野田城駅

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野田城駅
駅舎(2007年2月)
駅舎(2007年2月)
のだじょう - Nodajō
東上 (2.7km)
(1.9km) 新城
所在地 愛知県新城市野田字東浄悦2
所属事業者 東海旅客鉄道(JR東海)
所属路線 飯田線
キロ程 19.7km(豊橋起点)
電報略号 ノセ
駅構造 地上駅
ホーム 2面2線
乗車人員
-統計年度-
326人/日(降車客含まず)
-1999年-
開業年月日 1918年大正7年)1月1日
備考 駅員無配置駅

野田城駅(のだじょうえき)は、愛知県新城市野田字東浄悦にある、東海旅客鉄道(JR東海)飯田線である。

概要[編集]

野田城駅は、豊橋駅(愛知県)と辰野駅長野県)を結ぶJR飯田線の中間駅(途中駅)の一つであり、新城市新城地区の西部地区(旧・南設楽郡千郷村域)に位置する。駅名にある「野田城」は、付近にかつて存在し、「野田城の戦い」の舞台となった戦国時代野田城を指す。

1918年大正7年)に、私鉄豊川鉄道の手によって開業した。その後国有化を経て、1987年(昭和62年)の国鉄分割民営化によりJR東海の経営に移っている。

構造[編集]

ホームが地面に接する地上駅という形態である。

ホームは2面あり、2本の線路を挟んで向かいあう形で配置されている[1](この配置形式を相対式ホームという)。ホーム番線は北側が1番線、南側が2番線であり[1]、1番線に中部天竜飯田方面行き下り列車1番線、2番線に豊橋方面行き上り列車が停車する[2]単線上にある交換駅であり、列車の交換(行き違い)が可能であるが、一線スルー形態にもかかわらず信号の都合上、豊橋方面へ向かう列車は25km/h制限を強いられてしまう。

駅舎は1番線(下り線)ホーム側にあり、2つあるホームは構内踏切で繋がっている。駅員が配置されない無人駅(駅員無配置駅)であり、管理駅駅長配置駅)である豊川駅の管理下に置かれている[3]

歴史[編集]

野田城駅を開設した豊川鉄道は、現在のJR飯田線南部にあたる豊橋・大海間を運営していた私鉄である。野田城駅を挟む三河一宮から新城までの区間は1898年(明治31年)に開通するが、それから20年を経た1918年1月に野田城駅は開設された。

1943年(昭和18年)8月、豊川鉄道線は買収・国有化され国有鉄道飯田線が成立する。これによって野田城駅も国有鉄道の駅となった。1971年(昭和46年)には開業時からの貨物営業が廃止されて旅客専用の駅となり、そのまま1987年4月の国鉄分割民営化を迎えてJR東海に継承されている。

年表[編集]

停車列車[編集]

野田城駅には、豊橋方面(上り)・飯田方面(下り)の双方とも1時間あたり概ね1・2本(ラッシュ時は最大3本)の列車が停車する。停車する種別は普通列車と、上りのみに設定されている快速列車の2種類。ただし快速列車は、2本あるうち新城駅始発の列車は通過する。また、特急伊那路」も通過する。

駅周辺[編集]

横浜ゴム新城工場
  • 横浜ゴム新城工場
    • 駅に隣接する工場には並木が植えられ、毎年4月上旬には上り側ホームを覆う様に咲く。工場脇にはゴジラなどを模してタイヤで作られた巨大なオブジェもあり、そこは「タイヤランド」と名付けられ開放されている。
  • 野田城跡
  • 豊鉄バス 野田城バス停
  • 国道151号

隣の駅[編集]

東海旅客鉄道(JR東海)
飯田線
快速(新城駅始発は通過)・普通
東上駅 - 野田城駅 - 新城駅

関連項目[編集]

出典[編集]

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  1. ^ a b 川島令三 『中部ライン全線・全駅・全配線』第4巻 塩尻駅-名古屋東部、講談社2010年、34頁(配線図)・76頁。ISBN 978-4-06-270064-1方角は配線図と実際の地図との対照から補記。
  2. ^ 野田城駅 発駅時刻表 (PDF) 」(JR東海ウェブサイト)、2011年1月6日閲覧
  3. ^ 東海旅客鉄道(編) 『東海旅客鉄道20年史』 東海旅客鉄道、2007年、732・733頁。
  4. ^ a b c d 石野哲(編) 『停車場変遷大事典 国鉄・JR編』 JTB1998年、99頁。ISBN 978-4-533-02980-6
  5. ^ 東海旅客鉄道飯田支店(監修) 『飯田線百年ものがたり』 新葉社、2005年、92頁。