掛川市

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かけがわし
掛川市
Kakegawajo.jpg
Flag of Kakegawa Shizuoka vector.svg
掛川市旗
Kakegawa Shizuoka chapter.JPG
掛川市章
2005年平成17年)8月6日制定
日本の旗 日本
地方 中部地方東海地方
都道府県 静岡県
団体コード 22213-5
面積 265.63km²
総人口 114,535
推計人口、2014年3月1日)
人口密度 431人/km²
隣接自治体 袋井市島田市菊川市御前崎市
周智郡森町
市の木 キンモクセイ
市の花 キキョウ
市の鳥 ウグイス
掛川市役所
市長 松井三郎
所在地 436-8650
静岡県掛川市長谷一丁目1番地の1
北緯34度46分7.3秒東経137度59分54.3秒
掛川市役所
外部リンク 静岡県掛川市

掛川市位置図

― 政令指定都市 / ― 市 / ― 町

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掛川市(かけがわし)は、静岡県西部の都市

目次

概要[編集]

江戸時代に東海道の主要宿場町として、また掛川城を核とした城下町から発達した地方都市である。

佐野郡、および、小笠郡に含まれ、牧之原台地のすぐ西に位置している。

安土桃山時代には山内一豊の城下町であったため、この縁で高知市高知県中部)との交流関係が深い。江戸時代には掛川藩横須賀藩の城下町となり、東海道掛川宿日坂宿宿場町でもあった。2005年4月1日に、旧掛川市、大東町大須賀町の1市2町が合併して、現在の掛川市となった。

農業が主要産業の一つであり、緑茶の栽培は全国屈指の産出量を誇る。牧之原市が成立するまでは、荒茶の生産量全国1位であった。

東海道新幹線掛川駅東名高速道路掛川インターチェンジとともに工業団地の誘致に成功、拠点都市としての性質を強めると同時に製造品出荷額1兆円を超える県内有数の工業都市となった。その結果、脆弱であった財政基盤は大幅に改善され、2006年には財政力指数が1.033に到達、初めて普通交付税不交付団体となった。しかし、2006年度末には借入金総残高が1016億円に達し、実質公債比率が18%を超過したため地方債許可団体となった。

また、「スローライフ」を宣言しており、郊外化スプロール現象の促進とは正反対で、中心市街地の活性化で個性を強化する路線を掲げており、中心市街地活性化法TMO)の実践が顕著である。

倉真温泉、法泉寺温泉など市内各所の温泉街掛川花鳥園などの観光地を訪れる観光客も多い。また、1970年代には吉田拓郎かぐや姫2000年代にはap bankなどが野外コンサートを開催するなど、ロック・フェスティバルの街としても知られている。さらに、掛川市役所[1]掛川警察署[2]の公式ウェブサイトにて流れるテーマ曲が話題となる。

地理[編集]

粟ヶ岳から望む掛川市内

地勢[編集]

牧之原台地の西に位置する。南北に約30km、東西に約16kmの距離がある。

地名の由来[編集]

『東海道五十三次之内掛川宿』(歌川広重作、1833年)に描かれた掛川宿
掛川
中心部を流れる逆川の流れが、切り立った崖のように見える点から「缺けた川」と呼ばれ、次第に略されて「懸川」となり、「掛川」と改名された。
「かけがわ」を発音する際、地元では「け」にアクセントをおいて発音する[3]が、標準語ではアクセントはない(平板)とされる[4]。アクセントに違いが見られるのは、標準語と掛川市内で用いられる遠州弁との間にアクセントの差異があるためとされる。同様に、標準語と遠州弁とで地名のアクセントに差異がある事例としては、静岡県磐田市が挙げられる。
かつては、高知県高知市はりまや橋の近くにも「掛川町」が存在した。これは、掛川から高知に移住した山内一豊の家臣が、居を構えた事に由来する。高知市の掛川町は、現在では「はりまや町」となっている。高知市には山内一豊が建立した「掛川神社」も存在する。この神社は、一豊が高知に入城した際、掛川城北東鬼門)にある龍尾神社を高知城の北東に勧請したものであり、掛川に因んで命名された。
大坂
掛川市の「大坂」は、大坂(明治以後の大阪)から移住した住民が多かったために付けられた地名だといわれている。
掛川市中心部周辺の空中写真。1988年撮影の5枚を合成作成。
国土交通省 国土画像情報(カラー空中写真)を基に作成。

歴史[編集]

鎌倉時代には「懸川」として歴史書に描かれた。また室町時代には、信州塩尻に至る塩の道の始点であった。

戦国時代から江戸時代まで[編集]

戦国時代には戦国大名今川氏の配下の朝比奈氏の城下町として発展した。

山内一豊が整備した掛川城の城門と天守

江戸時代から明治時代まで[編集]

