深名線

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JR logo (hokkaido).svg 深名線
朱鞠内駅構内キハ53形。1994年2月
朱鞠内駅構内
キハ53形。1994年2月
路線総延長 121.8 km
軌間 1067 mm
最大勾配 25 パーミル
最小半径 250 m
停車場・施設・接続路線
STR
函館本線
ABZrg STRq
留萌本線
BHF
0.0 深川
eABZlf exSTRlg
STRrf exSTR
函館本線
exBHF
4.7 円山
exBHF
10.8 上多度志
exBHF
14.0 多度志
exBHF
19.4 宇摩
exBHF
22.3 幌成
exBHF
24.1 下幌成
exBHF
27.3 鷹泊
exTUNNEL1
幌加内トンネル 772m
exBHF
37.9 沼牛
exBHF
39.9 新成生
exBHF
43.7 幌加内
exBHF
46.8 上幌加内
exHST
51.1 雨煙別 -1990
exHST
56.2 政和温泉 -1990
exHST
 ? 下政和 -1961
exBHF
58.7 政和
exBHF
64.2 新富 -1990
exBHF
68.6 添牛内
exHST
72.2 大曲 -1976
exBHF
75.5 共栄
exBHF
78.8 朱鞠内
exBHF
80.7 湖畔
exHST
85.0 宇津内 -?
exHST
89.5 蕗ノ台 -1990
exTUNNEL1
第二雨竜トンネル 1005m
exHST
93.6 白樺 -1990
exBHF
99.0 北母子里
exTUNNEL1
名雨トンネル 1530m
exBHF
114.6 天塩弥生
exBHF
117.8 西名寄
exSTR
宗谷本線
eABZdl BHFq
121.8 名寄
exSTR
名寄本線
朱鞠内駅で交換する列車 (1994.08.31)

深名線(しんめいせん)は、かつて北海道旅客鉄道(JR北海道)/日本国有鉄道(国鉄)が運営していた鉄道路線地方交通線)である。北海道深川市にある深川駅函館本線から分岐し、雨竜郡幌加内町を経て名寄市にある名寄駅宗谷本線に接続していた。

営業係数は常にワースト10に入るという大赤字の路線で、赤字83線特定地方交通線の廃止論議にもその都度候補にあげられていた。並行道路の未整備を理由に廃止保留となったが、国鉄分割民営化後に並行道路の整備が進んだ[1]ことから、1995年(平成7年)9月4日廃止された。

目次

[編集] 路線データ(廃止時)

  • 管轄(事業種別):北海道旅客鉄道(第一種鉄道事業者
  • 区間(営業キロ):深川 - 幌加内 - 名寄 121.8km
  • 駅数:21(起終点駅を含む)
  • 軌間:1067mm
  • 複線区間:なし(全線単線
  • 電化区間:なし(全線非電化
  • 閉塞方式:タブレット閉塞式(末期の朱鞠内-名寄間は票券閉塞式)
    交換可能駅:2(幌加内、朱鞠内)

[編集] 運行形態

[編集] 国鉄時代

1960年代のダイヤでは、運行本数が廃止前よりも多く、区間運行や夜間滞泊も設定されていた。

1980年10月1日のダイヤ改正で本数が削減(夜遅くの1本が廃止)され、1986年3月3日のダイヤ改正では、運行本数は大幅に削減、土曜日に限り幌加内折り返しの1往復が朱鞠内まで延長運転されていた。

[編集] 廃止直前

早朝の深川発と夕方の名寄発が全線直通だったのを除き、朱鞠内駅で系統分割されていた。朱鞠内駅での列車の接続はあまり考慮されておらず、7時間以上運行されない時間帯もあった。なお、線内では夜間滞泊をせず、運用車両(3両)全てが早朝に深川駅を出て、夜の最終列車で同駅に戻るようにダイヤが組まれていた。このため、早朝の深川発と最終の同駅着の運用では2 - 3両編成で運行し、途中の幌加内と朱鞠内で増解結を行っていた。

運行本数は深川駅 - 幌加内駅間が1日5往復、幌加内駅 - 朱鞠内駅間が1日3.5往復、朱鞠内駅 - 名寄駅間が1日3往復の運転で、このうち深川 - 名寄間直通は1往復だった。

車両はキハ53形500番台が使用されていたが、検査時にはキハ54形、まれにキハ40形が入線することもあった。これらの形式のうち、ワンマン運転対応工事済みの車両が運転されることもあったが、一度もワンマン運転方式が導入されることはなく、運行最終日まで車掌が乗務して運行していた。

[編集] 歴史

深名線の第3雨竜川橋梁 (2011年8月)

深川 - 朱鞠内間は、沿線の林産資源開発と雨竜川水系での発電を目的とした雨竜第1ダム朱鞠内湖)の建設にともなって建設された鉄道で、1924年に深川 - 多度志間が雨龍線(うりゅうせん)として開業したのが始まりである。以降、延伸を繰り返し、1931年に幌加内線(ほろかないせん)に改称、1932年に朱鞠内に到達した。

