋駅 - 江戸橋駅 - 関急中川駅間が名古屋線、江戸橋駅 - 新松阪駅 - 大神宮前駅間が伊勢線となる[4]
      • 参急名古屋駅を関急名古屋駅に、参急八田駅を関急八田駅に、参急蟹江駅を関急蟹江駅に、参急弥富駅を関急弥富駅に、参急長島駅を関急長島駅に、西富田駅を関急富田駅に、参急中川駅を伊勢中川駅に改称[5][6]
    • 8月18日:海山道駅 - 塩浜駅間複線化[3]
  • 1943年(昭和18年)
    • 3月24日:伊勢上野駅 - 豊津浦駅間複線化[3]
    • 7月1日:長太ノ浦駅開業、千里駅再開業、千里駅 - 逆川駅間の豊津浦駅・伊勢上野駅を統合し豊津上野駅開業。
    • 8月21日:楠箕分岐 - 箕田駅 - 伊勢若松駅間、久居駅 - 雲出川分岐間複線化[3]。楠箕分岐信号場廃止、雲出川分岐信号場開設。
    • 10月22日:霞ヶ浦駅廃止。羽津駅移転。
    • 11月25日:伊勢若松駅 - 白崎分岐間複線化[3]、白崎分岐信号場廃止。
  • 1944年(昭和19年)
    • 3月13日:鼓ヶ浦駅 - 上磯分岐間複線化[3]、上磯分岐信号場廃止。
    • 5月8日:豊津上野駅 - 高田本山駅間の逆川駅廃止、同駅間に白塚駅開業。

近畿日本鉄道の発足後[編集]

  • 1944年(昭和19年)6月1日:関西急行鉄道が南海鉄道と合併、近畿日本鉄道設立。
    • 関急名古屋駅を近畿日本名古屋駅に、関急八田駅を近畿日本八田駅に、関急蟹江駅を近畿日本蟹江駅に、関急弥富駅を近畿日本弥富駅に、関急長島駅を近畿日本長島駅に、関急富田駅を近畿日本富田駅に改称。
  • 1945年(昭和20年)
    • 6月1日:黄金駅・町屋駅・西町駅休止。
    • 7月24日:空襲により、揖斐・長良川橋梁が被爆し不通に。関西本線を代替線として用いるため、連絡線を設けた上で同線を一時的に電化。
  • 1946年(昭和21年)
    • 5月1日:揖斐・長良川橋梁復旧。
    • 6月17日:津新町駅 - 久居駅間に二重池信号場開設。
    • 6月27日:二重池信号場 - 久居駅間複線化[3]
    • 7月13日:富洲原駅(現在の川越富洲原駅) - 伊勢朝日駅間の川越駅廃止。富洲原駅移転。
  • 1947年(昭和22年)
    • 3月1日:休止していた黄金駅営業再開。
    • 3月14日:休止していた川原町駅 - 諏訪駅間の西町駅廃止。
    • 10月8日:大阪 - 名古屋間特急運転開始。
  • 1948年(昭和23年)
    • 7月21日:揖斐川分岐 - 播磨川分岐間を複線化[3]
    • 9月1日:近畿日本長島 - 桑名間の揖斐川駅休止。
  • 1950年(昭和25年)。
  • 1952年(昭和27年)
    • この年までに休止していた伊勢朝日駅 - 益生駅間の町屋駅廃止。
    • 10月31日鹿化川分岐(信号場、新設) - 海山道駅間0.1km短絡工事完成、同区間を複線化[3][7]
  • 1953年(昭和28年)9月15日:津新町駅 - 二重池信号場間複線化[3]、二重池信号場廃止。
  • 1955年(昭和30年)7月15日:逆川分岐 - 高田本山駅 - 江戸橋駅間の経路変更・複線化[3][7]。0.5km短縮。逆川分岐信号場廃止。
  • 1956年(昭和31年)9月23日:川原町駅 - 諏訪駅 - 四日市駅(国鉄四日市駅の前) - 鹿化川分岐間を、川原町駅 - 近畿日本四日市駅 - 鹿化川分岐間の新線に切り替え[3][7]。1.1km短縮。鹿川分岐信号場廃止。
  • 1959年(昭和34年)
    • 9月19日:揖斐・長良川橋梁架け替え[7]。近畿日本長島駅 - 揖斐川分岐間を複線化[3]し、揖斐川分岐信号場を廃止。
    • 9月26日:木曽川橋梁架け替え[7]。木曽川分岐 - 近畿日本長島駅間を複線化[3]し、木曽川分岐信号場廃止。同日、伊勢湾台風により全線が被災し、不通に。
    • 9月28日:近畿日本四日市駅 - 津新町駅間が復旧[8]
    • 9月29日:近畿日本名古屋駅 - 近畿日本八田駅間が復旧[8]
    • 9月30日:近畿日本八田駅 - 伏屋駅間、富洲原駅 - 近畿日本四日市駅間、津新町駅 - 伊勢中川駅間が復旧[8]
    • 10月1日:桑名駅 - 富洲原駅間が復旧[8]
    • 10月15日:伏屋駅 - 近畿日本蟹江駅間が復旧[8]
    • 11月8日:近畿日本長島駅 - 桑名駅間が復旧[8]
    • 11月19日:標準軌化本工事開始[8]。久居駅 - 伊勢中川駅間を標準軌に改軌[9]
    • 11月20日:江戸橋駅 - 久居駅間を標準軌に改軌[9]
    • 11月21日:豊津上野駅 - 江戸橋駅間を標準軌に改軌[9]
    • 11月22日:白子駅 - 豊津上野駅間を標準軌に改軌[9]
    • 11月23日:塩浜駅 - 白子駅間を標準軌に改軌[9]
    • 11月24日:近畿日本四日市駅 - 塩浜駅間を標準軌に改軌[9]
    • 11月25日:富洲原駅 - 近畿日本四日市駅間を標準軌に改軌[9]
    • 11月26日:近畿日本長島駅 - 富洲原駅間を標準軌に改軌[9]、播磨川分岐 - 桑名駅間を複線化[3]、播磨川分岐信号所廃止。
    • 11月27日:近畿日本名古屋駅 - 近畿日本蟹江駅間が標準軌に改軌されると同時に、近畿日本蟹江駅 - 近畿日本長島駅間が標準軌で開通、全線復旧・標準軌化が完成[9]

名阪直通運転の開始[編集]

