岳陽市

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
中華人民共和国 湖南省 岳陽市
旧称:巴丘 巴陵 岳州
岳陽市の位置
岳陽市の位置
中心座標 北緯29度22分 東経113度06分 / 北緯29.367度 東経113.100度 / 29.367; 113.100
簡体字 岳阳
繁体字 岳陽
拼音 Yuèyáng
カタカナ転記 ユエヤン
国家 中華人民共和国の旗 中華人民共和国
湖南
行政級別 地級市
建置 226年
建市 1980年
市委書記
市長 黄蘭香
面積
総面積 15,200 km²
人口
総人口(2002) 525.24 万人
経済
GDP(2005) 630.5億元元
電話番号
市樹 杜英樹
市花 ビワ
公式ウェブサイト http://www.yueyang.gov.cn/

岳陽市(がくよう-し)は、中華人民共和国湖南省に位置する地級市沼津市と友好都市になっている。

地理[編集]

洞庭湖の湖畔に位置する。

歴史[編集]

春秋から戦国時代にかけてはに属し、前505年に西糜城が築かれたというのが史書に残る最も古い岳陽市の記録である。

による中国が統一されると岳陽市の大部分は長沙郡羅県とされ、漢代長沙国の雋県に属していた。210年建安十五年)、孫権は現在の平江県東南に漢昌郡を設置し、今日の岳陽の行政範囲の祖形となった。

西晋が成立すると280年太康元年)には巴陵県が、291年元康元年)には巴陵郡へと改編されている。隋代になると新たに州制が施行され巴州が設置され、591年開皇11年)には岳州と改称されている

岳州は中華民国まで踏襲され、1913年に岳州巴陵県を岳陽県と改称している。1983年に地級市に昇格し現在に至っている。

行政区[編集]

3区・2市・4県を管轄する。

年表[編集]

岳陽地区(1964年-1983年)[編集]

  • 1964年9月22日 - 湖南省湘潭専区岳陽県平江県臨湘県湘陰県、益陽専区華容県を編入。岳陽専区が成立。(5県)
  • 1966年1月7日 - 湖北省荊州専区石首県の一部が華容県に編入。(5県)
  • 1966年1月18日 - 湘陰県の一部が分立し、汨羅県が発足。(6県)
  • 1970年 - 岳陽専区が岳陽地区に改称。(6県)
  • 1975年12月29日 - 岳陽県の一部が分立し、岳陽市が発足。(1市6県)
  • 1981年10月20日 - 岳陽県が岳陽市に編入。(1市5県)
  • 1983年2月8日
    • 岳陽市が地級市の岳陽市に昇格。
    • 汨羅県・平江県・華容県・臨湘県が岳陽市に編入。
    • 湘陰県が長沙市に編入。

岳陽市[編集]

  • 1983年2月8日 - 岳陽地区岳陽市が地級市の岳陽市に昇格。(1市5県)
  • 1983年7月13日 - 汨羅県・平江県・華容県・臨湘県が岳陽地区に編入。(1市1県)
  • 1984年4月6日 - 南区郊区を設置。(3区1県)
    • 岳陽地区臨湘県の一部が分立し、北区が発足。
  • 1986年1月17日 - 岳陽地区汨羅県平江県華容県臨湘県湘陰県を編入。(3区6県)
  • 1987年9月23日 - 汨羅県が市制施行し、汨羅市となる。(3区1市5県)
  • 1992年9月1日 - 臨湘県が市制施行し、臨湘市となる。(3区2市4県)
  • 1996年3月16日 (3区2市4県)
    • 南区および郊区の一部が合併し、岳陽楼区が発足。
    • 郊区の残部・華容県の一部が合併し、君山区が発足。
    • 北区が雲渓区に改称。
  • 2005年12月12日 - 岳陽県の一部が岳陽楼区に編入。(3区2市4県)

岳陽地区(1983年-1986年)[編集]

  • 1983年7月13日 - 長沙市湘陰県、岳陽市汨羅県平江県華容県臨湘県を編入。岳陽地区が成立。(5県)
  • 1984年4月6日 - 臨湘県の一部が分立し、岳陽市北区となる。(5県)
  • 1986年1月17日 - 汨羅県・平江県・華容県・臨湘県・湘陰県が岳陽市に編入。

経済[編集]

岳陽は化工、建材、家電、製紙業、飼料、医薬品を中心とする工業都市として発展している。

教育[編集]

高校[編集]

中学[編集]

中等職校[編集]

小学[編集]

注:これは、市内の小学の一部であり、全体で公立100箇所、私立数十箇所ある。

観光地[編集]

姉妹都市[編集]

ゆかりの人物[編集]

外部リンク[編集]