一方、名寄 - 朱鞠内間は、改正鉄道敷設法別表第143号に規定する「天鹽(塩)國名寄ヨリ石狩國雨龍ヲ經テ天鹽國羽幌ニ至ル鐵道」の一部である。1937年に名雨線(めいうせん)として名寄 - 初茶志内(後の天塩弥生)間が開業し、1941年に朱鞠内に到達し、幌加内線に接続。両線をあわせて深名線と改称した。なお、同号のうち残りの朱鞠内 - 羽幌間については、名羽線として1962年に着工した(後述)。

雨竜第1ダムの建設資材輸送と、それに伴う森林伐採の木材輸送が行なわれていた頃は活況を呈していた[2]が、1960年代以降は深名線の輸送量は大幅に落ち込む[2]。1968年には赤字83線に指定されたが、この際は廃止を免れた。しかし、1979年には収支係数(100円の収入を得るための支出額で営業成績を表したもの)が2785まで悪化した[3]うえ、輸送密度も1977年から1979年にかけてが272人[4]、1984年に至ってはわずか123人[5]という状況で、1980年には第1次特定地方交通線に指定されたが、名寄 - 朱鞠内間に並行道路がないことから「代替輸送道路が未整備」として対象から外され、1987年に北海道旅客鉄道(JR北海道)へ承継された。

しかし、JR移行後も最大の赤字線だったことには変わりなく、1992年の1日平均利用者数はわずか354人[1]であった。その後、道道名寄遠別線名母トンネルの開通により代替輸送の条件が整ってきたことから1995年に廃止され、直営のJR北海道バス(現・ジェイ・アール北海道バス)に転換された。

[編集] 年表

  • 1924年(大正13年)10月25日 深川 - 多度志間 (14.0km) を雨龍線として新規開業。多度志駅を新設。
  • 1926年(大正15年)11月10日 多度志 - 鷹泊間 (13.3km) を延伸開業。幌成駅・鷹泊駅を新設。
  • 1929年(昭和4年)11月8日 鷹泊 - 幌加内間 (16.4km) を延伸開業。沼牛駅・幌加内駅を新設。
  • 1931年(昭和6年)
    • 9月15日 幌加内 - 添牛内間 (24.9km) を延伸開業。雨煙別駅・政和駅・添牛内駅を新設。
    • 10月10日 幌加内線と改称。
  • 1932年(昭和7年)10月25日 添牛内 - 朱鞠内間 (10.2km) を延伸開業し幌加内線が全通。朱鞠内駅を新設。
  • 1937年(昭和12年)11月10日 名寄 - 初茶志内間 (7.2km) を名雨線として新規開業。西名寄駅・初茶志内駅を新設。
  • 1941年(昭和16年)10月10日 初茶志内 - 朱鞠内間 (35.8km) を延伸開業。幌加内線に名雨線を編入して深川 - 名寄間を深名線と改称。北母子里駅・白樺駅・蕗ノ台駅・宇津内駅を新設。
  • 1946年(昭和21年)6月1日 上多度志仮乗降場を新設。
  • 1949年(昭和24年)4月1日 宇津内駅を仮乗降場に改める。
  • 1950年(昭和25年)1月15日 上多度志仮乗降場を駅に改める。
  • 1951年(昭和26年)7月20日 初茶志内駅を天塩弥生駅に改称。
  • 1955年(昭和30年)
    • 8月20日 円山仮乗降場・宇摩仮乗降場・下幌成仮乗降場・新成生仮乗降場・上幌加内仮乗降場・下政和仮乗降場・大曲仮乗降場・共栄仮乗降場を新設。
    • 9月2日 新富仮乗降場を新設。
  • 1956年(昭和31年)
    • 5月1日 湖畔仮乗降場を新設。
    • 9月20日 新富仮乗降場を駅に改める。
    • 11月19日以降 宇津内仮乗降場を廃止。
  • 1960年(昭和35年)9月15日 西名寄駅を無人化。
  • 1961年(昭和36年)12月1日 政和温泉仮乗降場を新設。下政和仮乗降場を廃止。
  • 1964年(昭和39年)4月1日 蕗ノ台駅・白樺駅を無人化。
  • 1976年(昭和51年)2月1日 大曲仮乗降場を廃止。
  • 1982年(昭和57年)3月30日 上多度志駅・幌成駅・沼牛駅・雨煙別駅・添牛内駅・天塩弥生駅を無人化。
  • 1982年(昭和57年)11月1日 全線の貨物営業を廃止。
  • 1984年(昭和59年)11月10日 多度志駅・鷹泊駅・政和駅・北母子里駅を無人化。
  • 1987年(昭和62年)4月1日 国鉄分割民営化に伴い北海道旅客鉄道が承継。雨煙別駅・蕗ノ台駅・白樺駅を臨時駅に改める。円山仮乗降場・宇摩仮乗降場・下幌成仮乗降場・新成生仮乗降場・上幌加内仮乗降場・新富仮乗降場・共栄仮乗降場・湖畔仮乗降場を駅に改める。政和温泉仮乗降場を臨時駅に改める。
  • 1990年(平成2年)
    • 3月10日 雨煙別駅・政和温泉駅・蕗ノ台駅・白樺駅を廃止。
    • 9月1日 新富駅を廃止。
  • 1995年(平成7年)9月4日 全線 (121.8km) 廃止、JR北海道バス(現ジェイ・アール北海道バス)に転換。

