函南町

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かんなみちょう
函南町
Kannami 20120910.jpg
函南町中心部
Flag of Kannami Shizuoka.JPG
函南町旗[1][2]
日本の旗 日本
地方 中部地方東海地方
都道府県 静岡県
田方郡
団体コード 22325-5
面積 65.13 km²
総人口 38,219
推計人口、2014年8月1日)
人口密度 587人/km²
隣接自治体 沼津市三島市熱海市伊豆の国市
神奈川県足柄下郡箱根町湯河原町
町の木 ひめしゃら[3][2]
町の花 はこねさくら[3][2]
函南町役場
町長 森延彦
所在地 419-0192
静岡県田方郡函南町平井717番地13
北緯35度5分20.2秒東経138度57分12.2秒
函南町役場
外部リンク 函南町

函南町位置図

― 政令指定都市 / ― 市 / ― 町

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函南町(かんなみちょう)は静岡県東部の神奈川県に接し、近隣の沼津市三島市などとともに、県東部の中心都市部を形成する。

地理[編集]

伊豆半島の付け根に位置する町で、箱根(別名:函嶺)の南に由来する町名[4]に表れるように、箱根山の南西麓と、そこから南へと続く丹那山地の山稜西側の丘陵地に加え、田方平野の一角を町域とする。

自然環境は、山間地に標高1000mクラスの山があり、箱根山鞍掛山玄岳に囲まれた豊かな自然環境を有している。町の中間に位置する丘陵地は概ね海抜30〜40mで、ならだかな台地がつづく畑作地帯である。平坦部は海抜7m程度で、水田地帯でもあるが、人口の約60%が集中し、市街地が形成されている。

町は近隣の都市のベッドタウン要素が強く、JR東海道線の三島駅の開業後、急速に発展した。町内にある函南駅東京駅から直線で約100km圏内の距離に位置し、南関東や東京都心部への通勤も可能である。町の東側に広がる急峻な山地は別荘地も発展している。

市街地は町を東西に走る熱函道路と、田方平野を南北に走る国道136号沿いに広がり、三島市から商業地や住宅地が続く。

主な地形[編集]

函南町南端部にある大嵐山(日守山)より町の全景。
写真の中央部が函南町の中心街、左は三島市などの市街地、右は伊豆の国市。中央の山塊が箱根山、右のなだらかな稜線から膨らんだ山が玄岳、下を流れるのは狩野川

地質[編集]

山間地、丘陵地の大部分が第四紀火山砕屑物で形成され[5]安山岩火山岩ローム層及び軽石層からなり、火山帯が南北に走り北伊豆断層帯丹那断層をはじめとした複数の断層を含む。平坦地は、狩野川及びその支流の来光川、柿沢川によって運ばれた土砂が堆積した第四紀新層の沖積土からなる。

気候[編集]

比較的海岸に近い地域であるが、日中と夜間の気温差は大きく、内陸性盆地気候の傾向がある。特に、冬の夜間の冷え込みは厳しく、年平均気温は静岡県内の他の地域と比較してやや低い傾向にある。年間降水量は、約1700mm〜2000mm程度、年間を通して最も多い風向きは東寄りと西寄りで、秋から冬にかけて比較的弱いが、低気圧の通過に伴い、一時的に西南西の強風が吹く事もある。

隣接している自治体[編集]

歴史[編集]

古代[編集]

  • 先史時代はの遺跡は、桑原・上沢など箱根山西南麓の緩斜地帯にある。縄文・弥生時代の遺跡は各所にみられ、平井にあるNTT東日本伊豆病院敷地内から、弥生時代末期から奈良時代にかけての住居跡も発見されている。
  • 古墳としては、静岡県最大規模の柏谷横穴群があり、7世紀前半から8世紀初頭のものが多いため、律令時代に活躍した占部氏(伊豆出身)との関連が指摘されている。

平安時代[編集]

