岩見沢駅

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岩見沢駅
岩見沢複合駅舎・中央口付近
岩見沢複合駅舎・中央口付近
いわみざわ - Iwamizawa
所在地 北海道岩見沢市有明町南1番地1
駅番号 A13
所属事業者 北海道旅客鉄道(JR北海道)
電報略号 イワ
駅構造 地上駅
ホーム 3面5線
乗車人員
-統計年度-
4,721人/日(降車客含まず)
-2012年度-
開業年月日 1884年明治17年)8月15日
乗入路線 2 路線
所属路線 函館本線
キロ程 326.9km(函館起点)
A12 上幌向 (4.3km)
(8.4km) 峰延 A14
所属路線 室蘭本線
キロ程 211.0km(長万部起点)
志文 (7.1km)
備考 社員配置駅
みどりの窓口 有
岩見沢駅
いわみざわ - Iwamizawa
(4.0km) 栄町
所属事業者 北海道旅客鉄道(JR北海道)
所属路線 幌内線
駅構造 地上駅
開業年月日 1884年(明治17年)8月15日
廃止年月日 1987年昭和62年)7月13日

岩見沢駅(いわみざわえき)は、北海道岩見沢市にある北海道旅客鉄道(JR北海道)のである。函館本線および室蘭本線が乗り入れ、全ての特急・快速列車[1]が停車する。駅番号A13である。

駅概要[編集]

2011年現在は、当駅の所属線である函館本線[2]と、当駅を終点とする室蘭本線の2路線が乗り入れている。

北海道内で最古の鉄道である幌内鉄道[3]の主要駅として開業した非常に古い歴史を持ち、砂川方面や室蘭方面への延長拠点として発展して来た。鉄道網が広がるのに伴って、幌内鉄道の小樽-岩見沢間が大動脈とも言える函館本線に組み込まれた後も、残りの部分の幌内線や、室蘭本線志文駅から万字線が乗り入れたほか、戦後の高度成長期に増大した貨物輸送量を支えるために、東日本最大の操車場も存在した。幌内線・万字線が廃止された現在でも、隣接するバスターミナルには周辺市町村からのバス路線が集結しており、交通の要衝としての役目を担っている。

また、駅舎が全国初の公募型コンペでデザインを選定し、2009年度グッドデザイン賞大賞を受賞した事でも知られ、月に2回の駅舎ガイドツアーも開催されている。こうした駅舎ガイドツアーは大都市圏以外では珍しく、北海道内で定期開催しているのはこの岩見沢駅が唯一である。

2008年10月25日現在、交通系ICカードが利用できる日本最東端の駅である。

駅構造[編集]

単式1面1線と島式2面4線を合わせた計3面5線を有する地上駅だが、跨線橋と駅舎3階の改札口が直結しているため構造的には橋上駅に近い。ホームのない副本線(2・5番線)もあり、2番線は主に貨物列車の発着、5番線は車両の留置などに使用される。夜間滞泊設定駅であり、7番線以降にも多数の側線を有する。

社員配置駅。みどりの窓口(営業時間5時30分~23時35分)、ツインクルプラザ(営業時間10時00分~18時00分)、自動券売機、自動改札機、コンビニキヨスク設置。Kitacaは当駅より札幌方面のみ利用可能で、旭川方面や追分方面へは利用できない。

3・4番ホームには木彫りの「ばんばの像」が設置されている(写真参照)。1980年4月10日に設置され、ばんえい競馬岩見沢競馬場での開催は2006年をもって終了)をPRする目的で、岩見沢市が彫刻家の中川貞司(旭川市在住)へ依頼し製作された。製作費の250万円と付属のそりは岩見沢市が負担、馬具一式は馬主会長であった松浦慶三より岩見沢駅へ寄贈された。重量は1トンにも及ぶ[4]

のりば[編集]

