宗谷 (列車)

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スーパー宗谷・サロベツ
キハ261系「スーパー宗谷」(2006年3月16日 雄信内駅)
キハ261系「スーパー宗谷
(2006年3月16日 雄信内駅
運行鉄道事業者 北海道旅客鉄道(JR北海道)
列車種別 特急列車
運転区間 札幌駅 - 稚内駅
経由線区 函館本線宗谷本線
使用車両
(所属区所)
スーパー宗谷:261系気動車苗穂運転所
サロベツ:183系気動車札幌運転所
運転開始日 2000年3月
備考 2010年3月13日現在のデータ
運行経路

スーパー宗谷(スーパーそうや)とは、北海道旅客鉄道(JR北海道)が札幌駅 - 稚内駅間を函館本線宗谷本線経由で運行している特急列車である。

本項目では、同一経路で運行されている「サロベツ」とともに、宗谷本線・天北線で運行されていた優等列車の沿革についても記述する。

目次

[編集] 概要

1960年準急宗谷」(そうや)として札幌駅 - 稚内駅間で運転開始し、札幌 - 旭川間では「オホーツク」を併結していた。1961年には急行列車となり、函館駅発着で運行されるようになったが、1981年には札幌駅発着に戻された。1964年から単独運転を開始し、1989年5月に天北線廃止に伴い、札幌駅 - 稚内駅間で運行されていた「天北」を統合した。

1992年7月に1往復を「サロベツ」として分離し、2000年3月には「宗谷」に新型車両を投入して、特急「スーパー宗谷」として運行されるようになり、同時に「礼文」を統合した。また「サロベツ」も特急に格上げされた。

現在の「スーパー宗谷」「サロベツ」の走行距離は396.2kmに及ぶ。これは日本で運行されている気動車特急で一番長いものである。

[編集] 列車名の由来

「宗谷」は稚内市にある宗谷岬宗谷支庁宗谷本線に、「サロベツ」は豊富町幌延町の海岸線沿いに広がる湿原サロベツ原野にちなんでいる。

[編集] 運行概況

「スーパー宗谷」は午前と午後に1往復ずつ合計2往復が運転され、所要時間は4時間56分 - 4時間59分である。「サロベツ」は1日1往復が運転され、所要時間は上りが5時間23分、下りが5時間41分である。「サロベツ」では車内販売は行われない。

[編集] 停車駅

札幌駅 - 岩見沢駅 -(美唄駅)-(砂川駅)- 滝川駅 - 深川駅 - 旭川駅 - 和寒駅 - 士別駅 - 名寄駅 - 美深駅 - 音威子府駅 - 天塩中川駅 - 幌延駅 - 豊富駅 - 南稚内駅 - 稚内駅

  • ( )は「サロベツ」、「スーパー宗谷」1号のみ停車

[編集] 使用車両・編成

2010年3月13日現在の編成図
スーパー宗谷・サロベツ
← 稚内
札幌 →
スーパー宗谷
1 2 3 4
G
サロベツ
1 2 3
  • 全車禁煙
  • 「スーパー宗谷」1号の2号車は自由席
凡例
G=グリーン車座席指定席
指=普通車指定席
自=普通車自由席

スーパー宗谷は苗穂運転所に所属するキハ261系気動車が使用される。基本編成は4両だが、多客期には6両に増結される。このとき、増結編成の2両が稚内方に連結される場合と札幌方に連結される場合があり、前者では普通車5両+グリーン車1両、後者では普通車5.5両+グリーン車0.5両となる。なお、名寄駅 - 稚内駅間は、車体傾斜制御装置を使用しない。宗谷本線内の一部駅ではホームが短いため、増結で6両編成になった場合進行方向後ろ寄りの1~2両程度はホームにかからず、乗客は別の号車から乗り降りすることとなる。

サロベツは札幌運転所に所属するキハ183系気動車のうち、専用の改造を施された3両編成が基本的に使用されるが、専用車が使用されない場合もある。また、多客期などには4 - 5両編成に増結されることがある。

