参宮線

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JR東海 参宮線
宮川橋梁を渡る快速「みえ」
宮川橋梁を渡る快速「みえ
路線総延長 29.1 km
軌間 1067 mm
停車場・施設・接続路線
ABZq+l ABZq+l BHFq
0.0 多気駅 紀勢本線
STR KBSTe
ダイヘン 専用線
BHF
3.3 外城田駅
BHF
7.0 田丸駅
BHF
11.0 宮川駅
exSTRrg eKRZu exLSTRq
関急伊勢線
exWBRÜCKE WBRÜCKE
宮川橋梁 宮川
exSTR BHF
13.2 山田上口駅
exSTR STR STRrg
近鉄山田線
exSTR STR HST
宮町駅
exKHSTe ABZlf STRlg STR
大神宮前駅
15.0 伊勢市駅 三重交通:神都線
STR KDSTe STR
伊勢車両区
HSTq KRZu STRq STRrf
宇治山田駅
WBRÜCKE
勢田川
BHF
17.9 五十鈴ヶ丘駅
WBRÜCKE
五十鈴川
BHF
21.4 二見浦駅
WBRÜCKE
五十鈴川派川
BHF
23.7 松下駅
HST
25.4 (臨)池の浦シーサイド駅
WBRÜCKE
伊勢湾
HSTq KRZu STRlg
池の浦駅
STR STR
近鉄:鳥羽線
29.1 鳥羽駅
STR
近鉄:志摩線
池の浦シーサイド駅 - 鳥羽駅間の干潟を走る快速「みえ」

参宮線(さんぐうせん)は、三重県多気郡多気町多気駅から鳥羽市鳥羽駅に至る東海旅客鉄道(JR東海)の鉄道路線地方交通線)である。

概要[編集]

「参宮線」とあるように、伊勢神宮への参詣路線として建設された路線である。1893年(明治26年)から1911年(明治44年)にかけて開業した[1]。現在の参宮線は紀勢本線の多気駅から分岐しているが、もともと亀山駅 - 鳥羽駅間が参宮線とされ、伊勢神宮参詣の重要路線として幹線並の扱いを受けていたが、紀勢本線が全通した1959年に参宮線は多気駅 - 鳥羽駅間に変更された。1970年近畿日本鉄道(近鉄)の鳥羽線が開業すると乗客は大きく減少し、一時は存廃問題にまで発展した。収支は現在でも厳しく、『週刊東洋経済』の臨時増刊に掲載された記事で評論家が2008年度の営業係数として推定した値は、全国のJR線中でワースト2の422.1(100円の収入を得るために422.1円の費用がかかる)とされている(ワースト1は同じ三重県内の名松線で、534.4)[2]。ただし鉄道会社による公式の営業係数は公表されていない。また、2008年度の輸送密度は1655[2]、2010年度は1639[3]であり、国鉄改革の際に廃止された特定地方交通線の輸送密度と同水準である。

全線が三重支店の管轄となっている。ICカード乗車券TOICAの対象エリアには含まれていない。

路線データ[編集]

運行形態[編集]

快速「みえ」が伊勢鉄道線経由で名古屋駅 - 伊勢市駅・鳥羽駅間に早朝、夜間を除いて、おおむね毎時1本運転されている。「みえ」の朝の上りおよび夕方の伊勢市駅 - 鳥羽駅間、夜間の多気駅 → 伊勢市駅間は各駅に停車する。そのほかの普通列車については、朝と夕方を除く大半の列車が紀勢本線に直通して亀山駅 - 松阪駅 - 伊勢市駅 - 鳥羽駅間で運転されていて、こちらも毎時1本程度の運行になっている。さらに下りの一部は名松線から直通する。

快速「みえ」と朝夕の一部の列車を除いてワンマン運転を行っている(列車番号の末尾が「C」の列車がワンマン列車)。

なお、過去に正月限定で名古屋駅 - 鳥羽駅間において運行された臨時特急「ワイドビュー伊勢初詣」号が当路線を走行したことがある[5]

使用車両[編集]

全線が非電化のため、すべての列車が気動車で運転されている。キハ75形が名古屋車両区所属であるほかは、伊勢車両区所属の車両である。

  • キハ75形
    • 主に快速「みえ」で運用。4両編成で3扉転換式クロスシートを備える。「みえ」の間合い運用の普通列車でもワンマン運転を行わないがワンマン運転対応の400・500番台もまれに入線することがある。
  • キハ11形
    • 普通列車で運用。単行での運転が可能で、ワンマン運転に対応。基本的に0番台または100番台で運用され、300番台は一部の列車で運用されている。
  • キハ40・48形
    • 普通列車で運用。一部の車両はワンマン運転に対応。キハ40形は単行での運転が可能であるが、2両以上となる列車が多い。

なお、2015年度までにキハ25形の投入が予定されている[6]

