水木しげるロード

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内, 検索
日本 > 中国地方 > 山陰地方 > 鳥取県 > 境港市 > 水木しげるロード
水木しげるロード(境港本町アーケード商店街)の入り口/2006年撮影。
水木しげるロードの入り口付近
2010年11月撮影。

水木しげるロード(みずきしげるロード)は、日本鳥取県境港市にある商店街の名称。観光対応型商店街[1]であり、漫画家水木しげるが描く妖怪世界観をテーマとした観光名所として日本では[注 1]広く知られている。

境港駅から本町アーケードまでの全長約800メートルの間に、水木の代表作『ゲゲゲの鬼太郎』のキャラクターを中心として日本各地の妖怪たちをモチーフとした銅像など多数のオブジェ[1]が設置されており、商店街は、同じ主題、共通のイメージコンセプトをもって思い思いの販売・サービスを展開する各種店舗・施設の集合体に成長している。

目次

[編集] 歴史

水木しげるロードが整備される以前の、境港の街並み
本町アーケード内「水木しげる記念館」前の賑わい。2009年8月撮影

境港市は日本有数の漁業によって立つ地域であり、それにともなって商店街も発展していった。しかし、1970年代に到来したモータリゼーションの変化や、1974年昭和49年)以降の大規模小売店の進出(cf. 大規模小売店舗法)などに押されて衰退し、空き店舗の増加(シャッター通り)など、商業空洞化が起きていた[2]

境港市は1989年平成元年)に各界の著名人の提言を受け、「緑と文化のまちづくり」の一環として商店街に境港市出身の漫画家・水木しげるの代表作である『ゲゲゲの鬼太郎』『悪魔くん』『河童の三平』に登場する妖怪をモチーフにした銅像(ブロンズ製オブジェ)を設置する「水木しげるロード」の整備を決める。当初の目的は周辺地域の商店街への回帰であった。オブジェの製作にかかわる水木への著作料については無料とする協力も受けている[3]

このようにして、水木しげるロードは1993年(平成5年)7月18日、銅像23体の設置をもってオープンした。 当初は像の一部が壊され盗まれるなどといった事件が発生したものの、これらの騒動が全国規模で報道されたのがきっかけとなり県外での知名度が高まっていった。その後、徐々に像の数を増やしていき、1997年(平成9年)には目標であった80体が完成した。2005年(平成17年)には広く出資を募り、16体の寄贈を受けた。2006年(平成18年)10月にはその数120体に達し、2010年(平成22年)4月4日以降現在はさらに増えて139体となっている。

オープンと同時に運行開始されたJR境線の「鬼太郎列車」を皮切りに、これら日本妖怪および水木妖怪[注 2]キャラクター性と水木しげるロードの知名度を活かして、多くのタイアップ事業が展開されている(後述)。また、「世界妖怪会議」「妖怪そっくりさんコンテスト」など、多くの妖怪関連イベントが開催されている。

銅像が設置された1993年(平成5年)には2万1000人であった観光客数も、1994年(平成6年)には10倍以上の28万1000人に、1997年(平成9年)には38万344人と上がっていった。以後の一時期は横這いとなったものの、2003年(平成15年)の水木しげる記念館(後述)の開館、2005年(平成17年)に公開された映画『妖怪大戦争』のヒットなどによる妖怪ブームによって、来場客はさらに増加した。2007年(平成19年)には『ゲゲゲの鬼太郎』のテレビアニメシリーズ・第5期が新たに開始され、また、同作品の実写版映画『ゲゲゲの鬼太郎』(その1作目)が公開された影響もあり、同年8月にそれまで目標としていた「年間観光客数100万人」を突破。最終的に147万人が訪れ、鳥取砂丘を超える一大観光地となった。続いて2008年(平成20年)には172万人が訪れた。

2007年のゴールデンウィーク期間中には1日で5万8000人が来場し、想定していた観光客数を大幅に上回り、駐車場が不足するという事態も起きた。そのため、観光シーズンには駐車場の臨時増設などを行っているが、関係機関はJR境線などの公共交通機関での来場を呼びかけている。

