沼津駅

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沼津駅
南口(2007年4月)
南口(2007年4月)
ぬまづ - Numazu
所在地 静岡県沼津市大手町一丁目1-1
所属事業者 東海旅客鉄道(JR東海)
日本貨物鉄道(JR貨物)
電報略号 ヌマ
駅構造 地上駅
ホーム 3面6線
乗車人員
-統計年度-
22,623人/日(降車客含まず)
-2006年-
開業年月日 1889年明治22年)2月1日
乗入路線 2 路線
所属路線 東海道本線
キロ程 126.2km(東京起点)
三島 (5.5km)
(4.1km) 片浜
所属路線 御殿場線
キロ程 60.2km(国府津起点)
大岡 (2.4km)
備考 駅長配置駅管理駅
みどりの窓口
北口
東海道線ホーム

沼津駅(ぬまづえき)は、静岡県沼津市大手町一丁目にある、東海旅客鉄道(JR東海)・日本貨物鉄道(JR貨物)のである。

目次

[編集] 概要

沼津駅は、静岡県東部の主要都市である沼津市の代表駅であり、同市の市街地に位置している。JR東海の旅客駅とJR貨物の貨物駅が同居する駅であり、東海道本線御殿場線の2路線が乗り入れている。東海道本線では沼津駅は路線の中間に位置する中間駅の扱いだが、御殿場線ではその終点である。いずれの路線も、JR東海が第一種鉄道事業、JR貨物が第二種鉄道事業となっている。

停車する旅客列車は、寝台列車を含めた当駅を経由するすべての列車である。2009年3月現在停車する特急列車は、東海道本線で運行される寝台特急「サンライズ瀬戸」・「サンライズ出雲」と、御殿場線で運行される特急「あさぎり」の3種類である。

駅の開業は1889年(明治22年)である。開業時より国有鉄道の駅だったが、1987年(昭和62年)の国鉄分割民営化によりJR東海・JR貨物の2つの事業者が運営する駅となった。かつては、旅客駅・貨物駅に加え機関区貨車操車場が併設され、駅からは沼津港駅までの貨物支線(沼津港線)も分岐、駅前には路面電車の停留場(沼津駅前停留場)がある鉄道の中心地であった。

[編集] 駅構造

[編集] ホーム・駅構内

東西に伸びる島式ホーム3面6線を有する地上駅である。のりばは南側から1番線、2番線の順で、6番線まである。

2番線が駅の下り本線、4番線が上り本線であり、残りの各線は副本線待避線)である。なお名称は、1番線が下り1番線、3番線が中線、5番線が御殿場本線、6番線が上り1番線である。また貨物列車などが使用する着発線が、6番線の北側に2本(上り2番線・上り3番線)、1番線・2番線ホームの西側にあたる場所に2本(下り2番線・下り3番線)ある。後述の貨物設備に繋がる側線は、下り2番線・下り3番線に接続している。

駅構内には複数の側線があるほか、駅東側の御殿場線沿いには沼津運輸区の電留線が広がっている。かつては構内北側にも機関区(沼津機関区)が置かれていた。機関区の跡地は既に再開発されている。

各ホームは、ホーム西側にあり北口・南口に繋がる跨線橋と、東側にあり南口に繋がる地下通路で連絡している。

のりば
1 東海道本線(下り) 普通ホームライナー 富士清水静岡方面
2 東海道本線(下り) 普通・ホームライナー 富士・清水・静岡方面
寝台特急「サンライズ瀬戸出雲 高松出雲市方面
3 東海道本線(上り) 普通 三島熱海方面
御殿場線 特急あさぎり 御殿場松田小田急線直通 新宿方面
普通 御殿場・松田・国府津方面
(三島からの直通列車)
4 東海道本線(上り) 普通 三島・熱海方面
寝台特急「サンライズ瀬戸・出雲」 熱海・横浜東京方面
5 御殿場線 普通 御殿場・松田・国府津方面
6 御殿場線 普通 御殿場・松田・国府津方面
東海道本線(上り) 普通 三島・熱海方面
(御殿場線からの直通と一部の始発)

