豊橋駅
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| 豊橋駅* | |
|---|---|
東口遠景
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| とよはし - Toyohashi | |
| 所在地 | 愛知県豊橋市花田町西宿 |
| 所属事業者 | ■東海旅客鉄道(JR東海) ■日本貨物鉄道(JR貨物) ■名古屋鉄道(名鉄) |
| 電報略号 | トヨ |
| 駅構造 | 地上駅(橋上駅) |
| ホーム | 2面3線(新幹線) 5面8線(在来線) |
| 乗車人員 -統計年度- |
(JR東海)26,560人 (名鉄)17,091人/日(降車客含まず) -2006年- |
| 開業年月日 | 1888年(明治21年)9月1日 |
| 乗入路線 4 路線 | |
| 所属路線 | ■東海道新幹線 |
| キロ程 | 293.6km(東京起点) |
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◄浜松 (36.5km)
(42.7km) 三河安城►
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| 所属路線 | ■東海道本線 |
| キロ程 | 293.6km(東京起点) |
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◄二川 (6.9km)
(4.8km) 西小坂井►
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| 所属路線 | ■飯田線 |
| キロ程 | 0.0km(豊橋起点) |
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(1.5km) 船町►
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| 所属路線 | ■名古屋本線 |
| キロ程 | 0.0km(豊橋起点) |
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(5.0km) 伊奈►
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| 乗換 | 新豊橋駅(豊橋鉄道渥美線) 駅前駅(豊橋鉄道東田本線) |
| 備考 | 共同使用駅(管理はJR) 終日駅員配置 みどりの窓口 有 |
豊橋駅(とよはしえき)は、愛知県豊橋市花田町西宿にある、東海旅客鉄道(JR東海)・日本貨物鉄道(JR貨物)・名古屋鉄道(名鉄)の駅である。
豊橋鉄道(豊鉄)渥美線の新豊橋駅および東田本線(市内線)の駅前駅が近く、相互に乗り換え可能である。
目次 |
[編集] 利用可能な鉄道路線
- 東海旅客鉄道(JR東海)
- 名古屋鉄道(名鉄)
- 名古屋本線 ※起点駅
- 豊橋鉄道
[編集] 停車列車
名古屋方面には、JR東海道本線・東海道新幹線と名鉄名古屋本線が競合しているため、高速・高密度化が図られている。東海道本線は、2006年10月から平日早朝は8分おきに名古屋方面への快速列車が発車し、名鉄も平日始発から7時台まですべての列車を特急列車へと改正し、JR快速・名鉄特急とも名古屋駅まで約50分で到達する。JR東海からは「名古屋往復きっぷ」・「名古屋〜豊橋カルテットきっぷ」、名鉄からは「なごや特割2」・「なごや特割30」という特別企画乗車券が発売されており、現在も激しいシェア争いが展開されている。
浜松方面には、東海道本線の普通電車(各駅停車及び一部快速列車の直通。浜松駅まで所要時間32分程度)が、1時間に3本程運行されている。特に時間を要する区間ではないものの、この路線を頻繁に利用する者(通勤・通学客など)以外や、目的地を浜松駅として所要時間短縮を求める者などは、東海道新幹線を利用するケースも少なくない(浜松駅まで所要時間12 - 13分程度)。
