長野駅

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長野駅
JR長野駅東口
JR長野駅東口
ながの - Nagano
所在地

長野県長野市

長野市内におけるJR長野駅の位置
長野市内におけるJR長野駅の位置
長野駅
所属事業者 東日本旅客鉄道(JR東日本・駅詳細
日本貨物鉄道(JR貨物)
長野電鉄駅詳細
東口入口

長野駅(ながのえき)は、長野県長野市大字栗田および南千歳一丁目にある、東日本旅客鉄道(JR東日本)・日本貨物鉄道(JR貨物)・長野電鉄である。

長野県の県庁所在地・長野市の中心駅で、県内最大規模のターミナル駅となっている。標高361m。

乗り入れ路線[編集]

JR東日本の長野新幹線北陸新幹線)と、JR東日本・JR貨物(JR東日本が第一種鉄道事業者でJR貨物が第二種鉄道事業者)の信越本線、長野電鉄の長野線が乗り入れている。長野電鉄の駅には駅番号として「N1」が付与されている。

北陸新幹線については現在のところ、当駅が終点となっているため、旅客案内上では「長野新幹線」と呼称されており、「北陸新幹線」という案内はされていない。現在は2014年度末の開業を目指し、当駅から金沢駅までの延伸工事が進められている。

一方、JR東日本の在来線については信越本線のほか、豊野駅を起点とする飯山線篠ノ井駅を終点とする篠ノ井線と、同じく篠ノ井駅を終点とするしなの鉄道しなの鉄道線の列車も乗り入れており、合計4方面の列車が発着している。もっとも、信越本線の運転系統は原則として当駅で分かれているため、信越本線篠ノ井方を走る列車のほとんどは篠ノ井線またはしなの鉄道線の列車で占められている。

また長距離輸送としては、当駅を始終着とし名古屋駅(1往復は大阪駅まで延長運転)までを結ぶ特急「しなの」、当駅から岡谷駅を経由して飯田駅とを結ぶ快速「みすず」が運転されている。

駅構造[編集]

JR東日本[編集]

JR 長野駅
善光寺口
善光寺口
ながの - Nagano
所在地 長野県長野市大字栗田1018
所属事業者 東日本旅客鉄道(JR東日本)
電報略号 ナノ
駅構造 地上駅橋上駅
ホーム 2面4線(新幹線)
3面5線(在来線)
乗車人員
-統計年度-
21,409人/日(降車客含まず)
-2013年-
開業年月日 1888年明治21年)5月1日
乗入路線 5 路線
所属路線 長野新幹線*
キロ程 117.4km(高崎起点)
東京から222.4km
上田 (33.2km)
(29.9*km) 飯山*
所属路線 信越本線
篠ノ井線飯山線
しなの鉄道線直通含む)
キロ程 9.3km(篠ノ井起点)
安茂里 (2.9km)
(3.9km) 北長野
備考 直営駅管理駅
みどりの窓口
標高:360.5m
* 北陸新幹線建設中

計5面9線のホームを持つ地上駅である。在来線ホームは西側3面5線、新幹線ホームは東側2面4線である。

信越本線は当駅を境に運転系統が分かれているため、松本・軽井沢方面と直江津・飯山方面の間を乗車する場合は多くが乗り換えとなる(車両運用の関係で例外もある)。

全ホームごとに異なった発車メロディが使われている。2006年2月28日までは全ホーム同じ曲(相模線海老名駅で使われている接近チャイムが3回流れるもの)が使われていた。長野支社初のテイチク製メロディ採用駅である。ただし、ワンマン列車については発車メロディを扱わない。

のりば[編集]

