海口市

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中華人民共和国 海南省 海口市
Haikou skyline 6 - 2009 09 07.jpg
別称:椰城


海南省中の海口市の位置
海南省中の海口市の位置
中心座標 北緯20度02分34秒 東経110度20分30秒 / 北緯20.04278度 東経110.34167度 / 20.04278; 110.34167
簡体字 海口
繁体字 海口
Hăikŏu
カタカナ転記 ハイコウ
国家 中華人民共和国
海南
行政級別 地級市
面積
- 総面積 2,304 km²
人口
- 総人口(2010) 204.61 万人
- 人口密度 914.7 人/km²
経済
- 一人あたりGDP 23,920元
電話番号 898
郵便番号 570003
ナンバープレート 瓊A
行政区画代碼 460100
公式ウェブサイト http://www.haikou.gov.cn/
海口市の地図

海口市(かいこうし、中国語:海口市、英語:Haikou)は中華人民共和国海南省地級市。海南省人民政府の所在地でもある。

歴史[編集]

海南島が中原の影響下に入ったのは前漢の時代である。前110年武帝は郡を広西より派遣し海南島の瓊北烈楼港(現在の海口鎮海)に上陸し、儋耳及び珠崖郡を設置したのが始まりである。

宋代1071年熙寧4年)に海口浦が設置され、海口の地名が誕生した。宋代には政争に敗れた蘇軾が昌化郡(現在の儋州一帯)に左遷された際に海口の金粟庵(現在の五公祠)に投宿し、また罪を赦されて都に戻る際にも投宿し『洞酌亭並引』を残している。またにより都である臨安が陥落した際、を擁立した勢力が海口で交戦し、元軍に敗れている。

元代になると海口には瓊州郡民按撫舶司が設置され、海南島における貿易活動の監督に当たっていた。漢代より海南島は広西の帰属であったが、明代1370年より広東の帰属と改編されている。

清末1858年咸豊8年)、清朝と政府との間で天津条約が締結されると、瓊州は開港地に指定され、両国(後に西も)の領事館が設立されることとなり、欧米への門戸が開かれることとなり、1873年には日本海口領事館も開設されている(領事は香港領事による兼任)。

中華民国成立後の1926年、それまで瓊山県に属していた海口を独立させ海口市が成立、広東省の直轄とし、1949年には海南特別行政区を設置し広東省から独立させている。1950年人民解放軍の海南島上陸作戦によって中華人民共和国の統治下に入った後は1956年地級市に昇格、1988年の海南省成立にともない省都となった。2002年行政区画が再編され瓊山市を併合した。

行政区画[編集]

海口地級市は4市区を管轄する。

年表[編集]

瓊崖専区[編集]

海南行政区[編集]

  • 1950年5月 - 海口市が地級市の海口市に昇格。(16県)
  • 1950年6月 (16県)
    • 瓊山県・定安県の各一部が合併し、新民県が発足。
    • 昌江県・感恩県が合併し、昌感県が発足。
  • 1952年11月 (13県)
    • 楽東県・白沙県・保亭県が海南行政区海南リー族ミャオ族自治区に編入。
    • 昌感県の一部が海南行政区海南リー族ミャオ族自治区楽東県・白沙県の各一部と合併し、海南行政区海南リー族ミャオ族自治区東方県となる。
    • 新民県・楽会県・万寧県の各一部が海南行政区海南リー族ミャオ族自治区保亭県・白沙県の各一部と合併し、海南行政区海南リー族ミャオ族自治区瓊中県となる。
    • 新民県が屯昌県に改称。
  • 1953年7月1日 - 陵水県・崖県が海南行政区海南リー族ミャオ族自治区に編入。(11県)
  • 1956年1月4日 - 海口市を編入。海口市が県級市に降格。(1市11県)
  • 1957年5月10日 - 儋県・臨高県・屯昌県の各一部が合併し、那大県が発足。(1市12県)
  • 1959年3月22日 (1市5県)
    • 瓊山県が海口市に編入。
    • 瓊東県・万寧県・楽会県が合併し、瓊海県が発足。
    • 定安県・屯昌県が合併し、定昌県が発足。
    • 臨高県が澄邁県に編入。
    • 那大県が儋県に編入。
    • 昌感県が海南行政区海南リー族ミャオ族自治州東方県に編入。
  • 1960年9月30日 (1市7県)
    • 海口市の一部が分立し、瓊山県が発足。
    • 瓊海県の一部が分立し、万寧県が発足。
  • 1961年10月5日 (1市9県)
  • 1975年11月22日 - 海口市が地級市の海口市に昇格。(9県)
  • 1981年10月23日 - 海南行政区海南リー族ミャオ族自治州崖県の一部が分立し、西沙群島・南沙群島・中沙群島弁事処が発足。(9県1弁事処)
  • 1983年12月22日 - 海口市を編入。海口市が県級市に降格。(1市9県1弁事処)
  • 1986年5月31日 - 海口市が地級市の海口市に昇格。(9県1弁事処)
  • 1987年11月20日 - 海南行政区海南リー族ミャオ族自治州通什市保亭県東方県瓊中県楽東県昌江県白沙県陵水県を編入。(1市9県7自治県1弁事処)
  • 1988年4月13日 - 通什市・瓊山県・瓊海県・文昌県・万寧県・屯昌県・定安県・澄邁県・臨高県・儋県・保亭リー族ミャオ族自治県・瓊中リー族ミャオ族自治県・白沙リー族自治県・陵水リー族自治県・昌江リー族自治県・楽東リー族自治県・東方リー族自治県・西沙群島南沙群島中沙群島弁事処が海南省に編入。

