長野電鉄
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
| 種類 | 株式会社 |
|---|---|
| 市場情報 | 非上場
|
| 略称 | 長電、ながでん、NAGADEN |
| 本社所在地 | 〒380-0833 長野県長野市権堂町2201 |
| 電話番号 | 026-232-8121(代表) |
| 設立 | 1920年(大正9年)5月30日 |
| 業種 | 陸運業 |
| 事業内容 | 旅客鉄道事業・観光事業 他 |
| 代表者 | 代表取締役社長 笠原甲一 |
| 資本金 | 4億9500万円(2008年3月期) |
| 売上高 | 201億2,300万円(連結) 57億1,700万円(単体) (どちらも2008年3月期決算) |
| 従業員数 | 205名(2008年3月31日現在) |
| 決算期 | 毎年3月31日 |
| 主要株主 | 北野建設(株) 7.90% 北信米油(株) 7.59% (株)八十二銀行 3.55% 長電建設(株) 1.31% (2008年9月30日現在) |
| 主要子会社 | 長電バス(株) 100% 長電テクニカルサービス(株) 80% |
| 外部リンク | www.nagaden-net.co.jp/ |
長野電鉄株式会社(ながのでんてつ)は、長野県北部地域に路線を持つ中規模地方私鉄で、ながでんグループの中核企業である。
目次 |
[編集] 概要
須坂や中野といった千曲川東岸地域(河東地区)と国鉄線の接続による産業輸送近代化を目的とした「河東鉄道」を発祥とし、その後県都である長野との接続を図るべく「長野電気鉄道」を設立し須坂 - 長野間を開業、両社を統合して発足したのが現在の長野電鉄である。山の内線開業により湯田中・渋温泉や志賀高原の開発を進めるなど観光開発にも注力し、スキーブームの先鞭となった。
長野線は開業当初から長野市内・近郊で複線区間を有し(当時は権堂 - 信濃吉田間・その後長野及び朝陽まで複線延伸)、複線区間では20 - 30分毎の高頻度運転を続けており、都市内鉄道としての性格も強かった。戦後は長野市の都市計画において長野都市圏の大動脈として位置付けられ沿線の開発も進み、また長野市と須坂市・中野市を結ぶ都市間路線としての機能も強くなったことから観光色は若干弱くなっていたが、新型特急用車両の導入により観光輸送にも改めて取り組んでいる。
開業線のほかに木島から野沢温泉、湯田中から渋・安代までの具体的な延伸計画や「善光寺平環状線構想」と称された河東線 - 飯山鉄道(現JR飯山線) - 千曲川西岸線(豊野・長野 - 屋代)の直通運転という雄大な構想もあったが、ともに実現せず今に至る。
かつてはバス事業も行っていたが1987年3月より一部路線を順次他の会社に移管し、1995年10月には残るバス事業を長電バスに分社した。
2002年4月1日に河東線の一部区間(信州中野駅-木島駅間、通称「木島線」)が廃線となるなど、他の地方鉄道同様、厳しい状況下にある。2007年5月11日には志賀高原の開発事業のうち、奥志賀高原の事業を投資会社のユニファイド・パートナーズへ譲渡することが発表された[1]。
[編集] 歴史
- 1920年(大正9年)5月30日 河東鉄道株式会社設立。
- 1922年(大正11年)6月10日 河東鉄道 屋代 - 須坂間が開業。
- 1923年(大正12年)11月25日 長野電気鉄道株式会社設立。
- 1923年(大正12年)3月26日 河東鉄道 須坂 - 信州中野間が開業。
- 1925年(大正14年)7月12日 河東鉄道 信州中野 - 木島間が開業。
- 1926年(大正15年)6月28日 長野電気鉄道 権堂 - 須坂間が開業。
- 1926年(大正15年)9月30日 河東鉄道が長野電気鉄道を合併、長野電鉄株式会社に社名変更。
- 1927年(昭和2年)4月28日 平穏線(同年8月27日より山の内線へ名称変更) 信州中野 - 湯田中間が開業。
- 1928年(昭和3年)6月24日 長野線 権堂 - 長電長野間が開業し国鉄長野駅に乗り入れる。
- 1981年(昭和56年)3月1日 長野線 長野 - 善光寺下・本郷間を地下化。
- 1987年(昭和62年)3月15日 バス事業の一部を信濃交通に移管。
- 1992年(平成4年)10月1日 バス事業の一部を信州バスに移管。
- 1995年(平成7年)10月 残るすべてのバス事業を長電バスに移管。
- 2002年(平成14年)4月1日 河東線 信州中野 - 木島間廃止。
[編集] 路線
各路線の運行形態、駅一覧などは以下の各記事参照のこと。
現有路線
廃止路線
- 河東線 : 信州中野駅 - 木島駅(2002年4月廃止。通称 : 木島線)
2002年9月までは、
- 長野線 : 長野駅 - 須坂駅
- 河東線 : 屋代駅 - 信州中野駅( - 木島駅)
- 山の内線(信州中野駅 - 湯田中駅)
の3線であったが、河東線の一部区間廃止を受けて、実際の運行形態に合せて路線名称も変更した。
[編集] 車両
[編集] 現役車両
- 1000系(2代)(愛称「ゆけむり」 4両編成2本、元小田急10000形、2006年12月9日から営業運転開始)
- 8500系(元東急8500系、2005年9月2日より営業運転開始)
- 3500系・3600系(元営団3000系)
- 2000系A・D編成
- 上記の内3500系・3600系は廃車予定あり。
参考リンク
|
2000系と1000系「ゆけむり」(小布施駅にて) |
[編集] 過去の主な車両
電車
- 0系(初代)
- 10系(初代)
- 100系
- 200系
- 300系
- 400系
- 500系
- 600系
- 1000系(初代)
- 1100系
- 1500系
- 2000系 B・C編成
- 10系(新OSカー)
- 0系(OSカー)
- 2500系・2600系(元東急初代5000系)
電気機関車
[編集] 特徴
- 観光地を控え、特急列車の運転など地方私鉄としては非常に高度なサービスを提供。また長野都市圏における公共交通の基幹軸として位置付けられており、地方都市としては希有な「都市交通を担う鉄道路線」として多くの利用がある。特に長野線の長野 - 須坂間は1時間あたりの運転本数が長野県内のすべての鉄道路線(JR線や他の私鉄路線を含む)の中でほぼトップクラスである。また、長野市内都心部では地下化されており、すべての地上駅に待合室があり、さらに有人駅では暖房完備(改札内の待合室を除く)など積雪地でも快適な列車待ち環境となっている。
- 中小私鉄では珍しく列車無線に誘導無線を採用している。これは空間波無線では、長野地区の地下線内において支障が生じる懸念があるためである。
- イトーヨーカドー長野店専門店会と提携して権堂駅から、ジャスコ須坂店と提携して須坂駅からの帰りの乗車券を、買い上げ金額の1割を上限に買い物客に進呈するサービス「お帰りきっぷ」「楽楽きっぷ」を実施している。
[編集] 鉄道模型
- Nゲージでは、旧小田急ロマンスカー10000形の、1000系4両編成「ゆけむり」がTOMIXより製品化された。2000系は、トミーテックの鉄道コレクション、マイクロエースから製品化されている。
- Bトレインショーティーでは、日車夢工房との共同企画で2000系が発売された。

