網走バス

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網走バス 株式会社
Abashiri Bus Co., Ltd.
Abashiri bus Abashiri03.JPG
網走バスターミナル始業前の様子
種類 株式会社
市場情報 非上場
本社所在地 日本の旗 日本
〒093-0012
北海道網走市南2条西1丁目15番地
北緯44度1分19.57秒
東経144度15分58.85秒
設立 1952年(昭和27年)1月25日
業種 陸運業
事業内容 一般旅客自動車運送事業(乗合貸切)、旅行業、他
代表者 田上壽春(代表取締役社長)
資本金 6,000万円(2011年10月1日現在)
従業員数 128名(2011年3月31日現在)
決算期 3月末日
主要株主 名古屋鉄道
主要子会社 網走ハイヤー
関係する人物 土川元夫
外部リンク http://www13.ocn.ne.jp/~abashiri/
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網走バス(あばしりバス)は、北海道網走市に本社を置き、バス事業等を行う名古屋鉄道傘下(名鉄グループ)の企業である。

目次

[編集] 設立まで

会社の流れとしては、1936年(昭和11年)に網走在住の有志が設立した三共自動車株式会社が最初。網走市街線を運行したが、1943年(昭和18年)に北海道における旅客自動車運輸事業統合要綱(いわゆる戦時統合)により北見乗合自動車株式会社(のちの北見バス、北海道北見バスの前身)へ統合され、その後運休となった。

1949年(昭和24年)6月には網走商業組合よりバス企業設立について提案があり、北見バスより休止路線の復活と、将来の独立を前提とした網走市を中心とする免許委譲および新規路線出願の協力を取り付け、同年11月に北見バス網走営業所として営業を開始。網走市内線(甲・乙)、常呂線の3路線が運行された。

1951年(昭和26年)に入り、北見バス監査役(網走バス設立発起人代表)および網走営業所従業員によって独立準備が急がれ、その前提として同年4月に北見バス網走支社を設立し、美幌、小清水、斜里方面へ路線を拡大した。同年10月に北見バスと網走バス設立発起人代表の間で業務の譲渡・譲受契約が成立。1952年(昭和27年)1月25日に網走バス株式会社として設立登記が完了。独立会社として営業を開始した。

[編集] 設立時の概要

  • 本社所在地 - 網走市南2条東1丁目
  • 資本金 - 1,000万円
  • 社長 - 設立発起人代表が就任
  • 車両数 - 10両
  • 路線数 - 7路線
    • 網走市内線
      • 甲 大曲三眺入口 - 網走駅
      • 乙 南4条東2丁目 - 網走駅
    • 古樋線 網走 - 古樋(現在の浜小清水)
    • 美幌線 網走 - 女満別 - 美幌
    • 小清水線 古樋 - 小清水18線 - 小清水 - 札弦
    • 斜里線 小清水18線 - 斜里港町
    • 常呂線 大曲三眺入口 - 常呂