  • 1180年治承4年)石橋山の戦いで敗れた北条宗時は、土肥山から伊豆国の平井(現在の函南町平井)を経て、早河の辺りで平氏方の伊東祐親軍に包囲され、平井の小武士小平井久重に討取られた。大竹の神戸坂にある二基の五輪塔は、討取られた北条宗時と狩野工藤介茂光の墓と言われている。ちなみに、1180年養和元年)に、北条宗時らを討取った久重は、工藤景光に捕らえられ処刑されている。
  • 1202年6月(建仁2年)に、宗時の父北条時政は、夢のお告げがあったとして菩提を弔うために桑原に来ている。

鎌倉時代[編集]

  • 函南町の土豪として仁田氏がおり、古くから函南の歴史に関わってきた。有名なのが、1180年治承4年)源頼朝の挙兵の時、山木館攻めに仁田次郎忠俊、仁田四郎忠常が従っている。三島夏祭りの「頼朝公旗挙げ行列」の行列にも参加している。特に、仁田四郎忠常1193年(建久4年)富士の巻狩りでの猪退治、建久4年(1193年)の曾我兄弟の仇討ちの際に、兄の曾我祐成を討取った事や富士の人穴探検などの逸話で知られている。ちなみに、1203年建仁3年)北条時政の謀略により加藤景廉に討たれ、他の兄弟共に相模鎌倉で死んだ。そのため、函南町仁田には仁田四郎忠常の墓があり、町の史跡となっている。
  • 上記の仁田氏以外に、土豪として主に肥田郷に肥田宗直、畠郷に新田信綱がいた。特に、肥田宗直は、伊豆直家の係累といい、鎌倉将軍源頼家の側近の中の側近でもあった。新田信綱も、先祖の新田秀綱の兄小野寺通綱が平家討伐に功をあげて源頼朝から畠郷を与えられ、新田秀綱の子通房が畠郷に住み、その子の重房が新田太郎と称し、その子重綱の四男が新田信綱にあたる。
  • その他の函南町域の郷村の多くは、鎌倉時代から室町時代初期まで、走湯山の神領であった。丹那郷もその一つであったが、1336年建武3年)以降、伊豆国守護目代を兼帯した祐禅が、三嶋大社の造営役を丹那郷に賦課し、田畠山野を押領して狩猟を欲しいままにする事件が起きている。

室町時代・安土桃山時代[編集]

  • 鎌倉公方四代を経て、小田原北条氏の時代になると、函南町域の支配関係が変化した。仁田と肥田は馬廻衆の松田助六郎、畑郷は小田原衆の西原善右衛門、間宮は伊豆衆の秩父次郎左衛門、平井郷は玉縄衆の北条綱成、桑原は御家門方の北条幻庵、丹那と塚本は川越衆の大道寺弥三郎の所領となっており、肥田には松田助六郎の他に、伊豆衆の笠原美作守の所領になっていた。
  • 北条氏直の家臣に山口淡路秀房がおり、元亀18年(1590年)の相模小田原城の落城により丹那村の川口教影の養子となり、川口秀房と称して、丹那・畑・田代村の名主となる。尚、川口秀房は後に、当村域の凶作により領主への年貢減免を直訴し、要求が認められたものの、死罪となった。
  • 元亀18年(1590年)に、大土肥、軽井沢、田代、間宮、塚本、肥田の各村々が三島代官の支配となる。

江戸時代[編集]

  • 当町域は、1600年の関ヶ原の戦いまでは、韮山城主内藤信成の領地となっていたが、駿河府中への転封となったのち、大部分が旗本領となり、肥田村が相模小田原藩・相模萩野山中藩領となる。
  • 当町域は、宝暦6年に水野忠友が沼津に転封した事で、駿河沼津藩が成立して編入、一部が幕府領に編入される。
  • 宝永4年(1707年)に、最初の八ケ橋(蛇ヶ橋)が完成。

明治時代[編集]

