下曽我駅
| 下曽我駅 | |
|---|---|
駅舎(2008年8月1日)
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| しもそが - Shimo-soga | |
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◄国府津 (3.8km)
(2.7km) 上大井►
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| 所在地 | 神奈川県小田原市曽我原 |
| 所属事業者 | |
| 所属路線 | 御殿場線 |
| キロ程 | 3.8km(国府津起点) |
| 電報略号 | モソ |
| 駅構造 | 地上駅 |
| ホーム | 1面2線 |
| 乗車人員 -統計年度- |
1,328人/日(降車客含まず) -2010年- |
| 開業年月日 | 1922年(大正11年)5月15日 |
| 備考 | JR東海:駅員配置駅(夜間無人駅) みどりの窓口 有 |
下曽我駅(しもそがえき)は、神奈川県小田原市曽我原にある、東海旅客鉄道(JR東海)・日本貨物鉄道(JR貨物)御殿場線の駅である。
目次 |
概要 [編集]
御殿場線の第一種鉄道事業者であるJR東海と、同線の第二種鉄道事業者であるJR貨物が共同で使用する駅である。但し、JR東海が運行する旅客列車の発着はあるが、JR貨物が運営する貨物列車の発着はない。1922年の駅の開設時より日本国有鉄道(国鉄)やその前身組織など一つの事業者により運営されてきたが、1987年の国鉄分割民営化に際して駅の旅客営業をJR東海が、貨物営業をJR貨物がそれぞれ継承したため、2社が共有する現在の形態になった。
駅は小田原市の下曽我地区にある。駅開業時は駅名と同名の下曽我村があったが、1954年に小田原市に統合された。
また、JR東海管轄の在来線の駅では最も東にある駅となっている。
駅構造 [編集]
駅構内・ホーム [編集]
島式ホーム1面2線を持つ地上駅。ホームの北側は上り列車が使用する1番線、南側は下り列車が使用する2番線である。1番線・2番線ともに上下両方の信号機が設置されており、御殿場方面発で当駅で折り返す列車の設定も可能である。そのため、御殿場線で運用される313系には下曽我行の方向幕が用意されているが、2011年3月現在、定期列車ではそのような列車は設定されていない。
ホームは御殿場線内としては長めであるが、屋根が設置されているのは地下通路付近の2両分のみである。基本的に、列車の国府津寄り2両が屋根のある場所に停車する。この屋根のある部分とその上大井寄りに位置する屋根のない部分3両分の合計5両編成分にホーム嵩上げなどのバリアフリー工事が施されている。
| ホーム | 路線 | 方向 | 行先 |
|---|---|---|---|
| 1 | ■御殿場線 | 上り | 国府津方面[1] |
| 2 | 下り | 御殿場・沼津方面[1] |
駅舎・設備 [編集]
1番線北側に木造で蔵造り風の駅舎が置かれている。これは太平洋戦争中に空襲で被弾したこともあるが、修理・改修されて使用されている[2]。駅舎とホーム間の移動用に、1番線の下を通る地下通路が設けられている。
みどりの窓口が設置されている。自動券売機はあるが、当駅にはTOICAが導入されていないため、改札機などは設置されていない。
当駅はJR東海の駅員配置駅(直営駅)の一つである[3]。かつては駅長が配置され、夜間も常駐していたが[4]、現在は配置されていないため、管理駅である松田駅が当駅を管理している[3]。また早朝・夜間は無人駅となる[3]。
貨物取扱 [編集]
現在、JR貨物の駅は臨時の車扱貨物のみを取り扱っており、定期貨物列車の発着はない。かつては太平洋セメント(旧・秩父セメント)小田原サービスステーションや住友大阪セメント(旧・住友セメント)下曽我サービスステーション(いずれも現在は閉鎖)のセメント荷役設備へ続く専用線が駅から分岐しており、当駅にセメントが到着していた。末期は太平洋セメント専用線のみ使用され、武州原谷駅発送のセメントが到着していたが、1998年にセメント輸送は廃止された。