  • 1959年(昭和34年)12月12日:名阪特急が直通運転開始。山田線とも直通開始。
  • 1960年(昭和35年)1月20日:近畿日本名古屋駅 - 上本町駅間の直通急行を伊勢中川経由で運転開始。
  • 1961年(昭和36年)
  • 8月8日:津駅 - 津新町駅間複線化[3]
  • 1964年(昭和39年)
  • 1968年(昭和43年)3月1日:自動列車停止装置 (ATS) 使用開始。
  • 1969年(昭和44年)5月15日:休止していた近畿日本長島駅 - 桑名駅間の揖斐川駅廃止。
  • 1970年(昭和45年)3月1日:近畿日本名古屋駅を近鉄名古屋駅に、近畿日本八田駅を近鉄八田駅に、近畿日本蟹江駅を近鉄蟹江駅に、近畿日本弥富駅を近鉄弥富駅に、近畿日本長島駅を近鉄長島駅に、近畿日本富田駅を近鉄富田駅に、近畿日本四日市駅を近鉄四日市に改称。
  • 1972年(昭和47年)7月16日:雲出川分岐 - 伊勢中川駅間複線化[3]、全線複線化完成。雲出川分岐信号場廃止。
  • 1973年(昭和48年)10月11日:近鉄四日市駅付近1.7km高架化。
  • 1975年(昭和50年)7月20日:新正駅開業。
  • 1976年(昭和51年)3月18日:急行の停車駅に近鉄弥富駅を追加。朝・夜間に1往復運転されていた近鉄名古屋駅 - 上本町駅間の直通急行廃止。
  • 1983年(昭和58年)3月18日:準急の停車駅を現行のものに変更するとともに近鉄名古屋駅 - 近鉄四日市駅間の運転に短縮。近鉄名古屋駅 - 宇治山田駅間直通の普通列車を(時刻表上)廃止(伊勢中川駅で列車番号変更の上継続運転する列車は存続)。
  • 1984年(昭和59年):旧型車全廃により通勤車の最高速度を110km/hに向上[10]
  • 1988年(昭和63年)。
    • 3月18日:21000系(アーバンライナー)の営業運転開始、特急の120km/h運転開始。
    • 月日不明:3扉転換クロスシート車両5200系の営業運転開始。
  • 1989年(平成元年)4月28日:南が丘駅開業。
  • 1990年(平成2年)3月15日:名阪甲特急が津駅にも停車開始。
  • 1992年(平成4年)3月19日22000系 (ACE) の営業運転開始。
  • 1994年(平成6年)3月15日:23000系(伊勢志摩ライナー)の営業運転開始。
  • 1996年(平成8年)
    • 2月:2610系2621Fを改造したL/Cカー試作編成の試験運用開始。
    • 3月15日:名伊特急の運行体制見直し(一部列車の臨時列車格下げなど)が始まる。
  • 1998年(平成10年)
    • 月日不明:新造L/Cカー(5800系)の営業運転開始(1997年から1998年にかけて2610系2626F・2627Fおよび2800系2811F・2813F・2815Fの各編成もL/Cカーに改造)。
    • 3月17日:湯の山線直通特急の廃止(近鉄四日市駅 - 湯の山温泉駅間の単独運行に)。
  • 2000年(平成12年)3月15日:近鉄名古屋駅 - 近鉄四日市駅間の準急・近鉄名古屋駅 - 富吉駅間の普通を毎時各4本から3本に削減。
  • 2001年(平成13年)
    • 2月1日:伊勢中川駅・近鉄四日市駅・桑名駅における「途中下車指定駅」の制度が廃止。
    • 3月22日:日中の津新町駅折り返しの急行を伊勢中川駅まで延長。名古屋線全線で急行が毎時3本となる。
  • 2002年(平成14年)3月20日:急行の停車駅に近鉄蟹江駅を追加。これに伴って準急の本数を削減。
  • 2004年(平成16年)3月18日:白塚駅 - 伊勢中川駅間の一部の普通でワンマン運転を開始。
  • 2005年(平成17年)5月21日:黄金駅 - 伏屋駅間高架化完成。
  • 2007年(平成19年)4月1日:各駅でPiTaPaICOCAの取り扱いを開始。
  • 2008年(平成20年)6月14日:近鉄名古屋駅 - 近鉄八田駅間で車上速度パターン照査式ATS (ATS-SP) 使用開始。
  • 2009年(平成21年)3月20日:富洲原駅を川越富洲原駅に改称[11][12]
  • 2010年(平成22年)4月1日:近鉄名古屋駅 - 伊勢中川駅間の全線で名古屋列車運行管理システム「KRONOS」(クロノス)の運用開始[1]
  • 2012年(平成24年)3月20日:日中の普通のうち毎時1本を近鉄名古屋駅 - 富吉駅間に短縮し、準急の運転区間を近鉄名古屋駅 - 近鉄四日市駅間に延長して毎時1本に削減。同区間で急行を毎時1本増発。すべての名阪甲特急の停車駅に津駅を追加。
  • 2013年(平成25年)
  • 2014年(平成26年)3月25日 - 28日:天皇・皇后の三重訪問に伴うお召し列車が、近鉄名古屋駅 - 宇治山田駅間に運転される(往路:25日、復路:28日)。50000系を充当。[13]

構想[編集]

金山線乗り入れ計画[編集]

1992年(平成4年)運輸政策審議会答申第12号によると、戸田駅で名古屋市営地下鉄金山線との相互直通運転を検討するとしている[14]。しかし、2014年現在に至るまで金山線自体に事業化の動きはない。

運行形態[編集]

近鉄名古屋駅発は日中おおむね毎時特急4本(0分:大阪難波行甲特急、10分:賢島行、30分:大阪難波行乙特急、50分:鳥羽または宇治山田行)、急行4本、準急1本、普通3本の運転。夕ラッシュ時の下りは特急は5本、急行・普通は各4本、準急は1 - 3本の運転である。朝の名古屋方面は各種別が増発され、特に急行は津新町駅、白子駅、近鉄四日市駅始発なども加わる。

運行本数[編集]

日中1時間あたりの運行本数は以下のようになっている。

日中の運行パターン
駅名

種別
近鉄名古屋 富吉 近鉄四日市 白塚 津新町 伊勢中川
運行本数 特急 2本 大阪線直通→
2本 山田線直通→
急行 3本 山田線直通→
1本    
準急 1本    
普通 2本    
1本    
1本 (※一部伊勢中川発着)
2本 山田線直通→

特急[編集]