1861年文久元年)に再建された掛川城二の丸御殿(重要文化財

江戸時代には掛川藩横須賀藩が樹立され、その城下町となった。藩政時代には、譜代大名が入れ替わり入っていた(歴代藩主は各藩の項目を参照)。

明治時代から第一次大戦まで[編集]

報徳思想の中心地のシンボルとしてJR東海道本線掛川駅北口に建立された二宮金次郎
  • 1868年(明治元年) : 明治維新駿府藩の領土に編入された。
  • 1871年(明治4年)8月29日 : 廃藩置県静岡県( - 1871年12月25日)に属した。
  • 1876年(明治9年)8月21日 : 浜松県と静岡県( - 1876年8月20日)が合併し、以降は静岡県に属する。
  • 1889年(明治22年)4月1日 : 町村制施行により掛川宿・下俣町・十九首町・仁藤村・および大池村・葛川村・結縁寺村の各一部が合併して佐野郡掛川町となった。同時に以下の村が成立。
    • 佐野郡
      • 南郷村 ← 結縁寺村・下俣村・南西郷村・上張村・杉谷村・長谷村
      • 大池村 ← 大池村・新村
      • 曽我村 ← 領家村・原川町・高御所村・細田村・篠場村・平野村・梅橋村・徳泉村・岡津村・沢田村
      • 和田岡村 ← 各村・高村・吉
      • 垂木村 ← 下垂木村・富部村・黒田村
      • 雨桜村 ← 上垂木村・家代村・遊家村
      • 原谷村 ← 本郷村・細谷村・西山村・幡鎌村
      • 原田村 ← 原里村・平島村・寺島村・久居島村・中西之谷村・上西之谷村
      • 原泉村 ← 萩間村・居尻村・黒俣村・炭焼村・大和田村・丹間村・孕石村
      • 西郷村 ← 上西郷村・下西郷村・五明村
      • 倉真村 ← 倉真村
      • 粟本村 ← 初馬村・水垂村・北池新田
      • 西山口村 ← 成滝村・葛川村・満水村・薗ヶ谷村・安養寺村・宮脇村・印内村
      • 東山口村 ← 伊達方村・千羽村・逆川村・小原子村・八坂村・本所村
      • 日坂村日坂宿・大野村・佐夜鹿村
      • 東山村 ← 東山村
    • 城東郡
      • 上内田村 ← 上内田村・板沢村・和田村・子隣村・岩井寺村
      • 佐束村 ← 高瀬村・小貫村・中方村
      • 岩滑村 ← 岩滑村
      • 土方村 ← 上土方村・下土方村・入山瀬村・今滝村・川久保村
      • 中村 ← 中村・西之谷村・大石村
      • 笠原村 ← 岡崎村・山崎村
      • 大須賀村 ← 横須賀町・西大淵村・沖ノ須村
      • 大淵村 ← 東大淵村
      • 大坂村 ← 大坂村
      • 三浜村野村・野新田村・川新田村
      • 三俣村 ← 三俣村
      • 千浜村 ← 千浜村・坂里村・国安村・国包村・久兵衛新田・喜右衛門新田
  • 1889年(明治22年)4月16日 : 東海道本線掛川駅開業。
  • 1891年(明治24年)6月11日 : 南郷村大字長谷が大池村へ編入。
  • 1893年(明治26年)12月12日 : 南郷村の一部(下俣・南西郷・結縁寺)を掛川町に編入。
  • 1895年(明治28年)8月20日 : 掛川町南郷地区の一部(下俣の一部,南西郷・結縁寺)が分立し西南郷村を設置。
  • 1896年(明治29年)4月1日 : 城東郡と佐野郡が合併して小笠郡を設置。
  • 1898年(明治31年)10月19日 : 大日本報徳社が設立。
  • 1914年(大正3年)5月1日 : 大須賀村が横須賀町に町制施行、改称。
  • 1925年(大正14年)8月20日 : 大池村を掛川町に編入。
  • 1932年(昭和7年)10月1日 : 雨桜村と垂木村が合併し桜木村を設置。
  • 1940年(昭和15年)6月1日 : 二俣線(現天竜浜名湖線)開通。
  • 1942年(昭和17年)6月1日 : 三浜村、三俣村が合併し睦浜村を設置。
  • 1943年(昭和18年)4月1日 : 南郷村を掛川町に編入。佐束村と岩滑村が合併し、佐束村(新制)を設置。

第二次大戦後から平成時代まで[編集]

