近鉄12000系電車
近鉄12000系電車(きんてつ12000けいでんしゃ)とは、1967年に登場した近畿日本鉄道の特急形車両である。「スナックカー」の名称で軽食サービスを行ったほか、リクライニングシートの採用でサービスグレードの向上を目指した系列である。
12200系電車(12200けいでんしゃ)は12000系の改良増備系列で、1969年から1976年まで大量に製造され、2011年現在に至るまで近鉄特急の最大勢力となっている。本項では12200系のほか、12200系を改造した団体専用車の15200系電車(15200けいでんしゃ)、15400系電車(15400けいでんしゃ)も含めて紹介する。なお、12200系の狭幅車で「ミニスナックカー」と呼ばれた18400系電車については、「近鉄18200系電車#18400系」を参照。
解説の便宜上、本項では大阪上本町・大阪難波寄り先頭車の車両番号+F(Formation=編成の略)を編成名として記述(例:モ12001以下2両編成=12001F)する。
目次 |
[編集] 12000系
| 近鉄12000系電車 | |
|---|---|
| 編成 | 2両編成 |
| 起動加速度 | 2.5 km/h/s |
| 営業最高速度 | 110 km/h |
| 設計最高速度 | 160 km/h |
| 減速度 | 4.0 km/h/s(常用最大) 4.5 km/h/s(非常) |
| 全長 | 41,440 mm |
| 全高 | 4,150 mm |
| 車体長 | 20,720 mm |
| 車体幅 | 2,800 mm |
| 車体高 | 3,805 mm |
| 軌間 | 1,435 mm |
| 電気方式 | 直流1,500V (架空電車線方式) |
| モーター出力 | 180kW |
| 主電動機 | 三菱電機 MB-3127-A |
| 編成出力 | 720kW |
| 歯車比 | 80:21 (3.81) |
| 制御装置 | 抵抗制御 型式:三菱電機 ABFM-254-15MDHA |
| 駆動装置 | WNドライブ |
| ブレーキ方式 | 発電ブレーキ併用電磁直通ブレーキ 型式:HSC-D 抑速ブレーキ |
| 保安装置 | 近鉄型ATS |
| 製造メーカー | 近畿車輛 |
| 備考 | 電算記号:S |
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この表について
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[編集] 登場の背景
大阪線名張駅 - 伊勢中川駅間は従来単線区間であったが、1959年から部分的に複線化され、1967年には大三駅 - 伊勢中川駅間の部分複線化が完了した結果、単線区間は15.8kmを残すのみとなった。この他、近畿日本名古屋駅(現在の近鉄名古屋駅)が1967年12月より2面3線から現在の4面5線に増設され、また大和八木駅の大阪線ホームが2面2線から待避線の増設によって2面4線となり、併せて同駅構内の新ノ口短絡線が完成するなど、特急大増発の布石が打たれたことによって新たな特急電車を製造することになった[1]。
また、近鉄の看板であった名阪ノンストップ特急(甲特急)は1964年に東海道新幹線が開業したことで、大きく乗客を減らしていた。そこで、サービス面を改良することで特急利用者の回復を目指すとともに、利用者が少ないことを考慮して2両編成の運行を考慮した車両を製造することになった。車内にはスナックコーナーを設置し、名古屋都ホテル(2000年廃業)が営業を担当、「みやこコーナー」と呼称のうえ、カレーライスやサンドイッチ、中華ランチなどを提供することとした。
[編集] 概要
本系列は以下の2形式で構成される。全車とも1967年12月に近畿車輛で製造された。
編成はこれら2両を背中合わせに連結した2両編成を基本とし、固定編成の21000系・23000系を除く近鉄の標準軌間線区用特急車各系列と組み合わせて2両から10両編成の範囲で運用される。
前述のとおりMT比1:1の2両編成でMT比2:1の11400系と同等の高速性能を確保するため、1966年に登場した京都 - 伊勢間特急用の18200系と共通の大出力主電動機を採用している。
[編集] 車体
車体は10100系「新ビスタカー」で確立された従来のデザインから大きく変更され、前面は丸みを帯びた形状とし、前照灯は埋め込みタイプとなった。
また、運用上大和八木駅などで列車の分割併合が頻繁に実施される近鉄特急だが、従来は剥き出しであった貫通幌を観音開きのカバーで隠すことにした。
前面の特急標識は、分割併合時の作業時間短縮を重視し、貫通扉に円形の電照標識(縦書きで「特急」と入る)の両側に翼を付けた形とし、翼と中央部を分割して左右の幌カバーと貫通扉に固定している。
また、電照式の行先表示板差しと一体となった標識灯・尾灯が採用された。標識灯は、球切れによる不点灯が保安面の問題や踏切・駅通過時の危険をともなうため、当系列より左右2灯ずつとなった[2]。この標識灯、表示板差しのセットは左右に各1基設置されたが、一方は行先、もう一方は「ノンストップ」「臨時」「吉野連絡」の表示あるいは親子列車の別の行先表示などが入るようになっていた。側面は行先表示板差しが設置されているが、方向幕は装備されなかった。また、「Snack Car」のロゴを入れている。窓下の裾絞りは座席幅を最大限確保するために断面形状が平面から曲面に変更されている。