[編集] 沿革

  • 1952年(昭和27年)
    • 1月25日 北見バス網走支社の一般乗合旅客自動車運送事業を譲り受け、網走バス株式会社発足。
    • 5月8日 一般貸切旅客自動車運送事業免許取得、事業内容に追加。同年7月5日より営業開始。
    • 7月10日 事業内容に「自動車分解整備事業」追加。
  • 1954年(昭和29年)
    • 1月21日 川湯線(網走 - 小清水 - 野上峠 - 川湯)開設。
    • 6月20日 500万円増資。資本金1,500万円。
    • 8月1日 浦士別線(網走 - 浦士別)開設。
    • 11月29日 乗合運賃改定。基準賃率3円30銭(雪国割増2割、除雪割増3割)。
  • 1955年(昭和30年)
    • 10月27日 住吉線(女満別14線 - 住吉)開設。
    • 11月14日 開陽線(女満別大成 - 開陽)開設。
  • 1956年(昭和31年)
    • 3月19日 浦士別線の終点を古樋まで延長させ、網走 - 浦士別 - 古樋 - 小清水の運行とする。
    • 5月23日 同年6月1日のオホーツク水族館開館に先立ち、二ツ岩線(網走 - 二ツ岩)開設。
    • 7月21日 一般乗用旅客自動車運送事業免許取得、事業内容に追加。同年9月24日よりハイヤー部として小清水と斜里で営業開始。
  • 1957年(昭和32年)12月8日 網走市新町に整備工場および車庫落成。
  • 1958年(昭和33年)11月1日 ハイヤー部網走営業所開設。
  • 1959年(昭和34年)8月22日 ハイヤー部斜里営業所廃止。
  • 1961年(昭和36年)
    • 1月31日 砥草原線(小清水 - 砥草原)開設。
    • 6月12日 報徳線(女満別 - 報徳 - 美幌)開設。
  • 1962年(昭和37年)
  • 1963年(昭和38年)
    • 5月29日 事業内容に「物品販売に関する事業」、「不動産売買並びに斡旋に関する事業」を追加。
    • 7月7日 毎日曜日に藻琴山8合目第1展望台までの登山バス開設。
    • 10月1日 1,500万円増資。資本金3,000万円。
    • 11月1日 網走市内循環バス(新町 - 網走駅 - 網走支庁 - 新町)開設。
  • 1964年(昭和39年)
    • 2月24日 網走南2条西1丁目の国鉄機関庫跡地を取得。同年12月16日に網走バスターミナルビル竣工、本社移転(現在地)。
    • 4月21日 株式会社網走ハイヤーを買収。
    • 5月14日 神浦線(小清水 - 神浦)開設。
    • 6月30日 能取美岬線(網走 - 二ツ岩 - 能取美岬 - 二見ヶ岡 - 網走)開設。
    • 9月15日 美幌営業所新築落成。
    • 10月1日 3,000万円増資。資本金6,000万円。
    • 10月26日 車止内線(網走 - 車止内)開設。
  • 1965年(昭和40年)
    • 9月10日 小清水営業所新築落成。
    • 12月4日 乗合運賃改定。基準賃率6円50銭。
  • 1966年(昭和41年)11月11日 川湯線(野上峠経由)休止。
  • 1967年(昭和42年)
  • 1970年(昭和45年)4月1日 ひがし北海道貸切手配センター発足。12社が加盟。
  • 1971年(昭和46年)
    • 6月22日 つくしケ丘団地線でワンマン運転開始。他路線に順次拡大。
    • 11月15日 ターミナルビル前道路改修により用地を一部売却、改修工事を行う。
  • 1973年(昭和48年)
    • 6月18日 浦士別線の網走 - 小清水発着を止め、浦士別・音根内線(網走 - 浦士別 - 音根内 - 網走)とする。
    • 10月5日 網走市新町3丁目に駐車用地取得。
  • 1974年(昭和49年)
    • 4月23日 浦士別線(浦士別十字路 - 小清水5.7 km)、開陽線14.4 km、住吉線2.7 km、報徳線14.1 km廃止。
    • 7月8日 藻琴山線(網走 - 小清水 - 藻琴山 - 川湯)開設。
  • 1975年(昭和50年)
    • 4月15日 砥草原線7.6 km廃止。
    • 4月25日 小斜線(小清水 - 18線 - 斜里)廃止。小清水線と斜里線が18線で接続をとり乗り換えとする。
  • 1976年(昭和51年)
    • 10月28日 水上線(小清水 - 水上8.0 km)休止。
    • 11月1日 札弦線3.6 km、神浦線8.2 km、清里線13.4 km廃止。
  • 1978年(昭和53年)
    • 5月8日 浦士別・音根内線をつくしケ丘経由に変更。同年5月20日よりワンマン運転開始。
    • 11月27日 ターミナルビル裏に整備工場、車庫、洗車装置新築落成。
  • 1979年(昭和54年)6月12日 定期全路線ワンマン運転化完了。