在来線
1 (廃止) (特急あさま・白山等が停車していた)
2・5
6・7
信越本線(快速・普通「妙高」) 豊野妙高高原新井高田直江津方面
篠ノ井線 篠ノ井松本名古屋飯田方面
しなの鉄道線 篠ノ井上田小諸軽井沢方面
2・5・7 飯田線(快速「みすず」) 岡谷伊那市飯田方面
3 篠ノ井線 篠ノ井・松本・名古屋方面
しなの鉄道線 篠ノ井・上田・小諸・軽井沢方面
4 飯山線 豊野・飯山十日町越後川口方面
6 中央本線(特急「しなの」) 松本・木曽福島名古屋大阪方面
新幹線
11 - 14 ■長野新幹線北陸新幹線 軽井沢高崎大宮東京方面
  • かつては1番線が存在したが、現在その場所は駐車場となり、欠番である。長野県警鉄道警察隊が旧1番線ホームの北長野駅側端部に設置されていたが、ホーム廃止後もそのままの位置に所在している。
  • 現在の2番線はかつての3番線である。島式ホームであったが、旧2番線側軌道面を嵩上げし、旧1番線とともに駐車場として使用している。
  • 旧4番線であった、3・4番線は同一ホームを中央で分断しており、安茂里方が3番線、北長野方が4番線となっている。3番線からはしなの鉄道線直通列車、4番線からは飯山線直通列車が発車する(しなの鉄道線直通列車はその他のホームにも発着する)。また、飯山線からの到着列車は2番線に入線する場合もある。
  • 2番線と5 - 7番線では、特に方面別の振り分けはされていないが、6番線からは特急「しなの」全列車が発車する(その他の列車も発着している)。また、7番線からは主に信越本線(直江津方面)の普通列車(新幹線接続の妙高号)が発車する。
    • 長野新幹線開業前は7番線に上野駅行きの特急「あさま」の全列車が発着していた。
  • 3番線を除くすべてのホーム上(北長野駅側端部)にトイレが設置されている。
  • 在来線のキロポストは高崎起点のものが設置されている。
  • 新幹線はこの駅からさらに北側へ行くと、長野新幹線車両センターがある。在来線の最寄り駅は豊野駅

駅舎・改札口[編集]

古くは仏閣駅舎が有名だったが、新幹線開業と同時に近代的なデサインの橋上駅舎に改築された(現在4代目)。延床面積も新幹線駅が約1900m²、在来線駅は約1600m²と、旧駅舎の約2.5倍となった。

しかし、一部市民や県外の長野市出身者の間では仏閣駅舎復元を望む声もあり、2007年11月と12月には相次いで、市民や市出身者でつくるグループ「JR長野駅舎復元を願う会」が、JR東日本長野支社と長野市に対し、仏閣型に戻すことを求める署名と請願書を提出した。これに対し、JRと市ともに明確な態度は示していなかった。しかし、2009年7月14日に、長野商工会議所のメンバーが長野支社を訪れ、長野駅を門前町らしい駅舎にしてほしいという要望書をJR側に提出した。これに対しJR側は、関係者の意見などを聞きながら、駅舎改築を検討する旨の回答をした。

善光寺口」と「東口」の二つの大きな出入口があり、東西自由通路でつながっている。市街地(繁華街)側が善光寺口。東口側は北陸新幹線開業に伴う改修で、ペデストリアンデッキが新設され、「ユメリア北中通り」に直通している。なお、ペデストリアンデッキは現在、一部供用中であり、東口周辺の再開発事業である長野駅周辺第二土地区画整理事業が、2016年度(平成28年度)に完了するまでに、全線供用される予定である。

直営駅駅長配置)であり、安茂里駅北長野駅三才駅を管理している。

改札口は在来線中央改札、新幹線改札、新幹線・在来線乗り換え改札、ミドリ口改札の合計4か所があり、ミドリ口改札以外は自動改札である。2008年3月15日のダイヤ改正において新幹線で、JR東日本のモバイルSuica特急券のサービスが開始されたことにあわせ、新幹線改札や新幹線・在来線乗り換え改札で、モバイルSuicaが利用できるようになった。なお、ミドリ口改札は在来線側のみにある。在来線中央改札と新幹線改札、みどりの窓口(営業時間:5:30 - 23:00)などは、善光寺口と東口を結ぶ自由通路(橋上)に面している。駅ビルMI DO RIとはミドリ口から連絡している。2階待合室は午前0時に施錠される。

駅構内の一部の店舗では、Suica(相互利用可能なJR各社、および他社局のIC乗車カードでも)が利用可能である。

自動体外式除細動器 (AED) が在来線コンコースの改札口近く、在来線コンコースのトイレ前、新幹線コンコースの改札口近くなどに設置されている。

旧駅舎[編集]