[編集] 駅舎・設備

駅舎は構内北側と南側の2か所。2つの駅舎は跨線橋で繋がり、その跨線橋で各ホームにも連絡している。駅舎と跨線橋および、跨線橋とホームを結ぶエレベーターが整備されている。

改札口は、南北2つの駅舎の中にある北口・南口と、跨線橋から駅ビルアントレ」に直結するアントレ改札口の3か所。各改札口には自動改札機が導入されている。駅舎内には、みどりの窓口自動券売機が設置されている。

沼津駅は有人駅である。また、駅長配置駅(直営駅)に分類され[1]管理駅として沼津市内にある東海道本線の2駅(片浜駅原駅)を管理している[1]

[編集] 貨物駅

JR貨物の駅はJR東海の旅客駅より1kmほど西の沼津市本字下中溝601-4に位置する。

3面のコンテナホームと6本の荷役線を有する。うち1面1線のホームは上屋付き。ホームの長さは150メートルほどしかない。貨物列車着発線は旅客ホームの西側にあり、着発線より片浜駅方面に伸びる引上線から、荷役線が着発線方面に戻るように分岐している。なお、引上線や荷役線は電化されていないため、入換作業にはDE10形ディーゼル機関車が使用されている。

駅の北にある明電舎沼津事業所へ専用線が通じ、希に変圧器を輸送する特大貨物列車が運行される。かつては、フジクラ沼津事業所や東芝機械本社工場など駅周辺の工場へも専用線が続いていた。

[編集] 取扱う貨物の種類

[編集] 貨物列車

(2008年3月15日現在[2]

高速貨物列車は下り列車が1日3本(うち当駅始発が2本)、上り列車が1日2本(全列車当駅終着)が停車し貨車の連結・解放を行う。当駅から東京方面へ直接向かう列車はない。

[編集] 利用状況

静岡県統計年鑑によると、1日の平均乗車人員は以下の通りである。

  • 23,017人(2003年度)
  • 22,824人(2004年度)
  • 22,416人(2005年度)
  • 22,623人(2006年度)

[編集] 駅の高架化計画

沼津市が進める「沼津駅周辺総合整備事業」の中核事業として、沼津駅の高架駅化が計画されている。静岡県が事業主体となり、1991年(平成3年)11月から基本構想の策定に着手、2006年(平成18年)11月に高架事業の認可を取得した。

計画案によれば、沼津駅の高架駅化、東海道本線の大岡団地付近 - 小諏訪付近の約3.7kmと御殿場線の大岡団地付近 - 沼津駅付近の約1.6kmを高架化が実施され、それによって13か所の踏切が撤去される。駅に併設されている貨物駅と車両基地は、沼津市原地区( - 東田子の浦間)、沼津市片浜地区(沼津 - 片浜間)にそれぞれ移設される。新貨物駅には着発線荷役方式(E&S方式)が採用される予定である。

高架化された沼津駅は、高架上にホーム、高架下に駅事務所・改札口・南北自由通路などが配置される予定である。ホームは地上駅時代と同じ島式・3面6線で、北から順に東海道本線上り線、御殿場線、東海道本線下り線のホームとなる見込み。計画されている高架化の手順は以下の通りである。

  1. 貨物駅を移転させ、構内北側の貨物線などを撤去。
  2. 貨物線の跡地に高架橋を建設、東海道本線上りホームを高架に切り替え。
  3. 御殿場線のホームを、旧・東海道本線上りホーム(現在の3・4番線)に仮移設。御殿場線ホーム(現在の5・6番線)を撤去。
  4. 旧・御殿場線ホームの跡地に高架橋を建設、御殿場線ホームを高架に切り替え。御殿場線仮ホームの一部を撤去。この時点では地上に2面3線、高架上に2面4線のホームができる。
  5. 旧・御殿場線仮ホームの跡地に高架橋を建設、東海道本線下りホームを高架に切り替え。東海道本線下りホーム(現在の1・2番線)と残りの御殿場線仮ホームを撤去。