  • 1867年明治1年)6月29日:韮山県に編入。
  • 1871年明治4年)11月14日:足柄県に編入。
  • 1876年明治9年)8月19日:足柄県が廃止され、静岡県に編入。
  • 1881年明治14年)仁田常種、川口秋平らによって丹那産馬会社を設立、畑の大洞山に牧場を設ける。
  • 1884年明治17年)奈古谷村から畑毛村が分離。
  • 1889年明治22年)4月1日:君沢郡(現三島市)から馬坂地区が分離し、桑原村と合併。
  • 1889年明治22年)4月1日町村制の施行により、田方郡仁田村・畑毛村・肥田村・塚本村・柏谷村・畑村・軽井沢村・桑原村・田代村・大竹村・丹那村・上沢村・平井村・大土肥村・間宮村、駿東郡日守村、君沢郡山中新田[一部]が合併し、田方郡函南村が成立する。
  • 1896年明治29年)仁田大八郎が仁田信用組合を設立。
  • 1896年明治29年)駿豆電気が平井に水力発電所を建設、函南村に電灯がついた。尚、丹那トンネルの工事により、水力が減り大正末期に閉鎖。
  • 1910年明治43年)肥田地区から新田が分離し、新田区(地区)となる。

昭和時代[編集]

平成時代[編集]

静岡県東部地震(震度4)で発生した地割れの様子。町内では激しい横揺れに見舞われ、屋根瓦が吹き飛び落下するなど家屋の一部損壊2棟の被害があった。

災害史[編集]

人口[編集]

人口は長年増加傾向にある。2010年平成22年)の国勢調査の速報値で初めて人口が減少に転じたが、周辺市町も同様に減少しており、減少率は周辺市町よりも小さい。

Demography22325.svg
函南町と全国の年齢別人口分布(2005年) 函南町の年齢・男女別人口分布(2005年)
紫色 ― 函南町
緑色 ― 日本全国
青色 ― 男性
赤色 ― 女性
函南町(に該当する地域)の人口の推移
1970年 17,738人
1975年 23,116人
1980年 28,749人
1985年 31,922人
1990年 35,191人
1995年 37,375人
2000年 38,611人
2005年 38,803人
2010年 38,574人
総務省統計局 国勢調査より

行政[編集]

歴代町長

  • 斎藤長徳(1978年 - 1982年)
  • 中村博夫(1982年 - 1994年)
  • 芹澤伸行(1994年 - 2010年)
  • 森 延彦(2010年 - )

政策[編集]

町の政策は、主に第5次函南町総合計画(後期計画:平成24年度~28年度)に基づき、伊豆縦貫自動車道東駿河湾環状道路)を中心に都市再生整備計画が進められている。町は上記道路の開通を「函南の第三の夜明け」と位置付け、伊豆縦貫自動車道(東駿河湾環状道路)へのアクセス道路の整備や下水道や高架下の公園整備などが進められている[6]。また、塚本に「(仮)伊豆ゲートウェイセンター函南(川の駅・道の駅)」を開発する事を計画している[7]

合併問題[編集]

函南町が所属する田方郡平成の大合併により伊豆の国市伊豆市が誕生し、現在は函南町のみとなった。函南町は周辺の沼津市や三島市を中心とする合併問題(静岡県東部 政令指定都市構想など)に揺るがされ、周辺市町と同じく合併はしていない。過去に提言されてきた合併案は下記のとおり。

  • 沼津市・三島市を中心とした政令指定都市(人口64万人)
  • 沼津市・三島市・裾野市・長泉町・函南町・清水町による中核市(人口45万人)
  • 三島市・長泉町・函南町・清水町による特例市(人口23万人)
  • 三島市・函南町(人口16万人)

伊豆半島ジオパーク[編集]

ジオパークとは、「地球活動の遺産を主な見所とする自然の中の公園[8]」のことであり、県東部の自治体が、伊豆の自然遺産の保護と観光振興などを目的として、2011年に伊豆半島ジオパーク構想を立ち上げ、認定に向けて取り組んできた。2012年に日本ジオパークネットワークへの加盟が認められた。函南町におけるジオサイトは、 丹那断層をはじめとする丹那断層帯が創り上げた地形などがある。

姉妹都市[編集]

海外[編集]

アメリカ合衆国の旗 カーマン市アメリカ合衆国 カリフォルニア州1985年10月12日姉妹都市提携

経済[編集]

丹那地区の盆地

産業[編集]