  • 1980年(昭和55年)11月2日 北海道内初の中型路線車を3台導入。郊外線で運用開始。
  • 1981年(昭和56年)
    • 5月13日 乗合車両の貸切流用申請が認可される。
    • 12月29日 株式会社網走観光振興公社の株500株取得。
  • 1982年(昭和57年)
    • 1月14日 貸切運賃改定。平均上昇率14.5 %。
    • 5月19日 川湯線(小清水 - 川湯)休止申請。
    • 6月14日 創立30周年記念誌発行、記念乗車券発売。
    • 8月1日 乗合運賃改定。基準賃率29円90銭、平均上昇率14.5 %。
  • 1983年(昭和58年)
  • 1984年(昭和59年)8月1日 乗合運賃改定。基準賃率34円、平均上昇率12.45 %、最低運賃100円。
  • 1985年(昭和60年)
    • 3月31日 路線バス補助金を受ける。
    • 4月30日 川湯線(野上峠経由27.0 km)廃止。
    • 12月24日 中園線17.2 km、浦士別・音根内線24.7 km廃止。
  • 1986年(昭和61年)8月1日 乗合運賃改定。基準賃率33円60銭、平均上昇率6.0 %、最低運賃120円。
佐呂間車庫
  • 1987年(昭和62年)
    • 1月26日 湧網線代替バス引き受けに関する協定書を締結。
    • 3月20日 湧網線開設。中湧別営業所、佐呂間営業所、常呂営業所開設。
    • 5月30日 中湧別営業所新築落成。
    • 9月30日 新町車庫新築落成。
    • 10月31日 佐呂間車庫、乗務員宿泊所、管理宿泊所新築落成。
  • 1989年(平成元年)4月1日 消費税導入に伴う運賃改定。平均上昇率は乗合2.9 %、貸切3.0 %。
  • 1990年(平成2年)5月13日 網走市内の停留所名を大幅に変更。
  • 1991年(平成3年)5月30日 北見バス、北海道中央バスと共同でドリーミントオホーツク号(札幌線)開設。
  • 1992年(平成4年)
    • 5月1日 中湧別営業所廃止。乗車券販売を北見バスに委託。
    • 10月1日 乗合運賃改定。基準賃率39円20銭、平均上昇率6.8 %、最低運賃130円。
  • 1993年(平成5年)10月19日 一般貸切旅客自動車運送事業の札幌陸運支局管内免許申請。
  • 1994年(平成6年)
    • 4月15日 札幌営業所用の土地取得。同年8月10日に新築落成。夏期限定開設(現在は通年)。
    • 6月1日 札幌市中央区北4条西5丁目に網走名鉄グループ札幌案内所開設。
    • 12月10日 北見バス運賃改定に伴い、北見線と湧網線の北見バス主管区間で運賃改定。
  • 1995年(平成7年)
    • 3月3日 貸切バスがポンモイ海岸でスリップし横転。重軽傷者25名。全国の一般紙でも一面に掲載された。
    • 10月8日 美幌営業所廃止。
  • 1997年(平成9年)6月1日 消費税率改定に伴う運賃改定。基準賃率41円90銭、乗合最低運賃140円。
  • 1998年(平成10年)
    • 4月4日 農大線の一部を除き、日曜日・祝日扱いを土曜日に拡大。
    • 8月14日 小清水営業所解体工事により仮設営業所設置。
    • 10月15日 車止内線1.5 km休止(翌年10月20日に廃止申請)。
    • 12月1日 小清水交通ターミナル新築落成、発車式を挙行。小清水営業所が入居。
  • 2000年(平成12年)2月29日 網走名鉄グループ札幌案内所廃止。
  • 2001年(平成13年)11月1日 川湯線の一部2.2 km廃止。
  • 2002年(平成14年) 札幌線の予約発券を北海道中央バス独自のオンラインシステムから発車オ〜ライネットに移行。同年12月1日よりインターネット予約を開始。
  • 2003年(平成15年)5月11日 乗合バスを車検切れのまま運行していたことから行政処分を受ける。
  • 2005年(平成17年)
    • 8月1日 「バス友の会」設立。会費相当分の回数乗車券提供、会報発行、主催旅行割引が受けられる。
    • 11月1日 女満別空港での乗降に限った運賃改定。平均賃率43円23銭、対空港で女満別役場40円、網走130円上昇。
  • 2006年(平成18年)4月1日 二ツ岩線廃止。
  • 2010年(平成22年)10月1日 湧網線(大曲 - 二見ケ岡 - 二見中央、サロマ湖栄浦 - 佐呂間 - 計呂地 - 中湧別)、佐呂間案内所・車庫廃止。
  • 2011年(平成23年)7月1日 斜里バス運賃改定[1][2]に伴い、知床エアポートライナーで運賃改定。対空港で原生花園150円、知床斜里・ウトロ200円上昇。女満別空港 - 網走駅前 - 網走バスターミナル - 網走道の駅各相互間と原生花園 - 知床斜里は据え置き[3]

