泉州市
| 中華人民共和国 福建省 泉州市 | |
|---|---|
| 福建省中の泉州市の位置 | |
| 中心座標 北緯24度55分秒 東経118度35分秒 / 構文エラー: 予期せぬ演算子 < があります 構文エラー: 予期せぬ演算子 < があります | |
| 簡体字 | 泉州 |
| 繁体字 | 泉州 |
| 拼音 | Quánzhōu Shì |
| カタカナ転記 | チュエンヂョウ シー |
| 閩拼 | Chôan-chiu-chhī |
| 閩南語 | Cuòng-ciŭ-chi |
| 国家 | 中華人民共和国 |
| 省 | 福建 |
| 行政級別 | 地級市 |
| 政府所在地 | 豊沢区 |
| 市委書記 | 徐鋼 |
| 市長 | 朱明 |
| 面積 | |
| - 総面積 | 11,015 km² |
| 人口 | |
| - 総人口(2007) | 774 万人 |
| 経済 | |
| - GDP(2007) | 2,276 億元 |
| - 一人あたりGDP | 24,800元 |
| 電話番号 | 595 |
| 郵便番号 | 362000 |
| ナンバープレート | 閩C |
| 行政区画代碼 | 350500 |
| 市花 | 刺桐花 |
| 公式ウェブサイト: http://www.fjqz.gov.cn/ | |
泉州市(せんしゅうし)は中華人民共和国福建省に位置する地級市である。かつては海上交易の中心地として繁栄し、マルコ・ポーロはこの都市の繁栄を記録を残している。
目次 |
[編集] 地理
泉州は別名鯉城、刺桐、温陵とも言い、福建省東南部にある。市内に載雲山脈があり、晋江川が流れる。近隣の都市としては、約150キロメートル北東の福州、75キロメートル南西の廈門などが挙げられる。
[編集] 歴史
秦代より開発が行われた泉州に本格的な行政区が設定されたのは260年(永安3年)に呉により東安県(現在の南安市)が設置されたのが始まりである。梁の天監年間(502年-519年)には南安郡の郡治が設置された。西晋末に発生した中原地区の戦乱により中原より移民が多く流入し、中原の先進的な技術や文化をこの地に伝えている。
唐代に州制が施行されると700年(久視元年)に武栄州が設置され、711年(景雲2年)に泉州と改称され現在までこの名称が使用されている。
中華人民共和国成立後は行政改編が相次いだが、1986年1月に地級市としての泉州市が成立し現在に至っている。
南宋から元朝にかけては港湾都市として発展し、ベトナムやインド、アラビア半島にまで及ぶ海上交易ルートが確立し、「陶磁の道(海のシルクロード)」の拠点とし漢人のほかにもアラブ人などが居住する国際都市として発展した。『アラビアンナイト』にも「船乗りシンドバッド」の住む舞台として登場する事からも中世イスラム世界にも知られた都市であったことが推察され、またマルコ・ポーロの『東方見聞録』には「ザイトン(「刺桐」の閩南音」の名称で紹介されている。明には海岸線の後退に伴い港湾都市としての機能が失われ、海上交易の中心地は廈門などに移行していった。
一方で、この頃より、当時南洋と呼ばれた東南アジアのフィリピン、インドネシア、マレーシアへ労働者として赴き、華僑、華人となった人も多くでた。現地では、南安、恵安、永春、晋江など、出身地ごとに同郷コミュニティーを作り、会館を建てて、経済的や人的サポートを行った。中には、ゴムのプランテーション、食品加工、新聞発行などで、財をなした者もいた。
[編集] 行政
12市、県、区が設置されている。
[編集] 経済
安渓県は中国屈指の烏龍茶の産地であり、ほかにも晋江市などの靴(中国の3大産地の一つ)、石材、徳化県などの磁器(中国の3大産地の一つ)、永春県の酢(中国の4大名酢の一つ)などを有する。
[編集] 言語
[編集] 文化
閩南語を用いた伝統芸能が盛んである。無形文化財に相当する「国家級非物質文化遺産」に指定されている「南音」、「泉州北管」、「泉州拍胸舞」、「梨園戯」、「高甲戯」(柯派)、「泉州提線木偶戯」、晋江布袋木偶戯(指人形劇)、恵安の石彫り、泉州花燈、徳化磁器の焼き物技術、恵安の女服飾、打城戯、五祖拳、水密隔艙福船製造技術、烏龍茶製造技術、閩南伝統民家建築技術、霊源の時茶、南安英都抜抜燈、蟳埔の漁村女性の習俗、泉州(李尭宝)刻紙(切り紙)、木の人形の頭の彫刻、安海嗦啰嗹の習俗などがある。
[編集] 教育
下記の高等教育機関を有す
[編集] 交通
[編集] 関連項目
- イブン・バットゥータ(著書『三大陸周遊記』で泉州に言及)
- モスク:清浄寺の名称で中国十大寺院のひとつにも挙げられるほど知られる。北宋の1009年に基礎が作られ、閩南式の拝殿を持つが、現在は東隣に新しいコンクリートのモスクが建造されている。
- 李贄:明朝萬暦期の思想家。イスラム教徒の家系で、天后廟近くに住居跡が残る。著作は『焚書』等が知られる。
- 文廟:封建時代の教育施設。現在では市民の教育の場として開放され、様々な催しが開かれている。
- 関岳廟:関羽と岳飛を祀る霊廟。市内で随一の信仰を集める。
- 天后廟:航海を祈願する場所として馬祖を祀り、華僑の間では信仰が篤い。
[編集] 外部リンク
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