鉄道高架事業は2022年度に完成する予定である。沼津駅周辺総合整備事業では、高架化にあわせた道路整備や区画整理再開発が計画されている。

この高架化事業は、度々沼津市市長選挙の争点や沼津市議会の議題としても扱われる。市長のリコールを求める市民の署名運動陳情住民投票が展開された事も過去何度かあった。また車両基地と貨物駅の移転予定地として造成が進む沼津駅西側の沿線には「移転反対」を訴える立て看板やのぼりが車窓から散見される。

[編集] 駅周辺

駅前に設置されている沼津機関区の記念碑
南口西寄りに(当時)建設中の大手町再開発ビルイーラde(2007年8月撮影・北側より)

駅南口は静岡県東部を代表する商業地区(「沼津仲見世商店街」など)となっており、百貨店や商店街、映画館ボウリング場が入居するジョイランド沼津などがあり多くの人で賑わう。また、地域経済の中心としてスルガ銀行本店や静岡中央銀行本店を含む多数の銀行がある。沼津市内各地や伊豆半島方面への路線バスの発着場所になっている。しかし、1990年代以降は、駅前にあったニチイ丸井などが次々と撤退、富士急百貨店も規模を縮小した。南口側の百貨店は富士急百貨店と西武百貨店のみとなったが、再開発ビル「イーラde」が2008年3月20日に完成している。なお、沼津市役所などの市の中心的な公共施設も南口になる。

駅北口では、広大な旧国鉄沼津機関区の跡地を利用して、催し物開催施設である「キラメッセぬまづ」が設置されている。また、イトーヨーカ堂沼津店が近い。風俗店が多く、人通りは南口に比べてそれほど多くないが、2006年4月15日にシネマコンプレックスを含む大型商業施設、BiVi沼津が開業し、今後の発展が期待される。

[編集] 沼津駅前停留場

かつては、沼津駅前を発着する路面電車が存在した。日本で9番目の電気鉄道として開業した駿豆電気鉄道、後の伊豆箱根鉄道軌道線がそれで、駅前から三島広小路駅へ向かっていた。

軌道線の停留場である沼津駅前停留場は、沼津駅南口にある駅前広場の西側にあった[3]。1950年代の写真によれば、停留場の構造は島式ホーム1面2線であり、ホーム北側に事務所が置かれていた[4]。軌道線は沼津駅前を出ると、大手町交差点までは静岡県道52号沼津停車場線上を通っていた[3]

この停留場は、1906年(明治39年)11月28日に駿豆電気鉄道によって開設された。当時は沼津停車場前と名乗っていた。運営事業者はその後富士水力電気・駿豆鉄道・駿豆鉄道箱根遊船・駿豆鉄道と変遷し、1957年(昭和32年)に伊豆箱根鉄道となった。1961年(昭和36年)6月28日に軌道線の黄瀬川橋梁が流失し、沼津駅前 - 国立病院前間の営業が休止されたため、沼津駅前の電車発着がなくなった。その後電車代行バスが運行されていたが、1963年(昭和38年)2月5日に軌道線は廃線、沼津駅前停留場も廃止された。

[編集] バス路線

[編集] 南口

南口のバスターミナルは、駅前と富士急百貨店前の2か所に分かれている。

駅前バスターミナルの1 - 8番のりばからは、伊豆箱根バス沼津登山東海バスの路線が発着し、主に沼津港、沼津市南部、三島、伊豆方面などへのバスが出る。

富士急百貨店前の1 - 6番のりばからは富士急シティバスの路線が発着し、沼津市西部・北部や富士方面などのバスの便がある。かつては新松田駅行き、新静岡駅行き、八王子駅行き(スキッパー号)の高速バスが出ていたが、利用客低迷により廃止された。

[編集] 北口

南口ほどの規模ではないが、北口にも小規模なバスターミナルがある。

このターミナルには、次の高速バスも停車する。

[編集] 歴史

東海道本線は開業当時は御殿場駅経由であったが、同経路には25‰(パーミル)という急勾配があった。大阪方面からの鉄道車両はこの勾配を越えられる機関車に同駅で付け替えを行い、更に両数が多い場合は補助機関車を列車後部に追加連結する必要があったため、沼津駅に上り列車は必ず停車していた。なお、東京方面からの下り列車は、国府津駅で補助機関車を連結した後、普通列車を除いて御殿場駅構内を通過する時に機関車を走行解放していたため、停車を必要としなかった。実際には1930年に運転を開始した特急「」の下りを除き、すべての旅客列車が沼津に停車していた。