踏切事故による乗務員・乗客・車両への損傷を最小限に抑えるために、近鉄特急車としてはじめて前面にスカート(排障器)が取り付けられた[3]。登場当初は密着式連結器の下に電気連結器が装備されていなかったため、スカート中央に切り欠きがなかった。モ12000形では、このスカートと台枠の間に挟まるように連結アダプター箱が設置された。これは、当系列製造時点ではまだ大勢を占めていた柴田式自動連結器を備える旧型車との緊急時における連結を考慮したものである。
[編集] 客室
車内は、モ12000形の運転席寄りにスナックコーナーと称する、軽食サービス基地を設置した。レザー張りのカウンターがあり、ここで調理した軽食を座席に運ぶサービスを実施していた。デッキは設置されていないためにスナックコーナーは客室から素通しであった。なお、スナックコーナーは営業列車の増加を見越し、10100系の一部にも設置された。
座席は従来の回転クロス構造とは異なり、近鉄特急車として初採用となる回転式リクライニング構造で、1段のみの簡易タイプである。リクライニングをさせると座面が前にスライドするのが特徴である。従来車と同定員を確保しつつ、リクライニング機構を採用することは容易ではなかったが、ジェット旅客機が950mmのシートピッチでリクライニングしていることに着目し、検討を重ねてようやく採用となったものである[4]。ひじ掛けにはテーブルを内蔵しており、スナックコーナーの軽食を載せることができるサイズとした。座席モケットの色はエンジである。シートピッチは11400系の950mmから980mmに拡大されている。客室内装は木目のデコラ、床材は近鉄特急の当時の標準であった市松模様とした。
空調装置は、11400系以来実績のある冷凍能力4,500kcal/hの東芝RPU-1103分散式ユニットクーラーを1両に6台設置し、各台ごとに強弱を切り替える押しボタンが天井に設置されている。暖房はシーズワイヤー式ヒーターが座席下に設けられている。座席下のヒーターは蹴込板を傾斜させて、足置きとしても使えるようにした。
トイレは、ク12100形の運転席直後に、和式を1か所設けている。ク12100形は乗降扉を2か所設置しており、かつ定員をモ12000形と同一の64名とするため、トイレを運転席直後に設置することでスペースを確保した。便器は進行方向斜めに向けて設置されている。製造時は垂れ流し式であったが、後にタンク式に改修された。台車と干渉するためタンクは台車の後方に設置されている。汚物が配管を流れるようにするため、鉄道車両では珍しくフラッシュバルブが採用されていた。
[編集] 主要機器
本系列のシステム面での基本となった18200系は、京都線・橿原線が直流600V電化であったため、大阪線・山田線の直流1,500Vと京都線・橿原線の直流600Vの双方に対応する複電圧車であったが、12000系はそれらへの乗り入れを行わないため、直流1,500V専用となり、機器構成が簡素化されている。
[編集] 制御器
制御器は三菱電機ABFM-254-15MDHA電動カム軸式抵抗制御器で、18200系に採用されたABFM-214-15MDHを単電圧仕様に簡素化して改良したものである。
この制御器は、2基のパイロットモーターを搭載し、2軸のカム軸を個別に駆動することで大電流の大出力電動機による1C4M制御に対応する。
なお、大阪線に存在する連続33パーミル下り勾配区間で抑速発電ブレーキ機能を確実に使用可能とするため、モ12000形の進行方向向かって左側の台車間に、大容量抵抗器を搭載している。
[編集] 主電動機
主電動機は18200系と同じ三菱電機MB-3127-A[5]で、駆動方式にはWNドライブを採用している。歯数比は80:21で、これは11400系や18200系と同一である。
[編集] 台車
台車は近畿車輛KD-68(モ12000形)・KD-68A(ク12100形)で、18200系で採用されたKD-63・KD-63Aを基本としつつ部品構成を見直して簡素化したシュリーレン式軸箱支持機構を備える、ダイレクトマウント式空気ばね台車である。
[編集] ブレーキ
設計当時の近鉄で標準であった、HSC-D発電ブレーキ付き電磁直通ブレーキを搭載する。
なお、電動車・制御車ともに基礎ブレーキ装置は台車シリンダー式の踏面ブレーキとなっている。
[編集] パンタグラフ
パンタグラフは当初、複電圧で集電容量確保の必要から1編成で2基搭載であった18200系とは異なり、モ12000形の連結面寄りに東洋電機製造PT-4203A菱枠パンタグラフを1基のみ搭載していたが、1970年に運転台側にも増設し2基搭載となった。
この際、既設の冷房装置との干渉を避けて台車心皿中心よりも大きく前進した位置にパンタグラフを搭載したため、後述する12200系と比較して勇壮な印象の外観となっている。
[編集] 補機
[編集] 運用