1936年善光寺御開帳の年に合わせて建てられた3代目長野駅舎は、撞木造りと唐破風を取り入れた日本風のデザインで、仏閣型駅舎として出雲大社駅奈良駅京都二条駅などと並んで全国に知られていた。設計は城俊一、施工は佐藤組[1]。鉄筋コンクリ—卜造だが、和風建築の造形美を出すために屋根の部分だけは木造だった[2]。善光寺境内にあった如是姫像も同駅舎建設に合わせて駅前に移設された。1998年長野冬季オリンピック開催に合わせて新幹線の開通が決まり、平成8年に4代目の橋上駅舎が完成、旧駅舎は取り壊された[3]。このとき如是姫像も撤去されたが、観光振興のストーリー作りのため、のちに駅前広場に再び設置された[4][5]。ありし日の姿は、映画『略称・連続射殺魔』(1969年) などで見ることができる。

貨物取扱・専用線[編集]

JR貨物の駅は専用線発着の車扱貨物の取扱駅であるが、2009年3月14日のダイヤ改正以降は貨物列車の発着がなくなっている。

2009年3月までは、駅北側から分岐する東京瓦斯保有の専用線に接続していた新潟燃商長野油槽所向けに、根岸駅から灯油などの到着があった。また、かつてはサンリン向けLPG輸送でも使用されていた。 晩年は臨時専用貨物列車篠ノ井駅から1本のみ設定され、積車を牽引し到着していた。返送列車は北長野駅へ向かった後、篠ノ井駅へ戻る形となっていた。

専用線発着以外の一般向けの車扱貨物は1968年まで行われ、善光寺口(西口)側商業地付近に貨物ホームがあった。コンテナの取扱に対応するため、北長野駅へ移設された。


長野電鉄[編集]

長野電鉄 長野駅
駅出入口
駅出入口
ながの - NAGANO
(0.4km) 市役所前
所在地 長野県長野市南千歳一丁目25
駅番号 N1
所属事業者 長野電鉄
所属路線 長野線
キロ程 0.0km(長野起点)
電報略号 ナノ
駅構造 地下駅
ホーム 2面3線
乗車人員
-統計年度-
5,014人/日(降車客含まず)
-2012年-
乗降人員
-統計年度-
9,451人/日
-2012年-
開業年月日 1928年昭和3年)6月24日

長野電鉄の駅はJR長野駅善光寺口側地下にあり、駅の外からの徒歩連絡となっている。東口とは連絡地下道が設置されている。ながの東急百貨店、駅ビルMIDORIとも地下で直結している。かつてはホテルサンルート長野とも直結していたが、同ホテルは2010年8月に末広通り沿いに移転したため、現在は地上連絡となっている。

コンコースは地下1階にあり、改札、自動券売機4台(すべてタッチパネル式(傾斜型))、駅務室、駅長室、宿直室がある。また改札隣には、長電観光(2007年に長野電鉄本社に合併)の旅行センター「たびプラザ」があり、宝くじ長電バスの定期券・長野市バスICカード「KURURU(くるる)」が購入できる(営業時間は月〜土曜日の9:30〜18:30)。2007年に自動体外式除細動器(AED)が設置された。改札前には待合所がある。

ホームは地下2階にある。櫛型ホーム2面3線 (85m) の地下駅で、2番線のみ乗降分離されている。また終端駅のため、各ホームには車止め(誘導型油圧式)が設置されている。その他、運転取扱室、乗務員控室、電気室、機械室、発電機室などがある。なお非常用階段が各ホームの市役所前駅側端部にあり、長野大通り地下の南千歳横断地下道に繋がっている。

かつて地上駅だった頃は島式ホーム1面2線(国鉄長野駅の貨客分離後からは相対式ホーム2面2線)で、国鉄長野駅との間に貨物列車などの直通列車用の連絡線が存在した。

のりば[編集]

(北側から順に)