[編集] 事業所

  • 本社・網走営業所
    • 北海道網走市南2条西1丁目15番地 網走バスターミナルビル内
網走市の中心部に位置する。5階建てビルの1階部分に待合室と予約発券窓口、バスレーン、食堂・売店・クリーニング取次所、トイレ、コインロッカーを設置するほか、労働組合事務所、JTB北海道網走支店が入居。整備工場を併設するほか、市内新町2丁目の網走ハイヤー本社横に新町車庫を、新町3丁目の浜網走駅跡地付近に駐車用地を設置する。
乗務員を3 - 4名配置し小清水滞泊便を交替で担当。滞泊関連便以外は網走営業所所属と同じ。
  • 札幌営業所
貸切バス専門営業所。

[編集] 路線バス

停留所一例

網走:網走バスターミナル

一般路線バスは平日ダイヤを基本に、土曜休日運休便、休日運休便、高校休校日運休便が設定される。年末年始は特別ダイヤ、1月1日は女満別空港線、知床エアポートライナー、サロマ湖栄浦線と常呂線の一部を除き全便運休となる。

網走 - 網走駅前間は、ドリーミントオホーツク号・知床エアポートライナー・天都山線・商港線は北海道道23号網走停車場線を直行。上記以外は国道39号厚生病院前・オホーツク合同庁舎前)を経由する。

一部の停留所では網走観光交通の時刻を併記するが、乗車券類は運行会社発券分のみ使用可。

[編集] 都市間バス

1995年(平成7年)よりくしろバスと共同で釧路線「特急流氷号」を季節運行していたが、現在は廃止され札幌線1路線の運行となっている。

[編集] ドリーミントオホーツク号

網走湖付近にて
網走湖付近にて
北見を発車した列車と1分後に発車するバス 札幌駅までの所要時間差は夏期9分
北見を発車した列車と1分後に発車するバス 札幌駅までの所要時間差は夏期9分
夜行便
夜行便

愛称名はドリーム、ミント(北見の名産)、オホーツク海(網走の海)を由来とする。1991年(平成3年)5月30日に夜行便を含む4往復で運行開始。安価も去ることながら1人掛け独立シートの採用や、北見から札幌では特急「オホーツク」との所要時間差があまり無いことから平日でも増車する好調な滑り出しを見せ、翌1992年(平成4年)4月25日から7往復(うち、北見始発札幌行1本)に増やされた。当初はJR北海道や航空便を運航する日本エアシステムは乗客転移の影響を受けたが、近年では安価なバス、時間に正確なJR、速い航空便と客層や目的によって棲み分けがなされている[4]。繁忙期臨時便の運行を経て、1999年(平成11年)7月16日より10往復(うち、北見 - 札幌1往復)運行する[5]

途中停留所は北見バスターミナルのみ、降車専用は札幌行の時計台前・北2条西3丁目、網走行の網走駅前であったが、1997年(平成9年)4月1日より美幌[5](北見バス美幌営業所前)、2004年(平成16年)4月1日より女満別西通り[5]、同年10月3日より菊水元町7条[5]札幌市白石区。札幌行降車専用)、2009年(平成21年)4月1日より西7号線[5](北見市。北見・網走行降車専用)を新設。美幌停留所は1998年(平成10年)12月1日より美幌駅前ターミナルに移設された[5]。開設当初から国道39号石北峠経由で運行され、昼行便は上川町の陸万ドライブインで休憩時間を設定。高速道路・自動車専用道路は旭川紋別自動車道上川層雲峡IC - 道央自動車道札幌IC間を利用する。旭川紋別自動車道は北見峠を越え遠軽町の丸瀬布ICまで開通しているが、経路変更は走行距離の面などから現時点では計画されていない[6]

利用客は初年度の約7万9千人から1997年(平成9年)度には約17万3千人に増加。1998年(平成10年)度からの8年間は15万から16万人台で推移していたが、2006年(平成18年)度は約18万8千人と2万人以上増加し、2007年(平成19年)度から3年間は19万人台で推移。2010年(平成22年)度は18万3,483人であった。特に夜行便の需要が増加しており、JR北海道の夜行特急列車が季節運行化された2006年(平成18年)および完全廃止された2008年(平成20年)と時期が符号することから、JRから乗客転移があったものと分析されている[6]

[編集] 郊外線

後部にフリー降車制告知

2007年(平成19年)5月20日より、斜里線と小清水線の一部区間で実施していたフリー降車制適用範囲を拡大。網走市内線重複区間、網走市街が朝の通学時間帯となる便、女満別空港線と知床エアポートライナーは対象外となる。

  • サロマ湖栄浦線・常呂線:大曲 - 常呂 - サロマ湖栄浦
  • 美幌線:市営住宅前 - 美幌駅前
  • 斜里線:鱒浦築港 - 知床斜里
  • 小清水線:鱒浦築港 - 小清水営業所