竣工以来、編成単独の運転や10100系、10400系、11400系等と併結して名阪甲特急・名阪乙特急などを中心に運用された。1978年以降は10100系の代わりに30000系「ビスタカーIII世」や12400系などの「サニーカー」との編成も組まれ、1988年の21000系「アーバンライナー」登場以降は乙特急系統を中心に運用され、1994年以降は22000系「ACE」との編成も組まれていた。
[編集] 改造・車体更新
1971年の列車無線の運用を前に、列車無線アンテナの設置が行われた[6]。
1983年に車体更新工事を施工した。車内設備の老朽化による取り替えのほか、営業を既に取りやめていたスナックコーナーの撤去(車内販売準備室の設置)などを行った。この際、「Snack Car」の側面ロゴも撤去されている。前面特急標識は、30000系と同じ方向幕一体型となり、側面にも方向幕が設置された。車内内装も同系に準じた明るいカラーリングとし、座席モケットもオレンジ色に変更するなど面目を一新した。
客室内の換気は当初は行なわれていなかったが、後年、たばこの煙やそれに伴う車内の臭いの除去を行なうために換気扇が設置された[6]。
当系列は後述の12200系とは異なり、将来の120km/h運転を見越したブレーキ制御圧切替装置を搭載していなかった関係上、1988年3月から名阪甲特急に限って実施された120km/hへのスピードアップ対応工事から外され、もっぱら名伊特急で運用されていた。ところが、その後山田線の改良による速度向上が可能となったことで、1990年から1991年にかけて当系列にもブレーキ制御圧切替装置を搭載の上、最高速度120km/h対応工事が行なわれた[7]。
[編集] 廃車
製造後早くも1969年に伊勢中川駅構内の脱線事故で12007Fが、また1971年には総谷トンネル事故で12001Fがそれぞれ廃車となっている。
その他の8編成16両は30年以上にわたって使用されたが、老朽化が進行したことから1999年から2000年までに全車が廃車となり、形式消滅した。
さよなら運転は12002Fで、同時期に廃車となった18400系18408Fと連結した4両編成で実施された。
[編集] 12200系
| 近鉄12200系電車 | |
|---|---|
近鉄12200系電車
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| 編成 | 2両または4両編成(2005年までは6両編成も存在) |
| 起動加速度 | 2.5 km/h/s |
| 営業最高速度 | 120 km/h |
| 設計最高速度 | 160 km/h |
| 減速度 | 4.0 km/h/s(常用最大) 4.5 km/h/s(非常) |
| 全高 | 4,150 mm |
| 車体長 | 20,720 mm |
| 車体幅 | 2,800 mm |
| 車体高 | 3,805 mm |
| 軌間 | 1,435 mm |
| 電気方式 | 直流1,500V (架空電車線方式) |
| モーター出力 | 180kW |
| 主電動機 | 三菱電機 MB-3127-A |
| 編成出力 | 2両編成:720kW 4両編成:1,440kW 6両編成:2,160kW |
| 歯車比 | 80:21 (3.81) |
| 制御装置 | 抵抗制御 型式:三菱電機 ABFM-254-15MDHA |
| 駆動装置 | WNドライブ |
| 台車 | KD-71 |
| ブレーキ方式 | 発電ブレーキ併用電磁直通ブレーキ 型式:HSC-D 抑速ブレーキ |
| 保安装置 | 近鉄型ATS |
| 製造メーカー | 近畿車輛 |
| 備考 | 電算記号:NS(4・6両編成)・N(2両編成) |
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この表について
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1969年に、12000系の「スナックコーナー」を拡大する形で設計された。翌1970年には、日本万国博覧会(大阪万博)の開催や鳥羽線および難波線の開業、志摩線の改良による大阪 - 賢島間直通運転が控えており、大量に増備されることになった。また、開業後も特急利用客の増加により1976年までに中間車も含め166両が製造された。電算記号は2両編成がN、4・6両編成がNS、中間車がSである。
[編集] 概要
基本的な仕様・性能は12000系に準じているので、改良された点を中心に記述する。
編成は2両編成で、大阪寄りからモ12200形 (Mc) - ク12300形 (Tc) である。
[編集] 車体
車体については、前面形状は同じだが、側面には方向幕が設置された。また、スナックコーナーの拡大により、コーナー部分にも窓が設置され、窓の上部または下部に「Snack Car」のロゴが入っている。海側は資材の出し入れのため、開閉式となり、山側は位置が高くなっている。なお、初期車は不燃基準がA基準であったが、増備途中(末尾16以降と中間車)[8]から地下線走行を考慮しA-A基準に変更されている。