東海道新幹線は「のぞみ」は停車せず、「ひかり」が一部停車する。本数は18本(ほぼ2時間に1本、2008年3月現在)。
JRの優等列車は、飯田線の特急「伊那路」(豊橋駅発着)がある。
[編集] 駅構造
[編集] JR東海・名鉄
地上駅。東海道新幹線は2面3線のホームを使用する。新幹線の上下本線はホームがない通過線で、下り線は単式ホーム1面1線、上り線は島式ホーム1面2線が待避線上に設置されている。
在来線は5面8線のホームを使用する。5-8番線は島式ホーム、4番線は単式ホームで、1-3番線は単式ホームに隣接する頭端式ホームとなっている。頭端式ホームのうち名鉄が使用する3番線のみプラットホーム高さが980mmと低くなっているが、7500系全廃に伴い1100mmに嵩上げされる予定である。本線は上りが6番線、下りが7番線である。在来線の改札口はJR・名鉄が共用しており、自動改札機も両社対応となっている。駅構内の北側には豊橋運輸区の電留線が広がっている。
のりば
| 1・2 | ■飯田線 | 豊川・中部天竜・飯田方面 | |
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| 3 | ■名鉄名古屋本線 | 東岡崎・名鉄名古屋・名鉄岐阜・中部国際空港方面 | |
| 4 | ■東海道本線 | (下り) | 岡崎・名古屋・岐阜方面 |
| ■飯田線 | 豊川・中部天竜・飯田方面 (現在は臨時便、一部の特急「伊那路」の発着のみ) |
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| 5 - 8 | ■東海道本線 | (下り) | 岡崎・名古屋・岐阜方面 |
| (上り) | 新所原・浜松・静岡方面 | ||
| 11・12 | ■東海道新幹線 | (上り) | 静岡・新横浜・東京方面 |
| 13 | ■東海道新幹線 | (下り) | 名古屋・京都・新大阪方面 |
11番線は通常使用せず、非常時や工事車両などの留置に使われることがある。 4, 5, 8番線は、貨物列車・回送列車・工事車両などの待避として使われ、6, 7番線は貨物列車、当駅通過の旅客用列車の通過として使われることもある。
上記の通り、飯田線は1、2、4番線、東海道本線下り(名古屋方面)は4-8番線、上り(浜松方面)は5-8番線と発車できる番線が多い。浜松方面を行き来する列車の場合は、上りは6番線、下り7番線、名古屋方面の折り返し・終着は4-6番線、浜松方面の折り返し・終着は7、8番線、車庫・留置線からの引上げの始発は上りは5、6番線、下りは4、7、8番線と概ね決まっているが、例外も多々あり、発車番線はあまり規則性がないと言える。また4番線はホーム有効長が6両分しかないため、6両以下の名古屋方面の列車の折り返しあるいは飯田線の列車の発着が主となっている。なお、ほとんどが折り返し列車であることと、当駅より東西での列車の本数が大きく異なるため、同じホームで接続することができないことが多く、名古屋方面からの快速列車の到着1分前に浜松方面行きの列車が発車することがあるなど、接続は悪い。
国鉄時代9,10番線は二俣線用ホームだったが、現在は車両留置専用になっており、旅客用としては欠番で、乗務員や清掃員の業務用ホームとして使用されている。
みどりの窓口は、在来線の改札の前と、新幹線の改札の前に設けられており、在来線側はマルスが2台設置されている。
[編集] 名鉄とJR東海が同居
[編集] 線路の共用
豊橋駅の1 - 3番ホームは名鉄名古屋本線とJR飯田線が共同使用しているとともに、同線の列車は平井信号場の分岐までの約4kmは同じ線路を走る。これは、1927年に当時の愛知電気鉄道(名鉄の前身)が豊川鉄道(JR飯田線の前身)に並行して線路を建設し、両社の単線を複線として共用したのが始まりで、国鉄 - JR東海・名鉄に移行した現在でもこの協定は存続しており、平井信号場と当駅の間では名鉄とJR東海の共用が続いているためである。但し名鉄電車は共用区間の途中にある船町駅と下地駅には停車せず、飯田線と分岐してすぐのところにある伊奈駅まで停まらない。