  • 1950年(昭和25年)10月10日 : 上内田村を掛川町に編入。
  • 1951年(昭和26年)4月1日 : 掛川町、西南郷村、栗本村、西山口村が合併し掛川町を設置。
  • 1954年(昭和29年)3月31日 : 掛川町が曽我村、東山口村を編入し、市制を施行して掛川市(旧制)となる。西郷村、倉真村が合併し三笠村を設置。桜木村、和田岡村が合併し北小笠村を設置。
  • 1955年(昭和30年)
    • 1月1日 : 佐束村、土方村が合併し城東村を設置。
    • 4月1日 : 東山村、日坂村を編入。
    • 4月19日 : 大坂村、睦浜村が合併し大坂村(新制)を設置。
  • 1956年(昭和31年)
    • 6月1日 : 横須賀町と大淵村が合併して大須賀町となる。
    • 8月1日 : 大坂村と千浜村が合併して大浜町となる。
    • 9月30日 : 中村を城東村に編入。笠原村を大須賀町と磐田郡袋井町に分割、編入。 原泉村のうち炭焼の一部と大和田・丹間・孕石・萩間・居尻・黒俣が三笠村に編入。原泉村の残部(炭焼の残部)は周智郡森町に編入。
  • 1957年(昭和32年)
    • 3月31日 : 北小笠村、原谷村、原田村、および三笠村の一部(萩間・居尻・黒俣・炭焼)を編入。
    • 6月25日 : 旧日坂村域、大字佐夜鹿の一部が榛原郡金谷町(現島田市)へ編入。
    • 9月1日 : 城東村大字大石の一部が小笠町へ編入。城東村大字中の一部が大浜町へ編入。
  • 1958年(昭和33年)1月1日 : 城東村大字大石の一部が小笠町へ編入。
  • 1960年(昭和35年)10月1日 : 三笠村を編入。
  • 1973年(昭和48年)4月1日 : 大浜町と城東村が合併して大東町となる。
  • 1979年(昭和54年) : 掛川市が生涯学習都市宣言を行う。
  • 1983年(昭和58年) : ヤマハレクリェーションつま恋にてつま恋ガス爆発事故が発生する。
  • 1985年(昭和60年)9月27日 : 大須賀町が非核平和都市宣言を行う。
  • 1988年(昭和63年)3月13日 : 東海道新幹線掛川駅開業。

平成時代以降[編集]

人口[編集]

Demography22213.svg
掛川市と全国の年齢別人口分布(2005年) 掛川市の年齢・男女別人口分布(2005年)
紫色 ― 掛川市
緑色 ― 日本全国
青色 ― 男性
赤色 ― 女性
掛川市(に該当する地域)の人口の推移
1970年 86,113人
1975年 90,160人
1980年 94,398人
1985年 99,974人
1990年 105,030人
1995年 109,978人
2000年 114,328人
2005年 117,857人
2010年 116,373人
総務省統計局 国勢調査より

政治・行政[編集]

行政[編集]

執行部[編集]

暫定市政(2005年)[編集]
戸塚市政(2005年 - )[編集]
  • 初代助役:大倉重信(2005年 - 2006年)(前市長職務執行者)(大倉退任後、後任助役は置かず)
  • 初代収入役:山本君治(2005年 - 2007年)
松井市政(2009年 - )[編集]
掛川市市長
氏名 在任期間 会派 期・備考
0 大倉重信 2005年 - 2005年 無所属 市長決定まで市長職務執行者。旧大東町町長
1 戸塚進也 2005年 - 2009年 無所属 元衆議院議員
2-3 松井三郎 2009年 - 無所属 元静岡県議会議員
監査委員
  • 委員:後藤知彦(2005年 - )
  • 委員:戸塚正義(2005年 - )
農業委員会
  • 会長:萩原治(2005年 - )
  • 副会長:土屋巖(2005年 - )
教育委員会
  • 初代教育長:佐藤忠夫(2005年 - 2006年)

議会[編集]

  • 議長:鳥井昌彦(2007年 - )(親和会)
  • 副議長:河住光重(2007年 - )(親和会)
  • 初代議長:菅沼茂雄(2005年 - 2006年)(親和会)
  • 初代副議長:鈴木治弘(2005年 - 2006年)(親和会)
  • 第2代議長:加藤一司(2006年 - 2007年)(親和会)
  • 第2代副議長:水野薫(2006年 - 2007年)(親和会)
掛川市議会議長
氏名 在任期間 会派 期・備考
1 菅沼茂雄 2005年 - 2006年 親和会
2 加藤一司 2006年 - 2007年 親和会
3 鳥井昌彦 2007年 - 親和会
委員会構成
  • 議会運営委員会
  • 常任委員会
    • 総務委員会
    • 経済建設委員会
    • 文教厚生委員会
  • 特別委員会
    2005年
    • 南北幹線道路網調査検討委員会
    • 新・市立総合病院問題委員会
    • 子育て支援・少子化対策委員会
    2006年
    • 南北道・幹線道路委員会
    • 学校教育委員会
    • 広域行政問題委員会
  • 第1回掛川市議会議員選挙(新制 2005年)結果
会派名
30
親和会 23
みどりの会 4
日本共産党掛川市議員団 2
かけがわ21 1

市政の混乱[編集]

人事[編集]