1 函館本線 (上り) 主に普通列車 江別札幌手稲小樽方面
室蘭本線   主に普通列車 苫小牧方面
3 函館本線 (上り) 主に普通列車 江別・札幌・手稲・小樽方面
室蘭本線   主に普通列車 苫小牧方面
4 函館本線 (上り) 主に特急列車 札幌・新千歳空港方面
6 函館本線 (下り) 主に特急列車 旭川稚内網走方面
7 函館本線 (上り) 主に普通列車 江別・札幌・手稲・小樽方面
(下り) 主に普通列車 滝川・旭川方面

ホームは駅舎側から1番線、3・4番線、6・7番線の3面5線。跨線橋には全ホームへのエレベーターが設置されている。1番線を除く4つの乗り場には、かつて使用されていた出発指示灯が今も残っている。1990年代中ごろまでは駅舎側からホームのある線路のみ1番線・2番線のように番線表示がされていたが、現在はホームのない線路を欠番としている。

のりばはある程度分けられているが、当駅始発や特急列車待避の有無等によって柔軟に運用している。室蘭本線は1番のりば、函館本線の特急列車は4・6番のりばでほぼ固定している。

かつての幌内線万字線は1番線から発着していた。このため1番線は長らく非電化のままだったが、1990年に電化された。

駅舎[編集]

1933年建築の3代目駅舎(木造2階建、延床面積1,070平方m)は道内で由仁駅上白滝駅に次ぐ古さだったが、2000年12月10日未明、漏電による火災で全焼した。その後すぐにプレハブの仮駅舎(2階建、延床面積400平方m)を設置したものの、当時は駅前再開発による市街地分断の解消案として鉄道高架化[5]を検討していた時期だったため新築計画の確定に時間を要し、仮駅舎での営業が5年以上も続く事となる。

新駅舎の基本計画が市施設・自由通路併設型へ確定した事に伴い、岩見沢市とJR北海道は、駅舎としては全国初の試みとなるデザインの一般公募(岩見沢複合駅舎建築デザインコンペ)を2005年3月5日に実施。応募総数376案の中から有限会社ワークヴィジョンズ・西村浩の案が最優秀賞として採用された。

現駅舎は鉄道の南側に建設され、正面から見て中央の岩見沢駅本体・左側の有明交流プラザ・右側の有明連絡歩道という3つのブロック[6]に分かれた構造[7]2006年7月に着工し、2007年6月23日に岩見沢駅本体が暫定開業。その後、西側の仮駅舎跡地に有明交流プラザ、東側に有明連絡歩道を建設しながら駅舎本体の仮設出入口の封鎖などが行われ、2009年3月30日に全面開業した[8]

なお駅舎建設にあたって、外壁用レンガに自分のイニシャルなどを刻印する「岩見沢レンガプロジェクト(通称・らぶりっく!!いわみざわ)」という企画が行なわれた。そのため時折プロジェクト参加者が訪れ、自分のレンガを探す光景を見られる事がある。また、駅舎の2~3階および自由通路上は大部分がガラス張りとなっており、岩見沢駅前の街並みや駅構内の風景を一望できる。

