宗谷本線

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JR logo (hokkaido).svg 宗谷本線
宗谷本線の特急「スーパー宗谷」
宗谷本線の特急「スーパー宗谷
宗谷本線の路線図
路線総延長 259.4 km
軌間 1067 mm
最大勾配 20 パーミル
最小半径 200 m
最高速度 120 km/h

宗谷本線(そうやほんせん)は、北海道旭川市旭川駅から名寄市名寄駅を経て、稚内市稚内駅を結ぶ北海道旅客鉄道(JR北海道)の鉄道路線地方交通線)である。

北方領土を含めない日本最北の地に至る鉄道で、地方交通線としては日本最長である(幹線を含めると山陰本線が日本最長)。

山間部を走行する路線のため、野生動物との接触事故が発生することがしばしばある。

路線データ[編集]

  • 管轄(事業種別)・区間(営業キロ
  • 駅数:54(起終点駅含む)
    • 旅客駅:53
      • 宗谷本線所属の旅客駅に限定した場合、起点の旭川駅(函館本線所属[1])が除外され、52駅となる。
    • 貨物駅:1(北旭川駅)
  • 軌間:1067mm
  • 複線区間:
    • 旭川駅 - 北旭川駅 6.6km
  • 電化区間
    • 旭川駅 - 北旭川駅 6.6km:交流電化 (20,000V・50Hz)
      • 2003年9月1日、旭川駅周辺の高架化事業により、旭川運転所が北旭川駅隣接地に移転したのに伴う出入庫列車の運転のためのもので、営業運転には使用されない。本線上での電化架線複線区間は北旭川貨物駅・旭川運転所の分岐点までだが、実際には旭川運転所構内まで架線が続いている(向かい側の北旭川貨物駅構内は非電化)。この区間はJR最北端かつ最東端の電化区間である。
    • 北旭川駅 - 稚内駅:非電化
  • 閉塞方式
    • 旭川駅 - 北旭川駅間 自動閉塞式(CTCPRC付帯)
    • 北旭川駅 - 永山駅間 自動閉塞式(特殊)(CTC・PRC付帯)
    • 永山駅 - 南稚内駅間 特殊自動閉塞式(電子符号照査式)
    • 南稚内駅 - 稚内駅間 特殊自動閉塞式(軌道回路検知式)
  • 運転指令所:
    • 旭川駅 - 永山駅間:札幌指令センター
    • 永山駅 - 南稚内駅間:名寄運行管理センター(旭川指令センター)
    • 南稚内駅 - 稚内駅間:旭川指令センター
      • 運転取扱駅(駅が信号を制御、運行を管理):永山駅、名寄駅、南稚内駅、稚内駅
  • 交換可能な駅は駅一覧を参照。
  • 最高速度(2014年3月15日現在):
    • 120km/h(旭川駅 - 名寄駅間)[2]
    • 95km/h(名寄駅 - 稚内駅間)

全区間がJR北海道旭川支社の管轄である。

歴史[編集]

宗谷本線は、樺太(サハリン)への連絡鉄道として、建設が進められたものである。終点の稚内からは、大泊(コルサコフ)への鉄道連絡船稚泊航路)が太平洋戦争終戦時まで就航していた。このため、全国的に列車本数の削減がたびたび行われた太平洋戦争当時にあって、北海道内で最後まで急行列車が運行されていた。また、次第に延伸されるに従い、沿線を流れる天塩川舟運に代わり、沿線及び道北各地で産出される木材や石炭等の鉱物、水産物を輸送する重要な貨物輸送路線としての使命も担うことになった。

建設は、1898年の旭川 - 永山間が北海道官設鉄道によって開業したのに始まり、1903年には名寄に到達。以降は官設鉄道によって建設が進められ、1922年に稚内まで全通した。この時に開業したのは、後に天北線となる浜頓別経由のルートであった。現在の幌延経由のルートは1922年から1926年にかけて天塩線(てしおせん)として建設されたもので、1930年に幌延経由の天塩線が宗谷線に編入され、浜頓別経由のルートは北見線(天北線)として分離された。