特急列車同士の増解結によるさらなる時間短縮を目的として、電気連結器が新たに設置され、あわせて正面スカートに切り欠きが設けられた。ただし、電気連結器を持たない10100系との連結を考慮し、ジャンパ栓および車体にジャンパ栓受けの設置が継続して行なわれた。また、12000系から引き続いて制御電動車のスカート上に連結アダプター箱が設置された。アダプター箱はスカートの取り付け台を兼ねるために撤去が困難で、柴田式自動連結器を有する旧型車両が淘汰された後も設置されたままとなっている[6]。
[編集] 客室
車内では、モ12200形のスナックコーナーのカウンターが従来の倍以上に拡大され、窓を設置。この関係で運転室との仕切扉は、客室から見て右側の車掌台側に寄せられている(現在のシリーズ21各系列にも通じる)。客室とコーナーの間は乗降扉が設置されているがデッキはないため素通しであるが、乗降扉と客席の間にパーティションが設けられこの部分には補助席が設置された。スナックコーナーは第20編成まで設置されたが、営業上の問題が多く、12221F以降は設置されなくなり、モ12200形の定員は60名から68名に増加した。
座席構造は概ね同様であるが、製造途中から18400系で新規採用された偏心回転構造を採用した。[9]
トイレはク12300形に設けられているが、12000系と異なり連結面に移動し、洋式と和式の個室を1つずつ設置し、洗面所はデッキ部に設置された。処理方式は垂れ流し式から貯蔵タンク式になった。なお、ク12300形の定員は60名である。
[編集] 主要機器
おおむね12000系の仕様を踏襲するが、将来の120km/h運転を念頭に置いて機器の追加や仕様の変更が行われている。
[編集] 制御器・主電動機
制御器は三菱電機ABFM-254-15MDHA電動カム軸式抵抗制御器を、主電動機は三菱電機MB-3127-Aを、それぞれ搭載する。
いずれも12000系の仕様をそのまま踏襲する。
[編集] 台車
12000系のKD-68・KD-68Aを改良した近畿車輛KD-71(モ12200形)・KD-71A(ク12300形)を装着する。
KD-71は主電動機装架スペースとの兼ね合いもあって両抱き式の踏面ブレーキを踏襲するが、KD-71Aについては制動力の高いディスクブレーキを新たに採用した。電動車を両抱き式踏面ブレーキ、付随車・制御車をディスクブレーキとするこの組み合わせは、これ以降、近鉄特急では標準となっている。
[編集] ブレーキ
HSC-D電磁直通ブレーキを搭載する。
ただし、120km/h運転対応として制動力を速度に応じて自動可変させる制動力制御装置が追加搭載されている。
[編集] 集電装置
パンタグラフは2台に増設された。33‰上り勾配においても均衡速度100km/hを確保している。
[編集] 増備
1971年からは中間車の製造も開始され、一部が4両編成となった。12249F - 12252Fについては、さらにモ12029 - モ12032とサ12129 - サ12132が1976年に新製され、それぞれ1両ずつ組み込まれて6両編成化された。この増結用中間車2形式は当初はモ12050形 (M) とサ12150形 (T) と称した。しかし、中間車の増備が続き、形式よりも若い番号の車両が増えたため、モ12050形はモ12020形に、サ12150形がサ12120形にそれぞれ形式名が変更されている。これにより、モ12200形 (Mc) - サ12120形 (T) - モ12020形 (M) - ク12300形 (Tc) という編成とした[10]。モ12020形には車内販売基地が、サ12120形にはトイレ・洗面所[11]としている。サ12120形は補助席も設置された。1974年に製造された12256Fのみは当初から4両編成で落成したが、後に6両編成化された(後述)。
1977年には10100系の廃車代替として12257F - 12259Fが製造されたが、翌年登場の30000系を意識した意匠を取り入れたために変更の度合いが大きく、監督官庁からの指摘を受けて竣功届提出の翌日に形式称号変更届を提出して12400系となった[12]。
[編集] 廃車
1971年の総谷トンネル事故で、12202Fが廃車となった[13]。
1990年代後半以降は景気後退や乗用車への転移による特急利用者の減少もあり、代替新造のないまま旧系列車両の廃車が進行していたが、2000年以降は本系列についても廃車が始まった[14]。また、6両編成については4両編成に、4両編成の一部は2両編成にそれぞれ減車され、2003年から2005年までに6両編成は消滅した。また、2002年に21020系が登場し、以前は汎用特急車で運用されていた奈良・京都線の特急運用に21000系や23000系が充当されるようになったため、一部が後述する団体専用車15200系に改造され、特急運用から離脱している。なお、廃車となった車両の制御装置が30000系に転用されている。
1971年に事故廃車された12202Fや、団体専用車両の15200系に転用改造された12217F・12220F・12230Fとモ12041形・モ12032形を除き、2000年から2005年までに廃車となったのは、12201F・12203F - 12210F・12213F - 12216F・12218F・12223Fと中間車[15]のモ12042形・モ12049 - モ12051・モ12053 - モ12055[16]である。2005年以降本系列の廃車はしばらく発生しなかったが、2010年には22600系の増備投入に伴い、12211Fと12212Fが、2011年には12222Fが廃車となっている。