複合駅舎の概要
  • 鉄筋コンクリート造3階建
  • 高さ12m(地上2.6mまで刻印入りレンガ壁、2.6m以上は窓枠に古レールを用いたガラスカーテンウォール
岩見沢複合駅舎・各ブロック別データ
  有明交流プラザ JR岩見沢駅 有明連絡歩道
建設・所有 岩見沢市 JR北海道 岩見沢市
工期 第2期 第1期 第2期
供用開始 2009年3月30日 2007年6月23日 2009年3月30日
3階 改札口
自動券売機
みどりの窓口
旅行センター
待合スペース
トイレ
事務室
有料駐輪場
自由通路
2階 センターホール
市役所サービスセンター
市民ギャラリー
i-BOX(北教大作品展示スペース)
空知総合振興局パスポート窓口
札幌弁護士会南空知法律相談センター
トイレ
有料駐輪場
1階 MUSIC&MOVIE&MAGAZINE m'z(複合書店)
iWAFO(物産展示販売・観光案内所)
ふらっと(カフェ・物産展示販売・障害者福祉相談室)
多目的トイレ
ATM(北洋銀行空知信用金庫
管理事務室
北欧(ベーカリー店)
コンビニキヨスク
事務室
コインロッカー
有料駐輪場
駐輪場管理室
正面幅 約51m 約46m 約43m
建築面積 893m2 780m2 1,804m2
延床面積 1,526m2 1,321m2 2,975m2
建設費 約9億円 約6億円 約15億円
その他 自由通路幅約6m
自由通路延長約130m
複合駅舎に関する事業・企画など
  • デザインコンペ作品集の発行
  • 駅舎開業記念オレンジカードの発売
  • グッドデザイン大賞受賞記念リーフレットの発行
  • グッドデザイン大賞受賞記念の絵葉書の発売
  • グッドデザイン大賞受賞記念祝賀会の開催
  • 複合駅舎グランドオープン1周年記念オレンジカードの発売
  • 複合駅舎完成記念誌の発行

デザイン・設計[編集]

岩見沢駅舎の大きな特徴の一つが低コストな設計である。

岩見沢駅舎は、内壁で囲まれた駅事務室や市役所サービスセンターと、内壁と外壁の間に挟まれた待合所やセンターホールの、2段階に仕切られた構造が基本となっている。室内を2段階に仕切るこの構造は、用途に応じた効率的な空調を施し光熱費を低減を図るためのものである。具体的には、服装を外気温に合わせてあり滞在時間も短い一般利用客を想定した、屋外との急激な気温差を作らない最低限のレベルに空調を抑えた空間。そして、季節を問わず制服やスーツを着用し滞在時間も長い施設職員を想定した、外気温に左右されない一定の室温を保つための重点的な空調を施す居室である。

また、一般的な建物ではいくつものパーツを組み合わせた方式をとる事が多い屋根と天井も、岩見沢駅舎はコンクリート製の単一パーツで構成する方式としたため、内装工事の簡略化による建設費の圧縮を実現した。これにより室内には大きな凹凸(強度を増し、冬季の積雪荷重に耐えるための構造)のあるコンクリート材が剥き出しとなったが、この凹凸を利用して間接照明を施したため、コンクリートの冷淡さや圧迫感を抑え、逆に暖かみの感じられる空間を作り出した。

もう一つの大きな特徴として、地域性を徹底的に表現したデザインが挙げられる。単なる色や形だけにとどまらず、郷土史と関わりの深い素材を多用しており、中でもガラスカーテンウォールに鉄道のレールを使用する工法は国内初となる。

随所に見られるレンガ壁は、レンガ造りの機関庫や整備工場が建ち並ぶ明治期の岩見沢駅周辺をイメージしたものである。そのうち1階外壁に使われている、寄付によって募られた4,777個の刻印入りレンガは、地域住民の想いが駅とともに新しい歴史を歩んでいく事を意味している。これらのレンガ壁は、北海道の伝統的な積み方である「小端空間積み」を再現した工法で積まれている。また内壁の一部には、小端空間積みを応用した独自の工法の「透かし積み」で意図的に隙間が作られ、ガラスがはめ込まれている。この透かし積みによって、日中は木漏れ日のように日光を室内に取り込み、夜間は行灯のように柔らかい光が屋外へ放たれるようになっている。

ガラスカーテンウォールのマリオン(窓枠)にはかつて北海道内で実際に使われていたレールを合計232本使用しており、実際の線路とほぼ同じ1.1m間隔で配置され、鉄道によって発展した岩見沢の歴史を象徴している。また、古レールの使用を強く印象付けるため、独特の錆びた色合いを残す表面処理を施し、製造情報などが入った刻印は白く着色してアクセントとして目立たせ、そのレールを下から見上げられるように配慮して取り付けられた。