2005年の合併に伴う市長選挙が行われ、戸塚進也が市長に就任した。しかし、戸塚の姻族収入役候補とする特別職人事案が議会により否決され、収入役不在の波瀾含みの市政スタートとなった。

市町村合併[編集]

戸塚の公約である「掛川市、菊川市御前崎市3市による『小笠郡全域合併構想』」の実現が焦点となっている。

2005年助役大倉重信(旧大東町長)が「合併しない方が良かった」と発言し、波紋を呼んでいる。

農業用水目的外転用[編集]

2003年、農業用水である大井川用水を市内の事業所が工業用水として目的外転用した問題が発覚した。『サンデープロジェクト』などの報道番組や経済誌等で特集報道され、「水泥棒」とのセンセーショナルな表現も一部で散見されるなど、大きな問題となった。

2004年3月、静岡県から2007年までの暫定的な小笠工業用水の水利権許可を受ける暫定対応を実施した。また、大井川用水路、牧之原用水路の水を工業用水に正式に流用することで抜本的な解決を図ることになった。静岡県、静岡県大井川広域水道企業団による長島ダム使用権の工業用水一部転換申請が認可され、2007年1月9日、東遠工業用水道企業団が発足し、2007年4月1日工業用水の給水開始を目指している。[5]

ごみ処理[編集]

ガス化溶融炉を備えるごみ処理施設。2005年9月5日に本番運用を開始した。掛川市と菊川市のごみを処理する。

警察[編集]

  • 静岡県警察本部
    • 掛川警察署(市内全域を管轄)
      • 掛川駅前交番
      • 大須賀交番
      • 大東交番
      • 西部交番
      • 日坂駐在所
      • 上内田駐在所
      • 原谷駐在所
      • 原田駐在所
      • 伊達方駐在所
      • 倉真駐在所
      • 西郷駐在所
      • 千浜駐在所
      • 城東駐在所
犬のおまわりさん制度
掛川市内を管轄する掛川地区防犯協会が導入した制度。
市民が飼い犬を散歩させる際、専用の腕章を着用し、専用のリードを使用する。散歩中に不審者や犯罪行為を発見した場合、掛川警察署に通報する制度。

消防・防災[編集]

  • 掛川市消防本部
    • 掛川消防署 - 市北部の旧掛川市域を管轄。
    • 南消防署 - 小笠地区消防本部南分署より改組。市沿岸部の旧大東町域と旧大須賀町域を管轄。
  • 掛川市消防団
    • 第一方面
      • 第一分団
      • 西山口分団
      • 駅南分団
      • 上内田分団
    • 第二方面
      • 掛川分団
      • 中央分団
      • 掛二分団
    • 第三方面
      • 東山口分団
      • 日坂分団
      • 東山分団
    • 第四方面
      • 粟本分団
      • 西郷分団
      • 倉真分団
    • 第五方面
      • 原谷分団
      • 原田分団
      • 原泉分団
    • 第六方面
      • 曽我分団
      • 桜木東分団
      • 桜木西分団
      • 和田岡分団
    • 第七方面
      • 大東第一分団
      • 大東第二分団
      • 大東第三分団
    • 第八方面
      • 大東第四分団
      • 大東第五分団
      • 大東第六分団
    • 第九方面
      • 大須賀第一分団
      • 大須賀第二分団
    • 第十方面
      • 大須賀第三分団
      • 大須賀第四分団

市町村防災行政無線を市内全域で運用。屋外スピーカーの設置のほか、全戸に個別受信装置を配布している。

法務[編集]

日本年金機構[編集]

  • 掛川年金事務所

検察[編集]

裁判所[編集]

シンボル[編集]

市歌[編集]

市章[編集]

市章

桔梗をモチーフに掛川(Kakegawa)の頭文字Kを図案化したもの。旧掛川市・大東町・大須賀町の合併時に、一般公募により決定された。桔梗は掛川藩藩主であった太田氏の家紋であり、旧掛川市の市章や市花にもなっていた掛川のシンボルである。また、市内の学校の校章デザインにも多く採り入れられている。

市のCM[編集]

2004年度
「浦野くんの夕暮れ自転車散歩」
第3回しずおかふるさとCM大賞静岡県教育長賞受賞
2005年度
「ひろがった浦野くんの自転車散歩みち」
第4回しずおかふるさとCM大賞静岡県知事賞受賞
2006年度
「掛川市在住 浦野タカユキ、14歳。」
第5回しずおかふるさとCM大賞エントリー

マスコットキャラクター[編集]

平成24年に全国お茶まつり静岡大会in掛川の開催に合わせて募集され235点応募された。 名前は、「茶のみや きんじろう」で愛称「きんじろうくん」。 掛川ゆかりの二宮金治郎をモチーフにデザインされ、手には掛川茶のことが書かれた本を持ち、常に掛川茶のことを研修して知り尽くしている男の子。頭と本には、一芯二葉の掛川茶がデザインされ、掛川の深蒸し茶をイメージした緑の着物を着ている。

