沼津市
| ぬまづし 沼津市 |
|
|---|---|
| 沼津市旗 沼津市章 | |
| 国 | |
| 地方 | 中部地方、東海地方 |
| 都道府県 | 静岡県 |
| 団体コード | 22203-8 |
| 面積 | 187.13km² |
| 総人口 | 196,731人 (推計人口、2013年4月1日) |
| 人口密度 | 1,050人/km² |
| 隣接自治体 | 三島市、富士市、伊豆市、伊豆の国市 駿東郡清水町、長泉町、田方郡函南町 |
| 市の木 | マツ |
| 市の花 | ハマユウ |
| 市の鳥 | カモメ |
| 沼津市役所 | |
| 市長 | 栗原裕康 |
| 所在地 | 〒410-8601 静岡県沼津市御幸町16番1号 |
| 外部リンク | 沼津市役所 |
| 特記事項 | 海岸線延長の60kmは静岡県内最長 |
| ウィキプロジェクト | |
沼津市(ぬまづし)は、静岡県の東部、伊豆半島の付け根に位置する市。特例市。
目次 |
概要 [編集]
駿河湾に臨む伊豆半島の付け根、愛鷹山の麓に位置する港町である。 東駿河湾地域の中心都市であり沼津都市圏を形成する。
古来、東海道の陸路と海路を繋ぐ交通拠点であり、江戸時代には沼津城が築かれ東海道の宿場町として栄えるなど人・物・情報の交流拠点として、この地域の政治経済や商業、文化の中心的役割を担ってきた。
気候が温暖である他、箱根や伊豆半島や富士山への観光拠点としても便利な立地条件でもあるため、保養地としても発達した。 明治時代から1969年に亘っては、政財界の著名人が別荘を建てて、皇室も沼津御用邸を構えたために、「海の有る軽井沢」とも称された。 井上靖を初めとする文人墨客所縁の地でもある。
水産業が盛んであり、干物の「鯵の開き」、「雑節」の生産は市ごとの統計が廃止される2005年(平成17年)まで日本一の規模であった他、近年では新鮮な魚介類を求め沼津港を訪れる観光客が増加している。 だがここ十数年間では経済状況が悪化し、人口の減少が続いている。
地理 [編集]
市街地から程近い香貫山は市民の憩いの場となっており、駿河湾に面した千本松原には沼津ゆかりの作家、芹沢光治良や若山牧水らの文学碑が点在する。なお、市街地を流れる狩野川は静岡県を流れる一級河川の中で唯一北上する川である。
富士市との間には浮島沼が広がっている。静岡県下最長の60kmの海岸線は砂浜からリアス式海岸まで変化に富み、それを生かしたレジャースポーツも盛んであり、大瀬崎は全国的に有名なダイビングスポットである。
駿河トラフ(南海トラフの北端の海溝)の東端が市の沖にあるため、深海魚のラブカやタカアシガニ等の水揚げがある一方、プレート境界型の大地震(東海地震)の危険性が指摘されており、国・静岡県・周辺自治体とともに地震対策、特に津波対策に力が入れられている。自主防災組織の活動も活発であるほか、自治体による防災設備の拡充にも力が注がれている。
自然地理 [編集]
- 山岳丘陵
|
|
都市情報 [編集]
市章は、 カタカナの「ヌ」に千本松原の松葉を組み合わせ図案化した物である。1927年制定。現存する静岡県の市町村の市章としては、最古のものである。
沼津市民憲章 [編集]
私たち沼津市民は
- 緑と水と空、このかけがえのない自然を守りそだて、清潔な環境をつくります。
- すすんで心身をきたえ、健康と文化の向上につとめます。
- 仕事に生きがいを見いだし、意欲をもって働きます。
- 人権を尊重し、時間と規則を守ります。
- 善意と思いやりをもって、暖かい家庭と社会を育てます。
都市名の由来 [編集]
沼津の名は、現存する中では1208年の吾妻鏡が初出である[1]。 当時は狩野川河口が蓼の群生地であったため、蓼原という名もあった(この名前は居住区住所として狩野川河口地域に現存する)。