これらの取り組みによって、2009年11月6日に財団法人日本産業デザイン振興会主催のグッドデザイン賞で大賞(内閣総理大臣賞)を受賞した。また、2010年は建築業界で国内最高峰と言われる「日本建築学会賞」を、2011年には鉄道関連デザインの国際コンペティション「ブルネル賞」をそれぞれ受賞[9]。それ以外にも建築・鉄道関連を中心に多数の表彰を受けているほか、世界の名建築ベスト20の一つとしてライフスタイル誌[10]へ掲載されるなど高い評価を得ている。

(出典:[11]

岩見沢駅に関する各種受賞歴の一覧
賞の名称 賞の種類 リンクおよび備考
第4回まち交大賞・部門賞 プロセス賞 第4回まち交大賞受賞地区及び受賞理由 (PDF)
新駅舎建設を含む駅周辺整備事業全体での受賞
第34回北海道建築賞 北海道建築賞 「北海道建築賞」「北海道建築奨励賞」受賞者・作品一覧
第54回鉄道建築協会賞 最優秀協会賞 平成21年度/第54回最優秀協会賞
平成20年照明普及賞 優秀施設賞 平成20年照明普及賞
2009年度グッドデザイン賞 大賞 2009年度グッドデザイン大賞
平成21年度北海道赤レンガ建築賞 建築賞 平成21年度の受賞作品が決定しました
2010年日本建築学会賞・作品部門 日本建築学会賞 2010年大賞・学会賞・教育賞・奨励賞・作品選奨・文化賞
2010年BCS賞 BCS賞 第51回受賞作品(2010年)
第9回日本鉄道賞
(表彰選考委員会による特別表彰)
地方鉄道駅舎
リノベーション賞
第9回「日本鉄道賞」の受賞者の決定について
【別添】各賞受賞者 (PDF)
日本建築家協会優秀建築選2010 優秀建築選
100選
「日本建築家協会優秀建築選2010」作品 (PDF)
日本建築大賞現地審査作品(受賞候補)選出[12]
2011年日本建築学会賞 作品選奨 2011年各賞受賞者
第11回ブルネル賞・駅舎部門 優秀賞 11th Brunel Awards 2011
2011年度アルカシア建築賞・複合施設部門 ゴールドメダル ARCASIA Award for Architecture 2011/2012
The Final Results
第14回公共建築賞 優秀賞 審査委員長代行および優秀賞の決定 記者発表資料 2014.04.22 (PDF)

駅周辺[編集]

南口から岩見沢市内各所や周辺市町村への路線バス・札幌方面への都市間高速バスが発着している。なお、以前は駅舎正面に路線バスの降車場があったが、バスターミナル開業の際に現在の1条通沿いへ移転した。

駅前(南口)は岩見沢市の中心部で、行政・公共施設、保険・金融機関の支店などが集積しているほか、商店街も広がる。しかし商店街においては、郊外に大型商業施設が次々と出店した影響で空洞化が見られる。かつては中心市街地にも複数の大型商業施設が存在していたが撤退や郊外への移転により、現在は跡地を転用した公園や、空きスペースに行政施設等を入居させた商業ビルが見られる。なお、駅周辺でも駅前通り(道道201号)沿いでは空き地の増加が特に顕著であるが、これは道路の拡幅工事に伴う立ち退きによって建物が解体された事に起因しており、前述の空洞化とは要因が異なる[13]

以前は駅横にJR系のコンビニがあったが駅舎焼失の際に撤退。その後しばらくは最寄のコンビニまで距離があったものの、現在は1条西3丁目にセブン-イレブンがオープンし駅からの距離が大幅に縮まったほか、新駅舎開業に伴ってキヨスクが従来型からコンビニ型へ業態転換した。

駅裏(北口)はロータリーから北へ伸びる有明北盛通(北口の駅前通りにあたる)を挟む形で、西側には岩見沢運転所岩見沢レールセンターなどの鉄道関連施設が建ち並び、東側には造成されて間もない更地が多い。その周囲は住宅街に囲まれており、1万人以上の人口を抱える。現在は自由通路や連絡道路などが整備されているが、以前は500mほど離れた陸橋を利用しなければ徒歩でも自動車でも駅にアクセスできなかった。