[編集] 改造・車体更新
[編集] 列車無線アンテナ設置とスナックコーナーの撤去
製造当初は先頭車に列車無線アンテナが設置されていなかったが、1971年製の車両から取り付けられ、それ以前に製造された車両にも順次取り付けが行なわれた[6]。
1977年からは既に営業を停止していたスナックコーナーを一部編成で撤去した。スナックコーナー部分には座席を増設(シートピッチは940mm)、側面窓は他の客席と同じ高さ・形状にそろえられている。ただ、車内販売基地が失われるという欠点もあり、3編成のみにとどまった。これ以降は、スナックコーナーを撤去した跡に車内販売基地を設置し、基地と客室の間には仕切を設けて区分し、客席は4名分増加した。この工事は1983年までに全車完了した[6]。
ほか、電気連結器を持たない10100系が廃車になると、10100系との連結に際して必要だったジャンパ線が不要となるため、順次撤去が行なわれた。また、12000系同様、客室の換気を行うために換気扇が設置された[6]。
[編集] 車体更新(A更新)
1985年からは、本格的な車体更新工事が開始され、12000系同様に前面は方向幕を設置し、客室については内装を12400系などの「サニーカー」と同様の白系の明るい色調のものに、座席は未更新車も含め表地をオレンジ色のものに、座席のリクライニング方式は3段式からフリーストップ式に、床敷物も市松模様から長尺タイプに変更した。1990年からはトイレと洗面台を併設しない出入台と客室の間に仕切りを設ける工事が施工された[6]。この際、仕切りのスペースを捻出するために座席を1列分撤去のうえ、その部分の窓も小窓に変更され、併せて衝立を設置のうえ荷物置き場を設けた。運転台の窓はデフロスターが変更となり、旧型の長方形の枠が撤去された[17]。
1991年以降の更新車(先頭車は末尾33以降、中間車は全車[6])では、21000系に準じたダーク調に変更され、天井照明は間接式に変更、また荷物棚はネット式のものからアルミ製のスリット状のものとなり、その下に蛍光灯を設置し、カーテンもロイヤルラインからベージュ地に、座席モケットはピンク系のものになった。車内の号車表示も札式からLED式となって、トイレ使用表示灯も併設された。妻壁には21000系に準じたドット模様が描かれ、仕切りドアは縦長の細窓が設けられた。トイレ床面も21000系に準じた天然石を採用するなど、従来の更新車とは大きく異なる雰囲気となった。本系列の車体更新は1996年で完了している。
1991年には、翌年に登場が予定されていた新型特急電車(22000系)に採用する塗装を確認するために、12252F、12243F、12244F、12247Fにおいて試験的に塗装の変更が行われた。塗り分け自体に変化はなかったが色味が変更となり、最初に変更された12252Fではオレンジが黄味がかり、紺色は水色のような色味となって、前述の21000系に準じたアコモデーションの変更と同時に登場した。他の3編成では黄味がかった色味と水色より若干青味がかった色味で登場し、この結果を基に22000系ではこの4編成とは違う色味となって登場した。これが現在の汎用特急車の色味であるが、先の4編成も順次この色味に塗り替えられ、試験塗装は短期間で姿を消した[18]。
[編集] パンタグラフの変更と最高速度120km/h化対応工事
一部車両についてはパンタグラフを下枠交差式に取り替え、1988年には120km/h対応のためのブレーキ装置とパンタグラフ、及び抵抗器、ATSの改良工事を実施している[6]。
[編集] 車体更新(B更新)
1998年からは12233F以降の車両にB更新が行われた。2002年までの更新内容は、まず乗降扉上部に雨樋を設置し、1991年以前に車体更新された車両については、1991年以降車体更新の編成に車内設備を合わせるために化粧版や座席などをフル内装更新車両に準ずるものに完全更新した。
1991年以降に車体更新された編成については、既にフル更新された内装であるため、老朽化した座席モケットや化粧板等が新品に取り替えられた。本系列のB更新工事は1998年から2002年までに更新された12235F - 12238F・12243F - 12248F・12252Fで一旦中断している[19]。
1998年にそれまで12252Fに組み込まれていたモ12032とサ12132の2両が12252FのB更新により編成から外され、1995年に車体更新された12256Fに組み込まれて6両編成化されている。組み込まれた2両は1976年製造で比較的車齢が若かったため、1996年に車体更新を受けている。
[編集] 編成両数の減車およびB更新再開後
先述のように2003年から2005年にかけて中間車が減車ないしは廃車解体となった編成が発生する一方で2006年からは本系列のB更新が再開され、これらの内装更新では座席を従来の簡易リクライニングシートからバケット型リクライニングシートに取替え、近鉄の汎用特急車両では初めて転落防止幌が設置された。車内販売準備室の撤去やTc車への空気清浄機の設置も実施されている。本系列のB更新は2008年の12255Fで完了している。
