稚内駅

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稚内駅
新駅舎(2012年6月)
新駅舎(2012年6月)
わっかない - Wakkanai
◄W79 南稚内 (2.7km)
所在地 北海道稚内市中央3丁目6-1
駅番号 W80
所属事業者 JR logo (hokkaido).svg北海道旅客鉄道(JR北海道)
所属路線 宗谷本線
キロ程 259.4km(旭川起点)
電報略号 ワカ
駅構造 地上駅
ホーム 1面1線
乗車人員
-統計年度-
106人/日(降車客含まず)
-2012年-
開業年月日 1928年昭和3年)12月26日
備考 駅長配置駅
みどりの窓口 有
日本最北端の駅
稚内駅周辺

稚内駅(わっかないえき)は、北海道稚内市中央3丁目にある、北海道旅客鉄道(JR北海道)宗谷本線駅番号W80

概要[編集]

日本で最も北にある鉄道駅である(北緯45度24分44秒)。日本国有鉄道(国鉄)時代より、鹿児島県指宿駅と姉妹駅提携を結んでいる。終日社員配置(駅長配置)駅。

特急スーパー宗谷・サロベツは稚内駅到着後、南稚内駅へ折り返して車庫(旧・稚内機関区)に入り整備を行う。

日本最北端の駅であり、前述の指宿駅をはじめ、鹿児島駅東京駅函館駅札幌駅旭川駅からの距離表示が柱に表示されている。また、新駅舎完成に伴い、かつては外から手軽に見ることができた最北端終点の看板は駅舎に入らないと見られなくなった。現在、当該看板は駅舎内待合室のガラス越しに、かろうじてみることができる程度である。

歴史[編集]

稚内港駅として開業した頃
稚内港北防波堤の岸壁と稚泊連絡船「亜庭丸」
1977年の宗谷本線稚内駅と周囲約1km範囲。島式ホーム1面2線でたくさんの副線を持つ。北側の防波堤がかつての稚泊航路の連絡船ターミナルで、先端の駐車場の手前青い屋根の所がかつての稚内桟橋仮乗降場。当時の岸壁の一部はすでに埋め立てられてしまっているが、路盤はまだ残っている。また稚内駅の手前の埋立地への専用線もすでに撤去されて、こちらも路盤が残っている。島式ホームの南端の左付近から、倉庫群を挟んで本線の1区画左を走る国道40号の右横に沿う空き地に向けて斜めに残されている路盤は、1975年頃に現在の位置に切り替わるまで本線が敷かれていた跡。国土交通省 国土画像情報(カラー空中写真)を基に作成

初代の稚内駅は、1922年に開業した現在の南稚内駅である。その翌年、1923年(大正12年)5月1日から、当時日本の統治下にあった南樺太大泊町に連絡する鉄道連絡船稚泊航路」の運航が開始され、現在の稚内駅に近い辺りから発着するようになって、バラック建ての待合所が造られた。1924年(大正13年)11月10日に稚内連絡待合所が稚内港に近い場所に建設され、これが稚泊航路への乗り継ぎ客の待合所として機能するようになった。しかし当時の稚内駅からはおよそ2キロメートルの距離があり、この間を旅客は歩いて、貨物は荷車で連絡していた。この頃、稚泊航路は夏期は隔日運航、冬期は10日で2往復の体制で、東京から樺太の大泊港までは夜行3泊を要した。

稚内港駅(わっかないみなとえき)まで実際に鉄道の線路が伸びるのは、1928年(昭和3年)12月26日のことである。稚内連絡待合所として使われていた建物が改修を加えた上で駅舎として利用されたものと推測されている。稚泊航路への連絡を主眼としていたため、線路より海側に駅舎が建てられており、市街地とは反対側になっていた。これは不便なため、1938年(昭和13年)6月30日に木造平屋建ての駅舎が市街地側に建設されて使用開始された。