特急には停車駅の少ない甲特急と多い乙特急があり、名古屋線内では甲特急は津駅のみ、乙特急はそれに加えて桑名駅、近鉄四日市駅、白子駅、伊勢中川駅などに停車する。2013年運行開始の観光特急「しまかぜ」は近鉄四日市駅に停車し、津駅は通過する。大阪難波駅方面へ向かう特急は中川短絡線を経由するため全列車伊勢中川駅を通過する。日中時間帯は概ね近鉄名古屋駅 - 難波線大阪難波駅間に甲特急と乙特急が毎時各1本、近鉄名古屋駅 - 山田線宇治山田駅・鳥羽線鳥羽駅・志摩線賢島駅方面の乙特急が合計毎時2本運転され、18時台 - 21時台までのラッシュ時は大阪方面への甲特急・乙特急が近鉄名古屋駅 - 難波線大阪難波駅間で毎時1本ずつ運転、伊勢志摩方面への乙特急が近鉄名古屋駅 - 山田線松阪駅間で毎時3本(うち毎時1本は久居駅に停車)運転されている。特急停車駅のホーム長は8両(伊勢中川駅のみ阪伊乙特急も停車するため10両)に対応している。

急行[編集]

名古屋線の主力優等種別で終日運転されており、近鉄蟹江駅以南では事実上唯一の料金不要長距離優等種別である。

8時から17時台までの日中は、乙特急と交互に近鉄名古屋駅 - 山田線松阪駅で毎時3本設定されており、このうち1本が山田線宇治山田駅に直通している。昼間時間帯は近鉄四日市駅折り返し列車が毎時1本運転され、近鉄名古屋駅 - 近鉄四日市駅間では合計4本が運転されている。朝と夕方以降には、津新町駅や伊勢中川駅発着のほか、一部の列車が鳥羽線鳥羽駅まで運転されている。夕方(近鉄名古屋駅発平日17 - 20時台、土休日18時台)の下り列車は津新町以南行きで毎時4本、夜間(近鉄名古屋駅発平日22 - 23時台、土休日21 - 23時台)の下り列車は、津新町・伊勢中川行き(最終は近鉄四日市行き)各1本が30分間隔で運転されている。名古屋線内では定期列車による特別停車は行わない。

全線通しの列車は、夕ラッシュ時をのぞき近鉄蟹江駅・近鉄四日市駅・白子駅で普通に連絡する。夕ラッシュ時は近鉄蟹江駅で富吉行普通(一部列車のみ)、近鉄弥富駅で準急、近鉄四日市駅と白子で普通に連絡する。夜間の津新町行きの一部は江戸橋駅で伊勢中川行き普通に連絡する。日中の近鉄四日市駅折り返し列車は、近鉄弥富駅(上下共に)と近鉄四日市駅(上り列車のみ)で普通に連絡する。

朝は津新町駅・白子駅・近鉄四日市駅始発の列車も設定され、平日朝7時台の近鉄四日市駅以北では最大8本が設定されている。また、早朝には大阪線名張駅始発の近鉄名古屋行が1本ある(詳細は後述)。

伊勢中川駅以南に乗り入れる列車は伊勢中川駅で大阪線の名張・大阪方面行きの急行(時間帯によっては快速急行)、名張・東青山行き普通、または賢島駅・鳥羽駅発着の特急に連絡する。また一部をのぞく伊勢中川駅始終着の列車は大阪線からの急行と相互連絡を行っている。中には、そのまま大阪方面行きとなる列車もある。名古屋線の発車標の表示には「伊勢中川駅で大阪方面の急行・快速急行に連絡」とはあるが、特急や普通に連絡とは記載されていない[15]

2000年までは津新町駅折り返しの急行が日中に毎時1本設定され、津新町駅以南は毎時2本の運転であったが、2001年に伊勢中川駅折り返し、2012年に松阪駅折り返しに変更され、全区間毎時3本運転となった。また、2003年までは日中にも鳥羽駅発着の列車が多く設定されていたが、2004年の改正でほとんどが宇治山田駅・五十鈴川駅折り返しに変更となり、それ以降、鳥羽駅発着は朝と夕方 - 夜間(鳥羽行のみ)に設定されるのみとなった。

日中の近鉄名古屋駅 - 近鉄四日市駅間の列車は2012年3月20日のダイヤ改正で増発された(平日・休日ともに12本増、いずれも近鉄名古屋駅 - 富吉駅間の準急の一部を格上げ)もので、平日朝ラッシュ及び深夜以外で同区間のみの急行は初めての設定である。また、一部の伊勢中川止まりの急行の運転区間が松阪駅まで延長された[16]

1997年から2002年までは、下り列車の近鉄名古屋発車時刻は乙特急(名阪名伊)のすぐ後であったので、基本的に名古屋線内で乙特急に追い越されることはなかったが、現在は後発の乙特急との時間差が縮まったことで、塩浜駅または伊勢若松駅で乙特急を待避している。日中のダイヤで急行と乙特急は合わせて約10分間隔に均一化された反面、白子駅以南への到達時分は延びた。一方で下りの近鉄四日市行きは名阪乙特急の直後に発車するため、途中駅での待避は行われない。反対に日中の上り列車は近鉄蟹江駅(日中の近鉄四日市駅折り返し列車のみ)、塩浜駅、江戸橋駅で乙特急を待避する。 また近鉄名古屋駅 - 松阪駅間の一部列車は、上下共に江戸橋駅で名阪甲特急を、土曜・休日は日中の一部時間帯で近鉄弥富駅(主に下り列車)と桑名駅(上り列車のみ)で増発便の名阪甲特急・名伊甲特急を、下り列車のみ近鉄弥富駅でしまかぜを待避する。ラッシュ時には桑名駅、近鉄四日市駅、白子駅で乙特急の待避と緩急接続を同時に行う列車もある。なお、待避時分をのぞけば伊勢中川 - 近鉄名古屋間の所要時分は1時間13 - 14分である(特急を待避する列車の所要時間は1時間15 - 20分)。2012年現在、近鉄名古屋駅 - 伊勢中川駅間の最速所要時間は1時間12分(表定速度65km/h)である。

編成は6両(名古屋寄り2両+伊勢寄り4両、朝の1往復は名古屋寄り4両+伊勢寄り2両)がほとんどで、平日の近鉄四日市7:23発名古屋行きのみトイレ無しの3両+3両で運転するが、早朝と深夜の一部列車は4両固定編成で運転(最終の四日市行きのみ、トイレ無しの2両+2両で運転)されている。途中駅での増解結は設定されていない。ただし、日中の近鉄四日市駅発着列車は湯の山線の関連運用であるために原則としてワンマン対応のトイレ無し3両編成であり、他の急行より編成が短い[17]