[編集] サロマ湖栄浦線・常呂線

湧網線廃止区間風景
 
佐呂間案内所が設置されていた佐呂間バスターミナル

常呂線は北見バス網走営業所時の1949年(昭和24年)11月から60年以上に渡って運行される、網走バス現行路線ではもっとも歴史ある路線。二見ケ岡経由や常呂築港経由、1975年(昭和50年)7月から夏期ダイヤのみサロマ湖栄浦まで延長運行を行っていた。湧網線運行開始と同時に1977年(昭和52年)7月に開設された能取漁港経由常呂発着に一本化されてたが、湧網線廃止によりサロマ湖栄浦線が通年開設された。網走発の一部はエコーセンターを、学生登校日に運行する常呂発始発便は向陽団地中央を経由する。

湧網線は1987年(昭和62年)3月20日に運行を開始した国鉄湧網線廃止バス代行路線。かつては佐呂間を経由せず国道238号を直行する急行バスの幌岩経由も運行されたが2002年(平成14年)3月をもって廃止され、佐呂間経由に一本化されていた。運行補助金が増額傾向であることから沿線市町などで組織する協議会で協議の結果2010年(平成22年)10月1日付で廃止され、網走市 - 北見市常呂町、佐呂間町内[7]佐呂間町ふれあいバス)、湧別町内(湧別町営バス)に分断されている

[編集] 知床エアポートライナー

オホーツク海沿いを走行する知床エアポートライナー
 
女満別空港停車中のリムジンバス仕様車

1996年(平成8年)6月より「オホーツク知床線」「冬の知床ライナー」として季節運行を開始。斜里バスが同区間で「知床エクスプレス」を競合運行していたが、2008年(平成20年)4月28日より共同運行を開始。斜里バス管理のバスターミナルにも乗り入れ通年運行となったが、2010年(平成22年)度冬期より夏期・流氷観光期のみの運行に戻されている。

ウトロ温泉午前発と女満別空港午後発はウトロ温泉主要ホテルを、夏期ダイヤの知床観光船運航時間帯は観光船乗り場を経由する。ウトロ地区内相互間を除き区間乗車も可能だが、両社が発行する回数乗車券定期乗車券は運行会社に関わらず使用できない。

[編集] 女満別空港線

1960年(昭和35年)6月28日より美幌線が立ち寄る形で運行を開始。1985年(昭和60年)の新女満別空港開港に伴い(旧)女満別空港線を廃止し(新)女満別空港線となっている。かつては快速便として運行されていたが、現在は各停留所に停車する。2006年(平成18年)10月1日より美幌線減便の代替として網走支庁(現・オホーツク合同庁舎)経由に変更されている。

航空便に接続運行するが空港以外の停留所相互間でも乗降でき、航空便発着時刻近接時は合便となる場合がある。1月20日 - 3月の砕氷船運航時間帯は網走道の駅発着となる。

[編集] 美幌線

2001年に廃止された北見線
  • 網走 - 網走駅前 - 刑務所前 - 呼人駅前 - 女満別高校前 - 女満別十字街 - 19線西女満別 - 美幌町役場前 - 美幌駅

1951年(昭和26年)4月1日運行開始。報徳線直通や(旧)女満別空港経由などが運行され、美幌営業所設置時は滞泊便も設定されていたが現在は一本化され、1995年(平成7年)10月8日の美幌営業所廃止後は当日中に折り返す運用となっている。1993年(平成5年)5月2日より斜里線・小清水線との直通系統が設定される。

1963年(昭和38年)10月26日[8]には北見バスと相互乗り入れで「北見線」の運行を開始。北見バス主管区間となる美幌 - 北見間、北見バス便は網走バス主管区間となる網走 - 美幌間で急行運転を行っていた。2001年(平成13年)4月1日に廃止され美幌線に振り替えられている。

[編集] 斜里線

郊外線を中心に運用される前扉車
  • 網走駅前 - 網走 - 南8条 - つくしケ丘中央 - 鱒浦駅前 - 藻琴駅前 - 北浜駅前 - 白鳥公園入口 - 原生花園 - 浜小清水駅前 - 18線 - 12線止別入口 - 大栄小学校前 - 斜里小学校前 - 知床斜里