稚内港の整備工事が進み北防波堤ができあがったことから、1937年(昭和12年)からこの防波堤内への約850 mの線路の延長工事が始められ、1938年(昭和13年)10月1日から防波堤上に稚内桟橋駅(わっかないさんばしえき)を設置して使用開始された。ただし、稚内港駅の構内乗降場の扱いであり、独立した駅とはみなされていなかった。また、諸般の文献では12月11日を正式な開設日として扱っているが、当時の時刻表などでは10月1日から稚内桟橋までの運行を開始しており相違がある。北防波堤では、陸地に近い側から利尻島礼文島への利礼航路、樺太の本斗町との間の北日本汽船稚斗航路、鉄道省稚泊航路の順で岸壁を利用していた。防波堤の北側、北防波堤ドームに近い側に線路が敷かれ、それより北側に旅客ホームが設置されて、線路を渡って南側に駅舎が設けられており、そのさらに南側に連絡船の着岸する岸壁があった。コンクリート作り2階建ての駅舎があり、1階が乗船口や待合室・事務室・貨物保管庫、2階が日本食堂の構内食堂だった。

1939年(昭和14年)2月1日に(旧)稚内駅を南稚内駅に改称し、稚内港駅が稚内駅となった。稚泊航路は太平洋戦争敗戦後もソ連軍の南樺太侵攻に伴う樺太からの引揚者の輸送にあたっていたが、1945年(昭和20年)8月24日に稚内港に入港した便を最後に指令により運航停止となり、稚内桟橋駅も自然消滅した。

1952年(昭和27年)11月6日付で、南稚内駅が起点に近い側へ移転し、これによって南稚内駅との間のキロ程が1.2キロメートルから2.7キロメートルへ変更された。1965年(昭和40年)9月に駅舎が改築され、鉄筋コンクリート2階建ての駅舎が使用開始した。この駅舎は2011年(平成23年)4月2日まで使用されていた。

かつては稚泊連絡船との連絡のほかに、貨物扱いの関係で多数の側線が敷設されていた。しかし貨物扱いは1984年(昭和59年)2月1日に廃止となり、側線の撤去が進められて純粋たる旅客駅となっていった。2010年1月31日には2番線が廃止されて単純な棒線駅となった。

新駅舎は2011年(平成23年)4月3日に部分開業し[1]、稚内駅再開発ビル(キタカラ)は2012年(平成24年)3月10日竣工・2012年(平成24年)4月29日に全面開業した[2]

全面開業と直後の2012年(平成24年)5月3日に道の駅も併設され[3]、鉄道・バス・道路の交通施設がこの駅舎に集約される。北海道では、鉄道駅と道の駅併設駅は3駅目で、鉄道駅・道の駅・バスターミナルと3つ併設されているのは、北海道では唯一である。

年表[編集]

駅構造[編集]

新駅舎改札口(2012年6月)
3代目 (現) 稚内駅舎配線図 (2012年4月3日 -)
num1e
CONTg
旭川方面
STR+BSr
STR+BSr
leer+BS BUILDING
日本最北路線モニュメント
exENDEe
2代稚内駅舎配線図 (1986年11月11日 - 2012年4月3日)
num2a num1ra
CONTg
旭川方面
ÜWc2 ABZg3
v-STR+1
v-STRa STR
vSTR STR+BSr
vSTR STR+BSr
vSTR ENDEe+BSer
vSTR leer+BS BUILDING
vENDEe

単式ホーム1線を持つ地上駅。以前は島式ホーム1面2線だったが、2010年1月30日をもって2番線が廃止され、線路やポイント、出発信号機場内信号機はすべて撤去され、棒線化、および停留所化された。これにより、南稚内駅から本駅(線路終端)間は1閉塞となり2列車以上進入できなくなった。駅進入時は過走余裕距離が短いため全列車15km/h以下の速度制限を受ける(冬季は更に速度を落として進入する)。棒線化される前は構内踏切(警報機のみ)も設置されていた。

みどりの窓口(営業時間:6時10分から22時50分まで)、稚内駅トラベルセンター、自動券売機、待合室がある。

2011年2月に駅名標を新JR北海道仕様(釧路駅などに使われているものと同じ様式)のものに取り替えられ、6月には、液晶ディスプレイ式発車標に取り替えられた。2012年2月からは、駅自動放送も導入された。

平成23年4月までの稚内駅旧駅舎の日本最北端線路地点は、現・新駅舎の北側駅舎外の地点であり、現・日本最北端線路地点は、以前より南側に移動している。以前に日本最北端の線路として存在した車止めとレールは、稚内市がJR北海道より寄贈を受け、当時の記憶を継承するモニュメントとして、旧駅舎時代に最北端だった元の位置へ平成24年3月に復元されている。