太平洋戦争後は樺太連絡の使命を失い、合理化のため早くも1955年から多くの普通列車の気動車化が為されたが、道北の主要幹線として1958年以降一貫して優等列車が運転され続けている。2000年3月には、旭川 - 名寄間の高速化改良が完成し、特急の運転が開始された。

現在は、天北線など接続する支線がすべて廃線となり、稚内に至る唯一の鉄道となっている。

年表[編集]

北海道官設鉄道天塩線[編集]

  • 1898年(明治31年)
    • 8月12日 北海道官設鉄道天塩線 旭川 - 永山間を開業、永山駅を新設
    • 11月25日 永山 - 蘭留間を延伸開業、比布・蘭留駅を新設
  • 1899年(明治32年)11月15日 蘭留 - 和寒間を延伸開業、和寒駅を新設
  • 1900年(明治33年)8月5日 和寒 - 士別間を延伸開業、剣淵・士別駅を新設
  • 1903年(明治36年)9月3日 士別 - 名寄間を延伸開業、多寄・風連・名寄駅を新設

官設鉄道宗谷線[編集]

※ のちの旧天北線内の駅については「天北線」参照のこと。

  • 1905年(明治38年)4月1日 官設鉄道に移管
  • 1909年(明治42年)10月12日 国有鉄道線路名称制定により、旭川 - 名寄間を天塩線とする
  • 1911年(明治44年)11月3日 名寄 - 恩根内間を延伸開業、智恵文・美深・紋穂内・恩根内駅を新設
  • 1912年(大正元年)
    • 9月21日 宗谷線に線名を改称
    • 11月5日 恩根内 - 音威子府間を延伸開業、咲来・音威子府駅を新設
  • 1914年(大正3年)11月7日 音威子府 - 小頓別間を延伸開業、上音威子府・小頓別駅を新設
  • 1916年(大正5年)
    • 9月5日 塩狩信号所を新設
    • 10月1日 小頓別 - 中頓別間を延伸開業、上頓別・敏音知・松音知・中頓別駅を新設
  • 1918年(大正7年)8月25日 中頓別 - 浜頓別間を延伸開業、下頓別・浜頓別駅を新設
  • 1919年(大正8年)
    • 10月20日 宗谷本線に線名を改称
    • 11月1日 浜頓別 - 浅茅野間を延伸開業、山軽・浅茅野駅を新設
  • 1920年(大正9年)11月1日 浅茅野 - 鬼志別間を延伸開業、猿払・芦野・鬼志別駅を新設
  • 1921年(大正10年)10月5日 宗谷線に線名を改称
  • 1922年(大正11年)
    • 4月1日 塩狩信号所を塩狩信号場に変更
    • 11月1日 鬼志別 - 稚内間を延伸開業、小石・曲淵・沼川・樺岡・幕別・声問・稚内駅を新設[3]
    • 11月4日 宗谷本線に線名を改称、新旭川駅を新設
  • 1924年(大正13年)
    • 6月1日 智東駅を新設
    • 11月25日 塩狩信号場を駅に変更
  • 1928年(昭和3年)12月26日 稚内 - 稚内港間を延伸開業、稚内港駅を新設

音威子府 - 幌延 - 南稚内間[編集]

天塩南線[編集]
  • 1922年(大正11年)11月8日 天塩線音威子府 - 誉平間を開業、筬島・神路・佐久・誉平駅を新設
  • 1923年(大正12年)11月10日 誉平 - 問寒別間を延伸開業、宇戸内・問寒別駅を新設
  • 1924年(大正13年)6月25日 天塩線を天塩南線に線名改称
  • 1925年(大正14年)7月20日 天塩南線問寒別 - 幌延間を延伸開業、雄信内・安牛・上幌延・幌延駅を新設
天塩北線[編集]
  • 1924年(大正13年)6月25日 天塩北線稚内 - 兜沼間を開業、抜海・勇知・兜沼駅を新設
天塩線全通以後[編集]
  • 1926年(大正15年)9月25日 幌延 - 兜沼間を延伸開業し天塩線全通、下沼・豊富・徳満・芦川駅を新設、音威子府 - 稚内を天塩線に線名改称

天塩線編入以後[編集]

