利尻 (列車)

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利尻
稚内駅に停車する「利尻」
稚内駅に停車する「利尻」
運行鉄道事業者 北海道旅客鉄道(JR北海道)
列車種別 特急列車
運転区間 札幌駅 - 稚内駅
経由線区 函館本線宗谷本線
使用車両
(所属区所)
183系気動車札幌運転所
スハネフ14形客車(札幌運転所)
運転開始日 2000年
運転終了日 2007年9月30日
備考 廃止時のデータ

利尻(りしり)とは、北海道旅客鉄道(JR北海道)が札幌駅 - 稚内駅間を函館本線宗谷本線経由で運転していた夜行特急列車である。

目次

[編集] 概要

特急「利尻」は1958年に、夜行準急列車として札幌駅 - 稚内駅間で運転を開始、1966年急行列車化された。1968年旭川駅 - 稚内駅間で運転されていた昼行急行列車「礼文」を「利尻」に吸収し、昼行を「利尻」1号、従来の夜行を「利尻」2号としたが、1970年に昼行は「礼文」に再分離した(「礼文」の名称が復活)。

2000年に特急列車化され、「スーパー宗谷」・「サロベツ」とともに、道央道北を結ぶ役割を担っていたものの、2006年3月のダイヤ改正により臨時列車化され、同年6月から特急「はなたび利尻」として運転されるようになった。しかし、なおも利用が減少傾向にあることから、2008年4月にJR北海道が廃止を発表し、事実上2007年9月30日の運転を最後に廃止された[1]

列車名は、稚内市の西方の日本海にある利尻島から採られている。

[編集] 廃止時の運行概況

1日1往復で、6月と9月の金曜週末休日および、7月 - 8月の毎日に運転されていた。札幌駅 - 稚内駅間を下りは約6時間41分、上りは約7時間55分で結んだ。稚内行の下り列車は利尻島礼文島へのハートランドフェリーへの乗り継ぎを考慮したものであった。

この背景には稚内市や利尻島・礼文島への観光客の減少と、航空便や運賃設定の低さと高速化、利便性が向上した夜行高速バスなどとの競合があった。

[編集] 停車駅

札幌駅 - 江別駅 - 岩見沢駅 - 滝川駅 - 深川駅 - 旭川駅 - 和寒駅 - 士別駅 - 名寄駅 - 美深駅 - 音威子府駅 - 天塩中川駅 - 幌延駅 - 豊富駅 - 南稚内駅 - 稚内駅

[編集] 使用車両・編成図

2006年廃止当時の編成図
利尻
← 稚内
札幌 →
お座敷車両が先頭車の場合
1 2 3 4 増21
B 指*
お座敷車両が中間車の場合
1 2 3 増21 4
B
  • 増21号車はお座敷車両
凡例
B=B寝台
指=普通車座席指定席
自=普通車自由席

座席車は、キハ183系気動車を「サロベツ」「利尻」用に改造した専用車が用いられたが、まれに専用車が使用されない場合もあった。専用車で運行の場合は、指定席車である1・2号車のシートピッチは1,040mmで、自由席車の4号車と比べて100mm広くなっていた。

また、キハ183系気動車お座敷改造車を「ゴロ寝カー」として、指定席車1両(増21号車)を6月 - 8月限定で連結される場合があった。ただし、特急券のでの列車名は「利尻お座敷」となり、発売区間は札幌駅 - 南稚内駅・稚内駅間限定となっていた。このお座敷車両は原則として一番札幌駅側に連結されていたが、上下列車で2両必要なのに対しキハ183形6000番台が2両しかないため運用の都合により中間車のキハ182形6000番台を連結する場合は札幌駅側から2両目に連結されていた。

寝台車14系客車を使用していた。

なお、指定席・B寝台には女性専用席が設定されていた。

昼間切り離され留置されたスハネフ14形寝台車(2005年5月)


[編集] 担当車掌区

上下ともに旭川車掌所が担当していた。

[編集] 競合交通機関

[編集] 沿革

  • 1958年昭和33年)10月:札幌駅 - 稚内駅間を函館本線・宗谷本線経由で運転する夜行準急「利尻」(りしり)として運転開始。
  • 1966年(昭和41年)3月:準急列車制度の改変に伴い、急行列車に昇格。
  • 1968年(昭和43年)10月:旭川駅 - 稚内駅間の昼行急行列車「礼文」を「利尻」に吸収。昼行は「利尻」1号(使用車両はキハ56系気動車)、従来の夜行は「利尻」2号とする。
  • 1970年(昭和45年)10月:旭川駅発着の昼行急行「利尻」1号を「礼文」に再分離。「礼文」の名称が復活。
  • 1982年(昭和57年)11月:14系客車に置き換え。当初は座席車のみだったが、1983年(昭和58年)4月から寝台車も14系客車に変更。
  • 1991年平成3年)3月:寝台客車を併結した気動車「キハ400形・キハ480形気動車」により運転開始。これ以降、気動車と客車の混結列車として運行する体制を採ることとした。下り列車は最後尾の1両を旭川駅で切り離し、その1両は折り返しで上り列車に増結して運行していた。
  • 1996年(平成8年)7月-8月:深川駅 - 旭川駅間のトンネル工事(軌道の高さを下げる修繕作業)のため、稚内行き下り列車のみ滝川駅 - 旭川駅間を根室本線及び富良野線に迂回運転。通過する深川駅の利用者は列車代行バスで輸送。札幌行き上り列車は通常のルートで運転したが、トンネル工事の作業時間の確保のため旭川駅で停車時間を通常より長めに設定した上で、札幌駅での到着時刻が30分繰り下がるダイヤとなった。
  • 2000年(平成12年)
    • 3月11日:座席車両をキハ183系気動車に変更し特急列車に昇格。
    • 6月:6月 - 8月の期間限定で「ゴロ寝カー」としてお座敷車両(キハ183系6000番台)の連結を開始。
  • 2002年(平成14年)6月28日:寝台特急列車「北斗星」の車両を使用した「北斗星利尻」を運行。ただし、稚内駅で機回しができない関係上、南稚内駅までの運転となった。
  • 2006年(平成18年)
    • 3月:ダイヤ改正に伴い臨時列車化。
    • 6月:臨時特急「はなたび利尻」として運転開始。江別駅美唄駅砂川駅の停車駅を取り消し、所要時間を短縮。
  • 2007年(平成19年)9月30日:稚内発の「はなたび利尻」を最後に宗谷本線の夜行列車が事実上の廃止。
  • 2008年(平成20年)4月18日:JR北海道が廃止を発表[1]

[編集] 脚注

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  1. ^ a b 道内夜行特急列車の運転終了について (PDF) - 北海道旅客鉄道プレスリリース 2008年4月18日

[編集] 関連項目

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