姉妹都市・提携都市[編集]

姉妹都市[編集]

一豊公&千代サミット[編集]


大東サミット[編集]

産業[編集]

農業[編集]

全国最大規模の緑茶の栽培地であり、緑茶を用いた土産物も多い。「全国お茶まつり」の「全国茶品評会」では、掛川市が深蒸し煎茶部門の産地賞を受賞し続けており、2007年現在で三連覇中である。2006年に日本茶で初めてモンドセレクションで丸山製茶の「茶師名人」が金賞を受賞し、2008年までに3年連続受賞(2008年は最高金賞受賞)している。また、市内に本社を置く佐々木製茶煎茶「静岡の誉」をモンドセレクションに出品し、2008年に特別金賞を受賞している。このように、市内の緑茶に対する評価は総じて高いとされている。なお、掛川茶振興協会による緑茶の産地表示は、下記の通りである。

掛川産掛川茶
掛川市内で生産された荒茶を100%使用した商品。
掛川茶
掛川市内と、同市に隣接する境界地域で生産された荒茶を100%使用した商品。
ただし、境界地域の荒茶を使用する場合、市内産の荒茶を50%以上含有しなければならない。
(※「境界地域」とは、市境に隣接して気候や土質、地形、栽培管理、製造方法などが市内と同様の地域。)

緑茶以外では、メロンいちごトマトバラの栽培が盛んである。

工業[編集]

製造品出荷額は約1兆4469億円(工業統計表、2005年)であり、静岡県内では浜松市磐田市静岡市に次いで4位である。

主要な品目は、ADSL機器、ファクシミリ化粧品アップライトピアノ自動車部品、携帯電話など。

市内に立地する工業団地には掛川東部工業団地「エコポリス」、新エコポリス工業団地上土方工業団地などがある。

商業[編集]

城下町にて山車を曳き回す掛川祭

掛川市(旧掛川地区)の商圏人口は278,750人(静岡県消費動向調査、2006年)であり、静岡県西部地区における最大商圏の浜松(旧浜松市)に次ぐ規模である。また掛川市は浜松商圏(掛川市全域)、袋井商圏(大東地区を除く)に含まれる。

掛川駅北口周辺に商店街、飲食店街が集積し中心市街地を形成する。掛川市中心市街地活性化基本計画[6]では、中心市街地は大手町、連雀、肴町、中町、緑町、瓦町、紺屋町、栄町、研屋町、城内、松尾の11町と定義しており、この範囲には掛川城、大日本報徳社などの歴史・文化施設群も含まれる。

平成期には市街地の空洞化が進行し、商業機能は大池地区(掛川バイパス大池IC南側)、西郷地区(掛川バイパス西郷IC北側)など郊外に分散している。また大東・大須賀地区には大東ショッピングプラザ「ピア」ロックタウン大須賀などの郊外型ショッピングセンターがある。

市街地の建設規制[編集]

城下町風の外観を見せる清水銀行掛川支店

掛川城の周辺では人力車が運行され、自動販売機にまで「なまこ壁」があしらわれており、旧城下町らしい街並が整備されている。地区計画による城下町風街づくりの規制に、以下の物がある。

建物の用途
葛川下俣線、駅前通り線、掛川駅大手線に面する建物の一階は、店鋪などの用途に限定する。
建物の壁面の位置
都市計画道路の道路境界から1m以上離す。
建物の高さ制限
高度利用地区以外の軒の高さ制限は15m。
建物の形態
道路に面する部分は城下町風のイメージで統一。
塔、屋外階段、付属する建物は主建物と一体化。
外壁は白、黒、自然素材色。
見え掛かり部分は石張り。
附帯設備
道路、公園からの景観を妨げない位置に設置。
広告物
屋外広告物は城下町風のイメージに調和させる。屋上広告塔は全面禁止。

主な企業[編集]

関連組織[編集]

一部事務組合[編集]

  • 太田川原野谷川治水水防組合
  • 東遠広域施設組合
  • 小笠老人ホーム施設組合
  • 浅羽地域湛水防除施設組合
  • 東遠学園組合


第三セクター[編集]


教育[編集]

大学[編集]

高等学校[編集]

中学校[編集]


小学校[編集]


特別支援学校[編集]

特別支援学校ねむの木

幼稚園[編集]


専修学校[編集]

学校教育以外の施設[編集]

職業訓練施設
保育所


地域[編集]

方言[編集]

市内全域で遠州弁が話されている。また、旧遠江国に属しながらも、大井川を越えた旧駿河国に程近いという位置から、一部では静岡弁(駿河弁)も話されており、遠州弁と静岡弁の混在したアクセントも見受けられる。

祭事[編集]

