真岡鐵道真岡線

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真岡線
下館駅付近にて
下館駅付近にて
路線総延長 41.9 km
軌間 1067 mm
停車場・施設・接続路線
STR
STRrf
関東鉄道常総線
STRq
JR東日本水戸線
STRlg
0.0 下館駅
BHF
2.2 下館二高前駅
BHF
4.6 折本駅
BHF
6.5 ひぐち駅
BHF
8.5 久下田駅
BHF
12.6 寺内駅
BHF
16.4 真岡駅
BHF
18.0 北真岡駅
WBRÜCKE1
五行川橋梁 五行川 42.71m
BHF
21.2 西田井駅
BHF
22.9 北山駅
WBRÜCKE1
小貝川橋梁 小貝川 42.90m
BHF
25.1 益子駅
BHF
28.4 七井駅
BHF
31.2 多田羅駅
BHF
34.3 市塙駅
BHF
38.1 笹原田駅
BHF
39.2 天矢場駅
KBHFxe
41.9 茂木駅
exLSTR
国鉄長倉線(未成線)

真岡線(もおかせん、かつては「もうかせん」)は、茨城県筑西市下館駅から栃木県芳賀郡茂木町茂木駅に至る真岡鐵道鉄道路線。かつては日本国有鉄道(国鉄)・東日本旅客鉄道(JR東日本)が運営していた。愛称「コットン・ウェイ」。

路線データ[編集]

運転[編集]

1時間に1本程度のワンマン運転の普通列車が線内折り返し運転されているほか、真岡駅 - 下館駅間・真岡駅 - 茂木駅の区間列車も設定されている。また1994年3月27日から、土日祝日を中心に蒸気機関車C12 66またはC11 325が牽引する「SLもおか」が通年運転されている。

普通列車は真岡鐵道への転換時に導入されたモオカ63形(11両)で運行してきたが、同形式の老朽化により2003年(平成15年)1月20日よりモオカ14形が導入[1]され、年間2両前後の導入で順次モオカ63形を淘汰した。形式名称の数字(63・14)は導入が始まった和暦の年(モオカ63形は昭和63年、モオカ14形は平成14年)を示している。

転換後の一時期、JR路線からの臨時列車が設定された。益子大陶器市に合わせて東日本旅客鉄道(JR東日本)から同社水郡線営業所に配置されていた東北色キハ40系列や新津運輸区に配置されていた新潟色のキハ58系列が臨時列車として乗り入れた事例があったが、近年は行われていない。

JR東日本から試験車を借り入れ、概ね年1回の頻度で軌道検測が実施される。転換直後はマヤ34形客車を使用し、同形式の淘汰後はキヤE193系気動車「East i-D」を使用する。

歴史[編集]

歴史は古く、1912年の官設鉄道真岡軽便線(もうかけいべんせん)下館 - 真岡間の開業に始まる。1920年には茂木まで全通した。しかし、地域の流動に合わない線形で、県都宇都宮との連絡鉄道(改正鉄道敷設法別表第37号「栃木県市塙ヨリ宝積寺に至ル鉄道」)も計画されたが実現に至らなかった。

国鉄再建法施行により1984年に第2次特定地方交通線に指定され、1987年にJR東日本に承継された後、1988年に真岡鐵道に転換された。

  • 1912年(明治45年)4月1日 : 真岡軽便線下館駅 - 真岡駅間 (16.5km) 開業[2]
  • 1913年(大正2年)7月11日 : 真岡駅 - 七井駅間 (12.0km) 開業
  • 1920年(大正9年)12月15日 : 七井駅 - 茂木駅間 (13.5km) 開業(全通・42.0km)
  • 1922年(大正11年)9月2日 : 軽便鉄道法廃止により、真岡線に改称
  • 1935年(昭和10年)12月15日 : 気動車運転開始(下館 - 茂木間)[3]
  • 1955年(昭和30年)4月1日 : 多田羅駅、北真岡駅新設
  • 1962年(昭和37年)10月1日 : 上野駅 - 下館駅 - 真岡駅・茂木駅間で準急「つくばね」運転開始。
    • 停車駅(真岡線内)※全停車駅は「水戸線」参照
      • 下館駅 - 久下田駅 - 真岡駅 - 益子駅 - 七井駅 - 市塙駅 - 茂木駅
    • 1968年(昭和43年)10月1日に真岡線乗り入れ廃止
  • 1978年(昭和53年)10月1日 : 益子駅 - 茂木駅間貨物営業廃止
  • 1982年(昭和57年)11月1日 : 下館駅 - 益子駅間貨物営業廃止(全線貨物営業廃止)
  • 1984年(昭和59年)9月11日 : 廃止承認(第2次廃止対象特定地方交通線)
  • 1987年(昭和62年)4月1日 : 国鉄分割民営化により東日本旅客鉄道に承継
  • 1988年(昭和63年)4月11日 : JR真岡線廃止 (-42.0km) 。真岡鐵道真岡線開業 (41.9km) 。線名・真岡駅・北真岡駅の「真岡」の読み方をそれまでの「もうか」から真岡市と同じ「もおか」に改称。下館二高前駅新設。七井駅の交換設備復活
  • 1989年(平成元年)3月11日 : 北山駅新設
  • 1994年(平成6年)3月14日 : ひぐち駅、笹原田駅、天矢場駅新設。西田井駅、市塙駅の交換設備復活。
  • 1994年(平成6年)3月27日 : 「SLもおか」運転開始
  • 2011年(平成23年)3月11日 : 東北地方太平洋沖地震により、全線で運休。
  • 2011年(平成23年)3月23日 : 真岡駅 - 茂木駅間で運転再開[4]
  • 2011年(平成23年)4月1日 : 全線で運転再開[5](4月5日まで臨時ダイヤ)。
  • 2011年(平成23年)10月14日 : 五行川橋梁(北真岡駅 - 西田井駅間)・小貝川橋梁(北山駅 - 益子駅間)が、土木遺産に認定される。