  • 1930年(昭和5年)4月1日 天塩線を宗谷本線に編入、宗谷本線を旭川 - 幌延 - 稚内港 (258.9km) とする。同時に音威子府 - 浜頓別 - 稚内間 (149.9km) を分離し、北見線(後の天北線)に改称
  • 1938年(昭和13年)10月1日 稚内桟橋駅を新設(稚内駅構内の仮乗降場扱い)
  • 1939年(昭和14年)2月1日 稚内を南稚内に、稚内港を稚内に改称
  • 1945年(昭和20年)8月25日 稚泊航路の運航を停止(稚内桟橋駅実質廃止)
  • 1946年(昭和21年)10月10日 豊清水仮乗降場を新設
  • 1947年(昭和22年)12月?日 北永山仮乗降場を新設
  • 1948年(昭和23年)6月?日 初野仮乗降場を新設
  • 1950年(昭和25年)1月15日 豊清水仮乗降場を駅に昇格
  • 1951年(昭和26年)7月20日 誉平を天塩中川に、宇戸内を歌内に改称
  • 1952年(昭和27年)11月6日 抜海 - 南稚内 - 稚内 を改キロ (+0.5km)、南稚内・稚内駅を移転
  • 1955年(昭和30年)12月2日 西永山・南比布・北比布・下士別・琴平・下中川・糠南仮乗降場を新設
  • 1956年(昭和31年)
    • 1月?日 東六線仮乗降場を新設
    • 5月1日 上雄信内仮乗降場を新設
    • 7月1日 南美深・南咲来仮乗降場を新設
    • 9月1日 瑞穂仮乗降場を新設
    • 9月20日 東風連駅を新設
  • 1957年(昭和32年)2月1日 旭川四条・南下沼仮乗降場を新設
  • 1959年(昭和34年)11月1日 日進・北星・南幌延駅を新設、北剣淵・智北仮乗降場を新設、西永山・北永山・南比布・北比布・東六線・下士別・南美深・初野・下中川を仮乗降場から駅に昇格
  • 1965年(昭和40年)7月15日 雄信内 - 上雄信内間を経路変更。地すべり・雪崩多発地点を回避するため下平トンネル(全長1,256m)を含む付け替え新線を建設したことによる
  • 1967年(昭和42年)11月1日 西永山駅を廃止
  • 1968年(昭和43年)10月1日 (貨)北旭川駅を新設
  • 1973年(昭和48年)9月29日 旭川 - 新旭川を複線化[4]。旭川四条を仮乗降場から駅に昇格
  • 1977年(昭和52年)5月25日 神路駅を信号場に変更
  • 1981年(昭和56年)7月?日 南咲来を天塩川温泉に仮乗降場名を改称
  • 1984年(昭和59年)
    • 2月1日 名寄 - 稚内間の貨物営業廃止
    • 11月10日 通票閉塞廃止に伴い永山・士別・名寄・美深・音威子府・幌延・南稚内・稚内の各駅を除くすべての29駅で出札・改札業務を停止し無人化、運転要員のみ配置継続
  • 1985年(昭和60年)3月14日 神路信号場を廃止
  • 1986年(昭和61年)11月1日 CTC化に伴い上記29駅すべて駅員無配置、名寄 - 稚内間で各駅停車を5往復に削減、夜遅い時間の便を廃止
  • 1987年(昭和62年)4月1日 国鉄分割民営化に伴い北海道旅客鉄道(第1種)・日本貨物鉄道(第2種・旭川 - 名寄)に承継、智東駅を臨時駅に、北剣淵・瑞穂・智北・天塩川温泉・琴平・糠南・上雄信内・南下沼の仮乗降場を駅に昇格
  • 1990年(平成2年)9月1日 琴平駅を廃止
  • 1992年(平成4年)10月1日 旭川 - 名寄間の普通・快速列車をワンマン運転化
  • 1993年(平成5年)3月18日 名寄 - 稚内間の普通列車をワンマン運転化。これにより急行を除くすべての列車のワンマン運転化が完了
  • 2000年(平成12年)3月11日 特急の運行を開始[5]
  • 2001年(平成13年)7月1日 下中川・上雄信内・芦川駅を廃止
  • 2002年(平成14年)11月4日 新旭川 - 旭川運転所間を複線化
  • 2003年(平成15年)5月10日 旭川 - 旭川運転所間を電化
  • 2006年(平成18年)3月18日 智東・南下沼駅を廃止
  • 2007年(平成19年)10月1日 全区間で駅ナンバリングを実施。旭川 - 名寄間で最終を5分繰り下げ

