柳葉敏郎

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やなぎば としろう
柳葉 敏郎
本名 同じ
生年月日 1961年1月3日(51歳)
出生地 日本の旗 日本秋田県仙北郡西仙北町
(現:大仙市
民族 日本人
血液型 O型
職業 俳優歌手タレント
活動期間 1980年 -
活動内容 1980年:俳優デビュー
1984年一世風靡セピア
1994年:『29歳のクリスマス
1997年:『踊る大捜査線
2005年:『容疑者 室井慎次
主な作品

映画

まむしの兄弟
踊る大捜査線 THE MOVIE
容疑者 室井慎次
ドラマ
君の瞳をタイホする!
すてきな片想い
29歳のクリスマス
踊る大捜査線
コード・ブルー -ドクターヘリ緊急救命-
備考
元『劇男一世風靡』メンバー

柳葉 敏郎(やなぎば としろう、1961年1月3日 - )は、日本俳優歌手タレント。愛称はギバちゃんジョニー柳葉リーダー

秋田県仙北郡西仙北町(現:大仙市)出身・在住。融合事務所所属。趣味は、ボウリングゴルフスキーテニス野球。身長:171cm、体重:60kg、血液型:O型。

目次

[編集] 人物・来歴

[編集] 略歴

農家の長男として誕生。秋田県立角館高等学校卒業後、18歳の頃に日本テレビのバラエティ番組『スター誕生!』へ応募するもテレビ予選で落選。それがきっかけで上京、劇団ひまわりに入団する。柳葉の発言によると上京の夢はあったが、芸能人になろうとは思っていなかったらしい。しかし、高校の同級生に柳葉のライバルがおり、その同級生が上京したので、そいつと勝負するには同じ東京で一旗あげなければならないと考え芸能界入りした模様。その後、渋谷のディスコ仲間達でNHK前の路上で寸劇をしていた『劇男零心会』に加わる。その後、『劇男一世風靡』を結成。劇団一世風靡のメンバーの中から結成された『一世風靡セピア』のメンバーとして歌手デビューし、当時の若者の代表格的存在となる。

1983年(昭和58年)9月よりスタートしたバラエティ番組『欽ドン!良い子悪い子普通の子おまけの子』に良川先生としてレギュラー出演(一世風靡セピアのメンバーである武野功雄も、悪川先生として共演)。この際、萩本欽一がオーディション終了後「オーディション終わって何の予定もない寂しい奴にいいことあったっていいじゃない。だから一番早く帰宅した人を採用する」と決め、関係者にオーディション参加者の家に電話を掛けさせたところ、最初につながったのが柳葉だった…というエピソードがある。

1988年(昭和63年)以降は多くのトレンディドラマに出演し、芸能界内で元祖トレンディ俳優と言われるようになる。笑い顔がやさしい印象を与えたため、1994年(平成6年)には『29歳のクリスマス』の助演に起用され、当時の20代女性の間でも認知度が広まった。特に『踊る大捜査線』シリーズの室井慎次役は一番の当たり役となり、2005年(平成17年)に主演を務めた映画『容疑者 室井慎次』はヒット作となった。

