長岡市

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ながおかし
長岡市
長岡市旗 長岡市章
長岡市旗:1977年10月11日制定 長岡市章:1977年9月21日制定
日本の旗 日本
地方 中部地方北陸地方
甲信越地方
都道府県 新潟県
団体コード 15202-1
面積 890.91km²
(境界未定部分あり)
総人口 276,483
推計人口、2014年8月1日)
人口密度 310人/km²
隣接自治体 新潟市燕市三条市見附市
魚沼市小千谷市十日町市柏崎市
佐渡市三島郡出雲崎町
刈羽郡刈羽村西蒲原郡弥彦村
市の木 ケヤキ
市の花 ツツジ
長岡市役所
所在地 940-8501
新潟県長岡市大手通1丁目4番地10
北緯37度26分46.3秒東経138度51分4.5秒
長岡市役所アオーレ長岡本庁所
外部リンク 長岡市

長岡市位置図

― 政令指定都市 / ― 市 / ― 町 / ― 村

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長岡市(ながおかし)は、新潟県の中部(中越地方)に位置するである。新潟県下第2位の人口を擁する市で、国から特例市に指定されている。

概要[編集]

長岡地方中核都市圏を形成する、中越地方および長岡都市圏の中心都市である。都市圏人口としては栃木県小山市中核都市圏に次いで全国39位に位置する。

平成の大合併の結果、かつての古志郡三島郡の大部分を占める他、蒲原郡魚沼郡刈羽郡にも跨る広大な市域を持つ都市となった。

旧長岡市は、江戸時代には長岡藩城下町として栄えた。戊辰戦争第二次世界大戦長岡空襲)の二度にわたって市街は壊滅的被害を受けるが、不撓不屈の精神により復興を遂げ、現在に至る。それに因み、市の紋章は不死鳥をイメージして、「長」の文字を図案化したものになっている。参考

花火王国として有名であり、市の中心を流れる信濃川では、毎年8月1~3日に長岡まつり(長岡大花火大会2、3日)が開かれ、正三尺玉花火も上がる。また2005年の長岡まつりでは、市民などからの協賛金を募って、新潟県中越地震からの復興祈願花火「フェニックス」を打ち上げ、喝采を浴びた。この「フェニックス」は、同年10月23日の中越地震からの「復興の集い」や年末年始のカウントダウンイベントでも打ち上げられ、長岡を象徴する花火になった。この花火は、翌年以降の長岡まつりでも継続して打ち上げられている。

この地域は元内閣総理大臣 田中角榮の地盤であり、現在でも一部で影響が残っている。

地理[編集]

上越新幹線東京から約80分、関越自動車道で東京から約3時間の位置にあり、特に経済面において関東地方との結びつきも強い。

元来の都市としての長岡は内陸の都市であるが、2005年と2006年の二回に渡る大規模合併以降、行政区画としての長岡市は日本海に面する自治体となっている。

南北に信濃川が縦断し、中心部では川の両岸に市街地が発展している。

1974年(昭和49年)撮影の長岡市中心部周辺の空中写真。市街地中心部の西側を信濃川が南から北へ流れる。1974年撮影の31枚を合成作成。
国土交通省 国土画像情報(カラー空中写真)を基に作成。

気象[編集]