名の由来は富士山からの地下水のため、沼が多かったことに関係し、同市の浮島沼界隈は今日でも水田の広がる農業地帯だが、弥生時代(3世紀)には既にこの沼地周辺で原始的な稲作が行われるようになった[2] ほどの、水の豊富な地域である。ただ同地域は地盤が緩く、このため東海道新幹線は東海道本線よりも北側の愛鷹山麓を迂回する形となった。
この地下水は季節によって水量の変化はあるものの、地下数メートルという浅いところに帯水層が存在する。現在は下水道などの発達により、目に見えて冠水することはないが、かつては水捌けが余り良くないことから、沼津駅西側のあまねガード(半地下式の駅の南北を結ぶ主要道路)が1974年の七夕豪雨の際に水没したほか、1960年代頃までの当市内では地下道や窪地がしばしば冠水するなどの被害もあったという[3]。
なお沼津の津は港に適したなだらかな海岸線を指しており、現在の沼津港界隈をあらわしている。このなだらかな海岸線と狩野川河口近辺の比較的水深のある海という地形は、漁港や交通のための港として利用された。こうして沼津は人の集まるところとなり、沼津宿から駿東郡沼津町(当時の郡役所所在地)を経て、周辺地域との合併により現在の当市の姿になっていった。
人口 [編集]
| 沼津市と全国の年齢別人口分布(2005年) | 沼津市の年齢・男女別人口分布(2005年) | |||||||||||||||||||||||||||
|
■紫色 ― 沼津市
■緑色 ― 日本全国 |
■青色 ― 男性
■赤色 ― 女性 |
|||||||||||||||||||||||||||
沼津市(に該当する地域)の人口の推移
|
||||||||||||||||||||||||||||
| 総務省統計局 / 国勢調査 | ||||||||||||||||||||||||||||
行政 [編集]
沼津市の機関 [編集]
- 市長:栗原裕康(くりはらひろやす、2008年11月10日就任 2期目)
- 市議会:定数28人(現在の議員の任期は2015年5月1日まで)
国や静岡県の機関 [編集]
政令指定都市構想 [編集]
当市、三島市、御殿場市、裾野市、伊豆の国市、田方郡函南町、駿東郡清水町、長泉町、小山町の5市4町で組織する「東部広域都市づくり研究会」が、大規模合併による政令指定都市への移行を目指していたが、意見がまとまらず2008年2月に解散した。構想の経緯や解散後については静岡県東部 政令指定都市構想を参照。
姉妹都市・提携都市 [編集]
歴史 [編集]
古代珠流河国発祥の地。近世には沼津藩の沼津城の城下町として、また東海道の宿場町、港町として栄えた。
7世紀以前の当市周辺は、珠流河国(するがのくに)と呼ばれており、領域は近世駿河国から廬原国(現在の県央)を除き、伊豆国を加えた範囲となる。
- 古代から中世まで
- 7世紀:古代珠流河国と廬原国の領域と併せて駿河国が成立。
駿河国駿河郡となり、その郡衙が置かれる。この頃は駿河国の国衙も駿河郷にあった。 - 680年(天武天皇9年):駿河国東部の二郡を分離して伊豆国を設置。国衙が安倍郡に移る。
- 1487年(長享元年)頃:伊勢新九郎盛時(北条早雲)により興国寺城が築かれる。
- 1579年(天正7年):武田勝頼により三枚橋城が築かれる。
- 1706年(宝永3年):大久保教寛が松長藩(相模国小田原藩の支藩)を起こし、松長村に松永陣屋が置かれた。
- 1707年(宝永4年):富士山の宝永噴火。原村でも降灰が記録される。
- 1777年(安永6年):水野忠友により沼津城が築かれる。
- 1854年(安政元年):安政東海地震。ロシア軍艦ディアナ号が津波被害に遭う、君沢郡戸田村にて代船ヘダ号が建造される。
- 明治から第二次世界大戦まで
- 1869年(明治2年)旧1月:沼津兵学校が開校する。
- 1889年(明治22年)2月1日:東海道本線沼津駅開業。
