元善光寺駅
| 元善光寺駅* | |
|---|---|
駅舎(2004年11月)
|
|
| もとぜんこうじ - Moto-zenkōji | |
|
◄伊那上郷 (2.7km)
(1.8km) 下市田►
|
|
| 所在地 | 長野県飯田市座光寺3537-8 |
| 所属事業者 | 東海旅客鉄道(JR東海) 日本貨物鉄道(JR貨物) |
| 所属路線 | 飯田線 |
| キロ程 | 133.8km(豊橋起点) |
| 電報略号 | モシ |
| 駅構造 | 地上駅 |
| ホーム | 2面3線 |
| 乗車人員 -統計年度- |
437人/日(降車客含まず) -2010年- |
| 開業年月日 | 1923年(大正12年)3月18日 |
| 備考 | 駅員無配置駅 標高:441m |
元善光寺駅(もとぜんこうじえき)は、長野県飯田市座光寺にある、東海旅客鉄道(JR東海)・日本貨物鉄道(JR貨物)飯田線の駅である。
目次 |
駅構造 [編集]
単式ホーム1面1線と島式ホーム1面2線を有し、列車交換が可能な地上駅。互いのホームは構内踏切で連絡しており、単式ホーム側(北側)に駅舎がある。1・2番線が本線、3番線が上下副本線となっているが、現在は3番線を使う定期旅客列車はない。島式ホームの南側には側線が1本引かれている。
飯田駅管理の無人駅。2013年3月までは東海交通事業の職員が業務を担当する業務委託駅で、みどりの窓口も設置されていた(早朝・夜間は無人だった)。
のりば [編集]
| ホーム | 路線 | 方向 | 行先 |
|---|---|---|---|
| 1 | ■飯田線 | 下り | 辰野方面[1] |
| 2 | ■飯田線 | 上り | 飯田・天竜峡方面[1] |
| 3 | (予備ホーム) | ||
貨物取扱・専用線 [編集]
現在、JR貨物の駅は車扱貨物の臨時取扱駅となっており、貨物列車の発着はない。貨物設備や接続する専用線もなくなっている。
1974年に、周辺の駅に散在していた石油・セメント会社の専用線を当駅に集約したため、5社の専用線が接続したが、1997年までに全廃された。専用線は駅の南西に向かって分岐し、東洋石油(昭和シェル石油系)、秩父セメント飯田サービスステーション、小野田セメント飯田サービスステーション、イタクニ(コスモ石油系)飯田油槽所、JA全農長野下伊那LPガスセンターへ続いていた。
また、中津川線が完成した暁には、石油ターミナルが建設される予定であった。
なお、豊川駅から当駅の間について、JR貨物は第二種鉄道事業免許を有していない。
利用状況 [編集]
徒歩5分の距離に長野県飯田工業高等学校が有るため、通学時間帯は学生の利用が多い。1日平均の乗車人員は以下の通りとなっている。
- 2003年度 - 550人
- 2004年度 - 553人
- 2005年度 - 529人
- 2006年度 - 491人
- 2007年度 - 474人
- 2008年度 - 506人
- 2009年度 - 485人
- 2010年度 - 437人
駅周辺 [編集]
駅から徒歩約7分の位置に元善光寺(旧・坐光寺。長野・甲府など6か所ある善光寺の内、最初のもの)があり、沿道に土産物店などが立ち並ぶ。元善光寺の南側には麻績の里(おみのさと)があり、麻績神社、舞台桜と呼ばれる樹齢約400年の枝垂れ桜、竹田扇之助記念国際糸繰り人形館がある。線路を挟んで反対側には国道153号座光寺バイパスが通っており、大型の店舗が複数出店している。
歴史 [編集]
- 1923年(大正12年)3月18日 - 伊那電気鉄道が市田駅から延伸した際の終着である元善光寺駅として開業。一般駅。