1 長野線 須坂小布施信州中野湯田中方面(主に各駅停車)
  2番線降車ホーム
2 長野線 須坂・小布施・信州中野・湯田中方面(主に特急)
3 長野線 須坂・小布施・信州中野・湯田中方面(各駅停車)
改札口、券売所(右)と待合(左) 地下ホーム
改札口、券売所(右)と待合(左)
地下ホーム


駅弁[編集]

JRのみ、長野県地元の業者1社が販売。群馬県、富山県の弁当(峠の釜めし・ますのすし他)も輸送で販売されている。

デリクックちくま[編集]

(長野市篠ノ井小森)

  • 信濃路幕の内弁当(1,000円)
  • 信州寺町弁当(1,000円、2008年11月1日から発売)
  • 地産品幕の内信濃の国食浪漫(1,100円、2009年10月1日から発売)
  • 信州善光寺門前弁当(1,400円)
  • 牛すし弁当(1,250円)

過去に発売されていた駅弁[編集]

ナカジマ会館

長年にわたり営業していたが、2007年1月31日をもって駅弁事業から撤退した。

  • 川中島合戦笹ずし
  • きじ焼丼
  • きのこめし弁当
  • 善光寺会席寺前弁当
吉美
  • 黒の信州牛めし(1,050円)
  • 「白の幕ノ内」信濃尽くし(900円)
  • 紅の信州サーモン(1,050円)
  • おやこ味弁当(900円)
デリクックちくま
  • 味噌かつ弁当(950円、2007年12月21日から発売)
  • “信州に恋”うまダレ「肉巻き縁むすび」(780円 2010年12月10日~2012年10月18日)
  • おやき弁当
  • 信州夢回廊膳(1,000円 ~2013年3月31日まで)


期間限定で以下の商品が販売された。
NRE
  • 信州野沢菜おごっそ弁当(ホテルメトロポリタン長野プロデュース、900円、2009年12月1日-2010年3月31日)
    • 東京・上野・新宿・大宮駅「旨囲門」でも販売された。
  • さわやか信州 おごっそ弁当(ホテルメトロポリタン長野プロデュース、900円、2010年6月17日-2010年9月10日[6]
    • 長野駅の他、大宮、上野、品川、新宿、東京の各駅と長野新幹線あさま、特急あずさの一部の車内で発売。
  • 信州あざやか おごっそ弁当(ホテルメトロポリタン長野プロデュース、2010年9月25日-12月中旬)
長野電鉄長野駅
  • ながでん特急弁当(スノーモンキー運行開始を記念し、2011年2月26日27日限定で販売した)

立ち食いそば[編集]

  • 在来線待合室 そば処 小菅亭(生麺使用)
  • 在来線 3・4・5番線 裾花郷
  • 在来線 6・7番線 JR東日本グループしなのエンタープライズ
  • 新幹線 11・12番線 そば処 小菅亭(生麺使用)
  • 新幹線 13・14番線 業者名不明。暖簾には「そば」の表示のみ。

在来線2番線と新幹線待合室では立ち食いそば屋の営業はない。

利用状況[編集]

近年の1日平均乗車人員の推移は下記のとおり[7]

年度 一日平均乗車人員
JR東日本 長野電鉄
2000 23,266
2001 22,997
2002 22,750
2003 22,959
2004 22,148
2005 21,894
2006 21,662
2007 21,637 5,390
2008 21,693 5,204
2009 21,488 5,019
2010 20,960 5,109
2011 20,859 5,125
2012 21,165 5,014
2013 21,409
  • JR貨物(貨物取扱量)
    • 2005年度の発送貨物は1,664トン、到着貨物は17,402トンであった。
    • 2006年度の発送貨物は1,424トン、到着貨物は15,105トンであった。
  • 長野電鉄(年間人数)
    • 2005年度の乗車人数は1,986,920人、降車人数は1,966,913人であった。(内定期は1,047,870人)
    • 2006年度の乗車人数は1,954,278人、降車人数は1,929,960人であった。(内定期は1,040,430人)

駅周辺[編集]

駅北西側[編集]

JRの善光寺口・ミドリ口方面

 
善光寺口前風景

駅南東側[編集]

ペデストリアンデッキ・東口前風景

JR東口方面

駅北東側[編集]

バス路線[編集]