- 1893年(明治26年):皇太子嘉仁親王(のちの大正天皇)の静養のために沼津御用邸が造営される。
- 1906年(明治39年):田方郡三島町(現・三島市)との間に駿豆電気鉄道(後の伊豆箱根鉄道軌道線・路面電車)が開通。
- 1913年(大正2年):出口地区の浅間神社近くの天狗湯から出火し、5時間半ほどで鎮火した。町域の大半が焼失したものの、沼津駅は保線庫が焼失した他は無事だった。[4]
- 1923年(大正12年)7月1日:駿東郡楊原村と合併し、市制施行。
- 1923年(大正12年)9月1日:関東大震災により被災。
- 1926年(大正15年):沼津大火により市の中心部を焼失。
- 1944年(昭和19年):駿東郡片浜村・金岡村・大岡村・静浦村の4村と合併。
- 1945年(昭和20年)7月17日:未明、アメリカ軍機の空襲で市の中心部を焼失。(沼津空襲)
- 第二次大戦後
- 1955年(昭和30年):愛鷹村・大平村・内浦村・西浦村の4村と合併。
- 1963年(昭和38年):伊豆箱根鉄道軌道線廃止。
- 1968年(昭和43年):駿東郡原町と合併。
- 1969年(昭和44年)4月25日:東名高速道路沼津IC開通。
- 1994年(平成6年):今上天皇が行幸。
- 2000年(平成12年):特例市に移行。
- 2005年(平成17年)4月1日:田方郡戸田村と合併。
- 2007年(平成19年):第39回国際技能競技大会が門池地区で開催された。
地域 [編集]
静岡県東部での地位 [編集]
当市には静岡県東部総合庁舎が置かれるなど、静岡県は県東部の拠点都市として位置付けている。このため、全国紙の支局、郵便事業の統括支店、東京電力の支店(静岡県の富士川以東を統括)も置かれている。金融機関もスルガ銀行と静岡中央銀行の2行が本店を設置している。三島市や裾野市、駿東郡清水町、長泉町と市街地が連続し、都市圏を形成している。
鉄道では東海道本線と御殿場線の分岐点であり、道路網では東名高速道路沼津ICが伊豆半島への玄関口となるなど、交通の要衝となっている。しかし、西湘バイパスが小田原箱根道路と直結するなど、競合する相模湾岸の道路の整備の結果、首都圏から当市を経由しない伊豆半島へのアクセスが増えている。また、新幹線駅は上記に述べた通り、緩い地盤を避けるために当市内には設置されておらず、隣接する三島市と富士市に置かれている。
百貨店や大規模な商店街などがあり、商業の売上高も静岡や浜松に次ぐ規模である。物流の上でも浮島沼辺りの国道1号沿いに倉庫街があり、地域の商業を支えている。しかし、旧来の商店街は個人経営の店が多いことや後述する人口減少にも伴い活気が往年ほどには見られず、沼津駅の南に少し離れて位置する「アーケード名店街」と呼ばれるかつての高級商店の並ぶ通りにおいては、シャッター通り化といった現象も見られる。
1876年8月21日の静岡県成立以降、静岡市や浜松市と並ぶ拠点都市として発展してきたが、近年は人口減少が続き、人口規模では富士市が上回るなど、拠点性は縮小傾向にある。現状を打開するために周辺市町と政令指定都市構想を検討しているが、当市や周辺市町の財政が健全で合併の必要性が薄いことなどから進展していない。
産業 [編集]
当市の産業はバランスがよく不況に強い構造となっている。[5]
- 産業大分類別就業者比率:第一次産業3.1%、第二次産業31.5%、第三次産業65.0%
農業 [編集]
温暖な気候と変化に富んだ地形を生かして、多彩な農産物が生産されている。
当市の農地は三つに大別することができる。
- 北部 - 愛鷹山の裾野に広がる丘陵地帯で、茶畑や畑作が中心である。
- 中央部 - 中央部に広がる平地部で、浮島地区の泥炭地及び狩野川による沖積地を利用した稲作が盛んである。
- 南部 - 静浦・内浦・西浦地区が該当し、丘陵地帯を利用した温州みかんの生産が盛んである。