主な施設

南口

北口

  • 岩見沢元町郵便局
  • 岩見沢消防署北盛出張所
  • 岩見沢市立鉄北児童館
  • 空知信用金庫鉄北支店
  • 空知総合振興局森林室(旧・空知森づくりセンター)

中心市街地活性化事業に伴う動向[編集]

岩見沢駅周辺を含む中心市街地では、以前より断続的に再開発事業が進められている。また駅舎の新築および表彰などをきっかけに、駅舎と街並みの調和を図る景観整備の条例が制定されるなど、駅舎を核としたまちづくりの機運が高まっている。

駅周辺再開発事業
  • 駅前広場整備(完了)
  • 駅前通拡幅整備およびそれに伴う建物の建て替え
    • 1条西6丁目 経済センタービル建設構想
    • 4条西6丁目 サ高住誘致構想
駅北土地区画整理事業(完了)
  • 有明北盛通等の市道整備
  • 駅北駅前広場の新設
  • 開発用地の造成
    • 造成した土地は現在売却が進められている。
  • 市営住宅(北1条団地)の建設

歴史[編集]

1976年の岩見沢駅と周囲約1km範囲。
 
1976年の駅南西側に位置する岩見沢操車場と周囲約1.5km範囲。
上段下段共に国土交通省 国土画像情報(カラー空中写真)を基に作成

かつては幌内炭鉱三笠市)や空知炭鉱歌志内市)をはじめとする空知地方の石炭手宮室蘭苫小牧の港へ運ぶ貨物列車が多く往来したが現在は炭鉱の閉山により石炭輸送はなくなり、旅客輸送も札幌が中心となった。