[編集] 人物像

外見
  • 髪型は基本的に短髪。デビュー当時から全くほとんど変わらない髪形を維持している。スタイル的にはドラマ出演のために前髪をオールバック(室井慎次)にしたり、下ろしたりしている。髪色は黒髪で、これもデビュー当時から現在まで変わっていないが、最近は白髪も生えている。特に染めたりなどはしていないようである。
  • 東北出身にしては色黒。そのためか南国出身だと誤認される場合もある。
  • 髭がなかなか生えない。そのため「容疑者 室井慎次」ではプロピアを使用した(座談会では「GIBA」としてハリウッドに売り出そうとネタにされている)。
性格
  • 基本的に明るくほがらかな性格で、子供っぽいともいえるほどのはしゃぎっぷりを発揮することもある。
  • バラエティ番組ではオヤジギャグを多く発し、明るめな性格が垣間見られる。しかし芸人を食うほどではない。柳葉はギャグを発する際、自分で言ったギャグに自分で受け、勝手に笑うという独特な感性を持っているので共演者からつっこまれることが度々ある。
  • 特に酒癖が悪いことで有名で、和田アキ子などから、柳葉の酒にまつわる数々の伝説がテレビ番組で紹介されることがある。
俳優業
  • テレビドラマに多く出演し、トレンディドラマからシリアスものまで幅広くこなす。室井の役柄は演じた柳葉の本来の姿と180度違うキャラクターであり、本人もかなりきつかったと言っている。
  • 人気の範囲はかつてはお茶の間層・主婦層に限定されていたが、俳優としての実力が認知され始めるにつれて青年層・邦画ファンに人気が出始める。その後、トレンディドラマに出演するようになってからは20代女性層の認知も多くなり、20代〜60代と広範囲に受け入れられるようになる。また、『踊る大捜査線』でのブレイクにより今まで柳葉を知らなかった子供層からの認知も上がっている。
  • ベテラン俳優なのでNGもほとんど出さない(というより出さないように気をつけている)と自負している。
  • 音楽活動は現在も続けている様子で、いくつかのシングルを出して今もライブ活動を行っているようである。
  • 秋田県大仙市刈和野の温泉「ユメリア」で2006年11月18日から「ギバちゃんの部屋」が展示されており、レンタサイクルも寄贈している。
生活
  • 妻との仲は円満で、夫婦連れ立ってカラオケにも行く。娘と息子がいる。但し、独身の頃から子供は教育環境の良い田舎で育てる考えを強く抱いていたが、お嬢様育ちの妻が嫌がっていた。最終的には本人の意思が強かったため、娘が小学校入学前に、故郷・秋田(旧西仙北町刈和野)への住居移転を実現した。現在は仕事がある度に、秋田から東京や大阪といった仕事場へ出かけている。2008年4月26日、長男誕生(2008年8月20日放送『笑っていいとも!』より)。
その他
  • 一世風靡のメンバーだった頃の愛称はジョニー。また『ハッピーバースデー!』で共に司会を務めた、友人で先輩である陣内孝則が「陣内ボス」と呼ばれることに対して、柳葉は「柳葉リーダー」と呼ばれていた(一世風靡セピア時代のリーダーは小木茂光である)。
  • 引退した1996年F1ワールドチャンピオンであるデイモン・ヒルのファンである。
  • 腹筋と腕立て伏せは連続で100回も行えるほど筋力がある。
  • 出身地が秋田である関係からスキーが特技であり、かなり上手い。ファンクラブ主催の柳葉敏郎参加イベントでは柳葉がファンにスキー指導する企画もあった。ボウリングもうまく、俳優の村田雄浩とよくやっているらしい。
  • 巨人ファンである。また、中日ドラゴンズ荒木雅博山井大介福岡ソフトバンクホークス清水将海とも親交がある。
  • 宇宙戦艦ヤマトシリーズに関しては、子供の頃から大ファンであり、「13歳当時より部活をサボって見ていた」と述べている。特に好きなキャラクターは、ヤマト技術班班長の真田志郎であり、 SPACE BATTLESHIP ヤマト出演のオファーが来たときは「真田でしょ?」と、自分から配役を言い当てている。他の共演者からは「ヤマトの随所の名場面を、そのままの形で保存している人」と称されていた。
  • すてきな片想い』で共演した中山美穂に100本のバラを送ったことがある。そのことを当時『君の瞳をタイホする!』で共演していた浅野ゆう子にからかわれ、彼女の誕生日にも100本のバラを送った。
  • 一世風靡メンバー武野功雄の結婚式に出席した時のこと、下ネタ祝辞を延々と述べる三沢光晴にキレ、その日、三沢ら全日本プロレス勢に対して、ガンの飛ばしあいとなった[1]
  • 「芸能人格付けチェック」では不名誉な「映す価値なし」になってしまったことがある。ちなみに、同時に出ていた「踊る大捜査線」の共演者である斎藤暁は「一流芸能人」となり、共演者同士で正反対の結果となった。
  • 心はロンリー気持ちは「…」IV」「男女7人秋物語」で共演した明石家さんまとも仲がよく、「恋の空騒ぎ」の初期メンバーの元スチュワーデスの島田律子のことを二人で話題にしてたらしい。
  • 羽賀研二を嫌っているらしく、新宿で飲んでいた時に羽賀を見かけ、羽賀が女性からもらった高級車のボンネットの上にのっかって凹ませたらしい。
  • 気分は上々」で親友の哀川翔内村光良勝俣州和に負けた上に「参りました」と色紙を書かされた回の放送後に怒りのVTRを寄せ、「勝俣君、僕は君に、男気を何よりも大切にしろと教えたつもりなんだけどね?」「そこは止めるべきだったんじゃないか?」と静かに説教、哀川と二人で組んでリベンジを挑んだ。集合場所に向かう間、内村と勝俣は責任をなすり付け合い、勝俣は「だって翔さん負かしてギバさんが来るなんて思わないもん!!」と吐露した。そして集合場所に既に二人が海をバックに到着しており、その威圧感ある姿から、「殺し屋だ、殺し屋!」と言われた。