この協定により現在、豊橋駅から発車する名鉄電車は3番線しか使用できず、本数は最大で毎時6本に規制されている。このため、豊橋駅に到着した名鉄のどの電車もほんの僅かな停車時間(約5分)で折り返してしまう。日中は快速特急・特急・急行が毎時2本ずつのみとなっており(1991年までは豊橋発着の普通列車が早朝と深夜に少数、1980年代初頭までは日中にも設定されていたが今は1本も存在しない)、普通列車に乗るには急行を1駅間利用し伊奈駅で乗り換えなくてはならない。
また、平日朝ラッシュ時間帯(始発 - 8:15発特急まで)は名古屋方面への速達性を図ってJRに対抗するため、下り列車は快速特急、特急のみの発車となり、急行は発車しない。そのため、この時間帯に特急が停車しない本宿駅、美合駅、前後駅、鳴海駅、堀田駅などへ行くには(快速特急の場合新安城駅へ行く場合も)必ず伊奈、国府、東岡崎、知立などで乗り換えが必要である(ただし、上りは急行が設定されている。そのため、豊橋駅で折り返し快速特急や特急になれるよう、これらの急行はあらかじめ特急用車両で運転されている)。 逆に、深夜(名鉄岐阜駅を21時以降、名鉄名古屋駅を21時30分以降、東岡崎駅を22時以降に発車する列車)になると当駅に到着する上り列車は快速特急、特急のみとなるため、特急が停車しない駅から当駅へ来る場合、必ずどこかで乗り換えが必要になる(朝同様、下りは急行があるので、特急用車両が急行として折り返していくことがある)。 これらの時間帯は、快速特急であっても、伊奈駅や国府駅、特急でも伊奈駅に停車させることにより、乗り換えの利便性を向上させている。
当駅における名鉄の列車はすべて営業列車または回送列車で折り返し、夜間の車両(および乗務員)の停泊は無く、翌朝は同様に送り込まれる。
改正前の昼間に走っていた特急中部国際空港行きは早朝(5:53発)の始発列車のみである。現在の昼間のダイヤは、02・32分発が快速特急新鵜沼行き(折り返しは特急)、15・45分発が特急岐阜行き(折り返しは快速特急)、23・53分発が急行岐阜行き(以前は夕方に御嵩行きや新可児行きも存在し、駅の案内表示機でも「この電車は名鉄犬山線直通電車です」と表示されていた。現在は他線区に直通する列車でも特にこのような表示はない。かつては平日朝に1本だけ当駅発の急行佐屋行きも設定されていた)となっている。また、改正前に存在した当駅発着の準急はすべて東岡崎まで急行となったため、当駅で準急は見られなくなった。
なお、当駅の3番線用の行先表示器は、表示されるフォントが異なる他、行先名も誤乗を防ぐため「名鉄岐阜」や「名鉄名古屋」(正式名称ではあるが名鉄の他駅では「名鉄」は省略される)という表示になる。3番線の駅名標にもJR東海マークが付いたままとなっており、名鉄独自の駅名標は見られない(但し3番線には名鉄の電車しか入らないため隣の駅は船町ではなく伊奈である)。
[編集] トランパス
2005年(平成17年)6月25日から豊橋駅でも共通乗車カード「トランパス」が使用可能になったが、当初からすべての自動改札機に対応していたわけではなく、名鉄出札口寄りの3台のみであった。JRがICカード「TOICA」の導入に合わせ、残りの改札機も改修したため、現在では全て対応している。
トランパスは入場と出場を記録することにより運賃を差し引く方式の為、豊橋駅で改札を出ずに名鉄とJRを乗り継ぐとどちらかが満たされなくなる。その為、3番線への階段の上下と新幹線連絡通路の計3箇所に自動精算機を設け、JR東海へ乗り換える際はこれで出場処理を行う(3番線ホーム上の名鉄出札所でも扱ってくれる)。逆の場合(JR東海から名鉄へ乗り換え)の際も、同様に改札内の名鉄出札所で入場処理が必要である。
以上のように少々複雑な制度の為、トランパスの利用開始から約1週間は臨時で係員を2名配置し、1名は3番線ホーム上で、もう一人を改札口付近で看板を持たせ、乗客を誘導していた。その後は有人精算所でテープ放送をするなどして対処していたが、現在は特にこれと言った措置はなく、看板により注意を促している。