長岡(1981年 - 2010年)の気候
1月 2月 3月 4月 5月 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月
最高気温記録 °C (°F) 15.0
(59)
18.9
(66)
23.3
(73.9)
30.4
(86.7)
32.8
(91)
34.3
(93.7)
38.3
(100.9)
39.3
(102.7)
38.3
(100.9)
32.1
(89.8)
26.5
(79.7)
19.2
(66.6)
39.3
(102.7)
平均最高気温 °C (°F) 4.3
(39.7)
4.7
(40.5)
8.7
(47.7)
16.4
(61.5)
21.6
(70.9)
25.3
(77.5)
28.6
(83.5)
30.8
(87.4)
26.2
(79.2)
20.1
(68.2)
13.7
(56.7)
7.7
(45.9)
17.3
(63.1)
平均最低気温 °C (°F) −1.2
(29.8)
−1.4
(29.5)
0.7
(33.3)
5.8
(42.4)
11.6
(52.9)
16.6
(61.9)
20.7
(69.3)
22.1
(71.8)
17.9
(64.2)
11.4
(52.5)
5.6
(42.1)
1.3
(34.3)
9.3
(48.7)
最低気温記録 °C (°F) −9.7
(14.5)
−11.8
(10.8)
−6.3
(20.7)
−2.8
(27)
2.9
(37.2)
9.0
(48.2)
13.0
(55.4)
14.1
(57.4)
8.1
(46.6)
2.5
(36.5)
−1.9
(28.6)
−8.4
(16.9)
−11.8
(10.8)
降水量 mm (inch) 299.7
(11.799)
168.8
(6.646)
144.4
(5.685)
96.8
(3.811)
109.0
(4.291)
132.2
(5.205)
225.5
(8.878)
148.4
(5.843)
173.8
(6.843)
194.5
(7.657)
291.7
(11.484)
340.1
(13.39)
2,324.8
(91.528)
降雪量 cm (inch) 236
(92.9)
189
(74.4)
80
(31.5)
4
(1.6)
- - - - - - 2
(0.8)
89
(35)
595
(234.3)
出典 1: 気象庁
出典 2: 観測史上1 - 10位の値(年間を通じての値)

世界的に見ても珍しい程の豪雪地帯であり、1981年1月21日の212cmなど過去に記録的な豪雪を何度も経験している。近年は暖冬化により積雪は減少しており、2mを超える積雪は1986年2月9日に記録された206㎝が最後であるが、2012年2月10日には久々に170cmの豪雪を記録した。市街には雁木(がんぎ)が整備されているほか、市では「無雪都市」を宣言し、長岡駅大手通り(旧国道8号等)には、雁木を改造した大規模なアーケードが設置されている。また、道路には消雪パイプが設置され、国道・県道・市道や公共施設の敷地内に至るまで広い範囲で散水消雪を行う。寺泊地域や和島地域は、海岸部または海岸に近いため比較的積雪が少ない。

地理的に、大部分が盆地で占められており、冬は寒く、夏は暑い傾向がある。信濃川流域には遮蔽物が少なく、夏ごろは突風が吹くことがある。

隣接している自治体・行政区[編集]

※北から東回りに

※この他、佐渡市とは海を隔てて接しており、航路により結ばれている。

人口[編集]

Demography15202.svg
長岡市と全国の年齢別人口分布(2005年) 長岡市の年齢・男女別人口分布(2005年)
紫色 ― 長岡市
緑色 ― 日本全国
青色 ― 男性
赤色 ― 女性
長岡市(に該当する地域)の人口の推移
1970年 279,395人
1975年 283,440人
1980年 289,234人
1985年 291,251人
1990年 290,923人
1995年 293,250人
2000年 292,887人
2005年 288,457人
2010年 282,719人
総務省統計局 国勢調査より

行政[編集]

2012年4月から本庁舎機能が移転したアオーレ長岡
  • 長岡市役所
  • 支所
    • 小国支所
    • 越路支所
    • 寺泊支所
    • 栃尾支所
    • 中之島支所
    • 三島支所
    • 山古志支所
    • 与板支所
    • 和島支所
    • 川口支所

2000年代から進められた周辺市町村の編入合併により、市域が拡大。編入市域の行政区域には合併前の市町村名を冠して「○○地域」と称している(例:山古志地域、寺泊地域、川口地域など)。編入合併前の旧市域もこれに合わせ「長岡地域」としているが、特に信濃川右岸側は「川東地域」、左岸側は「川西地域」と称している。

2007年4月1日特例市に移行し、国や県からの権限移譲が行われた。更に今後、周辺市町村との合併によって中核市への移行をも視野に入れている。

歴代市長[編集]