かつての配線図[編集]

かつては、稚泊連絡船への接続なども考慮した広大な構内に複雑な配線が行われていた。しかし貨物営業の廃止などにより側線は縮小されていき、さらには旅客列車が停車する部分についても棒線化が行われ、現在では分岐器が1つもない駅となっている。1975年3月時点の配線図を示す。

稚内駅1975年3月時点配線図

旭川方
稚内駅1975年3月時点配線図
凡例
出典:[5]



駅舎内の主な施設[編集]

利用状況[編集]

  • 2012年度の1日平均乗車人員は106人である。
乗車人員推移
年度 1日平均人数
2005 146
2006 130
2007 123
2008 119
2009 110
2010 100
2011 106
2012 106

駅弁[編集]

主な駅弁は下記の通り[7]

  • 最北駅弁帆立(サンエイ商事→稚内駅立売商会)
  • さいほくかにめし(サンエイ商事→稚内駅立売商会)
    • 「サンエイ商事」は2004年に経営者の死去により廃業している。その後、「サンエイ商事」から「稚内駅立売商会」に事業が引き継がれている[8]
  • 三宝寿し(稚内駅立売商会)

2009年6月30日をもって名寄駅が駅弁販売駅でなくなったため、本駅が宗谷本線内唯一の駅弁販売駅となった。

駅周辺[編集]

鉄道、フェリーが発着する交通の要所で、かつては市の中心部としての役割が強かったが、現在は南稚内駅周辺の市街地に人口が増加し、郊外型大型店舗やファーストフード店の新規出店、西條などの既存商業施設が移転したこともあり、ホテルや土産物屋、飲食店など観光客向けの施設が多い。そのため、列車やフェリー、長距離バス、定期観光バスが発着する時間帯以外は閑散とした感がある。

公共施設[編集]

サハリン・コルサコフ行きのアインス宗谷

観光施設[編集]

宿泊施設[編集]

その他[編集]

バス路線[編集]

稚内駅前ターミナルは、稚内駅再開発ビル1F。合築のため、屋外に出ないで建物内から行き来できる。窓口と待合室が設置されており、定期乗車券や回数券の発券、都市間バスや定期観光バスの予約を取り扱う。特急わっかない号・特急はまなす号、稚内空港連絡バス、市内・近郊路線が発着する。路線詳細はバス会社項目を参照。

その他[編集]

隣の駅[編集]

北海道旅客鉄道
宗谷本線
普通
南稚内駅 (W79) - 稚内駅 (W80)

脚注[編集]

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  1. ^ a b “新駅舎きょう開業 地元グルメも満喫 旭川から記念列車運行”. 北海道新聞 (北海道新聞社). (2011年4月3日)
  2. ^ “飲食店や高齢者住宅が一体 稚内駅ビル 全面開業”. 北海道新聞 (北海道新聞社). (2012年4月29日)
  3. ^ a b “GW後半も各地で笑顔 記念切符に長い行列 道の駅わっかない開業”. 北海道新聞 (北海道新聞社). (2012年5月4日)
  4. ^ a b c d e f g h i 『週刊JR全駅・全車両基地 No.60 稚内駅 北見駅 丸瀬布駅ほか77駅』 朝日新聞出版、2013年10月13日、4 - 10頁。
  5. ^ 三宅俊彦「稚内駅3代記 -さいはての国鉄駅、その歴史の変遷-」、『トワイライトゾーンマニュアル』第14巻、ネコパブリッシング、2005年12月、 pp.142 - 160。(RMモデルズ臨時増刊号)
  6. ^ “復活!最北の映画館 T・ジョイあす開業 最新設備の映像楽しむ 内覧会に市民ら250人 稚内”. 北海道新聞 (北海道新聞社). (2010年6月11日)
  7. ^ JR時刻表2010年9月号(交通新聞社刊)717ページ
  8. ^ 有限会社稚内駅立売商会 会社概要ページ
  9. ^ 稚内市市街地総合再生計画 - 稚内市、2013年3月3日閲覧。

参考文献[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]