2010年(平成22年)には、NHK連続テレビ小説において「ゲゲゲの女房」(原作は水木しげるの夫人の武良布枝の自伝の同名作品)が放映され、人気を呼んだ。それとともに水木しげるロードを訪れる観光客も増加し、8月15日に観光客数は177万人を突破、過去最高の年間172万人(2008年)の記録を軽々と塗り替えたばかりか、それから一週間余りしかたっていない8月23日には悲願であった200万人の大台に乗った[4]。11月中旬には映画版「ゲゲゲの女房」が公開されることから、集客数250万人を年間目標に掲げた境港市観光協会であったが、9月22日の時点で早くも達成し、3度目の上方修正を行って目標300万人とした。しかしこれも10月31日に達成し、12月5日には350万人を突破。年間観光客数は最終的に史上空前の370万人を達成した[5]。これは、前年までの最高記録であった2008年の倍以上の数字である。

キャラクターを使った商店街活性化地域おこしまちづくり)の成功例であり、シャッター通りであった商店街の空き店舗に新規出店があるなどの好影響を生んでおり、その取り組みは商店街・地域活性化のモデルケースとして注目されている。2004年(平成16年)12月、水木しげるロードは「美しい日本の歩きたくなるみち500選」に入選。2006年(平成18年)5月には、水木しげるロード周辺商店街(本町アーケード商店街、松ヶ枝町商店街、西本町商店街、および、新道元町商店街)が「がんばる商店街77選」に入選した[1]

なお、境港から隠岐汽船(鬼太郎フェリー)で結ばれ、かつ、武良家の先祖のある隠岐の島町への「水木しげるロード」の延長も進められており、島にはすでに銅像10体が設置されている[3][6]