氏名 就任年月日 退任年月日
牧野忠篤 1906年8月29日 1908年5月22日
河島良温 1908年6月23日 1919年7月10日
豊島愿 1919年8月7日 1926年11月16日
岩田衛 1927年1月28日 1929年10月26日
木村清三郎 1929年12月26日 1937年12月25日
松田耕平 1938年3月17日 1944年7月31日
鶴田義隆 1944年10月12日 1945年8月1日
田村文吉 1945年9月29日 1947年3月31日
松田弘俊 1947年4月9日 1951年4月4日
1951年4月28日 1955年1月3日
内山由蔵 1955年1月25日 1959年1月21日
1959年1月22日 1962年12月2日
上村清五郎 1962年12月21日 1966年11月25日
小林孝平 1966年11月26日 1970年11月25日
1970年11月26日 1974年11月25日
1974年11月26日 1978年11月25日
1978年11月26日 1982年11月25日
1982年11月26日 1984年5月31日
日浦晴三郎 1984年6月11日 1988年6月9日
1988年6月10日 1992年6月9日
1992年6月10日 1996年6月9日
1996年6月10日 1999年10月20日
森民夫 1999年11月22日 2003年11月20日
2003年11月21日 2007年11月20日
2007年11月21日 2011年11月20日
2011年11月21日 現職

姉妹都市・友好都市[編集]

日本国内[編集]

長岡市は2012年(平成24年)12月現在、国内には姉妹友好都市として盟約締結のもと交流を実施している都市は存在しないものの、県内外の多くの都市と災害時の事務協力などに関する連携協定を締結している。

災害時相互応援協定都市
ほか多数

また2005年以降に編入合併した10地域では、編入前の旧市町村時代に国内の市町村と姉妹友好都市を締結している例があるが、編入合併後には各地域の盟約として引き続き存続している。

編入10地域の国内姉妹友好都市

海外[編集]

2005年以降の編入10地域が海外の市町村と締結していた姉妹友好都市との関係は、編入合併後も長岡市が継承して交流事業が継続されている。

姉妹都市
友好都市

沿革[編集]

明治維新以前の長岡の歴史については、越後長岡藩を参照。

長岡市に編入合併した旧市町村の歴史については、各旧市町村のページを参照。

明治期[編集]

米百俵の群像

大正期[編集]

昭和・戦前戦中期[編集]

馬高遺跡より出土した火焔土器

昭和・戦後期[編集]

平成期[編集]

リバーサイド千秋

経済[編集]

長岡市の中心市街地長岡駅周辺を中心に形成されており、特に同駅大手口側にはオフィスやホテル、総合スーパーなどが軒を連ねている。新潟県のほぼ中部に位置し、周辺市町村を含めた商圏人口は約65万人を有し、商圏は新潟市、三条市、柏崎市、十日町市などと一部重複している。

商業[編集]

長岡市の商業施設は全国的に近年見られる傾向と同様、郊外型商業施設の進出が顕著な半面、中心市街地空洞化が深刻となっている。

郊外に展開する大型ショッピングセンターやロードサイド型店舗には、市内各地域や周辺市町村から連日多くの買い物客が訪れる。しかし一方、長岡駅大手口周辺の中心地では、2010年(平成22年)4月25日に中越地方唯一の百貨店だった「大和長岡店」が閉店するなど、かつて地区の核店舗としての役割を担っていた大型店が次々と撤退し、加えて個店舗の閉店も相次ぎ、空洞化が著しく進捗している。これは新潟市中央区三条市上越市高田地区など、県内の主な都市でも同様に見られる傾向でもある。

長岡市では近年、中心市街地の活性化を目的として、アーケードの架け替えや地下駐車場の整備、中心市街地への市役所機能の再集積化などの施策を進めている。

金融機関[編集]

(長岡市に本店(※印)、支店を置くもの。証券会社、保険会社、貸金業等を除く。)

北越銀行本店

物流[編集]

書籍雑誌といった出版物は、(中央での)発売日より1日遅れて店頭に並ぶ物が多いが、物によっては発売日あるいは発売日前日に店頭に並ぶ物もある。音楽CDは通常、発売日前日には店頭に並ぶ。

企業[編集]

明治20年頃の石油採掘にともない、機械産業が発達し、現在も精密機械や工作機械を生産している企業が多い。鉄道と河川を備え、古くから交通の要衝であったことから卸売業などの商業活動も栄えている。また、米菓の生産などを主とする食品製造業も盛んである。

