飯山線

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JR logo (east).svg 飯山線
飯山駅ホームに入線する列車
飯山駅ホームに入線する列車
飯山線の路線図
路線総延長 96.7 km
軌間 1067 mm

飯山線(いいやません)は、長野県長野市豊野駅から新潟県長岡市越後川口駅に至る東日本旅客鉄道(JR東日本)の鉄道路線地方交通線)である。

概要[編集]

長野県内では千曲川に沿い、新潟県内に入ると千曲川から名を変えた信濃川に沿って日本有数の豪雪地域を通る。沿線には野沢温泉などの温泉地やスキー場が多い。

路線のほとんどが谷沿いの山間部を通るため、主に夏季は大雨による土砂災害、冬季は大雪による雪崩や除雪作業等によりしばしば運休することがある。森宮野原駅1945年(昭和20年)2月に駅における最高積雪量7m85cmを記録し、それを示す標柱が駅構内に建つ。ディーゼル車導入前の除雪は、キマロキ編成機(キ)関車・ックレー車[1]ータリー車・関車)、ロキキマロキ編成(ロータリー車・機関車・機関車・マックレー車・ロータリー車・機関車)という特殊編成によって行われた。

一時は廃止路線リスト候補に挙げられたこともある赤字ローカル線であるが、ピーク時の一定方向の輸送量が1時間あたり1000人を超すこと、冬季の代替道路未整備や、地元住民の利便性などにより廃線は免れている。

なお建設中の北陸新幹線が途中の飯山駅を経由するため、長野 - 飯山間で信越本線・飯山線と並行することになる。北陸新幹線開業後、信越本線長野 - 豊野間はしなの鉄道に経営が移管されることになったが[2]、飯山線豊野 - 飯山間は並行在来線の概念とは異なることからJR東日本が引き続き運行する。

ラインカラー黄緑

路線データ[編集]

  • 管轄:東日本旅客鉄道(第一種鉄道事業者
  • 路線距離(営業キロ):96.7km
  • 軌間:1067mm
  • 駅数:31駅(起終点駅含む)
    • 飯山線所属駅に限定した場合、起終点駅(豊野駅は信越本線、越後川口駅は上越線の所属[3])が除外され、29駅となる。
  • 複線区間:なし(全線単線
  • 電化区間:なし(全線非電化
  • 閉塞方式:特殊自動閉塞式
  • 保安装置:ATS-Ps
  • 最高速度:
    • 豊野駅 - 戸狩野沢温泉駅間 85km/h
    • 戸狩野沢温泉駅 - 越後鹿渡駅 65km/h
    • 越後鹿渡駅 - 越後川口駅間 85km/h
  • 運転指令所:長野総合指令室 (CTC)

豊野駅 - 森宮野原駅間は長野支社、足滝駅 - 越後川口駅間は新潟支社の管轄である。支社境界標は森宮野原駅 - 足滝駅間の長野・新潟両県境付近に設けられている。

運行形態[編集]

かつては、優等列車として急行「野沢」・「うおの」などが運転されていたが、現在は普通列車のみの運転である。キハ110系気動車の投入が完了した1997年10月から戸狩野沢温泉 - 越後川口間の全列車(臨時列車をのぞく)と長野 - 戸狩野沢温泉間の一部列車(主に日中)でワンマン運転を実施している。また、キハ110系投入以前と比べ、約10分ほどのスピードアップが実現した。

車両編成はたいてい2両だが1両や3両の場合もある。また、4両編成が長野 - 戸狩野沢温泉間に朝の通勤時間帯に限り1往復設定されている(休日も4両編成で運行される)。

なお、戸狩野沢温泉 - 越後川口間は、比較的利用が少ないこともあり臨時列車をのぞき3両編成以上は設定されていなかったが、2006年春から、学校の休業日をのぞく平日に限り朝の長野発十日町行123Dが戸狩野沢温泉以北も3両編成で運転されている。なお123Dが3両編成となる日は、同列車から引き続いて183D - 184D - 166D - 165D - 189D - 144Dも3両編成で運転され、いずれも車掌が乗務する。ただし、学校の長期休業などの際の平日(祝日や振替休日をのぞく)は、同列車は2両編成のワンマン運転となる。