1951年(昭和26年)4月1日に網走 - 斜里港町間の運行を開始。開発前(斜里橋)経由で運行され、1967年(昭和42年)3月3日に終点を斜里駅まで延長。1976年(昭和51年)12月24日に豊倉(斜里小学校)経由が新設された。1995年(平成7年)5月1日にはつくしケ丘経由が開設されたが、5ケ月後の10月8日より早朝のポンモイ経由(網走市街 - 鱒浦間国道244号を直行)1往復のみの運行となり、それ以外の時間帯は小清水線と、同時に開設された「小斜線」(小清水営業所 - 18線 - 知床斜里)を18線乗り換えにより直通運賃適用とされた。2004年(平成16年)2月1日より早朝以外の運行を再開し小斜線を廃止している。1992年(平成4年)10月22日に斜里橋経由、2004年(平成16年)2月1日にポンモイ経由が廃止され、現在の経路に一本化されている。1993年(平成5年)5月2日より美幌線との直通系統が設定される。

[編集] 小清水線

美幌線直通系統
  • 網走駅前 - 網走 - 南8条/南高前 - つくしケ丘中央 - 鱒浦駅前 - 藻琴駅前 - 北浜駅前 - 白鳥公園入口 - 原生花園 - 浜小清水駅前 - 18線 - 北光 - 4区役場前 - 小清水営業所

1951年(昭和26年)4月1日運行開始。1981年(昭和56年)夏期までは「川湯線」直通便、1993年(平成5年)5月1日まではポンモイ経由も運行されたが、現在は1979年(昭和54年)4月20日に開設されたつくしケ丘経由で運行され、通学時間帯の便は南高前を経由する。1993年(平成5年)5月2日より美幌線との直通系統が設定される。

[編集] 網走市内線

Abashiri bus Ki200F 0091.OGG
車内放送一例
 
網走市内線を中心に運用される車両

2000年(平成12年)11月23日オホーツク・文化交流施設(エコーセンター2000)開設に伴い、つくしケ丘団地線と農大線はオホーツク合同庁舎前 - 網走駅前間で西7丁目経由とエコーセンター経由に分けられている。

[編集] つくしケ丘団地線

  • つくしケ丘団地 - 駒場8丁目 - 南8条/南高前 - 網走 - 網走駅前 - 刑務所前 - 大曲 - 大曲2丁目
  • つくしケ丘団地 - 駒場8丁目 - 南8条/南高前 - 網走 - オホーツク合同庁舎前 - 向陽病院前 - 向陽団地中央
  • 大曲2丁目 - 大曲 - 刑務所前 - 網走駅前 - 西7丁目 - 向陽病院前 - 向陽団地中央

1967年(昭和42年)10月2日に「網走市内線」をつくしケ丘団地まで延長し運行を開始した。団地造成などにより運行経路の延長・変更が行われ、北海道網走向陽高等学校が向陽地区に移転した際には向陽団地発着系統を新設している。

[編集] お買い物バス

駒場ショッピングタウン内に乗り入れる
 
名称変更された網走市内コミュニティーバス 元東京都交通局都営バス
  • (つくしケ丘団地→)駒場8丁目 - 駒場ショッピングタウン - こが病院 - 潮見中央 - 潮見10丁目 - 総合グラウンド - 南8条/南高前 - 網走 - 網走駅前
  • 駒場8丁目 - 駒場ショッピングタウン - こが病院 - 潮見中央 - 潮見10丁目 - 総合グラウンド - 南高前 - 網走 - オホーツク合同庁舎前 - 向陽病院前 - 向陽道職住宅
  • 大曲2丁目 - 刑務所前 - 網走駅前 - 網走 - 南高前 - 総合グラウンド - 潮見6丁目 - 潮見中央 - こが病院

2003年(平成15年)4月1日に「病院循環線」(つくしケ丘団地 - 潮見団地 - 桂ケ丘 - 網走 - 網走駅前)を開設。日中は大型車が通行禁止となる道路を走行するため、専用に三菱ふそう・ローザが用意された。2006年(平成18年)12月3日に廃止され、経路変更の上「網走市内コミュニティーバス」に振り替えられたことから同時に小・中型車限定運用は無くなっている。2010年(平成22年)4月4日より路線名を「お買い物バス」に変更し、朝の網走駅前行を除き駒場8丁目発着に短縮すると同時に向陽団地系統を新設。

2000年(平成12年)11月23日より試行運行された団地循環線(お買い物バス、つくしケ丘団地 - 駒場 - 潮見団地 - 駒場 - つくしケ丘団地)との関連は無く、試行運行時に行われたお買い物バス専用停留所の設置は行われていない。