広東省海口市(第1次)[編集]

  • 1950年5月 - 海南行政区海口市が地級市の海口市に昇格。(1市)
  • 1956年1月4日 - 海口市が海南行政区に編入。

広東省海口市(第2次)[編集]

  • 1975年11月22日 - 海南行政区海口市が地級市の海口市に昇格。(1市)
  • 1983年12月22日 - 海口市が海南行政区に編入。

広東省海口市(第3次)[編集]

  • 1986年5月31日 - 海南行政区海口市が地級市の海口市に昇格。博愛区振東区新華区秀英区郊区を設置。(5区)
  • 1988年4月13日 - 広東省の分割により、海南省海口市となる。

海南省海口市[編集]

  • 1990年11月15日 (3区)
    • 博愛区・振東区および郊区の一部が合併し、振東区が発足。
    • 新華区および秀英区の一部が合併し、新華区が発足。
    • 秀英区の残部・郊区の残部が合併し、秀英区が発足。
  • 1993年12月 - 澄邁県の一部が秀英区に編入。(3区)
  • 2002年10月16日 (4区)
    • 秀英区が瓊山市の一部と合併し、秀英区が発足。
    • 新華区が瓊山市の一部と合併し、竜華区が発足。
    • 振東区の一部が瓊山市の一部と合併し、瓊山区が発足。
    • 振東区の残部が瓊山市の一部と合併し、美蘭区が発足。

地理[編集]

海南島北端に位置し、瓊州海峡を隔てて雷州半島に面する。

気候[編集]

亜熱帯気候で年中温暖である。

海口 (1971-2000)の気候
1月 2月 3月 4月 5月 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月
平均最高気温 °C (°F) 19.5
(67.1)
19.9
(67.8)
22.9
(73.2)
26.7
(80.1)
29.6
(85.3)
31.9
(89.4)
32.1
(89.8)
31.1
(88)
27.9
(82.2)
26.7
(80.1)
23.1
(73.6)
19.8
(67.6)
26.3
(79.3)
平均最低気温 °C (°F) 13.4
(56.1)
14.4
(57.9)
17.0
(62.6)
19.4
(66.9)
21.8
(71.2)
23.5
(74.3)
23.9
(75)
23.7
(74.7)
21.5
(70.7)
20.9
(69.6)
17.2
(63)
15.1
(59.2)
19.3
(66.7)
降水量 mm (inch) 19.5
(0.768)
35.0
(1.378)
50.6
(1.992)
100.2
(3.945)
181.4
(7.142)
227.0
(8.937)
218.1
(8.587)
235.6
(9.276)
244.1
(9.61)
224.4
(8.835)
81.3
(3.201)
34.9
(1.374)
1,651.9
(65.035)
 % 湿度 74 80 83 82 84 83 82 84 85 82 80 79 82
平均月間日照時間 109.1 98.7 137.3 167.9 218.1 222.8 251.3 217.7 193.8 176.7 144.8 131.3 2,069.5
出典: 中国气象局 国家气象信息中心 2009-03-17

観光[編集]

  • 騎楼老街:中国様式と西洋様式が調和した街並み。2010年 第1回「中国歴史文化名街」の1つに選定される[1]

交通[編集]

Haikou Century Bridge 3 - 2009 09 07.jpg

姉妹都市[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ 「歴史ある街並み中国保護へ本腰」、『毎日新聞』2010年3月15日、12版、14 - 15 面。

外部リンク[編集]

座標: 北緯20度02分34秒 東経110度20分30秒 / 北緯20.04278度 東経110.34167度 / 20.04278; 110.34167