起点の豊野側は、全列車が信越本線の長野駅まで運転されている。長野 - 戸狩野沢温泉間は主に平日は長野市 - 飯山市中野市との間、または飯山市内やその周辺との間で通勤・通学輸送等を担う役割が、休日は沿線の観光地・温泉地への観光客の利用がそれぞれあるため、利用客が比較的多く、飯山線の主要区間となっている。そのため、運転本数も最も多く設定されているが、それでもほとんどの時間帯で1時間 - 1時間30分に1本である。

全区間通しで運行される列車のほか、長野 - 十日町または戸狩野沢温泉間、戸狩野沢温泉 - 十日町または越後川口間、十日町 - 越後川口間などに区間運転列車が設定されている。また森宮野原以北の新潟県側は十日町でおおむね運行系統が分離されており、十日町で北越急行ほくほく線、越後川口で上越線との接続を重視したダイヤが編成されているほか、1日2往復、上越線経由で信越本線の長岡まで直通する列車が朝時間帯に運転されている。

戸狩野沢温泉 - 越後川口間は1 - 3時間に1本程度で、4時間ほど運行されない時間帯がある。

全区間通しまたは長野 - 十日町(一部森宮野原)間で運転される列車は途中の戸狩野沢温泉駅にて車両の増結・切り離しが行われる場合がある。

なお、冬季には、首都圏方面などからスキー客向けの臨時列車シュプール号が戸狩野沢温泉駅まで運行されていたが、1995年3月の運転を最後に信越本線黒姫駅からのバス連絡だけになっていた(シュプール号は2005年度を最後に廃止)。ただし現在でもスキーブーム時と比較すると少ないものの、飯山線でのスキー客の利用はある。

準急・急行「うおの」・「野沢」[編集]

飯山線には現在では特急・急行といった優等列車が設定されていないが、過去には「うおの」・「野沢」という準急列車急行列車が存在した。各列車の概要は下記の通りである。

準急・急行「うおの」
準急・急行「野沢」

車両[編集]

ここで述べている車両はすべて気動車である。

現在[編集]

キハ110系は1997年10月1日のダイヤ改正前から一部列車で導入[4]、同改正で全列車が当車両での運転となった[4]。導入当初、キハ110系の一部の車両に、一部または全座席が千曲川(信濃川)の見える東方(長野県側のほぼ全域と新潟県側の一部)に向けられた展望車両「ふるさと」があり[4]、普通列車として運用されていたが、のちに従来のキハ110系と同様の座席に置き換えられた。主に、1997年3月の秋田新幹線開業直前まで走っていた特急「秋田リレー号」用の300番台からの改造車が充てられており、蛍光灯にカバーがついていたり、座席交換の跡や塗装変更の跡が残っており、他線区のキハ110系と細かい部分で異なる仕様が見られる。なお300番台で使用されたリクライニングシートは当時増備が進められていた横須賀線・総武快速線用E217系電車のグリーン車用に転用されている。

過去の使用車両[編集]

1991年にキハ40系、キハ58、キハ52の各車両は「飯山線色」として青とアイボリーホワイトで塗装、正面と側面には橙・山吹色・黄の三色ストライプが入り、側面窓下には「VOITURE AMITIÉ」(友情の列車)というフランス語が大きく表記された。文字は1995年頃までに消されたが、塗り分けはキハ110系に置き換えられる1997年[4]まで存続した。

飯山鉄道時代の車両[編集]

国鉄に引き継がれた車両は蒸気機関車6両、内燃動車7両、客車7両、貨車28両である。

車両数の変遷
年度 蒸気機関車 内燃動車 客車 貨車
有蓋 無蓋
1921 3 2 9 10
1922 3 4 9 10
1923 7 9 9 10
1924 7 9 11 10
1925 7 9 16 10
1926-1927 7 9 18 17
1928-1930 9 12 18 17
1931-1935 9 5 12 18 17
1936 9 5 12 18 27
1937 9 7 12 19 32
  • 鉄道省鉄道統計資料、鉄道統計資料、鉄道統計各年度版

歴史[編集]

豊野 - 十日町間は私鉄の飯山鉄道(いいやまてつどう)によって、十日町 - 越後川口間は国有鉄道十日町線(とおかまちせん)として開業した。両線は1929年に繋がって全通し、1944年に飯山鉄道が戦時買収により国有化され、十日町線を含めて飯山線となった。