享保年間頃から始まったとされる遠州横須賀三熊野神社大祭静岡県無形民俗文化財

市内に所在する各神社を中心に、さまざまな祭礼が行われている。観光客が多く訪れる祭礼としては、遠州横須賀三熊野神社大祭掛川祭などが知られている。これらの祭礼では二輪屋台が用いられ、一本柱万度型、掛川型、日坂型など、祭りが開催される地域によりさまざまな形状がある。

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郷土料理としては、「いも汁」が挙げられる。とろろは静岡県を代表する郷土料理の一つであるが掛川では一般にいも汁と呼ばれる。自生したヤマノイモをすりおろし、すり鉢でこねながら、鯖出汁の味噌汁で伸ばし、これをご飯に掛けて食べる。薬味としてすりおろした生姜、刻みネギ(わけぎ)を添える。

B級グルメとしては、かつて掛川市から浜松市にかけての地域で広く食べられていた「味噌素麺」が挙げられる。2000年代以降、B級グルメの一品として再評価がなされ、酢味噌の素麺が再び注目され始めている。

ご当地グルメとしては、掛川商工会議所「大河ドラマを生かす会」の呼びかけで制定された「お千代御膳」が挙げられる。以下の条件さえ満たせばそれ以外は制限がないため、刺身てんぷらの蒲焼きなど多彩な品を添えた各店独自のメニューが市内各所で楽しめる。

お千代御膳の定義

通信[編集]

市内全域がNTT西日本静岡支店の営業区域である。市外局番は市の大半の地域で0537であるが、市南西部の本谷地区、山崎地区は0538である。

交流[編集]

地域SNS[編集]

掛川市役所が、地域ソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)用のウェブサイトとして「e-じゃん掛川」を開設した。掛川市役所IT政策課情報化推進係を中心として運営が行われている。さまざまなコミュニティが存在し、地域住民間の交流を深める狙いがある。2006年12月現在、SNSへの会員登録は市民以外にも開放されており、会員からの招待がなくても登録可能である。

医療[編集]

市内全域で医薬分業が浸透している。特に、掛川市立総合病院では、処方箋を処方箋薬局に対しファックスで送信するサービスを実施しているため、かかりつけ薬局に行けば、即時に薬を受け取る事ができる。2000年代後半からは、薬局での処方内容を記録する手帳(いわゆる「お薬手帳」)に、病院診療所歯科医院での診察内容も併せて記録する試みが始まっており、医師歯科医師薬剤師間での情報共有が進められている。

医師不足や病院設備の老朽化が課題となっており、2013年5月1日袋井市と共同で新病院「中東遠総合医療センター[7]を掛川市菖蒲ヶ池に開院した。複数の市立病院の統合は全国初の事例となる。また、予測される東海地震の想定震源域であることから、事業継続計画に対応した病院としても注目されている[8]。旧病院跡地は医療・福祉関連施設として利用される予定。

ガス[編集]

市内中心部では、静岡ガス系の都市ガス会社、中遠ガスによって都市ガス(13A、熱量46MJ)が供給されている。郊外では戸別または集中方式によるLPガスを使用している。

自然環境[編集]

マイバッグ運動が展開されており、2007年から市内全域のスーパーマーケットレジ袋が有料化された。環境保護を目的とする基金「掛川市環境基金」を市が設立し、環境保護活動に取り組んでいる。市内の企業から提供されたリサイクル資源を環境保護団体「掛川エコ・ネットワーキング」に販売させ、その収益を基金に積み立て環境対策に充当している。また、市民有志によりマイバッグ運動のテーマ曲『いつも持っているマイバッグ』が作成され、掛川市役所の公式ウェブサイトやマイバッグ運動に参加する各店舗で流されている[9]

歌詞、および、メロディーは『マイバッグソング』を参照。

思想[編集]

掛川駅前の二宮金次郎像

報徳思想[編集]

二宮尊徳(幼名二宮金次郎)とその弟子たちが提唱した経済学説・農村復興運動「報徳思想」が盛んである。二宮尊徳の弟子たちによって遠州地方に報徳思想が説かれ、遠江国報徳社(後の大日本報徳社)社長岡田良一郎1839年 - 1915年)が、全国初の信用金庫である掛川信用金庫の前身「勧業資金積立組合」や、静岡県立掛川西高等学校の前身「冀北学舎」を設立した。

現在では全国団体である社団法人大日本報徳社が掛川に置かれ、各地、各事業所の報徳社(社団法人)を統括している。

掛川駅北口には、明治天皇愛蔵の二宮金次郎立像(2005年現在、明治神宮蔵)を模した二宮金次郎像が建立されている。

遠州地方から起業家が多く輩出される理由として、一説には浜松を中心とした「やらまいか精神」と、掛川を中心とした報徳思想が起業家に大きな影響を与えたためとされる。

報徳思想は、あくまで農村復興運動や、幕府の財政再建などの理論的支柱となった経済学説である。希に混同されるが、あくまで学説・思想であり、宗教宗派などとは一切関係が無い。そのため、全国各地の報徳社も宗教法人ではなく社団法人である。