[編集] 出演

[編集] テレビドラマ

[編集] バラエティ番組

[編集] CM

[編集] 映画

[編集] 舞台

  • 「40」(作:樫田正剛/演出:松田秀知)(銀座博品館劇場 2002.6/5~9)
  • 明治座2月公演「江戸の花嫁」(原案:君塚良一/演出:萩本欽一)(03.2/2~25)
  • 「50」(演出・柳葉敏郎 原案・平賀雅臣 脚本・わかぎゑふ )(銀座博品館劇場 2011.4/28~5/1)

[編集] 音楽

[編集] アルバム

  • 「君の名は。」(BOURBON RECORDS 1987年11月25日)
  • 「柳葉敏郎 MINI ALBUM」(BOURBON RECORDS 1988年8月25日)
  • 「You-Go(融合)」(BOURBON RECORDS 1989年11月25日)
  • 「don-den」(Victor 1990年12月16日)
  • 「Na-goshi」(Victor 1991年11月7日)
  • 「Y」(MMG INC. 1992年12月21日)
  • 「A」(east west japan 1994年1月25日)
  • 「N」(東芝EMI 1995年9月27日)
  • 「A'96」(東芝EMI 1996年6月26日)
  • 「G」(meldac 1997年5月8日)
  • 「I」(meldac 1998年5月8日)
  • 「B」(徳間ジャパン 1999年11月25日)
  • 「A 2000」(ベルウッドレコード 2000年11月25日)

[編集] シングル

  • 「Still I Love You」 C/W「めぐりあい」(BOURBON RECORDS 1987年10月25日)
  • 「ima just gumba(がんばろう)」 C/W「われ幻の魚を見たり」(BOURBON RECORDS 1989年10月25日)
  • 「初めの一歩」 C/W「カムフラージュ・ROCKER」(Victor 1991年2月21日)
  • 「俺の人生(たび)」 C/W「Ya-恋-草-Run」(MMG INC. 1992年12月21日)
  • 「聖母(おんな)」 C/W「敦のテーマ」(MMG INC. 1993年10月25日)
  • 「ハチのムサシは死んだのさ」 C/W「SILHOUETTE MORNING」(east west japan 1994年1月25日)
  • 「ラプソディー」 C/W「AJITO」(東芝EMI 1995年3月1日)
  • 「ケ・ケラ」 C/W「ラブレター」(東芝EMI 1995年8月23日)
  • 「星空をしぼって」 C/W「THREE THREE SEVEN」(東芝EMI 1996年1月31日)
  • 「あなた踊りませんか」 C/W「三日月で満たせば」(東芝EMI 1996年6月26日)
  • 「僕の腕でおやすみ」 C/W「決断」(meldac 1997年8月21日)

[編集] 脚注

  1. ^ 途中ヤバイとおもい「(哀川)翔ちゃん、天龍の方は任せる」と『HEY!HEY!HEY!MUSIC CHAMP』出演時に語った。

[編集] 外部リンク

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