増結部分の2両はロングシートで1810系(名古屋線運用のみ)や1230系9000系などが充当される[18]。これに対して、4両部分は一部の列車をのぞき、5200系5800系2610系・2800系(2610系と一部の2800系はL/Cカー仕様のもの)などのクロスシート車が充当され、ロングシート4連車は1200系1211F・1212Fや2800系2817Fが充当されるが、稀に2000系2107Fも1000系2430系など、他の3両編成車と組んだ6両で急行運用に入る。近鉄四日市駅以南に乗り入れる鈴鹿線直通以外の全列車にトイレが付いている。

前述の通りJR東海の関西線にて運転されている快速「みえ」との対抗として、5200系などのクロスシート車両が急行へ集中的に投入されたため、同じくクロスシート車両を運転している大阪線や奈良線に比べても名古屋線はクロスシート車両の割合が高い。

通常は名古屋線所属車両で運転されるが、早朝と夜間の3往復と、名古屋線用急行編成が検査などで不足した際は大阪線所属の車両(1400系1407F・2610系ロングシート車・稀に5200系)で運転されている。また、ダイヤ乱れの場合には稀に大阪線所属の5800系(6両固定編成)やトイレの無い車両(1620系8810系・9200系など)が運用に入ることがある。

大阪線との直通運転[編集]

急行以下の列車で名古屋線と大阪線の間で直通運転を行うのは、早朝の大阪線名張駅発の近鉄名古屋行き急行1本に限られる。この列車は中川短絡線を通過せず、伊勢中川駅で方向転換(スイッチバック)して名古屋線へ直通運転し、大阪線内では新青山トンネルを通過するため、増結車両には大阪線所属の2両編成が増結され、名古屋線所属のL/Cカーもしくはロングシート車両の限定運用である。車両運用が乱れた場合には5200系や大阪線所属の2610系が充当されることもある。

一方、名古屋線から大阪線への直通列車は特急をのぞき設定されていないが、早朝の近鉄名古屋駅発の伊勢中川行き急行2本は、伊勢中川駅から大阪線の快速急行および急行として引き続き運転されている[19]。 これらの列車には大阪線所属の2610系ロングシート改造車もしくは1400系1407Fの限定運用であり、5200系などのクロスシート車両は基本的には充当されない。うちの1本の増結車には、名張駅始発急行と同様に9020系9051F(シリーズ21)、信貴線用の1430系1431F・1432F以外の車両に限定して乗り入れる。ダイヤが乱れた場合は5200系や5800系6両固定編成、1620系などが入ることがある。

なお、近鉄名古屋駅 - 名張駅間の距離は120.6kmで、近鉄名古屋駅 - 鳥羽駅間の距離120.4kmより0.2kmだけ長く、ダイヤ上は近鉄名古屋駅発着の最長運転距離の急行である[20]

鈴鹿線との直通運転[編集]

2013年現在、鈴鹿線と直通する列車は、平日朝に近鉄四日市発平田町行きの急行が1本のみ運転されている。平田町発や土曜・休日は運転されていない。2011年までは土曜・休日も平田町行き・近鉄四日市行きがそれぞれ1本ずつ運転されていたが、2012年3月20日のダイヤ改正で廃止されている。1987年以前は平田町駅折り返し列車が終日設定されていた。

編成両数は鈴鹿線のホーム有効長の関係から、3両編成で運転されている。

準急[編集]

終日運転され、日中は近鉄名古屋駅 - 近鉄四日市駅間で毎時1本、日中以外は近鉄名古屋駅 - 富吉駅・近鉄四日市駅間で運転される。近鉄名古屋駅 - 近鉄蟹江駅間はノンストップで、近鉄蟹江駅以南は各駅に停車する。愛知県内での短距離優等種別で、三重県内での普通列車の補完という位置付けになっている。なお、近鉄四日市駅に到着する列車の大半は、列車種別を「普通」に変更して白塚駅・津新町駅・伊勢中川駅(昼間は白塚駅か津新町駅)まで運転を継続する。

日中の準急は始発駅を急行の続行で発車するため、終点まで後の急行より先着する。待避回数によって所要時間に差があるものの、近鉄名古屋駅 - 近鉄四日市駅間の標準所要時間は50分強。そのうち、急行との緩急接続や待避を行わない列車の最短所要時間は45分である。

2002年までは、終日、近鉄蟹江駅または富吉駅で普通と準急の、近鉄弥富駅で準急と急行の接続をとっていた。2002年に近鉄蟹江駅が急行停車駅に追加されたことにより、ラッシュ時のみ接続するようになった。名古屋市内の普通停車駅から四日市方面へは近鉄蟹江駅で急行に乗り換えられるようになった。ラッシュ時の近鉄四日市行きは桑名駅と近鉄四日市駅で乙特急と接続し、近鉄弥富駅・益生駅・阿倉川駅で急行を、近鉄蟹江駅・富吉駅・益生駅・川越富洲原駅で乙特急または名阪甲特急を待避する。上りの一部は桑名駅で乙特急または急行、近鉄弥富駅または近鉄蟹江駅で急行と緩急接続し、特に朝ラッシュ時は桑名駅で乙特急に接続する列車がほとんどである。また、夜間の富吉駅発着の一部に近鉄蟹江駅または富吉駅で、四日市方面発着の普通列車に接続する列車が存在する。

編成両数はラッシュ時以外は基本的に2・3両編成(一部の列車は4・5・6両)で、ラッシュ時は4・5両編成で運転されるが[21]、近鉄四日市駅で普通に種別変更する際に、後部編成を切り離す[22]。富吉駅での増結や車両切り離しは設定されていない。富吉行の一部の列車は急行の編成を使用して6両で走るが、この場合は近鉄名古屋駅の3番線から発車する[23]

使用車両は富吉駅発着列車をのぞいて普通列車と共通であるが、土曜・休日ダイヤの近鉄四日市7:44発名古屋行き準急は急行の編成を単独で使う運用で、トイレ装備車の4両編成が充当される。ただし、運用が乱れた場合に2+2両のトイレ未設置編成が運用に入ることもある。このほか、富吉駅発着列車の3往復は大阪線急行の関連運用であるため、大阪線所属の2610系が充当されている。

なお、1983年3月18日のダイヤ改正前までは鳥羽線鳥羽駅または鈴鹿線平田町駅まで運転されていた。

1956年の近畿日本四日市駅移転直前の停車駅は近畿日本弥富駅桑名駅益生駅富洲原駅近畿日本富田駅阿倉川駅・諏訪駅・四日市駅・塩浜駅・伊勢若松駅・白子駅・江戸橋駅・津駅・津新町駅・久居駅で、諏訪駅以南は急行と同じであった[24]。その後、以下のように変遷した。