広い駅構内が、かつての繁栄や三笠市や夕張市を中心とした北炭の歴史を物語っている。

2007年に完成した現駅舎は4代目にあたる。

  • 1882年明治15年)11月13日 - 官営幌内鉄道札幌 - 幌内間開通。停車場(駅)は江別、幌内太(後の三笠)、幌内の3箇所と、フラグステーション(休泊所、または簡易停車場などと記される事がある。旗が立ててある時だけ停車する場所。乗車人や荷物がある時のみ旗を立てて停車させ、また下車する場合は車掌に申告した。)の白石、幌向太(後の幌向)の2箇所であり、岩見沢は開設されていなかった[14][15]
  • 1884年(明治17年)8月15日 - 岩見沢フラグステーションとして開業。
  • 1885年(明治18年)11月 - 停車場を新築開設[16]
  • 1889年(明治22年)12月11日 - 北海道炭礦鉄道に譲渡。
  • 1891年(明治24年)7月5日 - 空知線(当駅-砂川駅-歌志内駅)延伸開業。北海道炭礦鉄道が岩見沢機関庫設置。
  • 1892年(明治25年)
    • 上期 - 駅舎移転、改築。
    • 8月1日 - 室蘭線(当駅-室蘭駅)延伸開業。
  • 1898年(明治31年)
    • 上期 - 跨線橋設置[17]
    • 9月 - 北海道炭礦鉄道が岩見沢製作所設置。
  • 1899年(明治32年)
    • 1月28日 - 岩見沢機関庫焼失。機関車2両焼損。
    • 11月1日 - 岩見沢製作所が岩見沢工場へ名称変更。
  • 1900年(明治33年)上期 - 岩見沢機関庫再設置。
  • 1904年(明治37年)3月4日 - 北海道炭礦鉄道、本社を札幌から岩見沢へ移転。
  • 1906年(明治39年)10月1日 - 鉄道国有法により買収、国有化。岩見沢工場は旭川工場の分工場扱いとなる。
  • 1907年(明治40年)7月1日 - 旭川工場岩見沢分工場が岩見沢工場となる。
  • 1913年(大正2年)6月2日 - 岩見沢機関庫設置(事務手続き上)。
  • 1914年(大正3年)4月1日 - 岩見沢検車所設置。
  • 1915年(大正4年)
    • 8月21日 - 岩見沢工場が苗穂工場岩見沢派出所となる。
    • 10月11日 - 苗穂工場岩見沢派出所廃止。これ以後、岩見沢で車両製造及び修繕は行われなくなった。
  • 1926年(大正15年)8月15日 - 駅南西側(札幌方面)に岩見沢操車場完成。使用開始。
  • 1933年(昭和8年)12月24日 - 3代目となる駅舎に改築。
  • 1936年(昭和11年)9月1日 - 機関庫を機関区に名称変更。
  • 1945年(昭和20年)6月22日 - 岩見沢材修場(レールセンター)設置。
  • 1949年(昭和24年)7月2日 - 跨線橋改築。
  • 1950年(昭和25年)2月10日 - 岩見沢客貨車区設置。
  • 1957年(昭和32年)3月 - 本屋側仕分線群を操車場へ移設。
  • 1961年(昭和36年)10月1日 - 室蘭本線の岩見沢-志文間線路容量不足解消のため、操車場より西側の上幌向駅近くから分岐する別線を増設し、使用開始。現在はこちら側が本線となり、かつての本線は撤去されている。(右記の1976年の空中写真には、旧線の線路が残っている。)
  • 1962年(昭和37年)3月 - 操車場の改良工事竣工。これに伴って操車場は4区に分かれ、それぞれ操北ヤード(函館本線下り仕分線群)、操西ヤード(函館本線上り仕分線群)、操東ヤード(室蘭本線仕分線群)、操南ヤード(室蘭本線副本線群)と称される。
  • 1968年(昭和43年)8月1日 - 操車場南西部に第1次電化開業の電気機関車基地として第二機関区開設。同時に既設の機関区を第一機関区と名称変更。
  • 1975年昭和50年)12月14日 - 室蘭本線、室蘭-岩見沢間で日本で最後の蒸気機関車牽引の定期旅客列車が運行される。
  • 1985年昭和60年)3月31日 - 万字線廃止。
  • 1987年(昭和62年)
  • 2000年平成12年)12月10日 - 漏電による火災で3代目駅舎焼失[18]、以後は24日に完成したプレハブ仮駅舎で営業[19]
  • 2005年(平成17年)3月5日 - 岩見沢駅舎建築デザインコンペ最終審査を実施。
  • 2006年(平成18年)4月1日 - 岩見沢レンガプロジェクト刻印レンガの参加者募集開始(9月30日まで)。
  • 2007年(平成19年)
  • 2008年(平成20年)
  • 2009年(平成21年)
  • 2012年(平成24年)7月19日 - 有明交流プラザ側にMUSIC&MOVIE&MAGAZINE m'z(エムズ)がオープン。
  • 2013年(平成25年)9月4日 - エムズ店内に観光案内所iWAFO(イワホ)がオープン。

駅弁等の販売[編集]

現在、以下の駅弁がキヨスク内で販売されている。

(有)花扇

以前は(有)岩見沢駅構内立売商会がイクラ弁当やとりめしを販売していた。また、立ち食い形式のおでん店も設けられていた。

利用状況[編集]

乗車人員推移
年度 1日平均人数
1960前半 約10,000
2000 4,967
2001 4,668
2002 4,665
2003 4,676
2004 4,701
2005 4,815
2006 4,786
2007 4,775
2008 4,743
2009 4,628
2010 4,693
2011 4,788
2012 4,721

2012年度の1日の平均乗車人員は約4,721人である。空知の石炭産業が活況を極めた1960年代前半には、現在の倍以上の約10,000人を数えていたという。

隣の駅[編集]

※特急列車は各列車記事を参照。

北海道旅客鉄道
函館本線
上幌向駅 (A12) - 岩見沢駅 (A13) - 峰延駅 (A14)
室蘭本線
志文駅 - 岩見沢駅 (A13)

かつて存在した路線[編集]