また、1960年代までは駅西にある酒匂川へ向かう砂利採取線が分岐していた[5]。3km余りのこの砂利採取線は譲原砂利株式会社が使用し、廃線跡の大部分は道路に転用されている[5]。
利用状況 [編集]
近年の一日平均乗車人員推移は下表の通り。
| 年度 | 一日平均 乗車人員 |
|---|---|
| 1998年 | 1,476 [6] |
| 1999年 | 1,446 [7] |
| 2000年 | 1,389 [7] |
| 2001年 | 1,386 [8] |
| 2002年 | 1,351 [8] |
| 2003年 | 1,362 [9] |
| 2004年 | 1,343 [9] |
| 2005年 | 1,367 [10] |
| 2006年 | 1,382 [10] |
| 2007年 | 1,389 [11] |
| 2008年 | 1,392 [11] |
| 2009年 | 1,359 [12] |
| 2010年 | 1,328 [12] |
駅周辺 [編集]
- 小田原市役所 下曽我支所
- 梅の里センター
- 曽我梅林
- 城前寺・曾我兄弟の墓
- 宗我神社
- 弓張の滝(剣沢川)
- 上府中公園小田原球場
バス路線 [編集]
- 下曽我駅
- 以下の系統は駅前には乗り入れないため、下曽我駅入口(徒歩3分、成田下曽我停車場線沿い)での利用となる。
- 富士急湘南バス
- <国05> 【急行】第一生命新大井事業所行(平日朝方のみ)
- <国05> 【急行】国府津駅行(平日夕方以降のみ)
- 富士急湘南バス
歴史 [編集]
- 1923年(大正12年)9月1日 - 関東大震災により駅舎倒壊。
- 1934年(昭和9年)12月1日 - 熱海 - 沼津間の開通に伴い、東海道本線国府津 - 下曽我 - 沼津間は御殿場線に改称[14]。
- 1943年(昭和18年)7月11日 - 御殿場線単線化。付近の線路は信号所開設前の1901年に複線化されていた。
- 1962年(昭和37年)8月21日 - 貨物取り扱いを廃止[13]。
- 1967年(昭和42年)10月1日 - 専用線発着貨物取り扱いを再開[13]。住友セメント下曽我サービスステーション開設と同時期[15]。
- 1968年(昭和43年)4月27日 - 国府津 - 御殿場間電化に伴い、駅構内を電化。
- 1984年(昭和59年)2月1日 - 荷物の取扱いを廃止[13]。
- 1987年(昭和62年)4月1日 - 国鉄分割民営化によりJR東海・JR貨物が継承。
- 1998年(平成10年)
隣の駅 [編集]
脚注 [編集]
- ^ a b 駅掲示用時刻表の案内表記。これらはJR東海公式サイトの各駅の時刻表で参照可能(2011年1月現在)。
- ^ 原口隆行 『鉄道唱歌の旅 東海道線今昔』 JTB、2002年
- ^ a b c 東海旅客鉄道編集 『東海旅客鉄道20年史』 東海旅客鉄道、2007年
- ^ 宮脇俊三・原田勝正編集 『国鉄全線各駅停車 第5巻』 小学館、1983年
- ^ a b 『トワイライトゾ〜ン・マニュアル6』 ネコ・パブリッシング、1997年、104-109頁
- ^ 神奈川県県勢要覧(平成12年度版)222ページ
- ^ a b 神奈川県県勢要覧(平成13年度版)224ページ
- ^ a b 神奈川県県勢要覧(平成15年度版)222ページ
- ^ a b 神奈川県県勢要覧(平成17年度版)224ページ
- ^ a b 神奈川県県勢要覧(平成19年度版)226ページ
- ^ a b 神奈川県県勢要覧(平成21年度版) 240ページ
- ^ a b 神奈川県県勢要覧(平成23年度版)238ページ
- ^ a b c d e f 『停車場変遷大事典 国鉄・JR編2』 JTB、1998年
- ^ 『停車場変遷大事典 国鉄・JR編1』 JTB、1998年
- ^ 住友セメント社史編纂委員会編纂 『住友セメント八十年史』 住友セメント、1987年
- ^ 神奈川県鉄道輸送力増強促進会議の平成20年度のJR東海への要望内容による。
関連項目 [編集]
外部リンク [編集]
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