この後、1983年まで近鉄蟹江駅 - 近鉄四日市駅間では佐古木駅・霞ヶ浦駅・川原町駅の3駅を通過した。現在も名古屋線所属車両の方向幕には、塩浜駅以南の準急表示が残る[25]

普通[編集]

各駅に停車する。近鉄名古屋駅 - 富吉駅・白塚駅伊勢中川駅間の運転に加え、日中から夕方にかけて白塚駅 - 志摩線賢島駅間で運転する列車がある。この志摩線直通の列車はワンマン運転を行っている。日中は近鉄名古屋駅 - 白塚駅間と白塚駅 - 賢島駅の系統が毎時2本、近鉄名古屋駅 - 富吉駅間の系統が毎時1本、近鉄四日市駅 - 津新町駅または伊勢中川駅間の系統が毎時1本運転され、近鉄名古屋駅 - 津新町駅間では毎時3本運転される(ただし富吉駅 - 近鉄四日市駅間は各駅停車になる準急が含まれる)。近鉄名古屋駅・賢島駅双方からの白塚駅折り返し列車は、白塚駅で相互接続するようになっている。

日中の時刻表上での全線通しで運転される列車はない。ただし近鉄名古屋 - 近鉄四日市駅の準急が種別変更して伊勢中川駅に発着する列車があるので運用上では全線通しでの運転がある。ほとんどの待避可能な駅で特急・急行に追い越されるため、主要駅間を普通のみで乗り通すと時間がかかる。ラッシュ時の近鉄名古屋 - 伊勢中川間の標準所要時間は2時間10分前後。待避の少ない早朝・夜間の列車の所要時間は2時間前後である。

ラッシュ時についても全線通しで運転されるのは一部のみであり、近鉄名古屋駅 - 富吉駅間、近鉄四日市駅 - 伊勢中川駅間の区間運転が主である。後者はほとんどが近鉄四日市駅で準急に種別変更して近鉄名古屋駅まで運転されている。本数はごくわずかだが、近鉄名古屋駅 - 伊勢中川駅間を運行した列車が伊勢中川駅で山田線宇治山田行きに行先を変更して引き続き運行する列車もある。その他、早朝と夜間、ラッシュ時およびその前後の一部列車に、桑名駅塩浜駅白子駅を発着とする列車や、近鉄名古屋駅・富吉駅 - 近鉄四日市駅間を普通列車として運行する列車、編成送り込みとして近鉄名古屋駅・近鉄四日市駅 - 塩浜駅間[26]および白塚駅 - 津新町駅の区間運転列車もある。

編成両数は通常2両または3両で、ワンマン列車はすべて2両編成で運転される。急行・準急通過駅の多くはホームが最大3両または4両(白塚駅以南)までしか対応しておらず、近鉄の非ワンマン車にはドアカット機能がないため、ラッシュ時でも増結はあまり行われない。近鉄名古屋駅についても普通列車が発着するホームは4両編成に対応しているが、他の駅の都合上4両の普通列車は発着しない。 使用車両は準急と共通(一部の富吉駅発着の準急をのぞく)であるが、朝に1本ある山田線宇治山田発白塚行きは、急行の編成を単独で使う運用で、トイレ付きの4両編成が充当される。ただし、運用が乱れた場合に5200系や2+2両のトイレ無し編成、大阪線の2610系が運用に入ることもある。また、3両編成が不足した場合は、大阪線所属の2430系の3両編成が、2両編成が不足した場合は大阪線所属の2410系、1430系等が運用に入ることがある。

名古屋線の所属車両は順次ワンマン対応の改造工事を進められている。名古屋線所属のワンマン車両には、支線用ワンマン車両にはないドアカット機能があり、無人駅では1両目後乗り・前降りとして運転士が運賃精算を行う形となっている。白塚駅以南のワンマン列車はこのシステムを採用している。

2012年3月20日のダイヤ変更より全線通しで運転される列車は従来よりさらに減少し、日中にも近鉄名古屋駅 - 富吉駅間の列車が毎時1本運転されるようになった(代わりに日中の準急を近鉄四日市駅まで区間延長。近鉄四日市駅以南は津新町駅発着または伊勢中川駅発着の普通に種別・行先を変更して運転)。

大晦日終夜運転[編集]

大晦日から元旦にかけての終夜運転は、近年は近鉄名古屋 - 伊勢方面間に特急・急行が30 - 60分間隔(一部時間帯をのぞく)で運転されるほか、名古屋線の全区間にわたって普通(一部準急)が30 - 60分間隔で運転される。なお、湯の山線・鈴鹿線では近年実施されておらず、列車の運転区間は時間帯によってまちまちである。

名阪特急は終夜運転を行わないため、名古屋 - 大阪方面間へは伊勢中川駅で乗り換えが必要である。また、特急は乙特急の基本停車駅のすべてに停車する(桑名駅、近鉄四日市駅、白子駅、津駅、伊勢中川駅。久居駅には停車しない)が、阪伊特急や吉野特急のように通常ダイヤでは停車しない駅への特別停車はホーム有効長の関係もあって実施されない。

過去にあった種別[編集]

1964年3月23日改正まで、現在の準急に近い列車として直行が運転されていた。近畿日本名古屋駅 - 伊勢中川駅(1959年の改軌後は宇治山田駅)間に運転され、停車駅は近畿日本蟹江駅と近畿日本弥富駅以南の各駅であった。近畿日本名古屋駅 - 近畿日本弥富駅間の各駅は同区間折り返しの普通列車が停車していた。

臨時列車・臨時停車[編集]

名古屋線沿線でイベントや大学入学試験などが行われる際は、臨時列車の運転や、臨時停車が実施される。臨時急行の多くは定期急行同様6両編成で運転され、普通列車も一部区間では増結が行われる。

鈴鹿サーキットF1日本グランプリが開催される際は、近鉄名古屋駅 - 白子駅・鈴鹿線平田町駅間(平田町駅発着は近年運行されていない)で臨時急行が運転される[27]大学入試センター試験の際は、受験生の便宜を図るため、試験開始時刻に合わせて桑名駅 - 江戸橋駅・津新町駅間の臨時急行が運転される。桑名行きには「急行|桑名」の方向幕がないため、簡易方向板が掲出される。時期によっては鈴鹿医療科学大学最寄りの千代崎駅に停車するものがある。