- 主な農産物
- 温州みかん - 当市の主力農産物。高級みかん「寿太郎温州」は当市で開発されたものである。
- 茶 - 皇室献上茶に二度選ばれ、品評会で好成績を収めるなど「ぬまづ茶」ブランドを確立している[6]。
- プチヴェール - 静岡県磐田市で開発された品種で、当市への定着が目指されている。
- あしたか牛 - 愛鷹山山麓で一定の条件の下で育てられた高級食肉牛。ブランド化が目指されている。
- 米、ホウレンソウ、生乳など。
水産業 [編集]
水産業が盛んで、焼津市を抜き静岡県下最大の規模を誇る。変化に富む長い海岸線を持ち複数の漁港を有するなど、予てから当市では漁業が盛んに行われていたが、2005年に漁村であった田方郡戸田村を編入したため、静岡県内でも有数の漁獲高を誇る港町となった。また、沼津港周辺には水産加工業者が集積している。
漁業 [編集]
イワシ、サバを中心とする漁船漁業やマダイ、マアジ、ハマチ等の養殖・栽培漁業など沿岸漁業を主体とする多様な漁業が営まれている。特に、サバ類の漁獲量は静岡県全体のおよそ80%、マダイ、ハマチの海面養殖漁業に至ってはほぼ100%のシェアを占めている[7]。また、戸田港は遠洋漁業の基地になっている他、戸田沖には駿河湾海溝があるため、タカアシガニやアオメエソなど高値で取引される珍しい深海魚等の水産物が漁獲される。
- 主な水産物
- 戸田港には多くのタカアシガニが水揚げされる。戸田沖にはタカアシガニが生息しやすいといわれる駿河湾海溝があり、大正時代にはすでに戸田港に大量に水揚げされていたとされる。かつて、どの市場でも見向きもされていなかったタカアシガニを、初めて食用として出したのが戸田の旅館であると言われている[8]。また、タカアシガニの甲羅が人面に似ているため、戸田ではこの甲羅に色を塗り「タカアシガニの魔除けの面」として軒先に吊るす風習がある。この風習の起源は江戸時代とも言われているが、現在でも戸田の民家の軒先で見ることができる他、観光客が戸田の商店等で買うこともできる。
- トウジン(地元ではゲホウとも)
- アオメエソ(地元では「めひかり」、「とろぼっち」とも)など
- 主な漁港
水産加工業 [編集]
- 沼津市は、干物の町と言ってもいいほど、とても干物の生産が盛んである。
沼津港周辺では「干物」や「雑節」を中心とした多様な水産加工業が形成されており、全国でも有数の水産加工品の産地としての「沼津産」ブランドを築いている。
- 沼津のひもの
- 当市のアジの干物生産量は、市ごとの統計調査が廃止される平成17年度まで全国の約半分を占め、日本一であった。
- 沼津のひものの歴史は江戸時代まで遡り、当時は駿河湾で取れる新鮮な魚介類を家庭で保存するための手段として発達したと言われている。明治時代には売買される水産加工品となり、大正時代には他地域に出荷され産業に変化していった。現在では「沼津産ひもの」として全国に出荷されている。
- 富士山の良質で豊富な湧水や強い浜風、沼津の温暖な気候などの環境と、巨大マーケットである首都圏に近いという地理的条件が産業としての「沼津のひもの」を成功に導いたと言われている。
- 雑節の生産量は市ごとの統計調査が廃止される平成17年度まで全国の約1/3を占め、日本一であった。
工業 [編集]
戦後まもなく大手電気機械メーカーが多数進出し、当市の産業の核になると共に地域の中小企業との調和の取れた集積により、当市の発展に少なくない影響を与えた。首都圏の100km圏内である事や、沼津ICや国道1号などの有利な条件の下で順調な発展を遂げてきたが、近年ではフジクラ沼津事業所の縮小、ジヤトコ沼津工場の撤退や新規事業所進出の減少など停滞がみられる。
静岡県の進めるファルマバレープロジャクトや、技能五輪国際大会の当市開催を契機にしたものづくりの振興など、地域の工業の活性化と当市の工業の更なる発展が目指されている。