長野バスターミナルが駅から離れているため、アルピコ交通川中島バス)・長電バスが運行する長野市内の路線バスのほとんどが当駅前に集まる。

善光寺口[編集]

善光寺口のバスのりばは1番のりばから9番のりばまであり、1 - 6番のりばはロータリー内に、7番のりばはロータリー向かいの長野大通り沿いに、9番のりばはターミナル通り沿いにそれぞれ設置されている。8番のりばは現在のところ欠番となっている。日中、中心市街地を循環運転しているコミュニティバスぐるりん号は4番のりばと7番のりばに停車し、どちらののりばから乗っても善光寺を経由する。

なお、7番のりば前のウエストプラザビル内に川中島バス長野駅前総合案内所が、9番のりば前の末広町ビルディング(Nacs末広)内に長電バス長野駅前案内所がある。

1番のりば(善光寺経由長野市北部方面)
2番のりば(長野市西部・小川村方面、日赤方面)
3番のりば(長野県庁方面、長野市南部方面)
4番のりば(長野県庁方面、長野市役所経由長野市東部方面、南千歳町経由長野市東部・須坂市方面)
5番のりば(権堂経由長野市東部・飯綱町方面)
6番のりば(権堂経由長野市北部方面)
7番のりば(川中島バスと共同運行会社が運行する高速バス、および長野市北西部・戸隠鬼無里方面)
9番のりば(長電バスと共同運行会社が運行する高速バス)

東口[編集]

以前は「裏口」とされ、乗り入れる路線はほとんどなかったが、駅舎改築に伴う整備後、主に県内のスキー場や行楽地へ向かう特急・急行バスなどが東口発着に移された。

1番のりば
2番のりば
  • アルピコ交通(川中島バス)
3番のりば
4番のりば
5番のりば
6番のりば
  • アルピコ交通(川中島バス・松本電鉄バス)
ウィラーバスターミナル長野駅東口

歴史[編集]

改築前の駅舎(1995年5月4日)
  • 1888年明治21年)5月1日 - 国有鉄道の長野駅が開業。
  • 1902年(明治35年)5月 - 木造2階建ての駅舎に改築。
  • 1928年昭和3年)6月24日 - 長野電鉄の長野駅が開業。
  • 1935年(昭和10年)5月10日 - 駅舎改築工事着工(同年8月1日起工式)。
  • 1936年(昭和11年)3月10日 - 仏閣型駅舎完成。また如是姫像が善光寺境内から移動。(同月15日竣工式)。
  • 1940年(昭和15年)11月 - 仏閣型駅舎の銅葺き屋根が、戦争による金属不足のため供出される。
  • 1944年(昭和19年)2月27日 - 如是姫像も金属不足のため、台座を残し供出される。
  • 1948年(昭和23年)10月1日 - 如是姫像が再建。
  • 1965年(昭和40年)10月1日 - みどりの窓口設置。
  • 1968年(昭和43年)2月8日 - 善光寺口側の長野駅周辺第一土地区画整理事業開始。
  • 1968年(昭和43年)10月1日 - 国鉄駅における、専用線発着を除く車扱貨物の取扱を廃止、北長野駅へ移管。
  • 1970年(昭和45年)12月25日 - 旅行センター開設。
  • 1981年(昭和56年)3月1日 - 長野電鉄の駅が地下化。
  • 1983年(昭和58年)11月20日 - 善光寺口側の新駅前広場、東西連絡地下道が供用開始。
  • 1985年(昭和60年)4月6日 - 駅ビルMIDORIが開業。
  • 1987年(昭和62年)4月1日 - 国鉄分割民営化により、国鉄の駅はJR東日本・JR貨物の駅となる。
  • 1990年平成2年)2月16日 - 長野駅周辺第一土地区画整理事業終了。
  • 1993年(平成5年)9月1日 - 東口側の長野駅周辺第二土地区画整理事業開始。
  • 1994年(平成6年)1月29日 - 駅舎改築工事開始。
  • 1996年(平成8年)6月22日 - 仏閣型駅舎から近代的なデザインの橋上駅舎に改築。また、東西自由通路の一部供用開始。
  • 1997年(平成9年)10月1日 - 長野新幹線が開業。同時に東口広場、地下駐車場、東西自由通路の全面供用開始。
  • 2000年(平成12年)12月1日 - JR長野駅1番線ホーム廃止。(1番線、2番線を廃止。旧3番線を2番線に改称、旧4番線を中央で分割、南半分を3番線、北半分を4番線とした。
  • 2005年(平成17年)3月16日 - JR在来線中央改札口に自動改札機を導入。
  • 2006年(平成18年)3月1日 - JR在来線のすべてのホームの発車メロディが変更され、各ホームそれぞれ違う曲となった。
  • 2009年(平成21年)10月下旬 - 6・7番線ホームに冷暖房完備の待合室設置。
  • 2009年(平成21年)11月上旬 - 3・4・5番線ホームに冷暖房完備の待合室設置。
  • 2009年(平成21年)秋 - 2番線ホームに冷暖房完備の待合室設置。
  • 2010年(平成22年)2月11日 - 駅構内バリアフリー工事(各ホームにエレベーターの設置等)開始。
  • 2011年(平成23年)4月25日 - 駅構内バリアフリー工事完成[8]
  • 2015年(平成27年)春(予定) - 北陸新幹線金沢延伸全線開業に伴い、信越本線長野 - 直江津間がしなの鉄道に移管。