2008年2月までは、四日市競輪開催日に、最寄り駅の霞ヶ浦駅に一部の定期急行が臨時停車したが、現在は行われていない。

また2006年から2008年まで、全米女子プロゴルフ協会公式戦「ミズノクラシック」が賢島カンツリー倶楽部で開催される際は、近鉄四日市駅 - 賢島駅間に臨時列車が設定された。この列車は種別のない臨時列車で、停車駅は鳥羽駅までは定期急行と同じで、鳥羽駅以南は乙特急と同じ停車駅であった。2009年以降は名古屋線からの臨時列車は設定されていない。代わりに、近鉄名古屋5:30発鳥羽行き急行を鳥羽駅で賢島行き臨時に系統変更して延長運転することで、近鉄名古屋駅から乗り換え無しで賢島駅まで直通した。

花火大会関係では、毎年8月に津市で行われる「サマーフェスタ イン ひさい(久居花火大会)」では、花火大会開始時間に合わせて、定期急行列車の津新町行きを伊勢中川行きに延長して運転され、花火大会終了後に白子駅・白塚駅 - 伊勢中川駅間の臨時普通が数本運転される。また、揖斐川河畔で開催される「桑名水郷花火大会」では、桑名駅 - 近鉄四日市駅間に臨時普通が運転される。

正月の初詣の際には、日中の近鉄名古屋駅 - 宇治山田駅間の定期急行列車が五十鈴川駅発着に変更される[28]。初詣のほか、2009年11月3日に伊勢神宮内宮宇治橋渡始式が執り行われた際にも同様の延長運転が行われた。

レジャー関連では、1980年代まで、夏期に近鉄名古屋駅 - 鼓ヶ浦駅間に臨時急行が、1990年代まで、春秋の行楽期に近鉄名古屋駅 - 大和八木駅間および近鉄名古屋駅 - 東青山駅間に臨時急行が運転され、現在も電車の方向幕や駅の発車標にその名残が見られることがあるが、近年は運転されていない。また、2001年から1年間程度ユニバーサル・スタジオ・ジャパンの客向けに、近鉄名古屋駅 - 上本町駅間直通の臨時急行が運転されていた。

2011年11月3日から2012年4月1日まで、ナガシマリゾートなばなの里の最寄り駅である近鉄長島駅に、土曜・休日の夕方 - 夜間時間帯の一部の急行が臨時停車していた[29]。2012年度も同様に臨時停車が行われる。

東海地震への対応[編集]

近鉄名古屋駅 - 川越富洲原駅間は東海地震に対する地震防災対策強化地域に関わっており、東海地震の警戒宣言が発令された場合、同区間では列車の運転が中止されることになっている。これに伴って、名古屋線では川越富洲原駅 - 伊勢中川駅間では特急列車の運転が取り止められ、一般列車でも本数の間引き・徐行運転の措置が行われることになっている。また、名阪甲特急の運転も取り止められるなど、大阪線などにも影響が広がることになる[30]

車両[編集]

現用車両[編集]

配置検車区については、記載の無いものについては富吉検車区の配置である。4両編成は配置されているすべての編成がトイレを装備する。

なお、早朝・深夜の急行など一部列車と、名古屋線車両の車両不足時には以下の大阪線所属の車両が使用されている。記載のないものについては、すべて高安検車区の配置である。

  • 1220系・1253系・1254系:1253系・1254系は日中の急行でも使用
  • 1400系:トイレ装備の1407Fのみ、明星検車区の配置
  • 1420系:日中の急行でも使用、1編成2両のみの配置であるため年間に数度しか名古屋線には入線しない。
  • 1422系・1430系・1435系・1436系・1437系:日中の一部でも使用、1430系は信貴線専属なため名古屋線には滅多に入線しない
  • 2410系:2両編成のみ入線、一部は日中の急行でも使用
  • 2430系:同上、日中の急行でも使用
  • 2610系:ロングシート仕様、明星検車区の配置
  • 5200系:明星検車区の配置、定期列車ではごく稀にしか入線しない

1201系・1240系・1259系・1440系・2444系の全車および1010系・2000系・9000系の一部は白塚駅以南および湯の山線鈴鹿線のワンマン対応で、白塚駅以南のワンマン列車には1201系・1240系・1259系・1440系・9000系に限定して使用される。

大阪線の一部列車には名古屋線所属の車両[31]が使用されているが、1000系・1010系・1810系は勾配抑速制動を装備していないために、定期列車としては大阪線の東青山駅以西には入線しない[32]。大阪線所属の車両は、4両編成についてはトイレ装備車両の大半が入線するが、5800系や5820系については6両固定編成しかなく、特急列車以外は最大6両編成の運転である名古屋線ではダイヤの乱れの場合を除き、増結や切り離しができないためにほとんど入線しない。増結用2両編成としては、シリーズ21の9020系9051F以外のすべての大阪線所属車両が入線する。

2000年代後半以降は阪神電気鉄道との相互直通運転のため奈良・京都線系統へ優先的に新車を投入している関係上、名古屋線所属の通勤車両は1998年(平成10年)に5800系の5812Fが新製投入されてからは、新車が全く投入されておらず、他系統からの転属車両で賄われている[33]。つまり、名古屋線所属の車両は他系統と比べていわゆる「生え抜き」の割合が低い(大阪線所属の車両についても同様)。

団体用車両[編集]

標準軌線区の各線で運用されている。「大阪線」の項も参照。

  • 15200系「あおぞらII(2代目)」:2005年(平成17年)に特急車12200系から改造。2013年(平成25年)4月現在、15102F(4連)が名古屋線の所属(明星車庫の配属)となっている。
  • 18400系:元京都・橿原線用特急車。1997年(平成9年)に18409Fを「あおぞら2」の増結用に格下げ(18409F以外の編成はすべて廃車)。2013年(平成25年)4月現在、名古屋線の所属(明星車庫の配属)となっている。

事業用車両[編集]

  • モト90形(モト94・96):軌間が異なる養老鉄道養老線(2007年9月30日までは近鉄養老線)の車両を要部検査・全般検査で塩浜検修車庫へ回送する際の牽引車として使用。
  • 24系:2006年に2410系2411Fを改造した電気検測車で、愛称は「はかるくん」。2009年4月現在、富吉車庫の配属となっている。

過去の車両[編集]