利用状況と競合交通機関[編集]

松阪駅 - 伊勢市駅 - 鳥羽駅間で近鉄線と競合するが、並行はしておらず、両者の距離が4km以上離れている箇所もある。山田上口駅 - 鳥羽駅間は、地方交通線では珍しく民鉄競合区間より運賃が安く、通勤定期代も松阪駅 - 伊勢市駅 - 鳥羽駅間で近鉄線より安い。しかし、近鉄線よりはるかに運行本数が少なく、終列車も例えば鳥羽駅下り着が近鉄線より2時間早い21時台となっている。また、伊勢市駅 - 鳥羽駅間は、観光シーズンに首都圏のラッシュ並みに混雑する列車もある。ジャパンレールパスでは近鉄線の利用ができないため、外国人観光客は当線を利用するケースも多い[要出典]

東海道新幹線開業以降、天皇お召し列車内閣総理大臣など、伊勢神宮参詣のため伊勢を訪れる要人の多くは名古屋駅から近鉄を利用する状況が続いている。

歴史[編集]

関西鉄道によって、1891年(明治24年)に開業した亀山駅 - 津駅間を延長して、参宮鉄道によって、1893年(明治26年)に津駅 - 相可駅(現在の多気駅) - 宮川駅間が開業し[7][1]1897年(明治30年)に宮川駅 - 山田駅(現在の伊勢市駅)間が開業した[1]1907年(明治40年)に関西鉄道・参宮鉄道ともに国有化され、1911年(明治44年)に山田駅 - 鳥羽駅間が開業し[1]全通した。

伊勢神宮への参詣路線として戦前は幹線同等に扱われ、一部区間が複線化され東京大阪宇野などからの直通参詣列車が運転されていた。しかし、1938年(昭和13年)に関西急行電鉄(現在の近鉄)が関急名古屋乗り入れを果たし、名古屋方面からの参詣客を奪われることになった。さらに第二次世界大戦下に不要不急線とされ、1944年昭和19年)資材供出のため一線撤去し、単線化された。また、参宮線の一部であった亀山駅 - 多気駅間は1959年(昭和34年)の紀勢本線全通時に同線に編入された。

戦後も暫く東京・名古屋・京都・大阪方面から直通列車が運転され、かつ、当時は近鉄大阪線山田線標準軌であるのに対し、近鉄名古屋線狭軌であり、近鉄京都線奈良電気鉄道と別会社の保有路線であったことから、近鉄経由で名古屋・京都から伊勢へ向かうには伊勢中川駅大和八木駅での乗り換えが必須であったため、直通でそれらの地域から伊勢へ向かえる参宮線は競争力を保っていた。さらに近鉄鳥羽線が未開通で、伊勢 - 二見間こそ路面電車である三重交通神都線と競合したものの、伊勢 - 鳥羽間の鉄道往来は参宮線が独占していた。

また、1965年の計画では、戦前の複線区間の復活と、1線のみの五十鈴ヶ丘駅松下駅行き違い施設の設置、鳥羽駅の改良と積極策を立てていた。

しかし、並行する近鉄が名古屋線の標準軌への改軌や奈良電気鉄道の買収で伊勢中川駅や大和八木駅での乗り換えを解消し、さらに近鉄鳥羽線が開通して志摩線賢島駅まで特急列車を直通させると、完全なローカル線に転落した。そして、日本国有鉄道赤字が深刻化すると、複線区間の復活などの積極策は放棄されることになった。

逆に、1968年9月には伊勢市駅 - 鳥羽駅間が、近鉄鳥羽線開通前にもかかわらず赤字83線の一つに挙げられ、廃線を勧告された。この時は廃止は見送られたが、同年10月の改正で名古屋からの急行「いすず」が、1972年3月には東京からの急行「紀伊」の鳥羽編成が、1986年11月の改正で京都からの急行「志摩」が廃止されて東京・名古屋・京都方面との直通列車は全廃された。

また、1981年からの特定地方交通線選定でも、一度は第3次特定地方交通線の選定対象に挙げられた。しかし、1986年4月8日に例外規定の一つである「ピーク時の乗客が一方向1時間1,000人を超す」に該当するとして、選定は見送られ、そのままJRに引き継がれた。

国鉄分割民営化後、近鉄には運転本数や車両の快適さなどで大きく水をあけられているが、JR東海は再び積極姿勢に転じ、1988年に「ホームライナーみえ」、1989年に「伊勢路」を設定し、臨時ながら名古屋直通が復活。さらに1991年からは前年に名古屋駅 - 松阪駅間に新設された快速「みえ」を参宮線内まで延長。「みえ」はその後、車両も転換クロスシートを備えたキハ75形に置き換えられた。近鉄にはなお大差があるとはいえ、「みえ」は1時間に1本の本数を確保し対抗している(「近鉄並行路線における優等列車」の項目も参照)。