運転[編集]

広域輸送[編集]

札幌駅 - 稚内駅間を直通する特急が3往復運転されている。うち、2往復は車体傾斜機能を備えた261系気動車を使用した最速達列車「スーパー宗谷」、1往復は183系気動車を使用した「サロベツ」である。このほか夜行特急として「利尻」が運転されていたが、2006・2007年は臨時列車となり、2007年度限りで廃止されている。

なお、「サロベツ」は2013年7月6日に起きた同じく183系気動車を使用する特急「北斗14号」車両火災の影響で、2013年7月7日から2014年7月31日まで長期運休が続いた。その代替として2013年8月1日から、旭川駅 - 稚内駅間でキハ40系による臨時快速列車が1往復運行されていた。宗谷本線の普通・快速列車はワンマン運転となっているが、この列車に限り車掌が乗務するツーマン運行だった。編成は2両で旭川方がキハ400形のお座敷車両、稚内方が通常のワンマン普通列車と同じくキハ40形700・1700番台となっている。名寄以北で快速列車が運行されるのは初めてのことである。なお、前述の特急「北斗」の車両火災(エンジントラブル)の原因究明と対策が講じられたことから、2014年7月31日をもってこの臨時快速列車の運転を終了し、翌8月1日より「サロベツ」の運転が再開された[6]

地域輸送[編集]

名寄駅を境に南北に運転系統が分かれており、旭川駅 - 名寄駅間は4往復の快速「なよろ」のほか、同区間の普通列車に旭川駅 - 永山駅・比布駅間の区間列車が加わり、おおむね1 - 2時間に1本の運行になっている。1日1往復、旭川駅 - 稚内駅間を直通で結ぶ普通列車が設定されている。

名寄駅 - 稚内駅は1991年に設置された宗谷北線運輸営業所が管轄する区間で、運転本数は半減し、1日5往復程度(3 - 4時間に1本程度)となる。2往復は旭川駅発着で、この列車の旭川駅 - 名寄駅間では旭川運転所の運転士が担当する。

車両は、旭川駅 - 名寄駅間にはキハ40系キハ54形気動車が、名寄駅 - 稚内駅間にはキハ54形気動車が使われているが、名寄駅 - 音威子府駅間は始発・最終とその回送の上下各2本には旭川駅からの直通でキハ40系気動車も使われている。過去には、旭川駅 - 永山駅・比布駅間には富良野線用のキハ150形気動車が使われることもあったが、現在は旭川駅 - 北旭川貨物駅・旭川運転所間の回送列車のみの運転となっている。快速・普通はすべてワンマン運転であり、ドアは前側のみ(前乗り前降り)開く。旭川駅・稚内駅は終日改札を行うため最終列車まですべてのドアが開くが、永山駅・士別駅・名寄駅・美深駅・音威子府駅・幌延駅・南稚内駅は終日改札は行わないため、みどりの窓口の営業時間外に発着する列車は前側のドアのみ開く(特急列車は除く)[7]。通常は1-2両編成で運転されるが、名寄発旭川行の上り一番列車や回送列車・キハ40系を使用した団体専用列車では3両編成で運転される。

そのほか、旭川駅 - 北旭川貨物駅・旭川運転所間に貨物列車(DD51形DF200形牽引)・回送列車(気動車電車)も数多く運転されている。そのうち、旭川駅 - 新旭川駅間は前述の列車に加えて石北本線の普通列車・特別快速きたみ」・特急「オホーツク」(特別快速と特急は旭川駅以外に停車駅はなし)も運転されていてこの区間では運転本数が多い。