経年の進んだ12232F以前の初期車両にはこれらの更新は施工されず、2000年から2005年にかけての初期車両および中間車の大量廃車で、この期間に廃車とされなかった12211F・12212F・12217F・12219F - 12222F・12224F - 12232Fは座席モケット張替え[20]のみの簡易内装更新に留まっている。
2006年以降に行われた12233F・12234F・12239F - 12242F・12249F - 12251F・12253F - 12256FのB更新時に取り替えられた座席は、22000系や23000系「伊勢志摩ライナー」と同等の固めのウレタン材質を採用したバケット型シートとなり、シートピッチを1,000mmに拡大、背ずりは21020系に類似したタイプに変更され、リクライニング機構はレバー作動のメカ式からボタン作動の油圧式に変更、座席の転換も背起こし式から足踏みペダル式に変更された(自動転換には非対応)。モケットは従来よりも赤紫の強いカクテルレッド(紅色系)である。テーブルはひじ掛け引き出し式からひじ掛け内蔵式に変更された。
2009年4月に12256F、2010年から2011年にかけて12231F - 12255Fに対して新型ATS (ATS-SP) 設置・デッドマン装置更新工事を施工している。
[編集] お召し列車
12200系を使用したお召し列車は1971年、1974年、1975年の3回運転された[21]。御料車はク12300形(下記編成表の ■ の車両)であるが、12400系のサ12551号車のように特定の車両が指定されることはなかった。御料車に指定された車両は、車両中ほどの2窓分16席を撤去して御座所を設置、ガラスは防弾ガラスに付け替え、床には絨毯が敷かれ、荷棚は取り外された。
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| 号車 | 6 | 5 | 4 | 3 | 2 | 1 | |||||
| 形式 | モ12212 | ク12312 | - | モ12243 | ク12343 | - | モ12214 | ク12314 | |||
- 運転区間は6日が近鉄名古屋 - 宇治山田間、8日が鳥羽 - 近鉄名古屋間であった。
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← 賢島・宇治山田・榊原温泉口
近鉄四日市・近鉄名古屋 →
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| 号車 | 6 | 5 | 4 | 3 | 2 | 1 | |||||
| 形式 | モ12253 モ12256 |
サ12153 サ12156 |
モ12053 モ12056 |
ク12353 ク12356 |
- | モ12214 | ク12314 | ||||
- 編成表上段が1974年11月、下段が1975年10月の充当形式。12214Fは変更なし。
- 1975年10月の編成は同年5月のエリザベス女王を乗せたVIP編成と同一である。
- 運転区間は1974年11月は往復とも近鉄名古屋 - 宇治山田間、1975年10月は24日が近鉄名古屋 - 賢島、27日が宇治山田 - 津、28日が榊原温泉口 - 近鉄四日市 - 近鉄名古屋間であた。
[編集] その他
21000系の開発において予定されていた120km/hへのスピードアップのための試験運転に12203Fが使用され、1986年10月から12月の間で測定器を載せて夜間に運転された[22]。同車はこの他、1987年にク12303の台車を積層ゴム方式に改造してKD-71R形として試験され、この結果をもとに5200系の台車が製作された[23]。
[編集] 2011年現在の配置と運用
[編集] 4両編成
4両編成の場合、一部を除いて特定の系統で限定運用されていることが多い。おおまかな運用系統は以下のとおり。
- 明星検車区 12233F - 12240F
阪伊乙特急や阪奈特急、京都線系統を中心に、日中以外の一部の名阪乙特急でも運用されている。12400系や12410系と共通で運用されている。
- 富吉検車区 12243F - 12252F・12256F
名伊乙特急や日中の名阪乙特急の運用が大半であるが、大阪線系統の阪伊乙特急や阪奈特急での運用も存在する。12600系と共通で運用されている。ラッシュ時は30000系や22000系と連結した8両編成でも運用される。
[編集] 2両編成
2両編成は特に限定運用はなく、4両編成である12200系、12400系などの「サニーカー」や30000系「ビスタEX」、22000系「ACE」・22600系「Ace」の増結編成として22000系や22600系の2両編成と共通に運用されている。一部では2本連結の4両編成や3・4本を連結して6・8両編成で運転することもある。また、夏季の臨時列車で湯の山線で運用されることもある。ただし、4両編成に増結する車両という関係上、特定の系統で運用されていることが大半となっている。おおまかな運用系統は以下のとおり。
