南沙諸島

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南沙諸島(スプラトリー諸島)
地理
場所 南シナ海
座標 北緯8度38分 東経111度55分 / 北緯8.633度 東経111.917度 / 8.633; 111.917座標: 北緯8度38分 東経111度55分 / 北緯8.633度 東経111.917度 / 8.633; 111.917 (南威島)
島数 18(岩礁や砂州を含む)
主要な島 太平島
パグアサ島
西月島
南威島
ノースイースト島
サウスウエスト島
景宏島
面積 5km2 (1.9 sq mi) 以下
海岸線長 926 km
最高標高 4メートル (13 ft)
最高峰 サウスウエスト島
パラワン州
カインホア省
直轄市 高雄市
海南省
サバ州
住民
人口 原住民なし
南沙諸島
中国語
繁体字 南沙群島
簡体字 南沙群岛
英語
英語: Spratly Islands
ベトナム語
クオック・グー Quần Đảo Trường Sa
チュニョ 群島長沙
マレー語
マレー語 Kepulauan Spratly
フィリピン語
タガログ語 Kapuluan ng Kalayaan

南沙諸島(なんさしょとう)又はスプラトリー諸島(Spratly Islands)は、南シナ海南部に浮かぶ数多くの島・岩礁砂州から成る島嶼群である。岩礁・砂州を含む約18の小島(およそ島と言えるものは11)があり、これらの多くは環礁の一部を形成している。

概要[編集]

島は最大でも0.43平方kmしかなく、本来ほとんどの島は一般の人が普通に居住できる環境ではない。しかし、広大な排他的経済水域(EEZ)の海洋・海底資源が見込めるほか軍事的要衝でもあるため、中華人民共和国中華民国ベトナムフィリピンマレーシアブルネイ領有権を主張しており、現在、ブルネイを除く5カ国(中華民国を含む)が島や環礁などを実効支配している。多くの主要な島は軍隊や警備隊が常駐している。

また、干潮時にも海面に姿を現さない岩礁や砂州・環礁などの浅瀬に対しても各国が領有権を主張しており、特に中国は南沙諸島、中沙諸島、西沙諸島、東沙諸島を総称して南海諸島と呼び、その全域の領有を主張している。中国が主張する境界線はその数から「九段線」、その形から「U字線」、「牛舌線」などと呼ばれる[1]

領有権をめぐる歴史[編集]

南沙諸島の領有権の歴史について述べる。

ベトナムを植民地支配していたフランスによる領有[編集]

ベトナム植民地支配していたフランス1930年からいくつかの島々を実効支配し、ベトナム南部の総督M. J. Krautheimerは1933年12月21日、4702-CP号の政府決定により当時のバリア省の一部としていた。

日本による領有[編集]

1938年に日本が領有を宣言し、新南群島と命名。以降1945年第二次世界大戦終結まで支配していた[2]

行政区分は昭和13年(1938年)12月23日外甲第116号閣議決定により台湾の高雄市の一部としていた。主なる島嶼は北二子島南二子島西青島三角島中小島亀甲島南洋島長島北小島南小島飛鳥島西鳥島丸島である。リン鉱石の採取が主な産業で従事者が住んでいたが戦火の拡大により撤退した。

1945年以降は第二次世界大戦の敗戦に伴う戦後処理において、1952年(昭和27年)4月28日発効のサンフランシスコ講和条約により、同地域および西沙諸島(パラセル諸島)の今後の領有権に関する権利、権原及び請求権の放棄を、国際社会に向けて明言した。(第2条(f)項)[3] なお、この条約において領有権の放棄を明言したものの具体的な帰属先については明言されていなかった為、これ以降の時代においては中華人民共和国ベトナムをはじめ、近隣諸国の間で領有権争いが巻き起こる事態となった。

中華民国による領有[編集]

1945年に、主権回復を宣言した。

フィリピンによる領有[編集]

その後1949年にフィリピンが一部の領有を宣言した。

南ベトナムによる領有[編集]

1951年のサンフランシスコ講和条約で日本が領有権を放棄した後、1956年10月22日に南ベトナムが143/NV号大統領決定によりバリア省の一部と併せフックトゥイ省(Phước Tuy省、1956年-1975年。現在のバリア=ブンタウ省)とした。1983年にはドイツ人のアマチュア無線家のグループがキャンプを張っての移動運用(DXペディション)を試み、軍の守備隊に銃撃されて死傷者が出る騒ぎになっている。

