長篠城駅
| 長篠城駅* | |
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城郭風の駅舎(2006年8月)
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| ながしのじょう - Nagashinojō | |
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◄鳥居 (1.5km)
(1.3km) 本長篠►
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| 所在地 | 愛知県新城市長篠字森下19 |
| 所属事業者 | 東海旅客鉄道(JR東海) |
| 所属路線 | 飯田線 |
| キロ程 | 30.8km(豊橋起点) |
| 電報略号 | ナセ |
| 駅構造 | 地上駅 |
| ホーム | 1面1線 |
| 乗車人員 -統計年度- |
65人/日(降車客含まず) -1999年- |
| 開業年月日 | 1924年(大正13年)4月1日 |
| 備考 | 駅員無配置駅 * 1943年に長篠古城址駅から改称 |
長篠城駅(ながしのじょうえき)は、愛知県新城市長篠字森下にある、東海旅客鉄道(JR東海)飯田線の駅である。
目次 |
概要[編集]
長篠城駅は、豊橋駅(愛知県)と辰野駅(長野県)を結ぶJR飯田線の途中駅(中間駅)の一つである。新城市の長篠地区に位置する。駅名は、駅付近に位置し、長篠の戦いに関連する城・長篠城にちなむ。
開業は1923年(大正12年)で、鳳来寺鉄道という私鉄の手によって開設された。1943年(昭和18年)に国有化され、1987年(昭和62年)からJR東海に移管されている。私鉄時代は「長篠古城址駅」(ながしのこじょうしえき)という駅名であった。
構造[編集]
ホームが地面に接する地上駅である。ホームは片側(ここでは南側)のみに線路が接する単式ホーム(片面ホーム)であり[1]であり、上下列車双方ともこのホームを使用する。かつてはこのホームの反対側(南側)にさらに1面ホーム(上りホームに相当)があったが、ホーム跡は残るものの線路は撤去されている[1]。
かつては木造駅舎が使用されていたが、城の櫓を模した駅舎に改築された[2]。1971年以降無人駅(駅員無配置駅)であり、管理駅(駅長配置駅)である豊川駅の管理下に置かれている[3]。
歴史[編集]
長篠城を開設した鳳来寺鉄道は、現在のJR飯田線中南部にあたる大海・三河川合間を運営していた私鉄である。この区間の開通は1923年(大正12年)のことだが、長篠城駅はそれから1年遅れた翌1924年4月に開設された。当時は「長篠古城址駅」という駅名を称した。
1943年8月、鳳来寺鉄道は買収・国有化されて国有鉄道飯田線が成立、それに伴って長篠古城址駅も国有鉄道の駅となった。この国有化にあわせ、現在の「長篠城駅」へ改称した。1971年(昭和46年)には開業時から行っていた貨物の取り扱いを終了し、旅客専用駅となって1987年4月の国鉄分割民営化を迎えてJR東海に移管された。
年表[編集]
- 1924年(大正13年)4月1日 - 鳳来寺鉄道の「長篠古城址駅」として開業[4]。
- 1943年(昭和18年)8月1日 - 国有化、国鉄飯田線の駅に。同時に「長篠城駅」に改称[4]。
- 1962年(昭和37年)6月20日 - 車扱貨物の取り扱いを廃止[4]。
- 1971年(昭和46年)12月1日 - 小口扱貨物の取り扱いを廃止し、貨物営業を終了。荷物の取り扱いも廃止[4]。同時に無人駅化[5]。
- 1987年(昭和62年)4月1日 - 分割民営化によりJR東海が継承[4]。
停車列車[編集]
「飯田線#運行形態」も参照
長篠城駅には、豊橋方面(上り)・飯田方面(下り)の双方とも1時間あたり概ね1本(ラッシュ時は最大2本)の普通列車が停車する。特急「伊那路」と上りに設定されている快速列車は通過する。
駅周辺[編集]
隣の駅[編集]
関連項目[編集]
脚注[編集]
- ^ a b 川島令三 『中部ライン全線・全駅・全配線』第4巻 塩尻駅-名古屋東部、講談社、2010年、34頁(配線図)・75頁。ISBN 978-4-06-270064-1。方角は配線図と実際の地図との対照から補記。
- ^ 笠原香・塚本雅啓 『タイムスリップ飯田線』 大正出版、2007年、97頁。ISBN 978-4-8117-0657-3。
- ^ 東海旅客鉄道(編) 『東海旅客鉄道20年史』 東海旅客鉄道、2007年、732・733頁。
- ^ a b c d e 石野哲(編) 『停車場変遷大事典 国鉄・JR編』 JTB、1998年、99-100頁。ISBN 978-4-533-02980-6。
- ^ 桜ヶ丘ミュージアム(編) 『飯田線展』 桜ヶ丘ミュージアム、2003年、100頁。
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