当線の音威子府駅は、キハ40系気動車系列のキハ400・480形気動車で運転されていた「宗谷」、「サロベツ」、「利尻」の急行列車特急格上げによる使用車両変更にともない、現在定期列車でキハ40系気動車が運転される北限の駅となっている[8]。かつてキハ54系500番台が投入されるまでは、普通列車でもキハ40系で音威子府駅 - 稚内駅間でも運転される列車が存在した[9]。廃線となった天北線も同様であった。

貨物列車[編集]

旭川駅 - 北旭川駅(貨物駅)間は、函館本線および室蘭本線に直通する形で高速貨物列車および専用貨物列車が運行されている。高速貨物列車のうち上り2本は室蘭本線岩見沢駅 - 苫小牧駅間を経由する本州への直行便で、残りは函館本線札幌貨物ターミナル駅行き。専用貨物列車は室蘭本線経由で室蘭とを結ぶ石油輸送列車である(下りは3本、上りはタンクが空の状態である返空列車として2本)。さらに毎年秋から翌年春にかけては石北本線の臨時貨物列車が北旭川駅と北見駅の間に3往復運行されている。新旭川駅と遠軽駅で方向転換するため、先頭と最後尾に機関車が連結されるプッシュプル運転が行われている。

輸送密度[編集]

JR北海道は全路線の輸送密度は公開しておらず旭川 - 名寄間は非公表のままである。2013年度にようやく名寄 - 稚内間のみ輸送密度が公表された[10]

名寄 - 稚内間
  • 2012年度 483人[10]
  • 2013年度 419人[10]

使用車両[編集]

現在の使用車両[編集]

旅客列車はすべて気動車で運転されている。

過去の使用車両[編集]

駅一覧[編集]

  • 駅名 … (貨):貨物専用駅、◇:貨物取扱駅(定期貨物列車の発着なし)、■:オフレールステーション併設駅
  • 停車駅
    • 普通・快速「なよろ」…●印の駅は全列車停車、▲印の駅は一部の列車が通過、|印の駅は全列車通過
    • 特急(スーパー宗谷・サロベツ)…「宗谷 (列車)」参照
  • 線路 … ∥:複線区間、∨:ここより下は単線、◇・|:単線区間(◇は列車交換可能)
  • 全駅北海道内に所在
電化/非電化
番号
駅名 駅間営業キロ 累計営業キロ 普通列車 快速なよろ 接続路線 線路 所在地
交流電化 A28 旭川駅 - 0.0 北海道旅客鉄道函館本線富良野線 旭川市
A29 旭川四条駅 1.8 1.8  
A30 新旭川駅 1.9 3.7 北海道旅客鉄道:石北本線[* 1]
  (貨)北旭川駅 2.9 6.6  
非電化 W31 永山駅 2.7 9.3  
W32 北永山駅 2.1 11.4  
W33 南比布駅 3.3 14.7   上川郡
比布町
W34 比布駅 2.4 17.1  
W35 北比布駅 3.1 20.2  
W36 蘭留駅 2.6 22.8  
W37 塩狩駅 5.6 28.4   上川郡
和寒町
W38 和寒駅 7.9 36.3  
W39 東六線駅 5.1 41.4   上川郡
剣淵町
W40 剣淵駅 3.8 45.2  
W41 北剣淵駅 5.0 50.2  
W42 士別駅 3.7 53.9   士別市
W43 下士別駅 4.4 58.3  
W44 多寄駅 3.4 61.7  
W45 瑞穂駅 2.8 64.5  
W46 風連駅 3.6 68.1   名寄市
W47 東風連駅 4.5 72.6  
W48 名寄駅 3.6 76.2  
W49 日進駅 4.0 80.2    
W50 北星駅 9.1 89.3    
W51 智恵文駅 1.9 91.2    
W52 智北駅 2.1 93.3    
W53 南美深駅 2.3 95.6     中川郡
美深町
W54 美深駅 2.7 98.3    
W55 初野駅 3.6 101.9    
W56 紋穂内駅 3.1 105.0    
W57 恩根内駅 7.1 112.1    
W58 豊清水駅 5.8 117.9    
W59 天塩川温泉駅 3.6 121.5     中川郡
音威子府村
W60 咲来駅 3.2 124.7    
W61 音威子府駅 4.6 129.3    
W62 筬島駅 6.3 135.6    
W63 佐久駅 18.0 153.6     中川郡
中川町
W64 天塩中川駅 8.3 161.9    
W65 歌内駅 8.4 170.3    
W66 問寒別駅 5.5 175.8     天塩郡
幌延町
W67 糠南駅 2.2 178.0    
W68 雄信内駅 5.7 183.7    
W69 安牛駅 6.0 189.7    
W70 南幌延駅 1.9 191.6    
W71 上幌延駅 3.0 194.6    
W72 幌延駅 4.8 199.4    
W73 下沼駅 7.8 207.2    
W74 豊富駅 8.7 215.9     天塩郡
豊富町
W75 徳満駅 5.0 220.9    
W76 兜沼駅 10.0 230.9    
W77 勇知駅 5.8 236.7     稚内市
W78 抜海駅 8.3 245.0    
W79 南稚内駅 11.7 256.7    
W80 稚内駅 2.7 259.4    
  1. ^ 石北本線の旅客列車はすべて旭川駅へ乗り入れる
  • 北永山 - 南比布間で上川郡当麻町を経由するが、同町内に宗谷本線の駅は存在しない。