小売業とサービス業が主たる産業でベッドタウンを支える。町内を貫く熱函道路国道136号沿いに、小売業やサービス業の店舗が集中する。丹那地区は酪農が盛んで明治時代の初めには乳牛の飼育が行われ100年以上の歴史を持つ[9]。製造業としては三島市より2006年秋に山本食品が移転、三島わさび工場を開設。工業としては寺岡製作所が上沢地区に函南工場を置き粘着テープの生産を行っている。

特産品[編集]

昭和30年に「丹那牛乳」ブランドを立ち上げ以降、函南東部農業協同組合が、静岡県東部地域を中心に販売している牛乳で、学校給食でも広く採用されている。県東部の多くのスーパーで販売されており、地域住民のスタンダードな牛乳となっている。現在では関東一円でも広く販売されている。平成19年4月に地域団体商標に登録。
  • 函南西瓜 (通称 平井スイカ)
昭和30年頃に平井地区の専業農家11名からなる農事研究会が発足し、露地直播放任栽培によるスイカの生産が始まり、昭和58年に出荷組合が統合され、函南西瓜組合が誕生し現在に至っている。主にハウス早期・トンネル栽培では、静岡県内東部地区のデパートやスーパーマーケットなどに出荷され、ハウス抑制栽培では、京浜市場を中心に共同出荷されている。出荷時期は、夏と秋で、特に夏のスイカは6月中旬から8月上旬ころまで、毎年約6万ケースが出荷されており、糖度11度未満は出荷されないとされる。特に、平井のスイカは、ツルが付いたまま出荷されるが特徴で、ツルで常時鮮度がチェックできる。
  • イチゴ
町の西端にある塚本や肥田地区で生産されている。収穫時期は、1月~5月。品種は紅ほっぺ、章姫、アイベリーなど栽培されている。
  • 風の谷のビール
大深度300mの深井戸から汲み上げた富士箱根山系の天然水と、地元で栽培された有機麦芽を使った醸造所で造られている地ビール。ネーミングが偶然にも、ジブリの「風の谷のナウシカ」を連想させるという理由で、東京三鷹市にあるジブリ美術館でも販売(600円)されている。
  • 養殖鮎
丹那トンネル付近から湧く清らかな水を利用し、毎年約10万匹の鮎が育てられる。文化11年(1814年)に韮山代官江川英毅が殖産事業として始めたもので、2種類の稚魚を放養したのが始まりとされる。昭和17年10月に中田真が、現在の場所に養魚池を作り現在に至る。

地域[編集]

健康・福祉・医療[編集]

NTT東日本伊豆病院

教育[編集]

幼稚園[編集]

  • 函南町立春光幼稚園
  • 函南町立丹那幼稚園
  • 函南町立二葉幼稚園
  • 函南町立間宮幼稚園
  • 函南町立みのり幼稚園
  • 函南町立自由ケ丘幼稚園
  • 函南町立西部保育園

保育園[編集]

  • 若葉保育園
  • ひまわり保育園
  • 函南さくら保育園
  • 仁田マーガレット保育園

小学校[編集]

  • 函南町立函南小学校
  • 函南町立桑村小学校
  • 函南町立西小学校
  • 函南町立東小学校
  • 函南町立丹那小学校

中学校[編集]

  • 函南町立函南中学校
  • 函南町立東中学校

高等学校[編集]

主な文化施設[編集]

  • 函南中央公民館
  • かんなみ仏の里美術館
  • 函南町運動公園 広さ22.8ha 多目的広場(主に陸上、野球、サッカー)、テニスコート3面
  • かんなみ知恵の和館(図書館等多目的複合施設)蔵書数15万冊(開閉架含む)

交通[編集]

鉄道[編集]

函南駅
JR東海道本線東海旅客鉄道
函南駅
伊豆箱根鉄道駿豆線
伊豆仁田駅

その他、東海道新幹線熱海駅 - 三島駅間で函南町を通過しているが、ほとんどがトンネル区間となっている。

道路[編集]

高速道路

伊豆縦貫自動車道東駿河湾環状道路
大場・函南IC函南IC(未着工)
伊豆縦貫自動車道(東駿河湾環状道路)【連絡路
大場・函南IC、函南塚本IC

国道

県道

有料道路

主な祭事・催事[編集]