飯山鉄道[編集]

地元の有志により発起された飯山鉄道は1917年に鉄道免許状が下付されたが資本金50万円に対し建設費車両購入費などでおよそ135万円かかるとされ市町村の寄付を見込んでも50万円が不足していた。鉄道院監督局は不足分を借入金で賄うことに危惧していたという。ところが沿線の信濃川に流入する中津川に水力発電所を計画していた信越電力(東京電燈鈴木商店の共同出資のちに東京電燈に合併)がその建設資材の輸送手段として飯山鉄道を利用するために出資することになり株式の大半を保有することとなった[5]。そして電源開発のため延長することになり資本金を300万円に増資した。1921年豊野 - 飯山間が開通してからは発電所建設資材運搬のため下流の新潟県境へ延伸していくことになった。

  • 1917年(大正6年)5月5日 飯山鉄道に対し鉄道免許状下付(上水内郡神郷村-下水内郡飯山町間)[6]
  • 1920年(大正9年)3月20日 鉄道免許状下付(下水内郡飯山町-同郡岡山村間)[7]
  • 1921年(大正10年)10月20日 飯山鉄道が豊野 - 飯山間を開業、信州浅野・上今井・替佐・飯山の各駅および蓮停留場を新設[8]
  • 1922年(大正11年)9月15日 鉄道免許状下付(下水内郡岡山村-中魚沼郡十日町間) [9]
  • 1923年(大正12年)
    • 7月6日 飯山 - 桑名川間を延伸開業、信州平・戸狩・上境・桑名川の各駅および北飯山停留場を新設[10]
    • 12月1日 桑名川 - 西大滝間を延伸開業、西大滝駅を新設[11]
  • 1925年(大正14年)11月19日 西大滝 - 森宮野原間を延伸開業、横倉・森宮野原の各駅および信州白鳥停留場を新設[12]
  • 1927年(昭和2年)
    • 8月1日 森宮野原 - 越後外丸間を延伸開業、越後田中・越後外丸の各駅を新設[13]
    • 11月6日 越後外丸 - 越後田沢間を延伸開業、越後鹿渡・越後田沢の各駅を新設[14]
  • 1928年(昭和3年)10月23日 信州白鳥停留場を駅に変更。
  • 1929年(昭和4年)9月1日 越後田沢 - 十日町間を延伸開業し十日町線と合わせて現在の飯山線の区間が全通、越後水沢・土市・十日町(国有鉄道既設駅)の各駅を新設[15]
  • 1930年(昭和5年)5月16日 伊達臨時停留場を新設。
  • 1931年(昭和6年)
  • 1932年(昭和7年)5月25日 伊達駅を大黒沢駅に改称。
  • 1934年(昭和9年)
    • 9月26日 平滝停留場を駅に変更。
    • 12月23日 上境駅を野沢温泉駅に改称。
  • 1935年(昭和10年)10月20日 静間停留場を新設。
  • 1936年(昭和11年)6月15日 大黒沢臨時停留場を廃止。
  • 1937年(昭和12年)
    • 4月1日 足滝臨時停車場を新設。
    • 8月9日 北外丸臨時停車場を新設。
  • 1941年(昭和16年)9月9日 北飯山停留場を駅に変更。
  • 1942年(昭和17年)8月13日 北外丸臨時停車場を駅に変更。
輸送・収支実績
年度 輸送人員(人) 貨物量(トン) 営業収入(円) 営業費(円) 営業益金(円) その他益金(円) その他損金(円) 支払利子(円) 政府補助金(円)
1921 62,057 8,871 35,959 49,317 ▲ 13,358
1922 258,832 63,327 199,470 161,331 38,139
1923 413,129 79,851 299,577 219,318 80,259 雑損5,712 84,737 106,051
1924 465,883 37,608 246,638 222,819 23,819 雑損54 61,612 245,725
1925 487,730 38,926 255,427 194,429 60,998 27,112 243,076
1926 447,275 48,447 280,464 275,139 5,325 7,619 345,640
1927 470,093 40,094 279,403 318,907 ▲ 39,504 雑損5,390 36,824 347,789
1928 504,119 34,745 270,248 359,790 ▲ 89,542 118,988 350,651
1929 550,755 37,574 299,509 335,200 ▲ 35,691 雑損10,907 154,638 354,201
1930 496,082 30,286 242,235 327,571 ▲ 85,336 雑損5,617 169,720 355,167
1931 407,618 30,366 221,140 254,871 ▲ 33,731 雑損2,925 155,379 273,515
1932 382,504 42,170 206,379 206,665 ▲ 286 雑損371 154,793 216,545
1933 417,071 38,538 213,526 225,324 ▲ 11,798 雑損2,328 152,404 161,007
1934 462,998 45,994 228,767 198,674 30,093 雑損922 144,413 173,021
1935 445,603 49,460 227,550 197,070 30,480 自動車231 雑損償却金60,528 127,592 177,920
1936 509,736 69,507 297,164 227,974 69,190 自動車業3,527 雑損償却金147,373 106,325 186,158
1937 677,251 150,768 468,675 396,401 72,274 自動車業21,126 自動車業2,490雑損償却金149,485 91,041 153,019
  • 鉄道省鉄道統計資料、鉄道統計資料、鉄道統計各年度版