[編集] 宗谷本線・天北線優等列車沿革

宗谷本線では、樺太が日本の統治下だった時代に、東京方面との速達のために函館駅と稚内駅を結ぶ急行列車が運行されていた。1924年(大正13年)6月1日に、函館・稚内港(現在の南稚内)間の1・2列車(当時はのちの天北線ルート)が、それまで滝川駅以南だった急行区間を名寄まで伸ばしたのが発端で、1926年(大正15年)9月25日のダイヤ改正で、現在の宗谷本線経由になるとともに、夏季は全区間が急行列車となった[1]。全国的に急行列車が希少であった時代の1本である。1928年(昭和3年)9月10日には通年で全区間が急行になるとともに、時間短縮を優先させ、札幌駅を通らず室蘭本線経由で運行された[1]。1937年(昭和12年)6月1日以降は再び函館本線経由に戻っている[1]。しかし、太平洋戦争後に樺太が日本の施政を離れたため、戦後優等列車の運行が再開されるまでには13年を要した。

  • 1958年昭和33年)10月:札幌駅 - 稚内駅間で夜行準急「利尻」(りしり)が函館本線・宗谷本線経由で運転開始。
  • 1960年(昭和35年)7月:札幌駅 - 稚内駅間で準急「宗谷」(そうや)が函館本線・宗谷本線経由で運転開始。
  • 1961年(昭和36年)10月:「宗谷」が急行列車に昇格し、室蘭本線千歳線を経由して函館駅発着となる。同時に札幌駅 - 稚内駅間を函館本線・宗谷本線・天北線経由で運行する急行列車「天北」(てんぽく)の運行も開始[2]。さらに旭川駅 - 稚内駅間を宗谷本線経由で運行する準急「礼文」(れぶん)も運行開始。
    • 「天北」は、札幌駅 - 釧路駅間の「狩勝」を滝川駅まで、札幌駅 - 網走駅間を運行する「はまなす」も旭川駅まで連結していた。
    • 「宗谷」は、函館駅 - 釧路駅間の急行「摩周」を滝川駅まで、函館駅 - 網走駅間の急行「オホーツク」を旭川駅まで併結していた。
  • 1964年(昭和39年)10月:「宗谷」が単独運転となり、長万部駅 - 札幌駅間を函館本線経由に変更。
  • 1966年(昭和41年)3月:準急列車制度改変に伴い、「利尻」「礼文」が急行列車に昇格。
  • 1968年(昭和43年)10月:旭川駅 - 稚内駅間の昼行急行「礼文」を夜行急行「利尻」と統合。昼行は「利尻」1号、従来の夜行は「利尻」2号とする。また、「天北」が単独運転を開始。
  • 1970年(昭和45年)10月:「利尻」1号を急行「礼文」に再分離。「礼文」の列車名称が復活。
  • 1972年(昭和47年)3月 - 1975年(昭和50年):「天北」が小樽駅発着となる。ただし、小樽駅 - 札幌駅間は快速列車として運転。
  • 1981年(昭和56年)10月:「宗谷」が札幌駅発着に短縮(函館駅 - 小樽駅 - 札幌駅間は特急「北海」に系統分離。これにより「北海」は1往復増の2往復となる)。
  • 1982年(昭和57年)11月:「利尻」を14系客車に置き換え。
  • 1985年(昭和60年)3月:「宗谷」「天北」を14系客車に置き換え。
    • 在来気動車がグリーン車を除き冷房を搭載しておらず居住性が良くなかったため、利用者サービスの一環からの車種変更で全車冷房化・特急並み接客設備を実現したが、当時の定期昼行列車としては珍しく客車による運転となった。また、夜行列車である「利尻」と共用することで、経費節減を図ったのも変更の理由とされる。「利尻」との共用編成となる上り「宗谷」、下り「天北」では寝台車両を一部グリーン席扱いのコンパートメント席として運転していた。下り「宗谷」、上り「天北」は14系座席車のみの編成だった。牽引機関車は「利尻」と同じく幹線用大型機・DD51形が用いられたが、軌道が脆弱な天北線経由の「天北」は名寄駅以北を軽量中型のDE10形DE15形牽引で運行、これも異例の事であった。
  • 1986年(昭和61年)
    • 8月:「宗谷」「天北」のコンパートメントグリーン席扱いを廃止。これにより、定期列車で道内の急行列車のグリーン車取り扱い終了。
    • 12月:「礼文」に新型車両キハ54形を投入。通常2両編成で運行された。
  • 1988年(昭和63年)11月:「宗谷」「天北」に高速専用気動車であるキハ400形・キハ480形気動車導入。導入されたのが13両と少ないため、多客期にはキハ56系気動車が増結用として使用された。これにより、不定期ながら再びキハ56系が宗谷本線の急行列車で使用されるようになった。また、キハ54形急行仕様車もごくまれであったが、使用されていたこともあった。
  • 1989年平成元年)5月1日:天北線廃止により「天北」を「宗谷」に統合。
    • 「天北」廃止時の停車駅( )は天北線内の停車駅
      • 札幌駅 - 岩見沢駅 - 滝川駅 - 深川駅 - 旭川駅 - 和寒駅 - 士別駅 - 名寄駅 - 美深駅 - 音威子府駅 - (小頓別駅 - 中頓別駅 - 浜頓別駅 - 鬼志別駅) - 南稚内駅 - 稚内駅
        • 14系客車化前は江別駅・美唄駅・砂川駅にも停車していた。
  • 1991年(平成3年)3月:「利尻」に寝台客車(14系)を併結したキハ400形・キハ480形気動車を投入。以降、「利尻」は気動車と客車の混結編成として運行される。
  • 1992年(平成4年)7月:「宗谷」3・4号を「サロベツ」として分離。4両編成のうち、最後部車両は名寄駅で切り離された。
  • 2000年(平成12年)
    • 3月11日:ダイヤ改正により次のように変更。
      1. 「宗谷」にキハ261系気動車を導入し、特急「スーパー宗谷」に変更。
      2. 「礼文」は札幌 - 旭川間を延長し「スーパー宗谷」に吸収(これに伴って、急行「礼文」では通過となっていた和寒駅も従来の「宗谷」「サロベツ」と同様、停車駅に追加された)。
      3. 「サロベツ」にキハ183系気動車を導入[3]し特急格上げ(特急格上げに伴って、上り急行「宗谷」は佐久駅の停車を取り消し)。
      4. 「利尻」が特急列車に昇格し、座席車両をキハ183系気動車に変更。
    • 6月 - 8月:「利尻」「サロベツ」に期間限定で「ゴロ寝カー」としてお座敷車両(キハ183系6000番台)の連結を開始[4]
  • 2006年(平成18年)3月18日ダイヤ改正により、以下の通り変更。
    1. 「利尻」が臨時列車化され、6月から臨時特急「はなたび利尻」として運転開始。江別駅・美唄駅・砂川駅は通過。
    2. 「スーパー宗谷」2号の運転時刻を約30分繰上げ、3号の運転時刻を約30分、4号の運転時刻を約1時間繰下げ。
  • 2007年(平成19年)
    • 9月30日:稚内発の「はなたび利尻」を最後に宗谷本線の夜行列車が事実上の廃止[5]。また、「サロベツ」のお座敷車両の連結を終了。
    • 10月1日:ダイヤ改正で「スーパー宗谷」4号の運転時刻を約1時間繰上げ。
  • 2009年(平成21年)10月1日:ダイヤ改正で「スーパー宗谷」1号の停車駅に美唄駅・砂川駅を追加し、運転時刻を約40分繰上げ。また2号車を自由席に変更[6]
  • 2010年(平成22年)12月4日:「スーパーカムイ」減便の代替で、下り「サロベツ」の停車駅に美唄駅・砂川駅を追加[7]