中華人民共和国による領有[編集]

南ベトナム政府が1973年9月にふたたび同国フックトゥイ省への編入を宣言したことに対し、中華人民共和国も翌年1月に抗議声明を出して領有権主張を本格化させていった。

1970年代後半に海底油田の存在が確認され、広大な排他的経済水域内の海底資源や漁業権の獲得のため、近隣に位置するフィリピンやベトナムのみならず、遠く離れた中華人民共和国を含む各国が相次いで領有を宣言している。また広大な地域に広がる島々は軍事的にも価値がある。

中国とベトナムとの軍事衝突[編集]

西沙諸島の戦い (1974年)[編集]

1974年1月に、西沙諸島の領有権を巡って中華人民共和国とベトナム共和国(南ベトナム)が交戦し、西沙諸島の戦いが勃発した。この戦争に勝利した中国は西沙諸島を領有した。

1988年には中国は西沙諸島に2600m級の本格的な滑走路を有する飛行場まで完成させ、南シナ海支配の戦略拠点とし[4]、同年、中国軍はベトナム支配下にある南沙諸島(スプラトリー諸島)にも侵攻した(後述)。

スプラトリー諸島海戦 (1988年)[編集]

1988年3月14日、南沙諸島における領有権をめぐり中華人民共和国とベトナム両海軍が衝突した(スプラトリー諸島海戦(赤瓜礁海戦))。勝利をおさめた中華人民共和国が一部を支配する[5]。中国は、この海戦でジョンソン南礁(赤瓜礁)のほか、永暑礁華陽礁東門礁南薫礁渚碧礁と後に名付けられた岩礁または珊瑚礁を手に入れた[5]

近年[編集]

1995年、中華人民共和国軍の活動が活発化し、ミスチーフ礁等フィリピン主張の島を占領して建造物を構築した。この機会主義的行動が周辺諸国に中華人民共和国の軍事的膨張に対する警戒心を呼び起こしたとされる。

2004年9月に、フィリピンと中華人民共和国が海底資源の共同探査で2国間合意成立。

2005年3月には、フィリピンと中華人民共和国の2ヶ国に続きベトナムも加わり、探査が行われている。

2007年11月、中華人民共和国の中国人民解放軍西沙諸島の海域で軍事演習を行ったことや、同月中旬に中華人民共和国が中沙諸島だけでなく、南沙、西沙の両諸島にまで行政区「三沙市」を海南省の中に指定したことをきっかけとして、同年12月にベトナムで「中華人民共和国の覇権主義反対」などと唱える反中国デモが行われた[6][7]

2008年1月に中華民国が実効支配する南沙諸島最大の島である太平島に軍用空港を建設完成させる。滑走路は全長1150メートル、幅30メートル。その後、中華民国総統が視察に訪れ、フィリピン政府の抗議を受けた。

2010年3月にアメリカからスタインバーグ国務副長官とベイダー国家安保会議アジア上級部長が中華人民共和国を訪れた際に、中華人民共和国政府は南シナ海を『自国の主権および領土保全と関連した「核心的利害」地域と見なしている』との立場を、公式に通知したことが報じられた[8]

2011年2月末から5回以上にわたり、中華人民共和国探査船がフィリピンが主張する領海内において探査活動をくり返し、5月には無断でブイなどを設置した。フィリピンのアキノ大統領はこれを領海侵犯とし、同年6月国連提訴した。

主な島など[編集]

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南沙諸島の各国軍領有状況(英語名)
南沙諸島の各国軍領有状況及び領有権主張線(中国語名)