十日町線[編集]

  • 1927年(昭和2年)
    • 6月15日 越後川口 - 越後岩沢間を十日町線として新規開業、内ヶ巻・越後岩沢の各駅を新設[16]
    • 11月15日 越後岩沢 - 十日町間を延伸開業、下条・魚沼中条・十日町の各駅を新設[17]

飯山線(飯山鉄道買収後)[編集]

  • 1944年(昭和19年)6月1日 飯山鉄道を買収し国有化、十日町線を編入し豊野 - 越後川口間 (83.8km) を飯山線と改称[18]。信州白鳥・北外丸の各駅、静間・上桑名川の各停留場、足滝臨時停車場を廃止、信州浅野駅を信濃浅野駅に、信州平駅を信濃平駅に、野沢温泉駅を上境駅にそれぞれ改称、蓮停留場を駅に変更。
  • 1946年(昭和21年)6月1日 信濃白鳥仮乗降場を新設。
  • 1950年(昭和25年)1月28日 信濃白鳥仮乗降場を駅に変更。
  • 1951年(昭和26年)
    • 3月1日 上桑名川仮乗降場を新設。
    • 10月10日 上桑名川仮乗降場を駅に変更。
  • 1955年(昭和30年)11月10日 長野 - 戸狩間に気動車列車を3両のディーゼルカー(キハ42600-42603)により運転開始[19]。飯山折返し3往復、戸狩折返し3往復。
  • 1958年(昭和33年)8月8日 立ヶ花駅を新設。
  • 1960年(昭和35年)7月15日 足滝駅を新設。
  • 1968年(昭和43年)10月1日 越後外丸駅を津南駅に改称。
  • 1987年(昭和62年)
    • 3月1日 戸狩駅を戸狩野沢温泉駅に改称。
    • 4月1日 国鉄分割民営化に伴い東日本旅客鉄道が承継、全線で貨物営業を廃止。
  • 1997年(平成9年)10月1日 ワンマン運転開始。全列車をキハ110系に置き換え[4]
  • 2010年(平成22年)4月1日 森宮野原 - 越後川口間の路線管理を長野支社から新潟支社に移管。
  • 2011年(平成23年)
    • 3月12日 長野県北部地震により、横倉 - 森宮野原間で土砂崩れが発生し、路盤が消失。戸狩野沢温泉 - 越後川口間が不通となる。22日に十日町 - 越後川口間が運転再開。4月29日に全線で運転再開。
    • 7月30日 新潟・福島豪雨により、森宮野原 - 十日町間が不通となる。
    • 9月16日 全線で運転再開。
  • 2013年(平成25年)
    • 9月16日台風18号により、中条川橋りょうが損傷。戸狩野沢温泉 - 森宮野原間で不通となる。同月21日に運転再開。
  • 2014年(平成26年)
    • 4月1日:桑名川 - 西大滝間で発生した土砂流出により運転を見合わせ。戸狩野沢温泉 - 森宮野原間で不通となる。同月14日に運転再開。

駅一覧[編集]

