襄陽市

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中華人民共和国 湖北省 襄陽市
Xiangfan city.jpg
湖北省中の襄陽市の位置
湖北省中の襄陽市の位置
中心座標 北緯32度01分 東経112度08分 / 北緯32.017度 東経112.133度 / 32.017; 112.133
簡体字 襄阳市
繁体字 襄陽市
拼音 Xiāngyáng Shì
カタカナ転記 シアンヤンシー
国家 中華人民共和国の旗 中華人民共和国
湖北
行政級別 地級市
面積
総面積 19,724 km²
人口
総人口(2004) 578.8 万人
市区人口(2004) 219.23 万人
経済
電話番号 0710
郵便番号 441000
行政区画代碼 420600
公式ウェブサイト http://www.xf.gov.cn/

襄陽市(じょうようし)は、中華人民共和国湖北省に位置する地級市。2010年12月、襄樊市から襄陽市に改名された。旧名・襄樊の名は、襄陽、樊城から得ている。漢水(漢江)の重要な内陸河川港。

地理[編集]

湖北省西北部に位置する。北を河南省、東を随州市、南を宜昌市荊門市、西を十堰市神農架林区と接する。

歴史[編集]

行政区画[編集]

3市轄区・3県級市・3県を管轄下に置く。

年表[編集]

襄陽地区[編集]

  • 1949年10月1日 - 中華人民共和国湖北省襄陽専区が成立。襄陽県棗陽県南漳県光化県谷城県自忠県保康県が発足。(7県)
  • 1949年10月 (8県)
  • 1951年6月 - 襄陽県の一部が分立し、地級市の襄樊市となる。(8県)
  • 1951年8月1日 - 光化県の一部が分立し、老河口市が発足。(1市8県)
  • 1952年1月7日 - 鄖陽専区鄖県均県房県竹山県竹渓県鄖西県を編入。(1市14県)
  • 1952年6月8日 - 孝感専区随県を編入。(1市15県)
  • 1952年8月7日 - 襄樊市を編入。(1市15県1鎮)
    • 襄樊市が鎮制施行し、襄樊鎮となる。
  • 1952年8月 - 老河口市が光化県に編入。(15県1鎮)
  • 1952年11月30日 - 襄陽県の一部が河南省南陽専区唐河県に編入。(15県1鎮)
  • 1953年4月25日 - 襄樊鎮が市制施行し、襄樊市となる。(1市15県)
  • 1955年2月15日 - 洪山県が棗陽県・宜城県・随県、荊州専区鍾祥県に分割編入。(1市14県)
  • 1960年11月17日 - 均県・光化県が合併し、光化県が発足。(1市13県)
  • 1962年6月1日 - 光化県の一部が分立し、均県が発足。(1市14県)
  • 1965年7月19日 - 鄖県・均県・房県・竹山県・竹渓県・鄖西県が鄖陽専区に編入。(1市8県)
  • 1970年 - 襄陽専区が襄陽地区に改称。(1市8県)
  • 1970年5月28日 - 保康県の一部が鄖陽地区房県、宜昌地区興山県恩施地区巴東県の各一部と合併し、省直轄県級行政区の神農架林区となる。(1市8県)
  • 1979年6月21日 - 襄樊市が地級市の襄樊市に昇格。(8県)
  • 1979年11月16日 (2市8県)
    • 光化県の一部が分立し、老河口市が発足。
    • 随県の一部が分立し、随州市が発足。
  • 1983年8月19日 - 随州市・老河口市・襄陽県・棗陽県・宜城県・南漳県・保康県・谷城県・光化県・随県が襄樊市に編入。

襄樊市(第1次)[編集]

  • 1951年6月 - 襄陽専区襄陽県の一部が分立し、襄樊市が発足。(1市)
  • 1952年8月7日 - 襄樊市が襄陽専区に編入。

襄樊市(第2次)[編集]

  • 1979年6月21日 - 襄陽地区襄樊市が地級市の襄樊市に昇格。(1市)
  • 1983年8月19日 (3市6県)
  • 1984年4月27日 (4区2市6県)
  • 1988年1月8日 - 棗陽県が市制施行し、棗陽市となる。(4区3市5県)
  • 1994年6月10日 - 宜城県が市制施行し、宜城市となる。(4区4市4県)
  • 1994年9月29日 - 随州市が省直轄県級行政区となる。(4区3市4県)
  • 1995年10月22日 (2区3市4県)
    • 襄城区および郊区の一部が合併し、襄城区が発足。
    • 樊東区・樊西区および郊区の残部が合併し、樊城区が発足。
  • 2001年8月31日 (3区3市3県)
    • 襄陽県・樊城区の各一部が合併し、襄陽区が発足。
    • 襄陽県の残部が樊城区・襄城区に分割編入。
  • 2010年11月26日 - 襄樊市が襄陽市に改称。

襄陽市[編集]

  • 2010年11月26日 - 襄樊市が襄陽市に改称。(3区3市3県)

交通[編集]

襄樊駅

空港

鉄道

観光[編集]

文化[編集]

襄陽牛雑麺

言語では、主に西南官話鄂北片の方言が話されているが、1970年前後に呉語東北官話を話す人が多く移住してきたため、方言島が形成されている。西南官話を話す人の内、回族が1万人以上いる。

食文化の麺では、湖北料理の内の「襄鄖菜」が食べられている。辛い味付けの牛モツを入れた牛雑麺が有名。

外部リンク[編集]