網走駅

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網走駅
網走駅(2009年4月)
網走駅(2009年4月)
あばしり - Abashiri
所在地 北海道網走市新町2丁目
駅番号 A69
所属事業者 北海道旅客鉄道(JR北海道)
電報略号 アハ
駅構造 地上駅
ホーム 2面3線
乗車人員
-統計年度-
450人/日(降車客含まず)
-2008年度[1]-
開業年月日 1912年大正元年)10月5日
乗入路線 2 路線
所属路線 石北本線
キロ程 234.0km(新旭川起点)
◄A68 呼人 (8.1km)
所属路線 釧網本線
キロ程 0.0km(網走起点)
(1.4km) 桂台 B79►
備考 社員配置駅
みどりの窓口 有
網走駅
あばしり - Abashiri
所属事業者 日本国有鉄道(国鉄)
所属路線 湧網線
キロ程 89.8km(中湧別起点)
駅構造 地上駅
開業年月日 1935年昭和10年)10月10日
廃止年月日 1987年(昭和62年)3月20日
備考 大曲仮乗降場との距離は実キロ

網走駅(あばしりえき)は、北海道網走市新町2丁目にある北海道旅客鉄道(JR北海道)のである。駅番号A69電報略号アハ。日本の鉄道駅をアルファベット順に並べたとき、最初に来る駅である(最後は逗子駅)。

目次

[編集] 概要

当駅の所属線である石北本線[2]釧網本線を加えた2路線が乗り入れる。両方の路線とも当駅が終点であるが、僅かながら直通運転する列車の設定もある。現在、複数の鉄道線が乗り入れる乗換駅としては日本最北である[3][4]。かつては上記2路線に加え湧網線も分岐していたが、1987年(昭和62年)3月20日付で廃止された。

特急オホーツク」、快速しれとこ」の始発・終着駅となっている。

[編集] 駅構造

2面3線の単式・島式の複合ホーム。全ホーム双方向に発着できるため、厳密な方向分けは行われていない。特急列車と両線直通列車は駅舎に面した1番のりばを使用する。

のりば
1 石北本線 北見遠軽札幌方面  
釧網本線 知床斜里方面 (一部)
2・3 釧網本線 知床斜里・緑・釧路方面  
石北本線 北見・遠軽方面 (一部)

終日社員配置駅で、駅舎開放時間は5時30分 - 23時00分。みどりの窓口(営業時間5時50分 - 22時30分)、網走駅旅行センター(営業時間9時30分 - 17時、土・日・祝休み)、自動券売機北海道キヨスク運営の売店、駅弁販売店運営の売店、食堂、立ち食いそば・うどん店がある。

駅構内に網走市観光協会が入居し観光案内所を開設していたが、2009年1月に道の駅流氷街道網走に移転した。その後流氷観光期を迎え、駅もしくは周辺に案内所が無いことに対して苦情が寄せられたため、同年5月1日より旅行センター横に間借りする形で再設置された(営業時間平日12時30分 - 17時30分、土・日・祝9時 - 17時)。

構内には北見運転所網走詰所の二線の客車庫及び給油施設があり、気動車の仕業検査・夜間滞泊が行われる。

湧網線は主に0番のりばに発着していた。湧網線の列車はキハ22形気動車の単行運転が多く、車両3両分程度の長さであった。現在線路は剥がされ駐車場となっている。

[編集] 駅正面

駅は河岸段丘の端にあり、駅正面出入口前に大きな階段が設置されている。階段下はバスやタクシーの発着するロータリーで、駅正面には、縦に駅名を記した看板が掲示されている。縦書きには、網走刑務所から出所してくる受刑者が、もう二度と「横道に反れないように」という願いが込められている[5]。かつては駅前にニポポを模した形状の電話ボックスが設置されていたことがある。

[編集] 駅弁

主な駅弁は下記の通り[6]

  • 幕の内オホーツク弁当
  • かにめし弁当
  • 帆立弁当
  • オホーツク贅沢三昧
  • 磯宴 漁師のかにめし
  • 磯宴(かにいくら、さけいくら、たらばいくら、うにいくら)