駅一覧[編集]

凡例
*印 : 転換時、または転換後に設置された駅
SLもおか停車駅 … ● : 停車、| : 通過、▲ : 下館駅 → 真岡駅間運行の列車のみ通過
線路(全線単線) … ◇:列車交換可、|:列車交換不可
駅名 駅間営業キロ 累計営業キロ SLもおか 接続路線 線路 所在地
  下館駅 - 0.0 東日本旅客鉄道水戸線
関東鉄道常総線
茨城県
筑西市
下館二高前駅 2.2 2.2  
  折本駅 2.4 4.6  
ひぐち駅 1.9 6.5  
  久下田駅 2.0 8.5   栃木県 真岡市
  寺内駅 4.1 12.6  
  真岡駅 3.8 16.4  
北真岡駅 1.6 18.0  
  西田井駅 3.2 21.2  
北山駅 1.7 22.9  
  益子駅 2.2 25.1   芳賀郡
益子町
  七井駅 3.3 28.4  
  多田羅駅 2.8 31.2   芳賀郡
市貝町
  市塙駅 3.1 34.3  
笹原田駅 3.8 38.1  
天矢場駅 1.1 39.2   芳賀郡
茂木町
  茂木駅 2.7 41.9  

計画路線[編集]

国鉄長倉線跨道橋・茂木町小萩・栃木県道27号那須黒羽茂木線(2007年5月撮影)

改正鉄道敷設法で挙げられた真岡線に関係する予定線としては、以下のものがある。

  • 第36号「栃木県茂木ヨリ烏山を経テ茨城県大子ニ至ル鉄道及栃木県大桶付近ヨリ分岐シテ黒磯ニ至ル鉄道」
  • 第38号「茨城県水戸ヨリ阿野沢ヲ経テ東野付近ニ至ル鉄道及阿野沢ヨリ分岐シテ栃木県茂木ニ至ル鉄道」

このうち前者は実現することなく、国鉄バス常野線として先行開業した。

また後者は、このうち茂木 - 長倉宿(現常陸大宮市)間が国鉄長倉線として計画され、全線の用地買収と河井村(現茂木町)までの路盤建設が完了し、レールの敷設工事も開始されていた。しかし、戦時中の建設区間見直しで工事は中断、レールも撤去され、戦後も再開されず開業することはなかった。また、1927年に後者のルートの水戸と阿野沢付近の御前山駅(現城里町)を結ぶ鉄道として茨城鉄道(後の茨城交通茨城線)が開業したが、1971年に廃止された。茨城鉄道は御前山 - 長倉間の免許も取得していたが実現しなかった。

脚注[編集]

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  1. ^ モオカ14形の2両(1・2)は富士重工業の製造した最後の鉄道車両である。3 以降は日本車輌製造で製造されている。
  2. ^ 下館駅 - 真岡駅間開業時、起終点の駅名から「真館線(しんかんせん)」の通称で呼ばれたこともあった。出典 - 大道雅美『郷愁の野州鉄道 - 栃木県鉄道秘話』随想舎、2004年、P.100
  3. ^ 『鉄道省年報. 昭和10年度』(国立国会図書館近代デジタルライブラリー)
  4. ^ お客様各位 真岡鉄道 (2011-3-22). 2011年3月24日閲覧
  5. ^ お客様各位 真岡鉄道 (2011-4-1). 2011年4月3日閲覧

関連項目[編集]