杉井ギサブロー

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杉井 ギサブロー(すぎい ぎさぶろう、本名・杉井儀三郎、1940年8月20日 - )はアニメーション監督、日本画家。グループ・タック所属。静岡県沼津市出身。日本映画監督協会会員。日本アニメーター・演出協会 (JAniCA) 会員。代表作に『タッチ』、『銀河鉄道の夜』『あらしのよるに』など。タツノコプロ出身のアニメーターの杉井興治は実弟。

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[編集] 略歴

1958年に東映動画へ入社してアニメーターとして活躍。『安寿と厨子王丸』がきっかけとなり、東映動画の企画面での行き詰まりを感じて、1961年の虫プロダクション創立に参加した。虫プロでは演出も手がけるようになり、テレビアニメ『鉄腕アトム』の演出の中心メンバーとなった。

1967年に出崎統奥田誠治吉川惣司らと虫プロを独立して、アートフレッシュを設立。その後も『悟空の大冒険』『どろろ』など虫プロの下請け作品の総監督を中心としたが、やがてフリーに。

1969年に虫プロの音響スタッフだった田代敦巳明田川進らと共にグループ・タックを設立。1974年に劇場アニメ『ジャックと豆の木』を監督し、テレビアニメ『まんが日本昔ばなし』の立ち上げに携わったのを最後にアニメ界を離れる。創作活動に限界を感じて、絵を売りながら世界各地を放浪したと言う。

1982年の『孫悟空シルクロードをとぶ!!』を経て、1983年のあだち充原作のスペシャルアニメ『ナイン』で本格的に復帰を果たす。続けて1985年から総監督を担当したあだち充原作のテレビシリーズ『タッチ』は大ヒットとなり、日本アニメ大賞アトム賞を受賞。

2006年から京都精華大学マンガ学部アニメーション学科の専任教員に就任した。

[編集] 『ルパン三世』と杉井ギサブロー

モンキー・パンチの漫画『ルパン三世』は1971年にテレビアニメ化されて以来、2007年現在も新作アニメが制作される人気シリーズになっているが、このアニメ化のきっかけを作ったのが杉井であった。杉井は1969年の『どろろ』の放送開始前に同じく虫プロ出身の勝井千賀雄と共に、『ルパン三世』のアニメ化の企画を東京ムービーに持ち込んだ。東京ムービーは、『ルパン三世』を劇場用長編アニメとして東宝に売り込むことになり、1969年頃に『ルパン三世 パイロットフィルム』が制作され、杉井は将棋のシーンと峰不二子のダンスシーンの作画を担当した。『ルパン三世』は1971年にテレビアニメとしてアニメ化が実現し、以後何作も作られたが、杉井は長くスタッフとして参加することはなかった。しかし、四半世紀以上経った1996年になって、『金曜ロードショー』の枠でテレビスペシャル『ルパン三世 トワイライト☆ジェミニの秘密』を監督。放送の際には『金曜ロードショー』で映画解説を担当する映画評論家水野晴郎によって企画者だった事実も紹介されていた。

[編集] 主な作品

[編集] 関連項目

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