[編集] 羽衣・向陽線

向陽ケ丘の坂道を団地方面へ向かう
  • 羽衣公園 - (こが病院) - 潮見中央 - 潮見10丁目 - 総合グラウンド - 南高前 - 網走 - オホーツク合同庁舎前 - 向陽病院前 - 向陽道職住宅
  • (潮見南通り→)潮見中央 - 潮見10丁目 - 総合グラウンド/潮見4丁目 - 南高前 - 網走 - 網走駅前( - 向陽病院前 - 向陽道職住宅)

1974年(昭和49年)3月8日に「潮見団地線」(潮見団地 - 網走 - 職業訓練校(現・大曲)の運行を開始。1978年(昭和53年)10月31日より旭ケ丘団地経由便も運行された。1983年(昭和58年)10月31日には「向陽団地線」(東3丁目 - 網走 - 向陽団地)の運行を開始。1990年(平成2年)5月13日に両路線を統合し「潮見団地線」(潮見団地 - 東3丁目 - 網走 - 向陽団地)となった。1995年(平成7年)10月8日には「鱒浦・羽衣団地線」(羽衣公園 - 潮見団地 - 東3丁目 - 網走 - 北3条保健センター)の運行が開始されたが、潮見団地線との重複区間が多いことから統合され、現在の羽衣・向陽線として運行される。

[編集] 農大線

  • 東京農大 - 潮見10丁目 - 潮見4丁目/旭ケ丘団地 - 南高前 - 網走 - 網走駅前
  • 東京農大 - 潮見10丁目 - 潮見4丁目 - 南高前 - 網走 - オホーツク合同庁舎前 - 向陽病院前 - 向陽道職住宅
  • 駒場8丁目 - 駒場3丁目 - 潮見4丁目 - 潮見10丁目 - 東京農大

東京農業大学オホーツクキャンパス開設に伴い1989年(平成元年)3月27日より運行開始。その後潮見団地線との経路重複を抑えるために潮見4丁目経由に変更されている。旭ケ丘団地経由は2006年(平成18年)4月1日に一度廃止されたが2010年(平成22年)4月4日に再開。同時に向陽団地系統が新設された。

[編集] 網走市内観光施設めぐり

網走道の駅にて 元遠州鉄道遠鉄バス
 
天都山山頂付近を行くはな・てんと行
[編集] 天都山線

1957年(昭和32年)6月12日より運行される観光路線。1965年(昭和40年)10月14日より呼人・大観山経由も運行されたが1975年(昭和50年)の運行をもって廃止されている。1982年(昭和57年)度より冬期運行を開始。通年運行化を経て1997年(平成9年)より二ツ岩線・商港線との循環運行となった。2009年(平成21年)度には再度季節運行化されたが、2010年(平成22年)度からは閑散期の平日のみ運休する通年運行に戻されている。

[編集] 商港線
  • 網走駅前 - 網走 - 網走道の駅

1991年(平成3年)1月15日網走流氷観光砕氷船就航に合わせて運行を開始。砕氷船運航期間のみ運行され、一部を除き天都山線と直通する。2009年(平成21年)より砕氷船乗り場移転に伴い、網走道の駅(道の駅流氷街道網走)発着に短縮された。

[編集] 定期観光バス・周遊バス

砕氷船にノロッコ号
 
しんきろう号(1993年2月)

定期観光バス1965年(昭和40年)12月24日に運行を開始した網走国定公園めぐり(国定公園定期観光線)が最初である。以降も網走国定公園めぐりを中心に運行されたが、1984年(昭和59年)の運行をもって「原生花園コース」などが廃止されるなど順次縮小された。1996年(平成8年)6月15日より「おーろらマリンコース(知床定期観光線)」、1998年(平成10年)6月1日より「パノラマライン(知床・摩周定期観光線)」を運行するなど知床国立公園方面への拡大も見られたが、現在はいずれも廃止されている。最後まで網走国定公園めぐりとして運行された「流氷バス」は、現在も冬期に運行される「砕氷船にノロッコ号」に振り替えられている。

1988年(昭和63年)2月1日より、流氷観光期に「オホーツク流氷ロードバス」として、北紋バスと共同で「しんきろう号」(網走 - 紋別)、斜里バスと共同で「オーロラ号」(網走 - ウトロ)の周遊バス2路線の運行を開始した。現在は「ひがし北海道エクスプレスバス」として道東地区の冬期周遊バスが一括して取り扱われる。