イトーヨーカドー丸大長岡店

鉱業[編集]

明治時代の東山油田

天然ガスの産出量が日本一であり、越路地域を中心とした地域には、埋蔵量が日本屈指の南長岡ガス田がある。明治20年代から大正期にかけては、東山地区で産出した石油の採取が盛んに行われ、長岡は日本有数のオイルタウンとして知られていた[2]

長岡の石油産出は記紀の頃(奈良時代)から記録があるが、本格的な生産は1882年(明治15年)頃に出雲崎町尼瀬で石油掘削が盛んになったことに触発されたのが始まりである[2]。1889年(明治22年)に北越石油会社(東山油田)、1893年(明治26年)に宝田石油株式会社が地元資本で設立され、中小の石油会社も300社以上相次いで創業した[2]。1908年(明治41年)の宝田石油の納税額は長岡市の市税収入の1割強に上った[3]。石油産業の隆盛は各方面に波及し、機械工業、電灯・ガス産業、証券業(石油関連企業の設立の際に、株式発行による資金調達が行われたため)の発達につながった[3]

特産[編集]

教育[編集]

小学校[編集]

国立大学法人
市立
  • 阪之上小学校
  • 中島小学校
  • 表町小学校
  • 神田小学校
  • 新町小学校
  • 川崎小学校
  • 四郎丸小学校
  • 千手小学校
  • 富曾亀小学校
  • 黒条小学校
  • 新組小学校
  • 桂小学校
  • 浦瀬小学校
  • 柿小学校
  • 栖吉小学校
  • 前川小学校
  • 宮内小学校
  • 上組小学校
  • 石坂小学校
  • 太田小学校
  • 六日市小学校
  • 山谷沢小学校
  • 十日町小学校
  • 大島小学校
  • 才津小学校
  • 深沢小学校
  • 日越小学校
  • 関原小学校
  • 福戸小学校
  • 下川西小学校
  • 寺泊小学校
  • 大河津小学校
  • 与板小学校
  • 上塩小学校
  • 下塩小学校
  • 栃尾東小学校
  • 栃尾南小学校
  • 中野俣小学校
  • 西谷小学校
  • 東谷小学校
  • 川口小学校


中学校[編集]

国立大学法人
市立


私立

高等学校[編集]

県立
私立

県教育委員会指定技能教育施設[編集]

私立

大学・短期大学・高等専門学校[編集]

長岡技術科学大学
国立大学法人
公立大学法人
私立
独立行政法人国立高等専門学校機構

特別支援学校[編集]

  • 新潟県立長岡聾学校
  • 新潟県立柏崎特別支援学校のぎく分校
  • 長岡市立総合支援学校

学校教育以外の施設[編集]

社会基盤[編集]

都市ガス[編集]

市域内で都市ガスの供給が行われているのは長岡、越路、三島、栃尾、与板、中之島、川口の計7地域である。山古志、小国、和島、寺泊の計4地域では都市ガスの供給は行われていない。

中之島を除く6地域では北陸ガスが、中之島地域では見附市ガス上下水道局が供給を行っている。

北陸ガスの供給区域のうち長岡を除く5地域では、旧各市町による公営ガス事業が行われていた。これら編入市域の公営ガス事業は合併の際に長岡市水道局の管轄下としたのち、川口を除く4地域の事業は2009年4月1日付で、川口地域の事業は2014年4月1日付で北陸ガスへ譲渡・継承された。

下水道[編集]

長岡市の汚水処理人口普及率は96.4%(2012年(平成24年)度末現在)である。普及率は都市部等の下水道設備や農村部等の集落排水施設が整備された区域の人口と、合併処理浄化槽の利用者数に基づくもので、新潟県内の全30市町村では14番目と中位に位置する[4]。また下水道処理人口普及率は89.7%(同年度末現在)で、新潟県内では共に99%以上を有する弥彦村聖籠町に次ぎ3番目に高い普及率を有している。