この必要から操車場・整備施設はもとより、難所とされる峠越え線路の保守関係設備も発展した。これらの操車関連により必然的に停車時間が長引き、結果的に沼津の観光産業に少なくない影響を与えることになった。

1934年(昭和9年)に丹那トンネルを経由する熱海 - 沼津間が開通すると、今度は上下とも東海道本線の列車を牽引する電気機関車蒸気機関車を同駅で付け替えることになり、すべての旅客列車・貨物列車が何分間か停車することになった。丹那トンネルは長大なトンネルである。機関士が煤煙で失神する危険性を孕んでいたために、蒸気機関車牽引の列車がそのまま直通することは不可能であったから、電気機関車への付け替えが必要だったのである。そのための停車時間を使用して駅弁土産などを買う人が多くなり、「沼津まではぬまず(飲まず)食わずで我慢しよう」という詞も生まれた(鉄道路線や駅・施設に関する俗称#な行を参照)。この機関車付け替え作業は、1949年(昭和24年)2月に電化区間が静岡駅へ延伸されるまで続いた。

[編集] 年表

  • 1889年明治22年)2月1日 : 官設鉄道沼津駅として、国府津 - 静岡間の開通時に開業[5]。旅客・貨物営業を開始[5]
  • 1891年(明治24年)1月12日 : 御殿場 - 沼津間複線化単線と複線の切替地点に。
  • 1895年(明治28年)4月1日 : 線路名称制定により、当駅を通る路線が東海道線と命名される。
  • 1899年(明治32年)2月24日 : 沼津 - 鈴川(後の吉原駅)間複線化。
  • 1899年(明治32年)6月15日 : 沼津 - 蛇松(後の沼津港駅)間の資材運搬専用線が、官設鉄道の非営業線として運行開始[6]
  • 1907年(明治40年)11月1日 : 沼津 - 蛇松間の非営業線が、貨物支線として正式開業[6]
  • 1909年(明治42年)10月12日 : 国有鉄道の線路名称制定により、当駅を通る東海道線の本線筋が東海道本線と命名される[6]
  • 1913年大正2年)3月3日 : 沼津大火により、初代駅舎焼失[7][8]
  • 1926年(大正15年)12月10日 : 2度目の沼津大火により、2代目駅舎焼失[7][8]
  • 1934年昭和9年)12月1日 : 東海道本線熱海 - 沼津間が開通。国府津 - 御殿場 - 沼津間は御殿場線と改称され、当駅は東海道本線と御殿場線の接続駅となる[6]
    • 熱海 - 沼津間の新線は電化されて開業した。当時、東海道本線の沼津以東と御殿場線は非電化であった。
    • 東海道新幹線が計画された際には、線形の関係と沼津付近の地盤が悪いことから隣の三島を経由するルートが建設され、沼津に駅は設けられなかった。
  • 1937年(昭和12年)7月 : 4代目の駅舎に改築[8]
  • 1945年(昭和20年)7月16日 : アメリカ軍による空襲で4代目駅舎焼失[8]
  • 1949年(昭和24年)2月1日 : 東海道本線 沼津 - 静岡間電化。
  • 1953年(昭和28年)3月30日 : 5代目駅舎を建設、民衆駅[8]
  • 1956年(昭和31年) : 北口新設[7]
  • 1968年(昭和43年) : コンテナホーム設置[9]
  • 1968年(昭和43年)7月1日 : 御殿場線 御殿場 - 沼津間電化。これにより、当駅に乗り入れる旅客線はすべて電化された。
  • 1973年(昭和48年)7月1日 : 駅ビル建設[8]
  • 1974年(昭和49年)9月1日 : 沼津 - 沼津港間の東海道本線貨物支線を廃止[6]
  • 1978年(昭和53年)10月2日 : 本社指定組成駅から地区指定組成駅に降格[10]
  • 1984年(昭和59年)2月1日 : 地区指定組成駅の指定を解除、新たに輸送基地に指定される[10]
  • 1986年(昭和61年)11月1日 : 荷物取扱を廃止[5]。輸送基地の指定を解除され、貨車操車場としての機能を全廃[10]
  • 1987年(昭和62年)4月1日 : 国鉄分割民営化により、東海旅客鉄道(JR東海)・日本貨物鉄道(JR貨物)が継承[5]
  • 1993年平成5年)1月30日 : 自動改札機を導入。
  • 2004年(平成16年)10月16日 : JR東日本の東京駅から直通する普通列車が1日上下合わせて53本(毎時1、2本程度)から20本に減少。熱海以東からの直通需要の減少やJR東日本管内の東海道本線での車両の置き換えなどがその主な理由である。
  • 2008年(平成20年)3月1日 : TOICAのサービス開始。