[編集] 年表

  • 1989年平成元年):「緑と文化のまちづくり」を推進する境港市が、各界の著名人の提言を受け、水木しげるロードの整備を決議。
  • 1993年(平成5年)
    • 7月18日:銅像23体の設置をもって水木しげるロードがオープン[7]
    • オープン間もない頃、銅像の一部が壊され、盗まれる事件が発生するも、事件報道が全国的知名度アップに繋がり、来場客数が急増する。
    • 初年の年間観光入込客数は2万1000人。
  • 1994年(平成6年):年間観光入込客数28万1000人。
  • 1996年(平成8年)
    • 8月24日:水木しげるロード完成記念式典。
    • 記念館の建設が提唱されるも、その後、市の財政難が響いて凍結される。
  • 1997年(平成9年):当初の目標であった銅像80体設置を達成。年間観光入込客数38万344人。
  • 2003年(平成15年)
    • 3月8日:水木しげるの誕生日に、水木しげる記念館が開館。
    • この年、銅像の数は86体となる。
    • 水木しげるロードの整備主体であった境港市米子市との合併を選択せず、単独存続を決議し、境港市によるハード部分の整備計画はいったん終了する[8]。これは、市に頼った整備の大幅な充実が以後は見込めなくなったという意味であり、関係者は水木しげるロードの魅力が年々薄れることに危機感を抱く[8]。このような経緯をもって、境港市観光協会、境港商店街連合会、水木しげるロード振興会、水木プロダクションの民間4団体は、「妖怪ブロンズ像設置委員会」を立ち上げた[8]
  • 2004年(平成16年)
    • 水木しげるの構想(明言は無いが、100体設置の意志ありとのこと)を後ろ盾として、妖怪ブロンズ像設置委員会が、水木しげるロードへの銅像100体設置を目標に掲げ、像に名前を刻む代わりに設置費(1体につき、最低100万円)を出してくれるスポンサー寄贈者)を全国に向けて公募する[7][8][8]。この戦略は功を奏して全国の熱烈な水木ファンから申し込みが殺到し、募集開始から2か月足らずで目標達成の目星が付く[8]
    • 12月27日:「美しい日本の歩きたくなるみち500選」に入選。
  • 2005年(平成17年)
    • 3月中旬:公募によって寄贈された銅像十数体が設置される[9]
    • 4月:第1回公募によって設置された銅像は3月分と合わせて16体となり、銅像の総数は102体となる(今まで1体も無かった松ヶ枝町の一部の歩道にも新設された)[10]。この時、水木しげるロードに新設された銅像は、異獣、いそがし、枕返し、寒戸の婆、べとべとさん、龍、閻魔大王、算盤小僧、岩魚坊主、一つ目小僧、たんころりん、魔女の花子、蟹坊主、コロポックル、ひょうとく、サラリーマン山田[10]
    • 8月28日:水木しげる記念館、開館からの入館者数が50万人を突破[11]
    • 映画『妖怪大戦争』のヒットなどにより、妖怪ブームが到来。水木しげるロードは年間観光入込客数85万5000人を超える[1]
  • 2006年(平成18年)
    • 5月:水木しげるロード周辺商店街が「がんばる商店街77選」のうち「まちづくりと一体となった商業活動」部門に入選[1]
    • 9月11日:境港郵便局の協力により、投函すると鬼太郎の消印で郵便が届く「妖怪ポスト」が水木しげる記念館内に設置される[12]
    • 10月15日:水木しげる記念館前に120体目の銅像「山高帽姿の水木先生」(境港商工会議所の創立100周年記念制作)が新設される[13]
  • 2007年(平成19年)
    • 1月15日:妖怪街灯増殖推進委員会が組織され、妖怪をデザインした街灯群を境港に新設する「妖怪街灯増殖計画」が発表される[14]。妖怪街灯第1号は猫娘[14]
    • 3月21日:「鬼太郎」「ねずみ男」「猫娘」「目玉おやじ」のJR境線「鬼太郎列車シリーズ」全4両が連結し、「妖怪大行進」イベントが行われる[15]。水木しげるロードでは観光客2千人と地域住民による妖怪仮装行列が行われる[15]
    • 4月15日:水木しげる記念館、開館からの入館者数が80万人を突破[15]
    • 11月5日:水木しげる記念館が、開館から約4年8ヶ月で入館者数100万人を突破[15]
    • 『ゲゲゲの鬼太郎』のテレビアニメシリーズ・第5期の放映開始、および、同作品の実写版映画『ゲゲゲの鬼太郎』(その1作目)の公開があり、来場客増加。
    • ゴールデンウィーク期間中の1日観光客数5万8000人と想定を大きく上回り、駐車場が不足する事態となる。
    • 年間観光入込客数147万人を記録し、鳥取砂丘のそれを超える。
  • 2008年(平成20年)
    • 4月5日:水木しげる記念館の中庭に、既存の「ねずみ男」「牛鬼」石像2体に加えて、陶器製の「鬼太郎」「猫娘」など数体が新設される[16]
    • 水木しげるロードの年間観光入込客数172万人。水木しげる記念館の年間入館者数30万8058人[17]
  • 2009年(平成21年)10月11日:水木しげる記念館の年間入館者数が、過去最高であった前年の30万8058人を超える[17]
  • 2010年(平成22年)
    • 3月8日:水木しげる記念館開館7周年記念のこの日、境港駅前に銅像「水木しげる夫妻」(135体目と136体目)が新設される[18]
    • 3月29日:NHK連続テレビ小説ゲゲゲの女房』、放映開始。本作はヒットし、水木しげるロードの来場客も増加。
    • 4月4日:隠岐の島町の「ロード延長プロジェクト実行委員会」により、水木しげるロードに銅像「隠岐へ向かう鬼太郎親子と水木しげる先生」(137- 139体目)が新設される[19]
    • 4月8日:水木しげるロードの隠岐の島町への延長が「ロード延長プロジェクト実行委員会」によって進められ、隠岐島(隠岐の島町内)に8体の妖怪ブロンズ像が設置され、すでに設置されていたものと合わせて10体となる[19]
    • 8月15日時点で年間観光入込客数が177万人を突破し、同月23日には200万人[4]、10月31日には300万人を超える。
    • 11月20日:映画『ゲゲゲの女房』の公開。
    • この年は、水木しげるが文化功労者に選ばれる、新語・流行語大賞の年間大賞に「ゲゲゲの〜」のフレーズが選定されるなど、話題に事欠かず、水木しげるロードの年間観光入込客数は最終的に史上空前の370万人を達成した[5]
    • 12月29日時点で、水木しげるロードの年間観光入込客数は371万2045人を記録[20]
  • 2011年(平成23年)
    • 2月4日:前年3月8日に境港駅前に設置されたものとほぼ同じデザインの銅像「水木しげる夫妻」が、鳥取県庁前に設置される[4]
    • ゴールデンウィーク:この年より、水木しげるロード内にある「河童の泉」でライトアップが始まる[21]
    • 8月18日時点で水木しげるロードの年間観光入込客数が200万人を突破[22]