[編集] 豊橋オフレールステーション
豊橋オフレールステーション(略称:豊橋ORS)は、豊橋市北島町中川原1-1(船町駅北側)にあるJR貨物の駅の通称。現在はコンテナ集配基地(オフレールステーション)としてのみ機能しており貨物列車の発着は無く、代替として西浜松駅との間に1日3往復のトラック便が運行されている。
かつては貨物列車が発着していたが、1998年(平成10年)10月3日より発着の無い自動車代行駅となり、2006年(平成18年)4月1日よりオフレールステーションとなっている。列車が発着していた頃は1面2線のコンテナホームを有し、線路が飯田線東側に沿って旅客駅まで繋がっていた。現在線路は残っているものの、雑草に覆われている区間が多い。コンテナホームのみコンテナ置場として使用されている。
取扱貨物は、コンテナ貨物と臨時車扱貨物。コンテナ貨物は、12フィートコンテナのみを取り扱う。
かつてはコンテナホームの東側に日本飼料ターミナルの営業所(サイロ)があり、飼料などが到着していたが、1980年代に営業所は閉鎖された。跡地は駐車場やコンテナ置場となっている。
[編集] 駅弁
- 味めぐり伊良湖
- 稲荷寿し
- 稲荷詣で
- うなぎ飯
- お料理弁当吉田
- かにちらし
- 潮騒ちらし
- 道中おむすび
- 手筒花火弁当
- 花まつり弁当
- ヒレカツ弁当
- 幕の内弁当(壺屋弁当部)
- 三河路
[編集] 利用状況
- JR東海・名鉄(以下、出典の関係から「乗車人員」と「乗降人員」が混在しているため、比較の際は注意を要する)
- 愛知県統計年鑑によれば、JR東海の1日平均の乗車人員は2004年度25,700人、2005年度は26,342人、2006年度は26,560人であった。
- また、名鉄豊橋駅の乗車人員は2006年度6,238,370人(1日平均17,091人)である。
- 陸上交通に関する統計(中部運輸局調べ)によれば、2005年度末のJR東海の乗降人員は1日あたり51,400人であった。
- 豊橋市統計書によれば、2007年度のJR・名鉄豊橋駅の乗車人員は合計42,241人であった。
- JR貨物
- 2005年度の発送貨物は89,081トン、到着貨物は51,135トンであった。
[編集] 駅周辺
[編集] 東口
- 豊橋駅ビル
- ココラフロント
- 豊鉄ターミナルホテル
- 豊橋グリーンホテル
- 東横イン豊橋駅東口
- 豊橋商工会議所
- こども未来館
- 豊栄ビル
- みずほ銀行豊橋支店
- 名豊ビル
- 開発ビル(もともとは長崎屋だった商業ビル。現在以下の公共施設等が入居している)
- 豊橋市駅前窓口センター
- 豊橋市駅前文化ホール
- 愛知県県民プラザ旅券センター
- 豊橋丸栄
- 精文館書店本店
- 松葉公園
- 豊橋駅前郵便局
- 新豊橋駅(豊橋鉄道渥美線)
- 駅前駅(豊橋鉄道東田本線)
- 愛知県道143号豊橋停車場線(駅前大通)
- 愛知県道388号大山豊橋停車場線、愛知県道393号豊橋港線、愛知県道496号白鳥豊橋線(大橋通、駅名の由来となった橋の豊橋がある)
- 広小路
[編集] 南口
2008年3月11日オープン。6月5日に移転開業する豊鉄渥美線、新豊橋駅との接続を図る為に新設された。
- 新豊橋駅
- ココラアベニュー = 建設中
[編集] 西口(西駅)
豊橋市民の多くは西口を西駅(にしえき)と呼び、豊橋駅西口という呼び方は少数である(西口の豊鉄バス牟呂循環・神野ふ頭線バス停も「西駅前」である)。
言うまでもなく西駅(西口)は東口と同じ一つの豊橋駅なのだが、東西の賑わいや駅舎設計の落差(市街地前の東口に比べ西口は閑散としている、東口はペデストリアンデッキやバスターミナルや路面電車駅があるが西口はない、東口駅舎に比べ西口は簡素)や、新幹線ホームと在来線・名鉄ホームが比較的離れており、西口が東側と離れた実質的新幹線専用駅のような印象を受けることから、西口を西駅と呼ぶ市民が多い。
近くには、愛知県立豊橋養護学校Bコースのバス停がある。
- JR東海豊橋保線所(新幹線) ・岡崎保線区(在来線)