[編集] 駅周辺

網走市の代表駅であるが、駅は網走市街中心地(商店街等)より2キロ程度離れた場所にある。網走市街中心部の商店集積地や網走バスターミナルまでも徒歩15分程度である。

[編集] バス路線

[編集] 歴史

(初代)網走駅、(初代)浜網走駅跡地石碑。南3条西3丁目
 
1977年の網走駅(中央右)及び貨物駅の浜網走駅(左下)と周囲約1km×1.5km範囲。右が釧網本線釧路方面。左が石北本線新旭川方面と湧網線中湧別方面。

網走駅は駅舎側ホームが切り欠き状になった複合ホーム2面4線で、駅舎横切り欠きホームの0番線は湧網線が発着していた。駅裏側に客車の留置線が7本、車庫へ3本、駅舎横釧路側貨物ホームへ1本の引込み線とそこから釧路側へ伸びる留置線が有り、また駅裏釧路側には転車台が残されている。
転車台の先の道路右端に見える公園はかつての浜網走駅、つまり初代網走駅の構内の西端に当たり、公園と道営団地を含む南3条西4丁目から網走橋手前の西1丁目までが構内で、駅舎は南側に有った

左下に移転後の2代目浜網走駅が見える。国土交通省 国土画像情報(カラー空中写真)を元に作成。

当初、網走線(後に網走本線)の終着駅として開業した(初代)網走駅は、札弦方面への延伸と共に途中駅となり、この方面への運行がスイッチバックとなる煩わしさが発生していた。釧路からの釧網線(後に釧網本線)全通は、輸送量の大幅な増加をもたらす事が予想され、その問題をクローズアップさせたことから、移転予定地周辺の網走川の河川改修と埋立拡張が進められ、全通翌年に現在地への移転となった。旧網走駅は貨物駅として(初代)浜網走駅に改名されて残された。

  • 1912年(大正元年)
  • 1913年(大正2年)11月16日 - 野付牛機関庫網走分庫廃止。
  • 1924年(大正13年)11月15日 - 網走本線 網走 - 北浜 延伸開業。
  • 1931年(昭和6年)9月20日 - 網走本線 網走 - 札弦間が釧網線に編入され、網走本線と釧網線の境界駅となる。
  • 1932年(昭和7年)12月1日 - 現在の位置に(2代目)網走駅を設置。旅客・荷物のみ取扱い。(初代)網走駅を(初代)浜網走駅に改称し、同時に旅客扱い廃止。貨物のみ取り扱い。
  • 1935年(昭和10年)10月10日 - 湧網東線(→湧網線)開業。
  • 1950年(昭和25年)2月1日 - 北見客貨車区網走支区設置。
  • 1961年(昭和36年)4月1日 - 網走本線の北見 - 網走 - 浜網走間が石北本線の一部となる。所属線を網走本線から石北本線に変更。
  • 1969年(昭和44年)10月4日 - 網走 - 浜網走間改キロ。実態は、浜網走駅を網走 - 呼人間へ移転。
  • 1977年(昭和52年)12月12日 - 駅舎改築。
  • 1984年(昭和59年)2月1日 - 網走 - 浜網走間貨物支線廃止。
  • 1986年(昭和61年)11月1日 - 貨物・荷物取扱い廃止。
  • 1987年(昭和62年)
  • 2007年(平成19年)10月1日 - 石北本線・釧網本線全区間で駅ナンバリングを実施。

[編集] 隣の駅

北海道旅客鉄道
石北本線
呼人駅 (A68) - 網走駅 (A69)
釧網本線
網走駅 (A69) - 桂台駅 (B79)

[編集] かつて存在した路線

日本国有鉄道
石北本線(貨物支線) - 1984年2月1日廃止
網走駅 - 浜網走駅
湧網線 - 1987年3月20日廃止
二見ヶ岡駅 - (大曲仮乗降場) - 網走駅

[編集] 関連項目

[編集] 脚注

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  1. ^ 網走市統計書 p96(第8章「運輸・通信」 (PDF) 13ページ目)
  2. ^ 『停車場変遷大事典 国鉄・JR編』JTB 1998年
  3. ^ 1989年天北線が廃止されるまでは南稚内駅が、1995年深名線が廃止されるまでは名寄駅が日本最北の乗換駅だった。
  4. ^ 最南端は鹿児島中央駅(鹿児島本線指宿枕崎線九州新幹線)、最東端は東釧路駅(根室本線・釧網本線)、最西端は佐世保駅(佐世保線松浦鉄道西九州線)
  5. ^ 西村京太郎著「オホーツク殺人ルート」 - ISBN 4198907897
  6. ^ JR時刻表2010年9月号(交通新聞社刊)723ページ

[編集] 外部リンク


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