便宜上、豊野側の全列車が直通する信越本線長野駅からの区間を記載。

  • 全列車普通列車(すべての駅に停車)
  • 線路 … ∥:複線、∨:ここより下は単線、◇・|:単線(◇は列車交換可)
路線名 駅名 駅間営業キロ 豊野からの営業キロ 接続路線 線路 所在地
信越本線 長野駅 - 10.8 東日本旅客鉄道北陸新幹線長野新幹線)・信越本線篠ノ井線直通・しなの鉄道線直通)
長野電鉄長野線
長野県 長野市
北長野駅 3.9 6.9  
三才駅 2.9 4.0  
豊野駅 4.0 0.0 東日本旅客鉄道:信越本線(直江津方面)
飯山線
信濃浅野駅 2.2 2.2  
立ヶ花駅 1.7 3.9  
上今井駅 3.0 6.9   中野市
替佐駅 1.9 8.8  
蓮駅 5.8 14.6   飯山市
飯山駅 4.6 19.2  
北飯山駅 1.3 20.5  
信濃平駅 3.3 23.8  
戸狩野沢温泉駅 3.7 27.5  
上境駅 3.6 31.1  
上桑名川駅 4.3 35.4  
桑名川駅 2.2 37.6  
西大滝駅 2.1 39.7  
信濃白鳥駅 2.1 41.8   下水内郡
栄村
平滝駅 2.9 44.7  
横倉駅 1.9 46.6  
森宮野原駅 3.1 49.7  
足滝駅 2.8 52.5   新潟県 中魚沼郡
津南町
越後田中駅 2.4 54.9  
津南駅 3.0 57.9  
越後鹿渡駅 4.2 62.1  
越後田沢駅 2.4 64.5   十日町市
越後水沢駅 3.0 67.5  
土市駅 2.9 70.4  
十日町駅 4.9 75.3 北越急行ほくほく線
魚沼中条駅 3.1 78.4  
下条駅 4.4 82.8  
越後岩沢駅 5.3 88.1   小千谷市
内ヶ巻駅 5.1 93.2  
越後川口駅 3.5 96.7 東日本旅客鉄道:上越線 長岡市

脚注[編集]

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  1. ^ かき寄せ雪かき車とも呼ぶ。線路沿いの雪壁を崩し雪を線路上にかき集めるための車両
  2. ^ 長野以北開業準備状況 北陸新幹線開業に伴う長野以北並行在来線の経営引き受けについて - しなの鉄道
  3. ^ 『停車場変遷大事典 国鉄・JR編』JTB 1998年
  4. ^ a b c d e 『鉄道ジャーナル』1997年10月号、鉄道ジャーナル社、p.84
  5. ^ 総株数20万株うち152千株を東電が保有株式社債年鑑. 昭和7年度
  6. ^ 「軽便鉄道免許状下付」『官報』1917年5月8日(国立国会図書館デジタルコレクション)
  7. ^ 「鉄道免許状下付」『官報』1920年3月23日(国立国会図書館デジタルコレクション)
  8. ^ 「地方鉄道運輸開始」『官報』1921年10月25日(国立国会図書館デジタルコレクション)
  9. ^ 「鉄道免許状下付」『官報』1922年9月16日(国立国会図書館デジタルコレクション)
  10. ^ 「地方鉄道運輸開始」『官報』1923年7月10日(国立国会図書館デジタルコレクション)
  11. ^ 「地方鉄道運輸開始」『官報』1923年12月8日(国立国会図書館デジタルコレクション)
  12. ^ 「地方鉄道運輸開始」『官報』1925年12月1日(国立国会図書館デジタルコレクション)
  13. ^ 「地方鉄道運輸開始」『官報』1927年8月10日(国立国会図書館デジタルコレクション)
  14. ^ 「地方鉄道運輸開始」『官報』1927年11月17日(国立国会図書館デジタルコレクション)
  15. ^ 「地方鉄道運輸開始」『官報』1929年9月7日(国立国会図書館デジタルコレクション)
  16. ^ 「鉄道省告示第118号・第119号」『官報』1927年6月9日(国立国会図書館デジタルコレクション)
  17. ^ 「鉄道省告示第263号・第264号」『官報』1927年11月9日(国立国会図書館デジタルコレクション)
  18. ^ 「運輸通信省告示第249号・第250号」『官報』1944年5月27日(国立国会図書館デジタルコレクション)
  19. ^ 『鉄道ピクトリアルアーカイブスセレクション』No.13、146頁

参考文献[編集]

  • 監修小林宇一郎・小西純一『信州の鉄道物語』信濃毎日新聞社、1987年

関連項目[編集]