- サーラ・ガスビル
- 損保ジャパンビル
- ウェステージ豊橋
- コメダ珈琲館
- 成田記念病院
[編集] バス路線
豊橋駅前(東口、豊橋駅バスセンター)発着および西駅前(西口)発着に分かれている。
[編集] 一般路線バス
豊橋市内をはじめ豊川市、蒲郡市、新城市、田原市など東三河各方面への路線がある。蒲郡方面のみ名鉄バス東部の運行で、それ以外はすべて豊鉄バスである。
- 1番のりば
- ■伊良湖本線 - 豊橋駅前~ホテル日航豊橋~豊橋ハートセンター~渥美病院~田原駅前~保美~伊良湖岬
- ■小浜大崎線 - 豊橋駅前~ホテル日航豊橋~豊橋ハートセンター~大崎
- ■大崎線 - 豊橋駅前~時習館前~中野町~豊橋ハートセンター~大崎・トピー工業前・デンソー前
- 2番のりば
- ■豊橋技科大線 - 豊橋駅前~北山~浜道~技科大前~りすぱ豊橋(経由しない便もあり)~福祉村
- ■三本木線 - 豊橋駅前~北山~三本木町~西高師~野依
- 3番のりば
- ■豊橋市民病院線 - 豊橋駅前~新栄東~豊橋市民病院~西高校前~総合卸団地~総合スポーツ公園
- ■卸団地線 - 豊橋駅前~新栄東~吉田方小学校~五号~総合卸団地~総合スポーツ公園
- □名鉄バス(豊橋線) - 豊橋駅前~吉田方農協前~前芝海岸~ラグーナ蒲郡~三谷温泉~蒲郡駅前~西浦温泉前
- 4番のりば
- ■岩田団地線 - 豊橋駅前~台町~大池~三の輪東~岩田団地
- ■牛川金田線 - 豊橋駅前~台町~瓦町~東田坂上~牛川~忠興二丁目~金田住宅前
- ■西口線 - 豊橋駅前~台町~才ノ神~佐藤西~西口
- ■天伯団地線 - 豊橋駅前~台町~つつじが丘一丁目~江島町~西幸~藤並~サイエンスコア・天伯団地
- 5番のりば
- ■飯村岩崎線 - 豊橋駅前~台町~大池~殿田橋~パレマルシェ飯村~豊橋医療センター~柳原団地~赤岩口
- ■二川線 - 豊橋駅前~舟原~瓦町~殿田橋~二川駅~シンフォニア テクノロジー~一里山
- 6番のりば
- ■豊川線 - 豊橋駅前~豊川市民病院前~心道教前~豊川体育館前~豊川市役所前~豊川駅前
- ■新豊線 - 豊橋駅前~豊川市民病院前~心道教前~豊川体育館前~豊川市役所前~豊川駅前~新城車庫前
- 7番のりば
- ■豊橋和田辻線 - 豊橋駅前~札木~豊橋創造大学正門・創造大東~牛川~和田辻~和田辻東~嵩山・四ツ谷
- 西駅前のりば
- ■牟呂循環線 - 西駅前~中央図書館前~往完町~西部団地~牟呂学校前~築地橋~西駅前
- ■神野ふ頭線 - 西駅前~中央図書館前~往完町~牟呂学校前~神野新田南~ライフポート~メルセデスベンツ・日本
[編集] 高速バス
中部国際空港への昼行バスと、東京への夜行バスがある。
- 中部国際空港線(空港特急バス) - 豊鉄バスと知多乗合の共同運行
- 植田車庫前・豊橋駅前~豊川駅前~中部国際空港
- 新宿・豊橋エクスプレス ほの国号 - 豊鉄バスとケイビーバスの共同運行
- 田原駅前~豊橋駅前~豊川駅前~新宿駅西口~中野駅~練馬駅北口
[編集] 歴史
[編集] 復興から発展へ
空襲で焼け落ちた豊橋駅はバラック小屋を仮駅舎として復興したが、利用者は一日あたり数万人と多く、早期の駅舎復興が望まれていた。民間が一定の出資をすることで、ようやく建設が決まった。こうして1950年に全国初の民衆駅が誕生し、駅ビルが普及するきっかけとなった。
駅舎の1階には民間施設として、理髪店、果実店、雑貨店、化粧品店、菓子店、薬店、玩具店、飲食店、ちくわ店、喫茶店、食堂、靴磨き店、公共施設として、手荷物一時預かり所、巡査派出所、観光案内所、公衆電話、弘済会などがあった。2階には市民出資の百貨店があった。駅舎復興と同時期に駅前も整備された。市電のりばを囲んで商店、運送店、倉庫などが雑居していた場所を、整備・拡張することで駅前広場がつくられた。広場中央には貯水池が設けられた。
かつて豊橋駅の北側に踏切があったが、それが戦後の駅周辺の発展を妨げていた。そこで跨線橋(城海津跨線橋)が作られることになった(当時、踏切周辺に商店街があり、建設には強い反対があった)。開通後(1948年)交通の障壁は取り払われ、駅周辺の復興・発展に寄与した。