[編集] 地域の構造と設備

水木しげるロード
2010年11月撮影。

[編集] 地域の構造

この節は執筆の途中です この節は執筆中です。加筆、訂正して下さる協力者を求めています
通りの愛称
  • ゲゲゲすじ
  • サラリーマンすじ
  • カランコロン通り
  • しげるさん通り
  • もくもくれん通り
  • おやじ通り
  • べとべとさん通り
  • なんじゃもんじゃ通り


[編集] 水木しげる記念館

水木しげる記念館、正面
2010年6月撮影。
水木しげる記念館の入り口付近
2010年11月撮影。

当初は1996年(平成8年)に記念館の創設が提唱され、1999年(平成11年)4月のオープンを目指したが、境港市の財政難が響いて凍結される結果となった。しかしその後、水木しげるロードの集客力が当初の予想を大きく上回る規模となり、観光客数の劇的な増加に対応すべく、係る観光地域の中核を成す記念館の必要性が強まった。そうして2003年(平成15年)3月8日水木しげるの誕生日をもって水木しげる記念館が本町アーケード内にて開館する。初日の来館者数は1,747人であった[23]

当館は水木しげるの画業および関連事業の集大成として、水木自身が世界中から集めた妖怪関連のコレクションや独自に制作したオブジェの展示などを中心に[1]、水木しげると妖怪の世界を展示・紹介する博物記念館である。

当館は水木しげるロードの最終地点であり、ゴールデンウィーク夏休み期間中は観光客で長蛇の列ができる。

[編集] 銅像

水木しげるロードの案内板

境港市観光協会、境港商店街連合会、水木しげるロード振興会、水木プロダクションの民間4団体が組織する「妖怪ブロンズ像設置委員会」が、制作・運用・管理に当たる。 公式が「妖怪ブロンズ像」もしくは「妖怪立体ブロンズ」と呼ぶオブジェは、妖怪を始めとして、神(死神閻魔倉ぼっこなど)、悪魔(メフィスト)、架空の人物(河童の三平悪魔くん、サラリーマン山田)や動物(龍)、実在の人物(水木しげる武良布枝夫妻)などをモチーフとした、多種多様なブロンズ像(銅像)群である。像高は、人が見上げるほどには高くないものが大半で、ごく小さな妖怪像が御影石で出来た大きな台座に乗っている形のものも多い。

像の大半は境港市による整備計画の下で設置されたものであるが、計画がいったん終了してしまった2003年(平成15年。cf. 2003, 2004)を機に妖怪ブロンズ像設置委員会が立ち上げられ、委員会は像の新設のため、寄贈者(スポンサー)の公募を始めた。この場合、1体の制作・設置費用は一式で最低100万円(当時)であった[7][8]。全国の熱烈な水木ファンがこぞって寄贈者となったこの時期に設置された像は16体を数える。

1作品を1体と数えることはせず、1キャラクターを1体と数えてナンバリングするため、例えば、目玉おやじを乗せた鬼太郎の像は1体ではなく2体、2点としてナンバリングされる。また、「1キャラクター= 1体」は「妖怪1体= 像1体」ではなく、例えば、2体で1作品のキジムナー(作品番号:130)などは1体・1点としてナンバリングされている。

[編集] 銅像の一覧

鬼太郎ポスト(8-9番)
鬼太郎の坐像
(50番)
鬼太郎の下駄(51番)
鬼太郎(赤子)とお父さん
(79-80番)

2011年(平成23年)8月における銅像の全リストをここに示す。ただし、リストは追加などによって作品番号も含めて変化する可能性が大きい。また、記述はウィキペディア内での閲覧環境を優先したものであり、作品番号以外の表記はオリジナルに準拠していない。施設のガイドのみが目的であれば、より詳しい公式ウェブサイト内の案内地図を参照のこと。⇒ 水木しげるロードMAP

銅像の名前の後ろに付けた略号「 * 」は、該当する銅像の画像がリンク先のページに存在することを示す(これら画像関連の表記も、ウィキペディア閲覧のためだけに用意している)。