  • 1000系:4両編成車。トイレ装備車両
  • 1600系:名古屋線初の高性能通勤車。一部にトイレ装備車
  • 1800系:1600系の出力増強型
  • 1810系:サ1960形およびサ1970形
  • 2600系:4扉対面式クロスシート車
  • 2680系:トイレ装備のロングシート車、現在は1編成のみが鮮魚専用車両として大阪線に配置
  • 1480系・2470系:1600系に相当する元大阪線用通勤車
  • 6441系:3扉・吊り掛け駆動ながらも名古屋線初の全金属車体通勤車
  • 20100系「あおぞら」:団体用車両
  • 18200系「あおぞらII(初代)」:団体用車両(元特急車)。18202F(4連)が名古屋線の所属(明星車庫の配属)となっていた。
  • 電動貨車モト75形(モト75・76):1991年廃車。
  • モワ50形(モワ51・52):1600系モ1650形を改造した救援用車両。2000年廃車。

データ[編集]

路線データ[編集]

  • 路線距離(営業キロ):78.8km
  • 軌間:1,435mm
  • 駅数:44駅(起終点駅含む)
  • 複線区間:全線
  • 電化区間:全線電化(直流1500V)
  • 閉塞方式:自動閉塞式
  • 最高速度:120km/h(特急)、110km/h(一般車両)

全線、名古屋輸送統括部(旧名古屋営業局)の管轄である。

駅一覧[編集]

●:全列車停車、|:全列車通過
普通は各駅に停車(表中省略)
特急列車については「近鉄特急」を参照のこと
#印の駅は列車待避可能駅(#↑印の桑名駅は名古屋方面のみ、#↓印の益生駅は津方面のみ可能)。

(運行系統上の下り方向に記述)

駅名 駅間キロ 営業キロ 準急 急行 接続路線 所在地
近鉄名古屋駅 - 0.0 東海旅客鉄道東海道新幹線東海道本線中央本線関西本線名古屋駅
名古屋市営地下鉄Subway NagoyaHigashiyama.png 東山線 (H08)・Subway NagoyaSakuradori.png 桜通線 (S02)…名古屋駅
名古屋臨海高速鉄道西名古屋港線(あおなみ線) (AN01)…名古屋駅
名古屋鉄道名古屋本線名鉄名古屋駅
愛知県 名古屋市
中村区
米野駅 1.1 1.1  
黄金駅 1.0 2.1  
烏森駅 0.7 2.8  
近鉄八田駅# 1.0 3.8 東海旅客鉄道:関西本線…八田駅
名古屋市営地下鉄:Subway NagoyaHigashiyama.png 東山線 (H02)…八田駅
伏屋駅 2.6 6.4   名古屋市
中川区
戸田駅 2.0 8.4  
近鉄蟹江駅# 1.3 9.7   海部郡蟹江町
富吉駅# 2.4 12.1  
佐古木駅 1.6 13.7   弥富市
近鉄弥富駅# 2.4 16.1 東海旅客鉄道:関西本線…弥富駅
名古屋鉄道:尾西線…弥富駅
近鉄長島駅 3.4 19.5   三重県 桑名市
桑名駅#↑ 4.2 23.7 養老鉄道養老線
東海旅客鉄道:関西本線
三岐鉄道北勢線西桑名駅
益生駅#↓ 1.1 24.8  
伊勢朝日駅 2.6 27.4   三重郡朝日町
川越富洲原駅# 2.6 30.0   三重郡川越町
近鉄富田駅 1.6 31.6 三岐鉄道:三岐線 四日市市
霞ヶ浦駅 1.9 33.5  
阿倉川駅# 1.1 34.6  
川原町駅 1.1 35.7  
近鉄四日市駅# 1.2 36.9 近畿日本鉄道湯の山線内部線
新正駅 1.2 38.1    
海山道駅 1.5 39.6    
塩浜駅# 1.2 40.8    
北楠駅 1.8 42.6    
楠駅# 1.6 44.2    
長太ノ浦駅 1.4 45.6     鈴鹿市
箕田駅 1.4 47.0    
伊勢若松駅# 1.3 48.3   近畿日本鉄道:鈴鹿線(一部直通運転:下記参照)
千代崎駅 1.8 50.1    
白子駅# 2.8 52.9    
鼓ヶ浦駅 1.2 54.1    
磯山駅 1.9 56.0    
千里駅 1.9 57.9     津市
豊津上野駅# 1.9 59.8    
白塚駅# 1.9 61.7    
高田本山駅 2.4 64.1    
江戸橋駅# 1.2 65.3    
津駅 1.2 66.5   東海旅客鉄道:紀勢本線
伊勢鉄道伊勢線
津新町駅 2.3 68.8    
南が丘駅 2.7 71.5    
久居駅 2.5 74.0    
桃園駅 1.5 75.5    
伊勢中川駅# 3.3 78.8   近畿日本鉄道:大阪線山田線(一部直通運転:下記参照) 松阪市
直通運転区間 伊勢若松駅から
○急行…鈴鹿線平田町駅まで
伊勢中川駅から
○普通…志摩線賢島駅まで
○急行…鳥羽線鳥羽駅大阪線名張駅(名張駅発1本のみ)まで
  • その他、富吉駅 - 佐古木駅間で愛知県愛西市(善太新田町)を通過しているほか、富吉車庫の一部が愛西市(大野町)にかかっている。

廃駅[編集]

廃止区間の駅は次節を参照。

  • 揖斐川駅(近鉄長島駅 - 桑名駅間) - 1948年休止、1969年廃止。
  • 町屋駅(益生駅 - 伊勢朝日駅間) - 1945年休止、1952年以前廃止。
  • 川越駅(伊勢朝日駅 - 川越富洲原駅間) - 1946年廃止。
  • (旧)霞ヶ浦駅(近鉄富田駅 - 現・霞ヶ浦駅間) - 1943年廃止。
  • 玉垣口駅(千代崎駅 - 白子駅間) - 1926年廃止。
  • 伊勢上野駅(千里駅 - 豊津上野駅間) - 1943年廃止。
  • 豊津浦駅(豊津上野駅 - 白塚駅間) - 1943年廃止。
  • 逆川駅(白塚駅 - 高田本山駅間) - 1944年廃止。
  • 三軒家駅(高田本山駅 - 江戸橋駅間) - 1921年廃止。

廃止区間[編集]

川原町駅 - 西町駅 - 諏訪駅 - 四日市駅 - 海山道駅

  • 1956年経路変更に伴い廃止。

主要駅の乗降客数[編集]

2012年11月13日調査による主要駅の乗降客数は次の通り[34]

  • 近鉄名古屋 102,687人
  • 近鉄蟹江 11,979人
  • 近鉄弥富 11,374人
  • 桑名 20,302人
  • 近鉄富田 15,027人
  • 近鉄四日市 47,102人
  • 塩浜 6,066人
  • 伊勢若松 1,697人
  • 白子 13,095人
  • 江戸橋 8,054人
  • 津 26,149人
  • 津新町 11,806人
  • 久居 9,832人
  • 伊勢中川 6,876人