2006年(平成18年)夏期には阿寒バスが単独運行していた「阿寒号(阿寒湖行)・知床ウトロ号(ウトロ行)」(ウトロ - 網走 - 美幌 - 川湯 - 弟子屈 - 阿寒湖)の運行に参入し共同運行を開始したが、網走バスはこの年のみの運行で撤退している。

[編集] 貸切バス

貸切バス事業は北見釧路帯広札幌の各運輸支局管内および苫小牧市での発着が認められており、道東地区事業者10社で組織する東北海道貸切バス事業協同組合 (BUS CENTER)に加盟する。

2007年(平成19年)と2008年(平成20年)に北海道旅客鉄道が行ったデュアル・モード・ビークルの試験的営業運行では道路走行部分の運行委託を受け、貸切バスとしての名義は網走バスが登録していた。

[編集] 車両

中古車も含めて全車三菱ふそうトラック・バス製で統一される。

一般路線車は1987年(昭和62年)から2002年(平成14年)まで5年に1度のサイクルで湧網線に新車を導入しており、余剰車は他路線に転用している。赤色と白色のいわゆる「名鉄カラー」だが、色面積や前面デザインが多少異なる。ラッピング広告車両もあり。女満別空港線には一般路線車やエアロスター自家用マスク車が使われていたが、名鉄バスより余剰となったリムジンバス仕様車の譲渡を受け、知床エアポートライナーとともに専用車とする。余剰となった自家用マスク車は1977年(昭和52年)より網走市から委託を受けて運行されるスクールバスを中心に使われる。

都市間バスは全車にエアロクィーンが用いられる。独立3列シートで後部は4列となる。白色の車体に細い赤ライン・ロゴが入った専用塗装と貸切バス共通塗装があり、専用塗装には名鉄グループロゴが入れられる。

貸切車は独立3列シート車や10列シート車など多岐に渡る。1980年代初頭までは「名鉄カラー」で導入され、郊外線共通車両などが導入された。1980年代は白いボディに紫色と紅色のラインが入ったBUS CENTERカラーが大多数を占めていたが、1990年代より白いボディに赤の波線が入ったオリジナルカラーや、旅行会社専用車が運用される。オリジナルカラー車には名鉄グループロゴが入れられていたが、近年導入車や塗装変更車では省略されている。

中古車は神奈川中央交通などから導入されていたが近年は名鉄バスからの導入が多く、路線車は塗装の変更も最低限で済ませている。

[編集] 関連企業

3社で「網走名鉄グループ」と称され、代表取締役は3社兼務。

網走ハイヤー 小清水営業所所属車は黒色 網走ハイヤー 小清水営業所所属車は黒色
網走ハイヤー 小清水営業所所属車は黒色
  • 網走ハイヤー
乗用事業を行う。名鉄交通に準じた塗装と行灯が使用される。本社は新町車庫、小清水営業所は小清水交通ターミナルに併設される。
網走湖畔温泉の網走観光ホテル、船舶事業(知床観光船、網走流氷観光砕氷船)を運営する。

[編集] 脚注

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  1. ^ 北海道運輸局 乗合バスの上限運賃変更について (PDF)
  2. ^ 斜里バス 乗合バス上限運賃改定申請認可について (PDF)
  3. ^ 網走 - 原生花園・知床斜里は並行する斜里線・小清水線は据え置かれているため(斜里線運賃表 (PDF))、路線により運賃が異なる区間となる。
  4. ^ 『北見現代史』 p992
  5. ^ a b c d e f 楽得バス13 札幌 - 北見・網走 ドリーミントオホーツク号 運行開始20周年 (PDF)
  6. ^ a b 北海道新聞 2011年5月27日朝刊オホーツク版 p27オホーツク面 「網走・北見 - 札幌 都市間高速バス「ドリーミントオホーツク号」 低運賃武器に快走20年」 記事の取材先は北海道北見バス
  7. ^ 週1便のみ佐呂間 - 常呂 - 網走が運行されるが、常呂 - 網走間は運休の場合あり。佐呂間町ふれあいバス (PDF) p10 網走線
  8. ^ 『網走バス50周年記念誌』 p17。『北見現代史』 p988では1963年(昭和38年)11月1日となっている。

[編集] 参考文献

  • 網走バス50周年記念誌実行委員会『網走バス50周年記念誌』 - 公式ホームページに一部掲載。
  • 網走歴史の会 総合年表
  • 北見現代史編集委員会『北見現代史』(2007年)

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

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