[編集] 駅一覧

全駅北海道に所在。

駅名 駅間キロ 営業キロ 接続路線 所在地
深川駅 - 0.0 北海道旅客鉄道:函館本線留萌本線 深川市
円山駅 4.7 4.7  
上多度志駅 6.1 10.8  
多度志駅 3.2 14.0  
宇摩駅 5.4 19.4  
幌成駅 2.9 22.3  
下幌成駅 1.8 24.1  
鷹泊駅 3.2 27.3  
沼牛駅 10.6 37.9   雨竜郡幌加内町
新成生駅 2.0 39.9  
幌加内駅 3.8 43.7  
上幌加内駅 3.1 46.8  
(臨)雨煙別駅 4.3 51.1  
(臨)政和温泉駅 5.1 56.2  
政和駅 2.5 58.7  
新富駅 5.5 64.2  
添牛内駅 4.4 68.6  
大曲仮乗降場 3.6 72.2  
共栄駅 3.3 75.5  
朱鞠内駅 3.3 78.8  
湖畔駅 1.9 80.7  
宇津内仮乗降場 4.3 85.0  
(臨)蕗ノ台駅 4.5 89.5  
(臨)白樺駅 4.1 93.6  
北母子里駅 5.4 99.0  
天塩弥生駅 15.6 114.6   名寄市
西名寄駅 3.2 117.8  
名寄駅 4.0 121.8 北海道旅客鉄道:宗谷本線名寄本線(1989年5月1日廃止)

※ :路線廃止時点で廃止済みの駅

雨煙別 - 政和間には下政和仮乗降場も存在した。下政和と政和温泉の位置関係ははっきりしない(位置は同じで改称されたとの説もある)。

雨煙別駅・政和温泉駅は毎年12月1日 - 4月20日の間、蕗ノ台駅・白樺駅は毎年12月1日 - 4月30日(1987年(昭和62年)までは4月20日)の間全列車通過していた。

[編集] 名羽線

改正鉄道敷設法別表第143号のうち、名雨線として開業した区間を除く朱鞠内 - 羽幌間については、名羽線(めいうせん)として1962年に着工された。なお、着工に先立つ1941年に羽幌炭礦鉄道羽幌線に接続して開業した築別 - 曙 - 築別炭礦間のうち、築別 - 曙間が予定線に並行しており、残りの朱鞠内 - 曙間が工事区間である。

日本鉄道建設公団により工事が進められたが、建設工事の可能な季節が限られることや、たびたび予算を削られたことで、思うようには進まなかった。特に最も難工事が予想された苫竜トンネルは着工こそされていたが、実際には何の工事も行われていなかったことが後年の探査で明らかになっている[要出典]

路線両端を除けば沿線人口はほとんど無いに近い環境下、乗車密度の基準が満たせるはずもなく、国鉄再建法の施行により1980年に工事凍結。沿線の産業も衰え、接続する両端の路線が特定地方交通線に指定される(深名線は前述のとおり後に除外)状況では開業しても輸送はほとんど見込めず、開業すれば大赤字必至のこの鉄道の引受け手が現れるはずもなく、完成していた鉄道施設は無人の山中に放棄された。その後、一部の高架橋が民間会社のトラック輸送路などに使用されている。

なお、工事線のうち曙 - 三毛別間については、羽幌炭礦鉄道による石炭輸送のため先行して完成し、羽幌炭礦鉄道による石炭輸送と資材輸送とが行われていた。国鉄の工事線ながら専ら私鉄の営業に供される特異な例として知られている。なお、羽幌炭礦鉄道は築別炭鉱の閉山により1970年に廃止され、この区間の営業輸送は中止された。

[編集] 脚注

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  1. ^ a b バスラマ・インターナショナル96号(ぽると出版) p49
  2. ^ a b 『鉄道ジャーナル』通巻330号(1994年4月号)p75
  3. ^ 『コロタン文庫 鉄道No.1全百科』p104(1981年・小学館)
  4. ^ 『鉄道ジャーナル』通巻330号(1994年4月号)p73
  5. ^ 『鉄道ジャーナル』通巻330号(1994年4月号)p76

[編集] 関連項目

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