- 明星検車区 12219F・12221F・12224F - 12229F・12231F・12241F・12242F
阪伊乙特急を中心に、京都線や一部の名阪乙特急でも運用されている。阪伊乙特急や京都線では2編成を連結した4両編成での運用が多い。 なお、2011年3月に転属してきた12241Fと12242Fは、「鉄道ファン2012年1月号」によると、クラブツーリズム専用車両への改造工事を行っている。
- 富吉検車区 12232F・12253F - 12255F
名伊乙特急を中心に、名阪乙特急でも運用されている。単独編成で湯の山線や天理線(名阪乙特急に連結する列車)に乗り入れる際は、富吉所属編成が充当されることが多い。
東花園検車区には1編成12241Fが配置されていたが、2011年3月中旬に明星検車区へ転属、現在はクラブツーリズム専用車両となった。
[編集] 15200系
| 近鉄15200系電車 | |
|---|---|
近鉄15200系電車
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| 編成 | 2両または4両編成 |
| 起動加速度 | 2.5 km/h/s |
| 営業最高速度 | 120 km/h |
| 設計最高速度 | 160 km/h |
| 減速度 | 4.0 km/h/s(常用最大) 4.5 km/h/s(非常) |
| 全高 | 4,150 mm |
| 車体長 | 20,720 mm |
| 車体幅 | 2,800 mm |
| 車体高 | 3,805 mm |
| 軌間 | 1,435 mm |
| 電気方式 | 直流1,500V (架空電車線方式) |
| モーター出力 | 180kW |
| 主電動機 | 三菱電機 MB-3127-A |
| 編成出力 | 2両編成:720kW 4両編成:1,440kW |
| 歯車比 | 80:21 (3.81) |
| 制御装置 | 抵抗制御 型式:三菱電機 ABFM-254-15MDHA |
| 駆動装置 | WNドライブ |
| 台車 | KD-71F・G |
| ブレーキ方式 | 発電ブレーキ併用電磁直通ブレーキ 型式:HSC-D 抑速ブレーキ |
| 保安装置 | 近鉄型ATS |
| 製造メーカー | 近畿車輛 |
| 備考 | 電算記号:PN |
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この表について
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[編集] 概要
「あおぞらII」の名称で、特急車から改造された団体専用車として使われていた18200系が改造から15年以上経過し、老朽化が著しくなってきたことや120km/h運転対応ではないこと、中型車体のため定員が少なく、リクライニングシートでないために居住性にも難があることから、2005年に12200系を改造・改番して18200系を取り替えることになった。ただし、18200系と同様に団体用に使用される18400系2両は当面廃車しない。
18200系からの変更点では、運転速度が110km/hから120km/hに向上、座席定員も18200系「あおぞらII」(18400系も含めて)は合計で692人だったが、15200系では756人に増加した。車内設備も洋式トイレやリクライニングシート装備となり、全車禁煙とする以外は現行の特急車に準じたものとなっている。
車両は、車体の塗装を18200系同様の白とスカイブルーのツートンカラーに改め、方向幕装置を撤去。車内外も補修を行っている。なお、第2編成は種車が先頭車と中間車で異なっていたために、集電装置は下枠交差式パンタグラフとひし形パンタグラフの双方が設置されている。このため、内装も両端2両の先頭車(ピンク系座席のみ取り替えた簡易更新車)と2両の中間車(間接照明付きのフル内装更新車)[24]で異なる。
[編集] 編成・配置
改造されたのは下記の10両である。
| 編成記号 | 新番号 | 旧番号 | 旧編成記号 |
|---|---|---|---|
| PN01 | モ15201 | モ12220 | N20 |
| サ15151 | サ12141 | NS41 | |
| モ15251 | モ12041 | ||
| ク15101 | ク12320 | N20 | |
| PN02 | モ15202 | モ12230 | N30 |
| サ15152 | サ12132 | NS56 | |
| モ15252 | モ12032 | ||
| ク15102 | ク12330 | N30 | |
| PN03 | モ15203 | モ12217 | N17 |
| ク15103 | ク12317 |
15201Fと15203Fは高安検車区に配置され、15202Fは明星検車区に配置されている。
[編集] 15400系
2011年、近鉄グループの旅行会社・クラブツーリズムのツアー専用車両として12200系を改造して投入することが発表された。また、車両愛称は公募される[25][26]。
旅行会社がツアーのために専用車両を導入して通年で貸し切るのは日本国内では初めてである[25][26]。