金融業 [編集]
当市内に営業拠点を置く金融機関・証券会社等。なお、スルガ銀行、静岡中央銀行は沼津市を本店としている。
金融機関
証券会社
商業 [編集]
当市は商圏人口100万人の沼津商圏を擁しており、静岡県東部地域の商業の中心地となっている。特に沼津駅前には商店街、百貨店やアミューズメント施設が集積しており、静岡県東部随一の繁華街となっている。しかしながら、長崎屋、丸井、沼津西武などの大型店の相次ぐ撤退、近年の郊外化の影響などにより当市においても中心市街地の空洞化が進行して往年の活気が無い状態が続いている。
中心市街地の店舗は撤退、閉店が相次ぐ一方で郊外店は増加するという悪循環に陥っている。この状況を打開するために、市は沼津駅の高架化を中心とする沼津駅周辺総合整備事業を掲げているが、駅の高架化に先駆けて完成した再開発ビルイーラdeは集客や周辺への波及効果などの点において、目的を完全には達成できていないのが現状である。
市内の主な商業施設 [編集]
主な商店街
大規模商業施設
|
沼津駅周辺 |
沼津市街 |
郊外店 |
本社や拠点を置く主な企業 [編集]
- 本社
- スルガ銀行本店
- 静岡中央銀行本店
- 沼津信用金庫本店
- ゴトー本社 - メガフランチャイジー
- エヌビーエス - のっぽパンなど、パンの製造。
- フーディアム・インターナショナル本社
- メディアクリエイト本社 - 漫画喫茶「ゆう遊空間」を運営。
- ZOA本社
- 富士急シティバス本社
- 沼津登山東海バス本社
- 国産電機本社
- 東芝機械本社(登記上の本店は東京都千代田区)
- 平成建設本社
- マキタ沼津(旧富士ロビン)本社
- 桃中軒本社 - 駅弁等の製造・販売
- 米久本社
- アルファ本社 - ヒートシンク製造。
- 静岡沖電気工業本社
- アンゼンフーズ本社 - 華点心類・肉加工品の冷凍食品製造。
- 東洋ファイバー本社 - バルカナイズドファイバー製造。
- トッパン・エレクトロニクス富士本社
- 三幸興業本社 - 人材派遣。
- トーヨーアサノ本社 - 太平洋セメントグループ。コンクリートパイル製造等。本社機能は東京。
- オートベル本社 - 中古車買取・販売店を静岡県内に展開。
- イカイ本社 - 構内請負、人材派遣、ソフトウェア設計、広告代理、製造、運送事業等。
- エイテック本社 - 釣具の開発・製造・輸入。アルファタックル、オクマなどのブランドを展開。
- 拠点
- リコー沼津事業所 - 北および南プラントの計2ヶ所がある。主に複写機用トナーを扱う拠点。
- 明電舎沼津事業所 - 同社の主力工場。制御装置・電子装置の生産拠点。
- 富士通沼津工場
- 沖電気工業社会システム工場 - 同社の基幹工場の一つ。情報通信システムの研究・開発の拠点。
- 東芝ライテック沼津事業所
- エヌ・イー ケムキャット沼津事業所 - 化学製品製造。
- 東レエンジニアリング沼津工場
- 東レメディカル静岡工場
- 日本AEパワーシステムズ沼津事業所 - 送変電・受変電などの開発、設計など。
- 図書印刷沼津工場
- IHI運搬機械沼津工場
- フジクラ沼津事業所
- 関電工静岡支店
- 矢崎電線沼津工場
- 東京電力沼津支店
マスメディア [編集]
- 沼津新聞
- 沼津朝日新聞
- COAST-FM(エフエムぬまづ)(76.7MHz)
- TOKAIコミュニケーションズ(旧ビック東海)(CATV放送事業本部、CATV放送・通信センター)
教育 [編集]
大学・短期大学 [編集]
- 東海大学開発工学部
- 東海大学の学部再編により開発工学部の廃止が決定され、開発工学部が置かれる沼津キャンパスは2010年度からの新入生募集を停止する。沼津キャンパスは在学生が卒業する2012年度以降も大学として利用する方針が発表されている。