約18の小島(岩礁砂州のみを除けば11)があり、その多くは環礁の一部を形成している。

英語名称 面積 (km²) 実効支配 係争国
Itu Aba Island 太平島 0.43 台湾 中国・ベトナム・フィリピン 滑走路あり
Thitu Island パグアサ島 0.37 フィリピン 中国・台湾・ベトナム 滑走路あり
West York Island 西月島 0.18 フィリピン 中国・台湾・ベトナム
Spratly Island 南威島 0.13 ベトナム 中国・台湾 滑走路あり
Northwest Cay ノースイースト島 0.127 フィリピン 中国・台湾・ベトナム
Southwest Cay サウスウエスト島 0.12 ベトナム 中国・台湾・フィリピン
Sin Cowe Island 景宏島 0.08 ベトナム 中国・台湾・フィリピン
Loaita Island 南鑰島 0.07 フィリピン 中国・台湾・ベトナム
Nanshan Island 馬歓島 0.0793 フィリピン 中国・台湾・ベトナム
Swallow Reef ラヤンラヤン島 0.062 マレーシア 中国・台湾 滑走路あり
Namyit Island 鴻庥島 0.053 ベトナム 中国・台湾・フィリピン
Flat Island 費信島 0.04 フィリピン 中国・台湾・ベトナム 砂州
Amboyna Cay アンバン島 0.01584 ベトナム 中国・台湾・フィリピン・マレーシア 砂州
Central Reef トラングサドン島 ベトナム 中国・台湾・フィリピン 砂州
Pearson Reef 畢生礁 ベトナム 中国・台湾・フィリピン 砂州
Mariveles Reef 南海礁 マレーシア 中国・台湾・フィリピン 砂州・岩礁
Hugh Reef 東門礁 中国 台湾・ベトナム・フィリピン 岩礁
Johnson South Reef ジョンソン南礁 中国 台湾・ベトナム・フィリピン 岩礁
(中国=中華人民共和国、台湾=中華民国

岩礁・砂州[編集]

満潮時にも常に海面上に露出している岩礁砂州。(国連海洋法条約上、領土と認められるが排他的経済水域は設定できない。)

干出岩[編集]

干潮時にのみ海面上に現れる暗礁干出岩)・砂州が多数存在するが、国連海洋法条約上の領土とはならない。また排他的経済水域(EEZ)も設定できないが、自国のEEZ内であればその国が建造物を建設することができる。現在、中国は多くの干出岩周辺の珊瑚礁を埋め立て人工島を建設している[9]

干出岩周辺に建造物を建築し軍隊が常駐しているもの
英語名称 占拠 備考
Discovery Great Reef 大現礁 ベトナム
Subi Reef 渚碧礁 中国 1988年3月、中華人民共和国ベトナムより武力奪取。レーダーサイトを建設している。
Cuarteron Reef クアテロン礁 中国 1988年3月、中華人民共和国がベトナムより武力奪取。
Fiery Cross Reef ファイアリー・クロス礁 中国 1988年3月、中華人民共和国がベトナムより武力奪取。珊瑚礁の埋め立てにより南沙諸島最大の島になった。飛行場も建設予定。[10]
Mischief Reef ミスチーフ礁 中国 1995年、中華人民共和国がフィリピン排他的経済水域内の浅瀬に建築物を建造し占拠。
Gaven Reefs ガベン礁 中国
Erica Reef 簸箕礁 マレーシア

浅瀬・堆[編集]

干潮時にも海面上に現れない暗礁(暗岩)・砂州・海面下の台地

  • 多数


脚注[編集]

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  1. ^ 人民網 日本版
  2. ^ 昭和14年(1939年)3月30日付の台湾総督府令第31号により、新南群島が大日本帝国の領土として、台湾高雄市に編入した。同年台湾総督府告示第122号により、新南群島中に於ける主なる島嶼は北二子島南二子島西青島三角島中小島亀甲島南洋島長島北小島南小島飛鳥島西鳥島丸島である。
  3. ^ 条文(日本語):日本国との平和条約(昭和27年条約第5号)、第二章、領域(f)項 「日本国は、新南群島及び西沙群島に対するすべての権利、権原及び請求権を放棄する。」
  4. ^ 平松茂雄 『中国の海洋戦略』 勁草書房、1993年。
  5. ^ a b “Vietnam defends Spratly gas project”. ニューヨークタイムズ. (2007年4月12日). http://www.nytimes.com/2007/04/12/business/worldbusiness/12iht-spratly.1.5247896.html?_r=1 2010年3月6日閲覧。 
  6. ^ 防衛省 平成21年版 防衛白書
  7. ^ ベトナムで異例の反中国デモ 南沙、西沙諸島領有権を主張 - MSN産経ニュース
  8. ^ 熱くなるアジアの海…中国が海洋権益宣言” (日本語). 中央日報 (2010年7月5日). 2010年11月6日閲覧。
  9. ^ 2014年10月23日読売新聞
  10. ^ 2014年10月23日読売新聞

参考文献[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]