このうち下水道事業は、市街地の浸水防止と生活衛生の向上を目的として、1903年(明治36年)に整備計画が策定されたのが端緒で、1924年(大正13年)1月、上水道の整備と併せて上下水道の整備に同時着手した。下水道事業は全国で7番目の整備着手、上下水道の同時整備着手は全国初であった。

事業は第1期が1924年から1927年(昭和2年)にかけ、長岡駅を中心とした川東地域の市街地238haを対象に、第2期が1960年(昭和35年)から1967年(昭和42年)にかけ、第1期と合わせて計336haを対象に進められた。第3期は川西地域も対象として1971年(昭和46年)から整備が開始され、のちに編入市域となる各市町村でも相次いで下水道整備が進められた。

なお合併前の旧市域にあたる長岡地域(川東・川西両地域)の下水道普及率(総人口に対する下水道の利用可能人口の割合)は96.1%、水洗化率(下水道利用可能人口に対する下水道接続人口)は95.7%(2003年3月時点)であった。

電線地中化[編集]

国土交通省と新潟県、県内各市町村では、幹線道路沿線の景観向上やバリアフリー化を目的として電線地中化(電線共同溝の新設による無電柱化)に取り組んでおり、長岡市内では、国土交通省が国道8号・長岡バイパス沿線の神田、蓮潟などで、県と長岡市が長岡駅周辺など川東地域中心部の他、郊外部では長岡ニュータウンの一部などで無電柱化事業を実施している。

長岡市内では2004年(平成16年)の新潟県中越地震と、2007年(平成19年)の新潟県中越沖地震で地中化の予定地域が被災し、また既設歩道内への電線地中化が水道管・下水道管といった支障物件の移設に時間がかかるなどしたため、無電柱化率が当初の目標値を一時下回った。

電線類の地中化は、耐震性のある樹脂管等で保護したケーブルを地中の共同溝に埋設するもので、災害時には電柱の倒壊による様々なリスクが回避できる反面、仮に共同溝に被害が及んだ場合には電力・通信などライフラインの復旧が大幅に遅延する可能性がある。なお中越地震の際、地中化が行われていない地域では電力の復旧に7~10日間を要した。

バイオマスタウン構想[編集]

長岡市では2010年(平成22年)に「長岡市バイオマスタウン構想」を策定し[5]、廃棄物を活用したバイオマスの利活用に向けた取り組みを進めている。

これに先立って、長岡市と市域内の主な企業は2008年(平成20年)に越後ながおかバイオマス地域協議会を設立し、菜の花やエゴマなどの作物を活用した資源循環の実証実験を3箇年にわたって実施した。

またバイオマス構想策定後の2011年(平成23年)春には長岡市環境衛生センターの敷地内において、生ごみを発酵させてバイオガスを採取し、それを動力源として発電などを行うプラント「バイオガス発電センター」の建設事業に着工し、2013年(平成25年)春に竣工、試運転を経て同年7月1日から本格稼働を開始した[6]。この発電センターの試運転開始に合わせ、長岡市では同年4月1日からごみ・資源物の分別方法を9種類に細分化する措置を取り、市民への周知徹底を図っている。


施設[編集]

図書館[編集]

  • 中央図書館
  • 西地域図書館
  • 南地域図書館
  • 北地域図書館
  • 中之島地域図書館
  • 寺泊地域図書館
  • 寺泊地域図書館大河津地区図書室
  • 栃尾地域図書館
  • 互尊文庫
    • 文書資料室

博物館・美術館[編集]

新潟県立歴史博物館

文化施設[編集]

主なスポーツ施設[編集]

(運動公園以外の公園を除く)

(屋内ゲートボール場、塩泉)

  • 市営スキー場
  • 古志高原スキー場
  • 市民体育館
  • 北部体育館
  • 南部体育館
  • 新産体育館
  • 与板体育館
  • みしま体育館
  • 中之島体育館(2011年改築)
  • 中之島北体育館
  • 越路体育館
  • 浦体育館
  • 三島体育センター
  • 小国勤労者体育センター
  • 山古志体育館
  • スポーツ広場
  • 第二スポーツ広場
  • 与板スポーツ広場
  • 北部運動公園
  • 乙吉運動広場
  • 中之島スポーツ広場
  • 中之島リバーサイドパーク野外活動施設
  • 与板河川公園
  • 越路河川公園
  • おぐに運動公園
  • 長谷川運動公園
  • 成出運動広場
  • 三島運動広場
  • 山古志運動広場
  • 希望が丘テニス場
  • 東山テニス場
  • 与板テニス場
  • 中之島テニス場
  • 小国ゲートボールコート