- 1923年(大正12年)8月3日 - 伊那電気鉄道が飯田駅まで延伸し、途中駅となる。
- 1943年(昭和18年)8月1日 - 伊那電気鉄道線が飯田線の一部として国有化され、国鉄の駅となる。同時に座光寺駅(ざこうじえき)に改称。
- 1950年(昭和25年)5月20日 - 元善光寺駅に改称。
- 1971年(昭和46年)12月1日 - 荷物・専用線発着を除く車扱貨物の取扱いを廃止。
- 1986年(昭和61年)11月1日 - 夜間無人化。
- 1987年(昭和62年)4月1日 - 国鉄分割民営化により、東海旅客鉄道(JR東海)・日本貨物鉄道(JR貨物)の駅となる。
- 1996年(平成8年)9月30日 - 貨物列車の運行最終日。
- 1998年(平成10年)3月31日 - 業務委託化。
- 2013年(平成25年)4月1日 - 窓口を廃止し無人化[2]。
リニア中央新幹線の駅について [編集]
長野県ではこれまで、諏訪市・茅野市・松本市といった中信地域にメリットの見込める伊那谷ルート(Bルート)で建設されることを軸とし、他の地域にも配慮した県内に複数の駅を設置することなどを強く要求していたが、これがJRの推進する南アルプスルート(Cルート)案と1県1駅案に反発する構図を生むことになり、最悪の場合には長野県は迂回されるという代替案があがるまでになっていた。さらにCルート上では順当に駅の設置が予想されている飯田市・下伊那地区を中心とした南信地域の要望が、県の総意とするものと異なることに危惧した村井長野県知事(当時)は、2010年6月の小委員会で特定ルートの要望をせず事実上の方針転換の姿勢をみせ、同じくルート選定に関わる山梨県の横内知事が正式にCルート案を支持する姿勢をみせるなど[3]、Cルート案の現実性がさらに高まる一方で、長野県が従来のような主張を続けた場合、JR、並びに沿線となる他県との意見の相違によって、リニア中央新幹線の誘致に関して孤立化するのは得策ではないと判断したのが背景にあるとされた。
また、Cルート上の飯田市は一時、飯田駅へのリニア駅併設を要望していたが、JR側は用地買収の問題などから併設は困難とし、当初北隣の高森町内に駅を設置する案を提示していたが、これに加えて、地元の要望を受けて同町と接する飯田市座光寺地区への設置という折衷的な案等、複数の案を長野県側に提示し[4][5]、それを受け飯田市はJR案を受け入れ、長野県内のリニア駅は飯田市座光寺地区に作ることで決着した。東京都 - 愛知県の区間で唯一ルートと駅の案が発表されていなかった長野県だが、2011年8月5日にJR東海から発表され、駅予定地は飯田駅付近ではなく、飯田市座光寺地区と高森町を含む「天竜川右岸平地」とされた[6]。そのため現段階では当駅付近が最有力である。
隣の駅 [編集]
脚注 [編集]
- ^ a b 駅掲示用時刻表の案内表記。これらはJR東海公式サイトの各駅の時刻表で参照可能(2011年1月現在)。
- ^ 飯田市内2駅が無人駅に JR飯田線 - 中日新聞(2013年2月9日)2013年3月8日閲覧。
- ^ 『リニア新幹線「直線」有力 山梨が国に要望、長野反対せず』 - 読売新聞2010年6月5日13面(14版) (読売新聞縮刷版2010年6月、209頁)
- ^ 信濃毎日新聞 2011年7月21日朝刊
- ^ “長野のリニア中間駅、飯田市内含め複数案提示 JR東海”. 朝日新聞社 (2011年7月22日). 2011年7月22日閲覧。
- ^ 中央新幹線(東京都・名古屋市間)計画段階環境配慮書(長野県分) (PDF) - 東海旅客鉄道、2011年8月5日。
関連項目 [編集]
|
|||||