廃駅[編集]

括弧内は旭川駅からの営業キロ。(臨)は臨時駅を表す。

  • 西永山駅 : 1967年廃止、北旭川駅 - 永山駅間
  • (臨)智東駅 : 2006年廃止、日進駅 - 北星駅間 (84.9km)
  • 神路駅 : 1977年信号場・仮乗降場化、1985年廃止、筬島駅 - 佐久駅間 (143.1km)
  • 琴平駅 : 1990年廃止、佐久駅 - 天塩中川駅間 (158.2km)
  • 下中川駅 : 2001年廃止、天塩中川駅 - 歌内駅間 (165.8km)
  • 上雄信内駅 : 2001年廃止、糠南駅 - 雄信内駅間 (181.5km)
  • 南下沼駅 : 2006年廃止、幌延駅 - 下沼駅間 (205.6km)
  • 芦川駅 : 2001年廃止、徳満駅 - 兜沼駅 (226.6km)

過去の接続路線[編集]

宗谷トンネル計画[編集]

稚内から先の宗谷海峡にトンネルを掘り、サハリンの鉄道と連絡させる計画があるが、推進しているのはほとんどロシア側のみであり、日本政府やJR北海道などでこの計画をまともに取り上げた前例がない。

関連項目[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ 『停車場変遷大事典 国鉄・JR編』JTB 1998年
  2. ^ 平成26年3月ダイヤ改正について (PDF) - 北海道旅客鉄道、2013年12月20日、2013年12月25日閲覧。
  3. ^ 1922年11月2日中外商業新報(神戸大学附属図書館新聞記事文庫)
  4. ^ 鉄道ピクトリアル第23巻第12号(1973年12月)87ページ
  5. ^ “特急北へ 宗谷線に登場 中 悲願 自治体が団結し要請 廃線や対立乗り越えて”. 北海道新聞 (北海道新聞社). (2000年3月10日)
  6. ^ 183系特急気動車のエンジン付近から出火したインシデントに対する原因と対策及び使用再開について (PDF) - 北海道旅客鉄道、2014年6月6日
  7. ^ 例外として終日無人駅である比布駅と旭川四条駅では通勤・通学客が多い名寄発旭川行の上り一番列車に限りすべてのドアが開く。このため車掌を2名程度、旭川発稚内行の下り一番列車を蘭留駅まで便乗の上、同駅で下車した後に名寄発旭川行の上り一番列車に乗務して対応している。
  8. ^ 南限は駅単位では九州旅客鉄道(JR九州)指宿枕崎線西大山駅、路線単位では同線全区間である。
  9. ^ ただし、2013年8月1日から2014年7月31日まで、前述で触れている特急「サロベツ」運休による代替の臨時快速列車(運転区間・旭川駅 - 稚内駅間)で同形式が音威子府以北に乗り入れている。
  10. ^ a b c 平成26年3月期決算について (PDF) - 北海道旅客鉄道、2014年5月9日