12200系2両編成のうちN41編成(モ12241-ク12341)とN42編成(モ12242-ク12342)の2本(計4両)[27]を改造し、車体はクラブツーリズムがツアーに導入している観光バス「ロイヤルクルーザー四季の華」と同じダークグリーンを基調とした塗装に変更される[26]。改造後の形式称号はモ12200形がモ15400形 (Mc) に、ク12300形がク15300形 (Tc) にそれぞれ変更される[26]。
車内は床を全面カーペット敷きとして、客室の一部をフリースペースに変更してイベントや荷物置き場として使えるようにし、オーディオ設備も設置する。座席にはクラブツーリズムのロゴが入ったカバーが取付けられる。座席定員はモ15400形が48名、ク15300形が46名に設定される[26]。
トイレは従来の和式個室を洋式化し、既存の洋式個室を含めてリニューアルの上、温水洗浄便座を設置する[26]。
同年12月15日に出発式が開催され、合わせて愛称名「かぎろひ」(万葉集でも詠まれ、朝日の美しい空を表す古語に因む)も発表された[28]。
クラブツーリズムでは2011年12月23日より当該編成を使用したツアーを開始した[25]。
[編集] 脚注
- ^ 『鉄道ピクトリアル』1988年12月臨時増刊号 p.173
- ^ 『鉄道ピクトリアル』1988年12月臨時増刊号 p.173 近鉄12000系カタログ 近畿日本鉄道発行 p.19
- ^ 登場前年に10100系貫通型先頭車に試験的にスカートが取り付けられて実証実験された。『車両発達史シリーズ 近畿日本鉄道特急車』関西鉄道研究会 p.65 ISBN 4-906399-02-9
- ^ 『鉄道ピクトリアル』1969年1月 No.219 電気車研究会 p.35
- ^ 端子電圧675V時1時間定格出力180kW。
- ^ a b c d e f g h i 『とれいん』2009年1月 No.409 p.58 -p.65
- ^ 『JTBキャンブックス 近鉄特急 下』JTB p.86 『とれいん』2009年1月 No.409 p.64
- ^ 『鉄道ピクトリアル』電気車研究会 1975年11月臨時増刊号 No.313 p.83
- ^ 『鉄道ピクトリアル』電気車研究会 1988年12月臨時増刊号 No.313 p.15 p.89
- ^ 6両編成はモ12020およびモ12120形がさらに1両ずつ追加される。
- ^ ク12300形と同一設備。
- ^ 『鉄道ピクトリアル』1988年12月臨時増刊号 p.61・p.181
- ^ ただし対向の大阪行き特急の先頭だった12226Fは大破し運転士が死亡するほどの損傷を受けたにも関わらず、長い時間をかけて修復され、営業運転に復帰している。
- ^ JTBキャンブックス『近鉄特急 下』JTB p.172
- ^ 同一番号である付随車のサ12120形も含めて。
- ^ 特にモ12051・モ12053 - モ12055(廃車になってないモ12052も含めて)は初期製造の中間車両で車齢が30年以上に達していた。
- ^ 『鉄道ピクトリアル』電気車研究会 1988年12月臨時増刊号 No.313 p.178
- ^ 『鉄道ファン』交友社 1992年10月号 p.108
- ^ 2003年から2005年にかけては、7020系・9020系・9820系「シリーズ21」車両の大量増備や、21000系の「アーバンライナーplus」化改造やけいはんな線7000系の車体更新を中心に施工されたため、本系列以外にも当時B更新の途中であった2430系、2610系、8600系、6020系などのB更新も2004年から一旦中断されていた。
- ^ 12400系や1991年以降の本系列の車体更新車両と同様のモケットである。
- ^ 『決定版 近鉄特急』ジェー・アール・アール p.86 『鉄道ピクトリアル』1981年12月 No.398 電気車研究会 p.16 - 17
- ^ 『鉄道ピクトリアル』電気車研究会 1988年12月臨時増刊号 No.313 p.22
- ^ 『鉄道ピクトリアル』電気車研究会 1988年12月臨時増刊号 No.313 p.178
- ^ 製造年も15200系の中では新しい車両である。
- ^ a b c 近鉄特急貸切ツアー(旅行)特集 - クラブツーリズム公式サイト
- ^ a b c d e f 〜「仲間が広がる、旅が深まる」プレミアムトレインの誕生〜 近鉄特急をクラブツーリズム専用列車に改造し、12月23日から運行開始! 〜旅行会社専用列車としては国内初!〜 (PDF) - 近畿日本鉄道・クラブツーリズム 2011年10月7日
- ^ 『鉄道ファン』2012年1月号(交友社) P.57の車内パース図キャプションより。
- ^ 大人の雰囲気満載、バーも落語も 近鉄が観光専用列車 - asahi.com 関西(朝日新聞社) 2011年12月15日、同年12月18日閲覧。同記事内ではビールサーバーが設置されたバーカウンターの車内写真も掲載されている。
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
- 鉄路の名優 - 近鉄公式サイト
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