1993年から1994年にかけて、鳥羽駅 - 紀伊勝浦駅間に特急「鳥羽・勝浦」を運転した。臨時列車ながら参宮線初の特急列車であった。

2007年5月26日、沿線の有力者である伊勢商工会議所会頭の濱田益嗣赤福会長)が、自動車での観光客誘致に「参宮線が大きな阻害要因」になると主張、2013年第62回神宮式年遷宮で予想される交通渋滞の緩和のためとして、参宮線の廃止と伊勢市駅構内にある車両基地伊勢車両区)の用地の駐車場への転用を提案した[8]。その後、2007年10月に赤福の消費期限及び製造日、原材料表示偽装事件が発覚し、濱田益嗣も商工会議所会頭および赤福会長を辞任したことから廃止の話は立ち消えとなった。2013年の式年遷宮に際して、JR東海は名古屋駅と伊勢市駅を結ぶ臨時急行や、快速「みえ」の増発を発表している[9]

2011年3月12日のダイヤ改正では、快速「みえ」号を2両(多客時などは4両)から常時4両に増結し、サービス向上を図った。

年表[編集]

駅一覧[編集]

  • 停車駅
  • (臨):池の浦シーサイド駅は臨時駅である。営業期間中、主に日中の列車が停車する
  • 線路(全線単線) … ◇・∨・∧:列車交換可、|:列車交換不可
  • 全駅三重県内に所在
駅名 駅間営業キロ 累計営業キロ 接続路線 線路 所在地
多気駅 - 0.0 東海旅客鉄道紀勢本線松阪方面へ直通あり) 多気郡多気町
外城田駅 3.3 3.3  
田丸駅 3.7 7.0   度会郡玉城町
宮川駅 4.0 11.0   伊勢市
山田上口駅 2.2 13.2  
伊勢市駅 1.8 15.0 近畿日本鉄道山田線
五十鈴ヶ丘駅 2.9 17.9  
二見浦駅 3.5 21.4  
松下駅 2.3 23.7  
(臨)池の浦シーサイド駅 1.7 25.4  
鳥羽駅 3.7 29.1 近畿日本鉄道:鳥羽線志摩線 鳥羽市

線内の有人駅は多気駅・伊勢市駅・鳥羽駅のみ、直営駅は多気駅と伊勢市駅のみで、鳥羽駅は東海交通事業による業務委託駅となっている(二見浦駅の簡易委託は2011年3月31日、田丸駅の業務委託は2012年9月30日をもってそれぞれ終了)。自動改札機は伊勢市駅にのみ設置されている。

脚注[編集]

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  1. ^ a b c d e f g 国土交通省鉄道局監修『鉄道要覧』平成18年度、電気車研究会・鉄道図書刊行会、p.39
  2. ^ a b 梅原淳「国内鉄道全路線の収支実態」『鉄道完全解明2011』(週刊東洋経済臨時増刊、2011年7月8日)
  3. ^ 梅原淳「最新!! JR&私鉄 全路線収支」『鉄道完全解明2013』(週刊東洋経済臨時増刊、2013年2月22日号)
  4. ^ 『停車場変遷大事典 国鉄・JR編』JTB、1998年。ISBN 978-4-533-02980-6
  5. ^ 鉄道ファン』1998年4月号、p.112より。なお、1998年は1月1日 - 5日、10日、11日、15日に運転されていた。
  6. ^ 在来線気動車の新製について (PDF) - 東海旅客鉄道 2013年3月14日
  7. ^ a b 「開業廣告」『伊勢新聞』1894年1月1日、p.1。
  8. ^ 「参宮線廃止、駐車場に」 赤福会長、式年遷宮控え提案インターネット・アーカイブ)- 朝日新聞 2007年5月26日
  9. ^ 【社長会見】式年遷宮に向けた取り組みについて - JR東海プレスリリース(2013年7月18日)
  10. ^ 「六軒停車塲落成」『伊勢新聞』1894年1月9日、p.1。
  11. ^ a b 六軒駅・徳和駅の開業日は、『明治27年 三重県統計書』でも六軒は明治27年1月10日、徳和は同年12月31日開業の旨の注記があるが、鉄道省編集『鉄道停車場一覧』(大正15年版)では両駅とも明治26年12月31日となっている(各リンクは国立国会図書館近代デジタルライブラリー)。
  12. ^ 「参宮鐵道德和驛開業廣告」『伊勢新聞』1894年12月30日、p.3。
  13. ^ 「『CTC化』完成 紀勢本線と参宮線」『伊勢新聞』1983年12月20日、p.1。
  14. ^ 「三重地方のJRの3線に新型車両 参宮、名松、紀勢 ワンマン運転」『中日新聞』1989年2月22日 朝刊 三重版

参考文献[編集]

関連項目[編集]