- 静岡県立大学経営情報学部 沼津エクステンションセンター
高等専門学校 [編集]
高等学校 [編集]
市立
なお、静岡県立沼津商業高等学校という高校がある。この学校は昭和30年代まで当市内の所在であったが、校地等の関係で昭和40年代に隣の駿東郡清水町に移転し、現在は当市内には所在しない。
中学校 [編集]
市立
- 沼津市立原中学校
- 沼津市立愛鷹中学校
- 沼津市立長井崎中学校
- 沼津市立浮島中学校
- 沼津市立戸田中学校
- 沼津市立沼津高等学校中等部
私立
- 加藤学園暁秀中学校
小学校 [編集]
市立
- 沼津市立門池小学校
- 沼津市立今沢小学校
- 沼津市立内浦小学校
- 沼津市立浮島小学校
- 沼津市立大岡小学校
- 沼津市立大岡南小学校
- 沼津市立大平小学校
- 沼津市立開北小学校
- 沼津市立片浜小学校
- 沼津市立愛鷹小学校
- 沼津市立金岡小学校
- 沼津市立香貫小学校
- 沼津市立沢田小学校
- 沼津市立静浦小学校
- 沼津市立静浦西小学校
- 沼津市立静浦東小学校
- 沼津市立千本小学校
- 沼津市立第一小学校
- 沼津市立第二小学校
- 沼津市立第三小学校
- 沼津市立第四小学校
- 沼津市立第五小学校
- 沼津市立西浦小学校
- 沼津市立原東小学校
- 沼津市立原小学校
- 沼津市立戸田小学校
私立
特別支援学校 [編集]
- 静岡県立沼津視覚特別支援学校(幼、小、中、高)
- 静岡県立沼津聴覚特別支援学校(幼、小、中、高、専攻科)
- 静岡県立沼津特別支援学校(小、中、高)
専修学校 [編集]
学校法人の施設 [編集]
- 学習院 沼津遊泳場
学校教育以外の施設 [編集]
- 自動車教習所
- 東部自動車学校
- 黄瀬川自動車学校
- 公共職業能力開発施設
- 静岡県立沼津技術専門校(愛称:沼津テクノカレッジ)
- 静岡県立あしたか職業訓練校
交通 [編集]
当市は財界の保養地としても発展したために、鉄道や道路などの交通網の整備が明治の早い段階から推し進められて来た。
東海道本線は当初、箱根を貫通するトンネルの開削技術がなかったことから北の御殿場を通る現在の御殿場線ルートを採用したが、これに伴い25パーミル(1000分の25)の急勾配が発生した。そのため、沼津には勾配を超えるための補助機関車を解結するための機関区が置かれ、結果として同線における重要な駅と位置づけられることになった。
1934年、丹那トンネルの開通により東海道本線のルートが現行のものになった後も、1949年までは同線の電化区間が東京から沼津までであったため、ここで電気機関車と蒸気機関車との付け替えを行った。
鉄道 [編集]
東海道本線は、沼津 - 東京間に直通乗入れが複数ある。また、特急「あさぎり」も、御殿場線と小田急線を経由し、沼津と新宿を結んでいた。
東海道新幹線を利用する場合は、沼津から三島まで東海道本線で1駅連絡することになる。
なお、市内を通る鉄道は、すべて東海旅客鉄道(JR東海)管轄である。
中心駅:沼津駅
道路 [編集]
【高速道路】
※新東名高速道路は沼津市を通っているが市内にインターチェンジやジャンクションは存在しない(長泉沼津ICは沼津市でなく長泉町に存在する)
【国道】
【県道】
- 静岡県道17号沼津土肥線
- 静岡県道18号修善寺戸田線
- 静岡県道22号三島富士線
- 静岡県道52号沼津停車場線
- 静岡県道83号沼津インター線
- 静岡県道87号大岡元長窪線
- 静岡県道127号船原西浦高原線
- 静岡県道130号伊豆長岡三津線
- 静岡県道139号原木沼津線
- 静岡県道140号三島静浦港線
- 静岡県道144号下土狩徳倉沼津港線
- 静岡県道145号沼津三島線
- 静岡県道159号沼津港線
- 静岡県道160号千本城内線
- 静岡県道162号沼津停車場東沢田線
- 静岡県道163号東柏原沼津線