[編集] 銅像以外のオブジェや展示物

ブロンズ製レリーフ(妖怪レリーフブロンズ)5基、絵タイル(妖怪絵タイル)8枚が設置されている。

レリーフ
この節は執筆の途中です この節は執筆中です。加筆、訂正して下さる協力者を求めています

[編集] 探訪

[編集] タイアップ事業

JR境線の「ねずみ男列車(初代)」
御崎口駅にて2006年撮影。
JR境線「鬼太郎列車(3代目)」
米子駅にて2007年撮影。
JR境線「ねこ娘列車(初代)」
境港駅にて2008年撮影。
日本交通の「キャメル号・鬼太郎バス」 2005年撮影。現在は他社に転籍。
「鬼太郎フェリー」こと、隠岐汽船のフェリー「しらしま」
境港にて2008年撮影。
JR西日本境線が、ラッピング車両「鬼太郎列車」(初代)の運行を開始。2010年(平成22年)現在は「新・鬼太郎列車」(4代目鬼太郎列車)、「ねずみ男列車」、「ねこ娘列車」、「目玉おやじ列車」[注 10]が運行中。
鬼太郎列車の歴史と現行列車についての詳細は「境線#歴史」を参照のこと。■右列に関連画像あり。■他の関連画像への誘導リンク(三本松口駅)。
日本交通が高速バス「キャメル号・鬼太郎バス」(ラッピング車両)を運行。■本節下列に画像あり。
アイズ(民間の町づくり会社)が水木しげるロード内に「妖怪神社」を建立(同年元旦午前0時に落成入魂)。■「探訪」の節に画像あり。■#外部リンクに公式ウェブサイト等あり。
6月1日、水木しげるロード内に所在する「境港大正郵便局」を「水木ロード郵便局」に局名改称する。■「探訪」の節に画像あり。
境港市が住民票および印鑑証明書偽造防止用透かし図案に水木しげるの妖怪キャラクターを採用。
JR西日本が境線の全駅に妖怪の名前の愛称を付ける。詳しくは「境線#駅一覧」を参照のこと。■関連画像への誘導リンク(米子駅#ねずみ男駅霊番のりば)。
1月19日、隠岐汽船の「鬼太郎フェリー」が就航[24]。■右列に画像あり。
2月19日にはJR境線が「ねずみ男列車」の運行を開始[25]。■右列に画像あり。
鳥取県警察が、境港駅前の交番の愛称を「鬼太郎交番」とする[14]。)。■「探訪」の節に画像あり。
航空自衛隊美保基地50周年記念事業として、C-1戦術輸送機YS-11人員輸送機、および、T-400練習機に、鬼太郎と一反木綿図案を入れる。
4月26日、米子空港が愛称「米子鬼太郎空港」の使用を開始[26]。空港到着時の機内アナウンスもこの愛称で呼ばれ始める[26]

[編集] 交通アクセス

鉄道路線
自動車道路
cf. 道路交通・全国からのアクセスガイド - 境港市観光協会(公式ウェブサイト)

[編集] 脚注

[ヘルプ]

[編集] 注釈

  1. ^ 水木しげる作品の世界的知名度は高いとは言えず、日本国内外で大きな差異がある。
  2. ^ 鬼太郎や目玉おやじねずみ男などは言うまでもないが、例えば、形ある姿で知られている砂かけ婆塗壁のイメージは伝承された古来のそれとはかなりかけ離れた水木しげるの創作物であり、すなわち「水木妖怪」である。cf. 砂かけ婆 (ゲゲゲの鬼太郎)ぬりかべ (ゲゲゲの鬼太郎)
  3. ^ 2010年3月8日(水木しげる記念館開館7周年記念日)に設置。
  4. ^ 2006年10月15日、設置。境港商工会議所の創立100周年記念制作。
  5. ^ 2005年春(第1回寄付公募分)に設置。寄贈者は水木プロダクション。
  6. ^ a b c d e f g h i j k l m n 2005年春(第1回寄付公募分)に設置。
  7. ^ 2005年春(第1回寄付公募分)に設置。寄贈者は宮川大助松下さゆみ
  8. ^ a b c 2005年、設置。寄贈者は神坂一
  9. ^ 隠岐の島町の「ロード延長プロジェクト実行委員会」により、2010年4月4日に設置。
  10. ^ 2007年2月11日運行開始。