まちの駅[編集]

交通[編集]

市民の交通手段としては自家用車が主。バス路線も長岡駅を中心として広範囲に路線網を持つ。

鉄道[編集]

JR長岡駅

現在はJR東日本一社のみが運営しており、長岡駅をターミナルに上越新幹線と、在来線3路線が走っている。宮内駅上越線の終点に当たるが、普通列車は全列車が長岡発着となっている。信越本線の新潟方面は日中は概ね60分間隔で運行されている。

長岡駅は、ほくほく線開業前は、関東地方から上越新幹線経由で米山峠以西の北陸地方へ向かうルートの乗換駅であり、「雷鳥」「かがやき」など多数の特急列車が走っていた。

ほくほく線開業と北陸~東京間連絡特急「はくたか」の登場により、その機能の多くは越後湯沢駅に移ってしまったが、今でも北陸地方と関東地方を結ぶ乗換駅として機能している。しかし、荒天などで、「はくたか」のダイヤが乱れた際、本来越後湯沢での新幹線連絡が長岡発着に変更の上で、長岡での上越新幹線連絡にダイヤ変更される場合もある。又、市内北西部には越後線が、南部には飯山線が走っている。

かつては、旧国鉄が運営する魚沼線来迎寺駅から小千谷市に伸びていた。更に越後交通が運営する私鉄路線が長岡駅、西長岡駅を中心に2路線あったが、双方とも既に廃線となっている。他にも長岡ニュータウンの開発事業開始当初は長岡駅など市内中心部とを結ぶモノレールの建設構想もあったが、同ニュータウンの開発停滞などもあって実現には至らなかった。

鉄道路線[編集]

中心駅は長岡駅

廃線[編集]

バス[編集]

路線バス[編集]

越後交通のバス

長岡市の路線バスは現在、越後交通と地域子会社の北越後観光バス(旧・越後柏崎観光バス)が運行している。越後交通グループは1960年10月1日、中越地方の私鉄・バス3社が合併して発足したもので、市域内の一般乗合バス及び廃止代替バスの運行業務のほぼ全てを担っている。長岡駅の大手口・東口双方に設けられたバスターミナルを中心に、市内各地や近郊各市町村とを結ぶ路線網が発達している。

越後交通の路線バスに設けられている運賃表示器は数年前まで、紙で書かれた停留所ごとの運賃表が運賃区界ごとにパタンと落ちて表示される旧式のものを使用していた。現在、長岡市内の路線車両についてはすべてデジタル式となっているが、南越後観光バスなど地域子会社の車輌では現在も旧式の表示器が使われている。

高速バス[編集]

かつては、長岡駅前と高田駅前とを結ぶ高速バス路線も存在したが、利用者の減少により現在は廃止されている。また現在一般路線バスとして運行されている長岡駅前と柏崎駅前を結ぶ路線には以前、北陸自動車道経由の特急系統が設けられていたが、これも廃止された。

道路[編集]

高速道路[編集]

長岡JCTは、北陸自動車道関越自動車道の2路線が接続する要衝である。市域内の高速道路は全区間片側2車線。

一般国道・県道[編集]

長岡市は国道8号国道17号の接点であるため、一般道の要衝でもある。市内を一般国道11路線が経由している。市内各地でバイパス道路網が整備されており、中心部では市街地を南北に縦貫する長岡東バイパス、東西に横断する長岡バイパスがある。いずれも一部連続立体交差方式。沿岸部の国道116号は、新潟と柏崎を結ぶ、国道8号のバイパス的路線である。道路元標大手通り交差点にある。