脚注[編集]

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  1. ^ a b 名古屋列車運行管理システム「KRONOS」が運用開始します (PDF) - 近畿日本鉄道プレスリリース 2010年3月30日
  2. ^ 平成21年3月ダイヤ改正について - 東海旅客鉄道プレスリリース
  3. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t 近畿日本鉄道『近畿日本鉄道100年のあゆみ』2010年、p.677
  4. ^ 近畿日本鉄道『近畿日本鉄道100年のあゆみ』2010年、p.156
  5. ^ 近畿日本鉄道『近畿日本鉄道100年のあゆみ』2010年、p.687
  6. ^ 今尾恵介『日本鉄道旅行地図帳 8号 関西1』新潮社、2008年、pp.29-30
  7. ^ a b c d e 近畿日本鉄道『近畿日本鉄道100年のあゆみ』2010年、pp.248-249
  8. ^ a b c d e f g 近畿日本鉄道『近畿日本鉄道100年のあゆみ』2010年、pp.251
  9. ^ a b c d e f g h i 近畿日本鉄道『近畿日本鉄道100年のあゆみ』2010年、pp.252
  10. ^ ただし、それ以前も遅延復旧などの際には急行・準急の一部区間で高性能車、2200系、2250系、1000系(・1200系)に限り110km/h運転が認可されていた。6000番台の形式をもつ名古屋線旧来の吊り掛け駆動車の最高速度が100km/hのため、同年以前は急行・準急もダイヤ編成上の最高速度が100km/hであった。
  11. ^ 来春、名古屋線の「富洲原駅」を「川越富洲原駅」に駅名変更します (PDF) - 近畿日本鉄道プレスリリース 2008年11月21日
  12. ^ ダイヤ改正についてのお知らせ (PDF) - 近畿日本鉄道プレスリリース 2009年1月16日
  13. ^ 両陛下、式年遷宮後の伊勢神宮へ-近鉄「しまかぜ」に乗って - 伊勢志摩経済新聞(みんなの経済新聞ネットワーク)、2014年3月25日
  14. ^ 運輸政策審議会答申第12号 (PDF) - 国土交通省
  15. ^ 車内アナウンスによる特急、普通列車への乗り換え案内はされている。
  16. ^ 平成24年のダイヤ変更について (PDF) - 近畿日本鉄道プレスリリース 2012年1月20日
  17. ^ 近鉄四日市駅折り返し急行の一部は準急の格上げであるため。
  18. ^ 一部運用には2410系・2430系や1422系、1220系1223Fも入る。
  19. ^ 時刻表上は「伊勢中川で大阪上本町ゆき快速急行(急行)に連絡します」と案内されているが、一部の駅では発車標や放送で「伊勢中川から大阪上本町ゆき快速急行(急行)に変わります」と案内している。
  20. ^ ダイヤ上における、最長運転距離の特別料金不要一般列車は大阪線大阪上本町駅 - 鳥羽駅間の快速急行(休日下りのみ)・急行(平日・休日共に上りのみ)で、運転距離は150.4kmである。
  21. ^ 富吉駅 - 近鉄四日市駅間を6両編成で運転されないのは、佐古木駅伊勢朝日駅川原町駅のプラットホームが5両編成までしか対応しないため。
  22. ^ 近鉄四日市駅 - 白塚駅間の普通停車駅の一部をのぞき3両編成分のホーム有効長しかないため。
  23. ^ 近鉄名古屋駅で通常準急が発車する2番線は5両編成分のホーム有効長しかないため。
  24. ^ 近畿日本四日市駅移転前は、急行も諏訪駅・四日市駅の両駅に停車していた。
  25. ^ 名古屋線所属車両搭載の表示幕対照表には塩浜、湯の山温泉、平田町、白子、津新町、伊勢中川、松阪、宇治山田、鳥羽がある。なお大阪線所属車両には名古屋、富吉、四日市しかない。
  26. ^ 下りの普通の一部は準急の近鉄四日市駅切り離し編成を充当する。
  27. ^ 「F1日本グランプリレ-ス」開催に伴う臨時列車などの運転について (PDF) - 近畿日本鉄道プレスリリース 2011年8月19日
  28. ^ 年末から年始にかけて列車の増発および延長運転を実施します (PDF) - 近畿日本鉄道プレスリリース 2011年11月10日
  29. ^ 近鉄長島駅から「なばなの里」へ新たなアクセスを整備します (PDF) - 近畿日本鉄道プレスリリース 2011年9月30日。なお、その後ウインターイルミネーションが4月1日までに延長されたため臨時停車も延長された。
  30. ^ 東海地震に関するお知らせ - 近畿日本鉄道
  31. ^ 快速急行には2610系・2800系のL/Cカー仕様及び2817F、5200系、5800系、1200系が使用され、増結編成には1233系や1253系、9000系や1430系のワンマン非対応編成と、2800系が使用されている。
  32. ^ 厳密には榊原温泉口駅 - 伊勢中川駅間の急行通過駅におけるプラットホーム有効長の関係から、伊勢中川駅以西には2両編成の1810系しか入線しない。
  33. ^ シリーズ21も所属実績がないが、試運転や2003年のきんてつ鉄道まつりのイベントで伊勢中川駅から塩浜駅まで入線したことはある。
  34. ^ 駅別乗降人員 名古屋線 鈴鹿線 - 近畿日本鉄道

参考文献[編集]

  • 「まるごと近鉄ぶらり沿線の旅」(著者・編者 徳田耕一、出版・発行 河出書房新社 2005年) ISBN 4309224393
  • カラーブックス「日本の私鉄 近鉄1」(著者・編者 諸河久・杉谷広規、出版・発行 保育社 1998年) ISBN 458650904X
  • カラーブックス「日本の私鉄 近鉄2」(著者・編者 諸河久・山辺誠、出版・発行 保育社 1998年) ISBN 4586509058
  • 「近鉄時刻表」各号 (著者・編者 近畿日本鉄道、出版・発行 同左)
  • 「鉄道ピクトリアル'03年1月号増刊 特集:近畿日本鉄道」(著者・編者 電気車研究会 出版・発行 同左)
  • 今尾恵介「日本鉄道旅行地図帳 8号 関西1」新潮社、2008年、ISBN 978-4-10-790026-5
  • 「鉄道ファン」各号(交友社)
  • 「鉄道ダイヤ情報」各号(交通新聞社)

関連項目[編集]