北海道旅客鉄道
幌内線
岩見沢駅 - 栄町駅

脚注[編集]

  1. ^ 現在乗り入れている定期快速列車は区間快速いしかりライナーのみで、この列車は岩見沢駅の前後で快速運転をしていない。しかし各駅停車区間の無い臨時快速(ヘルシーウォーキング号)が停車する事から快速停車駅として扱う
  2. ^ 『停車場変遷大事典 国鉄・JR編』JTB 1998年
  3. ^ 軌道としては茅沼炭礦軌道の方が古いが、昭和2年の機関車導入までは人力や馬力での運用であり、機械化された近代的輸送という意味での鉄道では「幌内鉄道」が北海道内で最初の鉄道。
  4. ^ ばんえい DRAFT RACE No.11 (PDF)”. 北海道市営競馬協議会 (1981年3月). 2013年9月15日閲覧。
  5. ^ 駅周辺の主要道路が既に立体化されていた事から連続立体交差事業の採択要件を満たせず、高架化は先送りされた。その代替措置として現在の自由通路が建設される事となった。
  6. ^ これら全体を合わせた正式名称は岩見沢複合駅舎
  7. ^ “<そらねっと25>岩見沢複合駅舎「交流プラザ」と連絡歩道 30日供用 「鉄道のまち」アピール 南北結び一体感 外壁にれんがとレール”. 北海道新聞 (北海道新聞社). (2009年3月28日)
  8. ^ a b “岩見沢複合駅舎 全面オープン”. 北海道新聞 (北海道新聞社). (2009年3月31日)
  9. ^ 『週刊 JR全駅・全車両基地』、No.10、〈朝日新聞出版〉、2012年10月14日発行、pp.23。
  10. ^ 2013年3月15日発売 Pen333号「いま体感したい、世界の名建築 最新ベスト20」
  11. ^ グッドデザイン大賞受賞記念リーフレット「ひとつのレンガから」、デザインコンペ作品集「まち再生への挑戦」など
  12. ^ 日本建築大賞・日本建築家協会賞 2010年度一覧
  13. ^ 立ち退きの対象となったビルや店舗の入居者は、多くが別のビルや店舗に移転などをして現在も営業を存続している
  14. ^ 北海道鉄道百年史 日本国有鉄道北海道総局 昭和51年3月出版 上巻 P43-44 第3章幌内鉄道/第3節営業/第1初期の概要/1運転。
    なお、フラグステーションについては同/2諸規則 P57 の付属資料 明治14年11月付け札幌本庁開拓大書記官による布達「軽川浅利両フラグステーション取扱方心得」による。
  15. ^ 北海道立図書館 北方資料デジタルライブラリー 幌内鉄道敷地並用地図 第4巻 自江別至幌内 明治16年4月出版 において、岩見沢は「停車場用地」および「技手詰所岩見沢用地」とのみ記載されていて、まだ休泊所(フラグステーション)さえ設置されていない状況にある。なお、この「停車場用地」は当時この一帯で唯一の幾春別川渡河点であった後の岩見沢操車場と上幌向駅の間、現在室蘭本線が分岐している位置に相当し、実際は「技手詰所岩見沢用地」の方に停車場が設置されたと見られる。
  16. ^ 北海道鉄道百年史 上巻 P42 鉄道関係諸表の停車場欄「岩見沢休泊所/しゅん工」項の記述による。フラグステーションから正式な停車場への移行時期については曖昧な表記であり、停車場開業については下巻の年表にも記されていない。
  17. ^ 北海道炭礦鉄道会社 第十八回営業報告。
  18. ^ “岩見沢駅全焼 駅員、作動の警報機切る 119番通報 20分後に”. 北海道新聞 (北海道新聞社). (2000年12月11日)
  19. ^ “JR岩見沢駅 仮駅舎が完成”. 北海道新聞 (北海道新聞社). (2000年12月25日)

関連項目[編集]

外部リンク[編集]

新駅舎関連[編集]