このように長岡市は、幹線道路をはじめとする広域道路交通の面においては充実しているものの、生活道路交通の面においては必ずしも充分に整備されているとは言えない。信濃川によって市域の東西が分断されている地理条件から、各橋梁部では交通渋滞が慢性化しており、これらは長岡市の拠点性向上を図る上で大きな課題となっている。また自転車歩行者道の整備の立ち遅れや、狭隘道路の点在など、降雪地という立地条件上の交通安全や生活安全に関わる問題も数多く残存している。県と長岡市では市域の信濃川橋梁と幹線道路をはしごに見立てた「ラダー型広域道路網」の整備強化を進めている他、生活道路の通行環境改善などに取り組んでいる。

なお、長岡市における国道・県道・市道を合わせた道路改良率[注釈 1]は62.9%、道路舗装率は64.7%(2006年4月1日現在、長岡市資料より)である。

一般国道
主要地方道
一般県道
その他の長岡市内の道路
  • 長岡東西道路
  • 左岸バイパス(長岡市道西幹線81号・信濃川流域広域幹線道路、都市計画道路西津町古正寺線)
信濃川に架かる一般道の(上流側から)

道の駅[編集]

タクシー[編集]

  • 旭タクシー
  • カンコータクシー
  • 相互タクシー
  • 与板タクシー
  • 第一タクシー
  • 中越交通
  • ツバメタクシー
  • 長岡タクシー
  • 三越タクシー
  • 栃尾タクシー
  • 秋葉タクシー

船舶[編集]

  • 寺泊 - 赤泊航路

寺泊港と佐渡島赤泊地区の赤泊港とを結ぶ「両泊(りょうどまり、りょうはく)航路」があり、佐渡汽船高速船「あいびす」による定期旅客航路を運航している。東京湾岸から佐渡島へ向かう場合、長岡駅 - 両泊航路経由が最短ルートとなる。

観光[編集]

観光地[編集]

ハイブ長岡
ハイブ長岡
もみじ園
もみじ園
宝徳稲荷大社
宝徳稲荷大社

祭事[編集]

メディア[編集]

NST新潟総合テレビのマスター(主調整設備)及びスタジオは、1968年の会社設立当初から1991年9月30日まで、当時の「長岡放送センター」にあり(現在のNST長岡支社)、報道番組、ローカル番組(「NSTですこんにちは」など)を含むほとんどの番組制作を行っていたが、同年10月1日に、この放送センターとしての機能は、本社(新潟市、当時は上所島にあった)に移転統合された。

長岡市出身の著名人[編集]

あ〜お[編集]

か〜こ[編集]

さ〜そ[編集]

た〜と[編集]

な〜の[編集]

は〜ほ[編集]

ま〜も[編集]

や〜よ[編集]

ら〜ろ[編集]

  • 良寛禅師(禅僧 - 墓が長岡市内隆泉寺にある)

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その他[編集]

  • ムクドリ撃退用CDを長岡市が制作、被害の出ていた各地の自治体に配布。

関連項目[編集]

脚注[編集]

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注釈[編集]

  1. ^ 全道路の総延長に対する、幅員5.5m以上の区間の延長の割合。

参照[編集]

  1. ^ 世界平和へ、ホノルル市と姉妹都市締結、長岡市広報課ブログ、2012年3月3日更新、2012年3月5日閲覧
  2. ^ a b c 中俣(2000):37ページ
  3. ^ a b 中俣(2000):38ページ
  4. ^ 平成24年度末 新潟県汚水処理人口普及率 - 新潟県(2013年7月24日更新)同年9月12日閲覧
  5. ^ 長岡市バイオマスタウン構想の策定について - 長岡市
  6. ^ 生ごみバイオガス発電センター 本格稼働 - 長岡市(2013年7月10日更新)同月18日閲覧

参考文献[編集]

  • 中俣 均(2000)"石油の町からテクノポリスへ 長岡市"平岡昭利・野間晴雄編『中部Ⅱ 地図で読む百年 長野・新潟・富山・石川・福井』(2000年7月15日、古今書院、125pp. ISBN 4-7722-5048-4):37-42.

外部リンク[編集]

行政
観光