  • 猫おどり
  • かんなみワクワク狩野川まつり - 函南町最大の祭りで、上記、猫おどりコンテストを開催する。8月実施。
  • 丹那盆地まつり - 山間地の生産物および牛乳を内外に宣伝し都市住民との交流を促進する。8月実施。
  • かんなみ商工まつり
  • トウモロコシ畑の巨大迷路
  • 函南町みどりまつり - 花と緑で安らぎのある街つくりを図るため苗木,草花の種子などを無料配布。8月実施。
  • ふれあい広場 - 地域の人々が互いの連帯感と助け合いの輪を広げる。11月実施。
  • 環境フェア - 生活環境を見直し資源の有効活用、ゴミの減量化などを考える。6月実施。

主な観光スポット[編集]

  • 酪農王国オラッチェ
函南町の丹那盆地にある酪農をテーマとした観光施設。主に安心・安全で新鮮な地元の食材にこだわった乳製品や地ビールなどを製造しており、予約をすれば製造工程を見学することができる。また、乳食品の手作り体験やレストランでの食事も楽しめる。朝採り新鮮野菜市も行われている。
  • 畑毛温泉 - 国民保養温泉地に指定されている温泉。歌人 若山牧水「長湯して飽かぬこの湯のぬるき湯にひたりて安き心なりけり」と畑毛温泉を詠んだ歌がある。
  • 湯~トピアかんなみ - 町営の大型温泉施設。源泉63度の天然温泉。
  • 月光天文台 - プラネタリウム・地学資料館・観測施設などがある。定期的な天文観測会を行う。
  • 函南グライダーパーク - 富士山を望みながら大空を飛べる。
  • 十国峠 - 関東・東海の十国を一望でき、気象条件によっては東京タワー東京スカイツリーが見える[10]
  • 柏谷公園 - 柏谷横穴群、野球場、芝生広場のある町内で最も広い公園。
  • 日守山公園 - 山頂にある公園で富士山や箱根山、田方平野が一望できる。
  • 木立キャンプ場 - 箱根山の南に広がる函南原生林に続く、森林地帯に位置するキャンプ場。
  • 函南ゴルフクラブ
  • 函南スプリングス - 信金イメージキャラクターの石川遼選手が信金のコマーシャル撮影を行った。
  • 函南町役場8階展望ロビー - 役場が高台の上にあることから、展望ロビーより北伊豆地域全体が一望できる。
  • かんなみ仏の里美術館 - 阿弥陀三尊像を含む24体の貴重な仏像群と郷土資料を常設展示する施設。入場料大人が300円。

主な名所・旧跡[編集]