- 静岡県道164号西椎路松長線
- 静岡県道165号原停車場線
- 静岡県道166号石川一本松線
- 静岡県道380号富士清水線
- 静岡県道405号足高三枚橋線
バス [編集]
- ビーバス南北循環(伊豆箱根バス)
- ミューバス片浜循環・原循環(富士急シティバス)
- 路線バス
- 高速バス (沼津駅北口バスターミナル)
船舶 [編集]
- 戸田運送船
- 高速船ホワイトマリン:沼津港 - 戸田港 - 土肥港(カーフェリーの運航はない)
軌道 [編集]
1963年(昭和38年)に廃止された路面電車を、同様に廃止された蛇松線のルートを通ってLRTとして復活しようとする動きがある。
索道 [編集]
- 淡島ロープウェイ - 日本で唯一の海上ロープウェイである。
空港 [編集]
市内に空港は無いが以下の2つが主に使用される。
国防 [編集]
観光 [編集]
主な史跡・旧跡等 [編集]
観光地 [編集]
- 伊豆三津シーパラダイス
- 淡島マリンパーク
- 沼津港深海水族館
- 沼津ぐるめ街道
- 沼津港大型展望水門「びゅうお」
- 大瀬崎 - 大瀬崎のビャクシン樹林 - 引手力命神社 - 大瀬明神の神池
- 戸田温泉 - 沼津市立造船郷土資料博物館(併設:駿河湾深海生物館)
- 井田の明神池
- 我入道の渡し
祭り [編集]
- よさこい東海道
- 水祝儀
- 戸田盆踊り大会・海上花火大会
スポーツ [編集]
- アスルクラロ沼津 - 静岡県東部のサッカークラブ
- 大瀬崎- スキューバーダイビングのスポット
- イカイ・EPSセパタクロー - 静岡県唯一のセパタクローTEAM日本代表選手所属・山田昌寛・本橋淳・林雅典
当市を舞台とした作品 [編集]
- 小説
- 映画
沼津に関連する有名人 [編集]
沼津出身者・沼津市民 [編集]
政治
経済
文学
芸術
- 原田眞人(映画監督)
- 村山知義(グラフィックデザイナー)
- 山口源(版画家)
- ニコラ・フォルミケッティ (ファッションエディター)
学術
スポーツ
芸能
マスメディア
架空の人物
当市に縁の有る人物 [編集]
- 文学
- 井上靖と大岡信の両名は、出身地がそれぞれ外の都市である。井上は天城湯ヶ島(現・伊豆市湯ヶ島)出身、大岡は三島出身。共に出身校が旧制沼津中学校(戦後の静岡県立沼津東高等学校)であるため、その理由で井上は生前に、大岡は2003年の文化勲章受章時に、名誉市民が授与されている。大岡は、同時期に出身地である三島市からも名誉市民が授与され、異例の2市同時名誉市民授与となった。
- 太宰治(小説家)
- タモリ(タレント)
- 沼津マリーナにヨットを所有し、週末にはクルージングに訪れていた。当市の内浦湾では「タモリ茶碗(カップ)」を冠するヨットレースが行われている。
- 山田邦子(タレント)
- 父が当市出身。観光大使に就任したこともある。
- 政治
- 沼津兵学校の教頭であった。
- 町村信孝(元外務大臣、政治家)
- 出生地が沼津。
- 宮澤喜一(官僚、政治家)
- 大蔵省に入省後、最初に配属された任地であり沼津税務署署長として着任し、在職していた。
その他 [編集]
- 「ねんねんころりよ おころりよ」の歌詞の子守歌は「沼津地方の子守歌」といわれている[9]。
- 和文通話表で「ヌ」を送る際、沼津のヌという。
- エキセントリック少年ボウイオールスターズに登場する主人公の少年ボウイが操る高速マシーン・エキセントリック号は沼津ナンバーという設定となっている。
- Jアラート(全国瞬時警報システム)を導入している。
脚注 [編集]
関連項目 [編集]
外部リンク [編集]
- 静岡県沼津市(公式サイト)
- 沼津市観光WEB
- 沼津市 戸田観光協会
|
||||||||||||||||||||||||||
|
||||||||||||||||||||||||||