隣の駅[編集]

駅名標(JR信越本線)
東日本旅客鉄道
長野新幹線(北陸新幹線)
上田駅 - 長野駅( - 飯山駅:予定)
信越本線
快速「妙高」(当駅終着の上り2号のみ快速運転)
長野駅北長野駅
普通(「妙高」含む、ほとんどの列車が当駅で乗り換え)
安茂里駅 - 長野駅 - 北長野駅
篠ノ井線
快速「おはようライナー」(平日のみ運転、到着列車のみ)
明科駅長野駅
快速(上記快速と「みすず」を除く)
川中島駅 - 長野駅
みすず」(快速運転、普通運転とも)・普通
安茂里駅 - 長野駅
しなの鉄道線直通
快速「しなのサンライズ」(到着列車のみ)・快速「しなのサンセット」(始発列車のみ)
上田駅 - 長野駅
快速
川中島駅 - 長野駅
普通
安茂里駅 - 長野駅
飯山線
長野駅 - 北長野駅
長野電鉄
長野線
A特急
長野駅 (N1) - 権堂駅 (N3)
B特急・普通
長野駅 (N1) - 市役所前駅 (N2)

その他[編集]

  • 善光寺口側の駅前広場には一駅一名物として、『善光寺縁起』に登場し、善光寺の方角を向いた『如是姫』像(現在2代目)が仏閣駅舎時代からある。
  • 『一生に一度はお参り・善光寺のある駅』と記された記念スタンプが置かれている。
  • 使用済みきっぷを持ち帰る際には、駅員から『ありがとうございました 乗車記念 JR長野駅』という、善光寺の絵が入っている無効印を押してもらった上で渡される。
  • 長野電鉄長野駅では、通常の硬券の入場券のほか、1972年1月1日より日本一大きいとするハガキ大の入場券(ジャンボ入場券)が発売されている。いずれも160円。

脚注[編集]

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  1. ^ 『長野県史』長野県史刊行会, 1990
  2. ^ 『写真集成日本の近代化遺産』増田彰久、日本図書センタ, 2000
  3. ^ あの頃の風景「オリンピックによる変化」「Consultant」、建設コンサルタンツ協会、2007.7
  4. ^ 善光寺に華をささげている如是姫像信州長野善光寺参り【国宝善光寺を100倍楽しむ方法】
  5. ^ 公民館の学びがつなぐ、松本らしい地域づくり人づくり事業「景観から地域づくりを考える」講座 第5回記録 長野市の景観形成に学ぶ(視察研修)松本市役所、平成25年12月6日
  6. ^ 信濃毎日新聞2010年6月11日(金) 6面
  7. ^ 『長野市統計書』各年度版による。
  8. ^ [1]JR長野駅バリアフリー工事完成 広報ながの平成23年6月1日号

関連項目[編集]

外部リンク[編集]