  • 函南原生林
函南町北東部来光川の源流部に位置する標高460 - 680mの約14.0haの地域。鞍掛山の南西斜面に広がる原生林で、樹齢100年前後と思われるヒメシャラブナイヌシデなど温帯林の代表種や、推定樹齢500年以上ともいわれるアカガシなど、目をみはるような巨樹も点在している。学術的に首都圏の近くに原生林が残っていることは希少である。江戸時代は幕府領であったが明治13年に民有林となり、現在箱根山禁伐林組合の管理下で入山禁止となっている。
1991年(平成3年)に大英博物館で開催された「日本の鎌倉時代展」の代表作品として出展されたこともある阿弥陀三尊像。鎌倉時代の仏師を代表する運慶の一門「慶派」の実慶が、鎌倉時代初期(12世紀末 - 13世紀初頭)に作ったもので、保存状態も良く、この時代の特徴をよく示していることから国の重要文化財に指定されている。中でも当初の状態が残る蓮華座(阿弥陀如来の台座)は、鎌倉時代初頭の蓮華座の特徴をよく表すものとされ、後世の阿弥陀如来の顔面の彫り直しが無ければ国宝であったと高く評価されている。現在、旧桑村小学校跡地に阿弥陀三尊像を含めた郷土資料を展示する「かんなみ仏の里美術館」に常設展示されている。
興聖寺の本堂に江戸時代に隠れキリシタン が命がけで崇拝した「マリア観音像」がある。全国でもほとんど残っていない貴重なマリア観音像で、抱かれているキリストの額には十字架がつけられている。町指定文化財。
  • 大鹿の襖絵 - 上記、興聖寺にある杉戸に、着色雌雄一対の大鹿と朱も色鮮やかに残るもみじが描かれている。町指定文化財。
  • 丹那断層 - 昭和初期に北伊豆地震を起こした全長30kmにも及ぶ丹那断層帯の代表格で、ズレが明瞭な場所として、研究者の間で知られる。国の天然記念物
  • 火雷神社断層 - 北伊豆地震の断層。地震でずれた石段と鳥居が当時のまま保存されている。町指定天然記念物。
  • 火雷神社の社叢 - タブノキカエデオガタマノキなどから形成された社叢。タブノキの大きさは県下2位。町指定天然記念物。
  • 春日神社のクス - 推定年齢約850年のクスノキの大木。県指定天然記念物。東海道線函南駅から北西へ約800mほど、新幹線の線路脇にある。
  • 天地神社のクス - 推定年齢約950年のクスノキの大木。県指定天然記念物。
  • 双体道祖神 - 伊豆地方では珍しい双体型の道祖神 。旧田代村に1717年(享保2年)に建てられた。町指定有形民俗文化財。
  • 山中城址 - 北条氏によって築城され、小田原城の支城として位置づけられる。箱根十城のひとつ。
  • 柏谷横穴群(柏谷百穴) - 6世紀から8世紀頃の古墳時代後期の横穴墓の遺跡群。
  • 仁田四郎忠常の墓 - 平安時代末期から鎌倉時代初期にかけての武将で、源頼朝の旗挙げから2代頼家と仕えた。
  • 北条宗時の墓
  • 高源寺 - 源頼朝文覚上人と源氏再興の作戦計画を練ったとされる寺。
  • 箱根旧街道 - 旧東海道の江戸時代の石畳や松並木、一里塚が散見できる。
  • 磨崖仏(まがいぶつ) - 丘陵の岸壁や巨岩に彫刻された仏像。畑毛温泉フジタウン内の三宝大荒神境内にある。町指定文化財。
  • 八重窪横穴群 - 大竹公民館の裏山にある横穴群。現在33基程確認されており、学術的にある程度評価されているが、保存状態が悪い。町指定文化財。
  • 中里横穴群 - 茶臼山にある横穴群で、狩野川左岸の北江間横穴群を中心とした地域で、最大かつ中心的な横穴群だが、保存状態が若干悪い。町指定文化財。
  • 大場の久八の墓 - 間宮出身。本名は、森久治郎。渡世人で慈善家。品川のお台場の工事に貢献。「台場の親分」と仰がれた。慈善活動に熱心で、安政地震で全国から義援金を集めたり、三宅島の救貧に力を入れた。またディアナ号の乗組員も援助した。広渡寺に墓がある。
  • こだま石 - 伊豆七不思議のひとつで平井地区の山中にある大きな岩。小説『丹那山の怪』のモデルにもなった。

メディア[編集]

コミュニティFMで函南町などが出資している。所在地は三島市。

出身著名人[編集]

函南町に関係する作品[編集]

その他[編集]

  • 函南町上沢には東海道新幹線新丹那トンネルの掘削工事の際に官舎や宿泊所が置かれていた場所があり、現在では「新幹線」という珍しい字名がつけられている。工事終了後は官舎などは撤去され、その跡地に住宅地が造られた。
  • 函南町平井にNTT東日本の療養施設であるNTT東日本伊豆病院があるが、函南町を含め静岡県全域はNTT西日本の管轄である。
  • 環境保全の一環として、2009年(平成21年)7月1日から町内5つのスーパーマーケットを対象にレジ袋が有料化になった。
  • 地域振興策として函南町を含めた伊豆半島の自治体を対象にご当地ナンバー「伊豆」が2006年(平成18年)10月10日より導入された。
  • 熱海ー函南間を貫くトンネルを「丹那トンネル」と命名したのは、トンネルの測量隊が丹那盆地に滞在した際に、丹那の有力者であった川口秋助に手厚くもてなした事による感謝の念から発案されたからである。

脚注[編集]

外部リンク[編集]