[編集] 列車名の由来

五十音順
  • 天北」:経由路線である天北線にちなむ。
  • 礼文」:稚内沖合に浮かぶ礼文島にちなむ。

[編集] 脚注

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  1. ^ a b c 大久保邦彦・三宅俊彦編『鉄道運輸年表』(『時刻表復刻版<戦後編>』付録)日本交通公社、1977年。
  2. ^ 旅客営業取扱基準規程110条・列車特定区間制度の対象となり、「天北」で音威子府駅以遠(咲来駅方面)と南稚内駅または稚内駅との相互間に乗車する際、天北線内で途中下車しない場合は幌延駅経由運賃・料金を計算するものとなった。
  3. ^ 急行列車時代にも中間車に本系列用に改造を施したキハ182(キハ183系気動車の中間車)が連結されることがあった
  4. ^ ただし、「サロベツ」での運用時にお座敷車両は自由席で使用されていた。
  5. ^ 道内夜行特急列車の運転終了について (PDF) - 北海道旅客鉄道プレスリリース 2008年4月18日
  6. ^ 平成21年10月ダイヤ改正について (PDF) - 北海道旅客鉄道プレスリリース 2009年7月8日
  7. ^ 平成22年12月ダイヤ改正について (PDF) - 北海道旅客鉄道プレスリリース 2010年9月24日

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク


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