[編集] 鉄道唱歌における沼津駅

御殿場線が東海道本線であった時代、東海道を東から西へ移動する際は山中の御殿場から下って来る形になるため、旅人からは沼津は海からの心地よい潮風を浴びる事ができる開放的な所と見られていた。1900年(明治33年)に大和田建樹が作詞した『鉄道唱歌』第1集東海道編でも、以下のように歌っている[8]

17.沼津の海に聞こえたる 里は牛伏我入道(うしぶせ がにゅうどう) 春は花咲く桃のころ 夏はすずしき海のそば

[編集] その他

  • 東京方面へのアクセスは特急「あさぎり」のほか、東京駅を発着する普通列車(1日上下20本)がある。かつては、東京駅発着の普通列車が1時間あたり1-2本乗り入れていたが、2004年10月のダイヤ改正で東日本旅客鉄道(JR東日本)とJR東海の境界駅である熱海駅で普通列車の運転系統をほぼ分ける形となり、朝夕の通勤時間帯と夜間を除いては熱海駅での乗換えが必要となった。
  • 国鉄時代、東京発静岡行で113系15両編成という普通列車があり、沼津駅では貨物列車や「あさかぜ」待避のため1番線に発着していたが、後部の3両はホームが短いためにドアカットが行われていた。

[編集] 駅弁

  • 海ひこ山ひこ(桃中軒)
  • 奥駿河の磯ちらし(桃中軒)
  • 桜えびめし(桃中軒)
  • 鯛めし(桃中軒)
  • 美詩真旅情(桃中軒)
  • 港あじ鮨(桃中軒)
  • 桃の花膳(桃中軒)

[編集] 隣の駅

東海旅客鉄道(JR東海)
東海道本線
ホームライナー
沼津駅 - 富士駅
普通
三島駅 - 沼津駅 - 片浜駅
御殿場線
普通
大岡駅 - 沼津駅

[編集] かつて存在した路線

日本国有鉄道
東海道本線貨物支線(沼津港線)
沼津駅 - 沼津港駅

[編集] 関連項目

[編集] 出典

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  1. ^ a b 東海旅客鉄道 『東海旅客鉄道20年史』 東海旅客鉄道、2007年、733頁
  2. ^ 『2008 JR貨物時刻表』 鉄道貨物協会、2008年
  3. ^ a b 宮脇俊三編 『鉄道廃線跡を歩く 10』 JTB、2003年
  4. ^ 原口隆行著 『日本の路面電車 2』JTB、2000年
  5. ^ a b c d 『停車場変遷大事典 国鉄・JR編 2』 JTB、1998年
  6. ^ a b c d e 『停車場変遷大事典 国鉄・JR編 1』 JTB、1998年
  7. ^ a b c 「沼津」の歴史(沼津市ウェブサイト)による
  8. ^ a b c d e f g 原口隆行著 『鉄道唱歌の旅 東海道線今昔』 JTB、2002年
  9. ^ ジェイアール貨物・リサーチセンターの「第54号 JR貨物ニュース」による
  10. ^ a b c 『鉄道貨物輸送近代化の歩み』 日本貨物鉄道、1993年

[編集] 外部リンク

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