1970年に当時の市長、河合陸郎が社長となり駅ビルとして建て替えられた。一方で、駅前の地下道が整備された。整備以前は、複雑な横断歩道を多くの人が利用していたため不便を強いられていた。当初は地下商店街の形式で計画されたが、豊橋の人口規模に適さないということで、交通の混乱解消のための地下通路と、駅東西連絡通路が整備されるにとどまった。
[編集] 年表
- 1888年(明治21年)9月1日 - 官設鉄道 浜松駅 - 大府駅間の開通時に、国鉄豊橋駅が開業。
- 1897年(明治30年)7月15日 - 豊川鉄道(現在の飯田線)が豊橋 - 豊川間で開業した際に同線の豊橋駅が開業。
- 1895年(明治28年)4月1日 - 線路名称制定。官設鉄道の駅は東海道線(1909年に東海道本線に改称)の所属となる。
- 1899年(明治32年)12月11日 - 豊川鉄道豊橋駅が吉田駅(よしだえき)に改称。
- 1906年(明治39年)7月15日 - 駅舎の位置する渥美郡花田村が渥美郡豊橋町と合併。8月1日、市制施行により豊橋市内の駅に。
- 1927年(昭和2年)6月1日 - 愛知電気鉄道豊橋線(現在の名鉄名古屋本線)が伊奈信号場(現・伊奈駅)から延伸し吉田駅に乗り入れ。
- 1935年(昭和10年)8月1日 - 名岐鉄道と愛知電気鉄道を合併し名古屋鉄道成立。吉田駅は豊川鉄道と名鉄の駅となる。
- 1943年(昭和18年)8月1日 - 豊川鉄道が国有化され飯田線となる。吉田駅を豊橋駅に統合。豊橋駅は国有鉄道と名鉄の共同使用駅となる。
- 1948年(昭和23年)5月16日 - 名鉄が線路名称を改定し、豊橋線が名古屋本線の一部となる。
- 1950年(昭和25年)3月30日 - 新駅舎が国鉄初の民衆駅として完成。
- 1964年(昭和39年)10月1日 - 東海道新幹線開業に伴い、新幹線停車駅となる。
- 1970年(昭和45年)7月1日 - 豊橋駅ビル(豊橋ステーションビル)がオープン。
- 1986年(昭和61年)11月1日 - 荷物の取扱を廃止。
- 1987年(昭和62年)4月1日 - 国鉄分割民営化により、国鉄の駅は東海旅客鉄道(JR東海)・日本貨物鉄道(JR貨物)が継承。
- 1996年(平成8年)9月16日 - 橋上駅舎化、在来線改札口に自動改札機を設置。
- 1997年(平成9年)3月9日 - 豊橋駅ビル「カルミア」がオープン。
- 1998年(平成10年)2月18日 - 新幹線改札口に自動改札機を設置。
- 1998年(平成10年)2月19日 - 豊橋駅総合開発事業計画により、路面電車の駅前駅を150m移動し、ペデストリアンデッキ下(現在地)に設置。
- 1998年(平成10年)10月3日 - 貨物列車の設定廃止。
- 2003年(平成15年)10月1日 - 新幹線ダイヤ改正で「ひかり」停車本数増加。
- 2004年(平成16年)3月18日 - 豊橋駅ビル「カルミア」がリニューアルオープン。
- 2005年(平成17年)6月25日 - トランパスに対応開始。
- 2005年(平成17年)10月1日 - 在来線にタッチパネル式自動券売機を設置。
- 2006年(平成18年)11月25日 - TOICA導入。
- 2008年(平成20年)3月11日 - 豊橋鉄道渥美線新豊橋駅への接続の利便性を高めるため、南口自由連絡通路の新設を行なう。それに伴い、豊橋駅ビル「カルミア」南館2階がリニューアルオープン(第1期)。
- 2008年(平成20年)4月26日 - 豊橋駅ビル「カルミア」南館2階がリニューアルオープン(第2期)。
[編集] 隣の駅
- 東海旅客鉄道
- ■東海道新幹線(各列車の停車駅は列車記事参照)
- ■東海道本線
- ■飯田線
- 特急「伊那路」始発駅
- 名古屋鉄道
- ■名古屋本線
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
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