生涯学習[編集]

30億円の募金を募り誘致に成功したJR東海道新幹線掛川駅

旧掛川市長の榛村純一が、生涯学習と都市造りを結び付け、全国初の「生涯学習都市宣言」を行った。(2005年の新設合併によって失効)

向都離村の社会が地域と両親を否定するとの考えに立ち、土地条例、30億円の市民募金による東海道新幹線掛川駅建設など、生涯学習をキーワードとし、様々な市の事業と有機的に結び付けた。

スローライフ[編集]

掛川市(旧制)市長榛村純一は、7選目の市長選(2001年)に際して、スローライフを公約に掲げた。

2002年11月に「スローライフ月間 in 掛川」が開催され、国土交通省都市地域整備局局長澤井英一、千葉大学法経学部教授新藤宗幸、ジャーナリスト筑紫哲也、榛村市長、地域活性化研究所代表川島正英によるシンポジウムが行われた。

(旧)市制50周年を機に、ファストフードに代表されるライフスタイルやモータリゼーションに対して異議を唱え、勤労・分度・推譲を重視する報徳思想と絡めた、「歩行文化・スローライフ・報徳文化都市宣言」を行った(2004年4月)。スローライフシティを宣言した都市は、掛川が全国初である。

交通[編集]

名門!多古西応援団』、『シュート!』、『水色時代』等で舞台ともなった掛川駅

東海道新幹線東海道本線東名高速道路国道1号といった国土の大動脈が市街地中心部を横断しており、都市間交通、広域交通は比較的充実しているといえる。しかし、地域間交通、特に南北方向の交通整備はやや遅れており、改善のためにコミュニティバス路線の拡充、また合併特例事業として掛川市街地と大東・大須賀市街地及び新東名高速道路森掛川ICを結ぶ南北縦貫道路・東西環状線の建設などの施策が行われている。

鉄道路線[編集]

廃止路線[編集]

かつては海岸部を静岡鉄道駿遠線が走っていた。1914年に中遠鉄道として開業し、1967年8月に廃止された。

バス路線[編集]

一般路線バス[編集]

コミュニティバス[編集]

掛川市市街地循環バス「スローライフバス」
  • 掛川市市街地循環バス「スローライフバス」(2003年5月20日 - )
    • 北回り
    • 南回り
  • 満水線(2010年11月1日 - )
  • 和田岡線(2010年11月1日 - )
  • 曽我線(2010年11月1日 - )

高速バス・空港アクセスバス[編集]

主な道路[編集]

国道[編集]

高速自動車国道[編集]
一般国道[編集]

県道[編集]


道の駅[編集]

旧街道[編集]

『東海道五十三次之内日坂宿』(歌川広重作、1833年)に描かれた日坂宿

空港[編集]

  • 県内の牧之原市島田市静岡空港2009年6月4日に開港した。掛川市から自家用車で片道約25分で結ばれる見込み。
  • 掛川駅南口と静岡空港を結ぶ路線バスが運行されている。所要時間は約35分(遠鉄バス)、約45分(しずてつジャストライン、菊川駅経由)としている。

文化・芸術施設[編集]

掛川市立中央図書館と淡山翁記念報徳図書館


娯楽[編集]

いこいの広場に立地する掛川市営球場

トランポリンの普及に力を入れており、全日本トランポリントーナメント競技選手権大会が開催されている。

娯楽施設[編集]


観光[編集]

自然[編集]

名所・旧跡[編集]

神社・仏閣[編集]

遠州の熊野三山を祀る三社と御伴の神を祀る五社

熊野三山

御供五柱

公園[編集]

  • 大浜公園
  • 佐束山公園
  • 松本亀次郎公園
  • 西大谷ダム公園

温泉・レジャー等[編集]

祭事・催事[編集]

掛川祭にて曳き回される二輪屋台

名産品[編集]

土井酒造場の「櫻花開運」
キウイフルーツを原料とするワインが醸造されている。
土井酒造場高天神山の湧水を使用して、「開運」「遠州灘」といった地酒を仕込む。

伝承[編集]

掛川を舞台にした作品[編集]

映画[編集]

ドラマ[編集]

WATER BOYS2』に登場する「姫乃駅

小説[編集]

絵本[編集]

浮世絵[編集]

今昔百鬼拾遺』(鳥山石燕著、1780年)に描かれた「夜啼石

漫画[編集]

アニメ[編集]

出身有名人[編集]

政官界[編集]

学術[編集]