[編集] 出典

  1. ^ a b c d e f 鳥取県境港市 水木しげるロード周辺商店街”. がんばる商店街77選(公式ウェブサイト). 中小企業庁. 2011年8月29日閲覧。
  2. ^ 境港市の『水木しげるロード』整備と商店街の変容に関する考察”. 国際交通安全学会誌 Vol.34,No.1. IATSS 公益財団法人国際交通安全学会 (2008年12月10日). 2011年9月3日閲覧。
  3. ^ a b TBSテレビ中居正広の金曜日のスマたちへ」2010年9月24日放送より。
  4. ^ a b c 祝・200万人突破!”. (公式ウェブサイト). 水木しげる記念館 (2010年8月29日). 2011年8月30日閲覧。
  5. ^ a b 桝田 (2010)
  6. ^ 隠岐の島、水木しげるロードの妖怪たち
  7. ^ a b c 【お知らせ】妖怪ブロンズ像設置 スポンサーを募集”. (公式ウェブサイト). 水木しげる記念館 (2004年). 2011年8月30日閲覧。
  8. ^ a b c d e f g 鬼太郎に会えるまち境港 境港市観光協会”. J-Net21(公式ウェブサイト). 独立行政法人 中小企業基盤整備機構 (2007年5月31日). 2011年8月30日閲覧。経済産業省公報掲載記事。
  9. ^ 新しいブロンズ像が増えました!”. (公式ウェブサイト). 水木しげる記念館 (2005年3月). 2011年8月30日閲覧。
  10. ^ a b 水木しげるロードの仲間たちが102体になりました”. (公式ウェブサイト). 水木しげる記念館 (2005年4月). 2011年8月30日閲覧。
  11. ^ 8月28日 入館者 50万人を突破!”. (公式ウェブサイト). 水木しげる記念館 (2005年8月28日). 2011年8月30日閲覧。
  12. ^ 9月11日 館内に妖怪ポストを設置しました”. (公式ウェブサイト). 水木しげる記念館 (2006年9月11日). 2011年8月30日閲覧。
  13. ^ 10月15日 新しいブロンズ像とぐるぐるガイド登場!”. (公式ウェブサイト). 水木しげる記念館 (2006年10月15日). 2011年8月30日閲覧。
  14. ^ a b c 1月15日 妖怪街灯増殖計画進行中!”. (公式ウェブサイト). 水木しげる記念館 (2007年1月15日). 2011年8月30日閲覧。
  15. ^ a b c d 3月21日 妖怪大行進”. (公式ウェブサイト). 水木しげる記念館 (2007年3月21日). 2011年8月30日閲覧。
  16. ^ 記念館中庭に妖怪が増殖!!”. (公式ウェブサイト). 水木しげる記念館 (2008年4月5日). 2011年8月30日閲覧。
  17. ^ a b 御礼申し上げます。”. (公式ウェブサイト). 水木しげる記念館 (2010年). 2011年8月30日閲覧。
  18. ^ 贅沢な一日”. (公式ウェブサイト). 水木しげる記念館 (2010年3月8日). 2011年8月30日閲覧。
  19. ^ a b いざ、隠岐へ!”. (公式ウェブサイト). 水木しげる記念館 (2010年4月4日). 2011年8月30日閲覧。
  20. ^ ウィキニュース 2010年12月31日
  21. ^ 幻想的世界”. (公式ウェブサイト). 水木しげる記念館 (2011年4月29日). 2011年8月30日閲覧。
  22. ^ 水木しげるロード200万人突破セレモニー”. (公式ウェブサイト). 水木しげる記念館 (2011年8月28日). 2011年8月30日閲覧。
  23. ^ 15年3月8日 ついに開館しました”. (公式ウェブサイト). 水木しげる記念館 (2003年3月8日). 2011年8月27日閲覧。
  24. ^ 1月19日 隠岐汽船 鬼太郎フェリー就航式”. (公式ウェブサイト). 水木しげる記念館 (2006年1月19日). 2011年8月30日閲覧。
  25. ^ 2月16日 境線に「ねずみ男」列車が新登場!”. (公式ウェブサイト). 水木しげる記念館 (2006年2月16日). 2011年8月30日閲覧。
  26. ^ a b 米子鬼太郎空港命名記念イベント”. (公式ウェブサイト). 水木しげる記念館 (2010年4月26日). 2011年8月30日閲覧。

[編集] 参考文献

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

  • 妖怪神社”. (公式ウェブサイト). 妖怪神社. 2011年8月30日閲覧。
個人用ツール
名前空間

変種
操作
案内
ヘルプ
ツールボックス