旧大東町名誉市民(大東「町」だが称号は名誉「市」民)。
掛川市上内田ではくちょう座新星2005を発見。
2005年、世界で発見された新星のうち30%を発見。
医師。吉岡弥生の父。当時としては珍しい「聴診器」をいち早く導入するなど地域医療の向上に努め、貧しい患者からは診療費を徴収せずに米を渡すなどしたため、地元から慕われた。報徳思想の普及に努める。現在、旧鷲山邸は、吉岡弥生記念館の横に、当時のまま移設保存されている。

文化・芸術[編集]

スポーツ[編集]

縁故のある有名人[編集]

政官界[編集]

静岡県静岡市出身。掛川市立和田岡小学校卒業。第72代国家公安委員会委員長内閣府特命担当大臣(防災担当)を歴任。
静岡県袋井市出身。静岡県立掛川西高等学校卒業。掛川市在住。掛川市を含む衆議院静岡県第3区から選出。初代金融再生委員会委員長、初代金融担当大臣、第7代厚生労働大臣を歴任。

文化・芸術[編集]

東京都出身。戦時中、疎開のために掛川に転入した。未だ売れていない頃はよく帰って来ていたが、人気が出るにつれて人が群がってくるという理由で、それ以来は帰って来ていない。
江戸小伝馬町出身。掛川宿にて客死し広楽寺に葬られる。
出身。佐夜の中山峠にて詠んだ和歌が『新古今和歌集』に収録された。
東京都出身。掛川市にて施設群ねむの木村を運営する。
静岡県浜松市出身。掛川市在住。武蔵野美術大学造形学部教授を務めながら版画家として活動し、ブルガリア国立美術館、サンフランシスコ美術館にも作品が収蔵されている。太田川河川敷の護岸に壁画を作成している。
岡山県岡山市出身。掛川市に吉行淳之介文学館が所在する。
出身地不明。横須賀藩御用絵師で、洋風画「真人図」で名を残す。市内の寺社などにその作品が残っている。
兵庫県出身。掛川市在住。『宮之原警部シリーズ』において『新幹線《のぞみ47号》消失!』にて掛川駅が登場している。静岡県内を舞台とした作品も多い。

スポーツ[編集]

福岡県出身。掛川市在住。葛城ゴルフ倶楽部(袋井市)所属のプロゴルファーであり、ゴルフに関する著作多数。

脚注[編集]

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  1. ^ マイバッグソング』掛川市役所。
  2. ^ 掛川警察署掛川警察署
  3. ^ 静岡新聞社出版局・SBS静岡放送アナウンス部 『静岡県地名読み方おもしろ辞典』 静岡新聞社、1998年ISBN 4783810648 172頁
  4. ^ 日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部 『日本国語大辞典 第二版 第三巻』 小学館、2001年ISBN 4095210036 493頁
  5. ^ 目的外転用自体は、東遠地域での工業用水未整備、地下水の塩水化、農業用水の余剰など、複合的な要因で発生した問題であり、一概に悪と決めつけることはできない。問題の発覚から解決に至るまでは寸感_経済建設部付参事_1に詳しい。
  6. ^ 掛川市中心市街地活性化基本計画 第2章 中心市街地の位置及び区域
  7. ^ 中東遠総合医療センター
  8. ^ 日本経済新聞BPニュースセレクト:巨大地震にも負けぬ「BCP病院」が着工へ
  9. ^ 掛川市役所環境保全課環境企画係「掛川発マイバッグソング『いつも持っているマイバッグ』」『マイバッグソング』掛川市役所、2008年2月21日
  10. ^ エコパスタジアムなどは袋井市であるが、多目的広場など一部施設は掛川市に立地している。
  11. ^ 日本初のオールナイトライブ「コンサート・イン・つま恋」(よしだたくろうかぐや姫など出演)、「ap bank fes'05」、「ap bank fes '06」(小田和正桑田佳祐サザンオールスターズ)、コブクロBoA忌野清志郎ポルノグラフィティ一青窈出演)会場。
  12. ^ ガラス張り、階段状吹き抜けアトリウム吹き見寄せ、シースルーエレベーターなど、市役所とは思えないデザインであり、JR東海道新幹線からも見えるランドマークタワーのひとつ。茶産地に因み、茶畑に設置する防霜ファンを屋内に設置、回転させることで空調効果を向上させている。
  13. ^ 掛川城二の丸御殿がロケ地となった。
  14. ^ 天竜浜名湖鉄道天竜浜名湖線原谷駅がロケ地となった。
  15. ^ アニメ主人公の恋人が掛川第一高等学校サッカー留学している設定。JR東海道新幹線掛川駅のホームや駅周辺の風景が忠実に描写されており、一話のみの舞台でありながら、綿密なロケハンが行われたことが窺える。※ちなみに、シュートの舞台となる掛川高校は実在しない。
  16. ^ 掛川市や、ヤマダ電機炭焼きレストランさわやかなどがスペシャルサンクスとして参加。また、掛川市に存在する場所や店などが登場する。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]